潮の香が私の鼻をかすめ、潮風が頬を撫でる。
バスから見えた、海。電車での山の景色とは異なり、まさに蒼の世界。
空の碧と海の青。二つの景色が1つの美しい世界を作り出していた。




綺麗だな。最後に行ったのは一昨年かな?皆で行った海とはまた別の海。
ここに、この蒼の世界に、こなたはいるんだ。


「・・・こなた。」


つい呟いてしまう。
ただ逢いたいだけなのに、こなたを感じたいだけなのに、長い旅をしているようだな。


待つべきだったかな?
本当にこなたを好きだったら、本当にこなたを想うんだったら、来るべきじゃなかった。
そんな事も思った。でも私には分からなかった。待つのが正解なのか、追い掛けるのが正解なのか。
でも、どっちが正解だなんて関係ない。


『父さんは、かがみには、かがみの正しいと思った事をして欲しい。』

『要するにだな、後先考えないでばしーっと決めてこいってこと。』

『柊ちゃんは、一人の人として『泉こなた』ちゃんが好きなんでしょ?』

『かがみちゃんにしか、こなたにしてあげられない事があるとオレは信じている。』

『頑張れお姉ちゃん。』

『もう一度、かがみに逢えたら、幸せになりたいな。かがみを幸せにしたいな。』


今行かなきゃ、いつ行くの?また後悔するよ?もっと泣き虫になるよ?
そんな声が聞こえたんだ。逢いたい。こなたに逢いたい。逢って、こなたと向き合いたい。
こなたを知りたい。絆を知りたい。自分のするべき事を知りたい。
こなたの為に、何ができるのか知りたい。


だんだん目的地が近くなってゆく。それと同時に蒼と白のコントラストが目に入る。
綺麗な砂浜。まだ海開きしていないため人がいない。それが余計に綺麗だった。


‐‐‐‐

バスから降りるとそこには少し廃れた街並み。でも、何故か落ち着く街だ。
潮の匂いがバスに乗っていた時よりも強い。でもそれは不快ではなくて、私の住んでいる世界とは異なったものだと認識させる。
いい匂い。

「・・・少し、歩いてみようかな・・・」

おじさんのメモにある民宿の前にこの世界を堪能したくて、私は歩きだす。
鳥の鳴き声がする。カモメかな?聞き慣れない鳴き声がバックサウンド。
優しく吹く風。温かいような冷たいような。
眩しい太陽。見つめると目の芯が痛くなる。それでも調度いい日差し。

「んー・・・気持ち良いなぁ・・・」

こなたは何の意図があってここに来たのかはよく分からない。でも、いい街だ。
都会のように便利な店やゲマズなどはない。
でも都会のようなうるさい喧騒もなく、騒がしい足音も、人工的な匂いもない。

「こなたが来たのも、なんとなく分かるな。」

気が付くと浜辺に着いていた。サンダルを持ってくればよかったな。
白い砂。さざ波の音。もう、我慢できない。

「靴なんかいらない!」

私は靴と靴下を脱ぎ捨て、砂浜へと駆け出す。
砂浜は適度に温かくて、砂を踏んだときに感じる独特の感覚が気持ちいい。

新幹線、電車、バスで7時間かけてここまで来た。今の時刻は4時ぐらい。
疲れているはずなのに、足取りも重くない。頭も冴えている。

「田舎効果かな?」

田舎って失礼かな。
でも私は、疲れも忘れて砂や波と戯れる。こんなにはしゃぐのはいつ以来だろう。
もっと遠くまで行きたくなって、砂浜を歩く。
夢を見てるいるみたいだった。足が寝ているときみたいにポカポカして、太陽もまだ沈まずに私を照らしてくれる。

「・・・あったかい。こなたみたい。」

そう、呟いて、顔を上げた時、温かさも気持ち良さも吹っ飛んだ。
20メートルぐらい離れた場所に、コバルトブルーが風でゆらゆらしている。
気が付かなかった。
でも、エメラルドの瞳は私を捕らえて離さない。吸い込まれるような気分だ。
段々と近づいてくる小さい体躯。アホ毛をゆらゆら揺らしながら。
私と少女のように見える女性との距離は約5メートル。そして、こなたは苦笑いしながら、口を開いた。

「来ちゃったんだ。」


‐‐‐‐

「うちのお父さん?」
「・・・うん。」
「内緒にしろって言ってたのになー・・・全部、聞いた?」
「・・・うん。」
「そっか。」

さざ波の音が小さく聞こえる。足に感じる温度も、よく分からない。
思っていた事、聞きたい事がたくさんあったのに、忘れちゃった。

「お父さんなんて言ってた?」
「・・・私とこなたにしかない絆がある。私にしか、こなたにしてあげられない事がある。こなたを・・・幸せにしてくれって。」
「・・・そっか。」

3メートル先のこなたがやけに遠く見える。近いのに、もう2、3歩歩けば、もう抱き締められる距離なのに。
こなたは表情をかえずに私に質問し、そっけない返事を繰り返すだけ。

「私の携帯見てくれた?」
「・・・うん。」
「そっか。」
「だから、来たの。こなたのお願い、聞けない。こなたに逢いたいから、ここまで来たの。」

こなたは?こなたはどうなの?
聞きたい。こなたから、直接聞きたい。教えてよ、あんたの想い。
私だけ想うだけじゃ、足りないよ。私は、欲張りになってしまった。
こなたに抱き締められてから、ううん、あの雨の日から、もしかしたら、もっと前からかもしれない。
私にはこなたが必要。海が青いから、空が碧いように。ずっと傍にいてよ。
答えてよ、こなた。

「そっか。」

そっか。
その単語が私の頭に響いたとき、私は壊れた。

「・・・によ。」
「かがみ?」
「・・・何よ・・・何なのよ!?」
「え・・・?かが・・・うっ!」

どこにこんな力があったんだろう?こなたを、砂浜に押し倒した。
力が余って、私もバランスを崩して倒れる。でも、痛みは感じない。こなたがしっかり受けとめてくれたから。

ホントは、大事に思ってくれてる、おじさんが言ったように、私を想ってくれてる事ぐらい分かってた。
だから、こうやって私を痛みから守ってくれた。

だけど、一度壊れたものは簡単には直せなくて、想いが止まらなくて。


‐‐‐‐

「ずっとずっと・・・哀しかった。ずっと、後悔してた・・・だから、あの日、一緒に寝れて幸せだった・・・」

熱い。あちこちが熱い。肌がピリピリする。
もちろん、目頭も。

「こなたには分からない!哀しみが分からないのよ!大好きな人が、目覚めたらいないのよ!?呼んでもいないのよ・・・この哀しみが分かる・・・?」

また、傷つける。こんな事、望んでいない。こんな事言いたくない。けれど、止まらない。

「私にはできない・・・待つだけなんてできない・・・何かしたいよ・・・こなたの力になりたいよ・・・」

こなたの表情は変わらない。ずっと哀しそうな顔をするだけ。
それがもっと私を哀しくさせる。

「・・・私はどうすればいいの?・・・どうしたらこなたを幸せにできるの?どうしたら・・・」
「かがみ。」

こなたが私の言葉を遮る。まだ哀しい顔をしてる。

「かがみ。」

もう一度、私の名を呼ぶ。こなたの温かい手が私の頬を撫でる。ひたすら、優しく。

「かがみ。」

こなたの顔が近くなる。15センチ、10センチ、5センチ。

「こな・・・」

こなたの名を呼ぼうとしたときには、私とこなたの距離は0だった。

体に電気が流れたように、体の隅々まで、痺れる。
私の唇にこなたの唇があった。
たった3秒ぐらい。それが永遠のように感じる。

全てが洗われる感覚。哀しみも、苦しみも、切なさも、全て昇華されていく。
残るのは、幸せ。

唇が離れる。それでも私の唇には、柔らかく温かい、こなたの感触が離れない。

「こ、なた?」

頭まで麻痺している。頭が回らない。でも、1つだけ痺れた頭でも分かることがある。

「かがみ・・・」

こなたの顔が紅い。それはいつの間にか沈み始めた夕日のせいじゃない。

「好きだよ、かがみ。」

痺れた頭でも分かる事。
こなたが、私がこなたを想っている以上に、私を想っていてくれた。
関が壊れた川のように、私の頬に涙が伝った。


‐‐‐‐

・・・本当はね・・・あのまま、かがみの傍にいたかった。でもさ、そしたら私はずっとかがみに甘える毎日を送っちゃう。かがみに迷惑ばかり、かけちゃう。

・・・うん。

だから、かがみと肩を並べて、かがみを幸せになれるぐらいまで、強くなりたかったんだ。独りで頑張ってみたいんだ。

うん。

・・・本。

本?

うん。本を書きたい。高校時代から実はこっそり考えてたんだ。
最近はお父さんに色々教わったり、お父さんの仕事場でバイトしたり、お世話になって勉強してた。
で、近いうちにコンクールあるんだ。そこでいい賞をとりたい。皆に認められたい。そうしたら、少しはかがみに近付ける、幸せに近付けるかなって思った。

・・・うん。それが、こなたのやりたい事?

うん。入選だったら、かがみに手紙。佳作なら、かがみに電話。銀賞なら、かがみをこっそり見に行こう。ってご褒美まで決めてた。

金賞は?

金賞だったら・・・もらった賞金で指輪買って、かがみに逢いに行く。

・・・コンクールはいつ?

3か月後。つぎの大きなコンクールは1年後。その次は2年後。

・・・絶対、金賞とりなさいよ。とらなかったら、許さないんだから。

・・・うん。

待ってるから。もし、3ヶ月後がムリでも、1年後、2年後でも。何年後、何十年後でも。
私も頑張る。こなたがいなくても、泣かないで生きていける。こなたが安心して、本を書けるように。
信じて待ってる。指輪を持って迎えに来てくれるのを、ずっと待ってる。

ありがとう、かがみ。

ねぇ、こなた。

なんだい、寂しんぼかがみ?

もう一度、言って?

・・・また逢える日までおあずけ。

・・・ケチ。

かがみ。長かったね。

うん、でも今は満たされてる。こなた。

かがみ。


もう一度、私達は唇を重ねる。言葉にできない想いを、たくさんの優しさを唇に乗せて。私はもう大丈夫。待つことが私の約束。明日には、帰ろう。だから、今だけは夢のように、こなたを感じよう。優しい温度を感じよう。


‐‐‐‐

「もう一泊しても良かったのに。」
「ううん、もう、大丈夫。」
「ホントにー?うさちゃんかがみは大丈夫なのかなー?」
「う、うるさいわよ。そういえば、何でここで原稿書いてるの?」
「んー・・・ダーツで決めた。」
「・・・・あんたらしいわね。」
「私が頼っちゃう場所から離れればどこでも良かったんだよねー。」
「ったく。」

太陽が私達に光を当てる。潮風が私達の頬をなでる。さざ波がBGMとなって、私達を包み込む。

「こなた。」
「ん?」
「頑張りなさいよ。」
「うん。」

電車がくるまであと3分。私にはかけがえのない大切な時間。今まで生きてきた時間の何億分の一。それでも至福が私に訪れる。

「かがみ。」
「ん?」

これから、こなたを待つ時間は、私の生きてきた時間の何分の一になるか分からない。もしかしたら、何倍になるかもしれない。

「迎えに行くね。」
「うん。」

傷つけ合い、哀しみ合い、泣き合った4ヶ月。それに比べたら、きっと一瞬のように感じられるはずだ。

「逢えて、嬉しかったよ。」
「私もよ、こなた。」

約束の未来の先に、光があると信じて。もし、闇しかなくても、私達なら光にできる、そう信じて。

「体に気を付けなさいね。」
「ありがと。」

電車がホームに着く。これに乗って私は私の場所へ。それでも、私は一人じゃない。遠く離れても、会えない日が続いても、ぬくもりを感じられなくても。
もう泣かない。

「またね、こなた。」
「またね、かがみ。」

こなたは笑っている。その笑顔は、春雨の日のように哀しい笑顔ではなく。私に力をくれ、安心と心地よさをくれる、こなたらしい笑顔。ありがとう、こなた。またね。
温かいこなたの手を離して電車に乗ろうとした。その刹那。こなたは、私に永遠をくれた。


「愛してるよ、かがみ。」


電車から見える海の景色は昨日の景色とは全く違って見える。空は希望。海は未来。私はこの世界の住人。私の中にはたくさんの絆、約束、そして想い。
幸せになりたい。幸せにしたい。それだけだったのに、とても遠回りをした。私はこれから歩いていく。約束の未来へ。
約束の未来で、もう一度、愛してるを謳おう。優しい謳声で幸せを謳おう。

「こなた・・・私、待ってるよ。」


Fin




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  • 凄い。
    何回読んでも圧倒されます。泣いてしまいます。


    本当に素晴らしい作品です。
    -- 名無しさん (2010-04-20 13:26:19)
  • 『優しい謳声で幸せを謳おう』
    このフレーズが好き。


    -- 名無しさん (2010-04-13 15:41:41)
  • なんて素晴らしい話なんだ!


    そして、更に続く最終章で僕は壊れましたよw


    作者さまには最大の感謝です!! -- 名無しさん (2010-04-11 12:41:43)
  • これは紛れもなき名作です…
    何より文章が綺麗だあ…

    「謳温」でぼろ泣きしました。 -- 名無しさん (2009-02-15 15:19:39)
  • なんという洗練された文章。言葉の一つ一つがとても綺麗で素晴らしいです! -- H1-52 (2008-07-31 10:23:53)
  • 感動した -- 名無しさん (2008-01-14 11:56:32)

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