小さな足跡(2)

このページを編集する    
★☆★

───…………
暗い、とても暗い闇の世界
凍てつくような寒さの中、雪の上に足跡が続いている
永遠に終わることのない暗闇の奥へと、その足跡は続いている
一人の少女がその小さな足跡を刻み続けている
絶望という名の闇へ向かって
少女は立ち止まり、こちらを振り返る
そこにあるのは悲しい笑顔
とても儚く、すぐにでも壊れてしまいそうな脆さを秘めて
とても悲しそうに笑っていた
私は届くはずのない手を少女に向けることしかできない
どこへ行こうというの
どうして私の元を離れていくの
そう尋ねても声が出ない
少女は最後に何か呟くと、そのまま闇に飲み込まれていった
余りに辛くて、その姿を見ないよう私はそのまま目を閉じた
                          …………───

翌朝、私は余りの寒さに目を覚ました。
窓を開けっ放しで寝てしまったのかと思い、早速確認のために起きだす。
気だるい気分はまだ続いていたけど、重たい頭を振り払い窓に近づく。
カーテン越しでも寒さが伝わってくるのが分かる。
その冷たさに本当に窓を開けたまま寝てしまったのかとため息をついた。
気だるい気分を振り払うように、一気にカーテンを引く。
「うわぁ……」
あたり一面の銀世界。
目の前に広がる光景に現実味が感じられず、しばらく見入ってしまった。
──あれ、どこかでみたような
さっきまで自分がここにいたような気分に襲われる。
──……夢?
そのまましばらく眺めていると、やがて現実の寒さが私を元の世界に立ち戻らせた。
寒さで思わず震えてしまう。
「窓はちゃんと閉まっていたようね」
ロックがかかっていることも確認する。
そのあたりは抜かりない。
そのままもう一度寝ようかと考えたが、寒さで目が覚めてしまったらしく眠れそうに無かった。
先ほどまで感じていた気だるさも消え、幾分冴えているようにも感じる。
しかたなくそのまま起きる事にした。
──今年は暖冬だって言ってたのに、まるでそのツケが今日一日に来たみたい
もう一度外の様子をうかがう。
昨夜中に雪が降り積もったらしく、今はもう止んでいる。
昔はもっと頻繁に雪が積もっていたような気もするけど、
温暖化の影響なのだろうか、近年これほど積もった記憶は無い。
澄んだ冷たさと静寂が外の世界を支配していた。

──それにしてもすごい雪ね。電車は動いているかしら? 試験当日に降らなきゃいいけど……
そこでハッと、自分が受験のことばかり考えていることに気が付いた。
近年めったに積もることの無かった雪を目の前にして、もっと情緒的なことを考えられないのかしら。
つくづく現実的な自分にため息が出る。
──そういや、昔つかさと一緒に雪だるまとか作ったな
全身雪まみれになりながら駆け回っていた子供の頃を思い出し、懐かしさに目を細めた。
雪が積もった日はいつも一緒に外を駆け回って、小さな雪をぶつけ合って遊んでたっけ。
勝つのはいつも私。
泣きべそをかいていた妹の顔を思い出し、頬が緩んだ。
──これだけ積もれば雪合戦もできそうね
もう一度あたり一面を見渡す。
木に積もった雪がこぼれ落ち、小さな雪の山を作っている。
白い雪で覆われた庭を眺めながら、未だに雪の上を元気に走り回っていそうな少女のことを思い出した。
蒼い髪を揺らしながらどこか遠くへと駆けていく彼女を思い描いてみる。
小さな雪が舞い落ちる中、踊るように雪の上を駆けてゆく少女。
その小さな姿はどんどん遠くへと離れていく。
追いつこうとするも、速くて追いつけない。
不安に駆られ声をかけようとしたけど、声が出ない。
──待って
思いが通じたのか少女は立ち止まる。
ゆっくりとこちらを振り向く彼女の表情は、笑みを湛えていた。
壊れそうなほど儚い笑みを。
……えっ?

「……!!」
頭の中が混乱する。
どこかで見たことがあるような風景。
空想の中に現れた蒼髪の少女に動揺した。
「どうしてあんたが……」
思わず声に出る。
「どうしてあんたなのよ……こなた……」
頭の重さが再び襲い掛かる。
──本当にどうしたんだろ、私……


目を覚ますと、部屋の中はまだ薄暗い状態だった。
時計に目をやると、まだ早朝ともいえる時間。
まだ日が昇ってそれほど経ってないんだろう。
それにすごく寒い。
休みの日は昼過ぎまで寝ているのが習慣だったけど、今日は珍しく朝から目が冴えている。
──そういや昨日早めに寝たんだっけ
ネトゲを放り出してそのまま寝てしまったんだ。
いつもなら熟睡しているこの時間帯に起きたことに自分自身驚きながら、周囲を見回した。
薄暗い室内に、整然と並ぶフィギュアが目に入る。
それらはまるで自分を見下ろしているように見える。
パソコンのディスプレイに目を移すと、電源が入ったままだ。
暗いディスプレイには、ひどい顔をした自分がぼんやりと映し出されていた。
──泣いた後、疲れて寝てしまったんだ
泣いたせいで幾分まぶたが腫れてるような気もするけど、昨日より気分はましになってる。
また暗い感情に支配されそうになる前に、気分を変えるためにもベッドから起き出した。
「うわ、さむっ!」
予想外の寒さにもう一度ベッドにもぐりこんでしまう。
「ううう……」
そのまましばらくベッドの中でブルブルと震えていたけど、
シーツの隙間から入ってくる冷たい空気に耐えられず、仕方なくベッドから出る。
「早く防寒具に身を包まないと、このまま凍え死んでしまう」
部屋の中で氷漬けにされた哀れな自分の姿を想像していると、
「駄目だ……早くなんとかしないと……」
変な想像をしている余裕はさすがに無い。
全身鳥肌でガクガク震えながら素早く着替えを終える。
ヒーターもオン。
しばらくしてようやく部屋の中が暖かくなった。
「ふう、一時はどうなることかと……」
ぶつぶつと呟きながらカーテンを開けると、
「こ、これは……」
目の前に広がるのは一面雪の世界。
近年これほど積もることのなかった雪にしばし見入ってしまう。
外の世界は朝日を受けて、きらきらと輝いていた。
見たところ雪の上には足跡一つ無い。
まるでふかふかの白い絨毯のようだ。


──あの上に飛び込んだら気持ちいいだろうな
小さい頃よく雪の上に飛び込んで人型を作っていたことを思い出した。
昔のように衝動的に雪の中に飛び込みたいという気持ちに駆られることは、
さすがにもうすぐ高校を卒業する年にもなれば無い………はず。
ただ、久々に積もった雪の中を散歩してみたい気分にはなった。
このまま家に居ても勉強に集中できそうにないし、今の自分にはネトゲも楽しく感じられない。
この薄暗い部屋に篭ってもやもやとした感情に支配されるより、寒くても外に出たほうがはるかにましだ。

軽く朝食をとった後、早速外に出る準備をした。
テレビを見ると、この冬一番の寒さとのことなので、防寒対策もしっかりとしなければ。
厚手のコートにマフラー、それにあと手袋と……あれ?
いつも着用していた手袋が見当たらない。
おかしいな……どこにいったんだろう?

ガチャッ──

ドアが開く音に振り返ると、お父さんが起き出してきた。
「うう~、さむっ、さむっ……ってあれ? こんな朝早くからどうしたんだ?」
「あ、お父さんおはよう。久しぶりに積もった雪を見にちょっと散歩に出ようと思って」
そういって玄関のドアを開け、外の様子を見せる。
手に触れたドアノブが冷たかったけど、仕方ない。
手袋はまた今度探そう。
「うわ、こりゃあすごい雪だな。何年ぶりだ、こんなに積もったのは」
「久しぶりだよね」
「しかし、こんな雪の中出歩いて大丈夫なのか? 滑って怪我でもしたら大変だぞ」
「心配しすぎだよ。私の運動神経知ってるでしょ?」
「まあ、確かに。大事な時期なんだから、くれぐれも怪我だけはせんように気をつけてな」
「うん、じゃあ行ってくる……よ!?」
元気良く出ていくと、玄関に積もった雪に足を滑らせそうになった。
「おいおい、ほんとに大丈夫か?」
「ハハハ、雪の上を歩くのは久しぶりだからね」
言葉とは逆の結果に、慌ててごまかした。
心配かけすぎて外に出ちゃだめなんて言われたら困る。

──だって、こんなに雪が積もった日は何かいいことが起こるかもしれないから


頭の重さを抱えながら、私は夢の中に出てきた光景を思い出そうとしていた。
思えば、これまで何度も似た夢を見てきたような気がする。
いつからだったろう。
こんな夢を見始めたのは。
これまでにも何度か不思議な夢を見た記憶はあるけど、どうしても思い出せないでいた。
今日の大雪が思い出させてくれたんだろうか。
「はぁ……」
またため息が出る。
もう何度ついたか覚えていない。
こんな風になった原因に思い当たりはある。
こなたと喧嘩をしてから。
いや、喧嘩というより振られてからか……
って、振られてって、まるで私が告白したみたいじゃない。
自分の思い込みに一人顔を赤らめながら、その人の顔を思い描く。
これまでもずっとそうやって思ってきた。
「こなた……」

あの日以来ずっと忘れようとしてきた。
受験勉強で忙しいというのは本当だった。
でも、それを言い訳にしてこなたのことを避けてきたのも事実。
こんなわがままな私とずっと一緒に居続けてくれた親友を、
私は自分勝手な気持ちで、自分が傷つきたくないという弱さから避け続けた。
「最悪だ、私……」
罪悪感に苛まれ、うなだれるしかなかった。

でも、いつまでも自分の殻に閉じこもっているわけにはいかない。
こなたは今でも私のはっきりしない態度で苦しんでる。
追い返したとき悲しそうな顔をしたこなた。
いつもあんなに笑顔を振りまいていたのに。
それを奪ったのは私。
もう、これ以上あんな顔させることはできない。

これまでのことを、こなたに謝ろう。
許してくれなくてもいい。
自分の一方的な思い込みで裏切った私は、許されるべきだとも思わない。
私のわがままで、こなたがこれ以上悲しそうな顔をするのは耐えがたかった。
──結局これも“私が”こなたの悲しい顔を見たくないという、自分本位な気持ちからなの?
それでもいい。
私の気持ちなんてどうでもいい。
こなたの気が晴れるのなら……


勢い良く家を飛び出したのはいいけど、しばらくどこに行くべきか迷ってしまった。
別にどこでもいいんだけど、いざどこに行くと聞かれると中々決められない。
とりあえず、いつもの通学路を歩くことにした。
いつも通ってる道だけど、雪が積もるだけでこんなにも変わって見えるんだ。
真っ白な雪の上に自分の足跡をつけながら、そんなことを思った。
久々に感じる雪の感触が懐かしく、何度も足跡の付いてないところを狙ってゆっくり踏みしめていく。

ギュッ、ギュッ

踏みつけるたびになる音が耳に心地よい。

周囲の景色にも目を向けてみることにした。
いつも通り過ぎている大きな家の屋根は白く染まり、木の枝に積もった雪は枝をしならせている。
門の近くには誰が作ったんだろう、可愛らしい小さな雪だるまがこちらの様子を伺っていた。
まるで雪だるまに呼び寄せられているような気がして、近づいてみることに。
顔をよく見ると小さいながらも一生懸命作ったんだろう、目と鼻と口がきちんと取り付けられている。
位置を何度も修正した跡が見てとれた。
「へえ、ちゃんと作ってるんだ……でも」
しばらくそのまま顔を見つめていると、最初笑っているように見えた顔がどこか寂しさを押し隠しているように見えてくる。
その表情にドキッとした。
──何を悩んでるの?
「えっ?」
まるで自分の心の中に語りかけてくるような表情。
目をこすりもう一度良く見ると、もとの笑顔に戻っていた。
──勘違いしたのかな?

しばらくそのまま雪だるまを見ていると、家の中から小さな女の子が飛び出してきた。
元気いっぱいに雪の上を駆け回り始めた女の子は、嬉しそうにはしゃいでいる。
その様子を見ていると友達だろうか、家の中から別の女の子が出てきた。
ふたりは一緒になって、家の前を駆け回り始める。
何の曇りも無い純粋な笑顔が、とてもまぶしく映った。

「今日はすごい雪ですね」
いきなり後ろからかけられた声にびっくりした。
振り返ると、女の子の母親だろうか、家の前にいた私に声をかけてきていた。
別にこちらを不審がっている様子は無い。
たまたま家の前にいた私に声をかけてきたのだろう。
とても優しそうな雰囲気を持った人だった。
「そ、そうですね」
いきなり話しかけられたこともあり、ちょっと受け答えに戸惑ってしまった。
それに、普段母親という存在と話す機会はあまり無い。
友達の母親と会うことはたまにあるけど、いつも友達と一緒だ。
一対一で母親と向き合うという経験は、ほとんど記憶になかった。
すこし気まずく感じて、視線を雪だるまに移した。


「その雪だるまは、あの子達が作ったのよ」
その人は足元にある小さな雪だるまを優しく見つめた。
「朝早くからはしゃいじゃって。雪が珍しいのか二人でずっと作ってたわ」
二人の様子を思い出したのか、くすっと笑った。
「顔の部分が良くできてますね。何度も作り直した跡がありますし」
お世辞じゃなく、本当にそう思った。
何度も作り直した苦労の跡が見て取れる。
「ええ、両手が真っ赤になるまでね。二人の思い出作りなんでしょう」
「えっ?」
「もうすぐ、引っ越す予定なの。だから、あの子も友達と別れることになるから。記念にね」
思ってもみなかった言葉に、何も言い返せない。
今目の前で仲良く遊んでいる二人は、もうじき離ればなれになる。
その事実に胸が締め付けられる思いがした。
もし自分が友達と離ればなれにならなくなったら?
みゆきさんや、つかさ、それに……それにかがみとも会えなくなる。
最初は電話やメールでやり取りするも、直に疎遠になり、やがて連絡も取らなくなる。
そんな現実を想像し、悪寒が走った。

「とても仲良さそうなのに……」
今目の前に溢れている笑顔は、もうすぐ失われる。
その現実がとても悲しい。
「別れは辛いけど、二人離れてもずっと友達のままよ」
「でも、時間がたったらお互いのことなんて忘れてしまう……」
今陥ってるかがみとの関係が思い出され、うなだれてしまった。

──このまま会えなくなってもいいの?
このままかがみと会えなくなるなんて嫌。
──忘れ去られてもいいの?
そんな……絶対に嫌。
──どうして、そう思うの?
だって……かがみは……

そんな私を見て何か感じ取ったのか、母親は優しく諭すように語りかけてきた。
「お互い会えなくなっても、二人一緒に過ごした楽しい日々は思い出として残るわ。
そして、そんな何気ない思い出が、人を豊かにするの。だから一緒にいるこの時間を大切にしなきゃね」
「……」
その言葉が胸に突き刺さる。
ずっと俯いたままの私に、大丈夫と声をかけてくれた。
見上げると、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「だ、大丈夫です」
知らない人に迷惑かけちゃいけない。
「ほんとに?」
そう言うと、それ以上何も聞かないでいてくれた。
しばらく心配そうな顔してたけど、また元の優しい表情に戻った。

「これからお出かけ?」
「え、ええ。……ちょっと……と、友達の家に」
最後の部分は口から出任せだったけど、それもいいかもしれない。
かがみとの冷え切った関係がこれ以上続くのはもう嫌だった。
──会ってもう一度謝ろう
このままの状態でかがみと離れ離れになるなんて……絶対に嫌。
会えるかどうかなんて分からない。
でも、そんなの行ってみなけりゃ分からない。
「そう……じゃあ、大切にしてあげてね」
「はい……」


不安だった。
もし会ってもらえなかったら?
会えても、私のこと拒否されたらどうしよう?
怖いよ……

すがるように母親の顔をチラッと見上げると、目が合った。
恥ずかしかったけど、遠慮がちにその目を見返す。
──大丈夫、心配いらないわ
私を見つめる眼差しには思いやりが溢れていた。
その目を見つめていると、不思議と安心感が広がってゆく。
怖い気持ちに変わりはない。
でも、ほんの少しの勇気を分けてもらった気がした。

「滑らないように気をつけてね」
「分かりました」
「それじゃあ……がんばってね」
その言葉に一瞬ドキッとした。
まるでこちらの考えを見透かされているよう。
でも、その励ましに胸が熱くなった。
「……はい、ほんとに……ありがとうございました」
慣れないやり取りだったけど、不思議と悪い気はしない。
恥ずかしさとほんの少しの甘えが織り混ざった気持ちになり、顔が赤くなった。
……私こんなキャラだったかな?
名残惜しかったけど、その場から立ち去ることにした。

歩きながら、自分のお母さんのことを考えていた。
私が小さい時に亡くなったので、具体的な記憶は無い。
でも、お母さんってみんなあんなに優しいのかな。
ちょっぴり寂しい気持ちになったけど、それ以上に勇気を与えてくれた。
ほんのちょっとの勇気と、ほんのちょっとのきっかけ。
今は、それで十分。
それらを与えてくれたあの母親に、本当はもっと感謝したかった。
でも、恥ずかしくて言えなかった。
だから、心の中で言うね。
本当の母親じゃないけど、でも、言わせてください。
──ありがとう、お母さん

空を見上げると、どんよりとした雪雲が一面に広がっている。
薄暗い色に覆われた空は、まるで私の心みたい。
でも、あの雲の上にはきれいな、どこまでも澄みきった青空が広がっているはず……
……うん、きっと大丈夫だよね。


小さな足跡(3)』へ続く


コメントフォーム

名前:
コメント:

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。