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7、後半戦


「んじゃ、まずはいろいろつっこみどころ満載な篭森からいくか」
「悪かったね」
 平坦な声で篭森は答えた。例にもれず、トレイに乗った料理が運ばれていく。
「篭森、メニュー紹介をどうぞ!」
「メインはマグロのほほ肉のステーキ。ほほ肉はあまり流通しないんだけど、今回は築地から取り寄せた。ほほ肉がおいしいのは牛だけじゃない。ソースは醤油と出汁を使って和風にしあげてみた」
「ソースじゃねえのか?」
「全体のバランスと……洋風のソースって意外とカロリー高いから。御飯は麦ごはん。それに湯葉と豆腐のサラダ。スープは鶏がらベースでナンプラーで風味をつけてみた。具は海老のすり身で作った団子と香菜。デザートはパンナコッタのベリー添え。魚介類と大豆のたんぱく質が中心だけど、マグロのほほ肉のステーキは動物の肉と同じように食べられるから、普段洋食な人でも満足できると思う。脂が気になるから、飲み物を合わせるならジャスミン茶がいいと思うよ」
「篭森がまともに見える!?」
「悪かったね。まともじゃなくて」
 淡々と篭森は答えた。そのポーカーフェイスが篭森の正体を不明瞭にしているのだと思うが、本人はたぶん気付いていない。
 料理の色合いに食器を合わせていたメープルとは違い、篭森はすべての食器を飾りが一切ない白で統一している。白い食器は何を盛ってもそれなりに見栄えが良い、と教えてくれるような盛り方だ。
「でも、一つだけいいか? お前、日系イギリス人だろう? なんでアジアご飯で勝負にくるんだよ?」
「イギリスで外食をするとき最も好まれるのは、インド料理と中華料理。これで分かるでしょ。まあ、探せば美味しい家庭料理なんていくらでもあるけど、美と健康って条件付きだと思いつかなかった」
 一般的にイギリス料理は、イギリスという国があったころから評判が悪い。
 イギリスでうまいものを食べたければ、朝食を三回食えといったのは誰だったか。他にもイギリスを代表するファーストフード・フィッシュ&チップスも、まずいものの代名詞として使われることがある。
 定評があるのはアフタヌーンティだが、それにしたところでスコーンが硬すぎたり、サンドイッチが塩からかったり、確実に美味しいとは限らない。もちろん美味しい店もたくさんあるが、確実にうまいアフタヌーンティを食べないなら、フランス人かイタリア人、あるいは日本人が作ったものを食べた方がいい。なぜ何百年経ってもイギリスやアメリカで料理の水準が上がらないのかは、世界の謎の一つだ。
「イングリッシュブレックファーストは世界的にも有名で、品数も多いし、美味しいけど、一品一品は簡単な料理が多い。今回は料理がテーマである以上、イギリス人に不可欠なアフタヌーンティを用意するわけにもいかない。だから、アジア料理にしたんだ。学園は海に囲まれてるから、海産物もいいものか多いしね」
「まともな回答だな。お前がそういうことを真面目に考えていたとは……いやいやいやいや悪口じゃないぜ! それだけ篭森珠月がミステリアスな存在って意味だ! いやぁ、憧れるね、クールビューティ!!」
「とってつけたような賛辞を言わなくても、別にそれくらいで怒らないよ」
「なら何で何か企んでるような薄笑いなんだよ!? 不安になるだろ、そういう顔!!」
「無表情だと怖いかと思って」
 何を考えているのか分からない表情のまま、篭森は小首をかしげた。可愛らしいしぐさのはずなのに、なぜか見ているほうは緊張する。
「お前、もうちょい感情豊かな人間になれよ!! まあいい。それはいい。じゃあ、まず食え。逆襄」
「なんで俺指定!?」
 音をたてて逆襄は審査員席から立ち上がった。そして、視線が集中しているのに気付いて咳ばらいをして座りなおす。
「そりゃあ、順番的に」
「にゃはは、俺たちはもうトップバッターやったからな」
 他人の不幸は蜜の味、とばかりに沁はにやにや笑う。
「頑張って」
 沙鳥は天使のような笑みを浮かべてエールを送った。明らかに面白がっている。
「いやいや、おかしいやろ。だいたいエイミーもまだ試食してな」「主催者が来賓より先に箸を付けるわけにはいきませんわ」
 ほほほと優雅にエイミーは笑った。まるで物語のように可憐だ。
「………………逆、その反応はないんじゃないかな? 私の料理は毒物じゃないよ。まあ――――なんならこれから毒を」「はーい、いっただきます」
 不穏な発言を遮って、逆襄は箸をとった。まずはマグロのほほ肉に箸をつける。意外にもそれは箸でちぎれた。
「ん」
「どうだ?」
「………………………………普通にうまい」
 おおと会場がわく。
 当然と言わんばかりに、篭森は腕組をして続きを待つ。
「魚に臭みがない。肉っぽい。やばい。うまいかも」
「どんな動物でもほほ肉は美味しい部分だからね」
 逆の反応を確かめて、他のメンバーもとり分けられた料理に箸をつける。
「あ、スープが美味しい。海老がぷりぷりだ。さっすが、珠月ちゃん」
「肉でも魚介類でもつなぎなしの団子は作れるんだよ。塩だけでよく捏ねればね」
 へえ、と沙鳥は団子を箸で弄ぶ。
「意外と湯葉のサラダって違和感ねえ」
「デザートも大変美味しうございますわ。パンナコッタの甘さとベリーの酸味が合っています」
「だた…………あまり、美と健康じゃねえな」
 軽快に沁は笑った。
「篭森、お前自分の作りたいもの作っただろう?」
「そんな…………当たり前じゃない」
「当たり前なのかよ!!」
 あいまいに篭森は笑う。少なくとも栄養より味と見た目を重視したことは間違いない。

篭森珠月採点結果
盛り付け 4点
味の良さ 4点
美と健康 3点
合計得点 11点

「んー。おしい! なんか全員が一長一短で混戦してるな。そろそろこう、全体的に高得点みたいなの出してくれよ! ってわけであと二人!」
 当然と言わんばかりにモハメドが前に出た。ヘイゼルも特につっこまない。
「んじゃ、モハメド・アリにいくか。本職の中華料理人! 負けたら大恥だぜ!」
「私は負けん」
 自身満々にモハメドは胸を張った。他の出場者は苦笑いで肩をすくめる。
「んじゃ、メニュー紹介どうぞ」
 料理が運ばれる。胸を張ったまま、モハメドは答えた。
「すべて薬膳だ。冷え性などに効く春菊とネギのサラダに、十数種類のスパイスを入れた鳥骨鶏のスープ。これは体が温まるし、コラーゲンもたっぷりで美容にいい。そして、豚肉と中国野菜の炒め物は、内臓まで使っていて栄養たっぷりだ。野菜の点心は、体によい緑黄色野菜が入っている。炊きおこわは、野菜と肉入りでスパイスもいろいろ混ぜてある。漢方に使うものと成分的には同じだな。デザートはクコの実入りの杏仁豆腐」
「量が多すぎるよ、馬鹿!!」
 審査員席に運ばれたものとは別に、まだ鍋には山盛りの料理が残っている。
「もういい。全部終わったら無料配布な。いいよな? じゃ、誰に食べてもらおうか」
「俺!」
「はい、沁な。熱い料理多いから、火傷すんなよ」
「いただきます」
 箸をもって一礼すると、沁は鳥骨鶏のスープから手をつけた。
「んーうまい! 混じりけない中華って感じ。なんでこれをアリが作ってるのかが謎すぎる」
「黙れ。私の心は中国人だ!」
「魂はアラビア人のくせに」
 ぼそりと呟いた篭森の方向をすごい勢いでモハメドが振り返ったが、篭森は無言で明後日の方向を向いて誤魔化した。
「あー……でもマジでうまいよ。香辛料の使い方が見事。体によさそう」
「問題は家庭じゃ絶対再現できねえことだけですね」
「かなりの火力と大量のスパイスがいるよな、これは」
 もぐもぐと食べながら、口ぐちに審査員たちは好き勝手なことをいう。
「見た目は地味な色合いなんだけどな。かみしめるほど味がでるというか」
「漢方が入ってるって事実はしらなくてよかったけどな。にゃはは」

モハメド・アリの評価
盛り付け 3点
味の良さ 5点
美と健康 5点

「初めて美と健康が満点出たー!! でもそれってコンテストの趣旨としてはどうなんだぁああああ!? 勝因はきちんとコンセプトに沿って展開した点だな。でも味なら俺は大津や政宗ちゃんが好きだせ! こら、モハメド! トウガラシ投げんな!」
 投げられた唐辛子をヘイゼルは投げ返す。
「さて、いよいよここまで来ました……きて、しまいました。最後の出場者、マリア・レティシアだぁ!」
「くふふ」
 違う意味で会場がざわめいた。心なしか、審査員席に緊張が走る。
「では、メニュー紹介の方、どうぞ!!」
「くふ、くふふふ。メニューは、レタスとチーズのサラダ、ホウレンソウのキッシュ、すじ肉の煮込み。添えてあるのは、雑穀入りパン。デザートは、洋ナシのクラフティ。チーズは脂肪分の少ないものを選んで、他のメニューも野菜中心だよ。ふふ、すじ肉の煮込みはコラーゲンがたっぷり……」
「ど、どうも。えーと、カンぺによるとかなり栄養バランスはいいらしいぜ。ビタミンバランスのいい野菜使ってるし、乳製品も肉も取れる。雑穀入りのパンはミネラルが含まれているから、毎日の食事としては文句なしだ。が、気になるものがあるんだが」
 運ばれてきた料理に、ヘイゼルはちらりと視線を向けた。トレイの上で美味しそうな料理が湯気をたてている。
「くふふ、何?」
「その筋肉の煮込み料理だけどよ…………何肉?」
「くふ、美味しい肉だよ」
「いやいやいやいや、うまいまずいの問題じゃなくて……おーい、スタッフ! あの肉は何なんだ!?」
 舞台の端から登場したエンジェルエッグのスタッフが、ヘイゼルにメモを渡して去っていく。
「えーと、何なに? 『今回のコンテストは、出場者の求めに従ってあらゆる食材や調理器具を用意しておりますが、参加者が持ち込む食材等に関してはノータッチです。あの肉は持ち込み食材です』っておいおいおいおいおいマジか!?」
 肉への不信度は上昇した。
「んー、まあいいや。きっと牛肉だ。そうに違いない。うん。というわけで食ってみよう!!」
 料理が審査員分とりわけられ、配られる。
 まずはエイミーがためらいがちに箸をつける。
「うん。美味しいですわ。ホウレンソウの味が生きてます」
「おーい、肉の方を食えよ! しゃーちょー!」
「美味しいですわ」
「無視かよ」
 他の参加者もそれに倣った。
「うん。レタスとチーズって意外と合うな。うまい」
「美味しい」
「このデザートの焼き菓子、すごく甘くてフルーツの香りがして美味しいよ」
「いける」
「おいおい、だから肉食えって」
 全員が聞こえないふりをした。
「仕方ないな。ここはもう、あいつしかない」
 全員の視線が一人の男を向いた。
「そう、我らが狂気の王!! 誰にもできないことをやってのけるその凄さ!! きゃー、すごーい! 格好いい! 憧れる!!」
 おおと会場全体から声が上がる。
「そうだ。俺達には逆襄がいる」
「逆襄! 逆襄! 逆襄! 逆襄―――――」
 どこからともなく、逆襄コールが巻き起こる。逆襄は青ざめた。
「ちょっ、どっかで見たことあるぞ、こういう状況!! なんでお前らは全部俺にやらせようとするんだ」
「逆……」
 ぽんと肩に手が置かれた。振り返ると静かに沁が逆襄の背後に立っていた。
「人にはみな、もって生まれた才能がある。何も恐れることはない。人間っていうのは少なからず、運命に流させていただく立場にある。お前もできることを少しずつしていけばいい」
「すげえ良いこと言ってるように聞こえる聞こえるけど、単に俺に押し付けたいだけやろ」
「そんな……俺の言葉を疑うのか!?」
「信じられるかああああああああああ!!」

 マリア・レティシア。審査員逃亡のため、評定不能。