咲きたまえ山吹の花

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 一

 冬のある日の昼休みであった。
「そういえばよくあるおまじないで、消しゴムに好きな人の名前を書いて、その消しゴムを最後まで使い切ったら両想いになれるっていうの、あるよね。」
いつものように四人で食事をとっている時に、ふとつかさが言った。とりわけ何かを意識して言ったような話しぶりでもなかった。
「ま、そんな乙女チックなことをする奴なんか、今時いるわけないわよね。」
続いてかがみがバッサリと切り捨てた。かつて、神社の関係者でありながら、おみくじになんて意味は無くて結局は本人の頑張り次第だ、と言い切った程の露骨な現実主義者のかがみである。当然と言えば当然の返答だ。
「…まさか、つかさそれやってるのか。ほら、何もしないからお姉さまに見せなさい。」
「ち、違うよお姉ちゃん!私そんなことしてないよ。」
「じゃあ、なんで突然そんなこと言い出すのよ。」
「それはね、今日授業の時に私消しゴム持ってくるの忘れたのに気付いて、その時に、そういえばこういうおまじないがあったな、って何となく思い出しただけだよ~。」
「本当かしら。正直に言っていいのよ、私達しか聞いてないんだから。」
「だから違うよ~。そんなこと言って、実はお姉ちゃんがやってるんじゃないの。」
「まさか。仮に好きな人がいたとしても、そんなことしないわよ。」
疑いの目を向けるかがみと、焦りながら否定するつかさ。私とみゆきさんはその二人の言葉の応酬をただ見ていただけだった。
「ま、あんなもの気休めよ、気休め。更に言えば自己満足。」
そしてかがみがとどめの一撃を放った。気休めで自己満足と言われてしまえばもうどうしようもない。しかし、私はそのおまじないに言葉に表せない何かを感じていた。
 私も、この陳腐なおまじないを信じていたつもりはない。理想的恋愛ばかり描かれるゲームの中でさえ、これ程に純情的なことはまず行われていないだろう。にもかかわらず何故やってみようと思ったのか。どうせこのまま報われない恋を続けていくのだろうから、せめて心を慰めたかった、という感傷からか。それとも、まるで夢を見ようとしないかがみの言い方に反抗してみたかっただけなのか。はたまた、まさかとは思いつつもおまじないの効果を無意識のうちに期待していたのか。
 その時の最終的な結論は、果ての無い片想いを続けている私はつかさの「両想いになれる」という言葉に否応なく魅かれてしまっていた、であった。「否応なく」、である。これは私一人に限ったことではないはずだ。人間は自分と立場を同じくする者や書物等に共鳴することが往々にしてあるようだ。例えば、恋が破れれば失恋ソングを心の拠り所とすること。恋らしい恋をかがみに対して以外にしたことのない私でも、そういう人間の心理はなんとなく理解出来る。失恋ソングを再起の糧とするプラス思考の人も多いだろうが、いつまでもいつまでも聴き続けて感傷に浸る人もいる。つまり、復活の道具とする人、共鳴するだけの人に分かれる。私としては、後者の方がよっぽど人間臭くて好きだ。早々に忘れて立ち直るより、後の事なんか考えずに独りで涙に溺れるのがいい。
「共鳴したい」が理由に対する一つの答えなのか、とその時は結論付けた。しかし、これを答えとするにはあまりにも論拠が弱すぎる気がしてならなかった。

 その日の午後の授業中。私はボールペンを取り出し、まだ買ったばかりの新しい消しゴムのスリーブを外し、現れた白色の表面に、丁寧にゆっくりと、その人の名を書いた。

柊 かがみ

 少し滲んだその文字を改めて見ると、赤面せずにはいられなかった。周囲には十分警戒したつもりなので誰にも見られてはいないはずであったが、不覚にも自分自身が動揺してしまった。そもそも日常において他人の名前を書くことはほとんど無いはずだ。せいぜいメールで使うくらいだろうか。ましてやフルネームだ、どんなことであれ慣れないことをすればそれ相応に緊張を覚えてしまうものだ。また、片想いの相手の名を、自分の下手な文字で記すことにも若干躊躇した。惚れた弱みなのだろうか、その人の名前さえ神々しいものに見えて、私の手で書いてしまうことすら憚られてしまう。
 授業が終わった。居眠りはしなかったが、真面目に受けていたわけでもなかった。私は消しゴムを筆箱に戻そうとしてやめて、ポケットにしまった。


 二

 その日以来、私はその消しゴムをこつこつと消費すべく、生まれ変わったように学業に勤しんだ。意味のないことをつらつら書いて、一片の黒鉛さえ残らぬように消しまくる、つまり浪費するのが当然効率的ではあるが、そんな手段を採用してしまった時点で精神的には敗北である。私は正攻法で消しゴムを消費することにしたのだ。
授業中は、消しゴムの使用頻度を上げるためにせっせとノートをとり、自宅でもやたら机に向かった。全く想定していなかった副次効果で勉強が以前よりも断然はかどり、つかさには不思議がられ、かがみには怪しまれた。みゆきさんだけは、泉さんが心を入れ替え勉学に励まれているようで私も嬉しいばかりです等と言って、実は全く別の理由で勉学に励んでいた私を優しく誉めてくれた。父はゲームの対戦相手がいなくなって寂しいとか、折角今まで自分好みに育ってくれたのにとか、訳の分からんことを言っていたが。
そして私はというと、たった一個の消しゴムの為だけに躍起になっている自分の単純さに呆れてもいたが、やろうと思えばやれる自分に満足感を覚えずにはいられなかった。その消しゴムを見つめながら、何故こんなおまじないが流布しているのかを考えていた。ある時浮かんだのは、学生を自発的に机に向かわせるために、何者かの手により意図的に流されているからなのではないか、というものだ。つまり、思春期の少年少女の心を教育者が狡猾に利用しようとしたものがこの風説の流布なのだ、と邪推したのだ。実際のところは分からない。最後まで使い切りなさい、モノを大事にしなさいという、大量生産大量消費を基本とする現代社会に対する警告か教訓かもしれないし、どこぞの一学生が願掛けとしてやってみたところ偶々想いが叶い愛しい人と結ばれ、それが同じような想いを抱える数多の悩める少年少女によって次々に模倣されて、本格的に広まったのかもしれない。どれも尤もらしいが、どちらにせよ真実は闇の中だ。
ともかく私は、このおまじないによって、全く予期せぬ成果を挙げてしまったのだ。

 消しゴムはみるみる小さくなり、「柊 か」位までが、たったの一週間で消しカスとなって消滅してしまった。好きな人の名前を削っていくのはおまじないとしてどうなんだと思いつつも、こうして小さくなっていく消しゴムを見つめて、笑みを零さずにはいられなかった。消しゴムを見つめてニヤニヤなんて周りから見れば不審者同然だろうから、家に帰ってからスリーブを外して、進行具合を確認していた。
 だがその一方で、自分の行動の理由を考えた時、はっきりとした結論が導き出せないのは相変わらずであった。おまじないを盲目的に信じることで勉強しようとしたわけではない。本格的におまじないを信じ始めたわけでもない。感傷に浸りたい、共鳴したいというわけでも無かった、ということにも気付いた。そうだとしたら、消しゴムに名前を書いて、それでもう終わりだ。消しゴムを消費するために、わざわざ机に向かって勉強したりはしない。要するに、依然として大きな矛盾を抱えたままであったのだ。
 もう、自分の行動の理由がさっぱり分からなくなってしまった。だが、止めてしまおうとも思わなかった。しかし、間もなくして、自分の心に結論を導くことを強いる事件が起きたのだ。

 四六時中その消しゴムを使っていれば、スリーブもそれなりに消耗するものだ。スリーブが接着面で切れてしまい、「がみ」の文字が露わになってしまった。だが消しゴムなんてそうそう人に見られるものでもないので、私はさして気に留めずそのまま使い続けたのだ。
 これが迂闊だった。もし不慮の事故で消しゴムが見られてしまったら、ということを想定せずにいたのが失敗だった。それは廊下での出来事だった。何の拍子だろうか想像もつかないが、私の手元からいつの間にか消しゴムが転がり落ちていたらしい。更に運が悪いことに、それを拾ったのがみさきちだったのだ。
「おーいちびっこ、消しゴム落としたぜ。」
背後から声を聴いた瞬間から、私は血の気が引いていくのを感じた。冷汗が額を伝った。
「ん?何だこの文字…。」
私はすぐに振り返って、拾ってくれた恩人の手から消しゴムを強奪した。
「みさきちありがと!意外に気が利くじゃん!」
と溌溂と返してみたが、遅すぎた。みさきちの表情で明らかに見てとれた。表情というか、それは無表情だったが。「がみ」だけでも書いてあれば人物はほぼ特定出来るし、みさきちがこのおまじないを知らないわけはない。つまり、消しゴムと文字が一体何を意味しているか、全て悟られてしまったのだ。奪い返した消しゴムを手の内に隠したまま、私は石のように固まってしまった。


 三

「ちびっこ…。」
「お願いだから誰にも言わないで…。」
女同士のちゃちないたずらだとでも言い訳すればよかったのだろうが、激しい焦りに煽られた私の心に、冷静な判断を求めることは到底無理だった。みさきちと視線を合わせられず俯いていたが、向こうが私に冷たい目線を向けていたのは感じられた。
 みさきちも長いこと黙っていたが、ふと口を開いて言った。
「…じゃあ、放課後教室で待ってろよ。言いたいことがあるから。」
そう言い残し、さっさとその場を去った。取り残された私は、混乱から抜けてもしばし放心状態だった。次の授業に入ってようやく我に返り、みさきちと行われるであろうやりとりについて、予測を立てていた。
 ああ言ってくれたのだから、ベラベラと他人に喋られてしまうことは、今の段階ではしないだろう。みさきちとはいえ、そんな子供じみた事はしない。私の真剣さも伝わっていただろうし。しかし、みさきちとかがみは中学以来の友人だから、私が後から介入していくのを嫌がっていたみたいだ。これを脅しの材料にして、どんなことを要求してくるだろうか。「もうかがみと付き合うな、絶交しろ」かな。そりゃ子供じみてるか。もっと妥当な線として、「かがみに頼ってばかりいるからそういう邪な感情が湧いてくるんだ、かがみから自立しろ」かな。少なくとも、みさきちは静観はしてくれないだろうな…。私はこれからどうすればいいんだろう…。
 その日の残りの授業は一睡もしなかったが、耳に入ってもいなかった。丁度あの、消しゴムにかがみの名を記した日と同じ感覚だった。

「ごめん、私今日残って勉強してく。」
放課後、私はかがみとつかさに、先に帰ってもらうように頼んだ。
「そう、だったら先に帰るわよ。」
「こなちゃん、ほんとに勉強熱心になっちゃったね。」
つかさがしみじみと言ったが、すぐさまかがみが突っ込んだ。
「あんた、同族がいなくなって寂しいんでしょ。」
「えへへ…それあるかも…。」
これから、みさきちと話し合わなければならないんだ。不安も一杯だったが、どこから湧いて出たか気合も一杯になっていた。こうも追い詰められれば、ありもしない元気が出てくるんだね。授業中は死んでしまうんじゃないか思うくらいにと悩み抜いていたが、もうどうでもよくなっていた。二人は教室から立ち去った。

 教室で待ち続けること約十分。みさきちがひょっこりと現れた。もう教室には、私しか残っていなかった。みさきちの癖のある声が、教室内に広がった。
「わりぃ、随分待たせちまったな。さっさと済ませるぜ。」
「別に時間はいいよ。どんどん尋問してよ。」
私はもう全てを投げ出していた。言われるがままに答えるつもりだった。今更嘘をついたって何の意味も成さないし、何を隠すことも出来ない。
「まず確認するぜ。ちびっこは、恋愛の対象として柊が好きなんだな。」
私は無言で頷いた。厳然たる事実が、みさきちの口から軽々と述べられていった。
「で、柊はお前の気持ちには気付いてない。」
これも無言で頷いた。
「つまりは片想いだ。それを両想いにするために、お前はあのおまじないに頼ろうとしたってわけだな。」
これには頷けなかった。何故なら、私だってなんであのおまじないを始めたのか分からないのだから。一刀両断に言い切ったみさきちの言い方を、絶対に認めるわけにはいかない。
「…それは違う。」
「じゃあ、何であんなおまじないしてたんだよ。柊と両想いになりたかったからやった、それ以外に何があるんだよ。」
「分からない。」
「分からないって…何で自分がそういうことしたのか、自分で分からないのかよ。」
「そうだよ、分からないよ。」
「そうかよ…でも、お前のそんな姿を見たら、柊だってぜってーバカにするぜ。ちびっこだって、柊のそういう性格知ってるだろ。
 私はそこが言いたかったんだよ。おまじないなんか頼ってないで、言いたい事があったら、堂々と本人に言えばいいだろ、ってことだ。」
「そうだよ、かがみだってそんなことを言ってたよ、こんなものは気休めだって…。」
 あの日のかがみの言葉が蘇る。あっさりと斬り捨てた時のかがみの、妙に満足げな表情も、瞼の奥に映し出された。かがみ自身がはっきりと批判していたおまじない。だけど、それでも。
「本当に好きだったら、本人にはっきり言えばいいだろ。それでオッケーなら良し、ダメだったら諦める。そして次の対象を探せばいいだけ。どう考えたって、それが一番合理的な解決方法じゃないか。
なんで…なんでそんなつまんないことをするんだよ。一人でそんなことしてたって、どうせ何も変わらないんだぜ。誰も気付いてなんかくれないぜ。前にも後ろにも進めないぜ。マジで、何の意味もないぜ。」
 目の前に立つみさきちが放つ言葉が槍となって、私の胸を突き刺した。しかし、私はその槍を自らの手で引き抜いた。
その通りだよみさきち。君の言ったことに何の間違いはない。でも、私は自分の行いが無意味だなんて思わないよ。いや、意味の有る無しが問題じゃないことだって、本当は沢山あるんじゃないかな。
気付けば、あれほど出せずに悩んでいた、一つの答えが、私の中で生まれていた。



「意味とか結果とかが、そんなに大事なのかな…。」
「ああ、大事に決まってるだろ。そんな自己満足ばっかやってたって、しょうがないじゃねーか。」
「自己満足か…それもかがみも言ってたな。でも、人間くらいしか、無意味なことなんて出来ないと思うよ。私のおまじないだって同じことだよ。どうせ何の意味もない。でも、意味があって合理的な行動だけしか出来ないんだったら…。」
私は一息置いて、続いて一気に言い切った。
そうだ。これだけは絶対に言わなければならないんだ!

「最初からかがみのことを好きになったりなんかしないよ!それでも好きになっちゃんたんだもん!その気持ちだけはもうどうしようもないんだもん!」

「……。」
みさきちは何も言ってこなかった。まあそうなるだろうと大体予想してはいたが。私は静かに続けた。
「…片想いほど無意味で無価値なものは無いって、みさきちの言葉を聞いててつくづく思ったよ。抱えてれば胸が苦しいだけで。想いを伝えて結ばれるなり玉砕するなりした方が、どっちに転ぼうが片想いを続けるよりかよっぽど楽だ、っていうのはみんな誰でも知ってることだよ。」
「…じゃあ、お前自身はどうしたいんだよ。」
「…そうだね、両想いになれたらどんなに嬉しいことか、っていつも思うよ。でも、このまま片想いだとしてもそれはそれで…って思う。私の気持ちに気付いてくれなくても、かがみはいつも私に優しくしてくれる。それだけでも私は毎日夢を見てるよりも楽しく生きていけるから。」
「だったら、何でさっさと想いを打ち明けないんだよ。打ち明けたって、あいつはお前を冷たくあしらったりとか、気味悪がったりなんか絶対にしないだろ。それとも、お前は勇気が無いのか。」
最後の言葉にムッとしながらも、私は答えた。
 勇気が無いからではない。
女同士なのが不自然だからではない。
今までの関係にひびが入るのが怖いからではない。
そんなことじゃなくて、もっと小さくて、ずっと温かいこと。
「勇気だったら、無いこともないよ。でも、安易に私の気持ちを打ち明けたら、かがみは私を傷つけないために、無理して私を好きになろうとする。私のことを好きだと思いこもうとする。かがみはそういう人だもん、みさきちだって分かるでしょ。でも、かがみのそういう優しさに付け入るようなことだけは、絶対にしたくない。だって、かがみの心はかがみのものだしさ…。そのかがみの心を、私は好きになったんだから…。
 ま、こんなこと言ったって全部私の自惚れかもしれないけどね。ほんとはかがみ、私の相手すんのなんか、もううんざりと思ってるかもしれないし。」
「…本当にそれでいいのか。私は単に、ちびっこがそうやってうじうじしてるのを見てらんなくなって、呼び出しただけだぜ。
 つまりお前は、どんなに苦しかろうがこのままずっと片想いでいい、おまじないの方も無意味で無価値なことだけど止める気はない、でいいんだな。」
みさきちが、私の結論を要領よく整理してくれた。自分の言っていること思っていることを整理出来ずにいた私としては、結構有難かった。
「うん、そうだよ。それでいいんだ。」
みさきちは振り返り、
「…バカだ、本当にバカだよ。」
とだけ言い残し、その場を立ち去った。

 みさきちの居なくなった教室に私独り。感無量だった。いつも迷走している私の心との戦いがようやく終わり、私は私の気持ちを明らかにすることが出来た。それも、まさかまさかのみさきちの助力によって。
意味があって、効果を期待して、価値を信じておまじないをしているわけじゃない。根本的には何も無い。だけど、これが私と私の想いを繋ぐ何かになっていたんじゃないかな。
 私はもう少し考えていた。無意味で無価値って言ったけど、せめて何か意味があるとしたら、何だろうか、と。みさきちの話を聞いた後なら、何か明確な答えが出せるかもしれない。そして、長らく私を悩ませてきた一つの問題に、結論を見出した。
 消しゴムに名前を書き、その消しゴムを使いきるという「行為」をすることで、「泉こなたが柊かがみに恋した」という「事実」を、証を残したかったんだ。叶わない恋、残らない感情。でも、「事実」ならばいつまでも残り続ける。勘違いしちゃいけないのは、これが感傷に基づくことなんじゃなくて、願望に基づいているってこと。気休めじゃなくて、希望。
 こうしてこの世界に生まれて、せめて私がこの世に残しておきたかったこと。「事実」であれば、誰にも知られなくても、巡り巡る時間の中の、あの日あの時あの場所に確かにひっそりと残り続ける。それだけでいいんだ。
 だが、このように結論付けたところで、どちらにせよ良識ある人間から見れば無意味で無価値なことだ。心の慰めにすらしようとしていない、もう究極の「自己満足」。私そんなんでいいのかな。いくらなんでも、やってて惨めじゃないだろうか。
みさきちに対してはあのような格好良い事を言ってみせたが、それでも彼女の言ったことまで否定することは出来なかった。寂しさが募るのを抑えられないでいる毎日。近くて遠い心の距離。異なる世界に住んでいる私とかがみ。
こんな思い悩む事をしたくないなら、みさきちの言う通り、思い切って好きだと言ってしまえばいい。でも、それは出来ない。だって、かがみの事が好きなんだから。
 みさきちの居なくなった教室。私独り。
 誰もいない。だったら…。
 泣いてもいいのかな。世界で私だけにしか知られないように、ちょっとだけ。


(みさおサイド)

 虫唾が走る。
 ちびっこには悪いが、私はそこまで聞きわけが良くないぞ。
 ああやってうじうじしてたって、結局何も出来ないままだ。見てる方がいらいらする。
 お節介だろうが、迷惑だろうが、私は私で勝手にやらせてもらうからな。
私が状況を変えてやるよ。柊とちびっこのために。
 もう帰ったはずの柊が校門の前に立っている。妹はいないみたいだ。こりゃ好都合だ。
「あれ、あんたどうしたのよ。」
教室であった事を知らずにきょとんとしている柊にも腹が立ってきたが、まあ、流石に何も知らない奴に腹立てるのは一方的で理不尽すぎるな。まずは落ち着かなければ。
 …よし。
「黙って聞いてろよ。…言うぞ。」

(みさおサイド終わり)


 五

 冬の日が暮れるのは早い。空を覆っている雲は鉛色。私はさっさと帰路に就こうとした。すると、校門の前にかがみが立っていた。帰ったはずじゃなかったっけ。
 私を見つけ、かがみは私に小さく笑みを見せていた。私は走っていった。
「あれ、かがみ、帰ってなかったの。」
「そう。」
「もしかして、私を待っててくれたのかな~。かがみは可愛いにゃ~。」
この後にいつものデレ反応が返ってくるものと期待していたが、今回は違った。
「ま、そんな所よ。」
と簡潔に返されてしまい、私は戸惑うと同時に、強烈に嫌な予感を感じずにはいらなかった。
「ちょっと付き合ってくれないかしら、大宮まで。」
「うん…待っててくれて、ありがと。」
「いやいや、私がこなたを連れていきたかっただけだから。」
何気ない一言だったのだろうが、そう言われてしまうと焦ってしまって仕方が無かった。返す言葉に迷い、話題を変えた。
「そういえば、つかさはどうしたの。」
「あの子は、先に帰らせた。私の都合で待たせても可哀そうだし。」
「ふーん。」
今度は間が持たなくなった。しかし、かがみが口を開いた。
「じゃ、行きましょ。」
こうして二人は歩き出した。私は後ろをそっと付いていくだけ。私もかがみも全く喋らず、二人の間には沈黙だけが流れていた。

 大宮駅に到着した。かがみが向かったのは西口にある百貨店だった。ここでも私は後ろを付いていただけだった。改札を出て、駅から延びるデッキの上を歩きその百貨店に入り、ひたすらエスカレーターに乗り継いだ。八階位で下りた時、目の前に文具売り場が広がっていた。私の不安は的中してしまった。
「ここね。ちょっとそこで待ってて。」
かがみがその中へ入っていった。私は売り場の前で、大人しく待っていた。かがみが戻るのを、もやもやと広がる不安だけ心に抱えてただ待っているだけだった。私は一体どんな表情をしていたのだろうか、想像もつかない。
 買い物を終えたらしいかがみが、こちらへ向かってきた。その手には二つの消しゴムが握られていた。かがみは消しゴムの包装を外すと、鞄からペンを取り出した。そして、スリーブを外して、表面に書いた。

柊 かがみ

と。私のそれよりも圧倒的に美しい文字で。続いてもう一つの消しゴムも、同じように包装とスリーブを外すと、私にペンとその消しゴムを渡した。
「ここに、あんたの名前を書いて。こんな風に。」
と言って、「柊 かがみ」の文字の記された消しゴムを、私に見せた。私は促されるままに書いた。

泉 こなた

かがみの字と比較するといよいよ下手な字だ。それはもう、悲しいくらいに、情けないくらいに。
かがみは再び消しゴムを元のスリーブの中に納め、掌に納めた。それを見て私も同じようにした。
「…こういうもんは、雰囲気作りも大事よね。まめの木の前がいいかしら。じゃ、駅に戻ろ。その消しゴムは持ってて。」
そう言うと、かがみは再び歩き出し、下りのエスカレーターに乗った。私は手のひらに消しゴムを納めて、ただ付いていくだけ。私はひたすらかがみの背中を見つめながら歩いた。

 大宮駅を東西に走るコンコース。その中で、北改札口と南改札口に挟まれた中央から天井へ向かって伸びているオブジェであるまめの木の前には、私達の他にも多くの人が待ち合わせをしていた。それはいつものことだが、私の心だけはいつも通りではなかった。
「よし、着いたわね。」
かがみは私の方に向き直った。かがみの双眸が、私をがっちりと捉えた。私は思わず目を逸らしたくなったが、雰囲気的にそれはまずいので、逸らすまいと必死に耐えた。
「ふう…。」
かがみが小さく深呼吸した。そしてかがみは左手で私の左手を掴み、持ち上げた。そして右手を開き、「柊 かがみ」と書かれた消しゴムを私の左手の掌に置いて、握らせた。
「はい。こっちがこなたの。私自身が書いたんだから、絶対に効果あるわよ。で、そっちを私にちょうだい。」
かがみが私の右手を指した。「泉 こなた」と書かれた消しゴムを、かがみの掌に置いた。かがみはそれを握りしめた。
「で、こっちが私の。こなたが書いたんだから、こっちもきっと効果あるわ。
二人がお互いの名前を書いた消しゴムを使い切れば、必ず両想いになれる。今は片想いだとしても、ね。」
 かがみが私に優しく微笑みを見せた。ガラスが、粉々に砕け散った。
 校門の前でかがみの様子の異変に気付いて以来、ずっと負い続けていた感情が流れだした。かがみが優しすぎるのがいけないんだ、とかがみを責めに責めた。しかし誰が、そんな私を責められようか。
「ひどいよ…かがみ…。」
泣き崩れ、その場にへたり込んでしまいそうになった私を、かがみが抱きかかえてくれた。全身の力がほとんど抜けていたし、いくら軽い私でもちょっと重かったろう。辛うじて脚を使ってかがみにもたれかかるのが限界だった。かがみはそのまま私をぎゅっと抱きしめてくれた。私はかがみの胸に顔を埋めて泣いて、かがみの制服を濡らした。かがみの声が、上の方から聞こえた。
「みさおから全部聞いたわ。今まであんたの気持ちに気付けなくてごめんね。
私も、こなたのこと大好き。でも、こなたの好きと私の好きはもしかしたら違うかもしれない。私の好きは、そこまで踏み込めてないのかもしれない。
 だけど、あんたの想いをこうして感じてれば、私もきっと、こなたと同じ『好き』になれると思うの。だから、もう少し待っててね。こなたも、今の想いをずっと忘れないで。こなたが私のことを好きだって知って、ほんとはすごく嬉しかったんだから…。」
 かがみの声、頭と背中に回した腕、私が顔を埋めた胸全てがかがみで満ちていて、もう何もかも耐えられなかった。私に出来たのは、泣く事だけだった。かがみの腕に抱かれながら、かがみの胸の温もりを感じながら、いつまでもいつまでも泣き続けた。



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  • え…結局こなたの言う通りになっちゃったの? -- 名無しさん (2010-04-05 02:50:55)
  • 俺の消しゴムに日下部みさおっと、 -- 名無しさん (2009-04-20 12:33:13)
  • こなたが危惧したとおりの事態になったということで未完 -- 名無しさん (2009-04-20 11:22:11)


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