戻れない私達の恋愛関係 (後編)

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以上です。と、誰かが言う声と、ありがとうございました、と答える父、そうじろうの声が聞こえた。

「え?」
 目が覚めると、そこは、病室だった。白いカーテン、白いシーツ、白い、天井。
「お、目が覚めたか、こなた」
 こなたは喜びよりも、激しい動揺と、絶望的な感情をたたきつけるように叫んだ。まるで発狂するかのように。
「かがみ!かがみは!!」
 もしも自分ひとりが生き残り、かがみが、かがみが・・・死んでしまったなら、私は・・・・!
「落ち着け!かがみちゃんなら隣の病室だ。まずはとにかく、少し落ち着け、な?」
 とそうじろうは、少し困ったように眉を八の字に曲げて言った。その顔にこなたは、柊ただおのような怒りの感情を探そうとしたが、彼の振る舞いのどこにも、怒りはうかがえなかった。
「そっか・・・私も、かがみも、生き残っちゃったんだ・・・」
 自分たちは結局、この社会の中でずたずたにされるために生き残ってしまった。こうなった以上、彼らは直接の表現ではなくても、侮蔑と罵倒の感情をこめて、私たちの関係を汚すだろう。
「あのな、こなた」
 父、そうじろうが不意に無表情に言った。
「父さんは、お前とかがみちゃんの関係には気づいてたんだ」
「え?!」
「確か、父さんがゆたかちゃんと出かけた日だったかな、お前、部屋に鍵かけてたろ、中からその・・・変な声が聞こえたから、そういうゲームやってるんだろうと思って、開けようとしたらあの日は鍵かけてたじゃないか。やけに時間がかかって、中に入ったらかがみちゃんと二人きりだったし、冷静に考えれば、あの声はかがみちゃんだったと思ってな。大体のことは察してた」
 こなたにとって、それは世界がひっくりかえるほど、驚くべき告白だった。最初から、全部知っていたというのか。
「父さんはな。お前らくらいの年齢の時に、しかも、かがみちゃんとお前みたいなデリケートな関係に、俺みたいなおっさんがずかずかと立ち入って、俺は全部知ってる、どんどんやりなさい、みたいな事を言うのはデリカシーがない、と思ったんだ。今思えば、それくらいした方が良かったのかも知れないけどな」
 そういう父の顔が悲しげで、こなたは病室で目が覚めてから初めて、強い罪悪感を覚えた。泣きそうになるのを、ぐっとこらえる。
「・・・お父さんは、怒らないの?」
「怒る訳ないだろ。ただ、俺に相談もせず、何も頼らずこんな行動に出た事については、怒るというより、悲しい気持ちだよ。俺は、あんまり信頼されてなかったんだな、って。まあそれも、自業自得なんだとは思ってる。もっと、頼れる父親にならなきゃな」
 こなたは遂にこらえきれず、泣き出した。涙は後から後からあふれ、止まらなかった。
「わ、わたし、わたし、こんな、勝手な、勝手なこと・・・・」
「無理に何も言わないでいいさ。ちょっと休め」
「お父さんは、裏切られたって思わないの!?気持ち悪いって、思わないの?!だって、だって私、かがみと・・・」
「こなた」
 父、そうじろうが、初めて怒りの表情を見せた。それはしかしこなたにではなく、何か、対象の不明な何かに怒っているようだった。
「父さんはおたくだ。ずっと昔から、一人のロリコンが何人もの少女を殺した時からずっとおたくをやってる。おたくは百合を愛し、BLを愛し、ショタを愛し、女装少年を愛し、ロリを愛した。だがそれで、自分の娘が真に百合になった時にそれを拒絶するならば、そいつはもうオタクを名乗る資格はないんだ。オタクが少数者を偏見を持って扱うなら、もうそこにはオタクである価値はない。おたくが世間が顔をしかめ眉を顰めるものを擁護し愛しながら、いざ現実にそれと出会った時にそれを排斥するなら、もはやオタクにはそれを愛する資格はないんだよ。無論、多くのオタクは現実と俺たちが愛しているものは違うとか言い訳するだろう。でも父さんは・・・覚悟を持ったオタクなんだよ」
「自分の娘が・・・そうでも?」
「当たり前だろ。むしろこなた×かがみちゃん、なんて父さんの萌えのど真ん中だよ」
「三次元だよ?」
「父さんは三次元でもいけるオタクだ」
 この、娘がよその娘と自殺未遂をした極限でさえ、そうじろうはおたくとして、自分の娘たちの関係を認めるという。そのおたくっぷりに、こなたは感嘆と、笑ってしまうような感情と、ただ涙を流した。
「お前たちを探すのに、ゆいに手伝って貰ったからな。全部終わって、お礼を言うような気持ちになってたら、挨拶しとこうな。いろんな人が、お前たちのことを本気で心配してたって事は、覚えておいてくれよな」
「うん・・・うん・・・」
 涙で、上手く喋れないこなたは、しかしどうしても聞かずにおれないことを聞いた。
「かがみのお父さんは、来てるの?」
 そうじろうは複雑な表情をみせた。そこには、迷いがある。
「いや、柊さんにはまだ知らせてない。今、動揺しているかがみちゃんをご両親に預けるのは、まだ早いと思ってね。本当はいけないんだろうが・・・まだ高校生の子供に、すべてを背負わせてひょいと親と・・・社会と戦わせるのは、少し不公平な気がしてね。明日にでも退院できるだろうから、みんなで柊さんの家に行こうか」
 こなたは、父が相当な無茶をしているのが分かった。行方不明で外泊している娘を探しているであろう柊家に、見つけた事を知らせていないのだ。それは、めちゃくちゃな行動じゃないか?
「いいの?お父さん?」
「そうだな、お父さんはおたくであると同時に小説家だから・・・人間が小説家として生きるというのは、政治家や司法官とは異なった価値軸を持ってることを意味する。その職業が天職である限りにおいて、殉ずべき価値というのが、独自に選択され覚悟されていることを意味する・・・まあ、高橋和巳っていう、古い小説家の受け売りなんだけど、そういう風に思う訳だ。だからあえて、一日だけ、かがみちゃんやお前の心の準備が出来るのを待ちたいんだよ。だって、目が覚めていきなり、自分の行動を全否定する親に会ったら、こんな状況じゃつぶれちゃうだろ?」
 それは確かに言う通りだった。目が覚めてそうじろうに出会ったこなたでさえ混乱したのに。かがみの目が覚めた瞬間、出会ったのが怒りに満ちた柊ただおだったとしたら、繊細なかがみはどれだけ傷つくだろうか。
「それじゃ、お父さんはちょっとかがみちゃんと話してくるから、こなた、お前は寝てなさい」
「え、かがみ、起きてるの?」
「今はだめだぞ。お前たちは一度離れて、一人と一人になって考えなさい。じゃあな」
 父は病室を出て行く最後まで、こなたを叱らなかった。それでいて、叱るよりもずっと胸に堪える事をした。だから、自分は父を信頼せず、真の意味で父を裏切ったのだと、こなたは思った。その事に泣きながら、こなたはつぶやく。
「私、お父さんがお父さんで、良かったよ・・・」



 ・・・・・・・・・・・


「起きたかい、かがみちゃん」
目が覚めると、こなたの父親の顔が目に入った。
白いシーツの上、窓際で白いカーテンが揺れている。
「え!?え!?ここどこ?!」
「病院だよ」
「こなた!こなたは!?」
こなたのお父さんは、少し苦笑したようだった。
「君らは似てるなあ。こなたなら隣の病室だ。心配しなくていい」
その言葉にようやく落ち着いたかがみは、しかし今の状況を飲み込むにつれて、どうしていいのか分からなくなった。
「あ、あの、あのあの、おじさん」
「なんだい?」
「わ、わ、私が悪いんです!私が、私がこなたを・・・だからこなたを、許してあげてください、全部、全部私が・・・・!」
「かがみちゃんは、嘘が下手だなあ」
 そう言って笑ったそうじろうの顔が、驚くほど穏やかだったので、かがみは混乱した。彼は、怒っていないのか?
「娘をそこまで思ってくれている子を、責めるような人間じゃないよ、俺は。大体、俺は祝福する気満々だからね。結婚には祝福が必要だ、ってジョジョでも言ってたし」
「いや、結婚じゃないですし」
こんな時でも突っ込まずにいられない、かがみの突っ込み体質なのでした。
「明日にでもさ、かがみちゃんの家に行きたいんだよ、俺とこなたと、三人で行こうか?」
 ああ、遂に来た。
 家に、帰る・・・それはかがみにとって処刑場に行くのと変わらなかった。こなたとの関係を責めたてられる精神の処刑場・・・。
「おじさんも付いていってあげるから安心しな、率直に言うなら、俺は君たちの味方だからね」
「おじさんは・・・それでいいんですか?」
「ふふふ、おじさんは、百合とか萌える人なんだよ」
「駄目オタクだ!?」
 思わず咄嗟に突っ込んでしまったが、本心なのかどうか分からない、こういうはぐらかすようなところは、親子だけあってこなたと似ている。
「いやー、いいよ、ツンデレっ子とうちのこなたの組み合わせなんて、萌えとしか言い様がないよな、ふふふ、下品なんですが・・・ピーしちゃいましてね、吉良吉影風」
 そのあまりのガチっぷりに、いやむしろ、単純に本心かも知れない、とかがみは思い直した。どんな親なのこの人!?
「まあ、おじさんに任せておきなさい。かがみちゃんとこなただけで、大人を説得するのは難しいだろうから、おじさんが間に入ってあげよう」
「ほんとに、いいんですか?」
「個人的にはほんと不思議なんだけど、なんで世間では娘が同性愛に走ると衝撃を受けて反対するんだろうな。人間の愛情に、貴賎なんてないと思うんだがね。まあ、色々、難しいこともあるんだろうが、自分の娘が真剣に選んだ愛なら、俺は反対はしないよ。むしろ祝福するね」
「おじさん・・・」
「かがみちゃんは、自分が許されないとか裏切り者だとか思ってるんだと思うんだけどさ。そんな風に思う必要はまったくないんだ。なんでただ誰かを愛しただけで、そんな風に思わなくちゃいけないんだ?だからきっと、ご両親も分かってくれるさ。おじさんに任せておきなさい」
 おじさんが、気遣ってくれているのが分かる。こういう人が親だから、こなたも、きっと・・・。
「それじゃあ、お大事に、明日には退院できるからね」
 部屋を出ようとするおじさんの背中に、声をかけた。
「あの、おじさん」
 振り返ったおじさんが不思議そうな顔をする。
「何だい?」
 かがみは、赤くなりながら言った。
「ありがとう・・・ございます・・・」
「ツンデレきたこれ!」
「親までそんな反応!?」
 大体、今の流れのどこにもツンは無かったし。
 かがみの苦笑を尻目に、そうじろうは笑いながら部屋を出て、病室のドアを閉め廊下に出ると呟いた。
「まあ、ここからが大変だよな・・・・」
 大見得を切った、大人の辛いところだ、とそうじろうは思って廊下を歩き出した。


 ・・・・・・・・・・



翌日、退院のために病院に来たそうじろうは黒い着流しに羽織を羽織っていた。いつものような作務衣姿ではない。病院のロビーで退院の手続きを待っているかがみとこなたは、その背中を眺めながら、再開の喜びを味わっていた。
「かがみん、こうなったら、私、覚悟を決めるから」
「え?」
「かがみんのお父さんに言う・・・かがみを下さい!って」
「やめんかい!こんな時に」
「え、ちょっとマジだったのに・・・」
 さすがに、真剣な空気の時にそれはない。
「でもそうね、私も、覚悟決めるよ」
 二人で、ちゃんと生きる覚悟を。
 戻ってきたそうじろうに、こなたが声をかけた。
「お父さん、そんな服持ってたんだね」
 こなたは着流し羽織姿のそうじろうを初めて見た。しかも、黒い着流しなんて珍しい。
「正装っぽいだろう?まあ、京極○のコスプレなんだけどな」
「マジで!?よく見たら篭目紋だし!?」
「こんな時までふざけるのは遺伝なのね・・・」
とほほ、という感じのかがみでした。
三人でそうじろうの運転する車に乗り、柊家に向かう、車中はさすがに緊張に満ちて、口数も少なかった。それでも、後部座席で手を握り合う二人に、そうじろうは何も言わず、静かにアクセルを踏んでいた。
 やがて車は柊家に到着し、中では柊みきと、柊ただおが待っていた。姉妹たちはこの会議に入れず、自室で待機させているようだ。柊家は姉妹が多いためか、テーブルには全員が座れるだけの椅子があった。そうじろうは軽い感じで二人に挨拶する。
「いやあ、この度はどうも」
 こなたとかがみが着席すると、そうじろうがやにわに喋りだした。
「いやあ、大変でしたな。ところで、今回の件についての、柊さんたちのお考えをお聞かせ頂けたらな、と思っておるんですが」
「考え?」
 と、柊ただおは複雑な顔で言った。その表情には、渦巻いている感情を整理できない様子が伺えた。
「まあ、率直に言えば、うちの娘と、そちらのかがみさんとの交際についての、そちらのお考えを聞かせて頂けたらな、という話です」
 来た、とこなたもかがみも思った。
 運命の下す審判の時だと、覚悟する。私たちは結局、この審判から逃れることができなかった、と・・・。
「交際?冗談じゃない。それは、交際とかいうものじゃないでしょう。同性同士じゃないですか、結婚も出産も出来ないんですよ?世間の目だってある、とてもじゃないが、そんなもの、ありえないでしょう?」
 その直裁な否定の言葉に、かがみの心が激しく傷つけられ、しかしそうじろうは飄々と話を続けた。
「ふむ、結婚も出産も出来ないし、世間の目もあるから、駄目だと?」
「そうです、幸せになれる訳がない」
 ふんふん、とうなずいていたそうじろうが、不意にその目を凶悪に、ぎらり、と光らせ、腕を振り上げた!



   ドン!



 テーブルが凹むんじゃないか、と思うほど強く打ち下ろされたこぶしが、テーブルの中央で大きな音をたて、一瞬、テーブルに置かれていたコップが浮いた。そうじろうが大声で一喝する。



 「言語道断!!」




余りの大声に、全員が一瞬唖然とした。そうじろうは語る。
「結婚?出産?それは『誰のため』の結婚で、『何のため』の出産ですか?娘のためでしょうが、私たち親のためではない!世間の目なんてあやふやなもののために、自分の娘の全人格、全存在を否定するんですか。あなたの言うその『世間の目』が、遂にあなたの娘を心中に導いた、この期に及んでまだ、あなたは世間の目の味方をするのか。あなたはあなたの娘を殺そうとしたものの味方をしている。私たちに必要なのは、娘を受け入れることの筈です。もしも娘が同性愛を行ったからと言ってもはや受け入れられないなら、私たちに親の資格はない!」
「そんな事を言っても、現実は甘くはないでしょう。娘の幸せを思って、私は言っている」
「幸せというのは、何かを断念して死人のように生きることを言うのではない!幸せを願って、娘を心中に追い込む親で、あなたはそれでいいのか!?それは、ただ娘を自分の思う型に嵌める自己満足ではないんですか。娘たちが自分の命さえ賭けた本気の恋愛を前にして、まだ貴方は彼女たちの本当の幸福、本当の覚悟と、それの価値を認める事が出来ないのか。娘が世間の目に苦しみ、自分の命さえ賭けた覚悟を前に、ただ周囲を気にして、そんな事はやめなさいとしか言えないのなら、そんな親に何の意味があるんですか!?」
「世の中は甘くない。若いときは、誤った覚悟や、誤った気持ちに熱中してしまう事はよくある。それで将来後悔するのは娘なんだ。貴方たちは、別れるべきだ」
「後悔?別れたらもっと後悔するんではないんですか。後悔しないために別れるというのはおかしい。あなたは誤った気持ちというが、命さえ賭けれるような真剣さを、誤った気持ちとして切り捨てれば、一体どんな精神が残るのか、貴方には分からないのか?」
「娘の将来のためなんだ」
「娘たちはそんな将来を拒絶して、死のうとしたんではなかったんですか?」
 その言葉に、柊ただおは一瞬、言葉に詰まった。そうじろうは言う。
「若者に私たちの望む将来を押し付け、死ぬほどに真剣だった気持ちを誤りだと言って拒絶するなら、この家はもう、かがみさんを受け入れることが出来ない。ここはもう、帰るべき家ではなくなってしまう。違いますか?あなたは、あなたが命を賭けるほど本気だったものを否定し、愚弄し、蔑む家に、ほいほいと住み着くことができるのか?」
 柊ただおは、一瞬追い詰められた顔をして言った。
「・・・かがみは、かがみは私の娘なんだ。娘が同性愛に走るなんて、それをただ黙って認められる親なんて、いないでしょうに!?」
 しかしその言葉は、より決定的な反論を招くだけだった。
「俺のこなたは一人娘だ」
 そうじろうの存在自体が、それに対する何よりも雄弁な反論だったからだ。
「俺はただ黙って認めるよ。娘たちが本気で選んだ愛情を前に、何をさえぎることがある?それを祝福できないのなら、もはや親である資格も必要もない。たとえそれが仮に一時の過ちだとしても、その過ちの経験も含めて受け入れるのが親じゃないのか。俺だって、娘たちが一生を添い遂げるかどうかなんて知らない。まだ高校生で若いし未来だってある。うちの娘と、柊さんの娘は、いずれは友達に戻るのかも知れない。それでも、今この時、この選択を全人格を賭けて選んだのに、それをただただ拒否するなら、あなたは自分の不条理な、同性愛に対する嫌悪感を娘にぶつけているだけじゃないのか?」
「同性愛を嫌悪するなんて、当たり前じゃないか!」
「へえ、何故です?」
「それは・・・」
 柊ただおは言いよどんだ。そうじろうは語る。
「貴方は一度も、それについて真剣に考えた事がないから、言語化する事ができない。ただ感情を持って反論している。世間の人々は、ただなんとなく同性愛に嫌悪を持っているだろう。そしてその感覚を疑う事もない。それが世間の目って奴なんだろう。しかし娘が覚悟を持ってそれを選択したのなら、その世間の目から真っ先に護ってやるのが、親の役目なんじゃないのか。親までが世間と一緒になって娘を拒否するのなら、娘の居場所は一体どこにある?それこそ、死ぬしかなくなるんじゃないのか?違いますか?それでは、貴方にかがみさんを預けることは出来なくなる。あなたは、かがみさんを殺す気か?」
「違う!む、娘には、娘には、私は、普通に幸せになってほしいだけなんだ!」
 柊ただおの言葉には、もはや理はなかった。しかし世間一般の親の普通の感覚を代弁しており、理などないからこそ根深く、どうしようもなかった。そうじろうは、この話し合いが座礁したのを感じる。打開策はない。
「もうやめましょうよ、お父さん」
 とそのとき初めて、柊みきが発言した。
「何を言うんだ、みき」
「私もね、昔、女の子が好きだった事もあったわ。今思えば、お付き合いしても良かったのに、とも思うもの」
「何を、何を言うんだよ」
「かがみちゃんが本気で選んだことなんだもの、私にはもう何も言えないわ。でも貴方がそんなに反対するのなら、かがみちゃんをこの家に置くことはもう出来ないのかも知れないわね」
「何を言う!私は、私は認めないぞ!」
その時、いきなり居間のドアが開き、なだれるように娘たちが飛び込んできた。
「ひどいよ!お父さん!」
「横暴だ!」
「見苦しいわよ、お父さん」
 そこに居たのは、三人のかがみの姉妹たちだった。ずっと盗み聞きをしていたのだろう。仕方のない娘たち・・・しかし。
 つかさはかがみの傍まで言って、後押しするようにその袖をつかんだ。
「私は、お姉ちゃんのこと応援する。だって、お姉ちゃんのこと、大事だもん。お姉ちゃんがこなちゃんを好きなら、応援するよ。だって、お姉ちゃんのこと、大好きだもん!」
「つかさ・・・」
 かがみは、こんな風に言ってくれるつかさを疑った事を恥じた。それでもなお、疑ってしまう自分をも、恥じる。
「お姉ちゃん、ひどいよ、私に何も言わないでこんな事して。私が、お姉ちゃんがこなちゃんとそういう事になったからって、変な目で見るって思ったの?」
「それは・・・」
 まったくそのとおり、というほかない。かがみのそんな態度に、つかさは腹をたてたようだった。
「お姉ちゃんは私のこと、見くびりすぎだよ!お姉ちゃんが何であれ、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。私の大事な大事な、お姉ちゃんだもん!絶対、何があっても、絶対絶対、大好きなお姉ちゃんだよ!」
「つかさ・・・」
 不覚にも、泣きそうになってしまう。自分は、ぜんぜん周りが見えていなかった。こんなにも想ってくれて、支えてくれる人達が、自分の周りには確かに居たんだ。
「そうだよ、つかさの言う通り。あんたね、もっとお姉ちゃんを頼りな。私も、まつりもいるんだから」
「そうそう、心配かけすぎなのよ、あんた。私は妹がまた増えようがぜんぜん気にしないしね。もう四人もいるんだから、一人ぐらい増えたって一緒でしょ。それとも、あんたが泉家に行くのか?まあ、父さんのこの様子だと、そうするしかないかもだけど」
 柊ただおは、妻や娘たちのこの態度にショックを受けた様子だった。
「お前たちは・・・それでいいのか?」
 明らかな狼狽。
「お前たちは、かがみが、泉さんの娘さんと付き合うことを、認めるのか!?」
 その柊ただおの声に、ただおとかがみ以外の柊家の全員が声を合わせた。




   「「「「当然、でしょ!!」」」」




 かがみは泣いた。
 自分はこの上なく愛され、許されていた。
 お父さんは認めてくれなかったけど、認めてくれる人はいる。
 私は、生きていていいんだ、と殆ど始めてのようにそう思った。

 私たちは、生きていていいんだ。

 姉妹の全員が、泣いているかがみの周りに集まり、父と対峙している。柊みきまでが立ち上がり、そっちに回った。もはやただおはこの場に、どんな味方も見出せなかった。
「かがみは暫く、泉さんに預かってもらいましょう。貴方、それでいい?」
 妻の問いに、ただおは静かにうなだれた。
「どうせ僕が反対しても無駄だろう・・・それに段々、なんで反対してたのか分からなくなってきたよ・・・まったく、理解ある娘たちを持って、僕は幸せだね」
 柊みきは、かがみに耳打ちする。
「お父さん、今はあんなんだけど、きっとそのうち分かってくれるわ。その時、かがみちゃん、またこの家に戻ってきてくれる?」
 柊みきは少し不安そうで、かがみがもう、ここへ戻ってこないのではないかと思っているようだった。かがみは答える。
「もちろんだよ、だって、ここが、私の家だもん」
 いつかきっと、父も分かってくれる。
 だって、私の、お父さんなんだから・・・。
 こなたはふと、いつか夢の中で呟いた言葉を、今この場にいるすべての人間にあてはめて呟いた。
「私たちは・・・卑しくはありません・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・


 かがみを連れて帰る帰り道に、そうじろうが言った。
「あの人も馬鹿じゃないから、きっとそのうち分かるだろう。しかしまあ、父さんのやり方はあまり上手くなかったな、つい、真っ向から対決してしまった。おたくの悪いところだな」
 柊家を出るとき、みきや、姉妹たちはかがみとの別れを名残惜しがり、こなたとそうじろうに「娘をよろしくお願いします」と言ったのだった。かがみは、未だ熱い胸の内を整理できずに、黙っている。
「あの人はあの人なりにかがみちゃんの幸せを考えてたっていうのは、分かってやってくれ。俺も親だから分かる。あの人は世間の側についてかがみちゃんの幸せを考えた。俺はおたくで小説家だった。それだけの差なんだよ」
 帰り道の夕暮れに、こなたとかがみは手を繋ぎ、車に乗って泉家に帰った。帰るとそこではゆたかとゆい姉さんが待っていて、ゆい姉さんは少し不機嫌そうだった。
「ほんとにもう心配かけてこの子は!お姉さんびっくりだ!少しは、周りに相談しなさい!」
「あ、ご、ごめん、ゆい姉さん。探してくれたんだって?ありがとう・・・」
「警察の権限フル活用だよもう!ほんとはやっちゃいけないこと一杯したよ!こんなに心配させて!あ、かがみちゃん、ごめんね、この子にその、巻き込まれちゃって」
 ヒートアップするゆいを、なだめるようにそうじろうが間に入った。
「まあまあ、ゆい、落ち着けよ、こうして戻ってきたんだしさ」
「あの、私、巻き込まれたんじゃないです!」
 とかがみが唐突に、ゆいに反論するように言った。
「私と、こなたで、その・・・決めたことだったんです。いい加減な気持ちじゃなかったんです、その・・・だから」
「だったらなお悪いわよ。こなたと付き合うのはぜんぜんOKだけど、一緒に湖に飛び込むなんて絶対駄目。二度としないこと、いい?」
「はい・・・すいません」
 それは今日一日で、ずいぶんと反省した。
 私たちの周りには、信頼できる大人達が、こんなにもたくさんいる。
 それはとても、うれしいことだった。
「あ、かがみ先輩、その・・・おねえちゃん、って呼んだ方がいいのかな、お姉ちゃんのその、恋人、だし・・・」
 ゆたかはそう言って顔を真っ赤にした。
「なんか、ゆーちゃんを見てると罪悪感が湧くよ。教育上いいのか悪いのかというような・・・」
「いや、むしろいいんじゃないのか。ある種の百合耐性エリート教育だな」
「そうじろうさん?ゆたかをどうするつもりなんですか?」
「いや、冗談、冗談だって、ゆい」
 しかしそうやって話題にされているゆたかが、みなみとの百合ルートを歩み始めていることは、誰も知らないのだった。
「かがみ先輩、これから、ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
「なんか、ゆーちゃんがお嫁に行くみたいになってるよ?」
「あはは、なんだか、いきなりなんだけど、これから、よろしくね」
 不安もあるが、かがみはこれから、自分が泉家の一員のようにここで暮らすのだ、と実感し、少しの不安と、大きな期待を、覚えた。
「ゆい、かがみちゃんの部屋できてる?」
「もっちろん、ばっちり作ったよ」
 余っている部屋を、出かけている間にそうじろうは、ゆいに頼んで住めるようにしてもらっていた。それは今日、こうなることを覚悟してのことだった。
「お父さん、こうなるって分かってたの?」
「いや、こうしなきゃいけない、って感じかな。お前たち二人がいなくなってる間に、柊さんにも会ってたからな。向こうさんがどういう考えの持ち主かは、分かっていたから・・・」
 自分たちがいなくなっている間に、大人は大人で大変だったのだ、とこなたは実感した。
「まあ、こなたと一緒の部屋にしようかとも思ったけど、そこまでは露骨なのは、なあ?」
「お父さん、それ、セクハラだから・・・」
「あ、やっぱり?まあ、今日は疲れたから、これで解散な。夕飯時には集まるように。お父さん実は書かなきゃいけない原稿放り出してたからな。ちょっと部屋に篭るんで・・・ごゆっくり、昨日はおたのしみでしたね!」
「セクハラ!」
 笑って背を向ける父に、こなたはゆっくり頭を下げた。
「お父さん、ありがとう。机を叩いたお父さん、かっこよかったよ」
「ああ、あれか」
頬をかきながら、そうじろうは笑った。
「あれ、企業戦士YAMAZAKIのパクリ」
「あの場に及んでまで!?」
どんな時でも、とことんおたくなそうじろうだった。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



かがみが用意された部屋でくつろぎ、一人でいると、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ?」
開けると、そこには段ボールを持ったこなたがいた。
「これ、かがみの部屋にあった荷物だって。残ってたやつをかがみのお母さんが持ってきてくれたよ」
「え、お母さん、来てるの?」
「ううん、もう帰った。今日は、とりあえず泉家に慣れてもらう方がいいからって」
 お母さん・・・。
 かがみは母の愛情を感じ、その時、不意に、奇妙な声が聞こえたのだ。
「え?」
 こなたもまた、部屋の隅を凝視し、かがみは確かに「こなたをよろしくね」と囁く誰かの声を聞いたのだった。
「いま・・・・」
「うそ、いま・・・・」
 こなたもまた、確かに、部屋の隅にぼんやりと自分に似た姿を見つけ「こなたちゃん、こなたちゃんは思うように生きたらいいのよ、それだけで、お母さんは幸せだから」という声を聞いた。
 かがみとこなたはなんとなく顔を見合わせ、それから、くすくすと笑った。
「両親公認の仲になっちゃったね」
「結婚式は熱海でしようか」
「バカ」
 不意に、ちゅっ、とかがみはこなたの頬にキスし、やったな、とこなたもそのお返しをした。
 もう戻れない、戻らない私達の恋愛関係。
 かがみがいて、こなたがいる。
 それを支える人たちがいる。

 私達は、お互いに出会うために生まれてきた。

 明日から、こなたの家の人間としてかがみは暫くは暮らすだろう。やがては柊家に戻るとしても。

 私達は、許されている。

 心中の末に死んだ文豪は自伝的物語の最後を、生まれてきて、すいませんと言ってしめくくった。
 でも私達は言いたい、何度でも言いたい。何度でも叫ぶこの言葉によって、今回の事件を私達はしめくくるだろう。



 生まれてきて、良かったよ、と。



 かがみとこなたは明日からの生活を夢想しながら、晩御飯に呼ぶ父と、ゆたかの声を聞いた。




                            了



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  • 本質的な解決があって、読んでいて、気持ちが良かったです。
    子に対しての親のあり方とか…。
    -- 名無し (2010-06-23 03:15:03)
  • リアリティがあってよかったです -- 名無しさん (2010-06-19 22:54:38)
  • そうじろうに掘られたいwwwww -- 名無しさん (2010-04-13 17:00:02)
  • 感動して、涙が・・・・ -- 鏡ちゃん (2009-11-05 08:46:52)
  • 凄まじいSSですね・・・。
    そうじろうvsただおのトコで泣けてゆい姉さんの「ぜんぜんOkだけど」のセリフでまた泣けた。
    物語だとただおさん悪者?だけど間違って無いしその役柄を演じる役がいないとSSが成り立たないってのも理解してます。
    素晴らしく凄まじい作品でした!GJ!!超GJ! -- 名無しさん (2009-01-22 20:56:36)
  • 頼りになりすぎですねそうじろうさん!
    ホント格好良かったです。
    この物語で見ると
    ただおさんは分からず屋っぽい
    感じですけど世間ていうのは得てしてそんなもの
    なのでしょうね…
    同性愛は異端だなんて
    一体誰が言ったのでしょうか
    恋愛なんて自由でいいんですよね。
    ただその人を一途に好きになれば。

    この問題はここでとどめて
    おいてはいけないと思います。
    日本は真剣にこの偏見を取り払うべく
    考えていくべきです。 -- 無垢無垢 (2009-01-21 01:22:32)
  • そうじろうパパカッコイイです。自分もかなりのオタクだけどココまでの覚悟はまだ持ててないですね。
    ただおさんの気持ちも解るけど、こう言うときはそうじろうパパの言い分が正しい。
    「親」は子供を「護る」義務があると思う。例えどんなことでも。
    その上で正しい「人生」を選ばせるべきだと思う。
    そしてそれは決して世間一般的な物でなく、本人達が遠いいつの日か僅か一片の悔いも未練もなくその一生を終われる様に。
    そう言った「道」を教えるべきなんだと思います。

    素晴らしい作品を有り難う御座いました! -- こなかがは正義っ! (2009-01-19 21:27:27)
  • 現実もこんな風に認めてもらえるば世の中もっとよくなるのになw
    -- 名無しさん (2009-01-17 15:54:59)
  • うむ 実際なんで女同士だったらだめなんだ、
    なんで男女なんだろうか‥ それを深く考えさせてくれる
    SSでした そうじろうかっこよすぎだ 惚れたぜww
    とりあえずハッピーエンドで終わってよかったですw
    あとそうじろう みき つかさ、姉達がただおを説得する
    シーンで感動しちまった いいSS GJです!! -- 名無しさん (2009-01-16 13:17:47)
  • 感動しちゃった……いやはやGJ!
    しかし何だこのそうじろうのかっこ良さwww -- まじかる☆あんばー (2009-01-16 11:38:09)
  • ちょっと泣いちゃったじゃないのよ!!責任取りなさいよねっ!!! -- 名無しさん (2009-01-16 11:12:58)
  • そうじろうの説得が気持ち良すぎるww物語の動きと重さも絶妙、GJ!次回作も期待してます! -- 名無しさん (2009-01-16 02:46:17)


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