「守る」という事・後編

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「よぉ~し、準備O,K!」
 私は筆記用具と受験票等の確認を終えて、ホテルをチェックアウトする事に
した。
 このホテルに泊まったのは今回で2度目だ。前回はかがみと一緒に泊まった。
 あまりにも家から試験会場の大学が離れているから、前泊しないと試験の開
始時間に間に合わないのでしかたがないんだけど、
「やっぱり、一人でこういうところに泊まるのは寂しい感じがするよね」
 ついそう思ってしまう。なまじ前回かがみが一緒だった分、今回の寂しさは
100倍だしね。
 今度の試験会場は前回よりもホテルに近い。昨日下見に行ったときも、10分
もかからなかった。バスの乗継ぎがないのは本当にありがたい。
 会場に向かって歩いていると、私と同じ受験生と思われる人たちが何人も見
えた。周りの人間は全てライバル。けれど、私はかがみへの愛にかけて必ず合
格をすると決めている。『私に二度の敗北はない!』
 そんなアニメネタを心の中で思ってふざけてみても、私自身、自分がどれだ
け緊張しているのかを理解していた。これが最後のチャンス。もう後はないん
だから。
「あっ、こなちゃ~ん!」
「泉さん!」
 あれっ、なんか今、どこかで聞いたような声が……。
 そして、こっちに向かって走ってくる……あっ、転んだ……。えっと、膝を
すりむいて涙目になってる天然少女と、慌ててその少女に駆け寄るこれまた天
然系のピンク髪の歩く萌え要素は……。
「ああっ、血が出てるよ……ゆきちゃん、痛いよぉ~」
「大丈夫ですよ、つかささん。私、消毒薬と絆創膏を持っていますから」
 ……あの、これはなんデスカ? 私はどうしてこんな遠くに来てまで、見慣
れた二人の萌え展開を目の当たりにしているんデスカ?
「……なにやってるの、二人とも?」
「あっ、こなちゃん! よかった。先に会場に入っていたらって、心配したん
だよ」
 いや、心配なのはどちらかというとつかさの方だと思うんだけど。
「泉さんの応援に来たんです」
 つかさの手当てを終え、みゆきさんが答える。
「それだけのために、わざわざこんな遠くまで?」
「うん。応援にきたんだよ」
 いまいちずれている気がするつかさの同意に、けれど私はじ~んと心が温か
くなるのを感じていた。
「もしかして、かがみも来てるの?」
 あたりを見渡しても、愛しいツンデレツインテール少女の姿は見えなかった。
「ごめんね、こなちゃん。お姉ちゃんも来る予定だったんだけど……」
「ええ。かがみさんはとても張り切られていらしたのですが、神社の仕事の手
伝いが入ってしまったらしいんです」
 ……そっか、残念だけど仕方ないよね。よし、かがみの顔は試験終了後のご
褒美だと思って頑張ろう。
「泉さん、受験票と筆記用具の準備は大丈夫ですか?」
「あっ、うん。ばっちりだよ」
 そう答えると、みゆきさんは私の両手を自分の両手で包み込んだ。
「泉さん。私もつかささんも、泉さんが一生懸命頑張っていた事を知っていま
す。大丈夫です。自信を持ってください……。もしも躓く問題があったらとば
してください。泉さんにはしっかりとした基礎があります。大丈夫ですから。
 それと、名前等の確認は最初と最後にしっかり行ってください。それさえ気
をつければ何も問題はありません」
 いつもと同じ優しい笑顔でそう言われ、私の緊張は随分と和らいだ。
「こなちゃんなら大丈夫だよ」
 何の根拠も言わないつかさの言葉。でも、どうしてだろう。つかさに言われ
ると大丈夫なような気持ちになるのは。……きっと、心から信頼してくれてい
るからだね。
「あんがと、みゆきさん、つかさ……」
 こんなにしてもらって、私は本当に幸せだと思う。ここまでされて頑張らな
くちゃ女じゃないよね?
「よし、絶対合格するから」
 私はそう約束して、ついでに帰りに一緒に帰る約束もして二人と別れた。
 大丈夫だから待っていてね、かがみ……。


 二人の励ましのおかげで、試験は……その、なんと言うか、思いっきり後悔
する出来だったんだけどね。
 はははっ、まったくどうしてこうなんだろう……。
 まったく……前回もこれぐらい出来ていればよかったのに!
 まあ、帰りにみゆきさんとつかさの話を聞いて、私はそんな後悔よりもずっ
と後悔する事になったんだけどね……。 


 ★ ☆ ★ ☆ ★

 お母さんに少しは食べるように言われて、昼食というには随分と遅い食事を
何とか済ませた私は、気だるい体を動かして部屋に戻ってきた。
 ……ベッドの枕元の携帯が着信を知らせていた。着信が3件。メールが1件
来ていた。
 着信は全てこなたからだった。すぐにこなたに電話をしたが、『……電波が届
かないところにいるか……』という無機質な声しか聞こえなかった。
 しかたなく、私はメールを確認した。
『かがみ! 試験、バッチリだったよ! もう列車に乗らなくちゃいけないか
ら、メールで報告するね。
 あっ、それと、デートの約束忘れてないよね? 今日は遅くなるから、明日
の朝9時にお泊りセットを持って私の家に来てよね!』
「私の都合を聞きもしないで、何を勝手な事を……」
 そんな事を言いながらも私は嬉しかった。とても嬉しかった。
 こなたが合格できそうで良かった……。
 私は祝福の言葉と「分かっているわよ。O,Kよ」という内容のメールを入れ
ておく事にした。
 ……昨日あれだけ泣いたのにまた涙が溢れてくる。けれど、これは嬉し涙。
うん、嬉し涙だ。ほっとした。私はこれからもこなたと一緒に居られる……。
「……お父さんとお母さんにも報告しておかないと。昨日は、本当に…」
 思い出したくもないくらい、昨日の昼食の時は最悪だった。お父さんとお母
さんに大変な迷惑を掛けてしまった。
 散々泣き喚いて、私が何とか落ち着くまで一時間近くかかったらしい。そし
て、泣き止んでからもお母さんは私を抱きしめてくれていた。お父さんも近く
にいてくれた。
 冷静さを取り戻した私は、抱きしめられたまま「ごめんなさい」と二人に謝
った。
「……だから、謝らなくて良いって言ったでしょう?」
 お母さんはそう言って私に微笑んでくれた。
「そうだよ、かがみ」
 お父さんは大きな手で頭を撫でてくれた。
 ……嬉しかった。優しかった。安心できた。二人が私の事を守ってくれてい
る事が良く分かった。
「……何で、お父さんとお母さんはあんなに強いんだろう……」
 どうして当たり前のように私を守ってくれるんだろう? 
「……これじゃあ、昨日の二の舞じゃない。よし、はやく教えにいこう……」
 私は立ち上がり、お父さん達にこなたの試験の出来がよかった事を教えに行
った。
 お父さんとお母さんは我が事のように喜んでくれた。夕食時にいのり姉さん
とまつり姉さんにも教えたら、二人もとても喜んでくれた。あいにくとつかさ
は昨日から友達の家に泊まりで遊びに行っていたから、メールを入れておいた。
まあ、こなたからも電話かメールが行っているだろうけど。
 ……そう、本当に嬉しかった。本当。それは、本当に……。でも、私の中に
どこかこなたの試験結果を喜べない私がいるような気がしてしまう。
 みゆきの言葉が頭から離れない。こんなに弱い私は、本当にこなたを守って
いけるのだろうか? お父さんやお母さんのように強くなれるのだろうか?
 私は、こなたに迷惑をかけるだけじゃないだろうか? そんな不安な気持ち
は、こなたからの嬉しい知らせを聞いても消えてはくれない。
 どうすればいいんだろう? どうすれば? ねぇ、どうしたらいいの?
 延々と誰にとなく問い続けても、答えが出るはずがなかった。

★ ☆ ★ ☆ ★

「……なんで、こうなるのよ……」
「ほら、かがみん。早くしないと乗り遅れるよ!」
「わかったわよ!」
 こなたに促され、私は列車に乗り込む事にした。もうどうにでもなれ、と思
いながら。


 重い足取りで何とか約束の時間の前にこなたの家にたどり着くと、こなたが
家の前に出て私を待っていてくれた。
 半月ほど会えなかっただけなのに、ずいぶん久しぶりに会った気がした。嬉
しかった。抱きしめたいと思ってしまうぐらい。
「やふー、かがみん」
 けれど、こなたのほうはいつもどおり私に軽い挨拶をするだけだった。
「なによ、久しぶりに会ったのに……」
 つい私はそう思ってしまう。
「よし、じゃあさっそく出かけるよ」
 突然こなたがそんな事を言い出した。
「えっ? どこにいくのよ?」
 まだ9時前だ。どこも店は閉まっているはずなのに。
「ふっふっふっ、かがみに豪華なディナーをプレゼントしようと思ってね」
 こなたは、にやり、と自分で言いながら、怪しげな笑みを浮かべる。
「ディナーって……さっき朝ごはんを食べたばかりなんだけど……」
「大丈夫、大丈夫。向こうに着くのはお昼過ぎだから。あっ、ほら、タクシー
が来たよ」
 確かにタクシーがこちらに向かってくる。いや、そんなことはどうでもいい。
「だから、どこに行くのよ!」
 そう声を大きくして尋ねても、こなたは、
「それは着いてからのお楽しみだよ。ほら、早く乗った、乗った!」
 何食わぬ顔でそう言い、車の後部座席のドアが開くなり私を荷持ごと押し込
んだ。
「よし、拉致完了! それじゃあ運転手さん、駅までお願いします」
「はい、分かりました」
 いや、このご時世に拉致とか言っているのに分かりましたじゃないだろう!
と私は心の中で運転手に突っ込みをいれる。
 こうして私は、無理やりこなたに付き合ってどこかに向かう事になってしま
ったのだった。


「かがみ、アイス食べようよ、アイス!」
 こなたはワゴンで売りに来たアイスを2個買い、1個を私に手渡した。
 不機嫌な私へのご機嫌とりなのが見え見えだ。
「……いい加減、どこに行くのか教えなさいよ」
 人目があるので大声をあげるわけにも行かず、低く凄みをきかせた声で言い、
私はこなたを睨む。だけど、せっかくなのでアイスは美味しく頂く事にする。
「まぁ、あと2時間ちょっとで着くよ」
「あと2時間も? それって終点まで行くって事じゃない!」
 列車のアナウンスのおかげで、終点がどこでいつ到着するのかは分かったけ
ど、私にはそのあたりの土地勘がまったくない。だから、そこからどこに行こ
うとしているのかは皆目見当がつかない。
「うん。そうだね。でも、どこにいくかはないしょだよ。あっ、お昼過ぎちゃ
うから、お腹すいたら言ってよね。お弁当作ってきたからさ」
 何度聞かれようとこなたは目的地を言うつもりはないらしい。しかし、お弁
当まで用意してくるとは随分と手が込んでいる。……あれっ?
「ねえ、お弁当って、こなたが作ったの?」
 こなたは昨日試験が終わったばかりのはずだ。だったら、昨日家に帰ってき
たのはかなり遅かったはず……。
「もちろん! かがみに食べてもらうんだから、当然愛情をたっぷり入れて作
ったよ。楽しみにしててよね!」
 無邪気なこなたの笑顔に、私はなんとなく気恥ずかしくなってしまい、
「わっ、わかったわよ。着くまでのお楽しみって事にしてあげる! だけど、
つまらなかったら許さないからね!」
 何とかそう言ってそっぽを向く。こうでもしないと顔が真っ赤になっている
のがばれてしまう。
「うんうん。それだよかがみ! ツンデレの真骨頂だよ! ああっ、どれだけ
その顔が見たかった事か!」
「やかましい! 周りに迷惑だからやめろ!」
 場所をわきまえず抱きついてくるこなたを何とか押しのける。
「ううっ、久しぶりなのに、かがみんってばつれない……」
「知るか!」
 不満げなこなたに私はそういい捨てた。
「……そういえば、こなた。入試、本当に大丈夫だったの?」
 ふと、私はこなたに会ったら聞こうと思っていた事を思い出して尋ねた。
「まったく、心配性だなぁ、かがみんは。大丈夫だよ。数学で分からない
問題が1問だけあったけど、それ以外は完璧だったよ。随分時間が余ったから、
しっかりと確認したしね」
 こなたは「えっへん!」と得意げに無い胸を張る。
「……名前とか、受験番号の書き忘れとかもしてない?」
「もちろん! 最初と最後にしっかり確認したよ!」
 自信に満ちたこなたの言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
「……ごめんね、かがみ。心配させて……」
「えっ?」
 こなたの声色が突然変わった気がして、慌ててこなたを見ると、普段と変わ
らないネコ口で無邪気に笑っていた。
 きっと気のせいだったのだろう。こなたはいつものこなただ。
「そういえばさ、かがみ……」
「……なによ、それ。まったく、あんたは……。あっ、そうそう、この間……」
 二人で取り留めの無い話をしていると、あっという間に時間が過ぎていった。
 お昼にはこなた特製の絶品なお弁当を食べて、私とこなたは列車の旅を満喫
した。
 そして気がつくと、車内にまもなく終点に到着するというアナウンスが流れ
ていた。
 ……随分と久しぶりに笑った気がする。こなたと話しているだけで私は幸せ
な気持ちになれた。今朝までの暗い気持ちが嘘のようだ。
「さてと。降りたら迎えのバスが来ているはずだから、それに乗るよ。
 行こう、かがみ!」
「うん! 楽しみにしてるわ」
 差し出されたこなたの手を取り、私達は列車を降りた。

★ ☆ ★ ☆ ★

「へぇ~。随分立派なホテルね」
 バスは20分ほどで、『ホテル美水』とかかれたホテルの前に止まった。バス
を降りて、私は目の前の豪華なホテルを見上げていた
「あっ、あのさ、こなた。もしかして……このホテルに……」
 たしかこなたは豪華なディナーと言っていた。ということはやはり、ここに
泊まって、ここのレストランか何かで食事をするつもりなのだろう。 
 ……大丈夫なんだろうか? どう考えても高校生の資金力で泊まれるところ
ではなさそうだ。
 ちなみに、私の財布の中には3千円しか入っていない……。
「確かに立派だね……。でもね、かがみ。私たちが泊まるのはここじゃないか
らね」
「えっ、どういうことよ?」
 ここに泊まらないのなら、どうして迎えのバスに乗ったりしたんだろう。
「私たちが泊まるのは、あっちだよ」
 こなたが指差した先には、ログハウスがいくつか並んでいた。
「とりあえずフロントに行って手続きをしてくるから待ってて。それと、一番
奥の家らしいから、少し歩くよ」
「うん、それは構わないけど……」
 安心したような、ちょっと、いや、すごく残念なような気持ちを抱えて、私
はこなたが戻ってくるのを待った。


「へぇ~。中も随分広いのね。それに、家具も備え付けてあるし…」
 ログハウスに入って、私の最初の感想がそれだった。外見も随分立派で、イ
ンターホンや郵便受けなんかもあり、ちょっとした別荘のようだとは思ったけ
れど、中は予想以上に広かった。
「本来は家族なんかで泊まる所らしいからね」
 たしかにこなたの言うとおりだ。二人で泊まるには随分と広すぎる。柊家全
員で泊まりに来ても余裕があるくらいだ。
 台所が仕切られていない事に加えて、吹き抜けになっているからか、ただで
さえ広いリビングが一層広く思える。
 テレビも備え付けられているし、その前には4人がけのソファーが2つと、
2人がけのソファーが1つ置かれているし、大きめなお風呂場まであるようだ。
「よし、ガスも使えるみたいだね。薪をくべたりするのも趣はあるだろうけど、
正直面倒だから助かるよ。うん、オーブンもあるし……あとは…」
「何をぶつぶつ言っているのよ?」
 熱心に台所を物色し始めたこなたに尋ねると、
「いや、これなら豪勢なディナーが作れそうだと思ってさ」
 と返事が返ってきた。
「……あのさ、もしかしなくても、あんたが言ってた豪華なディナーって……」
「そうだよ。シェフこなた特製の豪華ディナーだよ!」
 こなたの言葉に私は小さくため息をついた。
「あのねぇ…。こなたの料理は確かに美味しいけど、外で食べないのならわざ
わざこんな遠くまで来る必要は無かったんじゃないのか? あんたも試験で疲
れているだろうし……」
「ふっふっふっ、かがみんや。これを見てもまだそんな事を言うのかね?」
 こなたはそう言って備え付けの冷蔵庫の扉を開け、中から何かを取り出した。
「えっ? これって……鯛?」
 料理下手な私は魚の種類をそれほど知っているわけではない。けれど鯛くら
いはさすがに分かる。……まぁ、もしも色が赤くない鯛だったら分からなか
ったかも知れないけど……。
「他にも、アワビや牡蠣なんかもあるよ。わっ、すごく高そうな牛肉なんかも
ある!」
「ちょっと、あんたも中身をしらなかったの?」
 得意げに冷蔵庫を開けたくせに、自分で中に入っていたものに驚くこなたに
尋ねると、
「いや、ホテルに予算を言ってある程度リクエストしといたんだけど……随分
とサービスしてくれたみたいだね」
 そんな答えが返ってきた。
「ねぇ、こなた。その、……お金は大丈夫なの? 私、お金全然持ってきてな
いんだけど……」
 「予算」という言葉で思い出したが、私は今日1円もお金を使っていない。
タクシー代はもちろん払っていないし、列車の切符もこなたから渡されたもの
だ。列車の中で食べたアイスの代金も全てこなたが払ったし……。
「心配しなくても大丈夫だよ、かがみ。ここのお金はさっき払ってきたし、帰
りの切符も用意してあるからさ」
「そうなの? でもやっぱり悪いわよ。帰ってからになっちゃうけど、半分私
も……」
 払うわよ、と言う言葉は、唇に当てられたこなたの人差し指で止められてし
まった。
「実はここのホテルにお父さんのコネがあって、普通とは比べ物にならないく
らい安くしてもらったんだ。だから安心して」
「だけど……」
「それにさ、試験勉強のせいでかがみに寂しい思いをさせちゃっただろうから、
そのお詫びも兼ねているんだ。……だからさ、気にしないでよ」
 そう言ってすまなそうな笑顔を浮かべるこなたがあまりにも愛しくて、
「ありがとう……ありがとう、こなた」
 堪えきれなくなり、私はこなたを抱きしめた。
「かがみ……。そんなに喜んでくれて嬉しいよ」
 そう言い、こなたは上目遣いに私を見て嬉しそうに笑った。
 しばらく私たちはそのまま抱きしめ合っていたけれど、
「さてと、かがみ。名残惜しいけど、手の込んだ料理を作るから、そろそろ料
理に取り掛からないとね。豪華なディナーが夜食になっちゃうよ」
 そう言ってこなたは私の腕から離れてしまった。
「あっ……」
 本当に名残惜しかった。不意にぬくもりを失った腕が寂しくてたまらない。
「ほら、夕食を食べてからもたっぷり時間はあるんだからさ」
 私はよっぽど寂しい顔をしていたのだろう。こなたに気を使わせてしまった。
「さてと、何から作ろうかな……。あっ、もちろんかがみにも手伝ってもらう
からね。
 冷蔵庫の側にダンボールが置いてあるから、かがみはそこからジャガイモを
持ってきてね。そして、洗って皮を剥いておいてよね」
「わかったわ」
 料理は苦手だけど、それぐらいなら何とかできる……はずだ。
「……かがみ、くれぐれも包丁の扱いには気をつけてよ。ヘモグロビン入りの
ジャガイモにはしないでよね」
「分かっているわよ!」
 誰も好き好んでそんなジャガイモにするつもりは無い。
「共同生活が始まったら、料理下手な嫁の代わりに私が料理はしてあげるつも
りだけど、少しはかがみにも頑張ってもらわないとね」
 そうだ。春からこなたとの生活が始まるんだ。
 ……あっ、今頃になって気づいた。こなたは私に春からの共同生活を疑似体
験させるためにこの旅行を計画したんだ。きっと。
「分かっているわよ。私だって、こなたにばかり家事をやらせるつもりはない
わよ。見てなさいよ。すぐに料理だって上手くなって見せるから」
「……まぁ、気長に待つよ。それじゃあ、まずはジャガイモの皮むきと芽を取
るところから始めよっか?」
 にやにやとこなたは笑う。まったく信用していないな、こいつ……。
「いいわよ、やってやろうじゃないの!」
 私は気合をいれて包丁を握り、ジャガイモに立ち向かう事にした。



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