天体観測

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「-----っくし!!!」

ギュッと握られた左手の暖かさに、フラフラしていた意識が現実に引き戻された。
それと同時に感じる全身を襲う寒気。
ブルッと無意識に体が震える。
吐いた吐息が白い煙となって空へ吸い込まれてゆく。
ズズ...と鼻をかむ音に視線を移すと、そこには鼻を左腕で擦る泉こなたがいた。

「...だから言ったじゃない」

首に巻かれた自分のものではないマフラーを外そうと、右手を動かすが、なかなか上手くいかない。
どうしてこうも利き手じゃない手は使いにくいのか。
手を離してくれという意思を込めて、こなたと触れあっている左手の力を弱めると、反比例のように力を入れて掴まれた。
なにがしたいんだ、コイツは...

「こなた」

「.........」

「こなたってば」

「.........なに?」

シュンといじけたように萎れているアホ毛が風もないのに揺れた。
どんどん力が込められるこなたの指先に、「分かったわよ」と降参の音を告げる。
右手首につけられた腕時計を覗き見ると、短針は1を少し回ったところを指していた。
家を出てから3時間もたったのか...
これが、昼ならどんなにましだったか。
仰ぎ見るまでもなく周囲にはこなた以外、暗闇で覆われているこの状況。
いくら着込んできたとはいえ、白い結晶が空から落ちてきても不思議ではないこの気温で、数時間も野外にいるのは自殺行為でしかない。




『天体観測しよーよ、かがみん』




数時間前、明日の宿題見せて!から始まった電話で言われたこなたからの言葉。
天体観測できる用意や、ましてや望遠鏡すら持ってないのになにを言い出すんだ。この小さな友人は。


『望遠鏡なんて大それたものいらないって、とにかく午前2時踏切前集合ね』

「なんだそれ...てか、どこの踏切だ」

『あ、ちなみにちゃんと2分後に大きめの鞄背負ってきてね』

「どこの曲だよ」

なんだ、知ってるジャン!とかなんとか言ってたが、さすがにメジャーな曲だし、まつり姉さんからアルバム借りたことあるし。
そう言うと、こなたは何が楽しいのか分からないが、心底嬉しそうに笑った。

さすがに午前2時に家を抜け出すわけにはいかないし、私達は互いの家に泊まりに行くと言ってこうして数時間学校の屋上に座っている。

寒さと飢えは慣れることがない。
この言葉はどこで聞いたんだっけ。
思い出せないし、思い出しても何の意味もないんだけど...その言葉通りだと思う。
飢えはそこまで感じていないが、全身が凍ったかのように冷たい。
地面に触れているお尻からジワジワと低温に浸食されて。
おまけに外気から皮膚の熱までも奪われている感覚。
指先はすでに間接を曲げるだけでも痛くて、無意識に震える体を止めることなど出来やしない。

「---寒いね」

「そうね」

「かがみ、寒い?」

「寒い」

「.........ごめん」

「なんでアンタが謝んのよ」

分かんないけど、ごめん。と再度謝ってくるコイツに今日何度目か数えることさえ面倒な溜め息を漏らす。
さっきからこの調子だ。
屋上にきたものの、灰色の雲に覆われた空には1つの星さえも見えなかった。
うっすらと光っているところは、隠れている月だろうか。
家を出る前に確認すればよかったものを、何故今日に限って冷静になれなかったんだろう。
まぁ、そこまではいい。
本気で天体観測をしたかったならばさすがのコイツでも天気なりなんとか流星群なり調べてから誘うだろう。
変に凝り性なところがあることも承知済みだ。
だけど...

「............」

「............」

長い沈黙。
決して気まずいとか、嫌いなわけじゃないんだけど。
何と言うか、調子が狂う。
いつも五月蠅いくらい私をからかったり、すっかけてくる癖に。
そもそも今日のコイツは変だ。
違和感ありまくりというか、何かがひっかかっている。
チラッと横目で隣に座るこなたを伺い見てみる。
顔を膝に埋めていて、赤くなっている耳が髪の隙間から垣間見えた。

「......こなた」

「ん~?」

「やっぱマフラー返す」

「いいよ。寒いんでしょ、かがみ」

それはお互い様だろ。
そんな鼻真っ赤にさせて、お前はどっかのトナカイか。
いつものように突っ込むはずの言葉が何故か出なかった。

不完全燃焼になった言葉を白い毛糸で編まれたマフラーに押し付けるように顔を埋める。
これは元々こなたがしてきたものだ。
かがみはツインテだからうなじが寒いでしょ、とかなんとか言って一時間くらい前にこなたから渡された。
うなじって...首だろ、普通。
結局この突っ込みも言えなかったんだけど。
先端に付けられた毛玉がフルフルと揺れて、まるで尻尾の様に動いている。
さっさと本題に入らなきゃいけないのかもしれない。
なんで私をこんな寒空の下に呼んだのかとか、あと...

「なんで泣いてたのよ」

「----- え?」

普段は開いてるんだか閉じてるんだか分からない瞳が不思議そうに私を見つめた。
なにを今更。
気づかないとでも思ったのか、この馬鹿。
電話の時に気づいた鼻声。
集合場所に遅刻もせずに私を待っていた小さな体。
触れあってる手から伝わる寒さからではないだろう震え。
いくら鈍感、鈍感言われてる私だって気づかないはずない。

-―-コイツに何かあった、って。

「言っとくけどな、私はアンタの事ならほぼ分かってる自信くらいあるぞ」

心底呆れた様に言ってやる。
呆れたように言わないと、こっちが赤面してしまうほどキザなセリフだって分かってたから。
だから、こうやって指先にも力が入ってしまうんだ。

「......かがみって、たまに凄いデレ期になるよね」

「誰がデレ期だ」

にゃははと猫の様に笑うこなたはやっぱり何かを隠しているようだった。
コイツは嘘がうまい。
嘘というか、自分の気持ちを表に出さないのだ。
普段はオタクトークばっかりして、こなたを初めて見た人なら自己中心的な行動や言動をしているように見えるけど。
私は違う。
コイツと2年もの間一緒にいて、一番近くで見てきた自信がある。
こなたは誰よりも場の雰囲気を読んでいるんだ。
しかもそれを気付かせないくらい、違和感がない。
たまに読み過ぎてハメを外したりするけど、コイツは決して自己中心的なんかじゃない。
コイツの隣は居心地がよくて、勉強面では私に頼りっきりだけど、精神面では私はコイツに甘えていた。
だから私は忘れていたのだ。
いつも脳天気で、ドンと変に構えてるコイツが一番...
誰よりも「弱い」ということを。

「かがみは、さ...」

「うん」

「自分がこの世界で凄く小さな存在だ、って思ったことない?」

身長とかじゃなくてね、とはにかむ様に笑うこなたがグッと暗黒の空に手を伸ばした。
小さな、存在...?
まさかこなたからそんな言葉を聞くなんて思ってもいなかった。
普段はゲームだフラグだ言ってるコイツが一番現実を見てるって知っていたから。
漫画やアニメはあくまで平面上のことで、実際にそんなことがあるはずないと、そう思っていると感じていた。

「たまにすごく怖くなるんだよね、私なんかいなくてもーとか鬱アニメ展開みたいな...そんな感覚が」

こなたが何を言っているのか分からない。
吸い込まれてしまいそうな小さい体を懸命に伸ばして、空を仰ぐコイツはまるで羽を失った鳥のようで。

「そんなこと、ない...」

声帯が震えた。
口を開ける度入ってくる外気が肺を冷やしていく。
そこから内部の熱までも吸い取られる感覚にブルッと寒さではない悪寒がした。
そんなこと、絶対ない。
少なくても、私にとってはコイツが必要だ。
それは妹の友人でも、学校の友達ではなく、私にとってコイツは大事な人間なんだ。
知り合い、友達、親友。
そんな区切りなんて必要ない、傍にいて欲しい人間なのだ。

「アンタは...アンタでしょ」

アンタは泉こなたであって、それ以上でも以下でもない。
例えこの世界でこいつがほんの小さな存在であったとしても...私の生きている世界ではアンタが全てだ。
学校へ行く時も、休み時間も、休日も。
アンタがいるから楽しかった時間でしかない。
全部、アンタがいるから過ごせた時間なんだ。

「かがみ、泣かないでよ」

「...っ、泣いてなんか...ないわよ」

誰が泣かしたと思ってるんだ。
自分でも驚くぐらい熱い思いが込み上げてきて、溢れる涙が止まらない。
それは悲しいとか、痛いとかじゃなくて......
こいつが泣きそうに笑うその表情が、声が、全部苦しかった。

「かがみなら、そう言ってくれるって思ってたよ」

「自惚れ、てんじゃ...ないわよ」

自惚れなんかじゃない、事実だ。
どうしたらいいのか分からないのに、左手が触れているはずなのに、どうして目の前にいるコイツを抱き締めたいと思ってしまうのだろう。

「私ね、かがみが好き」

――――え?

予想外の言葉が空に吸い込まれていった。
今、コイツはなんて言った?
私が...好き?
一番聞きたかった言葉がストンッと呆気なく胸に落ちていった。
そこから広がるのは間違いもなく温かいこなたの声。

「かがみに小さな存在だって思われるのが一番恐い」

「......なによそれ」

「告白のつもり、だけど?」

どこにそんな色気のない告白があんのよ、馬鹿。
今日三度目の突っ込みも結局言えなかった。
気付いた時には、左手をこなたの右手から離し、そのまま頭を抱き寄せていたから。
冷たい。
コイツは何を考えて、私を好きだと言ったんだろう。
コイツは...一体どれだけの間、私と同じ気持ちを味わっていたんだろう。

「私も、ずっと恐かった...っ」

アンタが離れていくのが。
ずっとずっと好きだった。
好き過ぎて、近くにいるのが辛かった。
だからかもしれない。
こうやって瞳が滲んでしまうのは。

「ははっ...結局私もかがみも不器用だったってことじゃん」

そう言って私の背中に伸ばされた手から伝わるこなたの体温が暖かい。
あぁ、これだ。
私が欲しかったのは、私に伸ばされるこなたの手。
こなたを一番感じることが出来るこの場所にずっと憧れていたんだ。

「好きよ、こなた...」

「うん」

「私は、アンタを絶対小さな存在なんて思ったりしない」

「...うん」

だから、ずっと傍にいなさい。
そう呟いた言葉が吐息と共に空へ吸い込まれていく。
いや、吸い込ませたりはしない。
星が見えなくても、例え数光年離れていても。
私がいるべき場所は、ここしかないから。

「今度は二人でホウキ星でも探そうか」

だからこうして優しく笑いかける恋人に。

「望むところよ」

満天の微笑みを返してやろうと思う。


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  • 話GJだしこの曲めっちゃ好き! -- 幸星 (2009-09-23 02:52:17)
  • 元ネタの曲がかなり好きなので、これはキました・・・
    GJ! -- 名無しさん (2009-05-05 22:24:33)
  • 貴方の作品に
    惚れてしまいました。
    これからも頑張ってください。 -- 無垢無垢 (2008-12-20 00:08:51)
  • 誰かと思ったら黒ぬこの人かっ!
    元ネタの曲とシンクロさせながら読ませて貰いました。
    ほのかに甘い雰囲気GJ -- 名無しさん (2008-12-06 16:27:56)
  • うっ……(;ω;)
    いい話やなぁ 俺シリアスでも最後ハッピーエンドになる話が好きなんだ だからこの話 GJ!! -- 名無しさん (2008-12-05 10:38:34)

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