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 そうこうしている間に、摩天楼の中でもひときわ大きく目立つ建物が近付いてくる。
 セントラルピラー。この学園を運営するライザーインダストリーの学園内における総本山であり、名実ともに学園の中枢を担う建物である。セントラルピラーが近付くにつれて、街並みはさらに洗練された美しいものへと変わっていく。子どもが多いのは、予科の校舎が近いからだろうか。
 地下と半地下、ビルと回廊が繋がった複雑な地形を抜けて二人はセントラルピラーの入り口をくぐった。一見無防備にも見えるが、複雑な街の形状は不審者の侵入や危険物を乗せた車両の侵攻を拒んでいるし、今もいたるところで監視カメラや熱探知機が作動しているのを感じる。少しでも不審な動きを見せれば、鍛え抜かれた警備員が飛んできて、さらには学園中の生徒にただちに異常が伝わるシステムになっているのだろう。
「ブラックシープ商会の鈴木深紅です」
「同じく、古屋敷迷です。商品の納品とご依頼の品のお届けに参りました」
 今月は床がアクリルでその下に枯山水があるという日本風デザインになっているエントランスを抜け、これまた日本風の竹でできたカウンターの向こうにある受付に声をかけると、やや間が合って警備員が強化硝子の向こうに顔を出す。
『IDをカウンター上の機器にかざしてください。IDカードの照合と生徒データの照会を行いますので、動かずにお待ちください』
 言われた通り、数台置かれている末端にカードを挿入すると、一瞬フラッシュのような光がともる。生徒用のIDカードと学園に登録されている本人データ、そして目の前にいる本人が一致するか否かを調べているのだろう。十秒ほどあって、カードが吐き出される。
『結構です。お通りください』
 同時に受付を通り過ぎた先にある巨大な扉が奥に向かって開く。扉の両脇に立っていた警備がすばやく横にどいて道を作った。
「どうも。これ、爆発物なんだが持って入っていいか?」
『事前に連絡が入っております。中に入ると係のものが来ますので、渡してください』
「了解」
 深紅は包みを持ちあげて確認すると、足を勧めた。セントラルピラーの深部へ入るのが初めてな迷は黙ってそれについていく。中に入った瞬間、背後で扉が閉まった。目の前には何もない。ただそれほど遠くないところにまた扉があるだけだ。
「不審者侵入防止で、後ろの扉が閉まらないと前の扉が開かねえんだ」
「心配せずともここに攻め入ってくるような馬鹿は、まずいないと思いますが」
 ここに攻め入るとは、すなわちこの学園六百五十万人と戦うということだ。そうでなくとも黄道十二協会という特殊な地位の企業のトップ陣に対してそんな強硬策を行うやつは、普通はいない。それでも頭のおかしい人間というものはどうしてもいるもので、だから警備はいつだって必要なのだ。
 扉に近付くと自動的に扉が横にスライドした。その奥の長い廊下の真ん中に、人が立っている。見覚えのある姿に迷はかすかに眉をしかめる。それを隠すように、深紅は前に出た。
「よ、一茶」
「納品御苦労さま」
 深紅が差し出した包みを、ぶっきらぼうな態度で少女は受け取った。深紅は気にしない。わしわしと少女の頭を撫でる。
「そっちも出迎え御苦労」
「なっ、ちょっとばかり背が高いからって馬鹿にするな! この女顔!!」
 深紅が女顔を気にしていることを知っている迷は、深紅が怒りだしたら取り押さえようと身構えた。だが、深紅は笑って流した。
 どうでもいいが、互いに『御苦労さま』と相手を目下の相手への言い方をしている。
「はいはい、これ納品。中身の確認よろしく」
「うう~~~~~」
 文句を言いたげな顔をしながらも、一茶は視線でついてくるように伝えると歩き出す。子どもに対しても基本的に容赦ない深紅がにこにこ笑っている光景に、迷は目を瞬かせた。
「あー……そういえば、キャシーにも優しいですよね。年下の女の子が好きなんですか?」
「それって嫌いな奴はあんまりいないと思うが……」
 ただし、一歩間違えば変質者である。
 深紅はぽんぽんと一茶の頭を叩いた。
「キャシーも一茶もハムスターみたいで可愛げがあるだろう?」
「ああ!! なるほど」
「………………怒るよ」
 一茶は二人を睨んだ。毛を逆立てて威嚇するようなその姿勢がさらに小動物っぽさを高めているのだが、そこは指摘しないことにする。
「とんでけっ!!」
 一茶が指差す仕草をした瞬間、迷はさっと廊下の端に避けた。深紅は身構える。
「びゅー!!」
 そして、一茶が差したのと逆の方向を向いた。
 一茶のミスティック能力【とんでけびゅー】
 いわゆる、あっちむいてほいのように「とんでけびゅー」という言葉に合わせてどこかの方向を指し、相手が反応しなかったり同じ方向を向いた場合、その相手をどこか遠くにランダムに瞬間移動させるという微妙な能力である。
 能力が不発に終わった一茶は、悔しそうな顔をする。
「お前な……その都合が悪くなると人ばらいをしようとする癖やめろよ」
「今のはお前が悪い!」
「他人のせいにすんな。あと、そろそろ案内してくれ。何故お前が案内に来るんだか」
「うう、二茶が留守だから」
 沁付きの警備は三人いる。その中でもっとも人間的に落ち着いているのが二茶である。
「まあ、絵茶が来たら殴らずにはいられませんが」
「ああ、俺も毎回爆破したい衝動に駆られるが、多分喜ぶだけなんだろうな」
「お前ら……お兄様になんて酷いことを……」
 三人いる姫宮の双子専属警備のうちの一人、絵茶は真正のマゾである。変質者が嫌いな迷も、美しくないものが嫌いな深紅も絵茶は嫌いだった。
「だいたい深紅! 絵茶お兄様が嫌いで、ピーターは平気なんて理屈が通らないじゃないか!」
「ああ、ピーターも嫌いだ。たまに殺すんだが、しつこく生き還ってきやがって」
 怖い台詞が聞こえた。一茶は沈黙する。代わりに迷が口を開いた。
「…………なんで保証人になってしまったんですか?」
「ピーターは好みの女と気心知れた友人の男に対して以外は、くそ礼儀正しい普通の人間なんだよ。だから…………友人に保証人を頼まれた時、深く考えずに許可してしまったんだ。そいつの知人なら平気だろうとな。後で、謝られて『ムカついたら、殺してもいいよ』とか言われたけど、そういう問題じゃねえ!! 生き還ってくるあたり、フラストレーションがたまる一方だっていうの!」
「一体全体貴方の交友関係に何があったのか激しく気になりますが、まあ、なんというか、残念でしたね」
 忘れられがちだが、深紅は自分の嫌いなものに対してはおそろしく気が短い。
「おう。お前の交友関係と同じくらいにはな」
「それは私に喧嘩を売っているんでしょうか。私が叩きのめすのは、社長と弓納持と夏羽くらいです」
「俺が日常的に爆破してるのも不死コンビとピーターだけだ」
 どちらもどちらである。
「まあ、人間だから他にも色々心の中で毒づくことくらいはあるけどな」
「お前らの場合、心の中だけですんでるのがビックリだよ」
 嫌そうに一茶は言った。深紅は心外そうな顔をする。
「別に爆発すればいいのにとかはあまり思ってねえよ」
「たまには思ってるんじゃないか!!」
「大したことじゃない。普段は、煬帝が椅子から転げ落ちないかなとか、二三四頼が家に帰ったらすべての水が寒天で固まっていればいいのにとか、サイラス・アッカースンの寝床をしっとりと湿っていればいいのにとか、洗濯機に増えるわかめが詰まればいいのにとか思うくらいで。平和なものだ」
「地味に面倒くさい嫌がらせですね」
 ちなみに煬帝はリンク《タイラントホテル》のオーナーで、二三四頼は《ライカナール新聞社》のトップ、サイラス・アッカースンは学園最大の食人鬼である。そんな相手にたいしてそんなことを考えていたのかと、迷はある意味感心する。
「というか、暗いよ。考え方がくらいんだよ、お前。しかも命知らずだよ!」
「一茶」
 何を言っているんだお前はと言わんばかりの顔で、深紅は一茶の頭を撫でた。
「頭撫でるな! バカ!」
「一茶の頭は小さくて可愛いな」
「遠まわしに脳みそが足りないってことか!? そういうことなのか!?」
「小顔で美人だということだ」
 一瞬間が合った。そして、真っ赤な顔で一茶は叫ぶ。
「うまく誤魔化せたと思うな! お前みたいな根暗に言われても嬉しくないんだからね!!」
「お前、本当に分かりやすいな。で、さっきの返事だが俺の前職は何だと思ってるんだ?」
「え? 無職?」
「爆弾のスペシャリストですよ。今でもたまに殺傷用の爆弾を作ってるでしょう?」
 迷が答える。一言で言うと元テロリストということなのだが、そこは口には出さない。
「だからまあ、単独で周囲に巻き込む人間がいないなら強いぞ。俺は」
「お前、絶対市街戦するなよ!? 退学にするぞ」
 それにしても、学園中枢でかわす会話ではない。すれ違う警備員たちがすごい顔で振り返っているが、三人とも見えないふりをした。
 侵入者避けに異様なほど複雑な作りになっている廊下を抜けると、扉が沢山ある回廊に出る。扉自体は沢山あるが、本物は一つだけだ。
「失礼します。一茶です。ブラックシープ商会が参りました」
「おー、いらっしゃい。待ってたよ」
 世界最高峰の企業の幹部とは思えない軽い返事が返ってきた。触れてもいないのに両開きの扉が内に向かって開く。その向こうには異様に広く、だが、訳のわからないものがあちこちに転がっている執務室が広がっていた。
「よお、迷と深紅か。わざわざありがとな」
 小柄の沁には大きすぎるほどの執務机で何やら書きものをしていた沁は、ぱっと顔をあげた。なぜか机の上には、うさぎのぬいぐるみなどが座っている。天井付近をふよふよ漂っているのは犬のふうせんだ。机と反対側にはあきらかに特注品と分かる立派な応接セットがあるが、そこには大きなテディベアが座っている。
 なんじゃこりゃあ。
 心の叫びを、迷と深紅は心の中にしずかにしまい込んだ。執務室がおかしい企業幹部という存在は、残念なことにこの学園では決して少なくない。実害のある物体が出てこなかっただけましだ。
「えーと、ご依頼の品です。うちの社長から」
「ありがとよ」
 椅子から飛び降りると、シンは迷が抱えた荷物に駆け寄った。そして、その場で包みを破く。クリスマスプレゼントを開ける子どものような無邪気な様子に、迷は内心首を傾げた。
「なあ、それ何が入ってるんだ? っと、入ってるんですか?」
 好奇心が勝ったのか、深紅が口を開いた。シンは楽しそうに箱を開ける。
「これ? これはね」
 出てきたのは巨大な羊のぬいぐるみだった。しかも、二人ともそれに見覚えがあった。

「「………………しーぷん?」」

 ブラックシープ商会公式マスコットキャラ・しーぷん。
 現在キャンペーン中であり、ブラックシープ商会傘下の店で買い物をした際にもらえるポイントを集めたり、スタンプラリーに参加すると様々なしーぷんグッズがもらえる。おかげで可愛いもの好きなトップランカーが、どうでもいいものを大量に発注したりして、売り上げには多いに貢献しているのだが――――――
「あー…………それポイントためないとダメなんですよ?」
 お客様は平等にお客様。それがブラックシープ商会のモットーである。たとえランカーであっても欲しい人はポイントをためてもらっている。
 沁はニヤリと笑った。
「予科用の教材一括注文で手を打った」
「お買い上げ有難うございます」
 客だった。
 だが、人としてそれはどうなのだろうと思わなくもない。
「まー、普通に市販してるやつだからどこ経由で買ってもたいして変わらないしねぇ。数確保の手間とか考えたら、うちが直接版元に行くもブラックシープに委託するも変わらないよ。変わらないなら、しーぷんだろ。ほら、これプレミアムの『毛刈りしーぷん』なんだぜ」
 心底どうでもよかった。大事なお使いの中身があまり大事でないもので、迷のテンションは目に見えて下がる。
「あと5パターンあるはずですが」
「そっちは順次届く予定。これだけ早く欲しくてさぁ」
 嬉しそうに沁はバンバンとぬいぐるみの背中を叩く。とても楽しそうだ。それを見ながら、迷は今更だがこの部屋が子ども部屋状態である事実に気付いた。子どもばかりの学園都市の王様が子どもっぽいというのもある意味納得かもしれないが。
「どうも。では、確かにお届けしました」
「また頼むね」
 またここまで来るのか。
 心の中の不満を、迷は営業スマイルの後ろに隠した。
 ブラックシープ商会。
 インダストリアリストとワーカーを中心とする、共同体的企業リンク。
 経営者と学者は今の時代もっとも重要な職の一つではあるが、その実態は案外と地味で面倒な作業の積み重ねである。


おわり