「守る」という事・後編(完結)

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★ ☆ ★ ☆ ★

「こなた、お風呂あがったわよ」
 ログハウスを借りているお客さんはホテルの大浴場をタダで利用できるらし
いけれど、せっかく二人だけの生活を体験しているのだから、私たちはここの
お風呂で我慢する事にした。
 美味しい料理を作ってくれたこなたを労って、食器の後片付けや残った料理
の仕分けは私がすると言ったのに、こなたは自分がやるからと言って聞かなか
った。そこで私が先にお風呂を使わせてもらう事にしたんだけど……。
「ええっ! そんな……。これからかがみんのあられもない姿を覗きに行こう
と思っていたのに……」
 心底残念そうに、こなたがそんな、ふっ、ふざけた事を言う。…いや、ちょ
っと待て!
「何をするつもりだったんだ、あんたは!」
 せっかく準備してきたのに、とか言いながらビデオカメラを弄っていたこな
たの頭に鉄拳を叩き込む。
「ううっ、酷いよ、かがみ……」
「やかましい! とっととお風呂に入って来い!」
 こなたは、「ちぇっ、かがみのケチ……」とか言いながら、しぶしぶお風呂
場に入って行った。
 まったく冗談じゃない。入浴姿など記録に残されてたまるか! 見たいのな
らそう言えば……。違う、そうじゃない!
「あっ、かがみ。寂しいなら、いつお風呂に入ってきても良いからね!」
 絶妙のタイミングで、こなたがお風呂場から顔を出した。
「だっ、だっ、誰が入るか!」
 真っ赤になって私が怒鳴ると、「ひやぁ~」とまったく緊張感の無い悲鳴を
上げて、こなたはお風呂場に逃げていった。
「まっ、まったく、へっ、変な事を言うな……」
 顔が火照るのを感じ、私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる事にした。
「んっ、なにこれ?」
 備え付けの大きなテーブルには、あれだけ大量にあった料理皿が全て片付け
られていたけれど、ガラス容器とスプーン、それに書置きが残されていた。
 近くに行って書置きを読むと、
『かがみんへ。お風呂上りにデザートはどうかな? 今日は間違いなくカロリ
ーオーバーだから、ヨーグルトにしといたよ』
 そんな事が書かれていた。
「……確かに、あれだけ食べた後にケーキなんかを出されても食べられないわ
よね。……いろんな意味で……」
 ガラス容器の中を確認すると、白いヨーグルトの上に綺麗に色とりどりの果
物のスライスが載せられていた。
「私がお風呂に入っている間、これを作っていてくれたんだ……」
 さっそく一口口に運ぶ。果物の甘さだけでヨーグルトには砂糖を入れていな
いから、程よい甘さで食べやすい。お風呂上りの水分を失った体にしみこんで
いくようで、とても美味しかった。
 更にもう一口、二口食べて、
「……後はこなたと一緒に食べよう」
 私はスプーンを置いた。とても美味しいけれど、一人で食べるのはなんか寂
しいから。
「……広すぎるものね、この家」
 こなたと二人のときは良いけれど、一人になるとこの家の広さが寂しさを増
幅させる。
「こなたと二人きりなのは嬉しいけど、こんなに広いところに泊まるんだった
ら、つかさやみゆきも誘って……」
 ……何を言っているんだろう、私は……。つかさは良くても、みゆきを誘え
るわけが無い。あんな事があったのに……。
 泣き崩れたみゆきの姿が頭をよぎった。すると、こなたのおかげですっかり
と影を潜めていた暗い気持ちが心の中に蘇っていく。
 駄目だと思った。こなたに迷惑を掛けちゃ駄目だと、止めようとした。けれ
ど、私の意志などお構い無しに私の心の中に暗いものが急速に広がっていく。
『わずかの間、想い人に会えないだけでも精神的に追い詰められて、私に、他
の人間にすがってしまうかがみさんが、泉さんを守る事はできないと思います』
 そんなみゆきの言葉が思い出された。
「……私は、いつもこなたに助けられてばかりだ……」
 今日一日の事を思い出しても、私はこなたに何もしてあげていない。やり方
は強引だったけど、こなたは私のために色々してくれたのに。
 タクシーやこの家の手配、列車の座席の予約、試験で疲れているはずなのに
作ってくれたお弁当。ここでの料理だってそうだ。私のジャガイモの皮むきは、
でこぼこだらけで大きさがばらばらになってしまう有様だった。けれどこなた
はそんなジャガイモを使って美味しい料理を作ってくれた。「私とかがみの合
作料理だね」って優しく言ってくれた。私をフォローしてくれた。
 なのに、私は何も出来ない。何もしてあげられない。
「……私は、どうしたら……私は、こなたを守りたいのに……」
 悔しかった。惨めだった。情けなかった。守りたい、と思っているのに、弱
くて無力な私は、すがってしまうだけで……。守られるばかりで……。
 不意に、ガチャッという音がした。そちらに視線をやると、
「ふっふっふっ、かがみん、この姿を見ても……」
 下着姿のこなたが悪戯っぽい笑顔でお風呂場から出てきた。
 けれど、私と顔をあわせるなり、慌ててこちらに走ってきた。
「かっ、かがみ! どうしたの! 何で泣いているの?!」
 必死なこなたの声。私を心配してくれる声。そっか、私、いつの間にかまた
泣いていたんだ……。
「なっ、なんでもないわよ」
「なんでもないはずないよ! どうしたの、言ってよ、かがみ!」
 言っちゃ駄目だ。こなたに迷惑をかける。私が解決しなきゃいけないんだ。
これからずっとこなたを守っていくために。守って、守っていくんだから……。
 なのに、涙が溢れてくる。「助けて、助けて」と弱い私の心がこなたにすが
ろうとする。
「……こなた……こなた!……」
 気がつくと、私はこなたを抱きしめていた。
「……かがみ、どうしたの? 泣いていちゃ分からないから、話してみてよ」
 こなたは優しく私に泣いていた理由を尋ねる。私の精一杯の虚勢は、その言
葉で簡単に壊れてしまった。
「…………うん……」
 私は頷き、こなたに全てを話した。私が悩んでいた事、みゆきを泣かせてし
まった事、家族に迷惑をかけてしまった事の全てを。
 こなたは黙って私の話を聞いてくれた。
 全て話し終え、私はこなたに嫌われるんじゃないか不安で、ぎゅっとこなた
をきつく抱きしめた。
「……強く、強くなるから。強くなって、こなたを…守るから……。みゆきに
は…守れな…いって言われ…たけど、私のお父さんやお母さん…たちみたいに
強く、強くなって…私がこなたを…守るから。お願い…だか…ら…私を…私を
……嫌いにならな…いで……」
 勝手な事は分かっていた。何も出来ないくせに、何もしてあげられないのに、
私はこなたの側に居たい。それでも、このぬくもりを失いたくない。
「……バカだ……私は……」
「えっ? こなた……」
 こなたの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「……ごめん。私、バカだから……。かがみがここまで追い詰められていたな
んて分からなかった……」
 こなたは流れる涙を拭う事もせず、悲しげに笑った。
「……私は、思い上がってたんだね。……かがみが落ち込んでいても、私が頑
張ればどうにかできるって思っていた。不安な気持ちなんて、吹き飛ばせるっ
て思ってた……」
 私はなんといえば良いのか分からずに、ただこなたの言葉を待った。
「……寂しい思いをさせてごめんね。でもね、私も同じだったんだよ。私もね、
かがみを守れるようになりたかったんだ……。
 ……私、かがみが試験勉強を手伝ってくれるって言ったのを断ったよね?
 それはね、いつまでもかがみに迷惑を掛けちゃいけないって、自分の事は自
分で出来るようにならないと駄目だって思ったからなんだ。そうしないと、私
はいつまでもかがみに迷惑をかけるだけだからさ……。
 だけど、やっぱり私はバカだよね。寂しがり屋のかがみを一人ぼっちにした
らどうなるか、分かっても良かったはずなのにさ……」
 違う。いつも迷惑をかけているのは私の方だ。そう言いたかった。けれど、
言葉が出なかった。
「……どうしてこうなっちゃうんだろうね? 私もかがみも相手の事を守りた
いって思っていたのにさ……」
 こなたは顔を俯けて、弱々しい声で私に尋ねる。
 どうしてだろう? 本当にどうしてだろう? 私はこなたの泣き顔なんて見
たくないから、守りたいと思ったのに。だから強くならなくちゃって思ったの
に……。
 私がこなたにこんな顔をさせた。泣かせてしまった。私が弱いから……。
「……泣かないでよ…こなた……。私が強くなるから……。私がこなたを守れ
るようになるから……弱い私が悪いの。……こなたは何も悪くない! 何も悪
くないよ……私が、私が全部悪いんだから!」
 こなたに笑顔でいてほしい。そのためなら私はどうなってもかまわない。
 こんなに弱くて、臆病で、人に甘えてばかりの私なんかどうなっても良いか
ら。こなただけは、こなただけは笑顔でいてほしい。
「……駄目だよ……それじゃ駄目だよ!」
 ぎゅっと、こなたが私を抱きしめた。
「そんな風に自分を追い詰めていったら、かがみが壊れちゃうよ。……そうや
って自分を追い詰めて、ウサギは火に飛び込んじゃったんだよ、きっと…」
 ……ウサギ? 私はこなたが何を言っているのか分からない。
「……私は、薄情なキツネじゃないよ。かがみが壊れちゃうのなんて……見て
いられないよ……」
 こなたはまた意味が分からないことを言う。困惑する私に、こなたは乱暴に
腕で涙をぬぐって、
「……だからさ、かがみ。『二人』で頑張ろうよ」
 不意にそんな事を言った。
「二人で?」
 オウム返しに尋ねる私に、こなたは小さく頷いた。
「……かがみは一つ勘違いをしているよ。みゆきさんはね、「かがみ『一人』
じゃ守れない」って、言ったんだよ」
「……こなた……どうして……」
 どうしてこなたはそんな事を言うんだろう? まるであの時のみゆきとの会
話を聞いていたみたいに。
 私の問いに、しかしこなたは困ったような弱々しい笑顔を浮かべるだけだっ
た。
「……お願い、かがみ。私の事を守って。その代わり、かがみの事は私が守る
からさ」
「……こなたが、私を?」
 こなたは頷き、
「ねぇ、かがみ。私と一緒に生活するって事は、確かに大変な事だと思うよ。
自分ひとりでも大変なのに、守らなくちゃいけない存在が出来るんだからさ。
 でもね、それは同時に、かがみには私という強い味方が出来るって事なんだ
よ。一人じゃ無理な事でも、『二人』ならなんとかならないかな?」
 そう言っていつもの笑顔を見せてくれた。
こなたの言葉は優しくて、嬉しくて……。だけど、だけど私は……。
「でも……私は弱いから……何も出来ないよ。きっと、こなたにばっかり…迷
惑をかけちゃうよ。……私は、やっぱり強くならないと……」
 俯く私に、こなたは優しくあやすように背中を撫でてくれた。
「無理をして自分だけで背負わなくてもいいよ。それにね、何も出来ないなん
て事は絶対にないよ。かがみは今までもずっと私を守ってくれていたんだから
さ」
「……嘘よ……。私は、私は何も……」
 気休めだ、そんなの。私は何もしてあげていない。ただ守ってもらっている
だけだ。
 そして、私はそれをきっと期待している。誰かが私を守ってくれる事を期待
している。自分は何もできないくせに……何も相手にしてあげられないのに、
それなのに、私の事を守ってほしいって自分勝手な事ばかり考えて……。最低
だ……私は……。こんな私が、こなたの事を守っていたはず…ないよ……。
 落ち込む私の背中を、こなたがポンポンと優しく触れた。
「……かがみ。『守る』ってことは、たぶん一方的なものじゃないんだよ。
 ……前にね、うちのお父さんが言ってたんだ。お母さんが死んじゃったとき、
お父さんは本気で後を追おうと思ったんだって……。でも、私が居たからそう
しなかったらしいんだ。……こなたをしっかり成長させるように頑張ろうって
思えたんだって……。そしてね、「今の俺があるのは、こなたが居てくれたから
だよな。こなたを守っているつもりだったけど、俺のほうがこなたに守られて
いたのかもな」って言ってた。
 私とかがみだってそうだよ。私も強いわけじゃないよ。でも、かがみが側に
居てくれるから、私は頑張れる。かがみの存在が私に力をくれる。私を守って
くれているんだよ……。何も出来ないなんて言わないでよ」 
「……私は……ただ、守られていただけじゃ……ないの?」
 こなたの言うとおりなら、私は何も出来なかったわけじゃないのだろうか?
迷惑をかけていただけじゃないのだろうか?
 ……それなら、泣き叫んでいた私を優しく抱きしめてくれた、あんなに強く
て優しいお父さんとお母さんも、私が守っていたんだろうか?
 そんな私の心を読み取るように、
「かがみのおじさんやおばさんだってそうだよ、きっと。かがみの存在が二人
を守っていたんだよ」
 こなたが優しくそう言ってくれた。だけど……。
「……でも、それだけじゃ……嫌だよ。私は…お父さんやお母さんみたいに強
くなりたいよ……。こなたを……もっと守ってあげられる様になりたいよ……」
 私は駄々っ子のように、泣きながら我儘を言う。でも、これが私の本当の気
持ちだった。ただ居るだけじゃ嫌だ。守りたい。もっと守れるようになりたい。
「……うん。私も同じ気持ちだよ。私ももっとかがみを守れるようになりたい
よ。……だからさ、一人じゃなくて、私と『二人』で頑張ろうよ。一緒に強く
なろうよ。いくら相手の事を思っていても、話さなくちゃわからない事もある
からさ……。ねっ?」
 もう、限界だった。
「…こなた……こなたぁぁ~!」
 私はこなたを抱きしめたまま声をあげて泣いた。今まで心のうちに溜め込ん
でいた暗いものを流し出そうとするみたいに。
「……お願い、かがみ。私と一緒にいて。同じ道を歩いて……。二人でたくさ
ん笑って、たまにはケンカもしてさ……。
 悲しい事や辛い事はいっぱいあると思う……でも、かがみは私が守るから。
そして、私のことをかがみが守ってくれるんなら……私たちは強くなれるよ、
絶対に。……越えられない事なんて……ないよ」
 泣き叫ぶ私の耳に、何故かそんなこなたの言葉がはっきりと聞こえた。
「うん……うん。こなた…と一緒……ずっと…ずっと…一緒だよ……」
 私はそう言って何度も頷いた。

★ ☆ ★ ☆ ★

「はい、かがみ」
「……ありがとう、こなた」
 こなたから渡された紅茶を喉にとおし、私はようやく冷静さを取り戻した。
 さらに時間をかけてゆっくり紅茶を飲み干し、気持ちを落ち着けてから、私
はこなたに尋ねる。
「……ねぇ、こなた……。いつ、みゆきから私の話を聞いたの?」
 さっきのこなたの話から、こなたがみゆきから私の事を聞いた事は間違いな
い。けれど、何故みゆきがこなたにそんな話をしていたのか、いや、そもそも
何故こなたと連絡を取ろうとしたのか分からない。
 みゆきは、私とこなたの関係を快く思っていないはずなのに。
「……昨日だよ。でも、もう少し待って。まとめて話すからさ」
 こなたはそう言って、困った顔をする。
「うん。分かったわ。家に帰ってから、聞かせてもらうわ」
 こなたが今教えてくれないのは、私の事を思っての事だろう。
 ……もしかすると、みゆきはこなたに絶交を告げたのかもしれない。もちろ
ん、私に対しても。
 親友を失うのは辛い。こなたのおかげで私は随分と気持ちが楽になったけれ
ど、ただひとつだけ、みゆきのことが気がかりだった。
 ……でも、大丈夫。私にはこなたがいてくれるから。こなたがいてくれるな
ら、私はなんだって乗り越えてみせる。
「そんなに後じゃないよ。紅茶を入れている間に連絡を入れたから。……やっ
ぱり、このままじゃダメだと思うからさ」
 こなたの言っている意味が分からず、私が意味を尋ねようとした時だった。
 来客を告げるインターフォンの音が鳴り響いたのは。
「おっ、来た来た」
 こなたは嬉しそうに玄関に走っていく。気になって私もそれを追う。そして、
玄関に行くと、
「あっ、あの、こんばんは。こなちゃん、お姉ちゃん」
 こんなところにいるはずの無い、つかさがそこにいた。そして、
「……みゆき……」
 つかさの後ろには、顔をうつむけたみゆきが立っていた。


「……その、ごめんね…お姉ちゃん」
「……あのねぇ。いきなり謝られても意味が分からないわよ」
 玄関じゃなんだからさ、とこなたに言われ、居間のソファーに座って話すこ
とにしたのだけれど、私には何が何だか分からない。分からない事だらけだ。
「ちょっと面倒な話だからね。順番に話していかないとね」
 私の隣に座っているこなたがそう言って苦笑し、
「そんじゃ、最初は私から話すね」
 と話の口火を切った。
「つかさじゃないけど、私は一つかがみに謝らなくちゃいけない事があるんだ。
 実はね、この旅行は私の計画したものじゃないんだ。全部ね、つかさとみゆ
きさんが計画して準備してくれたんだ」
「……えっ、どういうことよ?」
 私はこなたに続きを促そうとしたが、
「ここからは、つかさに話してもらわないとね」
 とこなたは話をつかさに振った。
「えっ! あっ、その、そうだよね…。うん、えっとね、こなちゃんが試験勉
強を頑張っている間、なんだかお姉ちゃんの様子がおかしい気がしたんだ。
 きっと、こなちゃんの事が心配なんだって思っていたんだけど、なんかすご
く追い詰められている感じで、他に何かあるような気がしたの。でもそれが何
かは分からなかったんだけどね……。それでね……」
 つかさはそこまで話をして、みゆきに視線をやった。きっとみゆきに話を振
りたかったんだろう。けれど、みゆきは俯いたまま何も言わない。
「……つかさ、続けて」
 どうしたものかと困るつかさに、こなたが助け舟を出した。
「あっ、うん。それでね、私はゆきちゃんなら分かるかもしれないと思って、
何日か前にゆきちゃんに相談したんだ。そして、ゆきちゃんから、お姉ちゃん
の元気が無い理由を教えてもらったの。それと、お姉ちゃんとこなちゃんのこ
とについても教えてもらったんだよ」
「……つかさ。私とこなたの事、おかしいって思わなかったの?」
 笑顔を浮かべるつかさにそう尋ねると、
「驚きはしたけど、別に変には思わなかったよ。だって、お姉ちゃんとこなち
ゃんが仲良しなのは分かっていたから」
 そんな答えが返ってきた。つかさはまだ友情と愛情の境界が曖昧なのかもし
れない。
「それでね、元気のないお姉ちゃんを助けたいって思ったの。だけど、きっと
お姉ちゃんを元気に出来るのは、一番仲良しのこなちゃんじゃないとだめだと
思ったんだ。でもね、こなちゃんは入試で忙しいから、ゆきちゃんにいろいろ
力を貸してもらったんだよ」
「……私は……」
 この家に来てから、初めてみゆきが口を開いた。私たちの視線がみゆきに集
まる。
「……私は、ほんの少し、つかささんのお手伝いをさせて頂いただけです」
 弱々しい声で、みゆきはそう言った。
「違うよ! 私は、「きっとお姉ちゃんは、素敵なところでこなちゃんと二人
で楽しく遊んだりできたら、元気になれると思う」って言っただけだよ。
 あのね、ゆきちゃんが、ゆきちゃんのおばさんにお願いして、私をこなちゃ
んの入試の会場に連れて行ってくれたり、この家や列車の席を予約したりして
くれたんだよ。
 それにね、お姉ちゃんの事が心配でしかたなかった私のために、ここの隣の
家も借りてくれて……。本当に、ゆきちゃんは頑張ったんだよ!」
 つかさは必死になってみゆきを弁護する。
 でも、どうしてみゆきがそんな事をしてくれたんだろうか? 私とこなたの
関係をあんなに否定していたのに。
「昨日の入試の時にね、つかさとみゆきさんが応援に来てくれたんだ。そして
ね、入試が終わった後に、私はかがみが大変な事になっているって話を二人か
ら聞いたんだ」
 こなたがつかさの話の補足をした。
 そう言えば、つかさは一昨日から家に居なかった。たしか、友達の家に泊ま
りに行っているとお母さんが言っていたけど……。
「……友達の家に行っているって、お母さんから聞いていたんだけど」
 今にして考えてみると、おかしな話だ。つかさが泊まりで遊びに行く相手と
いったら、こなたかみゆきぐらいしかいないはずなのに。私はつかさがみゆき
の家に行っているとは考えていなかった。……いや、もしかすると、あえて考
えなかったのかもしれない。
「お母さんとお父さんには、ゆきちゃんと一緒にこなちゃんの応援に行くって
事はちゃんと言っておいたんだけど、……お姉ちゃんには内緒にして置いてっ
て頼んでたんだ。ごめんね、お姉ちゃん……」
 ……なるほど。最近の私の有様じゃ、こなたの応援に行くのは難しいとつか
さもお母さんたちも考えたのだろう。加えて、つかさがみゆきと一緒にこなた
の応援に出発した日には、私はお昼まで寝ていたわけだし。
「別に、怒ったりしないわよ。むしろ、感謝したいぐらいよ。こなたや私のた
めに頑張ってくれたんだもんね。 ありがとう、つかさ、……みゆき」
 私の言葉に、みゆきの体がビクンと震えたのが分かった。そして、
「……かがみさん、本当にすみませんでした……。」
 みゆきは大粒の涙をこぼし、そう言って頭をさげた。
「ちょっ、ちょっと、みゆき……」
 私はどうしたものかと取り乱し、オロオロするしかなかった。
「お姉ちゃん、お願い。ゆきちゃんの事を許してあげて! ゆきちゃん、ずっ
とお姉ちゃんに酷い事を言っちゃったって後悔していたんだよ」
「えっ……」
 つかさの言葉が胸に刺さった。
「まっ、待ってよ。許すとか、そういう事じゃないじゃない。みゆきが私に言
った事は酷い事なんかじゃないわよ。その……当たり前の事よ」
 そう、あの時のみゆきの反応は当たり前の事だと思う。
「……違うんです。あの時の私は…ただ、大切な友人との思い出が…壊れてし
まうのを恐れて……。かがみさんの気持ちも考えず、酷い事を言ってしまった
んです……」
「……みっ、みゆき……」
 自分の事ばかりで、理解していなかった。私がこんなにみゆきを苦しめてい
た事を。
「……みゆき…謝るのは私の方よ。ごめんなさい。……それと、ありがとう。
こんな素敵な旅行をプレゼントしてくれて……」
 心からの謝罪と感謝の気持ちを込めて、私はみゆきにそう言った。
 けれど私の言葉に、みゆきは涙を拭い「いいえ」と小さく首を横に振った。
「……お礼なんて言わないでください。本当に私は、少しだけつかささんのお
手伝いをさせてもらっただけです。……私はかがみさんの心を癒す方法を見つ
けられなくて、……なんとお詫びすれば良いのかも分からなくて……。
 私は結局、つかささんにお知恵を貸して頂いて、そして……泉さんの力をお
借りすることしか出来なかったんです……。
 それに……正直に言います。あれから何日も考えましたが、私は、やはり同
性愛というものを理解は出来ません」
 みゆきはそう告げた。やっぱり私とこなたの関係を許容できないのだろう。
 そう私が思った瞬間だった。
「……ですが……」
 みゆきがそう言葉を続けたのは。
 驚いてみゆきを見ると、みゆきもそれに気づいたのか、困ったような笑顔を浮かべて続けた。
「……昨日の事です。泉さんの試験が終わり、かがみさんが大変な事になって
しまっていると泉さんに伝えたのですが。その時、泉さんは……」
「わっ! ストップ、みゆきさん! その話はしないって約束したじゃん!」
 こなたが突然慌てだした。何か私に聞かれたくないことがあるんだろうか?
「ごめんなさい、泉さん」
 みゆきはいつもの穏やかな笑顔でそう言って、話を続けた。
「泉さんは普段からは考えられないほど慌てられて、『かがみに何があったの?
早く教えてよ』とすごい剣幕でおっしゃって……。そして、私が、私のせいで
かがみさんが追い詰められている事を話すと、泉さんは私の襟首を掴んで……」
「こなた、あんた、まさかみゆきを!」
 みゆきの言葉を遮り、私はこなたに問いただした。
「何もしてないよ! あの時は、その、頭に血がのぼっちゃっただけで、すぐ
に手を離したよ!」
 こなたは必死に弁明する。
「あの時のこなちゃんはすっごく怖かった……。「何でそんな事を言ったの
さ!」って大声を出して……私、ゆきちゃんが叩かれちゃうって思って泣いち
ゃったもん」
「ううっ、つかさ……」
 つかさのダメ押しに、こなたは言葉を失ってしまった。
「……叩かれても仕方のない事を私はしたと思っていました。ですから、そう
なる事を覚悟していました。けれど、私の予想をはるかに上回る程、泉さんは
怒りました……。つかささんの言うとおり、本当に怖かったですね」
「うううっ、みゆきさん……。あの後散々謝ったのに……」
 こなたの非難に、みゆきは「すみません」と小さく微笑む。
「ですが、その時の泉さんを見て、私はどれだけ泉さんがかがみさんを大切に
思っているのか分かったんです」
 みゆきはじっと私の目を見て、
「……先ほども申し上げましたが、私は、同性愛というものを理解出来ません。
 ですが、お二人がどれほどお互いの事を大切に思っているかは分かったつも
りです。……そして、私はお二人の友人として、かがみさんも泉さんも、幸せ
になってもらいたいと思っています。……この気持ちは嘘ではありません。
 ですから、かがみさんと泉さんの幸せが、お二人で今後も共にあることだと
いうのでしたら、私は、お二人を祝福したいと、何か力になりたいと思いまし
た。勝手なのは重々承知の上です。ですが、これが偽らざる私の気持ちです」
 そう続けた。
「……みゆき……ありがとう……」
 どれだけ悩んだ末に、みゆきはこんな答えを出してくれたんだろう? 私を
嫌ってくれれば、完全に拒絶すれば、悩まなくてもすんだかも知れないのに。
「お姉ちゃん、お願い。ゆきちゃんを許してあげて」
 つかさはどれだけ私のために頑張ってくれたんだろう? こんな私を助けよ
うと必死になって考えて、行動してくれた事が容易に想像できる。
「かがみ、難しく考えないで。思った事を言ってよ。私はかがみの事分かって
いるからさ」
 そして、こなた。私を元気にさせようとして頑張ってくれたこなた。私の事
で本気で怒ってみゆきに掴みかかったこなた。こんな言葉を掛けてくれて、私
を信じてくれるこなた。
 涙がまたこみ上げてくる……。
「……だから…許すも何も……無いわよ。どうして……。どうして、そんなに
優しいのよ……。みゆきも、つかさも…こなたも……」
 寂しくて勝手に不安になって、信じ切れなくて、不快な思いをさせて、バカ
な事を言って困らせて……。そんな、そんな私に、どうしてみんなは優しくし
てくれるのだろう?
 涙を浮かべる私に、こなたはにっこり微笑んで言った。
「簡単だよ。みんなね………」
 こなたの言葉は反則だった。私は堪えきれずにまた泣き出してしまった。
「かがみさん、私も協力させてください……」
「お姉ちゃん、私もついているよ……」
「かがみ。「二人」だけじゃなかったね。「みんな」で頑張ろうよ……」
 みんなが泣いている私を抱きしめてくれた。


 ……私は強くなりたい。守れるようになりたい。守られてばかりじゃ駄目だ
から。
 でも大丈夫。今度は間違えない。みんなと一緒に強くなるんだ。
 ……私「も」みんなを守れるように。

★ ☆ ★ ☆ ★

 あるところに、クマとキツネとウサギがいました。彼らはある時行き倒れて
いた旅人を見つけて、その旅人を助けることを決めました。
 クマはその力を活かして魚を取ってきました。キツネはその知恵を活かして
果物を取ってきました。けれど、無力なウサギは何も取ってくることが出来ず、
何も旅人に与えることができませんでした。
 ウサギが困っていても、クマは助けようとはしませんでした。けれど、心優
しいキツネは、クマに見つからないように、自分が先ほど取ってきた果物より
立派な果物をウサギに渡しました。
 ウサギはキツネにとても感謝しました。ウサギは早速その果物を旅人のとこ
ろに持っていこうとしましたが、キツネにもう少し待つように言われました。
 ウサギが待っていると、不意に茂みからイヌとヒツジが現れました。
 そしてイヌは口に銜えていたものをウサギに渡しました。
 それは、旅人が持っていた水筒でした。イヌはクマに見つからないように、
空だった旅人の水筒を銜えて、水を汲んできたのでした。
 ヒツジはウサギに、これで旅人を暖めてあげてくださいと、ふかふかの毛を
分けてくれました。
 ウサギは心優しい三匹に感謝し、それらを旅人のところに持って行きました。
 ウサギが沢山のものを旅人のために持ってきた事に、クマは驚き、ウサギの
事を認めざるをえませんでした。
 やがて旅人は元気を取り戻し、自分を救ってくれたウサギにお礼をいい、ま
た旅立って行きました。
 こうしてウサギは旅人を救うことが出来ました。けれど、ウサギはどうして
キツネとイヌとヒツジが、非力で恩を返すことも出来ない自分を助けてくれた
のか分かりませんでした。
 ウサギはある時キツネに、どうして自分の事をみんなが助けてくれたのかを
尋ねました。
 するとキツネはにっこり微笑んで、
「簡単だよ。みんなね、ウサギさんのことが大好きだからだよ」
 そう教えてくれました。
 ウサギは心から感謝をし、今度は自分もみんなを助けられるようになろうと
頑張りました。
 それからウサギは、大好きなキツネたちと一緒にお互いを助け合いながら、
いつまでもいつまでも幸せに暮らしたと言う事です……。



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コメント:
  • 全私が泣いた -- 名無しさん (2010-05-05 16:43:44)
  • 俺、今からお客さん家にいくのに……目が腫れてしまいましたよ。


    最高です。心が温まりました。 -- 名無しさん (2010-03-30 13:59:21)
  • ガチで泣いた -- 名無しさん (2010-03-30 02:58:10)
  • 涙が溢れそうだ -- 名無しさん (2010-02-07 20:51:54)
  • あ、いまおれの周りにはいくつかの池ができている -- 名無しさん (2009-08-18 01:24:18)
  • GJ!!
    思わず涙が出ました(TへT)
    ウサギのことが大好きだからという言葉がとても深く染み込みましたww -- 名無しさん (2009-03-04 17:42:55)
  • これは素晴しい作品なんだぜGJ!!
    同性愛の苦悩をリアルに受けとめるSSって
    そんなに多くないんだよねえ・・・
    そういう意味でもこれは希少価値だと思う -- 名無しさん (2008-07-26 22:03:43)
  • ちょっと水分補給行ってくる(涙腺崩壊的な意味で -- 名無しさん (2008-07-25 23:13:53)
  • 涙が止まりません、感動しました! -- mj (2008-06-15 01:32:26)
  • なんて言うかもう言葉が見つかりません、最高の結末 GJ!! -- kk (2008-06-15 00:32:31)

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