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【Giochicchiare(戯れ)】(……というか、見切り発車)

「もうすぐバレンタインだね……」
 バレンタインまであと一月。
 男性陣にとって夢と希望に満ち溢れた日でも、万具堂で働く者達にとっては過酷な時期と言える。
 自然と霞の口調も暗いものとなった。
 本来であれば、ワクワク☆ドキドキしているはずなのに。
 藤司朗は返事代わりに小さく苦笑して、傍らで陳列中の直へと視線を移した。
「今日の午後入荷だっけ?」
「はい。大忙しです!」
 毎年、万具堂ではバレンタイン一月前から、有名無名問わず全地区の甘味処のチョコと手作りキットを販売している。
 おまけに各店のシェフ直伝の簡単レシピも無料配布していて、かなりの混雑が予想される。
「皆さん、頑張りましょうね!」
 直の声援を受けて、毎年の事ながら店員達は深いため息をついた。
「直ちゃんの笑顔だけが支えだよ。それに……」
 ランキングに興味のない女王騎士団を除けば、かなりの上位に位置する彼ら。
 実際、これほどまで過酷な思いをしなくても、十分に稼いでいる。
 それでもバレンタインフェアを止めない理由はただ一つ。
「やっぱり、頑張ってる女の子たちは応援したくなっちゃうもんね」
 霞の視線の先には、バレンタインフェアのポスターを真剣に眺めている少女。
「ところで、藤司朗の去年のチョコは?」
「え……?」
 唐突に指され、藤司朗は瞬きをして問いを噛み締める。
「あぁ、チョコじゃなくて指輪をプレゼントしたけど? 本当は花束をあげたいんだけど嫌がるから……最近はアクセばっかりだな」
 とぼけている訳ではなく、素なのだろう。
 逆に不思議そうな笑みを浮かべながら藤司朗は答えた。
「えっと……」
「あ、シルバーのですよね? とても可愛かったです!」
 なんと突っ込もうか迷っている霞に気付かず、直はうっとりと件の指輪を思い返す。
「どちらで買ったんですか?」
「いや、売り物じゃないよ」
 気紛れにしか使われない幸成の工房を借り、見よう見真似で作っただけ。
 そう藤司朗は笑うが、持ち前の器用さゆえにかなりの出来栄えだった。
「すぐにでも売り物に出来ますよ! というか、売りたいです! ちょっと狙ってました!」
「じゃあ、今年は風花さんにプレゼントしようかな……貰ってくれる?」
「良いんですか? 嬉しいな……って、何で腰に手が回るですか!?」
「俺の恋人になってくれるんでしょう? 嬉しいな。風花さんみたいな可愛い彼女が出来て。交際記念という事で、ここは他の人たちに任せてデートでもしようか?」
「ええええええ……」
 直が顔を赤らめて動揺する様を見て、堪えきれなくなった藤司朗は身を離して吹き出す。
「冗談だよ。それに残念ながら、今年は夕飯でも作ろうかなって思っててね。それなら、一人じゃなく皆に振舞えるし」
「わぁ、楽しみです」
「あんまり、期待しすぎないでね」
「いや、メチャクチャ期待しますよ!」
 盛り上がる二人に反して、霞は不満気に頬を膨らます。
「そうじゃなくて、もらったチョコの数!!」
 二人は動きを止めて首を傾げた。
 もらったチョコの数。
 しばしの間を置いて、ようやく合点がいく。
「その事か。ゼロだよ?」
「やっと伝わってくれたか……って、ゼロ? 本当に……?」
 何万と言われても動揺しないよう覚悟していた霞は、予想外の個数に驚いてしまう。
「恋人以外から物を貰うなんて失礼じゃないか」
 バレンタインとは最愛の人にプレゼントを贈り、愛を語らう日。
 ゆえに恋人のいない藤司朗は受け取りを全て拒否している。
「俺にあげるより、恋人にあげるべきでしょ? 何だってそんな無駄にプレゼントをばら撒くんだろうね」
「藤司朗が恋人だって勘違いしてるんじゃないの?」
「それは可哀想だな」
 本心から憐れんでいるとは思えぬほど朗らかに微笑む。
「誤解を解く意味も込めて、バレンタインは引き篭もる事にしよう」
 =お仕事は出来ません。
「ダメですよ! そう言って去年もお休みしてたじゃないですか!」
「じゃあ、今年は一緒にサボろうか? 恋人らしく」
「だーめーでーすー。お仕事をサボるような人の恋人にはなれません!」
「残念だな。それじゃあ、真面目にお仕事しましょうか」
 顔を見合わせてクスクス笑う。
「で、女切は?」
 完全に置いてけぼりを食らっていた所を唐突に呼び戻され、戸惑うように視線を揺らす。
「何が?」
「チョコの数」
 藤司朗の話を聞いた後では、物凄く言いにくい。
「……何個だったかな?」
 誤魔化すような煮え切らない答えに、珍しく藤司朗の眉根が寄る。
「うわ。数え切れないほど貰ったんだ……」
「……プレイボーイですね」
「今まで、俺に散々文句言ってきたくせにね」
「しょうがないじゃん! 日本の風習なの! 義理チョコもファンチョコも全部込みなの!」
 拳を握って主張する霞を「分かってるよ」といつも通りの笑みで宥める。
「でも、日本って変わってるよね。女性から告白とか、えっと……義務チョコ?」
「義理!」
「そうそう、義理チョコとか。こっちに来て初めてマサ姉から貰った時は何の罠かと思っちゃった」
 物凄く冷ややかな目で返品したのも、今では良い思い出だ。
「お返しも一ヵ月後にするんでしょう?」
「えぇ。ホワイトデーです。その時期にはクッキーとかキャンディを仕入れないとなのです」
「それも不思議。向こうではプレゼントを渡して、そのお礼にキスしてもらって終わりだったから」
 「へぇ」と同意しかけて気付く。
「そういえば、藤司朗って結構小さい頃から日本で暮らしてるんじゃなかったっけ? 入学してからも十年以上経ってるし……」
「そうだね。こっちで過ごした年数の方が長いかも」
 藤司朗は21歳のはずだから、向こうにいた頃は……
「……プレゼントを贈ってキス……?」
「ご想像にお任せします」
 霞の言わんとしている事を察し、藤司朗は蟲惑的な笑みを浮かべる。
「やっぱり、そっちのがタラシじゃんかー! しかも、根っからの!」
「酷いな。想像に任せただけなのに……当たらずとも遠からずだけど」
「やっぱり!!」
 霞は悔しげに拳を振り回す。
 先ほどの扱いは何だったのか。
「そんなに言うなら、女切も本命に贈れば良いのに。花束とかテディベアとか」
「テディベアを贈るんですか?」
「そうそう。『僕の代わりだと思って可愛がって』ってね。あと下着とか……」
「下着!?」
 いじけていた霞も思わず反応してしまう。
「恋人の日だからね。俺好みの下着をプレゼントして、お返しに魅了してもらう……最高の贅沢だと思わない?」
「……藤司朗も贈った事あるの?」
「まさか。バレンタインには贈った事ないよ。俺にとってバレンタインは沙鳥の日だから」
 恋人という訳ではないが、忠誠を誓っているのは沙鳥だけ。
 知り合った頃から、自然と沙鳥だけにプレゼントを贈るようになっていた。
「そうだよね! 良かった……って、ん?」
 バレンタインには?
「という事は、他の日には?」
「おっと、失言。沙鳥のうっかりが移ったかな……」
「うわー……」
 何故か打ちのめされた霞はわざとらしく項垂れる。
「……藤司朗さん」
「ん?」
 からかい尽くして満足していた藤司朗は、こっそりと直に手招きされ、内緒話がしやすいように少しだけ身を屈める。
「実際のところはどうなんですか?」
 問いながらも答えは分かっているのだろう。その口元には笑みが。
 藤司朗は期待に応えるべく悪戯っぽく微笑んで囁く。
「ご想像にお任せします」