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神様の天秤は傾かない

 断続的に聞こえる銃声と爆発音が肺の中の空気まで揺らす。銃火器と悲鳴に慣れた耳は、しばらくは小さな音を拾うのに苦労するだろう。
 南アフリカ地域、企業都市リザル近郊鉱山地帯。二つの異なる勢力がぶつかり合っていた。否、ぶつかり合っているというのは正しくない。今や兵力の差はあきらかで、一方がもう一方をただ食い潰している惨状となっている。
 そのやや後方。殺伐とした空気と粉塵で汚れた空気をもろともせず、無表情で通信用小型PCと向き合う少女がいた。ひたすらPCで指示を出す以外、動こうともしない。
「篭森様。敵の右翼は潰しました。相手は隊形を維持しつつの撤退を行っております。おそらくは街を捨てて古い炭鉱にこもり持久戦に持ち込むつもりです」
「問題ない」
 横に立った人物のほうをみようともせず、少女はタッチパネルに指を走らせる。
「それくらいは予想の範囲。二分五十五秒後に仕掛けておいたダイナマイトを爆破させて。同時に追撃部隊は両翼から攻撃。大将クラス以上は一人も逃がすな。巻き込まれた非戦闘員の保護は企業法に則るように。ただし、保護より攻撃を優先させて」「ですが、それでは」「分かってる」
 そこで珠月はやっと顔をあげた。幹部と顔を合わせることが少ない立場なのか、相手は珠月と目が合っただけでびくりと震える。
「分かってるよ。こういう虐殺に近い戦闘行為は褒められたものではないし、うちが警備保障の看板を掲げている以上、過剰防衛として世間のそしりを受けることになるだろう」
「では何故」
「ここで追撃を緩めれば危険だ。地の利はあちらにある。一度で完膚無きまでに叩きつぶさないと、死ぬのはお前たちだよ」
 話している間も指だけは動いてメールを飛ばす。それがどういう目的でどこに送られたのかは誰も知らない。珠月しか、知らない。
「――――っ、しかし我々は傭兵とは違います。戦争屋でも傭兵業でも民間軍事会社でもない『守る』ことに特化した警備保障会社だからこそ、この地位を維持でき」「貴方さ、何年ここに務めてるの?」
 心底面倒くさそうに珠月は彼に視線をやった。彼は動きを止める。
「え……その……すみません。三年です……」
「怯えなくとも取って食ったりしないよ。お腹すいてないし」
 投げやりな言葉に男は三度凍りつく。そこにため息交じりの声がかかった。
「珠月様。威圧するな。ややこしいことになるし、誤解を招く」
「ああ、緋月か。誰かな? この直情径行を連絡役にしたのは?」
「俺だ」
「お前かよ。はい、面倒だから説明してあげて」
 珠月はひらひらと手を振った。後から現れた緋月と呼ばれた青年は小さくため息をつく。
「確かにうちは警備保障会社だ。しかし、今回の依頼はこの付近で起こっている資源をめぐっての対立による治安の悪化の改善、突き詰めれば紛争発生地帯にほど近いリザルの平穏を守ることだ。リザル関係者は紛争自体には関わりがないが、隣で争いごとが起きていてこのままでは身の危険がある。だから、その脅威を取り去るために警備保障をうちに頼んだ。しかし、それが返って引き金となってやられる前にやれとばかりに紛争の張本人たちが飛びかかってきたので、こちらも迎撃した。それはいいな?」
「はい。そして現在、戦線は大きく移動しリザルより北に十二キロの位置にある古い鉱山の密集地帯に来ております」
「そう。そして今後も安全を確保するためには、ここまでくると敵を殲滅するしかない。しかし、あくまでも守りを主とする業務の関係上、圧倒的な戦力差がある状態での戦闘は好ましくない」
「ですから降伏勧告を」「この辺りは戦中色々あってね。見ての通りに荒野しかない」
 まるで学校の講義のような丁寧な緋月の説明に業を煮やしたのか、珠月が再び口を開く。
「赤土に見えるが、含まれているのは鉄だけじゃないよ。この辺りは作物が育たない。食物工場の中以外ではね。そこで使う水や栄養素も大部分は遠くから運ぶか、浄化施設を使わないといけない。この辺りでそれがあるのはリザルだけど、長い間の治安の悪化と先日起こった襲撃事件でリザルの能力は落ちている。本当は別の企業がそちらの警備を担当していたんだけど、まんまと敵の策に嵌められやがって勝手に撤退した」
 凄まじい爆音がした。轟音とともに岩やまの一角が吹き飛ぶ。あらかじめ距離を取っていた自軍に被害はないが、坑道に逃げ込もうとしていた敵兵はたちまち砂煙の中に飲み込まれる。あまりにも無差別で残虐な光景に、報告係の彼は息を飲んだ。
「困るんだよ」
 およそ表情というものがまったくない顔で珠月は呟いた。
「人間が沢山いるほどに食糧や水が必要になる。長期戦ならなおさらだ。けれど兵糧はぎりぎりでね。一刻もはやく戦闘を終結させてリザルの稼働状況を紛争以前に戻さないと干上がってしまう。撤退のための準備はさせているけれど、戦闘行為がひと段落しないと空輸は難しい。陸路なんてもってのほかだ」
 彼女の言いたいことを悟って連絡係の顔から血の気が引く。珠月は小さく息をはいた。
「し、しかしそれなら一度撤退して」「どこによ?」
 馬鹿なことを言うなと言わんばかりの顔で珠月は首を傾げた。
「本当は退路も補給路もあったんだけど、騒動の思わぬ拡大に慌てたどこかの馬鹿どもが大挙して逃げだそうとしたせいで暴動になってね。それを見た他の連中が自分の利権だけは確保しようとした挙句、ライフラインの稼働率を大きく下げてくれた。まあ、一応最後の退路くらいは確保しているから、撤退だけならできる。けれど、犠牲をすでに払っている以上ただ撤退するわけにもいかない。会社の信用にも関わるし、地理的条件を考えると仕切り直しも不可能に近い。だから、ここはもう残った弾薬と食糧で短期決戦に持ち込んで速やかに撤退するのが一番なの」
「そのことは……」
「みんな知らない。知らせると士気が下がるからね。だから、この戦争は多少強引でもすぐに終わらせないといけない。戦闘行為さえ終われば、無理やり空路での脱出を計ることは十二分に可能だ。そのためにも全員が即時撤退できるように残党なんて残してはいけないし」
 珠月は言葉を切った。どこか自虐を含んだ苦々しい声で言う。
「敵はみんな死んでくれないといけない。捕虜にしてる余裕なんてないんだ。捕虜に食わせる食糧や捕虜を管理する労力すら惜しいんだから。まったくこんなことになるなんて完全にこちらの手落ちだよ。だから他の民間軍事会社との共同戦線なんて反対だったんだ。せめてこちらが後援だったらこんな初歩的なミスは犯さなかったのに。けれど、起きてしまったものは仕方ない。よって――――私が命じる。敵は全員殺せ」


**


 黄道歴施行からすでに数十年。重なる世界大戦で一度は滅びかけた世界は、戦争による人間の淘汰と人間の遺伝子や未知なる部分の開発の飛躍的向上により、新たな時代を迎えた。すなわち、国ではなく利害関係と目的によって結ばれる企業による世界統治である。
 新たな基盤と方向性を得た世界が次に欲したのは、それらを引き継ぐよりよい次世代の存在であった。経営で、学問で、武力で、運動で、異能で、芸術で、素質で、音曲で、もしくはそれ以外の何かで他と違う何かを生み出せる能力、他を牽引する能力。それが次世代には強く求められた。それに答えるように各地で企業が自社の人材育成のために作りだした学園都市文化が花開いた。
 百花繚乱とも言えるそれらの中で、誰もが認める最高峰にしてもっともイレギュラーな巨大教育機関がアジア地域にある。かつて、旧時代に日本という国の首都圏があった場所に建設されたその都市の名はトランキライザー。数多くの世界に名だたる著名人と名だたる企業、そして名だたる犯罪者を生み出す学問の都である。


**

「東鎮圧しました。自軍損傷率12%」「西、19%」
「まだ一部が残ってます。鉱山に入るのは阻止しましたが、スラムに逃げ込まれました。包囲していますが、まだ見つかっていません」
「社長、倒壊箇所の捜索を行いますか?」
 慌ただしく人々が行きかう。すでに掃討戦となった現場を眺めていた篭森珠月はゆっくりと振り返った。
 学園都市トランキライザーの学生で構成される組織”リンク”の一つ、綜合警備保障会社『ダイナソアオーガン』迎撃部隊。ダイナソアオーガンは学園で唯一、企業法で認められた合法的戦闘集団の資格――すなわち殺人免許を持つ民間軍事会社である。
「……うちの人間で行方の分からない奴は?」
「は、死傷者含め全員所在ははっきりしております。しかし、あの爆破でこちらにも少なくない被害が……」
「恨み事は後でいく。捜索の必要はない。引き続き掃討作戦と撤退の準備に力を入れよ」
 きっぱりと珠月は言い切った。数人が何が言いたげな顔をしたが、すぐに口を閉ざした。
「敵の残党はまだ見つからないの?」
「申し訳御座いません。ただいま」「捜索中って?」
 珠月は肩をすくめてみせた。萎縮する相手に、珠月の二歩後ろに控えた戦原緋月が口を開く。
「気にするな。指示しか出していない珠月様に、お前たちを非難する権利はない」
「さりげなく酷いことをいうね、緋月。いくら直属部下でも怒るよ?」
 まったく怒っていない口調で珠月は言った。怒っていないどころか完全なる棒読みで何を考えているのかさっぱり分からない。しかし緋月は気にしない。彼もまた淡々と答える。
「珠月様。貴方が一度も前線に出ないのは外聞が悪い」
「悪くするためにここにいるのよ。私は」
「珠月様」
 ぴたりと珠月は歩みを止めた。空気が緊張をはらむ。
「貴女の苛立ちは理解しているつもりだ。けれど、こういうのは貴女のためにならない」
「いつもの事だよ」
 くるりと珠月は振り向いた。漆黒の髪の間から血色の瞳がのぞく。やや俯いているせいで、余計に表情が分からなくなる。
「珠月様」
「分かった。いくよ。どうせ後、一人二人だ」
「珠月様」
 再び歩き出した。珠月のすぐ横に緋月が並ぶ。
「あなたの判断は間違っていない」
 珠月は無言で肩をすくめた。


**


 無音のはずなのに騒がしいのは、自分の呼吸音が内側から聞こえてくるからに違いない。追うように響く爆音を背に、男はうずくまるように座り込んだ。視線を動かすと仲間たちも疲れ果てたような顔で座り込んでいる。
「山ごと崩しに来るとな。ダイナソアオーガンは穏健派で良心的といううわさも当てにはならん。くそっ」
 力任せに殴った床は自身の腕を流れ落ちる血で汚れる。男は呻いた。
「……ダイナソアオーガンと一言にいっても指令系統で戦闘スタイルは大分違うと聞きます。ごり押しせず、手間をかけて囲い込んだところで一気に突き落とす。おそらくは残虐非道と悪名高い篭森の」「あら、そんな評価なんだ。私」
 最後だけは知らない声が続けた。弾かれたように男たちは立ち上がった。そんな反応しかできないことがすでに手遅れとどこかで気づきながら。
「こんにちは。敵と話すのは本当はあんまり趣味じゃないんだけど、問答無用で叩きつぶすとなんかあっちこっちから非難浴びるから、出向いたよ」
 黒い服の女性がいた。あまりにもそぐわない光景に、一瞬男たちは目を疑う。しかし、すぐに気づいた。相手は喪服をきているのだ。
「貴様がっ!!」
 考えるよりも先に動いていた。がむしゃらに引き金を引いて突進する。黒い人影は一瞬早く飛び退くと、金属の大きな柱の影に飛び込んだ。それを追って回り込もうとしたところで妙に静かな声が届いた。
「敵意ありと判断。撃て」
 ひどく投げやりな声に重なるようにやかましい音が響いた。咄嗟に横に跳んで積み上がった貨物の隙間に飛び込む。男のいた位置を銃弾が薙ぎ、いくつかは腕に当たる。絶叫が聞こえて振り向くと、血しぶきをあげながら仲間たちが倒れていくのが目に入った。そのうち一人と目があって、慌ててかけようとしたところで男は床に崩れ落ちた。遅れて激痛が走る。足をみるとそこからおびただしい血が噴き出していた。
「がっ」
 言葉にならない悲鳴をあげて男は倒れる。それでも這うようにして仲間に近付いた。血だまりに沈む仲間たちの身体はぴくりとも動かない。いつの間にか銃声は止んでいる。
「……人数確認して」
 背後から感情を感じさせない声がした。男の横に影が差す。視界の端を黒い色が横切った。
「……き、さま」
「…………まだ息がある奴がいたか」
 大義そうに呟いて黒服の少女は手を伸ばした。心得たように追いついてきた青年がその手にハンドガンを握らせる。
「悪いね。手当する医療品が足りない。助かる見込みはないんだ」
 少しも悪いと思っていない口調で少女は言った。妙にゆっくりと手の中の銃を点検し、男に向ける。その姿はまるで人殺しなど作物を大きく育てるために余計な実を間引くくらいのことにしか思っていないように見えた。
「貴様が……貴様だけは絶対に許さん!! よくも仲間と街をっ!!」
 歪む視界の中、怒りが頭を埋め尽くす。説明されなくとも分かった。この小奇麗な格好をした喪服の女が敵の司令官だと。わざわざ掃討作戦の前線に出てきた意味までは分からないが、味方を巻き込むリスクを冒してまで山を吹き飛ばすような人物だ。その行動の神意など分かるわけがない。あるいは無様に逃げ回る残党を狩る趣味でもあるのか。どちらにしても吐き気がする。
 少女は男をちらりと見て肩をすくめた。男はいきり立つ。
「貴様のやり口は絶対に認めん! 戦えぬものもまとめて坑道ごと吹き飛ばすなどあまりにも人のやり方に反している! あそこには負傷者も女子どももいたんだぞ!? しかも味方も巻き添えなってもおかしくなかった! 貴様には情も仲間意識もないのか!?」
「情」
 奇妙な言葉でも聞いたような顔で、少女は答えた。その態度が怒りに拍車をかける。
「お前は間違っている。人の情けを知らない魔物め。貴様がこの土地と何の関係がある? 我々の何が分かる? ここはずっと我々のものだった。我々はここで生まれ、育ち、ここしか居場所がない。それを奪わんとするものがいるから戦った。誰も我々を助けない。だから、我々自身が戦ったんだ! なのに、金で動く番犬ごときがよくもっ!!」
 少女は答えない。ただ奇妙なものを見る目で男をみている。ややあって、一通り男が喚き散らしたと見ると、やっと彼女は口を開いた。
 とんと編み上げのブーツが床を叩いて音を立てる。
「貴方達の答弁はとても正しい」
 ゆっくりと珠月は答えた。
「命が大切なのは当たり前だし、非戦闘員やもう戦えない人を攻撃するのは道徳的に褒められない。仲間を大事にするのは美徳。生活のために銃を手に取るのも納得できる。ここはあなたたちの土地なのかもしれないし、生きていくのは戦いなのかもしれない。あなたたちはとても正しい」
 およそ感情というものが一切含まれない声で珠月は言った。空虚な声とそれに反する重々しい言葉に、得体のしれない何かを感じて男は沈黙する。
「けれど、その理屈でいくならば私もまた正しいし、私は私が正しいことをしていると思っている。私には部下を食わせる義務があるし、生きていくためにはお金が必要でそのために暴力を商品に選ぶのはありだと思う。それは自分の能力を売ることなんだから、他のお勤めと少しも変わらない。私は自分の部下を守るためには敵を殺すべきだと思っているし、多くを助けるためには効率的に部下を死なせるのもまた上司の仕事だと思っている。自分から奪いにいくのはよくないことだけど、向こうから来るなら返り討ちにするのは当たり前。だってそうでないとこちらが死んでしまうんだから。私は何かおかしいことをしているかな?」
 子どもに言い聞かせるように、ひどく砕けた口調で少女は尋ねた。言葉だけならどこか哲学的だが、一切の感情の起伏のない声のせいで得体のしれない言語でも聞いているような気分になる。
「私たちは間違っていない。その思想も志向も行動もとても正義的だと思うよ。けれど」
 男の足元で血の混ざった砂が音を立てた。珠月は小さく首を傾げてみせる。
「私たちの正しさは人を殺すんだよ?」
 太陽は東から昇るというのと同じような、まったく自明のことをいう口調で珠月は言った。無邪気な言葉に意味を飲みこむのに時間がかかる。飲み込むにはあまりにも重い。
「…………それは」
「相手が間違っているから? それしかないから? じゃあ、その言い訳はあなたと私で何が違う? 私の罪とあなたの罪、何が違う? 違いはしない。殺されるほうからすれば、それが虐殺でも聖戦でも同じこと。死んでしまう時点でどうしようもない。貴方はそれを決行して、リーダーとしてそれをその場にしたすべての人に強いた。私が軍を率いる司令官として部下に死と危険を強くように。貴方と私、どちらが否定されるべきなんだろう」
 心底不思議そうに珠月は言う。少しずつ距離を詰める珠月に対し、男たちはじりじりと壁際に追いつめられる。話を聞いてはいけないと長年培われた勘が悲鳴をあげる。聞いてはいけない。聞けば何かが崩れる。なのに、聞くことを止められない。
「私たちは互いにまったくもって正しい。だけど、その正しさは人を殺す時点で何の意味もない。人を殺した時点で正しさなんてひどく無意味なことだと思わない?」
 諦めか悟りか。珠月の声はひどく平坦だ。突きつけるような言葉は、相手の意志とそれを支える根拠を容赦なく破壊する。ちょっと頭をひねれば論破できそうな言葉なのに、何故か抗えない。
「私たちの正しさは間違っている」
 滑るように腕が動いてつきだされる。男はそれをぼんやりと見つめた。
「正しさにこだわるなんて滑稽だよ。いつだって善悪と正偽は同じ重さで仲良く天秤に乗っかってるものなんだから」
 その手にあるのが銃だと分かっても動く気はしなかった。ただ、負けたのだと悟る。戦争でも意志の重さでも自分はこれらに勝てなかったのだ。
「貴方達を殺して私たちは生きる。私がそうしたいから」
 力強い宣言にして宣告に、諦めに似た笑みが浮かぶのを感じる。男は小さく笑った。
「―――、―――?」
「そうだよ。私もそう思う」
 銃声が響いた。


 **


 荒野に土が積もる。
 乾燥地帯で起きた爆発によって舞い上がった砂や土は静かに街を染める。赤も腐肉も飲みこんで、静かに土が降る。ただでさえ砂埃の多い乾燥したこの場所では雨はある時期を除いて滅多に降らない。その代わりのように今日は土が降っている。
『先日、大規模な武力紛争が行われた地域に私はきています。ごらんください。粗末な建物が密集してできた街のおよそ四分の一ほどが土砂に埋もれております。いまでもこの下には大量の遺体が埋もれているとみられ』「桜夜楽、ラジオを消してくれないかい?」
 ややあってスイッチを切る小さな音とともに部屋に静寂が戻ってくる。
 ダイナソアオーガン最高責任者、狗刀宿彌は机に肘をついて報告書の山を眺めた。複数の人間が書いているため、ものによってはひどく感情的でまた逆に妙に淡々としたものもある。
「…………死者は社葬にするように。珠月は?」
「出社するとだるいから、しばらく出張に出かけてくるという名目で諸々の関係者に釘さし&脅迫ツアーを敢行してるみたいですよ」
「そっか。帰ってきたらしばらく休み上げないとね」
 宿彌は小さく呟いた。そしてため息をつく。
「たまに珠月が真面目に仕事すると、本当に面倒事が多いね」
「逆です。逆。たまに面倒事が起きると真面目に仕事するんですよ。社長は」
 桜夜楽は苦笑交じりに答えた。
「つまり、社長のさぼりはわが社の平穏の証しです」
「それはそれで問題だと思うなぁ」
 宿彌はぼやいた。窓の外は嫌味なほどに晴れ渡り、清々しい風が吹いている。
「そろそろ涼しくなってきましたね。季節がめぐるのはあっという間です」
 宿彌の視線の先を追って、桜夜楽は微笑んだ。
「あっという間か。人間も同じかな」
「そうですね。遅かれ早かれとも言いますし、万物は流転するんじゃないですか。対極にあるものでもどっかは繋がってるのと同じですよ」
「そっか……」


おわり