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 楚羅嗚のエーテルが力に変わる。虹色の光彩が世界の中へ解き放たれる。
 瞬く間に空間に色が生まれる。幻想的なグラデーションが現実へと昇華する。美しく輝き、空が光に満ちる。
 そして、描き出されるのは幻想の生物。翼持つ巨大な赤い獣はドラゴンと呼ばれる幻獣だ。太く力強い首には手綱がつけられており、翼の間には鐙が装着されている。
 ドラゴンが一声嘶き、夜神を睨みつける。存在しない筈の竜種、その眼光は鋭く恐ろしい。けれど、夜神は怯みもしない。
「吠えるな、蜥蜴」
 何の挙動も見せず、夜神が動く。
 もし相手がただのドラゴンならば。もしドラゴンを生み出したのが楚羅嗚でなければ。その僅かな動きで、ドラゴンは先程の男と同じ運命を辿っていただろう。
 しかし、目の前にいるドラゴンは、【ファンタズマゴリアレジェンド】望月楚羅嗚が描き出し、創りだしたものなのだ。そう簡単に行くはずがない。
「ハッ!」
 楚羅嗚の目にも映らない不可視の攻撃を、彼は見切る。竜の背に飛び乗り、高く高く飛び上がる。
 いつ描き出したのか、楚羅嗚は白銀の鎧を纏っていた。暗く沈む夜神と対照的に、白く輝くその姿は伝奇小説の勇者を彷彿とさせる。
 荘厳な鎧を纏い、右手に銃を、左手に手綱を持って勇壮と竜を駆るその姿、まさに幻想伝説の名に相応しい。
 男たちも、思わずその姿に見入っていた。今の楚羅嗚は、物語の中からまさに飛び出してきたようだ。
「夜神君。今日こそ君との決着をつけさせてもらおう」
 上空からのスナイプ。ウィザードのようにはいかないが、楚羅嗚の能力で作られたものはどれも強力。並の最新式よりはよっぽど強力で、精密な射撃を可能とする。あらゆるスペックが標準で高い彼ならば、まず外すことはない。
 それでも射撃は夜神には届かない。どれもこれも、彼の体に届く前にポトリポトリと落ちていく。見えない壁に阻まれて、一つとして当たらない。
「無駄、無意味、無価値。幻想は幻想に過ぎず破瓜の痛みもない児戯。我に痛みを得させるなど不可能。我こそは夜、夕墓に没み幽慕に落ちる寂静の闇よりいでる夜」
 夜神が手をかざす。それだけで、飛竜が何かに押し潰されるように高度を落としていく。そこから夜神の狙いを見とった楚羅嗚は素早く飛び降り、竜を霧散させた。今までそこに何もいなかったかのように、ひとつの痕跡も残さずにドラゴンが消えていく。
 夜神も楚羅嗚も、140近い戦いを繰り広げている。高位者同士が戦ってどちらも生き続けているのは珍しいが、それだけ実力が拮抗しているということだ。
 だから互いの能力がどういったものかは知らなくとも、どんな事ができるのは今までの間で知り尽くしている。仕組みは分からずとも、動きは存分に知っている。そうなっているからこそ、もう決着がつかなくなってきている。
「夜神君、君はいつまでそうやっているつもりだい?」
「知れたこと、この身に宿る影が遥か果てへと届くまで。世界が、我に答える時まで」
 二人の戦いは激化しながら、口数は増えていく。戦闘への高揚が為せるのかといえば否。楚羅嗚は己の正義に従い、無理と知りつつも夜神を止めるために。夜神は己の存在に従い、誰に聞かせるでもなく世界に届くようにと思いながら。
 それでいて、戦いの内容は人外じみている。振るう力は神々を彷彿とさせ、その動きは人間を遥かに超越している。
 戦う力のない人間が見れば理解できないだろう。戦う力のある人間が見れば羨望するだろう。一流の強者と呼ばれる者たちが見れば絶望するだろう。それ程に、二人は外れている。
「世界とは、人々の想いそのものだ。何故、君にはそれが分からない?」
「世界とは即ち彼女。貴様の言う世界はハイドロゲンより軽い幻想に過ぎない。決して真実にはなりえない夢」
「君の言う事こそ幻想だ。たった一人で世界が成り立つ筈がない」
「彼女がいなければこの脆弱な世界は既に尽きていた」
「それは違うよ。確かに、金色の姫君がなければ今の世は無かっただろう。けれど、同時に違う世が生まれていた、それだけの事さ」
「……やはり、分かっていない」
 呟いた言葉は、暗い。
「貴様の言う世界と、我の言う世界は違う」
 呟いた言葉は、食らい。
「貴様らにとっての世界がどうなのかなど、我には一切の関係がない」
 呟いた言葉は、Cry。
「我の世界は、彼女のみ」
 言葉は暗く、相手を食らうような重圧を持って、けれどどこかに嘆きの色を持っている。
 それでも、時夜夜神は。彼女の事を想う時、彼女の事を語る時、その時だけ笑ってみせる。
「我の世界に他者は不要。我の現実に夢想は不要。我の幻想に幽明は不要。真夜中は月をもってのみその存在を為せば良く、その有無さえも不要」
 両手を広げ、薄く笑う。今度は彼女に届くだろうか、と。幼い少年のような期待を抱いて。
「何度目かは忘れたが……見せてやろう。これが我、"時夜夜神の世界”だ」
 その言葉を皮切りに、世界が徐々に沈んでいく。音が消えていき、光が消えていき、全くの闇に包まれる。
 完全無音と完全無光。これこそが"時夜夜神の世界”。あらゆる幻想を生み出す望月楚羅嗚の【ソラオ・サガ(幻想伝説)】と対をなすような、世界を落としこみ沈みこませ殺し尽くす【ホロコースト(あらゆる殺戮)】の真骨頂。
 奪い、奪い、奪う。この世界の中において、あらゆるものは苦しみ抜いて死んでいく。
「……何度見ても、悲しいよ。その力は」
 それを防げるのは、望月楚羅嗚をはじめとしたやはりごく一部の人外のみ。
 世界さえ作り出す彼は、死に逝く"時夜夜神の世界”の上に更に幻想を作り出すことでホロコーストから免れる。
 けれど、その世界を作り出している間に。つまり、自分と他人を守っている間に、時夜夜神は闇に消えてまたどこかへ去っていく。
 夜神に戦闘意欲は元々ない。戦う理由は立ちふさがるから、壊す理由は前にあるから。そして、自分がここにいると示すため。必ずしも壊さなければならない理由も、戦わなければいけない理由もない。そのせいで、ひどくあっさりと立ち去っていく。そう、今のように。
「弟くんと妹さんはしっかり育ったようなのに、君だけが何故そうなってしまったのか……。悲しいね」
 平穏を取り戻した世界。しかし、二人の戦いの傷跡が夢でないことを物語る。
 助けた男たちは、あまりの出来事に茫然自失と座り込んでいた。気絶している者もいる。目覚めれば、楚羅嗚を夜神と同じように、化物呼ばわりするものもいるかもしれない。
 だから、楚羅嗚は助けた相手に近寄ったりはしない。彼はどこまでも正義の味方で、見返りを求めている訳ではない。助けたいから助けるのでもなく、助けるから助ける。そこに理由という程の理由はない。正義の味方にとって、助けることが当たり前なのだから。
「家族を、仲間を、友達を、恋人を。あなた方が大切に思う人達を、しっかり守ってあげてください」
 だから、それだけ伝え、楚羅嗚は再び歩き出す。
 救われない人を救うため、助けられる人を助けるため、止めるべき相手を止めるため。正義のヒーローに、止まっている余裕はない。
 報酬は、滂沱の涙を流して頭を下げる程の想いだけで充分すぎるほどなのだから。