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不死原夏羽&不死川陽狩

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First contact 不死原夏羽&不死川陽狩

 序列269位【クルワルティワーシプ(残酷礼賛)】不死原夏羽(しなずはら かばね)
 序列270位【ヴァイスワーシプ(悪徳礼賛)】不死川陽狩(しなずかわ ひかり)

 血のつながりがあるわけでも、同郷というわけでもないこの二人は、いつもセットで行動している。しかし、仲が良いわけではない。隙さえあれば常に互いに殺し合う。それでも一緒にいるのは、ただ決着がつかないためとあきらめが悪いからだ。


「この前はイーストヤードの裏路地にいたよ」
「アンダーヤードを渡り歩いている」
「ノースヤードのスラム街にいた。現地の住人に絡んでいた」
「先月のユーラシアでの戦争で、傭兵中心の遊軍の中に混ざっていたよ」
「ロシアンマフィアのボスが死んだ事件のころ、あっちで見たよ。多分、犯人はあいつらだね。いつだって血の匂いがするところにばかり出る」
 堂々と凶器を持って街中を歩く姿を見て、ひそひそと生徒たちは噂する。いずれも血生臭い話題ばかりだ。
「また鈴木さんと喧嘩してた。途中で法華堂さん混ざってきて、通りが壊滅状態に……」
「何だか知らないけど、メインヤードを全力疾走してた」
「でもさぁ」
 そして最後は同じ話題に行き着く。
「なんであの二人、いつも一緒にいるんだろうね」
 それは7年前にさかのぼる。




 7年前。某都市の高級住宅街。
 緑が茂っている。住宅地とはいえ、十分すぎるほどの面積の庭を有するそれらは、近所というものを感じさせない。果てしなく続く煉瓦の壁を超えると広がるのは、ちょっとした林だ。そこには無数の番犬と重火器を持った男たちが夜を通してうろついていて、不埒な侵入者から家の主人と財産を守っている。
 一人の見張りが眠たげにあくびをした。すでに時刻は深夜すぎ。眠気を覚えるのも仕方ない。一緒にいた男がそれを背後から咎める。苦笑とともに振り向いた男は、そこに誰もいないのを見て目を瞬かせた。
「おい……ロバート」
 次の瞬間、木立から飛び出した影が男を藪の中に引きずり込んだ。瞬時に喉を切り裂き絶命させる。男が連れていた猟犬が飛びかかったが、その犬もすぐに主人の後を追うことになった。
 数秒後、見張りの消えた道に人影が出てくる。まだ少年だ。少年の名前は不死原夏羽。当時13歳。のちに次世代教育の最高峰ライザー学園において、最悪の殺人鬼の一人となる人物である。だがこの時、予科生のくせにすでに仕事を始めているちょっと出来の良い生徒くらいの立ち位置でしかなかった。
「……面倒」
 夏羽は武器に着いた血を拭った。普段なら一撃で倒すような真似はしないのだが、仕事では仕方がない。速やかに静かに、この家の住人を全滅させるのが今日の彼の仕事だ。けっして目撃者を残してはいけない。そのためには、気づかれないうちに住人一人ずつ殺していく必要がある。
「面倒だ。全部爆破でもすればいいのに」
 もう一度、夏羽は呟いた。面倒くさい。ちまちまと敵を減らしていくような真似は彼の好みではない。いくら報酬がいいとはいえ、やはり暗殺よりは戦場のほうが自分には向いている。
 ため息をつきながら、夏羽は屋敷へと向かった。監視カメラの位置は確認している。このまま行っても問題はないだろう。玄関を避けて窓へと回る。当然、すべての窓に見張りか監視カメラはあるが、夏羽にとっては問題にはならない。事前に暗記してある見取り図に従って窓に回った夏羽は、窓のかぎが開いていることに気づいて眉をよせた。
 不用心すぎる。プロの警備がこのようなミスを犯すはずがないから、家人がうっかりかけ忘れたのか、あるいは罠か。進むべきか夏羽は迷ったが、結局、当初の予定通りそこから入った。罠ならば襲撃がばれているということで逃げるだけ無駄。かけ忘れならラッキーだ。どちらにしろ、ここで退いてしまえば庭で倒した見張りの死体から、ここの主人は自分の身の危険を悟ってしまうだろう。それはそれで構わないが、そのせいで雲隠れでもされると調査が厄介だ。余計な金を食うことにもなる。
 音を立てずに夏羽は部屋に侵入した。普段あまり使われていない部屋のようだ。応接間の一つだろうか。豪華なソファセットが鎮座している。
 廊下へと続く扉を慎重に開ける。廊下に人の気配はない。そっと部屋から出た夏羽は足音を殺して歩き始めた。幸い、分厚い黒のカーペットのせいで音はまったく立たない。
 人の気配がして、夏羽は小部屋に隠れた。向こうからマシンガンを肩に担いだ男が一人、歩いてくる。部屋に入ってやり過ごし、通りすぎたところで飛び出して部屋に引きずり込む。そのまま喉を切って殺すと、部屋のクローゼットに放り込んだ。時間稼ぎにはなるだろう。人が来るたびにそうやって隠しながら進む。そのうちに、妙なことに気づいた。
 人が少なすぎないだろうか。
 あきらかな異常を覚えるほどは少なくないが、それでも少ない。この倍くらいいてもおかしくないはずだ。夏羽は警戒度を引き上げた。何かがおかしい。修羅場を潜りぬけてきた戦闘者としての感覚が警鐘を鳴らしている。
 さらに奥へと進んだ時、かすかな鉄さびの気配がした。普通の人間ならまず気付かない、殺人者独特の感覚がそれを察知する。丁寧に拭きとられた、それでもまた隠しきれない死の気配――――
 においの元をたどって夏羽は小さな扉を開けた。物置らしいそこには、白いほこりよけをかけられた家具や彫像が詰め込まれている。その一番手前、白い布に包まれたものがあった。一見すると大きな人形か何かを収納してあるようにみえるが、そうではない。
 布の端を引いて転がす。かすかな音を立てて黒いスーツの男の死体が転がりでてきた。夏羽が倒してきた使用人や見張りと同じ服だ。心臓を一撃で破壊されている。おそらく、自分が死んだと気づく暇もなかったのだろう。ふれるとまだ体温が残っていた。傷口は血が広がらないよう、男自身のネクタイできつく縛られている。
 間違いなくプロの暗殺者の犯行だ。夏羽は眉をよせた。どうやら、同業者と標的がかぶってしまったらしい。窓のカギも妙に少ない使用人たちもそいつの仕業だろう。多分、木立の陰や部屋の中にこうして死体を隠しながら進んでいるのだ。
「さて困った」
 その相手がだれの差し金なのかで自体は変わってくる。依頼人が同じならば協力し合うという手もあるが、違うならば殺さなくてはいけない。夏羽は薄く笑った。
「ま、いいか。どちらにしても殺せば全部解決だ」
 面倒になったらとりあえず全滅させる。大変乱暴な方法だが、こういう稼業の人間にとっては確実な方法でもある。依頼人としても、目的さえ果たしてくれれば手段は問わないだろう。むしろ片方に成功報酬を支払わなくても構わない分、喜ぶかもしれない。
 とはいえ、相手がドジを踏んで主人に逃げられては困る。夏羽はややペースをあげて奥の部屋へと向かった。勿論、途中であった使用人は残らず片付ける。そろそろ使用人たちのほうも異常を感じ始めたらしく逃げ出す支度をしているものもいたが、見逃すわけにはいかない。すべて殺す。相手に戦闘能力があるか否かは関係ない。運が悪かった、あるいは勤め先の選択を誤っただけだ。仕方がないし、良心も傷まない。
「九人、と丁度見張りと使用人の半分か。ま、取りこぼしはないだろう。どこかの誰かさんが同じくらい倒してくれたみてえだし」
 監視カメラの操作室に入った夏羽は一人呟いた。カメラを次々と動かすが動くものはいない。その時、主人の部屋に入っていく人物の姿がカメラに映った。
「!?」
 子どもだった。夏羽と同じくらいの年だ。日系が韓国か、独特の黒い髪をしている。確実に家人ではない。少なくとも家人は、赤黒く変色した刃物を持ち歩いたりしないだろうから。
「先を越されたか!」
 舌打ちをして夏羽は部屋を飛び出した。最終目的はこの家の主人とその秘書なのだ。それを横取りされるとは、自分のプライドが許さない。
 家は静まり返っている。生きているものなどいないのだろう。走る夏羽の耳にかすかな物音と銃声が響いた。失敗しやがったのかと夏羽は心の中で舌打ちする。
 主人の部屋はすぐに分かった。その扉だけ、他の扉よりはるかに重厚な造りになっていたからだ。ほとんど体当たりするように押しあけ、ナイフを掴む。室内にいた三人の人物が驚いたように振り向いた。一人は椅子に座ったままの太った中年の男、もう一人は細身のスーツの青年。そして最後は青年とナイフのつばぜり合いをしている少年だ。
 流れるような動きで、夏羽は投擲用のナイフを三本投げる。少年は後ろに跳んでナイフを避け、青年はナイフをたたき落とした。中年の男だけが反応しきれず、眉間に銀色の刃物が突き刺さる。
「旦那様!!」
 青年が悲鳴を上げた。その隙を見逃さず、少年の刃物が彼の頸動脈を切り裂く。血しぶきをあげて、青年は倒れた。
 静寂。二人の殺人者は向かい合う。夏羽は顔をしかめた。
「……誰だ、お前?」
改めて見ると分かる。おそらく、少年は夏羽の同類だ。人の命を奪うことが好きで好きでたまらない快楽殺人者で、自分の命が危険にさらされるスリルがたまらない戦闘狂だ。姿カタチは違うが、魂の鋳型はそっくりだ。だからこそ、腹が立つ。同じものを感じたのか、相手の少年も刃物を構えた。
「――――ひとつだけ聞いておきたいのですが」
 ぽつりと相手が言った。
「あなた、何です?」
「お前こそ、何してるんだよ」
 それを合図に二人はぶつかった。二本のナイフが悲鳴のような金属音を立てる。互いの手が震えた。力は互角、スピードも互角。ならばと夏羽はナイフの角度を変える。力と早さが互角だというなら、あとは技能と運に頼るしかない。
 後ろに下がりながら上着を脱いで相手に投げつける。視界を覆われて一瞬動きが止まったところで、力任せにナイフを押し込んだ。だが、相手はなんと近くにあった木製の椅子をがむしゃらに振りまわして夏羽を牽制する。慌てて夏羽が椅子を避けたすきに、彼は上着の下から脱出した。そしてお返しとばかりにテーブルクロスをはぎ取って投げつけてくる。地面ぎりぎりまで身をかがめてそれを避けた夏羽は、自分に向かって飛んでくるテーブルを見て目を見開いた。立っていればぶつかるが、左右に良ければナイフを投げられる。
「っ、この馬鹿力!!」
 咄嗟に手近な場所にあった高そうな壺に手をかけると、夏羽は放物線を描くようにそれを放り投げた。壺はテーブルを越えて相手へ飛んでいく。テーブルのせいでぎりぎりまで軌道がよめない壺アタックに、相手は動揺したようだった。悲鳴が聞こえる。その間に夏羽は走って飛んでくるテーブルを回避した。
 互いに荒い息をつきながら、二人の少年はにらみ合った。そして、同時に戦闘態勢を解く。
「時間切れですね」
 相手は言った。そろそろセキュリティの限界だ。撤退しなければ、警備会社へ自動通報がいく。目的は果たしたのだから撤退すべきだ。だが、相手を逃したくないという気持ちもある。じっとにらみ合って、二人は同時に笑った。
「勝負はあずけておく」
「こちらの台詞です。次に会う時まで首を洗ってまっていなさい」
 戦意はおさめても敵意までは収めない。
「俺は不死原夏羽だ。お前を殺す男の名前だ。よく覚えておけ」
「しなずはら……」
 なぜか少年はものすごく嫌そうな顔をした。
「俺のこと知っているのか?」
「知りませんよ。そんな小物の名前。あのですね、私の名前は不死川陽狩というんです」
「しなずかわ?」
 能力値どころか名前まで類似していた。夏羽はとても嫌な気分になる。
「紛らわしいな」
「大丈夫です。どうせすぐに片方が消えるんですから」
「お前か」「貴方ですよ」
 サイレンの音が近づく中、二人の少年は殺気のこもった目で相手をにらんだ。




 学園都市トランキライザー。ここでは数多くの生徒が新世代を担う人材となるべく、日夜勉強に励んでいる。特に予科生がすべきことは非常に多く、暇な時間などほとんどない。
「夏羽君だ。久しぶり。予科生のくせにさぼりなんて余裕だね」
 廊下を歩いていた夏羽に背後から声がかかった。振り向くと四十物谷宗谷(あいものやそうや)という生徒が立っていた。いつものんびりとした口調で話す男で、趣味は悪いがスキル面では優秀な生徒としてそれなりの注目を集めている。夏羽からすると、戦わずにすぐに逃げるムカつく男だが、そこそこ利用価値がある人物でもある。
「……四十物谷」
「またお仕事? そんなの、本科にいったら嫌でもしないといけないのに、予科からよくやるねぇ。僕はなまけものだから、とてもそんなことできないな」
 普段なら無視するが、今日は違った。夏羽は宗谷に聞きたいことがあった。
「おい」
「何?」
 宗谷は小首を傾げてみせる。
「不死川陽狩って暗殺者知ってるか?」
 宗谷はきょとんとした顔で目を瞬かせた。反応の意味が分からず、夏羽は眉を寄せる。
「知らないのか?」
「知ってるも何も……君はクラスメイトの顔と姓名すら把握していないのかい?」
 あきれたように言われて、今度は夏羽が硬直した。一生懸命思い出そうとするが、クラスメイトの顔などほとんど覚えていない。
「陽狩君だろう? 確か社会科学と語学が君と一緒じゃなかったっけ? まあ、大教室での講義だから知らなくても無理ないか。彼がどうかしたのかい?」
「クラスメイト……」
 だが、同姓同名という可能性もある。夏羽は眉をよせた。
「どういう奴だ」
「一言で言うと根が悪いやつだね。一見、人当たりと外面はよさそうなんだけど、根は悪人だ。清々しいくらい純粋な嫌な奴だ」
「お前が言うな」
 宗谷も決して善人ではない。むしろ徹底したギブアンドテイクの姿勢は、ビジネスライクで冷たいともいえる。差し出した手を握るものには優しく面倒見がよくとも、振り払うものは容赦なく見捨てる人間は、けして優しい人でも善人でもない。
「僕は率先して悪事は行わないもん。悪事を行う奴には、それなりの対応するけど。僕の主義は、恩と仇は三倍返しだからね」
「爽やかに笑うところじゃねえよ。それに、その評価じゃ全然分からねえし」
「なんだ。外見が聞きたかったのかい? 割と端正な顔の少年だよ。うちの学校って超絶的な美形がごろごろしてるからそれに比べれば劣るけど、平均よりはかなり上。そうだね。いうなら毒蛾みたいな。あと数年したら、ホストとかになるといいと思うよ」
「褒め言葉じゃねえだろ、それ」
 言葉に妙な棘を感じる。ひょっとすると仲が悪いのかもしれない。
「……嫌いなのか?」
「ううん。好き。僕、シリアルキラーもマスマーダーも大好きだから」
 それもそれでどうかと思う。夏羽はその言葉を飲み込んだ。それくらいの変質者でなければ、好んで自分に話しかけてくることもないだろう。ムカつく相手ではあるが、数少ないただで情報を流してくれる知人でもある。無駄にもめるのはまずい。
「もういい。他は?」
「背格好は君と同じくらいだけど、もっとインテリっぽい感じ。嫌味じゃなくて。服もジャケットかシャツはいつも来てて、ラフな格好はあまりしてないな。よく授業さぼって――そういえば、ここ三日くらい学校にいないかも。この前、詐欺をしてたとかいう噂があったから、また詐欺とか暗殺とかしてるのかなぁ。本当、悪事大好きなんだから」
 夏羽は確信した。間違いなく、あの少年のことだ。
「そいつは今どこ」「あ」
 重たい金属音がして、夏羽が掲げたナイフに一回り細身の刃物がぶつかった。その向こうには薄い笑みを浮かべた陽狩がいる。
「ふ、ふふふふふふふふ」
 本当に嬉しそうに陽狩は笑った。突然の乱闘に、悲鳴をあげて予科生たちは逃げ出す。宗谷だけは面白そうに残っている。
「手前……」
「早くも会いに来てくれたんですか? 嬉しいです。嬉しくて――」
 陽狩は目を細めた。
「殺してしまいそうです」
 さらに力を加えられる。刃物が持たないと判断して、夏羽は後ろへ跳ぶ。だが、追いすがって跳んだ陽狩が距離を取ることを許さない。
「お前に会いになんて誰が来るか。顔を見るだけでイライラする」
「それは大変ですね。では、すぐにその苛立ちを解消してあげましょう。例えば、私の顔を見るのが御嫌なら、目をえぐればいいですよね」
 目を狙って突き出された刃物の切っ先を、取り出したもう一つのナイフで夏羽は弾く。そのまま、逆に相手の目を狙う。陽狩は頭をそらしてそれを避けたが、頬がさけて血が流れた。
「ここで残念なお知らせだ。お前と俺はクラスメイトらしいぜ」
「へえ。それは残念です」「残念なのは手前らだ」
 すさまじい音がした。
 人体が二体、脳震盪を起こす勢いで床にたたきつけられた音だ。
「廊下で切り合い始めるんじゃねえよ。おろすぞ」
 すさまじい勢いで白兵戦を繰り広げる将来の殺人鬼二人の頭部を掴んで床にたたきつけた男――――トランキ学園白兵戦講師・音羽剣八、通称ビート先生は手を叩いて埃を払った。教師の情け容赦ない一撃を受けた夏羽と陽狩は、ぴくりとも動かない。
「おはよう御座います。びと先生」
「宗谷。見てたなら、止めろ。周りの生徒が退いてるだろ」
「退いてるのはびと先生の顔が怖いからですよぉ」
 不服そうに宗谷は頬を膨らませた。
「ムカつくガキだな。おろすぞ」
「人体は構造的に三枚下ろしとかは無理だと思いますけど」
「よし。人類初の三枚おろしになれるかどうか、実験してみろ」
「嫌なので、逃げていいですか?」
 ダルイ会話は続く。実はこの時、夏羽と陽狩は脳震盪を起こしていたのだが、しばらく存在を忘れられてしまい、通りすがりの生徒の手で病院に搬送されたころには自力回復していた。




「うう……うう、ふざけるな……」
「ふざけてるのは貴方です。起きてくださらないと、この雑誌で鼻骨を砕きます」
 マジな声が聞こえて、夏羽は跳び起きた。そして、自分が学園都市発の飛行機に乗っていたのだと思いだす。ファーストクラスだが民間機だ。他にも複数の人間が思い思いにフライトを楽しんでいる。窓際の席には陽狩。七年前の記憶より成長した彼は、宗谷がぶつぶつと言っていた通り、なかなかの美青年になっている。そういえば、二年ほど前は結婚詐欺をするのがマイブームだと言っていた。つくづくこの学園の連中は、美形を無駄遣いしている。
「…………」
「あと三時間程度ですよ。まったく、どんな夢を見ていたんですか? うなされているのは大変楽しく拝見させていただきましたが、寝言はうざかったです」
「ストレートな感想をどうも。お前の夢を見ていたよ」
 陽狩は心の底から嫌そうな顔をした。
「勝手に人を登場させないでください。肖像権の侵害です」
「昔のことを夢で見てたんだよ。お前と……初めて殺し合った日のな」「初めて会った日でしょう?」「殺し合った日でもあるだろ」
 夏羽は舌打ちした。思い出すだけでイライラしてくる。
「こんな長い付き合いになるとはな。くそっ、何で死なないんだよ、お前は」
「ふふふ、その言葉をそっくりそのまま返して差し上げます。ですが、安心してください」
 内緒話をするように、陽狩は夏羽に顔を寄せてきた。珍しいしぐさに、夏羽は眉をひそめた。何をたくらんでいる? と視線で問いかけるが、陽狩は笑みで流した。
「大丈夫。私の死因は貴方ですよ」
 一瞬、言われた言葉の意味が分からなかった。数回瞬きをして、その意味を飲み込む。
「はっ、やっと俺に負ける覚悟ができたのか?」
「まさか。あなたに負けるなんて、何があってもありませんよ。貴方の息の根を止めるのは私です」
 馬鹿にしたように陽狩は笑った。意味が分からない。
「ってことは、相討ちで死ぬとでも? それこそあり得ない。お前と心中なんてぞっとするな」「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
 夏羽の瞳をやや下から覗き込んで、陽狩は薄く笑う。
「それでも、私たちの死因は互いなんですよ。私たちは――――少し、長くい過ぎたから」
 陽狩はそこで声を落とした。声が聞こえづらい。夏羽は声が聞こえるよう、陽狩のほうに耳を寄せる。小声で、秘密を告白するように陽狩は言う。
「気づいていないんですね。私たちはきっと将来、どちらかがどちらかを殺すでしょう。でも、そうなれば殺したほうもすぐに死ぬでしょう?」
「罪の意識で自殺する?」
「そんなドラマのようなものじゃありませんよ。もっと現実的な問題です。僕たちは長いこと一緒にいた。日常も、仕事中も。だから――――私たちの戦闘スタイルは、互いがいることを前提にして確立されてしまっているんですよ」
 教え諭すように、陽狩は言った。夏羽は目を見開く。
「私たちは、共闘はしません。ですが、戦闘を行う時、常に相手がどう動くかを無意識のうちに読み取ってそれに合わせて自分の戦闘に微調整を入れています。だから、その片方がいなくなってしまえば、必ず隙ができてしまいます。それは小さなものですが、強大な敵と戦うときは致命傷です。だから、死因は相手なのですよ」
 至近距離で夏羽と陽狩は見つめあった。ややあって、夏羽は口を開く。
「それで? 恨み事を言いたいのか? それとも俺たちは友達になれるとでも? どっちにしてもくだらない。俺たちの間にあるのは、殺意と悪意の血の絆だけだろう」
「ふふふ」
 陽狩は笑った。
 だが、その笑みはつい先ほどまでの笑みとは違う。誤魔化すような笑みでも、愛想のための笑みでもなく、いたずらに成功した子どものような笑みだ。
 嫌な予感がした。こういう顔をしている時の陽狩ほど厄介なものを夏羽は知らない。
「……………………な、なんだ?」
「この飛行機には学園の生徒がたくさん乗っていますね」
 にっこりと陽狩は極上の笑みを浮かべた。ふと周囲を見ると、数名の生徒がこちらを凝視している。夏羽がにらむといっせいに目をそらしたが、何かが変だ。
「ところで、夏羽。BL小説というものをご存じですか?」
「さあ?」
 唐突に変わった話題に、夏羽の脳裏に大量の「?」がうかぶ。
「スラッシュ小説とかJUNEとかいう呼び方もありますが、要するに主に女性が女性のために書いた、男性同士の恋愛をテーマにした小説のことです。中には現実にいる男性同士をモデルに妄想で書き上げたものもあります」
「はあ……なんか倒錯した話だな」
 なんだかよく分からないが、関わりたくない世界の話だ。そもそも、陽狩がそれを知っている理由が分からない。
「ヒント1、学園都市内部には私たちをモデルにした少年同士のBL小説というものがあるそうです」
「…………」
 すごく不愉快な単語が聞こえた気がした。だが、夏羽に聞き返す隙を与えずに、陽狩は続ける。
「ヒント2、この飛行機には複数の学校関係者が乗っています。ヒント3、私は夏羽を焦らせたり怒らせるのが大好きです。自分の名誉を落としても、夏羽を虐めたいと思うほどに大好きです。ヒント4、私は窓際に、そして夏羽は通路側に座っていてしかも密着しています。ヒント5、この位置で私が顔を下から覗き込むと、他の客席からはキスしているように見えます」
 夏羽の顔から血の気が引いた。ようやく、陽狩の不自然なしぐさややけに小さかった声の音量の意味を悟る。
「ヒント6、きっと面白い噂が立つでしょうね。私の方は結構女たらしですが、夏羽は武器と殺しがお友達ですからね。どんな尾ひれがつくかは想像できますね。ヒント7、夏羽のほうが身を乗り出して話を聞いてくれましたから、きっと夏羽が私に迫っていると解釈されたでしょう。ヒント8、面白くて笑い死にそうです」「――――死ね」
 夏羽は手を振りあげた。機内には武器こそ持ち込んでいないが、鍛えた殺人鬼の一撃だ。素手でも十分に殺傷能力はある。寸でのところで、陽狩はそれをかわし、逆に夏羽の手をからめ捕る。そして今度は陽狩が空いている方の手を伸ばすが、それは夏羽に掴まれた。互いに互いの手を捕らえ、とらえられているという奇妙なポーズで二人は止まる。
「てめえ、そんな悪戯目的であんな話振ったのかよ。真面目に聞いてた俺が馬鹿みてえじゃないか」
「何を言っているんですか。馬鹿みたいじゃなくて、正真正銘の馬鹿です」
 互いに相手の手を握る手にじょじょに力を込めていく。そして手首が折れる寸前で申し合わせたかのように手を離す。
「……ま、仕事前だしな」
「こんなことのせいで、仕事が出来なくなったら困りますからね」
「分かってるならやるんじゃねえよ。せめて帰りの機内でやれ」
「あはは、帰りの機内でやったら、貴方は機内にいる人間を皆殺しにして口封じしてしまったじゃないですか。行きならそんな無茶は出来ませんから、行きにしたんです。流石に、そこまでやってしまっては刑務所に収監ですからね」
 彼らは殺人鬼だが、非常に理性的な一面もある。非合法な殺戮を繰り返しながらも、決定的な証拠や現場は掴ませない。それが強みで、恐ろしさだ。
「で、どこまで本気だった?」
「本気で殺す気でした」
「そっちじゃねえよ。さっきの話だ」
 ふっと陽狩は笑った。底の見えない笑みだった。
「ちなみに、先生方や他のランカーのBL本もあるらしいです」
「そっちの話じゃねえ!! やっぱり死ね!!」



【おわり】
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