『彼方へと続く未来』 第二章 (中編)

このページを編集する    
 ――あれから、一体何時間位経ったのだろう。気がついた時には、
既に部屋の中は真っ暗で、今が何時かさえもわからなかった。

        『彼方へと続く未来』 第二章 (中編)

 ベッドから起きあがり、電気をつける。
チカチカと光が瞬き、私の目を眩ませた。別段何もする気が起きず、
しばらくぼーっとしていると、不意に部屋のドアが軽く二回ノックされた。

「お姉ちゃん。入っても……いいかな?」

 つかさの声だった。お昼の時よりも数段トーンが低い。

「いいわよ。私に用があるんでしょ?」
「う、うん。じゃあ入るね」

 遠慮がちにつかさが入ってきた。
 揺れる意識を整えて、つかさを出迎える。

「今日はごめんね、勝手に先に帰っちゃって」

 私の口から真っ先に出たのは、謝罪の言葉。
 けれども、濁りきった私の声に、つかさは応えてくれなかった。

「実はね、どうしてもやらなくちゃいけないことがあって、その……」
「――今日ね」

 私の言葉を意図的に断ち切るようなタイミングでの切り出し。
 それこそが、ただの世間話をしにきたのではないという証拠。

「お昼を食べてる時に、こなちゃんから聞いたことがあるんだ」

 つかさは、C組で私と別れた後に全てを知ったらしい。
 今朝にあったことや、こなたの進路のことも。
 私は、思わず下唇をギリッと噛んだ。

「……だからね、心配してるんだよ。私も、ゆきちゃんも」
「みゆきも?」

 もしも、私の予想が正しかったら。
 鞄の中に放置していた携帯を取り出し、画面を確認する。
 ――みゆきからの着信だった。一時間置きに計三回にメールが一つ。
 いずれも、私がふて寝している間に来ていたものだった。

「ねぇ、お姉ちゃん。こなちゃんと仲直りしよ? 今ならまだ間に合うよ」 
「今更なに言ってるのよ。そんなの、無理に決まってるじゃない」
「お姉ちゃん……」
「きっと、こなたの中にもう私はいないわよ。初詣の時に、
 私の名前を最初呼んでくれなかったみたいに。私は、こなたの中から……」
「――違うっ!」

 忘れられてしまった方がいい。そう口に出そうと息を吸った。
 しかし、それはつかさの声によって遮られた。

「それは、違うと思うよ。お姉ちゃん、きっと勘違いしてる」
「なんでよ。どうしてそんなことがわかるのよっ!」
「だって……」

 つかさが、ほんの少しだけ私と距離をとった。
 拳を握りしめ、何かを訴えるように瞳を瞬かせながら。

「だってこなちゃん。すごく悲しそうな顔してたんだよ?
 おみくじを引きに売り場に向かう少し前からっ」
「……」

 半信半疑。今はそういう印象しか持てなかった。
 今のつかさの言葉が真実なら、確かにあの時
つかさが言っていた『どうして』という言葉の意味は理解できる。
 けれど、そこからこなたの思考を断定することなんて不可能。
 結局、つかさの言っていることはただの推測。だから、私は――。

「出てって……」
「えっ!?」

 何も考えないことにした。
 殻に閉じこもり、現実世界との遮断を選んだ。

「ごめん、つかさ。今は誰とも話したくないの」

 その言葉を最後に、私はつかさと目を合わさない様に
背中を向け、部屋の灯りを消した。直後、小さな嗚咽と
共にドアが閉められ、私は再び独りになった。

 それからの、自分の行動はよく覚えていない。
 夕食はとったのか、お風呂には入ったのか。
 全然思い出せない、頭が回らない。

 気付いた時、私はパジャマを着て布団の中にいた。
 いつの間にかおろしていた髪が胸元を撫でる。
 手元の携帯が映し出した時刻は、午後の十時。
 まだ寝るような時間じゃない。

 だけど、周囲を取り巻く闇は容赦なく私に襲いかかる。
 漆黒に染まった世界が、再び目の前に広がっていた。

『ところで――ちゃん。お祈りはもう――たの?』
『うん、――たよ。これからも――と
 仲良く出来ますように~……ってね。それに――』

 声、声が聞こえる。どこかで聞いたような二つの声。
 そのうちの一方はつかさの声。すぐに分かった。
 だけど、もう一つの方の声は、ぼんやりしたまま。

 それに私は……何故か巫女服を着ている。
 さっきまでパジャマを着ていたハズなのに。

『どう、そろそろ――でしょ?
 あの時のかがみの――には萌えたよ~』 

 これは……こなたの声だ。
 いつも私の側で聞こえていた、心地よい声。
 そして、ここは鷹宮神社の境内。

『じゃあ私、これからおみくじ引いてくるからさ。
 今年は凶以外のものを引かなきゃね』  

 瞬間。周囲の風景が歪んだ。
 同時に、つかさがさっき言っていた言葉が頭をよぎる。

 ――だってこなちゃん。すごく悲しそうな顔してたんだよ?
 おみくじを引きに売り場に向かう少し前からっ……。

 そう。今まさにこの時、このタイミングでの出来事。
 正直、今置かれている状況を把握するよりも、
つかさの言っていたことの真相を確認する方が先だった。

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ、こなたぁ!」

 息を切らせて駆け寄りながら、私はこなたの腕を掴んだ。
 こなたが振り返る。緑色の瞳を大きく見開きながら。

『どう……したのさ、かがみん。私これから、おみくじを
 ……フルコンプしに行かなきゃいけないんだからさぁ』

 こなたが、泣いていた。涙が小さな瞳に一杯に
集まった後、静かに頬を伝って流れ落ち、真下の
砂利道に吸い込まれて消えていった。

『あれ、どうしてかな。なんで泣いてるんだろう。
 あははっ。全然……わかんないや』
「こなた……」

 こなたは、静かに泣き続けていた。
 押し殺すような声が境内に響き渡る。
 ……私は、呆然と立ち尽くしたままだった。
 そして、こなたの名前を呼ぶ事しか
出来なかった自分が、今は何よりも許せなかった。

 ――夢。今の出来事が全て夢だったことが、いつもと変わらない
天井を見上げる直前になって、ようやく理解できた。
寝汗を吸い、べた付いたパジャマが肌にまとわりついて気持ち悪い。

 昨夜と同じ様にベッドから起きあがろうにも、うまく脳から指令が
行き届かない。数秒後、やっとの思いで全身をゆっくりと起こし、
この前落ちて欠けてしまった目覚ましを見る。時刻は午前七時。

 幸い今日は休日。当然、遅刻するだとか、寝坊した
つかさを起こしにいくといった必要はない。少しほっとした。
 反面、その安堵感を飲み込んでなおも余る不安感と後悔が、
私を襲い、同時に夢の中のこなたの顔が、繰り返し再生された。 

(とりあえず、顔でも洗おうかな……)  

 一階にある洗面所に向かおうと、部屋を出る。
 しかし、そこに向かう廊下の途中で足が止まった。

「あ、お姉ちゃん……」

 ちょうど、つかさが正面のトイレから出てきたところだった。
 いつもなら滅多に起こらない偶然。最悪のタイミング。
 そんな中、私は再び歩き出し、無言で階段を降り始めた。

「お姉ちゃんっ。あの、私――」

 つかさが何か喋っている。でも、私の耳には届かない。
 あんな夢を見た後では、堂々と合わせる顔がない。

 私は、降りるスピードを速めて一階に向かった。
 いつも一緒だった、双子の妹を再び傷つけてまで。

 蛇口から飛び出した水が、真下の空間に反射しながら、
キラキラと拡散する。私は、その飛び出した水のカケラを
両手ですくい、顔を洗う。一回、二回、三回目は勢いをつけて。

 吹き出る水を止め、おもむろに顔をあげる。
 そこには、自分と同じ名前を持つ物体が投影した、
もう一人の私がいた。薄紫色の髪、虚ろな瞳。
 そして、水滴と共にこぼれ落ちたもう一つの滴。

 ――ねぇ。どうして、アンタは泣いてるわけ?

不意に、頭の中に声が響いた。周りには私以外誰もいないのに。
 正体不明の声の主は、クスクスと笑いながら尚も私に語りかける。

『清々したんでしょ? アイツから離れられて』
「なっ!? アンタ誰よ? どうして私に話しかけてくるのっ!」
『私は、アンタよ。そして、アンタは私。どう、理解できたかしら』

 理解なんて、出来るハズも無かった。
 夢の中でならともかく、こんなの非現実的すぎる。
 でも、認めるしかない。確かにこれは、私の声だ。

「……で。そのもう一人の私が、一体何の用なのよ?」
『そう突っかからないでよ。もう怒る理由なんてないのに』
「怒る……理由?」

 冷えていたハズの顔に、カッと熱がこもる。

『そうよ、怒る理由。もうあんなオタクとは縁を切ったんでしょ?』  
「なっ……。それとこれとは話しが違うでしょっ!」

 何故か、ますます腹が立ってきた。
 どうしてだろう。本当にもう一人の私の言う事の方が
正しいのなら、怒ったりなんてしないハズなのに。

『何が違うのよ。現にアンタは、自分から引き金を引いたじゃない』
「そっ、それは……。あの時は、何がなんだか分からなくて……」
『じゃあその左手は何? それこそが動かぬ証拠よ』

 濡れたままの左の手のひらを見る。そこは、微かにじんわりと腫れていた。 

『アンタは、アイツから逃げたのよ? 最悪で、かつ最高の方法で』
「……!」
『このまま放っておけば、きっといい大学生活が送れるわよ? それに――』
「――いいかげんにしてぇっ!」

 耐えきれなくて、思わず叫んでしまった。
 髪に吸い込まれていた水滴が、辺りに飛び散る。

「いいかげんにしなさいよねっ! だいたい何でアンタはっ!」
『アンタハ?』
「何でアンタはこなたの事を、『アイツ』としか言わないのよ!
 ちゃんと、『こなた』って呼んであげなさいよおっ!」

 もう一度私は叫んだ。同時に、長かった自問自答は終わりを告げた。
 今までいた“もう一人の私”は、確かに私の中に存在していた。
 ……あれが、私の本心なの? いくら考えても、答えは出なかった。

 もう、何も考えたくない。今日は部屋でずっと勉強していよう。
 文字を書き取っている間だけは、誰も傷つけなくて済むから。

 フラフラしながら洗面所を出て廊下を歩く。
 そして、階段を上って二階に上がろうとすると、

「あら、かがみ?」

 突如背中に声が響いた。
 虚ろになっていた体を動かして振り返る。
 するとそこには、

「やっぱり、かがみだったのね」

 お母さんがいた。いつもの寝間着に身を包んで、
ほんの少し怪訝そうな顔をしながら私を見つめている。

「どうしたの、お母さん。私、部屋に戻って勉強しようと思ってたのに」 
「あら、ごめんね。なんか洗面所の方でかがみの声が聞こえたから、
 心配になって見に来たのよ。何か怖いことでもあったの?」
「なっ、何でもないわよ。ただ、寝ぼけてただけだし」

 ――ダメっ、お母さん。これ以上私に話しかけないでっ。
 お母さんの顔の輪郭が急に滲み、呼吸が整わなくなる。

「何でもなくないでしょ。それに、このまま放っておくことなんて
 出来ないわよ。だって……」
「だって?」

 僅かに開けた視界の中にいるお母さんは、微笑んでいた。
 その笑顔は、私の全てを包み込む程の力を持っていた。
 再び視界が狭くなる。

「だって、私はかがみのお母さんだもの」
「――――っ!!」

 もう、限界だった。私は登りかけの階段から
駆け下りると、お母さんに抱きついて号泣していた。

「お、おかあっ……うっ、ヒック……」

 なんでだろう。涙が止まらない。そして、いつ以来だろう。
 お母さんに抱きついてその胸の中で泣いたのは。

「わ……たし。昨日こなたが……遠くに、行っちゃうって聞いて……ひっく。
 その後、頭がまっ……しろになっちゃ……うっ、わああぁぁん!」

 私は泣いた。人目や時間をはばかること無く、ただひたすらに。
 そんな私を、お母さんは優しく包んでくれた。
 細い右腕が私の後ろに回され、静かに背中をさすられる。

(暖かい、暖かいよぉ。お母さんの手……)

 触れられた背中が、ほんのりと暖かくなっていく。  
 今の私には、その温覚だけが全てだった。 




コメントフォーム

名前:
コメント:

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。