その日、歯車は回り始めた

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 新学期が始まり、休みボケもすっかり解消された、ある日曜日の午後。
 私は聖地に舞い降りていた。

「アキバか。なにもかも皆懐かしい」
「アンタ、バイトで毎週来てるでしょうが……」


    「ふとしたことで~その日、歯車は回り始めた~」


「まったく、ゲーマーズに行きたいって言うから付いて来たら、なんで秋葉腹まで来なきゃいけないのよ?」
「いやぁ、かがみんね。私は全国のゲマズでも手に入るただの特典には興味は無いんだよ。アキバのゲマズでしか手に入らない主演声優さんの生サイン入り特典じゃないとダメなんだよ」
「…私はただラノベが欲しかっただけなんだけど」
「まぁまぁ、せっかく来たんだし、ゆっくりと楽しんで行こうよ~」

 私はかがみが引き返さないように背中を押して、無理矢理前に進ませようとする。

「あー、もう分かったからそんなに押すなって!」

 やれやれと言わんばかりの表情を見せながらも、かがみはしっかりと私に付き合ってくれる。
 二人でアキバの街並みを歩いていると、なんだかデートをしているような気がして、私の鼓動は喜びで高鳴る。
 まぁ、実際にそれが今日の目的の半分を占めているんだけどね。

§

 楽しい時間はゲーム内の日程を消化する時のようにあっという間に過ぎていく。
 その対価が、この両手に抱えた大量の荷物なんだけどさ。

「ふぅ…。今日の獲物は思ったよりも手強かった…」
「私はあんたの金銭感覚に軽く恐怖を覚えたわ…」
「いやぁ~、お陰で財布の中身がスッカラカンだよ。かがみん、悪いけど帰りの電車賃貸してくれない?」
「それは別に構わないけど、あんたねぇ、もうちょっと計画的にお金を遣り繰りしないと将来大変な事になるわよ」
「むぅ…。まぁ、その時はその時で、かがみんに私の手綱を抑えてもらうつもりだから」
「あんたの将来まで面倒見切れるかっ!」

 単に、冗談をツッコミで返されただけなんだろうけど、今の一言は私の心をほんのちょっぴり傷付けた。

「ううっ、ひどいやかがみ。私の事は遊びだったんだねっ!」
「ごっ、誤解を招くような事を言わないでよ! ほらっ、荷物半分持ってあげるから」

 これ以上公衆の面前で何か変な事を言われるのを嫌ったのだろう、かがみは顔を真っ赤にして、私の左手に持っていた荷物をひったくった。
 やっぱり優しいな…かがみは。

「ほら、帰るわよ」
「はーい」

 仮想デートというよりも買い出しに近い一日だったけど、その時の私は何物にも変え難い充足感に満ち溢れていた。
 何も特別な事は起きない、ただ穏やかな日常が今日も終わりを告げようとしている。
 でも、この時既に、私の望む日常を奪い去る“ふとしたこと”が水面下で動き始めていた事に、まだこの時の私は気づきもしていなかった。

§

 秋葉から東京地下鉄に乗った私達は北千寿駅で糖武線に乗り換える。
 しかし、肝心の北千寿駅でもたついてしまった私とかがみは、連絡待ちだった区間急行に乗り遅れてしまった。

「あー。急行いっちゃったよ…」
「仕方ないわね。次の準急で帰りましょう」
「むぅ…。まぁ、しょうがないね」

 早く家に帰って、DVDの特典映像をチェックしたいのに…と私は心の中でごちる。
 数分後、ホームに滑り込んで来た準急に私達は乗り込んだ。

「それにしても、このやけに過剰気味な包装紙はなんなのよ?」
「これ? エロゲーだよ」
「なっ! どうして17歳のあんたがそんなの買えるのよ!?」
「いやぁ、店にもよるけど、大抵こういうのは堂々と買えば意外と怪しまれないものなのだよ。かがみんや」
「だとしても、いくらあんたが堂々としてても、小学生にしか見えないと思うけど…」
「うるさいよーっ!」

 私がプンスカと抗議した所で、向かい側の座席に座っていた私達と同じ歳くらいの男の子が突然声を掛けてきた。

「…かがみ?」
「へっ?」

 いきなり男の子から名前を呼ばれて、キョトンとするかがみ。

「うん。やっぱりそうだ。柊かがみだよな?」
「そ、そうですけど…。あなたは?」
「けんただよ。鏑木けんた」

 かがみの知り合いなんだろうか、けんたと名乗るその男の子は爽やかな笑顔でかがみに名前を名乗る。
 その途端、かがみの顔が驚愕と喜びと微かに戸惑いの交じった表情へと変化した。

「えっ、けんた…? ホントに?」
「おいおい、嘘を吐いたって仕方ないだろ? 久しぶりだなあ、七年ぶりぐらいか」
「う、うん…。確か千葉に引っ越したのよね?」
「そうだったんだけど、高校入ってからまた埼玉に戻ってきててさぁ…」

 もともと知り合いだったという事もあってか、あっという間に二人の会話は弾みだす。
 っていうか、私の存在が完全に蚊帳の外になってるよ…。
 良く電車に乗っていると、友達同士で仲良く話をしている所に、片一方の友達が旧友とバッタリ再会して、物懐かしさでその二人の話が弾んでいる横で、ハブられたもう片方の子がとても気まずい空気を漂わせている――なんて光景を時折見掛ける事があるけど、まさか当の私がそんな体験をしてしまうとは…。

「その時のアレがまた臭くて大変だったよなぁ」
「そうそう、あの時のアレは臭かったわよね~」

 そうこうしている間にも、横の二人のテンションはどんどん上がっていく。
 …それに、あの子と話をしてるかがみの表情がなんだかいつもよりも明るく感じるのは私の気のせいだと信じたい。
 ――そのうち私は考えるのをやめて、さっきアキバで購入した漫画を読み始めた。

§

「次は一乃割、一乃割です」

 糟日部の一駅前、一乃割駅の到着を告げるアナウンスが流れる。

「俺、次で降りるから。とりあえず、携帯のアドレス交換しておこうぜ」
「あっ、うん。赤外線通信は出来る?」
「出来るぞー。時間も無いし、先にこっちのを送っておくから、後で連絡してくれ」
「じゃあ、そうするわね」
そんな慌ただしいやり取りが終わった直後に電車は一乃割駅に到着した。

「つかさも会いたがってたし、たまにはウチにも遊びに来なさいよ」
「おうよ、任せとけって」

 例の子はかがみとそんなやり取りを交わし終えると、「あ~、ようやくこの空気から解放されるよ~」と安堵していた私に不意打ちのように声を掛けてきた。

「ごめんね、折角の百合空間を邪魔しちゃって」
「!? えっ? いやっ、あのっ、その…」

 確信をえぐるような一言に、私は思わずメダパニを掛けられたような状態に陥る。

「ちょ、ちょっと! 別に私とこなたはそういう関係じゃ…」
「冗談だって。じゃあ、またな」

 タイミング良く駅に到着した電車のドアが開くや否や、彼はそそくさと出ていった。
 あとに残されたのは、先程の発言で顔を真っ赤にしたかがみと、そのかがみと全く同じ顔色になっているだろう私と、微妙に気まずい空気だけだった。

「…で、今の彼はかがみのなんなのさ?」

 あんな事を言われたからだろうか、つい強張った感じの問い掛けになってしまったことに言い終えてから気付く。

「あっ…ごめん。アイツも悪気があって言ったわけじゃないんだけど…」

 そう言われたらそう言われたで、なんだか私がかがみを好きになる事が悪いことのように聞こえて憂鬱になる。

「けんたは昔近所に住んでた同じ年の幼なじみなのよ。小学五年の時に千葉に引っ越しちゃって、それ以来音信不通だったんだけどね…」
「そうなんだ…」

 そこでまた話す事が尽きてしまい、私達の間に再び微妙な雰囲気が流れる。

「…あの、ごめんね。本当に久しぶりだったから、つい話し込んじゃって…」

 かれこれ三十分近くも放置された事に対して、私が怒っていると認識したのか、珍しくかがみがしおらしい態度で私に謝ってきた。

 ――あ~、別に怒ったりとかしてないから、気にしなくていいよ。

 そう言えば良いだけなのに、何故か私はそう答える事をためらってしまう。

「…こなた?」

 私のレスポンスが予想以上に遅れてしまった事で、かがみの表情に不安という二文字が浮かび上がってくる。
 その様子を見た私は慌ててその場を取り繕う。

「ん~。とりあえず、明日の宿題写させてくれれば許してあげてもいいよ」
「うわっ、あんたそういう所は本当にちゃっかりしてるわね…。しょうがない、明日ぐらいは面倒見てあげるわよ」
「あ~ん。だからかがみって大好きっ!」

 感謝の気持ちをそのままに私はかがみに全力で抱き付いた。

「あー、もう分かったから、そんなことぐらいで抱き付いてくるなって!」
「まあまあ、そう照れない照れない」

 今までと変わらない、何度も繰り返された私達のやり取り。だけど――。
 この時既に私達の間に取り巻く運命という名の歯車は、ゆっくりと、確実に動き始めていたんだ…。



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  • オイオイ作者様~、最後の三行は一体?
    続編待ってます。 -- kk (2009-02-17 22:31:02)


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