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   First Contact 澪漂二重&朝霧沙鳥

 「あれ? 団長、出かけるの?」
 「出かけるの?」
 ある日の昼下がり――西区画・九龍城砦。
愛用の外套を肩に羽織った【エターナルコンダクター(悠久の指揮者)】澪漂二重に、部下である杏藤波音と花音の双子姉妹が声をかけてきた。
 「ん? ああ……ちょっと中央のさっちゃんのところにな」
 「今日は万具堂で、さっちゃん主催のお茶会なんだ」
 二重に続いてそう言ったのは、二重の相方である【アルカディアフレンド(理想郷の大親友)】澪漂一重である。彼女も外出用のコートを羽織って、二重の隣に並んでいた。
 「ふーん、じゃあ私達はお留守番だね」
 「お留守番―」
 常に無表情の杏藤姉妹は、どうとでもとれるような口調でそう言うと、さっさと自分の机に戻ってしまった。二重はそんな二人に苦笑して、一重の肩に腕を回すと、オフィスから出て行った。

 二重と一重が出て行った後の澪漂管弦楽団オフィス。今日は珍しく全ての団員が揃っている中で、パソコンのキーボードを叩きながら、【ブリランテムーン(眼鏡の輝き)】ルリヤ=ルルーシェが不意に疑問を口にした。
 「そういえば団長って、朝霧様のことを『さっちゃん』って呼んでますけど、何でなんですかね?」
 その言葉に同じく疑問を重ねたのは、彼女の対面に座っている【グレゴールザムザ(蟲になった男)】の蟻塚赤光である。
 「確かにねぇ……あの団長がニックネームで呼ぶような人って、沙鳥さん以外にいないからね」
 「ですよね? 三島広様は、何か知っていらっしゃいますか?」
 「あ?」
 ルリヤに話を振られて、机に行儀悪く足を乗せながら漫画を読んでいた、【アンタッチャブルサイズ(不可触民の鎌)】三島広光路は、視線を漫画の紙面からずらして答えた。
 「あー……そうか、あれは俺達が本科に入ってすぐだったからな。お前等が知らないのも仕方ないか」
 独り言のようにそう呟いた光路に、オフィスにいた団員達の視線が集まる。
 「今から七年前――俺が管弦楽団に入って、三ヵ月後くらいだったか?」

                  ♪

 七年前――中央区・万具堂。
 「わたしゃおんがーくか、やまのこーりーすー♪」
 後に【ゴッドアイドル(神の偶像)】のエイリアスで知られることになる、渡り鳥たちの女王、朝霧沙鳥は、そんな調子外れな歌声と共に、彼女を守護する【女王騎士団】が集まっている万具堂の一室に現れた。ある種奇矯な彼女の様子に、しかしいつものことだと慣れ切っている【女王騎士団】の面々は、暖かい笑顔で彼女を向かえた。
 「どうしたんだい、沙鳥?」
 そう彼女に問いかけたのは、やはり後に【アトローチェドルチェッツァ(私の愛しい人)】のエイリアスを冠することになる、光月藤司朗である。
 「うんとねー、西区画に音楽家の人たちのリンクがあるんだって」
 そう無邪気に言った沙鳥の言葉に、僅かに凍りついたのは、残念ながら鈴臣だけだったが。
 「さっちゃんも音楽したいー!」
 「そうかー。じゃあ、沙鳥も混ぜてもらえるように頼みに行こうか」
 もちろん藤司朗とて、彼女が言う「音楽家」というのが、世界的殲滅屋組織・【澪漂交響楽団】の面々であることは分かっている。何を馬鹿なという目線を向ける鈴臣を無視して、藤司朗は沙鳥の手を取って、万具堂の入り口へと彼女を誘った。と、そこで何かを思い出したように振り替えると、
 「丈、沙鳥のアレ、貸してくれ」
 「?」
 きょとんとした――というより、理解不能な顔をした丈之助に、傍らに置いてある布に包まれた長い物体を視線で示し、
 「それだよ。多分必要になると思うからさ」
そう悪戯っぽく藤司朗は笑った。

                   ♪

 その一時間後――西区画・九龍城砦。
 澪漂二重、澪漂一重、そして三島広光路の三人は、九龍城砦にある【澪漂管弦楽団】のオフィスで、銘々机に座ってそれぞれの暇を潰していた。
 今でこそ西区画の管理リンクとして多大な仕事を抱える澪漂であるが、当時はまだ新興のリンク。さほど仕事量も多くなく、さらにこの日は纏重、刺重、金重の三人が出払っていたため、全くと言っていいほどにやることがなかった。一応挫重は残っているが、彼女はそもそもメンバーの前にすら姿を現すことが少ないので、いてもいなくても関係ない。
 光路は机の上に漫画の山を築き上げ、それを一冊一冊じっくりと読みながらその山を切り崩している。一重は、彫刻刀で消しゴムを削って判子を作っていた。
 そして二重は、手元の五線譜になにやら万年筆で書き込んでいる。どうやら曲を書いているらしい。
 いつもどおりの平和な九龍城砦。そこに、突如彼女は現れた。

 「わたしゃおんがーくか、やまのこーとーりー♪」

 その声は、黒塗りの音符を並べていた二重の耳元で、囁くように聞こえた。
 「うわあっ!」
 いつの間にか背後にぴったりとくっついていた人物に囁きかけられた二重は、驚いた拍子に万年筆を滑らせ――
 「あ」
 その鋭い先端で、五線譜を綺麗に両断してしまっていた。
 「っき、貴様……!」
 折角の苦労を灰燼に帰せられた二重が後ろを振り返る。と、彼はそこでまたも驚かされることになる。
 「あはは。ねえ、貴方音楽家さんなんでしょ? さっちゃんも音楽したいー」
 そこにいたのは、長身の二重から見ればかなり小柄な少女。背中には彼女の身長の倍ほどはあろうかという長い布包みを背負っていた。白無垢のワンピースドレスに、そろいのリボンが頭の両脇を飾っている。
 「な、何者だ?」
 意外な姿に二重は言葉を失くし、さらに自分の背後を取ったのがそんな少女だったことにさらに動揺して、二重は思わず立ち上がっていた。一重と光路も、この突然の闖入者に驚いているようである。
 「私? 私はねー、小鳥さんです!」
 あくまで無邪気にそう言う少女――沙鳥は、まさしく小鳥のような可愛らしい声で続けてまくしたてた。
 「あのね、さっちゃんも一緒に音楽したいんだ。さっちゃん、笛も吹けるし、ラッパも吹けるし、ヴァイオリンも、ヴァイオリンのおっきいのも、オルガンも弾けるんだよ?」
 沙鳥の舌足らずな言葉に「フルート」「コルネットね」「チェロだよ」と補足を入れるのは、やはりいつの間にか戸口に立っていた少年――藤司朗である。
 一方、ようやく動揺から立ち直った二重は、少し困ったような顔をして言った。
 「いや、私達は……確かに音楽家だが、しかしそう簡単にお前を仲間に入れるわけには……」
 「えー、ダメなの? さっちゃんも音楽家さんになりたいのに」
 むくれ顔になる沙鳥に、二重がどうしたものかと思案していると、
 「じゃあさ、俺んときみたいにしてみたらどうよ?」
光路がそう提案してきた。
 「何?」
 「ああ、そうか。二重と戦って、勝ったらオッケーってことだね?」
 光路の言葉に一重も賛同する。しかし当の二重は嫌そうだ。
 「無理を言うな。光路の時だって纏重や刺重と大揉めに揉めたんだぞ」
 「バックバンド扱いでいいじゃない。丁度ウチにはバックバンドは呉さんしかいないしさ」
 管弦楽団の専属情報屋の名を挙げて一重は言う。さらに、
 「それに、二重が勝てば問題ないでしょ?」
そんなことを言うのだった。

                    ♪

 九龍城砦・地下訓練場。
 生徒同士の戦闘訓練に使用される訓練場の一室で、二重と沙鳥は向かい合ってた。
 ギャラリー席には一重と光路、そして藤司朗の姿がある。
 「戦って勝てばいいんだね?」
 やはり無邪気に笑う沙鳥に、二重は仏頂面で答える。
 「ああ……仕方ない。相手をしてやろう」
 『一応模擬戦扱いだからね? 殺しちゃだめだよ?』
 マイク越しに告げられた一重の言葉に小さく頷いて、二重は愛用の大鋏【ドッペルフーガ(二重迷走)】を取り出した。二重が武器を構えたのを確認して、沙鳥も背中の包みから一本の武器を取り出す。
 「ふむ、青龍刀か……」
 それは長い柄の先に幅広の刀身を持つ長柄武器。見ただけでかなり古いものであることがわかるが、それ以上に研ぎ澄まされたその刃が、見る者に威圧感を与える。しかし、沙鳥が持つことによってその三メートル近い武器は、非常にアンバランスな印象を与えていた。
 沙鳥は手に余るほどのその武器をゆったりと構え、切っ先を二重に向ける。
 対する二重は自然体のままだ。
 「まずは一発、打ち込んでみろ」
 何のことは無く、そう言って掌を沙鳥に向ける。沙鳥は小さく笑って頷くと、
 「――っ!」
 次の瞬間には二重の大鋏が沙鳥の青龍刀を受け止めていた。鈍い金属音が響く。
 青龍刀は分類するならば超重武器である。重いものならば五十キロ近いものもあり、その真髄は、自重と遠心力をフルに使った破壊力。しかし、それだけの重い武器だ。力のない人間が使えばその特性はたやすく弱点に変ずる。
 だが、沙鳥はその重さに逆らうことなく、むしろ自身を青龍刀の一部のようにして武器ごと叩きつけてくる。元々の重量に加えて沙鳥の体重――その破壊力は、本来ならば相手の武器や防具すら破壊する攻撃になるはずだった。
 「ほう……なかなかな攻撃だな。だが――」
 しかし、二重はソルジャーながら気功使いでもある。武器に気を纏わせることにより、攻勢と守勢を高めて沙鳥の攻撃を受け切ってみせた。
 宙空で不安定な状態になった沙鳥に、空いた片手で突きを入れる。それを沙鳥は武器の柄で受け止めた。
 着地と同時に青龍刀を大きく後ろに振りかぶる。しかし、それを再び二重に向けるにはなお遅く――二重はその長身を生かして素早く自身の間合いにまで接近する。
 「――ぐっ!」
 読みが甘かった。沙鳥は後ろに振りかぶったその動きのまま、一回転して逆向きの軌道を二重のわき腹に叩きつける。接近していたため刃での攻撃とはならなかったが、一回転分の遠心力が上乗せされた分かなりの破壊力となっていた。衝撃に一歩下がったところを、返す刀で石突の部分が顎を打ち上げにかかる。
 しかし二重も連撃を喰らうほど甘くはない。眼前に迫った石突を、大鋏のハンドルで叩き落し、足刀を沙鳥の腹部を狙って突き込む。沙鳥はその攻撃を、あえて受けずに後ろに引くことで衝撃を緩和した。
 ほんの数秒の打ち合いだったが、ダメージとしては二重が受けた分の方が大きい。さらに沙鳥が後ろに引いた分、間合いは沙鳥に分がある状態になっていた。
 「……彼、凄いね」
 それを見ていた藤司朗が不意に呟いた。
 「武器のリーチにしろ攻撃力にしろ、沙鳥に軍配が上がるはずなんだけど……彼はあんな武器でそれを防いで立ち回ってる。さらにソルジャーながらグラップラー並みの気功繰り……さすがは澪漂だね」
 「そう言うそっちもすごいですよ。あんな小柄な体で、あんな大きな武器を使いこなしてる」
 二重を賞賛する言葉に、一重は我が事のようにはにかんで答えた。
 「彼の武器は、琉球武術に使うサイって武器に近い気がするね。彼の受身型の戦術によく合った武器だ」
 そんな言葉を交わす間にも、二人は再度ぶつかり合う。
 頭上に青龍刀を振りかぶったのをフェイントに石突での突き。金属がぶつかり合うような鈍い音がして、その一撃は二重の鎖骨の辺りに入ったが、気功で守勢を高めた二重にはあまり効果はない。
 「遠心力や自重を利用しない攻撃は浅いぞ……そういう隙は、付け入られる」
 そうアドバイスを入れながら、二重は大鋏で青龍刀の柄を払い、空いた胴にハンドル部での打撃を叩き込む。
 「……ん?」
 その攻撃を見ていた光路が、妙な声を上げた。
 「どうしたの?」
 「いや……なんか、二重の奴、手加減してるように見えたんだが……」
 光路の感じた違和感は二重も感じていたらしい。衝撃に下がった沙鳥に追撃を加えることなく、その場に踏みとどまった。
 「……貴様、何をした?」
 何故か、無意識に攻撃の威力を殺してしまった。普段の彼ならば絶対にしないだろう、それは手加減と言う。
 「うふふ、別になにも? 女の子には優しいんだね」
 何の邪気もないその笑顔に、二重は薄ら寒いものを感じて慎重に身構えた。
 そこに再度青龍刀を構えた沙鳥が接近する。
 しかし、今度は振りかぶっての一撃ではない。最初から鍔迫り合い狙いの、柄を二重に向けて突き出すような突撃。
 当然、二重はそれを大鋏で受け止める。単純な体力ならば、二重の方が上手だ。そのまま武器を弾き飛ばすことも容易である。
 「……っ!」
 しかし、二重はその攻撃を弾くこともなく、むしろ鋏を引く形で沙鳥の接近を許した。今度も、ほぼ無意識での動作である。
 二人の間合いがほぼ零になったとき、小さく背伸びした沙鳥が、二重の耳元で囁くように言った。
 「ねえ、さっちゃんの攻撃、一回受けてみてよ」
 その言葉に何故か二重は大鋏を下ろし。
 そして沙鳥の攻撃が二重を弾き飛ばそうとした瞬間。

 「はい、そこまでだよ。試合終了」

 いつの間にか二人の間に割って入ってきた藤司朗が、沙鳥の小さな体を抱え上げるようにしてそう言った。
 「えー? 終わり?」
 「うん。残念ながら渡り鳥さんたちは、一箇所には長くいられないんだ。だから、音楽家の仲間になることはできませんでした」
 子どもに言い聞かせるようにそう言う藤司朗に、沙鳥は僅かに不満そうな顔をしたが、すぐに「うん」と頷いた。
 「じゃ、そういう訳なんで。お騒がせしました」
 藤司朗は慇懃にお辞儀をすると、早々に踵を返して立ち去ろうとする。その背中に、二重が声をかけた。
 「待て」
 「ん?」
 「うに?」
 藤司朗にお姫様抱っこされる形の沙鳥が、彼の肩越しに二重の方を見た。
 「お前の名前を、もう一度教えろ……覚えておいてやる」
 二重の意外な言葉に、彼に寄り添った一重が苦笑する。光路は部屋の壁に寄りかかってニヤニヤと笑っていた。
 「私を負かしたんだ……貴様の名前、覚えておくに値するだろう」
 「うんとねー、私はさっちゃんだよ」
 最初から最後まで、とうとうそのままだった笑顔で、沙鳥はそう名乗った。
 「『さっちゃん』か……私は澪漂二重という」
 「うん。じゃあ二重ちゃんだね。よろしく」
 満面の笑みで手を振る沙鳥に、二重は小さく片手を挙げた。
 「ああ、よろしく」

 朝霧沙鳥の最大の武器。それは青龍刀に非ず、また彼女を守護する仲間にも非ず。
 彼女の異能――催眠系サイキック能力【ハニーチップス(甘い鳴き声)】。他者の意識をも改革してしまうほどの超能力でありながら、彼女がそれを使うのは、専ら他者と仲良くするため。
 故に、沙鳥の「二重と仲良くする計画」は、彼女が二重の前に現れた段階から始まっていた訳であり――

                   ♪

 「え、じゃあ二重さんって、さとさんの【ハニーチップス】にかかってるんですか?」
 光路の話を聴いた遡羅は、驚いた様子でそう言った。
 「ああ。でなきゃあの二重が、沙姉のことを『さっちゃん』なんて呼ぶわけねえだろ」
 「なるほど、堅物の団長さえも丸め込んでしまうとは……さすがは【ゴッドアイドル】ですな」
 なにやら神妙な顔つきで頷いたのは【ロウオブワン・ツー・スリー(三本の矢)】アルフレッド=フレミングである。しかし、光路は意外にも首を振った。
 「いや、確かに沙姉に能力をかけられたのは事実だが……本質はもっと別のところだろうよ」
 「本質?」
 「本質って?」
 杏藤姉妹の言葉に、光路は笑って言った。
 「だからさ、まがりなりにも自分を負かした沙姉に、二重なりに敬意を表してるってことだよ」

                    ♪

 中央区・万具堂。
 二重と一重、それに沙鳥と、沙鳥が率いる【レイヴンズワンダー】の構成員であるトップランカーの数名は、畳張りの一室でちゃぶ台を囲んでいた。
 「これは茶会ではなく、ただの井戸端会議だと思うのだが……」
 湯飲みに入った緑茶を一口すすって、二重が言う。膝の上には青い豚の貯金箱、通称青山さんが乗っていた。
 「いいんだよー。皆でお茶飲んで、お菓子食べて、おしゃべりすれば全部お茶会さっ」
 沙鳥は七年前と変わらぬ無邪気な笑顔でそう言った。彼女の言葉に、同席していた霞と東華、直の三名がそろって頷く。
 「お前とて、あまり遊んでる暇はないんじゃないのか? 最近はレイヴンの内部抗争も活発になってきていると聴くが……」
 自然声を落としてそう言う二重に、沙鳥は「べつにー」と答える。
 「さっちゃん、そういうのよく分からないし、興味ないしー」
 「お前が良くても、取り巻き達は良くないだろうよ……と、あまり口出しすると、【女王騎士団】の連中に怒られるな」
 そこで二重は言葉を切り、
 「で? 何故私を呼んだんだ? どうせ何か企んでいるんだろうが」
 「さっちゃんそんな腹黒い人じゃないよ。うに、でも頼みたいことがあるのは当たり」
 沙鳥はそう言って、二重の耳元に口を寄せた。
 「……能力使うなよ」
 「分かってるよぅ」
 そして何事かをぼそぼそと呟く。それを聴いていた二重は、細めた三白眼を僅かに見開いて言った。
 「なるほど、了解した。しかし……私はお前をどう評すればいいのだろうな? 【無能】なのか、それとも【無能】ぶっているだけなのか……」
 ため息交じりにそう言う二重に、沙鳥は笑って答えた。
 「えー? さっちゃんは多分ただの【無能】の人だよ。皆がいなくちゃさっちゃん困っちゃうからね。もちろん、二重ちゃんもいないと」
 「ふん……神に愛された女王が、よく言うものだ」
 二重はそう言って、珍しく笑みを浮かべたのだった。

                   ♪

 学園の生徒の中で、二重と沙鳥の友好関係を知る者は少ない。未だに二重が、沙鳥に害の及ぶ仕事を一切行っていないという事実についても、また然り。
 二人がそんな会話を交わした数日後、【レイヴンズワンダー】の構成員を襲った一人の男が、全身を寸刻みにされて殺されているのが見つかった。
 その周辺で【レイヴンズワンダー】が動いた形跡もなく。あるいは全く関係ないところで抱えたトラブルの結果だったのか、はたまた学園屈指の殺人鬼「不死コンビ」の仕業だったのか。生徒達の間で憶測は耐えなかったが。
 しかしそんな些細な事件は、一ヶ月もしないうちに生徒達の記憶の中に埋没していったのである。