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   「Vampire」 

 少女たちは銃を構えてはいるもののなかなかその引き金を引こうとはしない。おそらく、戒が抱えている少女に流れ弾が当たるのを懸念しているのだろう。
 「ですが……へたに動くと真っ先に蜂の巣にされるでしょうね……。ここはむしろ法華堂君が連れているその子から離れず、動かないほうが安全かもしれません」
 「けど、それじゃ埒が明かないだろうがよ」
 戒も油断なく周囲を見回す。両手にメリーと少女を抱えている状態では満足にフォークを振るえるはずもなく、実質的な戦力は殆どないといってもいい。
 「さて、しかしこの子が彼女たち……否、彼女たちを操っている能力者にとってどういう存在だというのでしょうね? 考えられることはいくつかありますが……」
 「例えば?」
 「この子が能力者にとって大切な存在である場合……それこそ人間的に大切なのか、能力を行使する上で大切なのかは分かりませんが。もしくは、彼女自身が能力者本人であるか……」
 戒は僅かに眉を顰めた。
 「そんなアホなことがあるか」
 「分からないじゃないですか。世の中には瞑獄さんのように見た目に反する極悪な能力者もいます」
 瞑獄・鞍螺、死体遣い。それと対比するならば、差し詰めこの能力者は生者を操る『生者遣い』と言ったところだろうか。
 「まぁ私も流石に突飛だとは思いましたがね。でも、法華堂君の話を聴く限り、この子が他の子たちとは一線を隔して違うというのでしょう?」
 「あぁ……他の娘たちは仲間が殺されそうになっても見向きもしなかったが、この子に限って言えば逆にかばおうとする節があったしな。それにこの子自身が戦闘から遠ざかろうとさえしていた」
 「なるほど」、とアルフレッドは徐々に距離を詰めてきた一人の少女の手から銃を弾き飛ばしながら頷いた。手にしたコルト・パイソンからは白い硝煙が上がっている。
 「確かに彼女たちには自傷を懸念する様子もないですし……ん? どうかしましたか、モニカ?」
 アルフレッドは僅かに後ろを振り返り、自分の袖を引いていたモニカを見る。
 「うん、なんか私、この子見たことがあるような気がするのよね……」
 「ほう?」
 モニカはしきりに首を捻っている。
 「うーん……どこで見たんだったかなぁ……? 授業とかじゃないし……この辺まで出てるんだけど」
 そのとき、少女を抱えていた戒が小さく叫び声を上げた。
 「いてっ!」
 見れば戒が少女を抱えていた腕がナイフで切りつけられていた。白いシャツが見る間に赤く染まっていく。そしていつの間に気が付いていたのか、戒が抱えていた少女が、今まさに少女たちをかき分けて雑踏の中へと走り去ろうとするところであった。
 そこからのアルフレッドと戒の反応は早かった。アルフレッドは背後のモニカを再び抱え上げ、戒とそれぞれ逆の方向に飛び退る。一瞬遅れて、少女たちが手にした銃から撃ち出された弾丸が今までアルフレッドたちがいた壁に兆弾した。
 アルフレッドに抱えられたまま、モニカが鋭く叫んだ。
 「思い出した! 間違いない、その子が犯人――能力者よ。逃がしちゃダメ!」
 モニカの叫びを受け、戒は横合いに跳んだ勢いをそのままに背後の壁をけりつけて飛び上がった。空中で逃走を図った少女の後姿を見定めると、戒は背後に手を回し再びフォークを構える。

 そして、戒はその愛用の武器を、走り去る少女の足めがけて投擲した。

 「ぎゃぁっ!」
 戒の手を離れたフォークは一直線に少女の左足に突き刺さった。肉をえぐり筋を断ち切り骨を砕いて。少女はそのまま地面に転倒する。ふくらはぎを貫通したフォークが、まるで虫ピンのように少女を地面に縫い付けているかのようだ。
 同時進行でアルフレッドも手にしたコルト・パイソンから放たれる弾丸で少女たちの手の中にある拳銃を弾き飛ばしていた。何人かは直接腕に弾丸を打ち込まれていたようだが、そもそもアルフレッドは銃器を扱う腕にかけては現役のソルジャーと比べれば児戯のようなものなのでむしろましな方だろう。
 「足を突き刺すなんて、随分非道なことをしますね」
 「怪我させてもいいっつったのはお前だろうが」
 アルフレッドはさらに倒された仲間――否、モニカ曰く主に駆け寄ろうとする少女たちに銃のグリップで当身を入れて気絶させていく。
 「ぐぁ……が……ぅ」
 地面に倒れて悶絶する少女を、アルフレッドは観察するように覗き込んだ。
 「さて……こちらのモニカがあなたが犯人だといっているのですが、何か弁明することはありますかね?」
 少女は唸りながらそれに答える。
 「はぁ……はぁ、くく、確かにそうだ、はぁ……まさか、俺のことを知ってる奴がいるとは思わなかったけどな……」
 「『俺』?」
 意外な一人称に、アルフレッドと戒は目を丸くした。モニカが言う。
 「この人、ウチのカヴンの登録魔女だよ。どこかで見たと思ったら、私が面接した人だったんだ」
 よくよく見てみれば、小柄で線は細いし黒のロングヘアーは女性的だが、確かに男であることが分かる。しかし、とアルフレッドは続けた。
 「人を操作するなどという能力、十分有用なものじゃないですか。何だってカヴンに所属なんかしてたんです?」
 「それなんか、ウチのメンバーが使えない奴らみたいでムカつくなぁ……まぁ否定しないけど。とりあえず、その時は少なくともこんなことに使える能力じゃなかったんだよ」
 ミスティック能力には個性がある。人によって行使できる能力は変わるが、逆に能力が成長したり欠損したりすることはない。ただ、自分の能力に理解が及ぶことによってできることが増えるということはある。言い換えれば、違った使い方に思い至るということだ。
 「なるほどな、それでカボチャの嬢ちゃんが気づけなかったわけか。……まぁ能力の詳細はどうでもいい、あんたの操ってる子らはすぐに元に戻せるのか?」
 「……できるかどうかといえばできるさ。けど、それを了承するかどうかはまた別……あぁっがぁああぁ!」
 戒はわざと傷口を広げるようにぐりぐりとフォークを引き抜いた。じわじわと血を垂れ流す傷口に足裏を押し当てて、再び問う。
 「もう一度訊く。副社長たちを解放するか? まぁどっちにしろミスティック能力だ。お前を殺せば自動的に能力は切れるだろ」
 そう言う戒の目は、冷たいステンレスナイフのような、殺人鬼時代の光を帯びていた。
 流石にその視線に飲まれたのか、少年は諦めたかのように頷いた。
 「はぁ、はぁ……分かった、分かったよ。解放すればいいんだろ? だが、そのためにはその足をどけてもらわないとな。能力の解除には対象と接触する必要がある……」
 戒は若干疑うような表情をしたが、黙って足をどけた。代わりに今しがた足から抜いたばかりのフォークを首筋に突きつける。
 「まさか、能力を解いたら殺すなんていわないよな?」
 額に脂汗を浮かべながらそう尋ねる彼に、アルフレッドは苦笑して答えた。
 「その辺は安心してください。少なくとも私は西区画の仕事で来ているので、あなたをユグドラシルユニットに引き渡さなければなりませんから」
 それから戒の方を見て、
 「そういうわけなので、戒さんも不必要に殺さないでくださいね」
 「分かってるよ」
 そして少女たちにかけた能力を解くために彼がその腕を一人目の少女に伸ばしたとき。

 唐突に少年の腕が肘の辺りから切り落とされた。

 「っえぇ? っあ、ああ?」
 一瞬、何が起こったのか分からないという顔をする少年。もちろんそれは彼だけでなく、この場に居合わせた全員がそうだったのだが。
 遅れてきた痛みに彼が叫び声を上げようと口を開ける間もなく。
 「っづぐぅ!」
 遅れて二度目の刺突がその喉を貫通した。
 それは、銀色に煌く一本の万能包丁。
 「くふふ、くふふ!」
 唐突に現れて少年を殺害――屠殺した人物はそう、幸せそうな笑いを漏らした。
 戒が振るうフォークをひらりとかわしつつ、腕にはしっかりと少年の身体を抱え、マリア・レティシアは笑う。
 「……てめぇ」
 「くふふ、もう間に合わないかと思ってたけど、残っててよかった。くふふ、くふふ!」
 戒の怒りに満ちた視線を気にもせず、マリアは手に入れた『食材』を愛おしげに見つめる。少年の目にもはや生気はなく、離れた場所からも確実に死んでいることが見て取れた。
 そのまま手に入れた食材を独り占めするかのように走り去るマリアを、戒は当然のように追おうとしたのだが、肩をアルフレッドに掴まれ黙って彼女を見逃した。
 「まったく、漁夫の利を持っていかれた形ですが……まぁいいでしょう。少なくともこれで彼の能力は解けるでしょうし」
 「お前随分あっさりしてるな」
 戒は自分たちの仕事を持ち逃げされて悔しいらしく、すでに見えなくなったマリアの走り去った方向をじっと睨んだ。
 「まぁ、正直事件が解決すればそれでよかったですし。それにユグドラシルに怒られるのはウチじゃなくて時夜君の方でしょうしね」
 そしてアルフレッドはため息を吐くと誰にともなく言った。
 「さて、万事重畳とは言いがたいですが、これにて一件落着といったところですかね?」