最も甘美な過ち

このページを編集する    
 私には常々思う事がある。
 人生にもセーブ機能とロード機能が付いてれば良いのに、と。
 それを私が口にすると、いつもかがみは呆れた顔をして「本当にダメ人間だな。あんたは」とツッコミを入れてくる。
 でもさ、かがみ。
 私はこの日ほど、そんな機能が付いていて欲しいと思った日は無かったよ。


    「ふとしたことで~最も甘美な過ち~」


 悪夢を見た。
 かがみがあの人と結婚する夢。
 幸せそうな表情で教会のヴァージンロードを歩くかがみの姿を、私は大勢居る参列者の一人として見守っていた。
 夢を見ている側の私は、そんなのを見たくも無かったし、出来る事なら今すぐにでもかがみの手を引っ張って、どこか遠くへ行ってしまいたいという感情に支配されていた。
 でも、夢の中の私は、まるで挙式というイベントに組み込まれた歯車の一つのように、何もせずにその光景を見守り続けていたのだった。

 ようやく目を覚ました私が最初に感じたのは、大量の寝汗と服越しに感じるべっとりとした気持ち悪い肌の感触だった。
 そういえば、昨日は体育で激しい運動をしたせいで、お風呂に入る元気も無くて、ベッドでゴロゴロとしている内にそのまま眠ってしまったんだっけ?
 時計を見ると、早寝したせいか、普段私が起きなければいけない時間よりも二時間早い時刻を示していた。
 このまま二度寝するという選択肢もあったけれど、さっきの夢を見た後ではとてもじゃないがもう一度眠る気にはならないし、ベタベタしたままで学校へ行くのも嫌だなぁ…。と思った私は、朝風呂に入る事にした。

 11月も既に中盤に入り、日中でも「最近急に寒くなったね~」という声があちらこちらで聞こえるようになったのだから、朝の寒さは言うまでも無い。 
 風呂を沸かし終えた私は、凍える素肌にまずは暖かいシャワーを掛けて仮初めの暖を取る。

「ふぅ……」

 かがみが彼と付き合い始めて1ヶ月が経った。
 二人の関係は特に大きな軋轢も無く、とても上手くいっているらしい。
 …それとは対照的に、私達がかがみと過ごす時間は目に見えて減っていった。
 休日に一緒に遊ぶ事も、あの後一回あったきりだし、放課後は駅前で彼と待ち合わせするから途中で抜けるという事も多くなった。
 私はこんな思いをする為に「親友で居続ける」事を選んだ訳じゃない。
 羨望の感情は、いつの間にか嫉妬へと変化していた。
 いくら嫉妬した所で、どうしようもないのは分かってるのに、今はかがみを奪って行った彼の事が心底憎たらしい…。

 こんな朝早くから、私は何を考えているんだろうか?
 行き過ぎた感情を抑えるかのように、私の中の理性がそう囁く。
 私は身震いをして、髪に染み付いた水分と邪念を振り飛ばすと、それ以上は何も考えないようにした。
 そして、今日も私は「親友として」かがみの傍に立ち続ける――。

§

 自分の体調の変化を感じたのは、午前の授業をほぼ睡眠に費やし、昼休みに目覚めた時の事だった。

「こなちゃんどうしたの? 顔色悪そうだよ?」
「あ、うん。さっきからなんだか妙に気だるいんだよね…」
「体調が優れない時は、無理をせずに保健室に行った方がよろしいですよ?」
「う~ん…。別に保健室に行くほどひどくはないし、午後も横になってれば多分大丈夫だよ」

 今日は一段と冷え込んでいるのに、朝風呂に入ったり、寒い廊下側の席で眠ったりしたから、きっと寝冷えでもしたんだろう。
 この分だと、熱も出ているのかもしれない。

「全く…。あんたの事だから、ゲームやアニメのせいで夜更かしし過ぎて、免疫力が弱ってるんじゃないの? たまには早寝早起きを心掛けたら?」
「…うん。そだね」

 かがみのツンデレな発言に、私は力弱く返事する。
 …言える訳が無い。
 最近は、かがみの事ばかりを考えて、眠れない日が続いているなんて…。

§

 昼休みに保健室に行かなかった事が仇となったのか、午後のHRが終わる頃には体の節々が痛み出すようになっていた。
 早く家に帰って、ベッドに入って眠りたい…。
 そんな私の思いを揺さぶるかのように、教室に入ってきたかがみが申し訳なさそうに、今日は一緒に帰れないという事を私達に告げた。

「今日の委員会は男子の方の子が出席する予定だったんだけど、その子も風邪をひいてて早退しちゃったのよ。それで、代わりに私が出席しなきゃいけなくなっちゃって…」
「そうなんだ。じゃあ、今日は三人で帰るね」
「あ~、それじゃあ、私はここで待ってて良いかな?」
「別に待たなくても良いわよ? あんたは体調も悪いんだし」
「…いや、私もまだもう少し横になってHPを回復させておかないと、帰る途中にモンスターに襲われて力尽きちゃうよ…」
「通学路のどこに、モンスターが出そうなダンジョンが存在するんだよ…。まぁ、そういう事なら委員会が終わったら呼びに来てあげるから、少し安静にしてなさい」

 今日は久しぶりに、かがみと最後まで一緒に帰れる予定の日だった。
 …それが、こんな事で別々に帰る羽目になるのが、今の私には物凄く嫌だったんだ。

 かがみと一旦別れ、先に帰るつかさとみゆきさんに手を振った後、私は三度、机を枕にして目を閉じる。
 熱のせいで、時間の感覚も遠近感も正確に感じられないまま、時折教室の外から聞こえる部活動している生徒の声を聞いて、私はかがみが戻って来るのを待ち続ける。
 かがみ、早く来ないかな…。
 そんな事を思っている内に、私は浅い眠りについてしまったようだ。
 夢は見たような気がするけど、内容までは覚えてない。
 誰かにトントンと肩を叩かれたような気がして、目を覚ますと、そこには心配そうな表情で私を見つめるかがみの姿があった。

「あ…かがみ…」
「随分うなされてたみたいだけど、大丈夫なの?」
「…ちょっと辛いかな…」
「もう。だから無理して残ってなくて良いって言ったんじゃない」

 かがみに説教を耳で受け流しながら、教室を見渡してみる。
 既に外は薄暗くなっており、教室の周辺には私達を除いて人の気配が一切しない。

「ほら、途中までは支えてあげるから、早く帰りましょ」

 かがみはそう言うと、机の傍に掛けておいた鞄を私に手渡す。
 それを受け取った私が、覚束無い足取りで立ち上がろうとすると、かがみは慌てて私の手を引いてそれを補助した。
 私、かがみと手を繋いでるんだ……。
 それだけで、私が今まで抑えていた感情が一気に溢れ出しそうになる。

「ちょ、ちょっと。本当に大丈夫!?」

 なんとか涙を堪えようと俯いた私を見て、またかがみが心配の声をあげる。
 違う…。違うんだよ、かがみ……。

「…この様子じゃ、一人で家まで帰るのは無理かもね…。とりあえず、天原先生を呼んでくるからそこで待ってて」

 かがみが私の手を離そうとする。
 …離れたくない。

「待って」

 私はそう言うと、かがみの手を離さないようにぎゅっと握り締めた。

「え、なに?」
「……」

 呼び止めたのは良いけど、用件は何も無い。
 ただ、かがみの傍に居たくて…。この温もりをずっと感じていたくて…。
 でも、かがみは私の用件を聞こうと耳を傾けている。
 だから、何かを伝えないといけない。

「…かがみは、もう彼とキスしたの…?」

 その時私の口から出た言葉は、自分にとっても予想外の一言だった。
 こんな事を聞いて私はどうしたいんだろう…。聞いても傷つくだけなのに。

「な、な、な、なにをバカな事を言ってんのよっ!? こんな時に!!」

 言われたかがみは、その途端に顔を真っ赤にして大きな声をあげてきた。
 多分、その顔は熱を出している私よりも赤くなっているに違いない。
 この様子から見ても、かがみはあの彼の事が大好きなんだろう……。
 私の中の何かが壊れていく。

「答えてよ」

 だから、私は冷たくかがみを問い詰める。
 私の真剣な様子に気圧されたかがみは、僅かな沈黙を置いて、観念したかのように口を開いた。

「…まだなのよ」
「…えっ?」

 返ってきた答えは、私の予想を大きく覆していた。

「…恥ずかしいのよ。ずっと前から知ってる相手といざそういう関係になって…。その…キスするのって…」
「……」
「アイツは、『無理せずに自分達のペースで行こう』って言ってくれてるけど、恥ずかしいって理由だけで、敬遠してる私は凄い情けなくて…。…だから、次にアイツと会った時には必ず済ませようって思ってて……」

 目を背け、恥じらいながらかがみは私にそれを伝える。
 多分、かがみはかがみなりにこうした悩みを抱えていたのだろう。
 …そして、私にそれを打ち明けたのは、かがみが私の事を「友達」として認識しているからだ。
 ほら、やっぱり聞くべきじゃ無かったじゃないか…。
 喋り終えて、唇を真一文字にしてそっぽを向いているかがみを見つめる。
 私にとってはどんなレアグッズよりも魅力的なかがみの唇。
 それが、もう少しすれば、私じゃない人間の唇と重ねあう事になるなんて……考えられない。

「かがみ…」
「何よ、こなっ――」

 もう限界だった。
 私にとっての初めての口付け。
 大好きなかがみの柔らかい唇の感触を、私は今味わっている。
 時が止まってしまったんじゃないかと思うほどに、甘美で刺激的な快感が私の体全体を駆け巡っていた。
 ――このまま本当に時が止まってしまえば良いのに――。

 パンッ!

 そう思った私が、次の瞬間に味わったのは、強引に引き離された両肩の痛みと、平手打ちを食らった事による右頬の強烈な痛みだった。

「っ…はぁ…はぁ…。あ、あんた! 何考えてんのよっ!?」

 恐る恐る怒鳴り声のした方を見ると、そこには今まで私が見た事が無いぐらいに激高したかがみの姿がそこにあった。

「…ファーストキスだったのに…。ずっと前から夢見て来たのに…!」

 辺りが暗くてハッキリとその表情は見えないけれど、その声には涙が混じっているようだった。
 この時になって、ようやく私は事の重大さに気付いた。

「あ、あの、かが――」
「あんたとはもう絶交よ」

 慌ててこの場を取り繕うとした私の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。
 かがみはそう告げると、もう一度その言葉を聞き返す間すらも与えず、私に背を向けて走り去っていったのだった。
 …夕闇に包まれた教室に、放心状態の私が一人取り残されていた――。

§

 結局、その日はどうやって家に辿り着いたのか覚えていない。
 気がついた時、私は自分の部屋の入り口付近で鞄も下ろさずに佇んでいた。
 我に返った私は、力無く鞄をその場に下ろすと、最後の気力を振り絞ってベッドの上に倒れこんだ。
 うつ伏せのままで、私は右の頬を軽く摩ってみる。
 もう何の痛みもない筈の右頬に、あの時の一瞬の鋭い痛みとしばらく残った熱い鈍痛が蘇って来て…。
 私の瞳から熱いものが込み上げて来た。

 私はなんであんな事をしてしまったんだろう……。

 そんな後悔の雫が、一滴、二滴、と枕に染み込んでいく。
 確か…今日は朝からお父さんが出掛けていて、夜遅くまで帰って来ない。
 …だから、良いよね…? 誰にも迷惑は掛けないから…。

「…う…うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 静まり返った家の中で、言葉にならない私の慟哭だけがいつまでも響き続けた。





コメントフォーム

名前:
コメント:


投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください)


|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。