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6、開始1時間50分


 アサルトライフルの鋭い銃撃音が響く。力任せに警備ロボを突破して、朧寺緋葬架は息を吐いた。慎重に残りの銃弾を確認する。12階から4階まで一緒にやってきたアサルトライフルにはもうほとんど銃弾が残っていない。
 訓練を受けていない者ならば男でもよろめくほどの銃を片手で担いで、緋葬架は周囲を警戒する。普段は使わない軍用の銃は、初めのうちこそ使いなれない感じがしたものの今ではすっかりに手になじんでいる。
 アサルトライフルは、素人が『ライフル』と聞いて思い浮かぶような銃よりややごつい外見をしている。当たり前だ。通常、緋葬架が狙撃に使うスナイパー・ライフルが、遠距離からの単発狙撃を前提として精密射撃にこだわっているのに対し、アサルトライフルは戦場において兵士が使うための銃だ。日本語ではそれぞれ、狙撃銃と突撃銃というように分けられ、おなじライフルでも用途がまったく違うものであることを示している。拳銃より火力が強く、機関銃よりも扱い安いのがアサルトライフルの利点だが、重いのは同時ようもない。ナノマシンサイボークの手術を受けている緋葬架にとっては、それほど気になるものではないが、生身の人間にはそれなりに負担だろう。
「まあ、火力が強ければいいというものでもありませんが」
 本当に強い相手は、護身用の小銃でも十分に敵を仕留めることができる。だが、敵味方で力が拮抗している場合、強い火力というものはそれなりに頼りになる。
 かすかな気配を感じて、緋葬架は慎重に銃口をそちらに向けた。見覚えのある人影がゆっくりと緋葬架がきた方角の廊下の曲がり角から現れる。緋葬架は躊躇いなく発砲した。
「!?」
 かすかに驚いたような顔をして、相手は角に隠れる。それを追って銃弾が飛ぶがもともとそれほど銃弾の残りがあるわけではない。
「――――見えていますわね? 高い武器なので回収よろしくお願いしますわ」
 斜め上のカメラに向かって叫ぶと、緋葬架はアサルトライフルを投げ捨てた。戦場なら投げ捨てていくが、訓練でなくすのは惜しい。だから、スタッフに回収依頼の声をかけておく。
 緋葬架がライフルを投げると同時に、角から飛び出した人影が薄い笑いを浮かべながら銃を構える。グリップの大きさから、17発撃てるタイプの軍用拳銃と緋葬架は推測する。
 走りながら左目の眼帯を外し右目に付け替える。緋葬架の二つある目のうち、左目だけは人工眼球だ。生身のほうの目玉よりはるかによく見える上、通常の眼球とはやや仕組みが異なっているため、視線を通じて侵入するタイプのサイキッカーに対抗しやすい性質がある。
 銃声が響く。
 緋葬架は転がりながら服の中のフォルダーに収納した二丁のオート・ピストルを引き抜く。軽さと隠し持ちやすさを重視したそれは、相手が持っているものよりやや薄い。その分、弾数も半分ほどまで減る。だが、問題はない。
 相手が二発撃つタイミングで撃ち返す。どちらの弾丸も相手の血肉をえぐることはない。代わりにいい加減ぼろぼろになっている壁や柱が悲鳴を上げる。無事だった窓ガラスが粉々に砕け散り、キラキラ光る破片を飛ばす。
 そして、唐突に銃声が止んだ。互いに互いの頭に銃を突き付けて、二人は沈黙する。そして、一瞬視線を合わせた後、同時に銃を引いた。
「――――酷いな」
 相手――藤司朗は爽やかにほほ笑んだ。緋葬架は表情を変えない。
「僕は何もしていないのに」
「当てないで差し上げたのですから、少しは感謝すればどうですの?」
 緋葬架は射撃の腕だけならば、校内で五指に入るのは難しくとも十指ならば確実に漏れない地位にいる。本気で藤司朗を射殺しようとしたならば、彼が無傷でいることは不可能だ。それが分かっている藤司朗は笑みで返す。
「それなら、初めから撃たないでほしかったな」
「ふん。貴方は好きじゃありませんわ。でも、貴方は大事な珠月おねえさまの大事な御友人である沙鳥様の大事な従者です。殺しては、あと後人間関係にひびが入ります」
 緋葬架は銃をフォルダーに仕舞った。それを確認して、藤司朗も銃を仕舞う。
「大事なおねえさま、ね」
「何かおかしいですの? 貴方がた、女王騎士団が沙鳥様に捧げる過剰なまでの忠誠心に比べれば、私が珠月おねえさまを大事に思う気持ちくらいごくごく普通のことでしょう?」
 違いますか? と緋葬架は問いかける。藤司朗は否定はしない。
「沙鳥は――――可愛くて優しくて危なっかしいからね」
 代わりに言外に「なんで篭森みたいな奴がいいんだ?」というニュアンスを含ませる。緋葬架は顔色を変えた。
「なっ、おねえさまのほうが優しくて可愛らしいですわ!」
 そこで張るなよ。藤司朗は思ったが、口には出さなかった。代わりに、優しくて可愛らしい篭森珠月像というものを想像してみたが、鳥肌が立ったのでやめた。
「――――ある哲学者は言った。世界というものは、それを観測する人間の主観によって構成されている。まあ、そういうこともあるんじゃないかな?」
「なんですの? その遠まわしなうえに知的なのかそうでないのか微妙な嫌味は」
 ばっと緋葬架はポケットに手を突っ込んだ。武器を出すのかと藤司朗は身構えたが、出てきたのはストラップの一つもついていないシンプルな携帯電話だった。この学校の生徒ならだれでも持っている、世界のどこでも通信ができる衛星携帯電話だ。
「私の言葉が嘘だと思うなら、これを見てくださいませ。本当は私の秘密の宝物なのですが、特別に見せて差し上げますわ」
「宝?」
 差し出されたのは携帯電話だった。何も起動していないため、画面には待ち受け画像が映っている。それを覗き込んで、藤司朗は彼にして珍しく凍りついた。
 画面には、犬のぬいぐるみを枕に、熊だのうさぎさんだのペンギンだののぬいぐるみに囲まれて上機嫌で眠っている珠月が写っていた。血色の瞳はしっかりと閉ざされ、年相応の邪気のない寝顔で、少女はやすらかに眠っている。
「!?」
「ふふふ、可愛らしいでしょう? おねえさまは近くに他人がいると眠ってくださらないので、この写真を撮るのも苦労しましたの。遠くから隠し撮りしようとしても気づかれてしまうし、寝ているときに接近すると起きてしまうし。これは新年会でお酒を多量に召し上がって、かつとても機嫌が良い日に奇跡的に撮れた一枚です。あ、おねえさま本人の許可をとっていないので、このことは内緒ですわよ」
「…………」
 藤司朗は笑顔のまま、携帯電話の操作ボタンに指を滑らせた。そして、その画像を削除した。
「はい、返すね」
「珠月おねえさま、ため息がでるほど可愛らしいでしょう? って、貴方まさか!」
 携帯電話のデータを確認して、緋葬架の顔から血の気が引いた。
「私の秘蔵写真が!!」
「他人様の寝顔を取るのは良くないよ」
「私のメモリーが!!」
 携帯電話を閉じて懐に滑り込ませると同時に、最短距離最速で腕を動かし、緋葬架は自分の銃を抜いた。装弾数や弾倉交換の容易さから、緋葬架はオート・ピストルを愛用している。通常、両手に銃を構える二丁拳銃は腕への負担が大きく命中率は高くない。よほど訓練を積んでいない限り、二丁拳銃――しかも水平撃ちは非常に難しい。だが、緋葬架はそのよほど訓練を積んでいる人間で――もっともこの学校にはこの訓練を積んだ人間というのが少なからずいるため、外部の常識では測れないのだが――しかもサイボークだった。
 人体の反射速度を超えるスピードで弾丸が撃ちだされる。だが、藤司朗は避けた。それは彼の身体能力が人類を上回っているから、ではない。来ると分かって初めに自分の立ち位置をずらしたからだ。
「万死に値しますわ!」
「盗撮のくせに。気持ち悪いね」
 藤司朗も銃を抜いて撃ち返す。彼は本来戦闘者のクラスではないが、血の気の多い弟と常に喧嘩という名の殺し合いを行っているため、身体能力は馬鹿にならない。対する緋葬架は、現在は色々あって調査会社に席を置いているものの元はプロの暗殺者だ。
「だいたいおねえさまとか言っても、血のつながりも何もないだろう?」
「血がつながってないからファミリーになれないとは限りませんわ! それは貴方がただとて同じでしょう!?」
 銃弾が壁紙どころかその奥のコンクリートや鉄筋まで削る。大声でわめきながらも、緋葬架と藤司朗は互いに銃撃の手を緩めない。
「貴方が沙鳥様を思うように、私はおねえさまが大好きなだけです! 文句は言わせません!!」
「文句があるのは篭森さん本人だと思うけどなぁ」
 藤司朗が頭をそらしたそのすぐ先を鉛玉が通過する。お返しに撃ち返された弾は、緋葬架の服をかすめて壁にめり込んだ。
 普通の人間なら数回は死んでいる速度で銃弾が飛び、ナイフが壁や床に突き刺さる。ほぼ同時に体勢を崩した二人は、そのまま相手に銃口を向けた。倒れながらではどちらも避けることはできない。
 その時、二人が争っている廊下の藤司朗側の端から人影がゆったりとした動きで現れた。
「銃声がすると思ったら、二人ともなにしてるの?」
 篭森珠月だった。
 話題の中心の登場に、緋葬架と藤司朗は互いに引き金を引くことを忘れる。珠月は、緊迫した空気など気にも留めない様子で、戦場に近付いてくる。大きな怪我をしている様子はないが、どこかテンションが低い。
「ねえ、そっちのルートどう? 西階段はついさっき、爆発炎上して使いものにならなくなちゃってさぁ。どっか無事な階段ない?」
 緋葬架も藤司朗もまだ銃を収めていない。だが、聞き捨てならない言葉にとりあえず銃を下ろした。
「私は東階段が崩落して使えなくなっていたので、西回ろうと思っていたのですが……おねえさま、階段壊したんですか?」
「私じゃなくて知らない奴が爆破を――そいつも火の海に消えたんだけど、助けておくべきだったのかな?」「放っておいて構いませんわ」
 緋葬架は断言した。藤司朗は面白くなさそうに拳銃をくるくると回す。
「そういえば、ジェイルはどこにいったんだい?」
「リタイアしたよ」
 かすかに珠月の表情が変化する。詳しいことは聞かないほうがよさそうだと、藤司朗は判断した。すみやかに話題を変える。
「そうそう、さっき緋葬架さんに篭森さんの盗撮写真を見せてもらったよ」「っ! 馬鹿!!」
 緋葬架は藤司朗に掴みかかるがもう遅い。気だるげに、珠月は緋葬架を見た。
「盗撮?」「ぬいぐるみと一緒に寝てる写真だよ」「ふうん」
 意外にも反応はなかった。拍子ぬけした顔で、緋葬架は目を瞬かせた。
「怒って……ませんの?」
「んー、予想の範囲内かな。取られて困る写真を撮らせるようなミスした記憶はないから、まあ許容範囲。でも、次からは許可取ってね」
「流石はおねえさま! なんてお優しい!!」
 感動した様子で緋葬架は目を輝かせた。珠月はさりげなく視線をそらす。きらきらした目を向けられるのに慣れていないのかもしれない。
「……篭森さんって、気が短そうなのに、自分に好意的な人間には寛容だよね」
「気が短い……私、感情のコントロールはうまいほうだと思うんだけど。ジェイル関係以外」
「たまに唐突に切れるじゃないか」
「抑えきれなかった時だけだよ」
 珠月はため息をついた。覇気がない。本物の戦場ならかなりやばいくらいにテンションが下がっている。
「んー、今の篭森さんなら勝てるかも」
「試してみたいの?」
 気だるげな瞳が藤司朗をとらえた。ぞくりと嫌な感覚がして、藤司朗は誰にも気づかれない程度に筋肉をこわばらせた。だが、その感覚が戦慄の域に達する前に緋葬架が二人の間に割り込む。
「それより、階段ですわ! さっさと帰りましょう。おねえさま」
「藤司朗はどこから来たの?」
 くるりと珠月は振り向いた。サイキッカーの能力を警戒して藤司朗と目を合わさないようにしつつ、尋ねる。
「このフロアには、ちょっと床に開いた穴から」
「誰があけたんだろ……」
 可能な人間が複数いる。
「仕方ないな。あそこは、罠が絶対あるから行きたくなかったんだけど――じゃあ、行こうか。緋葬架」「おねえさまとならどこまででも!」「下のフロアまででいいよ」


 残り時間、1時間10分