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4、ハーベスト・ストリート


「ピーガガガガガ」
 機械音がする。
 奇妙なのはそれが本当の機械音ではなく、人間の口からこぼれていることだ。
「アルシア……まだ?」
「ギギギギギギ」
 うつろな瞳にはなにも映っていない。棒立ちになったアルシアの口からは機械音がこぼれ、それに呼応するように右手のパペットが激しく動いている。
「――――受信完了」
 合成音声のような声とともに、アルシアの瞳に光が戻る。それを確認して、桜夜楽は椅子にしていたビールケースから腰を上げた。
「どうだった?」
「直接、天使の粉に関係しそうな情報は受信できなかったが、調達屋連中が近くにいるみてえだから、そいつらに聞いてみるのがいいだろうな」
 アルシアの口から少年のような声が出てくる。それに合わせて、右手のパペットが動く。まるで彼がしゃべっているようだ。
「調達屋って、ハーベストストリートの裏道にいるやつら?」
「そう……」
 今度はアルシアがアルシアの声で答えた。何となく桜夜楽はほっとする。
「じゃあ、行きますか」
 そう言って、桜夜楽とアルシアは人気のない裏道を出て、大通りを歩き出した。





 南区の中心部を桜夜楽とアルシアは歩いていた。
 あのお茶会からすでに五日が経っている。今のところ、その新種の麻薬が地上で問題を起こしたことはないが、こういうものは早めに処分したほうがいいと判断して桜夜楽とアルシアが動くことになった。
「まったく、そろそろ成果が欲しいね」
「ん。そうね」
 これは東王の部下としての仕事ではあっても、ダイナソアオーガンの仕事ではない。成績ポイントの加算にはなるだろうが、金銭や契約が絡んでいない分、桜夜楽たちの士気は低い。
「はあ、スー君会長と一緒のお仕事とかだったらやる気でるのに」
「……まだ諦めてないんですね」
「うるさいな。今月の星占いで、私は絶好調なんだよ。だから頑張るの」
「星のめぐりに頼ってるようじゃ、まだまだだぜ」
 アルシアの右手のパペットが言う。桜夜楽はそれを睨みつけた。
「うるさいな。占いとおまじないは、悩める乙女の守護天使なの」
「意味が分からねえよ」
 ばたばたと右手のパペットが激しく動く。桜夜楽はトカゲの頭にデコピンして黙らせた。
「うるさいわよ。トカゲ」
「ツー君をいじめたらだめです」
「あんたねぇ……可愛い顔してるのに、こんなトカゲつけてるから、男が来ないのよ」
「私はアンドロメダ星雲にいらっしゃる宇宙意識に仕えているので、結婚はしませんですよ」
 桜夜楽はいろいろなものが籠った深いため息をついた。
「……好きなひといないの?」
「アンドロメダの」「地球人で」
 ことんとアルシアは首を傾けた。そのまま動かなくなる。
「たとえば自然災害対策課の吹雪君とかどうよ?」
「吹雪嵐さんです?」
 同僚の名前を挙げられて、アルシアはさらに首を傾けた。
「なぜ嵐さん?」
 吹雪嵐は、誰がどうみてもアルシアに惚れている。だが、彼女はまったくそれに気づいていない。この調子では、今後も気づく予定はなさそうだ。
「…………もういい。何でもない」
「そうですか」
 楽しそうな若者のグループが、桜夜楽たちとすれ違って行った。東の清潔なオフィス街も好きだが、南のいかにも経済都市といった活気のある空気も、桜夜楽は好ましく思っている。
南区はワーカークラスの生徒が多い経済都市だ。音楽やダンスなど芸能も盛んで、休日ともなれば、かなりの数の大道芸人やミュージシャンが南区に集まってくる。現に、ちょっと視線を道のわきへ向ければ道端でギターを持って歌っている青年がいるし。そこから少し離れた場所では、数名の女性がストリートダンスを踊っている。
風に乗って聞こえてくるのは、ポップやロック、ジャズに民族音楽まで多種多様だ。流石にライブハウスやスタジオが多いこの地区では、ストリートミュージシャンのレベルも高い。
 楽しげな空気につられて、桜夜楽は歌を口ずさんだ。
 このまま通りをまっすぐに行けば、ライブハウスや劇場が立ち並ぶ通りへと出る。そこは南王のお膝元だ。音楽をやっている生徒のあこがれの的、ロックンロールロックスターのスタジオもそこにある。ウロボロスがライブをやるときなど、その通りは人間ですし詰め状態になる。
しかし、桜夜楽とアルシアはそちらには向かわず、別の角を曲がった。その瞬間、また風景が入れ替わり、ミュージシャンの奏でる音色に変わり、食欲をそそる匂いと音が通りを支配する。
 この通り――――ハーベストストリートは、その名前の通り、食品を扱う店が軒を連ねるとおりだ。この通りだけで、世界中の料理が楽しめる。
 音をたてて店先で焼かれる鳥や、甘いにおいのするクレープ。アツアツのフィッシュ&チップスに、ミートパイ。一心不乱にアイスをなめている女の子もいれば、ケバブにかけるソースについて熱く議論している少年もいる。
 かなり広いはずの通りなのに、店頭に並んだ商品やそれを買い食いする人々のためか狭く感じる。店先で焼かれるローストチキンや湯気を立てる飲茶が食欲をそそる。
店先いっぱいに並べられた香辛料や、色とりどりのオリエンタルな豆が気になったが、残念ながら桜夜楽にはそれを使いこなす自信はない。
「アルシア、こっちよ」
 さらに奥へ行こうとしたアルシアを引き止め、人一人が通れるかどうかという横道に体を滑り込ませる。アルシアは黙ってついてきた。もともと口数の多い方ではない。
 ハーベストストリートから延びる路地にもまた、さまざまな食品を扱う店が軒を連ねている。ただ、違っているのはそれらの店が絶対に口にしてはいけないものも扱っている点だ。
 桜夜楽はすばやく周囲に視線を走らせた。
 一見何の変哲もない野菜売りだが、篭の下に隠しているのはトリカブトや毒ニンジンだ。粉屋の奥では砂糖にヒ素を混ぜたものが売られているし、ハーブのように見える葉っぱは、コカインの元になるコカの実と葉だ。花屋の軒先に並ぶ、スズランや芥子も毒性を持っている。
 経済都市として発展している南でも、一皮むけばこういうものが潜んでいる。
 桜夜楽は内心溜息をついた。強いものを抑えつけるより、弱いものを制御するほうがよほど難しい。弱者は弱者故に、抑えが利かないからだ。
「ねえ」
 桜夜楽は毒売りを無視して、道のわきに佇んでいる男に声をかけた。通行人にしか見えないその男は、怪訝そうに桜夜楽を見下ろす。
「お菓子を探しているのよ。すごく効くやつ。葉っぱやカクテルじゃなくて、最近流通し始めた新商品。多少値が張ってもいいから手に入らない?」
 さりげなく相手の手を握り、そこに紙幣を握らせる。周囲から見えないようにするのも忘れない。手の中の金を見て、男はにやりと笑った。
「どこで聞いた?」
「西区だけど、そっちじゃ手に入らなくてさ。お願いよ。試してみたいの」
 ちらちらと財布を見せながら、桜夜楽は言った。
 彼らは売人だ。麻薬だけでなく、学園内においても非合法なものを調達する仕事をしている。
「天使のお菓子をね」
「飴やらチョコレートやらに混ぜてるやつか。あれは高いし、ルートに乗ってねえ」
 紙幣を懐にしまいながら、男は答えた。
「こっちから売り手にアクセスもできねえ。向こうが一方的に売りつけにくるんだ」
「それ、おかしくない?」
 麻薬というのは中毒性がある。一度試した人間ほど次が欲しくなり、高値でも買うようになる。新規の客を開拓するより、すでにいる客だけに売った方が利益も上がるし、リスクも大きいはずだ。
「尻尾をつかまれたくないんだろうな。どうしても手に入れたきゃ、すでに買ってるやつから買い取るしかねえな。でも売ってはくれねえだろうな。噂が本当だとすると」
「噂って?」
 桜夜楽が聞いた瞬間、男の目が警戒するように細められた。失敗したらしいと推測するが、何を失敗したのか分からない。
「お前、知らずに探してるのか?」
「すっごく気持ちいいって聞いたんだけど」
 あくまでも無邪気を装って桜夜楽は言う。男は首を振った。
「あれは――――」