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 そんな感じで襲われたのが一週間前の話。神無はまた走っていた。
「おかしい……この短期間でおかしすぎる……」
 実は知らぬところで本当に面倒くさいことに巻き込まれたのではなかろうか。神無は心の底からため息をついた。前回の失敗を生かして、ビルからダイレクトに跳び下りて来られるような飛橋は避けて、路地とその周辺の建物の側面を利用して逃亡する。あえて店の方向には逃げず、繁華街の方を目指す。ウエストヤードの著名人は個人営業の店主や技術職が多いため基本的に学園内にいる。職業柄、学園外に出る用事が傭兵業や請負業の生徒に比べて少ないからだ。だから繁華街に行けば、だいたい知り合いの誰かはいるし、そうでなくても店に逃げ込める。
 神無は走りながら逃げ込み先とそこへのルートを計算する。一番近いのは無名庵だが、確か店主の桔梗は今、巴里で開かれているファッションショーの手伝いで留守だ。次に近いとなると中華料理の花花西区支店。店の警備がいるはずだから行けば助けてもらえるだろう。そう考えて方向転換した神無の目に、やたらときらびやかなものが飛び込んできた。
「…………何だ、アレは」
 奇妙な集団というものは残念ながらこの学園においては珍しくない。特に学園著名人が学園外の著名人と会う場合など、はったりの演出として長々と大名行列かパレードじみた行進をすることはままある。日常生活でも有名人の周りには取り巻きがよくついている。だが、これは――――
「流石は【最終皇帝】のエイリアスを持つだけはある」
 神無は一瞬、自分の状況を忘れた。
 アジア的なカオス空間をなす町並みに、不似合いあるいはあまりにもなじみすぎているともいえる高級車が止まっている。そこに至るまでの道は綺麗に掃き清められ、それをしたと思われる二人の男は道の端によって跪き頭を垂れている。同じように幾人もの人間があるいは頭を垂れ、あるいは武器を持ったままかしこまって立っている。その間の花道を行くのは、金糸の刺繍が美しい古い中国風の装束を着た男だ。かつては王族しか許されなかったという五本の指を持つ龍が見事な技術で刺繍されている。絵画に見るような皇帝の姿だ。このまま玉座にいてもおかしくはない。
 【ラストエンペラー(最終皇帝)】煬帝。学園でもトップクラスの企業家であり、世界的に名高いホテルグループ、タイラントホテルの経営者である。その手腕は凄まじく、警備保障会社ダイナソアオーガン、総合製造小売業ブラックシープ商会などと並び学園を代表する企業として学園外でも評価が高い。ちなみに完全にまっとうな商売で世界に通用するほどのレベルに達している企業は学園では少数派である。だが、彼には唯一最大最強の欠点がある。それがこれである。彼は自分が皇帝だと信じているのだ。故に誰に対しても頭を下げない。なぜなら自分はすべての人より偉いと思っているからだ。他者に優しくしたとしても、それは『下々のものへの情けと皇帝としての自分の役目』にすぎない。心底尊大な男である。
 とても関わりたくない。
 しかし、逃亡ルートはそちらしかない。意を決して神無は低いビルの上から飛び降りた。存外に大きな音が響く。車に向かっていた帝が足を止めて神無を見た。
「…………」
 一瞬目が合った。神無は目礼だけをして、できるだけ視線を合わせないようにすぐに走り出す。その足元にゴム弾が打ち込まれて、神無はバランスを崩した。ごつごつしたアスファルトの地面に頭から突っ込む。咄嗟に神無は目を閉じた。だが、身体が硬い地面にたたきつけられるより前に誰かに抱きとめられる。
「よっと。大丈夫ですかい、お嬢さん」
 目を開けるとカーボーイのような帽子が目に入った。そのさらに向こうでは、車に向かう途中の帝が不機嫌そうな顔で腕を組んでいる。いつの間にか頭を垂れていた連中も立ち上がり臨戦態勢に入っている。意味が分からない。
「何奴かは知らぬが、皇帝である余の前で狼藉を働くとは良い度胸であるな」
 ひどく――――酷く優雅に帝は笑みを浮かべた。暴君に相応しい気品と傲慢さが端々から滲み出るような笑みだ。
「その無礼、己の命をもって償うが良い」
 銃声が響く。神無は思わず耳を塞いで身を低くした。神無を抱きかかえた男が発砲したのだ。遅れてビルから人間が落ちてくる。護身用のリボルバーで狙撃なんて随分なインチキだ。だが、それができる人間がこの学園には普通にいる。
「えと……ロビン・フットさん?」
「あれ? 俺のこと知ってるの? 有名だな、俺も」
 にこにこ笑いながら二発、三発と彼は銃を撃つ。その度に悲鳴が上がり、人が落ちてくる。まるで撃ち落とされた鳥だ。
 【ハンティングマスター(狩猟名人)】ロビン・フット。学園でも五本指に入る狙撃の名人にして、タイラントホテルの重鎮だ。おそらく帝が命じて神無を助けさせたのだろう。互いに面識がないので助けられる覚えはないが、きっとまた帝独特の考えが発生したに違いない。
 追っては反撃のそぶりこそ見せたものの、凄まじい射撃に怖れをなしたのか早々にいなくなった。ロビンも特に追うそぶりは見せない。
「ん。全然手声耐えないね」
 へらへらと笑ってロビンは神無に手を貸した。神無は立ち上がると、帝に対して深々とお辞儀をした。流石に膝着くようなことはしないが、背中が完全に平らになるまで深く頭を下げる。
「お助けいただいてありがとう御座います」
 神無の態度に、帝は鷹揚に頷いて見せた。
「気に病むことはない。下々を守るもまた皇帝たる余の役目。そもそも余の前であのような振る舞い、万死に値する無礼。そちのことは目に着いたから、ついでに助けたまでのこと。余の目があるところで、婦女子に乱暴しようとは愚かな者たちだ」
「有難うございます」
 どんなに突っ込みを入れたくても、すべては心の中にしまいこむ。神無はさらに深く頭を垂れてみせた。
「良い、頭をあげよ。何があったかは聞かぬ。しかし以後、気をつけよ。あの手の輩はどこからでも湧いてくる。いかに我が優れた皇帝といえども何度も助けることはできぬぞ」
「はい、有難う御座います」
 神無は頭をたれながら考えた。立て続けに二度襲われて、二度とも予想外の人物に助けられた。これは日頃の行いがいいのか、それとも相手の行いが悪いのか。どちらだろう。


**


「そういうのは助けられたとは言わない。どちらも自分にとって鬱陶しいものを排除したら、冷泉がたまたま助かったというだけの話でしょ。というか、そんな事件の後に出歩いたらだめだよ」
「ん。一応、中枢と西区の治安部隊には報告して、四十物谷さんに調査してもらってるんだけどねぇ」
 返事をしながら神無は目の前に置かれた湯のみとせんべいに手を伸ばした。その向こうでは呆れ顔の金銀月が真っ赤な色をした豆板醤のせんべいをかじっている。
「その手のことなら、四十物谷より銀鈴や乱の方が良くない?」
 校内でもっとも有名な二つの探偵事務所をあげて、銀月は小首を傾げた。あっさりと神無は答える。
「金額が違う。確かにそっちのが早い。ダントツで早くて精密。だけど、高い」
「んー、四十物谷さんとこは中小企業向けの組織だからねぇ。多少時間かかるけど、堅実かつ値段は適度か。でも、そこは金を惜しむところじゃないと思うんだ。それなら、せめて空多川さんとか篭森さんに相談するとかさぁ。殺人鬼どもを呼び付けるとか」
「残念。契ちゃんも篭森ちゃんも今、学園留守」
「え? そうなの?」
「契ちゃんは休暇でどこか行ってる。篭森ちゃんは南米でなんか偉い人の誕生日パーティがあるからちょっと行ってくるとか言って飛び立った」
「相変わらずフリーダムだね。組織の重鎮がふらふらと」
「でもうちの学校ってそんな感じだよ」
「それもそうか……」
 何故か納得して、銀月はお茶をすすった。
「でも油断しちゃだめだよ。とりあえず、戸締りとできるだけ人の多いところにいないと。なんなら、今夜はうち泊まる? 商人職人仲間のよしみで泊めてあげるよ?」
「流石に悪いよ。流石に二度きて二度も手痛い目に遭えば次は早々来ないでしょ。じゃ、御馳走様」
 神無は立ち上がった。二度の襲撃がいずれも夕方だったことを踏まえて、今日は日が高いうちにいとまするむねを告げる。銀月の職場兼住居である青緑食品店の外に出ると、さんさんと日光が降り注ぐ。いい天気だ。
「日光浴したくなるみたいないい天気……」
 神無は空を見上げた。ごちゃごちゃとした建物や突き出た看板越しに青い空が見える。だから、気づかなかった。唐突に背後の路地から手が伸びてきて神無の口を塞いだ。そのまま、神無の意識は途絶えた。