温もりの時間

このページを編集する    
夏が終わって秋が来る。
暑い季節は終わりを告げて、寒い季節がやって来る。
そんな移ろい行く季節の中でかがみは教えてくれた。
寒さの中にも温もりがあるんだってことを。


『温もりの時間』


「えーか、もう10月やで。各自受験生としての自覚を──」

授業の終了を告げるチャイムが鳴ると、私は早速帰る準備を始めた。
黒井先生のありがたーいお話が終わると同時に、いつものようにつかさとみゆきさんに声をかけて教室を飛び出す。

ずっと待っていたこの時間。
一日の中で一番かがみと長くいることのできるこの時間を、私は今か今かと待ちわびていた。

目指すはC組、隣に向かう距離すら煩わしい。
軽やかな足取りで隣の教室に入ると、私たちのクラスより早くHRが終わったらしく、教室にいる生徒はまばらだった。

──いたいた。

ふふっと緩んだ口元を隠すように右手を当てて、かがみの元へと向かう。
クラスの中でもひときわ目を引く菫色の髪。
凛とした表情の中に優しさを秘めていて、思わず見とれてしまうほどきれいな、私の大好きな人。
そんなかがみが私の一番側にいてくれることが、とっても誇らしかった。

「なあなあ、いいじゃんかよう。頼むよぅ」

声をかけようとしたとき、かがみはみさきちと話をしていた。
何かをせがむようなみさきちに、呆れ顔のかがみ。
机をはさんで向き合う二人に、いつもの私とかがみの立ち位置を重ね合わせてしまう。

──むぅ、かがみの向かいは私の特等席なのに。

明らかに他人の席であることはこの際置いておいて、私は聖地を奪還する英雄のごとくかがみの席へと立ち向かう。
いや、この場合どちらかというとたちの悪い魔女にからまれてるお姫様を助けに行く王子様かな?
そんな妄想に浸っていた私を待ち受けていたのは、お姫様からの熱いキッスではなくって、魔女の誘惑に負けて悪巧みに乗ってしまったかがみの姿だった。

「はぁ。もう、しょうがないわね」
「いいのか? やった!」

文字通り飛び上がりながら喜びを表現するみさきちは、あろうことかかがみに軽く抱きついた。

──んなっ!?

すぐさま引き離しに行こうとした私の体は、まるで影を縛られたように動かない。
だって、かがみはクスッと楽しそうな微笑みをみさきちに向けていたから。
私はかがみの笑顔に阻まれて、近づくことができなかった。

──あっ。

その瞬間、私の心がちくりと痛む。
つかさやみゆきさん以外に見せるかがみの笑顔が、やけに強く印象に残る。
当たり前のことだけど、かがみの見せる笑顔は自分だけのものじゃないんだって改めて気付かされて。
そんな当たり前のことなのに無性に悔しくなって、さっきまでのうきうきした気持ちが急にしぼんでいくのを感じた。

私に気付いたかがみは、ばつの悪そうな顔をして説明してくれた。
どうやら体育委員であるみさきちから体育祭の準備にむけて相談を持ちかけられていたらしい。
もう少しで終わるからとお願いされては、大人しく引き下がるしかない。

しぶしぶかがみの教室を後にする私は、きっと背中を丸めて歩いてたと思う。
みさきちにかがみを取られたようで、負けたようで悔しかった。

──何さ、みさきちとあんなに楽しそうにして。
私の心の中で煮え切らない感情がふつふつと湧いてくる。
別にかがみが誰と話そうと自由なのに。
かがみのことだから、困った友達を放っておけない性格だってことぐらい分かってるのに。
分かってる、けど……。

──はぁ、私ってこんな嫉妬深いキャラだったかな?

おあずけをくらった私はC組の外で待っていたみゆきさんたちに事情を話すと、一緒にかがみを待つことにした。
開け放たれた窓から冷たい風が廊下を縫うように通り抜けている。
生徒の熱気に包まれた教室とは違い、涼しい外気が直接肌に感じられた。

一瞬、襟の辺りを撫でるように吹いた風に私は身震いする。
ほんの少し前まで暑いぐらいだったのに、最近は少し暗くなってくると寒いぐらいだね。
もう10月だなんてとても信じられないよ。
季節ってもっとゆっくりと変わるものだと思ってた。
けど、気付いたら澄んだ秋の空気がピンと張り詰めていて。
時間ってあっという間に過ぎ去っていくものなんだね。

かがみと一緒にいる時間も、季節と共にあった。
春、私と同じクラスになれなかったかがみは、すごく落ち込んでたよね。
私はかがみのことからかってたけど、ほんとは私もとても辛かったんだよ。
そんな気持ちおくびにも出さなかったけどね。
それから今までたくさんの大切な思い出を積み重ねてきた。
かがみにもらったプレゼントは今もこうして肌身離さず持ってるよ。
お返しにあげた私のプレゼントも、かがみの家に遊びに行ったときちゃんと付けてくれていたよね。
夏には今思い出しても恥ずかしいけど、二人にとって忘れられない大切な思い出があって。
そして気がつけばもう秋が来ていた。

私たちの時間も季節が巡るのと同じ早さで過ぎ去っていくのかな。
そう思うと、なんだか……寂しいね。
はあ、こんな私らしくないこと考えてるのも、秋の空気のせいなのかな。
でもね、私だってこうやって感傷に浸ることだってあるんだよ。

しばらくしてC組から出てきたかがみを見ると、そんな気持ちも一層強くなって、胸がきゅっと締め付けられた。
こんなときくらい優しい言葉をかけてほしいのに、かがみのあいさつは相変わらずぶっきらぼうで。
私がぷくっとむくれて黙っていると、かがみは少し困ったような顔しながら私の頭を撫でてきた。

ふん、そんなことしたって許してあげないよ。
さっきあんなに楽しそうにしてたくせに。
かがみなんてもう知らない。
だいたいそんな餌で私が釣られるとで……も。
でも、……かがみの手、あったかいな。
むう、子ども扱いされてるようで悔しいのに。
かがみに触れられただけで嬉しくなるなんて。
はぁ、ほんと私もかがみのことからかえなくなっちゃったな。

昇降口が近づくにつれ、金木犀の香りが強くなってきた。
乾いた秋の空気に乗って運ばれる甘い香りが鼻腔いっぱいに広がっていく。
毎年この上品な香りを嗅ぐたびに、ああ、もう秋なんだなって思うんだ。

でも、この香りは一体どこから運ばれてくるのかな。
昇降口や教室の窓から見渡す限り、咲いているところを見たことがない。
きっとどこか隠れた場所に木があって、いつの間にか花が開いて、いつの間にか散ってゆくんだろう。
そんな金木犀の花と同じように、季節もどこか分からない処からやってきて、気がついたら去っているんだ。
そう思うと、切ない香りだね。

深呼吸をすると、秋の匂いが胸いっぱいに広がっていって。
息を吐き出せば、私の中から夏の残り香が消えてゆく。
そうして私の心は甘く切ない気持ちに満たされていった。

──あれっ?

だからだろうか、バス停へと続く道を歩いていると私は違和感を覚えた。
いつもと何か違う。
そんな気がして先を歩くつかさとみゆきさんを見ると、いつものように楽しげに喋りながら歩いている。
そのずっと先には昨日となんら変わりのない広く開け放たれた正門があって。
もう何度通ったか分からない、とりとめもない日常の景色がそこにあるだけだった。
でも、その中にひとつだけ気付いたことがある。
校庭に植えられた木の葉がかすかに色づいてるってことに。

ただ、それだけだった。
これまでずっと見続けてきた物の、ほんの些細な変化。
ただそれだけなのに……私は目の前を歩くかがみのことが急に恋しくなって。
駆け足でかがみに追いつくと、ぴたっと側に寄り添った。

──あったかい。

かがみの体と接した部分から伝わる体温は、私よりも少し高かった。
みんな知ってるのかな。
普段はまじめで厳しくって冷たく見えることもあるけど。
でも、かがみってとっても温かいんだよ。
こうしていると体がぽかぽかして、心の中も温かくなって、優しい気持ちに満たされる。
かがみの存在を体一杯に感じることができて、とても安心できるんだ。

かがみ、私いつもからかうように抱きついてるけど、本当はからかってるんじゃないよ。
かがみの温もりがほしくって、抱きつきながらとてもどきどきしてる。
いつも私ばかり抱きついてるから……たまにはかがみからしてほしいな。

かがみは恥ずかしそうにちらっと前を確認した後、真っ赤に染まった笑顔を返してくれた。
いつもなら恥ずかしそうに明後日の方向を向くくせに。
今日のかがみは私の顔をじっと見つめてくれたね。
他の誰にも見せることのない、私だけに向けられるまなざし。
そんな目で見られると、とても嬉しくなって、ちょっぴり恥ずかしくなって。
私もかがみみたいに真っ赤になってしまうんだ。
でも私が恥ずかしがってちゃダメだよね。
だから私もその笑顔をひとつも取りこぼさないように、じっと見つめ返した。

お互いに絡み合う目と目。
かがみとひとつになる感覚。
時間は止まったみたいに穏やかで。
私の鼓動だけが時を大きく刻み続けてる。
かがみが与えてくれた優しい時間の中で。
大好きな気持ちが溢れ出そうとした。

ねえかがみ、気付いてる?
今とっても優しい目をしてるってことに。
私が振り向いたときいつも側にいて、こんな優しい目で見つめてくれたね。
私が落ち込んだとき、ずっと側にいて慰めてくれた。
私が悩んでいたとき、ずっと話を聞いてくれた。
かまってほしくてじゃれついたときも。
からかって怒られたときでも、いつも最後は優しい目で見つめてくれた。
ありがとう、私とても嬉しかった。
かがみ、……好き。
大好き。
かがみのことが世界で一番好きだよ。

ねえ、ずっとそんな優しい目で見つめられると、私……もっと甘えたくなっちゃうよ?
さっきからずっと、どきどきしてるんだ。
さっきまで感じてた寒さも今は感じない。
体が熱い。

かがみ、恥ずかしかったらごめんね。
でも私、我慢できないから。

トンとつま先立ちでかがみとの距離を一気に詰める。

──ん……っ。

触れたかがみの唇はしっとりとしていて、柔らかくって。
ほんのり上気した顔に潤んだ瞳がとても綺麗だった。
さっきまで切なく感じていた金木犀の香りが、とろけるような甘さをもって私の心を満たす。

ほんの一瞬の幸せ。
触れた時間は一瞬だったけど、私この気持ちをずっと忘れないよ。
でも、もっと贅沢言っていいかな。
できるのなら、あともう少しかがみに触れていたいな。

ぎゅっ……
──えっ?

だから、かがみが私の手をぎゅっと握ってくれたときはびっくりしたよ。
まるで私の心が伝わったようで、それが嬉しくって、くすぐったくって。
私ははにかんだ笑顔を返すことしかできなかった。

「め、迷惑かな?」
「ううん、そんなことないよ」

冷たい風が私たちの間を通り抜ける。
でもかがみが側にいてくれるから、私全然寒くないよ。
私の心に灯った幸せの火はこの先もずっと消えることはない。
もう何者も私たちを分かつことなんてできやしない。

「じゃあ、このままつないでいようか」
「うん、二人に見つからないようにね」

前を歩く二人が振り向くまでの短いゲーム。
恥ずかしくなって先に手を離したほうの負けだよ。
周りに気付かれないよう二人だけで悪戯しているようで、とってもどきどきするね。
つないだ手から、かがみのどきどきが伝わってくる。
私の手からもこの気持ち伝わっているのかな。

かがみの表情が気になって見上げてみると、恥ずかしさと緊張の入り混じった何とも言えない顔をしている。
それが何だかおかしくって、つい笑ってしまった。

「なっ、あんただって」

そう言われて頬に触れると、私もずいぶん熱くなっている。
もしかして私もかがみと同じ顔をしてたのかな。
頬を撫でる私を見て、かがみはニヤッと笑う。
私も相変わらず真っ赤なかがみに笑い返して。
二人顔を合わせてくすくすと笑いあった。

──あと、何秒つないでいられるのかな。

目の前に迫ったバス停を見て、ふとそんなことを思った。
この手の温もりも、あと数秒で消えてしまう。
寂しいけど、仕方ないよね。
でもね、たとえこの手を離しても私たちずっと一緒だよ。
この先何があるかなんて分からないけど。
でもこれからどんなことがあっても、私離れないから。
体が離れても、私の心はいつもかがみの側にあるから。

だから、かがみもずっと私の側にいてね。
かがみの側は私の特等席なんだから、他の人を入れちゃヤだよ?

これからもずっと、二人一緒に歩いていこう。
そうすればきっと世界は温かくなる。
私とかがみの未来は優しい光に満たされるから。

──この温かい時間が、これからもずっと続いていきますように。

コメントフォーム

名前:
コメント:
  • こなたかわいいなぁ… -- 名無しさん (2008-11-01 08:27:43)
  • 秋らしく少々感傷的でかつ気持ちが温かくなるSSでした。
    続き期待しています。 -- 名無しさん (2008-10-13 00:53:46)
  • あったかい気持ちになれる良SSでした。GJ!!
    -- 名無しさん (2008-10-12 21:15:43)

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。