届けられない言葉

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言葉は、時に残酷だ。

人を幸せにする力もあれば、何気ない一言で、絶望の底に叩きつけられる事もある。
何の心の準備もないまま言い放たれれば、大小に関わらず、心が傷つけられる事も少なくない。

唯一、人が使う事の出来る言葉というものを、私達はコミュニケーションの手段としているわけだけど。
常用的に使用する手段だから、よっぽど注意していないと、ぽろっと対話している相手が不快に感じる事をこぼしてしまう事もある。

私が抱いている気持ちも、直接的ではないにしろ、言葉にする事で傷つく人がきっといる。そう思って、今までずっと隠してきたのに。
なのに、日に日に大きくなって、抑えきれなくなりそうなこの気持ちは、いつになったら治まってくれるんだろう。
いや…抑え切れるようなものじゃない事位、もうわかっているのかもしれない。
でも、伝える事で壊れてしまう日常が怖くて、辛くて。
どっちかを選ぶなんて出来ない臆病な私の心は、悲鳴をあげはじめていた。


そんな矢先の出来事。
私の想い人の放った言葉は、私の胸に深く突き刺さった。









『届けられない言葉』








夏の暑さと言うのはとどまる事を知らず、雲ひとつない空から、太陽は休む事なく、元気に私達を照らし続ける。
外で、緑の生い茂る木々に留まって、太陽と同じように元気に鳴いている蝉は、暑さを助長しているように感じるのは何でだろう。
冷たい飲み物も、飲んだそばから汗になって放出されてしまって、気休め程度にしかならない。
そんな、眩暈さえしそうな長いようで短い夏休みが先月の事。

3年目、高校生活最後の夏を迎えた私達は、決して今までのように遊んでばかりはいられなかった。
夏休みは宿題もあったし、受験勉強だって手を抜けない。
そんな中、こなたやみゆきと一緒にいる機会は増えたような気がする。
大抵は勉強会をしていたんだけどね。

その機会が増えたのは、こなたが動いていたからだって事を、私は知ってる。
あいつは、夏休み前に自分が言っていた事をすぐ行動に移していた。
勉強会をしようと言い出すのは、だいたいはこなたから。
そういう機会だからって、私達の家とは少し離れた場所にある家から、みゆきもわざわざ出向いてくれた。
勉強会はそれぞれの家を行き来していたんだけど。それでも、勉強会は週に2回程度。

こなたは、事もあろうか、ほぼ毎日のようにうちに押しかけてきた。
その時の言い訳は、決まって「さびしんぼのかがみうさぎが寂しがってると思ってネ~」だった。
つかさは、こなたが遊びに来るのが余程嬉しいのか、ほいほい家の中に招き入れてしまう。
一応、受験生の自覚が少しは出てきたのか、勉強道具は持参してるんだけど…。
この2人が揃ってしまったら、勉強なんて出来るわけがない。今までの経験上、間違いないと、私の直感がそう告げる。
まぁ、わざわざ暑い中をうちまで来たのに、門前払いというのもさすがに可愛そうだから、私も何も言わなかったけど。
でも、せめてアポ位とれよな…。私達が家にいなかったらどうするつもりなんだ。
そうして家に入れてやると、最初こそ問題集とノートを広げてうんうん唸っているものの、
すぐに集中力が切れて、つかさ共々遊びだしてしまう。
「冷房がきいてる部屋だと、外の暑さとの差を嫌でも感じちゃうから、堪能しておきたいのだよ」
そんな言葉につかさも賛同していたけど、こいつらの場合は暑かろうが涼しかろうが関係ないのは知ってる。
結局そうなるのは目に見えていたけど、やれやれだわ…。
勉強会をしようって、いつも言いだしっぺがそんな姿勢じゃなぁ。

けど、珍しくこなたは宿題を自力で解こうとしているのには驚かされた。
思った事を言ってみたら、
「私だって、やる時はちゃんとやるんだよっ」って、口を尖らせて、頬を膨らませてむすーっとした顔がやたら可愛かったのを覚えてる。
ただ、日を重ねるにつれて、そのやる気とやらはどこかへ行ってしまったみたいで、最終的には、私がやった宿題を写している始末。
せっかくやる気を出したと思ったら、結局そうなのよね、予想はしてたけど。
それでも悪びれた様子も見せずに、うちに通い続けるこなたを、本当は私も歓迎していた。凄く嬉しい事だった。
口では「本当に毎日来るなよ!」と言ってたけど。
有言実行である事もそうだし、相変わらず広がり続けるこなたへの想いも相まって。
今まで以上に忙しかったけど、充実した夏休みを過ごせたと思ってる。
それはきっと、4人の時間が何ら変わりなく、そこにあったから。
勉強していようが、遊んでいようが、内容は関係なくて。
皆の気持ちが一緒だから、不安なんてどこにもない。それを、ひしひしと感じる事の出来た夏だった。




その長いような短いような、時間の感覚が曖昧になりそうな休みも既に終わり、季節的には秋。
今日もからっと晴れていて、まだ残暑が厳しいけど。
緑で生い茂っていた木々も、段々と草葉を枯らせていき、やがては脱ぎ捨てた衣を木枯らしとして舞わせる時期がやってくる。
あの充実した日々が、とうの昔のように感じられる、9月の半ば。

「あ~あ…休みが終わっちゃったよ…」
いつも通り、お昼のチョココロネを食べ終わった後に、机にべたーっと張り付きながらこなたはそうぼやいた。
片付いたお弁当箱をランチクロスに包みながら、つかさがうんうんと大袈裟な位に頷く。
「そうだよね~、夏休みの間は長いな~って思うんだけど、終わっちゃうと恋しくなっちゃうよね」
「だよねー。何もかも、皆懐かしい…」
「あんたは、またそのネタか」
いつも通りに突っ込みを入れながらも、私も実際は同じ気持ちだった。
目を閉じれば、忙しくも充実した夏休みがまだ鮮明に思い出せる。
時が経つにつれて、その記憶は多分薄れてしまうだろうけど、この夏の事はきっと忘れないと思う。
しっかり記憶に刻まれる位、思い出を残したつもりだから、後悔の念はない。

でも、どうしてなんだろう。
半開きの教室の窓から吹き込む緩やかな風が私の髪を揺らす。
風に乗って、ほんのり甘く香るのは…金木犀かしら。
金木犀の匂いがすると、秋もそろそろ本番って感じがする。

この後は、きっと駆け足で紅葉が校庭の周りにも映えて、更に駆け足で葉は枯れて、冬が来る。
そう思うと、少しだけ。
本当に少しだけだけど、寂しい気持ちになる。
私達の、高校最後の夏は、もう終わってしまったんだって。
私も、つかさにみゆき。そしてこなたも。
口には出さないけど、きっと思ってる事は一緒なんだと思う。
きっとまた、4人で過ごす夏はすぐ訪れる。
けど、同じ時は二度と来ない。だからこそ、今が大切なんだって、私は思ってる。
この何の代わり映えのしない日常が、本当はとても幸せな事なんだって、知ってるつもり。
だからこそ、季節が移ろう匂いがすると寂しいって、そう感じるのかもしれない。

それでも、私は前に進むって決めたから。未来を切り開くのは、他でもない、自分自身。
この日常が続くかは、要するに私次第なんだ。
後ろを向いて、過去に囚われていたら、私の中の日常はそこで終わってしまう事に気付けたから。
季節は、時間は、きっと駆け足で過ぎていくと思うけど、私もそれにしっかりついていかなきゃ。
私達の日常を、これからも続けるためにも。
そんな事を考えていた。
その思考を止めて、そっと目を開けると、広がるいつもの風景。
私の親友3人をゆっくり見渡すと、少しの寂しさはもう払拭出来たような、清々しい顔をしていて。
3者3様の笑顔を私に向けてくれる。これが絆なのかなって思った。
心で通じ合えてるんだ。
口にしちゃうと、すごく陳腐なものに聞こえちゃうかもしれないけど。
柄にもなく、私はそう思わずにはいられなかったから。

だから、私も3人の笑顔に向けて微笑んだ。



「しかし、折角の夏休みだったし、大きなイベントに参加したかったな~」
こなたは、椅子の背もたれによっかかりながら、口を尖らせた。
「そうですね、今年は皆さんのお宅にお邪魔した位で、私もどこにも出かけませんでした」
さすがのみゆきも、今年は勉強に専念していたし、当然よね。
(ていうか、みゆきの家なら別荘とか持ってそうだから、避暑地って感じで、そういう所で勉強したりしないのかしら…?)
でも、みゆきが別荘を持っているかなんて聞いた事もないから、予想の範囲を脱しないんだけど。
「私も、今年は出来るだけ勉強に専念しようと思って。いつも予定通りに動けないから」
えへへと頬を掻きながら困ったような笑顔を浮かべる我が妹。
だけど、結局予定通りには動けなかったのよね。
「予定なんて、立てるだけ無駄なのさっ。だから私は最初から立てないヨ!」
「えばるな!ていうか、つかさが予定通りに動けなかったのは主にあんたのせいだろうが!」
うん、こいつが毎日のようにうちに押しかけてくるから、つかさもそっちに気が引かれるんだ。
つかさの意志が弱いと言ったらそれまでだけど。
「何だかんだ言って、かがみだって私が来るのが嬉しかったくせに~」
「そ、そんなわけないでしょ!誰があんたなんか…」
思ってる事とは違う言葉が出てしまうのが私の性分だから、つい否定の言葉を口にしてしまう。
こなたの、私をからかうようなにまにま顔が、全てお見通しだ!と言わんばかりに見えて、見栄を張ってるのかもしれない。
これだから、こなたにツンデレとか言われるのかな。
「でも、お姉ちゃんも追い返したりしないよね。それに、こなちゃんが来るかもしれないからって、お部屋片付けたり宿題を―――」
「つかさ!何余計な事喋ってるんだ!?」
慌てて側にいたつかさの口を手で塞いだ。
どうしてこう、つかさは口が軽いのよ…。そりゃ、誰にも言うな、とは言ってなかったけど。


でも、塞いだ時には既に遅かった。
「ほっほう。かがみ、やっぱり嬉しいんじゃん?宿題も絶対見せないとか言いながら…いやぁ~、私も愛されてるね~」
「う…うるさいっ」

顔がすごく熱い。
それに、心臓の音が少しうるさい。
恥ずかしいっていうのもあるけど、取り方によっては、こなたに気があるような行動だから、ばれてないよね?って言う気持ちもある。
実際、気はあるわけだけど。
でも、今まで隠し通して来たんだ。今ここでばれて、この日常が壊れるのだけは避けたい。
それなのに、憎まれ口を叩くものの、否定しきれてない否定しか出来ない。
今更気付いたけど、私ってすごくわかり易いかも。
「かがみってば、顔赤くしちゃって。相変わらずのツンデレっぷりだネ」
…でも、当の本人がこれだけ鈍感だと、さすがに少し寂しいわね。
いや、こんなのは普通じゃないんだから、考えないのが普通だけど。
ていうか、いつもいつも気にしてるのが私だけなんて。

(なんか納得行かないっていうか…)

不公平だなと思った。
これだけ想ったところで、私の気持ちはこなたには届かないし、こなたにとって私といる事は、私の思っているそれとは違うだろうし。
親指をぐっと立てて、いい笑顔でぐっじょぶ!とか言ってくるけど、それが逆に悲しくなったのは何でだろう。
素直に喜べないのは、多分私が望んでいるのが非日常だから。
この気持ちに気付いてからはいつだって、この気持ちを隠し通す事への不安と、本当に少しの期待に揉まれながら過ごしてきた。
言葉にする事も出来ない気持ち。けど、治まるどころか、広がり続ける気持ち。
期待しても報われない望みだったら、捨ててしまいたかった。


いっそ、吐き出してしまえたら楽だった。
でも、出来なかった。しちゃいけない。


同性同士、気持ちのいいものじゃ決してないんだと思う。
こなたなら、そういう人がいても理解はしてくれそうだけど、その矛先が自分に向いてると知ったらどう思うだろう。


怖いけど、聞いてみたい。何よりも知りたくないけど、何よりも知りたい。すごく矛盾した気持ち。


最近、本当にそんな事ばかり考えるようになっていた。
受験だ何だと言っていたのに、私の方が気になって集中出来てないんだから、せわないわ。
同性ってだけで、こんなに悩む事になるなんて、考えてもみなかった。
本当なら、普通の友達同士、いつまでも仲良くやっていけるはずだったのに。


どこかで歯車が狂った。


けど、そんな言葉で片付けたくない、今は大切な気持ち。
自分が女だと言う事を恨んだ事はない。こなたが女だと言う事を恨んだ事もない。
今の私達だからこそ、この関係でいられるんだから。

どっちかが欠けるだけでもダメ。
だから、私がこれ以上を望んだらいけないのも必然で。
二つの欲望に挟まれて、そんな堂々巡りを繰り返してる。
何も出来ずに悲鳴を上げるしかないのが、今の私。

(苦しいわよ…こなた…)

空は雲ひとつない、からっと晴れた青空。風も段々と澄んで来ていて、心も体もクリアにしてくれそうな気さえする。
けれど、私の心が穏やかになる事は、ここ最近はずっとない。
誰に聞こえるでもなく、私は本当に小さく、本日何度目かの溜め息をついた。


「でも、あんたの場合はコミケとか行ったじゃないのよ。十分大きいイベントじゃない」
「コ…コミケ…」
コミケという単語を聞いた瞬間にびくっと、怯える小動物のようにつかさは肩を震わせた。
つかさにとって、あの時の事がよっぽどトラウマになっているらしい。
その要因を作った本人は相変わらず、例の同人即売会には足を運んでいる。
この小さな体のどこにそんなパワーがあるのか疑いたくなるほど、気力に満ち溢れる特大イベントなわけだ。
「まあね~。年に2回の祭典だよ?そんなイベントを私がみすみす逃すと思うのかね、かがみん」
「あ~…はいはい、わけないわね」
その時の事を思い出しているのか、自身のアホ毛を揺らしながら、興奮冷めやらぬ様子のこなたとは対照的に、ちょっとげんなり気味な私。
なぜかと言えば、懲りずに今回も、こなたの誘いに付いていった事が原因だったりする。

だって、「かがみだけしかいないんだよ~!」なんて、瞳を潤ませて、少し泣きそうな顔して懇願されたら、断れないじゃない。
惚れた弱みって言うのかしら…我ながら情けないとも思うけど。

そもそも、早朝とはいえ、ただでさえ暑い時期に、あんな行列の中でよく並ぶ気になれるものだと感心してしまう。
普段なら、暑い、やる気出ないとへたばってる癖に、そういう事に関しては、まるで別人のようになっちゃうんだから。
結局、私にとっては何も変わった事なんてなかったし、疲れて帰って来ただけなわけで。
それでも、私もこの手のイベントには慣れたもので、こなたに指示されたルートを回りきれるようになったし、
雰囲気を楽しめるようになってきた上に、持ち帰ってきた疲れさえ、少し心地よく思えるような気さえするようになってしまった。
本当に、こなた色に染められてる気がしてならないわね。

「かがみも何だかんだ言って付き合いいいよね~。散々文句言いながらも付いてきてくれるんだから。
もしかして、かがみとのフラグが立った!?」
「た、立つわけないだろ!」

嘘。もうとっくのとうに立ってた。
こなたが言ってる事は寸分違いなく当たってる。
でも、人をからかうようなニマニマ顔でそんな風に言われたら、こなたは冗談で言ってるんだろうなって、すぐ分かる。
分かるけれど。そんな風に目を輝かせて嬉しそうにされたら、気になっちゃう。
気付いて欲しい。でも、気付いて欲しくない。
心地よい胸の高鳴りと、知らせる事の出来ない苦しみとで、何とも言えない気持ち。
…何だか、今日の私はいつもより感傷的みたい。

「まあさ、かがみには本当に感謝してるわけだよ。私の用事なのに、毎回付き添ってくれるから、行き帰りも、待ち時間も楽しくてね~。
お父さんが行ける時はいいんだけど、行けない時はずっと私一人で行ってたし。だから、深い内容がわからないまでも、
一緒に行ってくれる人がいるって言うのは、嬉しい事だヨ」
こなたは、嬉しそうにそう言った。
よく、そういう気持ちを素直に言えるなと感心する。

私とは正反対なその素直さが羨ましい。

「べ、別に…たまたまその時期が暇なだけよ。暇つぶし位にはなるかなと思って、付いて行ってあげてるだけなのよ」
結局、照れ隠しに思ってる事とは逆の事を言ってしまう。
たまには、素直に自分の気持ちを言えたらいいのに。

「いやいや、いくら暇つぶしだからって、帰宅後に神社の手伝いがあるあの年末の時期に、
わざわざ疲れの溜まるイベントに行く物好きはいないって」
ぅ…痛いところを…。
そう、私のところは神社だから、大晦日から元旦にかけては当然家の手伝いがある。
コミケも大体御用納めから大晦日にかけて開催される。タイミングがどんぴしゃりだ。
それが去年の話だけれど、結局私も付いて行ったのよね。つかさも初参戦で、それがトラウマになってしまったんだ。
確かに、あの後の家の手伝いはかなりしんどかったわ。
仕事後にすぐベッドに倒れて、そのままぐっすり、夕方まで眠っちゃったわよ。

「まあ、私は行くけどネ!」
「あぁ、あんたなら間違いなく行くだろうな…」
あの時の事を思い出すと、どっと疲れが出るような気がして、力ない返答しか出来なかった。
さっきは心地よい~なんて言ったけど、疲れるものは疲れる。
疲れた体に鞭打って仕事してるんだから、なかなかの拷問だ。
その度、もう次はないぞと思うけれど。
結局、こなたの頼みを断りきれない自分の姿が容易に想像出来てしまうのがちょっとだけ癪だった。
まあ、その想像は現実のものとなったわけだから、私の意志も弱いと言うか、何と言うか。
「ま、次もよろしく頼むよ、かがみん~」
「ちょっと待て、私が行くのはもう決定なのか?」
「え、だって私達戦友じゃん?」
「誰が戦友か!断固拒否よ、拒否!」
「ふふん、そんな事言って、結局付いて来てくれるもんね、かがみは」
机にべたーっと張り付いていたこなたは、目の前に立っている私を見上げながら、嬉しさ満点の笑顔を浮かべてる。
心を見透かされてるようで、直視出来ずに思わず視線を逸らせてしまった。
顔は相変わらず熱い。心の火も燃え広がってる。きっと、顔は赤い。

逸らした先でふと気付いた。
つかさとみゆきが、何だか幸せそうな顔で私達の事を見ている。
「二人共どうしたのよ。そんなにニコニコして…そんなに私達のやりとりがおかしかった?」
「え、えっと…面白かったのは確かなんだけどね。それだけじゃなくて、何かいいなぁ~って」
羨ましそうな顔で、そんな風に言われた。
つかさが羨ましがる事なんて、今のやりとりであったかしら?
「ええ、いいですよね。御二人の受け答えを見ていると、何だか気持ちが和むんです」
つかささんもそうですよね?と、やんわり笑顔を保ったままみゆきは問いかけた。
「うん。お姉ちゃんもこなちゃんも、すごく仲よくて羨ましくてね。見てるだけで、何だかふんわりした気持ちになれるんだぁ」
つかさが何を言いたいのかは何となくわかったけど、イマイチぴんと来なかった。
私とこなたが仲が…まあ、悪いとは思わないけど、それを見てるとふんわりした気持ち…?
嬉しそうに笑うつかさの顔を見ると、あんたの方がよっぽどふんわりしてるわよ、と突っ込みを入れたくなった。みゆきも然り。
「ただこなたがしょうもない事言ってるから、私が諭してるだけじゃないのよ」
「ふふ、そうですか」
それでも、みゆきは意味深な微笑みを浮かべるだけだった。
つかさもニコニコしながらこっちを見てくるもんだから、また恥ずかしくなってきて。
また、こなたの方へ視線を戻さざるを得なくなって、そちらへ瞳を移すと。
小首を傾げてちょっと考えている風な顔が視界に入った。

頭の上にクエスチョンマークがいくつも浮かんでいそうだ。
「私達はいつも通りのつもりなんだけどねぇ。ねぇ、かがみ?」
どうやら、こなたも私と同じ事を考えていたらしい。
私はそれに同調するように、手を広げて肩をすくめるジェスチャーをして見せた。
「何て言うのかな…姉妹みたいっていうかね」
「いや、面倒のかかる妹はあんただけで十分よ」
「ちょ、ひどっ!」
フォローするように言葉を紡いだつかさに、すかさず突っ込みを入れてしまった。
そんな私の突っ込みに、こなたも反射的に不満の声を漏らした。
あまりに勢いよく椅子から立ち上がったために、「ふぉ!?」と情けない声を出しながら、バランスを崩しそうになって、机をがたんと揺らす。
そのやりとりを見て、やはりみゆきはくすくすと笑っていた。
「そのようなやりとりが自然に出来るのが羨ましいんですよ」
そうは言われても、私はつかさともみゆきとも同じように接してきたつもりだ。
最近は…と聞かれると、少し自信はないけど。
こなたが私をからかうような事ばかり言ってくるから、思わず突っ込んでしまうだけ、それだけなのよ。
「う~ん、みゆきさんやつかさにも同じようにしてるつもりだよ?」
私の思いを代弁するかのように、こなたがみゆきに問いかける。
みゆきはそれに対して深く頷いて、それから私達に柔和な笑みを余す事なく浮かべる。
見ているだけで、同性でありながらも心奪われそうになるその笑顔は、本当に聖人君子だなぁと思わせる。
「えぇ、存じています。でも、こなたさんとかがみさん、御二人の間には、言葉には出来ない力が働いているんだと、私はそう思いますよ」
「力…?う~ん、よくわかんないよ」
先程クエスチョンマークをいくつも頭の上に浮かべていたこなたが、更にクエスチョンマークの数を増やしたようだ。
その疑問も当然だと思う。私も全く意味がわからない。
それなのに、何故かつかさだけがみゆきの言っている事がわかっているかのように、うんうんと頷いている。
いつもと違う光景に、すごく違和感を感じてしまう。
「そうしようと思って発している力ではないので、御自身で理解するのは難しいかもしれませんね。
ですが、第三者である私から見れば、そういう風に感じるんです。御二人の楽しそうな姿を見るのが、日課のようになっていますから」
私とこなたに目配せした後、またにっこりとみゆきは微笑んだ。
それに対して、珍しくこなたは少し頬を桜色に染めながら、頬をぽりぽりとかいた。
「何か面と向かってそう言われると照れちゃうよネ。そんな風に考えた事もなかったよ」
全く同感だった。
過去に言われた事もないような事を急に言われれば気恥ずかしくもなる。
ましてや、みゆきやつかさの言う事だ。お世辞や冗談でそういう風にはきっと言わない。
本当にそんな風に見られてるんだって思ったら、余計に恥ずかしくなった。
「うーん…めおと?」
「…はぁ?」
つかさのわけのわからない発言は、熱くなった顔に水をかけられたみたいで、少し面食らってしまった。
ていうか、何でいきなり何の脈絡もなく夫婦なのよ。
「ほら、お姉ちゃんとこなちゃん、夫婦漫才みたいだな~って」
「したくてしてるんじゃないっての。ていうか、そんな風に見てたのか?」
苦笑しながら、つかさのおでこを小突いてやった。
小さく「あぅ…」と声を上げて、つかさは自身のおでこをさすった。
そんな可愛らしい反応に、私もみゆきもこなたも。皆、自然に笑顔になった。
いつもとは少し違う雰囲気だったけど、流れているのはいつもの時間だ。
みゆきやつかさが言う力っていうのが、イマイチ何なのかはわからないままだけど。
むしろ私は、この時間こそが、みゆきの言う力ってやつが働いてるものだと思ってるから。
私の好きな、温かい時間は、今日もこうしてゆっくり流れてる。


…はずだった。


「あ、じゃあ恋人とか?」
「…え?」

まだ、つかさの意味不明なパラレルワールドは続いていたらしい。
いや、私にとっての問題はそこじゃない。今、何て言った?
もしかして…
「いつも一緒にいて楽しそうだから、そういう言葉が似合うんじゃないかな~って。違うかな?」
正直ほっとした。一瞬、ばれた?と疑ってしまった。それ位に、私を動揺させるには十分な単語だったらしい。
でも、言いたい事は大体わかったけど、それはいくら何でも飛躍しすぎだろ。
そもそも、何でそんな風に思って、それを口に出したんだ。
"恋人"。
それはきっと、今私が一番望んでいて、でも望んじゃいけない禁断の果実のようなもの。
けど、わかっていても、手を出したくなるのが人の真理と言うものなのかもしれない。
手を出したくなる衝動をずっと堪えてきた自分が言うのだから、きっとそうだ。
そこに、何の前触れもなく舞い込んで来たその一言は、私の心の炎に更に油を注ぐには十分だった。
「ち、違うも何もっ!何で私とこなたが…こ、恋人なのよ!女同士じゃない!」
語気を荒げてしまった気がする。その証拠に、つかさが一瞬びくっとなって、目を瞑った。
つかさは何気なく言っただけだし、私がそんなにムキになる事でもないはずだと、5秒程経ってから思い至った。
それについて謝ろうと思ったところで、違和感に気付いた。
いつものボケが未だに来ない。
気になって、横目でこなたの事を覗き見てみると。
何故か、目をぱちくりさせて、微動だにしない姿がそこにはあった。
昼食後のゆるやかな時間の流れを、B組の教室にいる数名で醸し出しているわけだけど。
まるで、そこだけ時間が切り取られたかのように、動きを感じさせない。
「こなた?」
私の声に肩をびくっとさせ、「うぇ!?」と、変な声を上げる。
「あんた、どうしたのよ」
「え?あー…つかさがあまりにも突拍子もない事言い出すから、びっくりしちゃってねぇ」
手をひらひらとさせながら、あはは~と、軽く笑った。
「つかさは時を止められたんだね~。しかし…おれが時を止めた…9秒の時点でな…そして脱出できた…やれやれだぜ…」
「またあんたは、他の人を置いてけぼりにしてわけのわからん事を…」
私はまだわからなくもないけど、つかさとみゆきなんてきょとんとしちゃってるじゃないのよ。
一体、どこからそんなにぽんぽんとネタが出てくるのか知りたい。
「てめーの敗因はたったひとつだぜ…つかさ…たったひとつの単純な答えだ…てめーはおれを怒らせた」
「えぇ!?私、こなちゃんを怒らせちゃったの…?」
「こなた、もうあんたは黙れ!」
何かの漫画ネタを真に受けて、つかさはちょっと泣きそうだ。
こなたはそれが言いたいがためにつらつらと喋ってただけだっていうのに。
ていうか、人の妹脅してるんじゃないわよ…。
「やっぱいいね~、第3部は!」
「わからんっての…もう満足したか?」
うん!と本当に満足そうな声が、秋の風に乗って、B組の教室内に渡った。
この無邪気さが、どうも憎めない。
「よかったぁ、私が言った事を怒ってるのかと思ったよ~」
「いやいや、そんな事位じゃ私は怒らないって」
いつもの、飄々とした姿。
そもそも、こいつが本当に怒った姿なんて見たことがない。
…まあ、こっちが意識してなくても、実は…なんて事も、あるのかもしれないけど。

言葉の魔力は魅力的であり、怖いものなんだ。
「大体、私とかがみが恋人なんてあるわけないじゃん~。私、ノンケだし」
何かが聞こえた気がした。
…違う、言葉の意味がまだ理解出来ていないだけ。
今、こなたは何て言ったんだろう?
ノンケ。要するに、そういう気はないって事…よね。
それは別におかしなことじゃない。むしろ普通よ。
でも、そこじゃない。
『私とかがみが恋人なんてあるわけない』と、確かそう言った。
そっか。私とじゃ"あるわけない"んだ…。
そう理解した途端に、私の胸は痛みを伴って、燃え広がっていた火が急速に治まる。
切られた瞬間は何も感じないけど、気付いた途端に痛みがじわじわと広がる。そんな感じ。
苦しい。今までの心地よい感じは全くなくて、痛みだけが私の心を支配する。
きっと、こなたは何の気もなしに言った言葉だ。普段みたいに冗談めかして言っただけ。
それが、私の心をこんなにも抉るなんて、想像もしてないはずだ。
だって、私がこなたに想いを寄せてるなんて、普通だったら考えない。
心は、亀裂が入って、今にも崩れてしまいそうだった。
でも、そういうわけにはいかなかった。これはまだ、私の中だけの問題。
ここでばれるような事があれば、尚更私の心は傷を負ってしまう。
この状況でここまで考えられた私は冷静なんだろうか。
違う。頭はこなたが発した言葉でいっぱいになっていて、自分を守る事で精一杯になってるだけ。
言葉は、相手に想いを伝えられる、素敵なものだ。
だからこそ、怖い部分も存在する。今の私がそうであるように。
今まで、認めたくないと思って考えないようにしていた事を目の前に突きつけられて。
その言葉を認めるには、私の気持ちは大きくなりすぎていた。

行き場のない悲しみとか、自分への苛立ちが、色々と混ざって、よくわからない。
真っ白な画用紙に様々な絵の具の色が落ちて、白を塗りつぶしていく感じ。

「おーい、かがみ?かがみんや~い」
目の前でその小さな手を上下に振られて、かろうじて残っていた理性が、私の反応を促した。

「…何でもない」
そんな、ぶっきらぼうな言葉が聞こえてきた。
自分で言ってて聞こえて来たっていうのも変だけど。
今の私は、頭と口が別のものとなってしまっていたんだと思う。
意志とは無関係に、言葉が紡がれる。感情が篭るわけもない…かな。
自分の言葉とは思えないくらいに、少し冷たい感じがした。
「…?かがみ、元気ないね。だいじょぶ?」
心配してそう聞いてくれるこなたの言葉を、私はどう取ったのか。
やっぱり、気付いてくれてないと落胆したのかもしれない。
あるいは、気付かれなかったと、ほっとしたのかもしれない。
何にしても、情けない事、この上なかった。
「…ごめん、ちょっと調子悪いみたいだわ。先、戻るわね」
「あ、うん…」
こなたの言葉に便乗する事で、私はその場から逃げ出した。
私の様子に、呆然として、頷く事しか出来なかったこなたを横目に。
その時に見えたつかさとみゆきの表情が、何かを言いたそうだった気がしたけど、
私はそれを気のせいだと思い込んで、足早にB組の教室から立ち去った。
緩やかな時間が流れていた教室も、何だか無機質な気がして。

少しでも、その場にいたくなかった。
私の好きな温かい時間が、今にも崩れてしまいそうで、それが見たくなかったからかもしれない。
自分の教室まではそんなに距離はないはずなのに、偉く遠くに感じた。








午後の授業の内容は全然頭に入ってこなかった。
黒板の文字を板書するわけでもなく、机に広げたノートをじっと見つめ続けて。
何も書かれていない、真っ白なページに、何故かあいつの青が見えた気がして、目をぎゅっと瞑った。

(何やってるんだろう、私…)

頭では、それがどれだけ特異な事かはわかっていた。
でも、そんな事ばかり繰り返していたのは、崩れかけた私の心が、あれが事実だと認めたくなかっただけなんだと思う。
ゆっくりと目を開けて、眼前に広がる文字一つ書いていないノートは、他の色が映るわけもなく、ただ真っ白なだけだった。
まるで私の心の色とは正反対なその白が、今は何だかすごく切なくて。
いてもたってもいられずに、ノートを閉じて、その上に突っ伏した。


その後の事もよく覚えていない。
いつの間にか授業が終わって、放課後になっていて。私を迎えに3人が教室までやってきて。
唯一覚えてるのは、私はまだ調子が悪いからって、3人には先に帰ってもらった事位かな。
3人ともすごく心配そうな顔してくれたけど、私の元気がない理由が理由なだけに、面と向かって話す事が出来なかった。
単なるわがままで振り回してしまっている事が情けなくて、腹が立って。
でも、自分の保守に走ってしまう自分の心の弱さに、どうしようもない苦しみを感じてる。


帰り道もどうやって帰ってきたのかは覚えてない。
いつの間にか家に着いていて、今は自分の部屋のベッドに身を投げ出している。
玄関の戸を開けた事とか、靴を脱いだ事とか、誰かがおかえりと言ってくれた事とか。
私の中では、それらの事象は二の次になっていた。意識していないから、よく覚えていないというわけか。
机の上に置いてある目覚まし時計を見やれば、もう19時を回っていた。

この気持ちを落ち着けようと思って、確かシャワーを浴びた気がする。
頭の上から降りそそぐ、無限とも思える温かい水滴の束が、私の髪を、体を、手を、足を伝って、排水溝へと流れていく。
少しは嫌な気持ちも一緒に流してくれたような気がした。
多分、学校にいた時よりは、幾分か落ち着いた。
それでも、私はお風呂から上がった後も、こうして何をするでもなく、時の流れに身を任せている。
部屋の電気もつけずに、暗がりの中で、自分の腕に顔を埋めていた。
一つだけついている窓から差し込む月の青白い光が、まだ乾ききっていない、湿った私の髪を薄く照らしている。
何で、こうなったんだろう。
まだ言葉にもしていないのに、その前に終わってしまった恋。

(言葉に…って)
失笑してしまった。
(言葉にする勇気もないのにね…)
そもそも、始まってもいなかった。私はただ怖くて逃げていただけなんだから。
結局、私は私の言葉をあいつに届ける事は出来なかったのかもしれない。
やっぱり、この気持ちは叶わないものだったんだと痛感するには十分すぎる出来事だった。
こなたの気持ちは私には向いてないんだから、もう諦めるべきなのよ。

それなのに。

(なんでよ…)

それでも、私の頭に浮かぶのは、あいつの無邪気に笑う姿。
私をからかってくる時のにまにま顔。
滅多に見せる事のない、天使のような柔和な笑顔。
それらがいつまでも私の頭に居座っていて、消える気配がない。
傷のついた私の心も、いつの間にかあの温かい火が灯っている。
まだ、私の気持ちを悟られてない今なら。
私が諦めれば、今まで通り、親友同士に戻れる。
だけど、私の心は、諦める事を拒絶しているようで。
また、今日みたいな思いをしたいんだろうか。
必死に抑えつけようとしても、それ以上の力で押し返されるような感覚。
「なんで出来ないのよ」
ぽつんと、誰もいない部屋に呟いた言葉は、暗がりの中に溶けて消える。
それがひどく寂しく感じて、自分がこの世に1人しかいないような気さえして。
「こなた…」
思わず、あいつの名前を呼んでいた。
名前を呼んだ途端に、何か熱いものが込み上げて来て、私の視界をぼやけさせた。
「……っ」
抑えようと思っても、堰を切ったかのように、滝の如く勢いで溢れ出したものは、止まらなかった。
抑えようにも、諦めようにも、もう私の気持ちは大きくなりすぎていた。
だから、今日みたいな事があっても、あいつの事ばかり考えちゃうし、苦しくなる。
自分で想像していた以上に、あいつの事が好きだったんだって、嫌でも実感してしまう。
そう思ったら、止める事なんて出来なかった。
あいつへの気持ちに嘘をつきたくなかった。
だから、感情のままに、心を委ねてしまおうと思った。
側にあった自分の枕に顔を押し付けて、声を押し殺して泣いた。
言葉は届けられない。
でも、気持ちが治まる事はなくて。
私の心を板ばさみにする常識と、異端な気持ちとどうやって向き合っていけばいいのかわからなくて。
ただ、私は感情の赴くままに、その夜、枕を涙で濡らした。


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  • つ〜づきよみてぇぇぇぇぇ‼‼‼ -- 名無しさん (2011-01-31 04:49:07)
  • すごい悲しいよお・・・><
    かがみとこなたは、両思いにナって欲しいなー・・・ -- HANA (2010-08-06 22:53:09)
  • このままじゃ切なすぎるよ… でもとても良い作品でした。
    続編を期待しています。 -- 名無しさん (2010-07-22 15:40:45)
  • 続きは書かれないのでしょうか?
    いつか、時間が出来たときにでも、是非お願いします。
    -- 名無しさん (2010-04-16 12:09:44)
  • 続きが気になります!
    いい作品ですね。 -- NAO (2009-09-12 00:09:15)


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