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 「ふに、本意ではないんですがねぃ」「って言ってもやらなきゃやられるっスよ」
 ぼやきつつ疾走する二つの影。浴衣に雪駄、手には土くれと扇子を握っている者。そして、アロハシャツにカンカン帽、左右でちぐはぐなサンダルを履いた者。
 「雑魚は雑魚なんだが数がどうにも酷いとは思いませんかい? 雑魚だけに混水摸魚といきましょうかい」
 「こ、こんすー? さわさん、何語話してるっスか」
 「……兵法三十六計だよ、伝ちゃん」
 三十六計を持ち出した和装の方は【ジャック・ザ・リバー(闊歩する自由)】崇道院早良、無所属。クエスチョンマークを顔面に貼り付けているアロハの方は里見伝狗郎、四十物谷調査事務所所属。そして追ってくる有象無象たち、某不動産屋所属。
 二人は簡単な調査を行っていたはずだったのだ。某不動産屋の社長、その“詐欺のように”鮮やかな経営。不動産転がし術の「種」と「不正の証拠」――ほぼイコールで同じものではあるが――の二点を押さえるだけでよかった。ある意味で録音よりも信頼できるということで、「音そのもの」を「粘土のようなもの」に変えて更に戻すことのできる早良は部外者でありながら伝狗郎に協力していたのだった。
 そう、これは四十物谷調査事務所の仕事なのだ。
 社長室への潜入までは上手くいった。だが日頃の行いか、或いは運か。いずれにせよどちらかが悪かったようで二人は追われることとなった。早良が言ったようにこの会社の私兵団は雑魚は雑魚であり、有象無象には変わりないのだが二人で相手をするには山ほどのおつりが発生する人数である。
 戦闘クラス履修者ではない二人は特別に戦闘技術が高い、というわけではないので取りあえずは逃げ回っているのである。あてがないわけでもない、今はとにかく逃げじゃくる。
 
 時間は少々さかのぼる。社長室に潜入した直後のことだ。
 警備はずさん、この時代によく生き残れているものだと二人の侵入者は思う。
 立派な社長用の机に腰掛けながら早良は社長に問う。
 「社長さん、お互い時間を無駄にしたくはないでしょう?教えてくれやしませんかい?」
 「ひぃぃ! 知らない、俺は何も知らないんだ……」
 社長はみっともなく震えている。早良が鉄扇から刀子を抜き、それを首に押し当てているせいだ。
 早良と共に机に腰掛けている花瓶。生けてある蘭の匂いがぷんぷんと鼻につく。
 「さわさん、変っスよ、おかしいっスよ。ここまで必要最低限しか人がいないなんて……急いだ方がいいっス」
 「伝ちゃんが注意怠らなけりゃぁ大丈夫。あぁ強情ですねぃ。まぁいい、早く吐かなきゃさくっとやっちまいやすぜ。んじゃぁ押さえて」
 「らじゃっス」
 「く、本当に知らな、がっ、ぁぁぁああああ」
 伝狗郎が社長を後ろから押さえ込む。早良は手にした刀子を社長の指と爪の間にねじ込んだ。会社のあまりの静けさゆえ焦っているのだろう。ぺりん、と音がした。
 「くそったれ、吐きませんねぃ。」

 「ぶははははは、当たり前よ。そいつは整形しただけの影武者で何にも知らんのだからな。貴様らただで帰れるとは思うなよ」

 突如天井のスピーカーから声がした。
 「品のない笑い声だ。蘭のせいで鼻が鈍ってたみたいですねぃ」
 「ふん、貴様らもう逃げられんぞ。うちの兵たちが今にやってくる、秘密が知りたいなら冥土の土産に教えてやってもいいぞ」
 「さわさん、異常事態っス。さっきまで見当たらなかったのにかなりの人数の人がこっちに近づいてくるみたいっス」
 「あれほど注意を怠るなと言ったでしょうに。……あー土産、たんまりくださいや。欲張りなもんでね」
 「さわさんと一緒で浮かれてたっス……ごめんなさい」
 「よし、包囲も終わったようだな。冥土の土産に聞かせてやろう。全ては私のユアフェイバリットシープス(飛行士の落書き羊)という名のミスティック能力のおかげさ。この力はな、儂が紙媒体に書いたものを相手が勝手に相手自身に都合のよいものだと勘違いしてくれるのさ。文章だろうと絵だろうとな」
 清々しいほどにむかつく男だ。真の社長であると名乗った声はふんぞり返った様が目に見えるようだし、内容はちんけな自尊心の匂いにまみれている。名乗り出るあたりも小物くさい。
 「へぇ、そいつぁすごいですなぁ。それでご自身に有利な契約をバシバシしてたんですかい?」
 「そうさ、馬鹿な連中だよ。ぶははははは」
 早良の手元で扇子が踊る。そして今の会話内容が音土へと変じる。
 「馬鹿はあんたでさぁ。さ、伝ちゃん。逃げますぜ」
 「な、馬鹿だと!? なめるなよ!!」
 「ほいきた、了解っス」
 そして二人は偉そうな男曰く完璧である包囲を突破すべく社長室の扉を蹴破って飛び出していった。後には「あは、あはは」と呟く社長だと思われていたものが残された。

 そして逃亡中の現在。
 「追え追え、逃がすなよ。金はしっかり払ってるんだからなぁ」
 下卑た声に急き立てられて私兵団は侵入者を追う。侵入者はぶつくさとぼやきつつ逃げる。三文喜劇にも似た光景である。
 
 ちょこちょこちょこ。
 
 そんな中、先ほどから逃げる二人や私兵団の足元を走り回っている小動物がいる。もちろん誰も気にしてはいない。その小動物がプレーリードッグであり何やら土くれを抱えていることも、早良の手元からほぼ全ての土くれが無くなっていることも誰も気付いていない。
 成金趣味の嫌味な社屋、社長の趣味なのだろう。おそらくその社長の趣味のせいで、私兵団は銃火器の発砲を許可されていない。発砲してくるにはくるのだが先ほどから早良達が回避しているのはゴム弾や麻酔弾の類である。当たれば勿論ただではすまないが死にはしない、当然建物の被害も少ない。
 大体にして、そうでなくても私兵団は本当にお粗末であった。決して広くはない通路に連なって追ってくるなど阿呆の所業である。回り込んで挟み撃ち程度のことはしてはくるが味方のゴム弾の兆弾被害にあう者もいる。
 傭兵部隊ではなく私兵団と判断するのは全くもって妥当である。なにより台詞が「待ちやがれ」だとか「ただではすまさねぇ」だとか、ことごとく陳腐でチープな小悪党の台詞なのだ。
 ただし、何度も繰り返すが数は尋常ではなく一向に減る気配がない。
 「よっ、と。当たったら痛そうですねぃ、伝ちゃん」
 「痛いですむっスか!? それはそうと音土、配置完了したみたいっス」
 「ではでは、この悪趣味な建物ぶっ壊して有象無象をかき乱し、とっととずらかりやしょう」
 「いよっ、待ってましたっス。過激に頼むっス」
 早良は急に反転し、下駄でかんかんと床を踏み鳴らす。そして、追ってくる有象無象に口上を述べ始めた。追っている対象のおかしな行動には追っ手もいささかひるまざるを得ない。
 「やあやあ、貴公ら聞くがいい。水辺寄るときゃ気をつけな、赤い火が出る天狗火だ。水辺なくとも気をつけな、寄ってなくとも自ずからいつの間にやら寄り来るぞ」
 ここまで語ったところで上のほうからドゴンと音がした。爆発だ。
 焦る有象無象。こいつら二人だけのはずだと確認しあう。
 しかし、気付けば早良の足元にポッと火が灯っている。それに目を奪われ、伝狗郎がいなくなっていることに気がつかない。呑まれているのだ。
 「天狗火見たらそら逃げろ、触れりゃ病の床につく。ほらほら出たぞ天狗火だ、水もちろちろやってくる」
 その口上の間にもう一度ドゴンと音がする。さっきより近い。お粗末な私兵団はすっかり慌てふためく。そろりそろりと水が建物を這い回り始めた。
 「おいやめろよ、怪談は苦手なんだ」
 リーダーのような男が呟く。隣の男は反論し、周りもやいのやいのと話し出す。
 「いや、ミスティックでしょう」「じゃぁどんな能力だよ、爆発もさせて病気にもさせるのかよ」「うわ、水が来たぞ。足元見ろよ」
 こうなったらしめたものである。後は混乱に乗じて逃げるのだ。今回の勝利は敵の殲滅ではなく情報の奪取であり、それは既に果たしている。
 「さぁさそろそろ私も逃げよ、すたこらさっさと逃げよかな」
 言い放つが早いか、下駄を再びかんかんと鳴らし走り去っていく早良。
 追っ手も走り始めるが途端にすぐ脇のトイレが轟音と共にはじけ飛ぶ。その水に襲われた男が叫ぶ。
 「おい! なんか変だ、俺の手が、皮膚がぬるぬるする!!」
 「くそ、こっち来んな。変な病気かもしれないだろ、一人でぬるぬるしてやがれ」
 周りは男を避け、さらに混乱が広がる。
 再び追い始める者。慌てふためきおろおろとする者。水から逃げ惑い戦意を喪失した者。
 混乱の中、追っ手の人数は確実に減っていく。伝狗郎が戦意の残っている者をこっそり各個撃破し、気絶させていくからである。
 走りながら早良は先頭集団に土くれを投げつける。その何もない空間に爆音が轟く。爆音以外には何も発生しないが、追っ手は怯む。戸惑うものは伝狗郎が排除していく。
 また土くれを放る。すでに十分に床に流れ始めている水にそれは落ちる。
 どうせまた音だけだろうとたかをくくった男達は爆音、そして今度は発生した閃光と衝撃に吹き飛ばされ、眩まされた。
 「くそぅ、やめてくれ! 頼むから私のビルを傷つけないでくれ……捕まえろ! 捕まえろぉ!!」
 こうなればもう社長の声も空しく響くだけ、私兵団には届きはしない。
 私兵団から元々ありもしなかった統率は今や完全に失われ、彼らはついに早良たちを逃亡寸前、社屋入り口のホールまで到達させてしまった。残っているものも極僅かである。
 早良はその入り口のガラス戸のすぐ手前にいた。どこから取り出したものか、色も鮮やかな和傘を頭上に広げ、伝狗郎もいつの間にやらその脇に控えている。
 「ふに、そいじゃぁ貴公らにおきましては……」
 のんびりとした声、にこやかで穏やかな顔。かん、かん、と間を置いて床を踏み鳴らし、次いでの台詞は張りに張った良く通る声ですっぱりと。
 「健やかなる死出の旅路を」
 早良はそのまま扇子を払う。
 と、ホール中央の噴水が今までの数倍―正確には4倍程度―の勢いで爆発した。
 呆けて崩れ落ちる私兵団。社長のわめく声。
 降り注ぐ水を傘であしらいながら早良と伝狗郎はその会社を後にした。

 10歩ほど歩いて社屋を見上げ、早良はぱちりと扇子を仕舞う。
 「ふにふに、ぎりぎりジャスト28分57秒、っと」
 「ジャストじゃないっス、全然キリ悪いっスよ、さわさん」
 
 談笑しながらの帰り道、伝狗郎は早良に問う。
 「今回は派手だったっスねぇー、何をしたんスか?」
 「派手なのは嫌いなんですがねぃ……音土にルビジウムを包んだのを8つ、黄燐を包んだのを1つ用意してあったんで。それで屋上の貯水タンクを爆破、黄燐で気を引き、ルビジウム使って貯水タンクからの水で次の階の水道管を爆破、ここまではいいですかい?」
 「オッケーっス、そいで皆がいた階のトイレを爆破したんっスね」
 「そう、後は爆破音を再利用してかく乱しつつ、もう一発爆破。最後は噴水をルビジウム4つで爆破、そして社屋を出る。以上、社長室でのオーパーツ展開から30分以内にしたことでさぁ」
 「なるほどー、さすがっス。ついて来てもらって良かったと言うか何というか……さわさんとお仕事すると楽しいっス」
 「そう言ってもらえりゃ幸いですねぃ。さて、伝ちゃん。今日は飲みますよ、打ち上げ打ち上げ」
 「んじゃ、んじゃんじゃおいら誰かお誘いするっス。派手に飲むっスよ~」
 うはははは、ナハハハハ、二人は笑いながら飲み屋街へと消えていった。

 ‐終わり‐