アルバイト始めました

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「アルバイトしようと思うの」
「ふぇ?」

 そんな私の宣言は、今までこなたが勤しんでいたシューティングゲーム――勿論、私のオススメソフトだ――の残機を一機減らす程度の破壊力を持っていた。

「そりゃまたどうしてさ?」

 序盤で躓いてしまったので、すっかりやる気を無くしてしまったのか、わざわざゲームを終了させて、問い掛けと同時に、私に向かって飛び込んでくるこなた。

「んー? このまま皆に迷惑を掛けっ放しなのも問題だし、やっぱり最低限の事ぐらいは自分で出来るようにしておきたいなと思ってね」

 私は飛び込んできたこなたを抱き寄せ、頭を撫で撫でしながらそう答える。

 今の私の生活環境は、泉家と柊家の共同出資によって成り立っている。
 この件に関しては、こんな無茶な事を快く承諾してくれたウチの両親と、「俺はかがみちゃんをここに住まわしているとは思っていない。むしろ、お金を払ってかがみちゃんにここに住んで貰っているんだ!」と受け取り方によっては相当危ない発言をして憚らないこなたのおじさんに対して、私は足を向けて眠る事は出来ないなと思っている。
 しかし、当の私も18歳を過ぎて、そのような好意のみを頼って生きていくような真似をつもり気は無い。という旨を私はこなたに伝えた。

「…まぁ、それもそうだね。確かに自分で働いて稼いだお金なら、エロゲとか大人買いしても罪悪感を感じずに済むから――」
「誰が買うか! そんなもの」

 私は両手でこなたのほっぺを抓って抗議する。

「ひひゃい、ひひゃいっへ。……それで、何のアルバイトをするつもりなのさ?」
「いや、それはこれから決めるつもりなんだけどね。…まぁ、受験勉強もあるし、週に何回もっていう訳にはいかないから、一回の時給の高い所じゃないと、ね」
「なかなか贅沢な条件だよ、それ」
「そ、それは分かってるけど…。っていうか、そういうアンタも受験生だろ?」

 私がそう突っ込むと、こなたは若干目を泳がせながら「いやぁ~、それはそれとして…」と別の話題を切り出そうとする。何が「それはそれ」だ。

「かがみの言う条件に合う職場が一つあるんだけどさ、良かったら私が紹介して――」
「…それはひょっとしてアンタの所のコスプレ喫茶の事じゃないだろうな?」
「……」
「……」
「……ちょうど、この間一人辞めちゃって人手が足りないんだよね~」
「やっぱり図星かよ! 私はコスプレなんて絶対にやるつもりは無いからねっ!」
「そう言わずにさ~、騙されたと思って一度面接を受けてみなって! 私がオーナーさんに掛け合っておくから」
「…その言い回し、何かいかがわしい物の勧誘みたいで凄く嫌なんだけど」
「うっ…。で、でもさ、でもさっ! 一緒の所でバイトしたらかがみが家で留守番する事も無くなるじゃん! 一緒に居れて給料も貰えるじゃん! 一石二鳥じゃん!」

 こなたはそう言い切る度に、ずいっずいっと鬼気迫った表情で私に迫ってくる。
 さすがの私もここまでやられると、その迫力に圧されて根負けしてしまった。

「あー、もう、わかった。わかったから、そんなに顔を近づけるなって…。とりあえず、アンタの顔に免じて面接だけは受けてあげるわよ」
「うん!」

 こなたの表情がぱぁっと明るさを増す。相変わらず反則よね。この時の可愛さは。
 ただ、面接を受けるだけだと念は押しておいたけれど、コイツの反応を見るに、恐らく何か善からぬ事を考えているんだろうという事は確信していた。


☆☆☆☆☆


 それから一週間後の日曜日。私は面接を受ける為にこなたのバイト先へと向かっていた。
 勿論、今日はバイトがあるからという理由にかこつけて、こなたの同伴付きだ。

「いやぁ、やっぱ紹介した手前、私が付き添わないとね♪」

 あんた、そんな責任感のある人間じゃないだろう。と私は心の中でツッコミを入れる。
 そうしたやり取りを繰り返しながら、私は既に何度か足を運んだ経験のある雑居ビルに入り、コスプレ喫茶のくせに「メイドカフェ」と名付けられた店の前までやって来た。
 初めて入る店という訳ではないし、開店前で中にお客さんは居ないのだけれど、どうもドアを開けるのに躊躇いを感じてしまう。

「どしたのかがみ? それじゃあまるで、初めてエロゲを買おうとして商品を手に取ったは良いけど、レジの周辺で意味も無くうろついてる○学生みたいだよ?」
「イマイチ良く分からない上に、反応に困るような例えはやめいっ!」

 その後も数分に渡って押し問答を続けた結果、こなたが先に入るという形で手を打つ事になった。

「おー、こなたちゃん。おはらっきー☆」

 店内に入った私達を明るい声で出迎えてくれたのは、長身の若い女性だった。
 一見するとモデルをやっていてもおかしくないような容姿な上に、黒を基調としたシックな服装と艶やかな黒髪のロングヘアがいかにも大和撫子といった雰囲気を二割増に醸し出していて、彼女の姿だけを見ていれば、誰もここがコスプレ喫茶だとは思わないに違いない。

「あっ、おはよーございます。オーナー」

 ……はい?
 こなたの意外な挨拶の仕方に私は驚愕する。

「えっ…? オーナーって、この人が?」
「そだよー。まぁ、私も初めて会った時にはそれでビックリしたクチだけどね」
「そうなのよ。おかげ様で今まで一度も初対面の人にオーナーだと思われた事が無くてね~」

 オーナーさんは、苦笑しながらも、そうした状況を楽しんでいるかのような口調でそう答えた。


☆☆☆☆☆


 資産家の家に育ったオーナーさんは、某有名国立大学を卒業後、失敗しても良いから何か事業を立ち上げなさいという家の教えに基づいて、約3年程前にこのコスプレ喫茶をオープンさせたのだと言う。
 何でもこの手の事業は、人件費やその他諸々のコストがかかるので、上手く経営するのがなかなか難しいらしい。
 それでもオーナーさんは、実家のコネや卓越した経営センス、更には自身の“オタクとしての勘”を駆使して、それなりに上手くやっていけているのだそうだ。

「でも、やっぱり一番重要なのは『萌え』をお金を搾取する為の道具として扱うんじゃなくて、提供する側も『萌え』をエネルギーに転換して活動しているという気持ちを忘れない事だと私は思うの」

 コーヒーカップを優雅に口に運びながら、そう語るオーナーさん。
 最後の萌え談義はともかくとしても、経営に関する話は新鮮な内容で興味深かったし、彼女のその温和な人柄に、私は好感を感じていた。

「…さて、そろそろ本題に移るけれど、どうかしら? 私としては、話をしていてかがみちゃんに是非ともウチで働いて貰いたいなと思ったんだけど…」

 それまで談笑していたオーナーさんの顔が経営者としての表情に切り替わる。
 その変化に、すっかりリラックスしていた私に唐突な緊張感が駆け巡る。

「あの…。お話を聞いていて、とても魅力的だなとは感じたのですが…。そ、その、私、まだ自分がコス…プレをする事にはちょっと抵抗があって…」

 私は今の正直な気持ちをオーナーさんに伝える。
 すると、オーナーさんは再びその表情を崩して優しく微笑みかける。

「…確かに、かがみちゃんみたいな娘が、いきなりそういう格好で人前に出るのは抵抗感があるわよね。でも、慣れるとそれが意外と快感になったりするのよね」
「そ、そうなんですか?」
「うん。それにね――」

 オーナーさんはそう言い掛けると、一枚の用紙――契約書を取り出して私の目の前に差し出す。
 そして、その契約書を覗き込んだ私は、そこに記載されていた時給の額を見て愕然とした。

「恥ずかしい思いをする分、給料は弾むわよ♪」

 その額は、一般の高校生はおろか、大学生でもこれだけの時給が出るアルバイトにはなかなか巡り会えないだろうという金額であった。

「えっ、こんなに貰って良いんですか!?」
「どうして? 需要のある物にはそれ相応の対価が必要でしょう? それに、逆説的に言えば、かがみちゃんにはそれだけの価値があるって事だよ」

 逆に言えば、私の方もそこまで言われるとなると、この話を断るに断れなくなってしまった訳で…。


☆☆☆☆☆


「…かがみぃ」

 占いと予言を履き違えていそうな魔法使いの格好をしたこなた――いつものソックリさんは今日はお休みなんだそうだ――が、顔をニマニマさせながら、私に語りかける。

「……何?」
「…似合ってるぞ」
「うるさい、黙れ」

 まぁ、なんというか…。今、私はまもなく開店するコスプレ喫茶で、今日第一号のお客様を出迎える為にドア前に立っている。
 …無論、コスプレの格好で、だ。

「いやぁ~、元の素材が良いとは言え、やっぱりかがみんの初音ミクは鉄板だねっ!」

 そう言って屈託の無い笑顔を見せる諸悪の根源。

 比較的円満な雰囲気で契約書にサインをした私に待ち受けていたのは、即日初仕事とサイズのピッタリ合ったコスプレ衣装だった。
 いきなりの急展開に困惑する私を見て、悪戯をした時のような顔になったオーナーさんが放った一言が忘れられない。

「実を言うと、かがみちゃんの事は随分前からこなたちゃんに聞かされていてね。それで、『私が説得しておきますから、すぐに働けるようにかがみの分の衣装を用意しておいて下さい』ってこなたちゃんが熱心に言うものだから――」

 要するに、私が「アルバイトをしたい」とこなたに打ち明ける前から、水面下で私の獲得工作が幕を開けていたらしい。

「…ったく、もしも私がバイトするって言わなかったら、どうするつもりだったのよ?」
「まぁ、前から、極自然を装って勧誘するつもりでは居たんだけどね。それでダメだったらダメでその衣装を買い取って、自宅でかがみに着せて楽しもうかと…」
「どっちにしても、嫁に“コスチュームプレイ”を強要する気は満々だった訳ね…」

 前々からコイツならやりかねないなとは思っていたけれど、実際にやられると溜め息も出ないわね…。

「…それに、バイトしてる間もかがみと一緒に居られたら楽しいしね…」
「えっ、何か言った?」
「!? な、なんでもないよっ!」

 かろうじで私の耳に届かないぐらいの小声でカワイイ事を呟くこなた。…まぁ、余裕で聞こえているんだけどね。

「あっ、言い忘れてたけど、今日のステージはかがみが単独でやって貰う事になってるからね」
「なっ!? わ、私に歌えと!?」
「いやいや、さすがに初日に振り付けとか歌を覚えるのは難しいだろうから、今日はネギを持って、曲に合わせて上下に振るだけで良いってさ」
「ロイツマかよっ!」
「さあ、いよいよ開店の時間よ。今日も笑顔と真心を込めてご主人様をおもてなしするのよっ!」

 私のツッコミを尻目に、『メイドカフェ』の名前らしく、純正のヴィクトリア調のメイド服に身を包んだオーナーさんが開店前の点呼を始める。
 それにしても、その完璧な着こなしといい、まるでメイドが本職だと言われても何の違和感も感じない佇まいといい、この人が一番ノリノリだな…。

「――それでは、開店しまーす」

 その合図と同時にお店のドアが開く。
 …まぁ、やや強引に引き込まれた展開だったけれど、こういうのも意外と悪くは無いかな。
 私は頭の片隅でそんな事を思いながら、今日最初の来客を笑顔で出迎えた。

「お帰りなさいませ、ご主人様っ」




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  • いつもGJな新婚生活ごちそうさまですm(_ _)m

    個人的には一人称のSSなら説明的じゃなく感情的な表現のほうがあってるかと思ってます。

    でも、一番大切なのは表現方法よりも、内容ですよね。会話だけのSSにもいっぱい名作ありますし

    偉そうなことを言ってしまいましたが、これからも萌える作品期待しています -- にゃあ (2008-10-05 18:49:45)
  • おおっ、貴重なご意見ありがとうございます。
    説明口調なのは、筆者の技術力が無いせいで感情よりも話を進めるのを優先してるのと、敢えてドライな表現に留めておく事で「第三者の視点から観たバカップルっぽさ」を演出してみようという狙いがあったという二つの理由からなのですが…。
    読み手の立場からは、自然な感情をそのまま書いた方が分かりやすくて良いんですかね? -- ◆cKDLcxC5HE (2008-10-04 00:05:27)
  • 面白いなぁ。読んでて話の続きが気になりました。
    説明口調じゃなくて、自然な感情をそのまま書いてみると良いような気がします。
    可愛いなら可愛い。ああ、もう!こなた可愛いっ!!みたいな? -- 名無しさん (2008-10-02 22:37:49)

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