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1.宴の支度

 軽やかな音が響く。ローラースケートが舗装された地面を駆ける音だ。
 風になびく髪の色は白。ただし、年をとっている故の白ではなく、生まれつき色素がほとんどない故の白色だ。その髪の毛で覆われた小さい頭はまだ若い少年だ。
 アルマ・アベル。13歳。
 ランキング222位、通称【リーヴルノーブル(誇り高き野兎)】ブラックシープ商会所属の運送屋である。
 この学園の生徒にしては珍しく戦闘能力は高くないが、どこにでも入り込んで荷物を届けるその姿は生徒にはよく知られている。また、たとえそこが戦場でも刑務所でも荷物を忠実に荷物を運ぶ勤務態度から、名指しで大企業の重要機密運搬を任されることもある。

 「人は見かけによらない」

 この学園では繰り返し言われる言葉を、彼はよく体現している。
「あ、アルマさんだ」
 アルマが止まった瞬間、すぐ目の前の店の扉があいて小柄な少女が出てきた。アルマはぺこりと頭を下げる。
「こんにちは。雪白さん。エンジェルエッグさんからお届け物です」
 アルマは、肩にかけた鞄から茶色の封筒を取り出した。雪白は微笑んでそれを受け取った。
「ありがとうございます」
「エンジェルエッグからブルーローズへなんて珍しいですね」
 白花はにこりと笑った。
 エンジェルエッグとは、校内に無数に存在する「リンク」と呼ばれる学園の生徒が母体となって活動する企業組織の一つである。この学園の目的があらゆる方面で次代を担う人材を育成することであるため、リンクもバラエティに富んでいるが、中でもエンジェルエッグは一風変わったことで有名だ。一言でいえば、化粧品やエステなど人間の美しさを追い求める集団がこのエンジェルエッグである。
 アーティスト集団ならば他にもいくつものリンクがある。しかし、エンジェルエッグは[美しくないものを美しくする]ことに命をかけている傾向があり、それが他のリンクとの深い溝になっている。彼らにかかれば、化粧、エステ、洋服、特殊メイクまで用いて人を他人に変身させることなど造作もない。
 一方のブルーローズは、ある意味では正統派リンクである。彼らは洋菓子チェーン店なのだ。ただし、品質を保つため支店の進出には慎重だ。

 美容と洋菓子。

 当たり前だが、接点は多くない。
「なんか、今度《美と健康を考えた御馳走フェア》っていうのも三日間にわたってやるらしくて、うちも出店するの。アルマ君も食べに来てね。内容は、カロリーオフの夏のお菓子ってことで、寒天と蒟蒻ゼリーの新作を出すの。来るなら予約しておくわ」
「わあ、楽しみです。お願いします」
 アルマは手を叩いた。
 ブルーローズのお菓子は決して高価とはいえないが、いかんせん、需要と供給のバランスがとれていない。誕生日ケーキでも頼もうものなら、三か月は待たされる覚悟がいる。
「あ、そうだ。まだ届け物があるんですけど、沙鳥さんと篭森さん、こっちに来てません」
「二階にいるわよ。新商品の白玉抹茶パフェときなこ餅パフェを食べてるわ」
「ありがとう御座います」
 断って、アルマは店内に足を踏み入れた。
 ブルーローズの中にはVIP席と呼ばれる特等席がある。そこに学園が誇るトップランカーの一人、朝霧沙鳥と篭森珠月はのんびりと座っていた。
 日にあたって茶色く透ける髪と大きな目、ふんわりしたやわらかい色の服。可愛らしいという言葉を体現しているかのような沙鳥。
 前下がりに切りそろえられた黒髪で、小柄なはずなのに気だるそうにふんぞり返った姿のためかそうは見えない篭森。
 二人は一心不乱に目の前のパフェと格闘している。
 お姫様と魔女がいる。
 アルマは思わず微笑んだ。見ようによっては童話のような光景だ。誰にでも愛される可愛い支配者と、我が道を行く異端の魔女。どちらも童話には欠かせない登場人物だ。
 相変わらずだなぁ。
 アルマは心の中でつぶやいた。いつ見ても沙鳥は可愛らしく、いつ見ても篭森はちょっと気だるそう。それはそのまま、二人の性格でもある。なぜ仲良しなのかは謎だ。
「アルマ君だ!」
 階段を登りきった突端、沙鳥が声を上げた。篭森のほうは目の前のパフェの方が大事とばかりに黙々と食事を続けている。アルマは早足でそんな二人に近づくと、双方に白い包みを差し出した。
「エンジェルエッグのエイミー・ブラウンさんからです」
「わー、ありがとう」
「ん。御苦労さま」
 つるつる逃げる白玉をスプーンで追いかけていた篭森がようやく、声を出した。
 篭森は別に取り立てて凶暴でも人が悪いわけでもないが、ゴシックロリータな服装のせいか話しかけにくい。アルマはかすかに緊張する。しかし、篭森は気にした風もなく、荷物を受け取るとおおざっぱに包みを破った。沙鳥も隣で慎重に開封する。
「ねえねえ、珠月ちゃんは何? わたしのとこは招待状だよ。なんかフェアの最終日に、料理コンテストやるから、審査員で出てほしいって」
 茶色のテディベアが抱えた花束の中に、白字に金色の文字で書かれた招待状が刺さっている。添え物であるはずのテディベアと花束があまりにも豪華なため、一瞬、招待状が目に入らない。アルマは目を瞬かせた。
「凝ってますね。流石はエイミーさん」
「まあ、相手の嗜好に合わせた招待状を送るセンスはある」
 答えたのは沙鳥ではなく、篭森の方だった。篭森の包みからは、淡い青のうさぎのぬいぐるみが手紙を持って現れた。こちらには花束はない。篭森は自分の目の高さにぬぐるみを持ち上げると、じっとそれを見詰めた。
「…………えーと、篭森さん?」
 機嫌を悪くしたんだろうか。
 空気に緊張が走る。だが、次の瞬間篭森はにこりと笑った。そして、むぎゅとぬいぐるみを抱きしめる。
「可愛い(はぁと)」
 別の意味で空気が凍りついた。
 うっかり篭森の満面の笑みを見てしまった客が、ぽろりと食べ掛けのケーキを取り落とす。だが、沙鳥だけは動じない。
「珠月ちゃん、可愛いもの大好きだよね。自室とか、子供部屋状態だもんね」
「どうせ似合わないけどね」
 篭森は肩をすくめて見せた。確かに篭森のイメージには合っていない。どちらかというと、墓場で骸骨とかもってけたけた笑っているほうがイメージに近いくらいだ。
 凍りついたままのアルマをしり目に、篭森はぬぐるみの持っている手紙を開いた。
「私のほうは、料理コンテストに出てほしいって要請だ」
「料理できるんですか?」
 おもわず素っ頓狂な声を出してしまい、アルマは慌てて自分の口をふさいだ。
「ご、ごめんなさ」「まあまあ、上手いよ。こう見えても」
 動くたびに衣ずれとかすかな金属音がする。今日の篭森の服に大量の金具が付いているためだろう。いつ見ても、彼女の服装はアルマの理解の範囲外だ。
「珠月ちゃん出るの?」
「出ようかな。ぬいぐるみもらっちゃったし。さっちゃんのもそうだけど、多分、キャシーの作品だ。それも工房ものじゃなくて、本人が作ったやつ。出すとこに出せば、五十万は超えるね」
 即物的な判断だった。
「エイミーちゃん力入れてるのね。そのフェア」
「ブラックシープ商会、伊座波農林水産協会、ファラリス畜産協会の全面バックアップの企画だからね。それに確かエンジェルエッグ設立三周年企画でもあるはずだし、利益よりも宣伝優先なんだと思うよ。金掛かってるねぇ」
 篭森は指先で招待状をはじいた。うっすらと笑みを浮かべる。
「でも、楽しみ。大きいイベントになるだろうね」
「そうだね」
 顔を見合せて童女のように微笑む二人を見て、アルマも釣られて笑みを浮かべた。