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三島広光字&望月遡羅

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 First Contact 三島広光路&望月遡羅

 「あー……この辺りは全部持ってるし……。これは保存状態が悪すぎ。ふへ、そろそろ掘り出し物見つけるのも、難しくなってきたねぇ」
 西区画の繁華街にある、小さな古道具屋。その中でも、電子書籍が一般的な現代では比較的珍しい、紙の書籍が並んでいる棚の前に、一人の男が立っていた。
 癖のある髪の毛をオールバックにして後ろで縛り、赤いフレームのスタイリッシュな眼鏡を掛けている。中華風の長袖シャツの上から、昇り竜をデザインした外套のようなものを羽織っていた。更に奇抜なことには、機械的なデザインを持つ二メートルほどの槍を、右肩に担いでいるということだろうか。
 男の名は、【アンタッチャブルサイズ(不可触民の鎌)】三島広光路という。
 この西区画を管理するリンク【澪漂管弦楽団】に席を置く生徒であり、現在は丁度仕事のために住処である九龍城砦から町に出た、その帰りだった。彼は、今では珍しい旧世紀の漫画本の蒐集を趣味としており、今日も帰り際に、「そろそろ新しい漫画とか仕入れてねぇかな」と、馴染みの古道具屋に顔を出したわけである。
 「ふへ、まあ良いか。それより早く帰らねぇと、また二重にどやされるからな」
 しばらく本棚を物色していた光路だったが、出し抜けにそう呟くと、踵を返して古道具屋を後にした。昼下がりの空は、もうすぐ雨でも降り出しそうな様子で、暗く淀んでいる。小手を翳してそんな空を見上げた光路は、
 「ありゃ、参ったな。ファンキーレディオの天気予報だと晴れだったはずなんだが」
そう一人ごちて、足早に帰路に着こうとした。
 「ヒロさん! ……もう、こんなところにいた!」
と、そんな彼に背後から声を掛ける人物があった。光路が振り返ると、そこに立っていたのは顔の左半分を長く垂れた前髪で隠している少女――彼の同僚である【ファンタズマゴリアバディ(幻想具現化)】望月遡羅の姿だった。
遡羅は形の良い眉を顰めて、頭半分ほど上にある光路の顔を睨んだ。
 「また寄り道してましたね? 仕事が終わったらさっさと帰ってきてください!」
 「あ、ああ……悪い」
 どうやら帰りが遅い自分に痺れを切らして探しに来たらしい同僚に、光路はバツが悪そうな顔をして、謝罪の言葉を口にした。
 ふと、遡羅の視線をかわすように目線を下げると、彼女の手に二本の傘が握られていることに気が付く。彼女もそこで思い出したように、
 「これですか? 私はサボり魔のヒロさんなんか雨に濡れて風邪でもひけばいいって言ったんですけど、一重さんが持って行けって言うから仕方なくですね……」
照れたような様子で口早にまくし立てる遡羅。彼女のそんなツンデレな反応に思わず光路が苦笑したとき。
 「ん?」
 「あら……?」
 タイミング良く、小さな雫が二人の鼻先を濡らした。
 「降ってきちゃいましたね」
 「ああ」
 最初はぽつぽつとした小ぶりの雨も、すぐに勢いを増して舗装された道に複雑な模様を作っていく。遡羅は手にした片方の傘を光路に差し出すと、自らも一本を開いて頭上に掲げた。
 リズミカルに傘を叩く雨粒の音を聴きながら、光路が不意に笑う。
 「ふへへ……」
 「どうしました?」
 遡羅の問いには答えず、光路はねぐらである九龍城砦への道を歩き出した。慌ててその後姿を追いかける遡羅に、光路は苦笑しながら答えた。
 「いや……俺達が初めて出会ったときも、こんな雨の日だったよなあって、思い出してね」
 「ああ……そういえばそうですね」
 彼の言葉に、遡羅も泣き出した空を見上げて昔に思いを馳せる――

                    ♪

 六年前――
 「やっべえ、傘なんか持ってきてねえぞ?」
 光路は今日と同じように突然の雨に降られ、しかしそんな彼に傘を差し出してくれる同僚は当時はおらず、仕方なく雨の中を足早に九龍城砦へ向かっている途中だった。
 「ふへ、日ごろの行いは良いつもりだったんだがねえ……」
 友人である二重に聞かれたら、「【無能】が。サボり魔の貴様が言えた言葉ではないな」と馬鹿にされるだろう。しかしそんな言葉を掛けてくれる友人の姿も側にはなく、さらに強まった雨足に、どこか雨宿りできるところはないかと視線を彷徨わせたところで――
 「ん?」
 自分と同じように、傘も持たず雨に濡れるのに任せるまま、自分の少し前を走り去る少女の姿が目に入った。普段なら人で溢れかえっている通りも、不意の雨に人通りは少ない。
 それだけならば何ともない普通の光景。しかし、彼女の数メートル後ろを、何人かの黒服の男達が彼女を追いかけるように走っていったこと以外は、だ。
 「なーんか、穏やかじゃなさそうだね……」
 その様子に何か不穏な物を感じた光路は、そっとその男達の影を追いかけて、メインストリートから姿を消した。

 「はぁっ……はっ、ぐ……はぁっ……」
 息も切れ切れに走る少女。その背後を、先ほどから変わらぬ距離で追跡する男達。
 否、先ほどよりもその距離は、幾分か縮まっているように見える。
 「しつっこい……はぁ、……ですね!」
 憎らしげにそう呟く声も、どこか覇気がない。当然だろう、もうかれこれ一時間近くもこの追いかけっこが続いていたのだから。
 狭い路地を飛ぶように駆け抜ける少女。しかし、折からの雨に元々減っていた体力がさらに奪われる。なお悪いことに――
 「はぁっ……あっ!」
 闇雲に走っているうちに、知らない路地に迷い込んでいた少女は、いつの間にか袋小路に駆け込んでしまっていた。
 「ぐっ……しまった!」
 転進して逃走を続けようとするも、すでに角には黒服の男達が迫っている。とっさに行く手を遮る壁を見上げるが、その高さは五メートルほど。現在ならばいざ知らず、少女の力では飛び越えることはもちろん、登って乗り越えることもままならない。
 「くっ、ここまでですか……」
 絶望的な声を上げた少女に、無慈悲な男達の声が被せられる。
 「ったく、ちょこまかと逃げやがって……!」
 「怪我はさせてもいいが……殺すなよ? 妹とはいえ死体じゃあ奴に対して何の切り札にもならねえからな」
 「っつーか、殺しちまったら俺たちの身が終わりだろうよ?」
 「キヒヒヒ」「ギャハハハ……」
 男達の手には無骨な拳銃が握られている。少女が彼らの隙を探るように、右手を左の袖に差し入れたところで、
 「おっと、妙な真似はしないほうがいいと思うぜ?」
その内の一丁が、少女の肩に向けられた。容赦なくその引き金に指をかけ、思わず少女が目を瞑った時。

 「よお……おにーさんたち」

 突然背後から声をかけられ、男達が驚いたように振り返った。否、実際に驚いたのである。何せ、声をかけられるまでその人物の存在に気付かなかったのだから。
 そこに立っていたのは、少女と同じくらいの――丁度十代に差し掛かったばかりの少年の姿だった。
 「なんだ、お前?」
 「大人の仕事の邪魔すんじゃねえよ」
 「キヒヒヒ」「ギャハ、ギャハハハ!」
 凄みを利かせる男達の存在など意に介さないかのように、少年――光路は悪戯っぽく笑うと、歳相応の無邪気な声で尋ねた。
 「おにーさんたち、漫画は好きかい?」
 「あ?」
 「何だいきなり」
 予想外の問いに、男達が素っ頓狂な声を上げる。しかし、光路は独白のように続けた。
 「漫画はいいよな……。自分にはとても及びのつかねえような、超人たちがこう……悪者をばったばったと薙ぎ倒す。自分はそれをコマの外っつー観客席から、眺めてるって訳だ。最高の、最っ高のエンターテインメントだよなあ?」
 唐突に漫画について語り出す光路。男達の一人が、そんな彼の手に一本の槍が握られていることに気付いたとき。

 「俺はさあ、そんな漫画の主人公に――憧れてんだ!」

 今まで右肩に担がれていた槍が一瞬――消えたように見えた。
 それが、目の前の少年が槍を振るったためだと理解するころには、光路に一番近いところにいた男が足元を掬われて転倒していた。
 「っ、て、てめえ……!」
 完全な不意打ちに男の一人が怒りの声を上げたことにも気付かないように、光路はクルリと回した槍を、今度は反対の左肩へと載せる。
 「ちなみに、俺はそんな主人公には及びもつかない脇役中の脇役――それでもあえて名乗るなら、おにーさんたち。【ドイコーン(双角の麟獣)】って知ってるかい?」
 そのまま流れるような動作で懐から現れた銃口が、別の男の眉間に突きつけられた。男達が持っているそれよりも、一世代古びた――それゆえに、使い込まれていることが一目で分かるような拳銃だ。少年の手に余るような代物が、不思議とその手に馴染んでいる。
 「【ドイコーン】……?」
 「あ、西の澪漂の連中とつるんでるっていう……」
 「インチャオの部隊長か!?」「まじかよ、あの天才少年兵……?」
 自分の名乗りにうろたる男達を、光路は満足そうな笑みで見つめ、
 「ふへへ、随分有名になってきたもんだ。そういった点では、二重の奴に感謝だな。これで俺もまた……物語の主人公に一歩近づいたって訳だ」
そう言うと、何のためらいもなく、手にした銃の引き金を引いた。
 空気の爆ぜる軽い音と共に、一番近くにいた男の額に赤い花が咲く。
意識を失った男の身体が地面に倒れたのを皮切りに、光路の手にした槍が閃いた。今度は足払いなどという小技ではなく、相手を倒すための必殺の一撃を――
 「がっ……!」
 肩に乗った槍をそのまま振りおろす面打ちで、一人の顔面を両断し。
 「ぎゃ……」
 叫びかけた一人の喉に斜め下からの突き上げを叩き込み。
 「ごっ……ぶ……!」
 横向きに引き抜いた切っ先で、さらに隣に立っていた男の首を断ち切り。
 「た、助け……ぎゃあっ!」
 最後に、先ほど地面に倒した男の左胸を狙って穂先を突き刺したところで。
 その場に立っているのは光路と――そして男達に追われていた少女の二人だけとなっていた。
 「ふへ、脇役どころかただの噛ませ犬、ザコ戦闘員かっつーの。……と、お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
 突然現れて一方的に追っ手を蹴散らしてしまった光路に、呆然としていた少女だったが、不意に声を掛けられたところで思い出したように頭を下げた。
 「あ、はい! あの……どうもありがとうございました!」
 「いやいや、悪い物見せちまったし、お礼言われるほどのことじゃないって」
 律儀な少女の仕草に光路は思わず苦笑していた。
 「俺は三島広光路。西の澪漂で雑用みたいなことをしてる」
 「私は望月遡羅。もうすぐ本科に上がる、予科生です」
 少女――遡羅の名前に、光路は「ん?」と妙な声を上げる。
 「望月……遡羅? ってことはひょっとして……」
 光路の疑問の言葉に遡羅は困ったような顔で答えを示した。
 「やっぱり気付かれちゃいましたか……でも助けていただいた方にお礼をしないのも失礼ですからね。ええ、私は【ファンタズマゴリアレジェンド(幻想伝説)】望月楚羅嗚の妹です」
 「ひ、ひえぇ……」
 【ファンタズマゴリアレジェンド】あるいは【人類最強】と呼ばれる人物の名に、光路は情けない声を上げた。

                    ♪

 「――なるほど。で、お兄さんに対する人質として狙われてたってことか」
 「ええ……入学したばっかりのころはそうでもなかったんですけど、最近は結構そういうことがよくあって。今回は特にあからさまでしたけど」
 遡羅の事情を聴いた光路は神妙な顔で頷いた。
 「確かに、篭森なんかも前はよく狙われてたって聞くしな」
 人を食ったような知人の顔を思い浮かべ、思わず苦笑する。この学園都市において、有名人の関係者というのは良くも悪くも目立ってしまう。しかし、と光路は首を捻った。
 「それにしたって遡羅、少しは腕も立つように見えるぜ? 今の奴ら程度なら、あんた一人でもどうにかなったんじゃないのか?」
 周囲に転がったままの死体を横目で眺めつつそう言うと、遡羅は小さく笑って首を振った。
 「ダメなんですよ」
 「何でだ?」
 「『楽しくない』からです」
 遡羅は無邪気な笑みを浮かべてそう言った。意外な言葉に光路は目を見張る。
 「私は、戦って『楽しい』と思える相手じゃないと、本気が出せないんですよ。手加減というのではないのですが……やる気が出ないって言うんですかね?」
 戦闘狂というわけではないのだろう。出会って僅かな時間しか経っていないが、光路の中にはそういう確信があった。おそらく、彼女は間近に兄の姿を見ることで、目的を持って戦うことの楽しさを知っているのだろう。光路がそうであるように。それを彼は「変っている」とは評せなかった。
 「ところでヒロさん」
 光路が、仲睦まじい友人二人の姿を思い浮かべたところで、不意に遡羅が声を掛けてきた――いつの間にか、光路の呼び名が「ヒロさん」にシフトしている。
 「ん?」
 光路が答えると、遡羅は何のこともなく、言った。

 「ちょっと、勝負してみませんか?」

 「は?」
 「というか、ちょっと指南していただきたいのです。ヒロさんと戦うのは、何だかすごく『楽しそう』なので」
 「ふ、ふへへへへ……」
 光路は思わず笑っていた。前言撤回。彼女は十分に「変わった」人間だ。
 しかし、光路は嫌な顔一つせずに、手にした愛槍を掲げる。
 「いいぜ、相手してやるよ。言っておくが、本科生――ランキング百位台のトップランカーを、嘗めるんじゃねえぜ?」

                    ♪

 二人は同時に踏み込んでいた。
 左右が極端に狭い路地。回避できる場所が少ない場所は、彼の槍という武器にとって最大限に威力を発揮できる条件だ。
 すると、遡羅は右手を左の袖に入れて、緩やかに引き出した。その手に、長い柄を持つ武器を握って。
 「うおっ」
 そのまま下から突き上げるように振り抜かれた武器を、上体を反らして回避する。遡羅の手に握られていたのは、柄の先端に緩やかな反りがある刃を持った、大きな鎌だった。普通の鎌とは違い、まるで腕を広げるように二枚の刃が両側へと伸びている。武器として使う鎌というより、死神が手にするような、処刑道具のような禍々しさを見る者に印象付ける武器だ。
 「そりゃあどういう手品だい? それとも――ミスティックか」
 本来ありえない大きさの武器が袖口から現れたことに、光路は目を見張る。対する遡羅は、取り出した大鎌を一回転、半身の姿勢をとって構えた。
 「手品もミスティックも、種明かしをしないのが定石ですよ?」
 「ふへ、違いねぇ」
 一つ笑って、光路は手にした槍に生体エネルギー――TAOを通した。すると穂先近くから半透明の、やはり反りのある刃が現れる。
 光路の持つ槍【黄天衝】――TAOを燃料に三種類の武器を展開する特殊な武器である。遡羅は自分と同じ鎌を武器として構えた光路に、楽しそうに笑いかけた。
 「あら、そっちも手品ですか?」
 「企業秘密、だ」
 光路もその笑顔に答えるようにニヤリと笑い――そして二人は再び武器を構えてぶつかり合う。
 単純な力比べならば光路の方に分がある。性別差ももちろんあるが、TAOが使える分攻勢を高めているからだ。
 そのまま遡羅の大鎌を弾き飛ばそうとするが、一瞬早く反応した遡羅は自ら武器から手を離す。力を受け流された形になる光路の鎌は、脇の壁にその刃を食い込ませてしまった。それを引き抜くのに、また一瞬が重なる。
 遡羅はその隙に壁を蹴って頭上を取る。続けて袖から二本目の大鎌を取り出すと、それを光路目掛けて投げつけた。
 「うそん!?」
 慌てて自らも槍を手放し、前に跳ぶことでその攻撃をかわす。しかし、かわしたところに二段構え――
 「っ、づあっ!」
 跳んだところに水溜りがあり、それに足を取られて無様に転倒してしまった。そこへ着地した遡羅が、地面に転がった大鎌を持ち上げて光路の首筋に添える。
 「勝ち、ですね」
 「ふへ、ふへへへ……」
 本当に嬉しそうに笑い、首から鎌の刃をどける遡羅に、光路は力ない笑いを漏らした。【人類最強】の妹とはいえ、予科生に負けたという事実にショックを受けているようである。と、身を起こした光路の目が妙なものを捕らえた。
 「ん? こりゃあ……?」
 先ほど足元を取られた水溜りが、虹色の光彩を引いて立ち昇っていく。気付けば折からの雨は上がっており、周囲にも水溜りなどは見られなかった。
 「あら、気付かれちゃいましたか。うふふ……」
 まるで悪戯が見つかったかのように笑う遡羅。
 「私のミスティック能力は、絵に描いたものを具現化させる能力なんです」
 そう言って袖から一枚の紙を取り出す遡羅。そこには水溜りの絵が描かれていた。
 「なーるほどな。いやいや、参ったねえ……俺も修行が足りないわ」
 負けてしまった照れを隠すように頭を掻く光路。二重に「【無能】が」と突っ込まれそうな、鮮やかな負けっぷりだったが、不思議と悔しさはない。それよりも、
 「なあ、遡羅」
 「なんですか?」
 不思議な満足感に満たされていた光路は、遡羅に一つの提案をする。

 「お前の、保証人にならせてくれ」

 「え、本当ですか?」
 突然の申し入れにも関わらず、遡羅は嬉しそうに頷いた。
 「よろしくお願いします、ヒロさん」

                  ♪

 「よく覚えていますねえ。あの日に雨が降ってたことなんて、すっかり忘れていましたよ」
 それから六年。その間に、本科に上がってしばらく便利屋をしていた遡羅は、光路の斡旋もあって澪漂管弦楽団に名を連ねる団員となっていた。
 初めて出会ったときのことを話していた光路に、遡羅は照れくさそうに笑った。
 「ああ、俺に勝ったことなんて、もうすっかり忘れちまったってことか」
 「そんなこと言ってないじゃないですか」
 茶化すように言った光路の言葉に噛み付く遡羅。ころころと表情が変り、歳相応の少女然とした雰囲気を纏っている。
 「とりあえずあの日、ああして刃を交えていなければ、こうして一緒に仕事をしてることもなかったんでしょうから。感謝してますよ?」
 「ふへへ」
 二本の傘が触れ合って、一方からもう片方へと雨の雫が流れ落ちる。柄にもなく本心を口にしてしまったことを振り払うように、
 「まあ、これでちゃんと仕事をしていただければもっと感謝できるんですけどね」
 「へいへい、悪かったね」

 この後、二人は澪漂の管弦楽団一つを束ねる団長と副団長にまで名を上げることになる。
 現在の二重と一重に匹敵するほどの実力者となる二人だが、その話はまた別の物語で語られることになる。
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