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四十物谷調査事務所調査ファイル №1

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tranquilizer

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 髪を伸ばし始めたのは、旧時代、日本という国では長い髪に霊力が宿るといわれていたという話を聞いてからだった。
 僕はそういう話が結構好きだ。迷信と笑う人もいるけれど、もしも縁とか霊魂があるならば、それはとても素敵なことだと思う。世界には何億人もひとがいて、しかもその人たちは長くても百年くらいしか生きない。その中で出会えるということは、それこそ目に見えないなにかが働いていたとしてもおかしくない。それに魂と言うものがあるならば、僕らは死んだあとでも誰かに会えるということになる。
 素敵な話だ。殺伐としたこの時代だからこそ、僕はそれに惹かれる。
 僕は人間が大好きだ。優しい人も残酷なひとも短気な人も寛容な人も大好き。珍しい人間はもっと好きだ。だから幽霊も好き。だって、幽霊は人なのにひとではないから。殺人鬼も好き。人のくせに鬼だから。賢いひとは好き。人なのに人よりずっと賢明だから。愚かなひとは好き。人なのにひとの分かるはずのことが分からないから。
 人間は本当に楽しくて、見ていて飽きない。

「四十物谷さん」

 声をかけられて、トランキ学園序列62位【ホーンテッドアックス(怪奇斧男)】四十物谷宗谷(あいものや そうや)は書類から顔を上げた。
「聖、あっちの赤い封筒とその横のでかい茶封筒はもう見たから、依頼主に送ってくれ。契約完了だ。それと秋人に連絡して解析依頼をしてる出土品の調査を急がせてほしい。新規に入ってきた身辺調査は、適当に末端の構成員に振り分けて……」
「了解。それより、所長。一件、失敗が出たぜ」
 序列265位【サンクタム(聖域)】正月聖(まさつき ひじり)は、深々とため息をついた。
「たいした仕事じゃねえから、末端のアルバイターに任せたんだが、思ったより面倒くさいだった事件らしくて……俺たちが出たほうがいいかもしれない」
 広いオフィスでうろうろしている社員を振り返って、聖は言った。数人が顔をあげる。
「あらあら。仕事をミスるなんて、困ったこと」
 眼帯の少女が、あまり困っていなさそうな顔で返事をした。
彼女は、序列96位【ナハトイェーガー(夜の狩人)】朧寺緋葬架(おぼろでら ひそか)。このリンクでは、四十物谷の次に高いランキングの少女である。調査能力は四十物谷にはるかに劣るものの、銃火器を使った戦闘では事務所で右に出るものはいない。
「解析に失敗? それとも調査にですの? 前者ならクビにしたほうがよろしいのでは?」
 四十物谷調査事務所は、調査会社である。調査と名のつくものなら、人探しや身辺調査から、海底探索や遺跡発掘、成分分析に検死解剖まで契約が成立すればなんでも請け負う。請け負った仕事は、内容に応じて所員や契約所員、ものによってはアルバイトにふりわけられる。
「うちの学者連中は優秀だぜ。それはない。失敗したのは、殺人事件の調査をしてたやつだよ。どうにも手詰まりだと泣きついてきた」
「殺人事件の調査なんで珍しいですわね」
 調査が珍しい、というよりは調査を依頼するひとが珍しい。この街では、きっとここ以外でも人が死ぬことなど珍しいことではない。それゆえ、わざわざそれを深く追求するひとも少ない。
「ああ。恋人が殺されたそうだ。この学園の予科3年目の辻という生徒が被害者で、一週間少し前、ノースヤードのスラム街で喉をかき切られた後、五体と臓腑をばらばらにされて殺された。遺体は頭、胴、手足に分解され、内蔵は丁寧に取り出されて晒されていたようだ」
「あらあら。カラスや野良犬の被害にはあわなかったですか?」
 おっとりした口調で、緋葬架は血なまぐさいことを口にした。頭の上でツインテールに結い上げた髪がひょこりと揺れる。
「食い散らかされていたが、一応、そろってはいたらしい。ちなみに、ほぼ同時刻、半径一キロ圏内でほかに二人が同じころされ方をしている。こちらは現地の住人だな。被害者に共通点がなく、復讐代行業者等が動いた形跡がないことから通り魔的犯行で、しかも高度な殺人技術と解体技術をもっているといえる」
 緋葬架は顔をしかめた。逆に四十物谷は興味深げに身を乗り出す。
「猟奇的だね」
「でも、それなら簡単です。残酷と悪徳のコンビの仕業に違いないです」

【クルアルティワーシプ(残酷礼賛)】不死原夏羽(しなずはら かばね)
【ヴァイスワーシプ(悪徳礼賛)】不死川陽狩(しなずかわ ひかり)

 ついになるエイリアスを持つこの二人は、序列261位と270位にある学園最高峰の殺人鬼である。血のつながりはなく、また互いに互いの命を狙っているという関係ではあるものの抜群のコンビネーションで敵を撃破し、戦闘能力だけなら二桁ランカーに匹敵するとも言われる。
学園内には、他に序列158位【レッドラム(赤い羊)】法華堂戒、序列213位【ジャックシザーズ(イカれた理髪師)】ジャッキー・フィガロなど有名な殺人鬼・快楽殺人者が複数存在するが、性質の悪さという点においてはこの二人は突出している。なぜなら、この二人は快楽殺人者の上、我慢するということを知らないからだ。主の言うことを聞く法華堂やジャッキーとは、まったく違う。
「解体して遊ぶなんて、あの二人の大好きなことですもの。間違いありません」
「俺もそう思った。だからバイトに任せたんだが……どうも、この二人は完全にシロらしい」
 聖は肩をすくめた。
「アリバイがあるのですか?」
「ああ。犯行があったと思われる時間の前後二時間、サウスヤードで別の人間を切り殺して解体した後、その場で喧嘩になって通算132回目の殺し合いをしていたところを複数の人間が目撃している。本人も認めているし」
「……それ、アリバイっていうのかしら?」
 別の場所で他のひとを殺していたから、その殺しはしていない。ないほうがましなくらいのアリバイだ。
「じゃあ、【レッドラム(赤い羊)】の法華堂戒は? 今はおとなしいですけど、あいつも腹部を引裂いて殺すのは得意でしょ?」
「やつはその日、エドワード・ブラックシープとともにメインヤードの中華料理店『花花』で長時間飲んでいた。エドワードのやつ、メリー・シェリーに『僕のことをどう思う?』と聞いたら、『え? 変質者でしょうか?』って返事が返ってきていじけたらしい。それを法華堂が必死で慰めている痛々しい光景を、こちらも複数が目撃している」
「……ないほうがましなアリバイです」
「そうだねぇ」
 賢明にも、聖は肯定も否定もしなかった。
「【シュムッツィゲ(汚辱の土曜日)】サイラス・アッカスーンなら骨も残らないだろうし、【ファスナハト(汚濁の木曜日)】ディータ・ガルもその時間、飲み屋街にいたらしい。そもそもディータは依頼以外で殺ししないから、通り魔殺人するとは思えないしな」
「うちの学校、つくづく殺人鬼多いわねぇ」
 嘆かわしいわ、と緋葬架は呟いた。しかし、副業が暗殺者である人間が言っていい台詞ではない。
 聖は曖昧に頷いた。
「他の連中も全員シロ。ちなみに容疑者の犯行否定の理由の第三位は、その日は武器の手入でお気に入りの凶器が手元になかった。第二位は、同時刻誰かと別の場所にいた。そして栄えある第一位は、他の場所で他の人間を殺害していたためアリバイがある、だ」
「みなさん、殺しすぎです」
「緋葬架、意味なく殺しまくるから『殺人鬼』なんだよ」
 嫌そうな顔をする緋葬架の頭を、宗谷は撫でた。
「それに君や僕だって、彼らを嫌悪できるほど立派な人間でもないだろ?」
「私は人間を解体したりしません」
「殺されるほうからすれば、どんな死に方をするかなんて関係ないよ。殺されるか、そうでないかだけが問題だ」
 ふふと宗谷は笑った。聖と緋葬架は顔を見合わせる。
 たまにこの所長は、とても黒い。黒くて怖い。
「それはともかくとして、誰かを派遣する? このままでは信用に関わる」
 給湯室から出てきた青年が、順番に珈琲のカップを配りながら、尋ねた。
 序列610位ジョフ・フリーマン。素手の接近戦ならば校内最高クラスの戦士の一人だが、同時に四十物谷調査事務所の中では比較的まともな脳みその持ち主でもある。
「揺蘭李とファヒマはお仕事で留守だし、危ないことを学者連中にさせるわけにもいかない。緋葬架、やってみない?」
「自身がありません。単独での探査は私の専門外ですわ。それなら、聖がやったほうがましです」
「俺、仕事入ってるんだけど……」
「ジョフも捜査は苦手ですし。揺蘭李がいれば、話は早いんですけど。契約社員のなかから誰か呼びだします?」
「それには及ばないよ」
 宗谷はため息をついた。
「僕がやっておくよ。書類の引継ぎよろしく」
「あらら、所長自らお出ましに?」
「仕方ないね。ちょっと行ってくる。机の上の書類は処分していいよ」
「はい。行ってらっしゃいませ、所長」
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