秋風は吹かない

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「あっ、いわし雲だー」
 春日部駅の向こう、空に浮かぶ雲を指差してつかさが嬉しそうに言う。
「秋の季語と言われていますが、やっぱりこの雲を見ると実感しますね」
 みゆきも空を見上げ目を細める。

「いわし雲は巻積雲(けんせきうん)のことでして、他にもうろこ雲、さば雲とも呼ばれているそうですよ」
「確かにうろこみたいにいっぱいだね」
 こなたもつられたように空の雲を見るので、わたしももう一度空を見た。鯖と言われてもピンとこないが、
確かに鱗とも鰯ともとれる小さな雲がたくさん空に浮かんでいる。これぞ秋、という感じの空だ。
 こなたがぼーっと上を向いたままなのでわたしも空を見続ける。横ではつかさとみゆきがいつもの会話を始めていた。

「そうなんだ~サバは秋が旬だからそう言われてるのかな?」
「ええっと…あの、『寒鯖』という言葉を良く聞きますが、鯖が旬なのは冬じゃないんですか?」
 あれ?みゆきが質問を返すなんて珍しい。

「そっか…ゆきちゃんあんまり生魚好きじゃないもんね。えへへ、あのね一般的に『寒サバ』って呼ばれているのは
冬に九州の方で獲れたサバなんだよ。そっちの方で獲れるサバは寒い時期に味が良くなるんだって。だから
冬が旬って言われてるんだよ。
秋が旬なのは太平洋で獲れるサバで、9月から10月くらいに産卵のために北海道の方から戻ってきたものなんだって。
こっちは『秋サバ』って呼ばれてるんだよ」

「そうなんですか、勉強になります。お料理が上手なだけあって食材にもお詳しいんですね。
さすがつかささんです」
「えへへ、そんなことないよー。この前買った料理の本に書いてあったのを覚えてただけだもん」
 おやおや、嬉しそうな顔しちゃって。
 みゆきに誉められたのが余程嬉しかったのか、ちょっとつついたら崩れ落ちそうなムースケーキのように
つかさは照れている。

「…そういえば『秋鯖は嫁に食わすな』ということわざもありましたっけ。
つかささんをお嫁さんに迎える方は幸せですね」
「そ、そんなことないって。もう、ゆきちゃんってば…」
 ちなみにかかっているソースはストロベリーのようだ。

 わたしはそんなつかさを微笑ましく思いながら、同時に別の理由で少しだけちくりと胸が痛む。

「10月…か。4月からもう半年も経ったのね」
 誰にも聞こえないように小さく呟く。さきほど見上げたときにも思ったが、年月が経つのは早い。夏日が
続いていたせいか、まだ夏休みが終わって少し経っただけのような気がしていた。
 それでも、夏休み明けテストに修学旅行、体育祭、模試と様々なイベントがあった分だけ、季節は先へと
進んでいる。夏から秋へ、そして冬。その先にも――

「そだね、あっという間に2クールすぎて番組改変期だよ」
「?!」
 いつの間にかこなたが空を見るのをやめ、こちらを見ていた。
 気恥ずかしさから顔をそらす。

 まただ。なぜだかわからないけど、わたしの『誰にも聞こえないような声』はこなたには聞こえてしまう。
 …これからは心の中で呟くことにしよう。

「また録画予約セットしとかないとなぁ…新しいガ○ダム始まるし」
 月曜は…で、火曜日は…と嬉しそうに新番組を指折り数える姿に力が抜ける。こいつにとっては過ぎ行く季節に
思いを馳せるという行為は無縁のようだ。
 卒業まで折り返しを過ぎたって言うのに…ちょっとくらい寂しくなったりしないのかな。
 独り言を聞かれていたという気恥ずかしさと少しだけ理不尽な苛立ち、それらが影響したのだろうか、
わたしの声は多少呆れながらもキツイものになってしまっていた。

「…あんたそろそろ本気で受験に向かわないと真剣にマズイわよ? センター試験の出願も12日までなんだし」
「うぅ…LR同時押しでも現実からは逃れられないか…」
 どんよりと落ち込むこなた。
 こなたのアホ毛――アンテナの角度も90度から45度くらいまで下がってしまった。

「確かに国公立やセンター試験利用の私学などの出願も同時ですから、ますます学生から受験生の方へ
シフトしていくことになりそうですね」
 そんなこなたに少しだけためらいがちにみゆきが話しかける。そうそう、みゆきからもたまには
少しくらい言ってもらわないと。

「みゆきさんまで…」
 さらにこなたががっくりと肩を落とす。それを見たみゆきも同じように肩を落とすので、
わたしは「気にしなくていいから」と手で合図した。

「確かにこのところ毎週のように土曜日や日曜日に模試、模試、模試だもんね。わたし最近前みたいに
ゆっくり寝たことないよ」
「つかさ…とかいいつつこの間の日曜、一日中パジャマだったじゃない」
「だ、だって眠かったんだもん。お姉ちゃんみたいに毎日遅くまで勉強できないよ」
「いやいや、そんな毎日はやってないってば」
(だいたいいつも誰かさんが夜中に電話してくるからさ。それまでやってるだけだって)とは声には出さない。

「…かがみそんなに勉強してるの?」
 気づくとつかさの言葉にこなたが少しだけ顔を上げていた。

「だってセンター試験まであと3ヶ月しかないじゃない。ここからは徐々にギア上げていかなきゃならないんだし。
あんたもいつまでも深夜まで遊んでるようならわたし知らないわよ?」
「そっか…じゃあ迷…かな電……」
 こなたは何かを小声で呟く。既に頭のアンテナは30度を下回るほどの角度しかない。その上あんなに
しおらせて…仕方がない、少しくらいフォローしてやるか。

 そういえばこの前、夏休み明けテストの結果が良かったと喜んでいたっけ。夏休み中、一緒に勉強した効果かな?

「ま、まあ「でも泉さんこの前の夏休み明けのテストの結果は良かったんですよね」…」
 うわっ、また被った。
 今度はみゆきか…なんだか最近タイミングが悪いようだ。

「うん…まぁね」
 みゆきのフォローにアンテナが微かに反応する。

「そうそう、黒井先生がびっくりしてたよ、『泉どないしたー?』って。わたしも成績伸びてほめられたし」
「きっとつかささんも泉さんも夏休みの間、かがみさんたちと一緒に勉強した成果が出たんですね」
 えへへと嬉しそうに笑うつかさとみゆきの優しい微笑みにアンテナはまた起き上がり始めた。

 しかし、45度を過ぎたところで動きは止まる。
 不思議に思って顔の方に視線を下げると、こなたと目が合った――と思ったら、びくっと怯えたように
横を向かれた。そしてまたアンテナはへにゃりとしおれる。

 何よその反応は。
 誉めてあげようかな、と思ったがやっぱりやめた。これから取りあえず中間までは少し厳しく行くことにしよう。
 …言っておくが決して八つ当たりなどではない。

「じゃあ明日から放課後は勉強会ね。推薦入試の内申書の考査はこの中間までだから、みっちり鍛えてあげるわ。
みゆきも手伝って。あとつかさもしっかり参加しなさい。調理師目指すにしても、まだまだ自分の可能性を
狭めることないんだからね」
「わかりました。私でお役に立てるのでしたら」
「ど、どんだけー」
 よし、いい返事だ。さて問題のこなたの方はどうだろう? もし嫌だといっても首根っこ掴まえて――

「…いいの?」
「へ?!」
 予想外の反応に思わず間抜けな声が出る。
 ちょっとこなたさん、何ですかそのしおらしい態度は?

「いいの…って、放課後みんなで勉強するってだけよ? 別にみんなでDSの勉強シリーズのソフトとか
やる訳じゃないのよ?」
 驚くわたしに対して、こなたはアヒルの口を見せた。
「だって…さっき(※注:前作で)かがみ『色々と忙しくて勉強教えてる暇ない』って言ってたからさ。
夜だって遅くまで勉強してるみたいだし、てっきりかがみに見捨てられたかと思ったよ。…ネトゲしてるの事実だし」
 そういえば、そんなことを言った気もする。

「あ、あれは冗談に決まってるでしょ? ……あんたの『天高く~』(※注:前作での会話より)が
冗談だったらの話だけど」
「もちろん、あれは冗談だよ。は、はははははは」
 いや、目が泳いでるけど…まあいいわ。
 ピョンといつものように跳ね上がったアンテナを見ると、そんなツッコミを入れるのもバカバカしく
思えてくるから不思議だ。

「それに、ちゃんと覚えてるんだからね」
「へ?」
 何を?と言いたげなこなたに教えてあげる。

「夏休み最後の日に約束したでしょ? 『安心しなさい、しっかり勉強見てあげるから…』って。も、もちろん、
その時も言ったとおり『みゆきやつかさと一緒に』よ。だから明日からはしっかり――」

「かがみっ!」
 わたしが最後まで言い切る前にアンテナが受信機ごと飛んできた。

「ひゃあっ?!」
「……かがみぃ」
 お、思わず避けてしまった。
 こなたは手を前に突き出したまま、恨みがましい目でこっちを見ている。

「なんで避けるのさ~」
「だ…だってあんたここ駅のまん前よ?恥ずかしいじゃない!」
「じゃあどこならいいの?」
「うっ…そ、そんな言いにくい事を――って違うから!」
 …しまった。
 とっさに下を向く。こんな顔見られたらあいつに何を言われるかわからない。
 ちらりとこなたの方を向くと、やはりニヤニヤしていた。
 みゆきは「あらあら」と言うように微笑んでいる。
 つかさもみゆきと視線を交わして笑っている。

「単なるスキンシップだってば、親愛の表現の」
「はいはい、わかったわよ。さ、行きましょ?」
「ちぇ~、ツンに戻っちゃったよ」
 悔しそうなこなたの声を後に定期を出して改札を抜ける。まったくもう…さっきまでしおらしかったのが
ウソのようだ。
 でもまあ、良いものも見れたしいいか。

 ――さっきわたしに飛びついてきた時の笑顔。『約束』のこと…そんなに嬉しかったのかな?
 胸の中に暖かさが柔らかく広がると同時にあの日の記憶が頭の中に映し出される。

 そうだ、明日の勉強会にクッキーでも焼いて持っていってあげよう。テスト頑張ったご褒美ってことで。
 こなた…喜んでくれるかな?

「かがみ?」
 そんなことを考えていると、こなたに横から顔を覗き込まれた。
「な、何よ」
 まるで考えていたことを見透かされたような気がして少しだけ焦る。

「いや~何を考えてるのかな~って。ずいぶんうれしそうだったからさ」
「別に大した事じゃないわよ」
 そういうこなたの方こそ嬉しそうにニコニコしている。
 さっきの笑顔がフラッシュバックして、下を向くわたしの頭にいつもの電話のことが浮かんだ。

 そうだ、今日の夜のこと聞いておかないと。オナベ心とオカマ心について(※注:前作より)の結論も
聞きたいし、ちょっと進路のこととかも話したい。センター試験の申し込みも近いから、もしこなたと
志望校が被るようなら申し込み書取り寄せなきゃならないし…。

「あのさ、今日の夜の電話のことなんだけど…」
「あ、うん…」
 あれ? なんでそんな顔するの? 電話したらマズイのかな。
 少しだけ不安になりながらも顔を上げ、こなたの複雑な表情に向かって尋ねる。

「もし、こなたが平気なら今夜電話してもいいかな?」

 ポカーン。
 そんな擬音が聞こえたかのようにこなたはほうけている。こういう表情をハトが豆鉄砲を食らったような――
というのだろうか、まるで無理して背伸びしていたところに膝カックンをされたような顔だ。
 そして焦ったように長い髪が跳ね上がるほどの勢いで急に下を向く。

「ど、どうしたのよ? 用があって迷惑ならガマ…じゃなかった電話しないけど…」
 下を向いたままのこなたの反応がないので不安になってくる。前髪に隠れて顔も見えないし…本当に
どうかしたのだろうか?

「いや、そんなわけ――ううん、そんなことないよ。ちゃんと子機と携帯充電しておくね」
 下を向きながら、それでもいつもの声で答えてくれたことにホッとする。

「じゃあいつもの時間にかけるね」
「うん…」
 やっぱり下を向いたまま。
 そんなこなたのことを不審に思いながらも、わたしはこなたの一挙手一投足に一喜一憂する自分に苦笑する。
 よくラノベでヒロインなんかが好きな人のことで喜んだり悩んだりする描写を目にするが、その度に不思議に思っていた。
『いや、確かにちょっといいなって人に対してドキドキする気持ちは分からんでもないけど、さすがにそこまではないだろ』
とこんな風に以前のわたしならツッコミを入れていただろう。

 でもこなたのとる行動、発する言葉の一つ一つが気にかかり、ドキドキする今の自分の状況を拡大解釈すれば
前よりは理解できるような気がする。その気持ちがどんな感情に由来するのかまではわからないが。

 友達?――って確かにそうだけど、もうちょっと深い気がする。
 保護者?――ってわたしはこなたの親じゃないし…。

(うーん、これじゃ本当に好きな人が出来たら気疲れして死んじゃうかもしれないわね)

 …こなたはどうなんだろう。
 好きな人とかいるのかな。ネトゲの方に『嫁』がいるって言ってたけど。

 もし―――に好きな人が出来たとしても今の調子じゃ気疲れして死んじゃうかもしれないわね。それも
わたしに好きな人が出来た時よりも高確率で。

 横を歩くこなたをチラリと横目で見る。
 まだ下を向いたままか、と言ってもさっきの会話から1分も経っていないけれど。

 ふぅ、と軽く息を吐き後ろを見ると、隣のつかさと話をしながら歩いているみゆきと目が合った。
 みゆきはわたしに向かってニッコリと笑い、わたしはちょっと後ろめたくなって苦笑いを浮かべる。
 つかさがわたしの方を見て、ちょっとすねるような表情をする。

 ううっ…ごめんね、別に二人を無視してた訳じゃないんだけど…でもつかさだってみゆきと仲良く話してたじゃない。

 …ま、まあそれもこれもこなたが下を向いてるから悪いのよね。まったく今どんな顔してるのよ。
 そう思い少し屈む。

 やっぱりこなたのことが気になってしまう。
 こりゃ、好きな人ができるなんて当分先ね。季節の春が来る以前に、わたしの春もかなり先だろう。

 そんなことを思いながら、隣を歩くこなたの表情を下から窺おう――と思ったらいきなりこなたが走りだした。
 混乱するわたしを追い抜き、ホームへの分かれ道に向かう上り階段の前に立つ。そこでくるりとこちらを向き――
いきなり走ったせいか顔が真っ赤だ――大声で叫んだ。

「あのさ!!」
 うわっ、びっくりした。
 よく通るこなたの声に回りの人たちが一斉にこなたに注目する。
 そしてその注目はこなたの視線の先にある人物――つまりわたしに集中する。
 何をするつもりなんだこいつは…。

「かがみはさ!!コミケと同じだよね!!」
 こ、こら公衆の面前でいきなり何を言い出すかと思えば…って?コミケ???
 何を言ってるんですか?こなたさ――

「夏と冬ばかりで…」
 そこでこなたはその次のセリフに備えるように思いっきり息を吸う。
 だがその次のセリフをわたしは断固として言わせなかった。

「春が……来ないってかぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 かつてないわたしの怒号が通路を揺らし、こなたは吐こうとしたであろうセリフとともに息を呑んだ。

「ちょっ、かがみ?!あれ?いや?違っ――てえええええ???!!」
 そして何かに気づいたように脱兎の如く階段を上っていく。
 さすがに逃げ足は速い。そしてその選択は正解だ。

「ごめんね、みゆき、つかさ。悪いけど先に帰っててくれない?」
わたしは勢いよく後ろを振り向いてみゆきたちに声をかける。

「は、はい…」「う、うん…」
 瞬時に二人は異口同音の返答をする。
 いいのよ、そんなに怯えなくても。わたしは別に怒ってるわけじゃないから。
 ウン、ゼンゼンオコッテナイヨ?

 でもつかさ、わたしが家に帰れないような事件を起こしたとしても許してね。
 そしてみゆき…いつまでも友達でいてね。

 ワタシガオコッテイルノハ…

「こなたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!待ちなさぁぁぁぁぁぁい!!!!!」
 わたしも全力疾走で階段を駆け上がる。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
 階段を上り終わると、悲鳴とともに3・4番ホームの階段に消える青い髪が見えた。

「逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 テスト頑張ったご褒美あげようかな、と思ったがやっぱりやめた。これから取りあえず『受験』までは
かなり厳しく行くことにしよう。
 うん、バイトがない時は放課後つきっきりで勉強漬けにしてやる。どうせだから週末は泊り込みで
みっちり詰め込んでやる。

 …これはこなたのことを思ってのことだから。
 そうよ、こなたのためなんだから!!




☆おまけ

「ゆ、ゆきちゃん。私、あんなに怒ったお姉ちゃん見たの初めてだよ…」
 驚いた様子で隣に立つ友人に話しかける少女。

「……」
 しかしいつもなら優しく返ってくるはずの答えはなかった。

「ゆきちゃん?」
 少しだけ不安になったのかもう一度問いかける。
 その問いが聞こえなかったように長身の少女はポツリと呟いた。

「…逆、ですよね」
「え?」

「さっきのセリフの続きはきっと『春』ではないんですよね…―――さん」
 先ほどまで『誰か』がいたところ――階段の方を遠い目でみながら寂しそうに笑う。

「ゆきちゃん…」
 その笑みに少女の胸が引き絞られる。
 いつもの彼女の笑みが胸の中の『何か』を柔らかく暖めるのとは違い、彼女が時たま見せるその表情は
少女の『それ』をたまらなく寂しくさせる。
 その『何か』にひびが入って壊れてしまうのではと恐ろしくなり、少女は制服の胸の部分を強く握った。

 ――痛い。

 でも少女には隣でうつむく彼女の方がもっと痛々しい表情をしているように思えた。
 まるで胸の中に『何か』の欠片がささっているかのように――

 気がつくと彼女も胸に手をあてていた。

 少女は懸命に何かを考え、頭から煙が出るくらい考えぬいた末に――――


☆おまけのおまけ

 ピー、ピー、ピー

 何かに呼ばれた気がして彼女は我に返った。

(またやってしまいましたか…)
 自制しようと心に決めたはずなのに、今日は――いや今日も抑えられなかった。
 一人の時ならまだしも、四人でいる時に。

(…いけませんね)
 そうだ、今は一人ではないのだ。
 この間も隣の友人には心配をかけてしまった。
 慌てて顔を上げて左右を見るが友人の姿は見えない。

 情けない自分に呆れ果て、姉を追っていってしまったのだろうか…?
 彼女の瞳が再び蔭る。

 その時またかすかに彼女を呼ぶ何かの声が聞こえた。

 ピー、ピー、ピー

 これは呼び声というより――鳴き声?
 ――いや、そうではないこれは口笛だ。

 鹿笛とはかけ離れたさえずりは後ろから聞こえる。

 気付かぬうちに頬を伝っていた一筋の滴を慌てて拭き、後ろを振り向く。
 そこにはやはり彼女の友人の少女がいた。
 少女は目を閉じ、彼女が振り向いたことに気づかないくらい一生懸命に口ばしをすぼめている。
 それはどこか、タマゴから孵ったばかりの雛が親鳥を探すような必死さがあった。

 その小さなさえずりに心を柔らかくつつまれ、彼女の笑みは自然と優しいものとなる。

「つかささん」
 自分の名を呼ぶ声に少女は顔を上げ、一瞬驚いたような顔をした。
 しかしすぐに自分に向けられた微笑を見て安心したようにはにかんだ笑みを浮かべる。
 弧を描く目からは安堵の気持ちが溢れ出たかのように涙がにじみ、頬に一筋、二筋と線を画く。

「ゆ…、き…ちゃっ…」

 その溢れ出す感情をおさえきれないのか、少女は彼女の名を呼ぶがそれは言葉にならない。

 彼女はそんな少女にゆっくりと歩み寄り、こわれものを扱うようにやさしく抱きしめた。

 それはまるで親鳥が子どもを翼で包むようで――。

「私はここにいますよ」

 そう声をかけ雛鳥のアメジスト色の髪をなでると、黄色いリボンがゆっくり揺れた。


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