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Battle (2)

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   「Battle (2)」

「ったく、副社長もマリアも、一体誰を追いかけてるってんだ?」
 爆発の方向へ走り出して数分、戒は野次馬でごった返す通りを足早にすり抜けるメリーの姿を発見してそれを追いかけていた。
 「くふふ、おいしそうな食材はどこにいったのかな? くふふ!」
 その戒の少し先をやはり人にぶつかりながら走っているマリア。周りに目をくれず、しかし両手に包丁を持って走っている彼女は物理的にも精神的にも、かなり危ない。
 「くふ!見つけた!」
 そのマリアの視線が野次馬の中から一人の人物に注がれる。メリーたちと同じような襤褸切れを纏った長い黒髪の少女。マリアはその少女に狙いを定め、野次馬の一人の頭を足場に大きく跳び上がった。
 走り去ろうとする少女の眼前に着地したマリアは、やはり恍惚とした笑みを貼り付けて包丁を構える。
 「くふふ!やっと会えたね、おいしそうな食材さん! お肉は適度に脂が乗って柔らかそうだし、骨も髄が詰まっていい出汁が取れそう。内臓から何まで捨てるところがないくらいだね、くふふふふ!」
 ようやく目当ての食材に巡り会えた喜びにマリアは歓喜の声を上げた。
 構えた包丁を振り下ろす刹那、マリアと少女の間に、追いすがるメリーが割って入る。包丁の切っ先がメリーもろとも少女を叩き切ろうとしたとき、拳大のコンクリート片がマリアの手から包丁を弾き飛ばした。
 「くふ?」
 「危ねぇ危ねぇ。ったく、何でまた副社長はあの娘を守ろうとしたんだ?副社長を操ってる奴にとってあの娘がよほどか重要ってことか……?」
 ぶつぶつと考察を呟きながら、そして片手で同じようなコンクリート片をお手玉のように弄びながら、戒はようやくマリアたちに追いついた。さっきの一撃は戒がフォークで投石器のように礫を弾き飛ばしたもののようである。
 「くふふ、またあなたなの? 今日の食材には随分と先約が多いみたいだね? くふふ」
 狂気と恍惚を孕んだ目で戒を見据えながら、マリアは一本に減った包丁を構える。対する戒は酷くだるそうに視線を泳がせている。
 「まぁ、別に正義心出すわけじゃないけどな。俺だって人のことを言えたクチじゃねぇし……だが、とりあえず副社長だけは無事に帰してもらわないと困るし」
 そうして、戒は再びトフォークを軽く振るった。


 ウルスラが繰り出す幾度目かの攻撃を回避したところで、モニカが叫んだ。
 「アルフレッド、これじゃ埒が明かないわよ。ちょっと降ろして!」
 アルフレッドは油断なくウルスラの周りを走りながら言う。
 「そんなことを言ったって、この状態じゃいつ巻き込まれるか分かったもんじゃありませんよ?」
 「でも私を抱えたままじゃ右手が使えないでしょ! 私があの子を足止めするから、その隙にやっつけなさい!」
 確かに今のところアルフレッドはウルスラのサイコキネシスから逃げ回っているばかりである。時折【左手の法則(レフトフレミング)】のエレキネシスで反撃をしているが、軌道が見えやすいこちらもまたことごとく回避され続けている。精神力の総量は薬物で強化されているウルスラの方が強いので、このまま打ち合いを続けていれば間違いなくアルフレッドの精神が擦り切れるだろう。ウルスラの薬効が切れるのを待つという作戦もあるが、その前に彼女の攻撃が当たってしまう。
 アルフレッドは周囲を見回す。周りにはウルスラが吹き飛ばした建物の壁が瓦礫となって転がっていた。コンクリート片からは古びた鉄骨が捻じ曲がって生えている。それを見て彼は何か作戦を考え付いたらしい。
 「……分かりました。それじゃ、彼女の目くらましをお願いします。私は……まぁ死なない程度にお仕置きをすることにしましょう」
 アルフレッドはそう呟くと同時に、自分が飛び退る方向とは逆にモニカを放り出した。二人の間をすり抜けるようにサイコキネシスが地面をえぐる。
 器用に着地したモニカは、両手を軽くウルスラに向けた。体内のエーテルに意識を集中して、それを放出するイメージを固める。
 「さぁて、私もかっこいいところを見せてあげるからね? 【可愛い魔法(プチマジック)】!!」
 名を呼ばれたモニカの『力』はより具体的なイメージと共に小さな火球を作り出す。それはマッチの炎にも劣るような、触れれば火傷こそするだろうがそれだけならばまるで花火の火花のような小さな炎だった。

 ただ、その数が万を越えるほどであるということ以外は。

 一瞬で視界を埋め尽くすほどの赤い炎に、ウルスラも思わず足を止めた。もちろん小さな火球など風が吹けば一瞬で消し飛んでしまうようなもろいものである。
 だが、その一瞬がウルスラにとっては致命的な隙となる。
 「っぐぁ!?」
 一つ、思いパンチを受けたような衝撃がわき腹に走ったかと思うと、その衝撃は次々とウルスラの身体を襲った。
 視界の端に映ったのは、次々と自分めがけて飛んでくるコンクリート片。その一つ一つがまるでウルスラに引き寄せられるかのように飛んでくるのである。
 戦場を気にも留めないかのように一瞬吹いたそよ風が、モニカが弾幕のように撒いた火球を吹き飛ばした。開けた視界に映ったのは、左手の人差し指を自分に向けているアルフレッドの姿。
 そして。

 「少々おいたが過ぎましたね、ウルスラさん」

 さらにアルフレッドの右手中指が自分を指し示したのを見た瞬間。
 ウルスラの身体に雷に打たれたような衝撃が走った。
 「…………っ!!」
 脳髄を揺さぶる衝撃――否、電撃に、ウルスラの意識が強制的に引き剥がされる。

 アルフレッドの能力は左右の手指からサイコキネシスを放つ力である。左手人差し指はエレキネシスの応用で指差した先に強力な磁界を発生させる力。これによって内部に鉄骨を持ったコンクリート片がウルスラへと引き寄せられた。
 そして右手中指は、指差したものに直接電流を流す力である。ただし有機物に対して使うことは出来ないため、今のようにウルスラの身体に伝導体――すなわち鉄骨を纏わせて使ったわけだ。
 本来ならば象の心臓をも停止させるような電流だが、アルフレッドもそこまで鬼ではないのでしばらく戦闘不能になる程度に留めていたが。

 
 戒が振り上げたフォークはしかしマリアではなく、メリーと少女の首筋へと一撃を与えた。もちろん刃の方ではなく石突の側だったが、当身を入れられた二人はガクリとくずおれた。戒はその二人を小脇に抱え、すぐさま戦闘から離脱する。
 「ったく、よく考えりゃ、最初っからこうしてればよかったんだよな」
 一瞬送れてマリアが戒を追う気配が感じられたが、そのころにはすでにマリアにとって致命的なほどに二人の距離は離されていた。
 マリア・レティシア対法華堂・戒の戦い――法華堂・戒の敗走により、マリア・レティシアの勝利。或いは、戒の勝ち逃げと言っていえなくもないが。
 「これで目が覚めたときに元に戻っててくれりゃ幸いなんだが……まぁダメだったら【フラグブレイカー(伏線破壊)】のところにでも連れてけばいいか。これがミスティックの仕業だったらの話だが」
 そう一人ごち、戒は歩を緩めた。すでにマリアが追ってきている気配はなくなっている。どうやらあまり一つの『食材』には固執しない性質らしい。
 と、そこで戒は見知った男の背中を見つけた。無残にも破壊されつくした周囲の建造物が、たった今まで彼が修羅場をくぐっていたことを物語っている。
 戒は若干草臥れた様子のその背中に声をかけた。


意識を失って崩れ落ちたウルスラの姿を確認して、アルフレッドは両手を降ろした。平静を装っているが、額には玉の汗が浮かんでいる。右手中指のエレキネシスは彼の能力の中で一番神経を使う技だった。ポケットからハンカチを出して額をぬぐう彼に、モニカがちょこちょこと近寄ってくる。
 「ね、私だって役に立つでしょ?」
 「えぇ……そうですね。助かりましたよ」
 そう応える声の端々にも疲れがにじみ出ているようだ。

 「よぉ、アルフレッドじゃんか」

 と、そんな彼に声を掛けてくる人物がいた。両脇にボロを纏った二人の少女を抱えた戒である。彼もまた多少の疲労をにじませ、アルフレッド同様修羅場を潜ってきた様子である。
 「おや、法華堂君。東区画の方がこんなところで、一体何事です?」
 乱れた襟を正し、その辺に転がっていた愛用のステッキを拾いながらアルフレッドが尋ねる。
 「あぁ、最近噂の誘拐魔について探ってたらコレだ。まぁウチの副社長を無事取り返したからよしとするが」
 「ブラックシープ君のところのメリーさんまで被害に遭ってたんですか? それはまた……ところで、そっちの方はどなたです?」
 アルフレッドの疑問を受け、戒は「あぁ」と抱えた一人の少女の後頭部を見る。
 「さっき真夜中んとこのマリアに襲われそうになってたのをノリで助けちまったんだが……俺もよく分からん。ただ、他の被害者たちとはどうもわけが違うようだ」
 「? どういうことですか?」
 「あぁ、実は……いや、後にするか」
 口を開きかけ、戒は一旦言葉を納めて背後を振り返った。同じくアルフレッドもモニカを背後にかばいながら周囲を見回す。
 いつの間にか、マリーたちと同じような襤褸切れを被った少女の一群がアルフレッドたちを取り囲んでいた。手に手に、少女の手には余るような無骨な拳銃を携えている。
 「やれやれ、僕はもう疲労困憊なんですが……この子たちは何です?」
 「副社長と同じように誘拐魔に操られているようだな」
 「操られている? それは初耳ですが……なるほど、これだけの人数となるとサイキッカーとは思えませんね。おそらくミスティックですか」
 そう言ってアルフレッドは懐から愛用の銃を取り出した。旧世紀の老舗モデル、コルト・パイソン8インチ型である。
 「殺すのかよ」
 「まさか、ちょっと怪我させるだけですよ」
 そんな物騒な会話を交わしながらも油断なく周囲を見回す二人。そのとき、アルフレッドが思い出したように問いかけた。
 「ところで、なぜ私たちが狙われなければならないんです?」
 「ん? 多分この娘を取り返そうとしてるんだろうな。さっき言った『わけが違う』ってのはこういうわけだ」
 戒の説明を受けて、アルフレッドはふむ、と頷いた。
 「なら、さっさとここを切り抜けて、その子に話を聴いたほうがよさそうですね」
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