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3、開始30分 某チョコレート中毒者の場合

『えーと、予想通りというかなんというか、結構みなさんばらばらに動いてるね★ そんんなワンマンプレイヤーのみなさんには、強調と強力と言う言葉を贈りたいね』
『協調と協力ですね。すでに強調と強力は、十分存在すると思います』
『十分というか、むしろそれしかないというか』
 観戦席は異様な盛り上がりを見せていた。ランカーを中心に快進撃が進んでいる――からではない。全員が苦戦しているからこそ、会場は盛り上がっている。誰であっても、普段は頭が上がらない人間が苦労しているところというのは、見ていて気分のいいものだ。
『現在トップは、9階にいる翔さん&揺蘭李さんチーム★ それを追うのが、移動中の篭森さんと篭森さんを物理的な意味で追っているジェイルさん。やや遅れて、緋葬架さんと契さん。そのかなり後ろをガエクワットさん。ゆったり移動してるのが藤司朗さん+αで、不死原不死川さんは喧嘩しつつ移動してるからまだ11階。纏君もそれに巻き込まれてるみたい★』
『お気の毒』
 本当に気の毒そうにユリアはため息をついた。
『あ、ガエクワッドさんが警備ロボ集団に出くわしちゃったみたいだよ★ 藤司朗さんはルート変更で、非常階段か★ イイ感じにばらけてきたね』




 警備ロボといっても、異変を知らせるだけの比較的無害なものから、強盗や産業スパイを抹殺するための戦闘機器までいろいろと種類がある。今、パドマバディの前にいるのは後者だ。円錐状の物体から伸びた銃口がまっすぐにパドマバディを狙っている。咄嗟に斜めに跳んで曲がり角に隠れた瞬間、すさまじい弾丸の群れがつい先ほどまで彼女がいた空間をえぐる。一部は隠れている壁の角と廊下の突き当たりの窓を吹き飛ばした。市街戦としてはぎりぎりくらいの火力だ。マシンガンを内蔵しているのだろうか。
 ルールで使えない左手はだらりと下げたまま、パドマバディは右手で自分のナイフを取り出す。ククリという独特の形状のそれは、本来は両手に一本ずつ構えるスタイルのものだ。だが、左手は負傷している設定なので使えない。少し考えて、パドマバディはナイフをフォルダーに戻すと、代わりに腰に下げたフォルダーに内蔵した刃物の中から錐のようなものを抜き取った。
「あれのボディは防弾使用でしょうね。まあ、構わないわ」
 パドマバディはうっすらとほほ笑んだ。久方ぶりに、覚醒しているのに口の中にチョコレートの味がしない。多少物足りない感じはするが、不愉快というほどではない。今は、まだ。
「さて、行くか」
 自分に言い聞かせると、パドマバディは勢いよく物陰から飛び出した。それに向かって銃口も動く。人間よりはるかに精度のいい動きだ。だが、どんなに早くとても早いと分かっているなら問題はない。
 音を立てて錐が銃口に突き刺さる。通常のナイフより細いそれは、見事に銃口にはまり込んだ。発射された弾は錐に当たって外に出ない。乾いた音を立てて銃が暴発した。暴発、といっても映画のように破片で敵がずたずたになるようなことはない。銃身が割れるだけだ。だが、それだけで遠中距離戦には使えなくなる。
 無事だった銃が火を噴く。ぎりぎりのところで身体を斜めにしてかわすが、服一枚、弾が貫通した。転がるように再びパドマバディは角に隠れる。だが、敵が徐々にこちらに向かってきている以上、長いことここにいるのは危険だ。反対側から回り込まれる可能性もある。
 人間が相手ならばいい。催涙弾なり手榴弾なりを打ち込めば、半分は無力化できる。だが、対人用の機械というのは案外と面倒なものなのだ。
「こういうとき、操作とか念力系のサイキッカーやミスティックって便利よね」
 呟いてみるが、そんなものはここにいない。パドマバディは小さく息を吐いた。チョコレート断ちを始めて半時間。やっと完全にチョコの残り香が消えた。
「久しぶりに、やってみますかね」
 パドマバディはチョコレート中毒者である。その彼女がチョコレートを食べる意味、あるいは食べない意味を知る者はとても少ない。チョコレートというものは、一番程度の低い麻薬なのだ。
 軽く手を振るとパドマバディは再び跳び出した。間入れず発射される銃弾を寸前で回避し敵と距離を詰める。近くで見ればみるほど、見事な警備ロボだった。溶接がしっかりしていて水や刃物ではどうにかできそうもない。表面は鋼鉄製。おそらく絶縁のためのコーティングもしてあるだろう。
 頭のすぐ横を銃弾が通過した。強い衝撃を感じて身体が揺らぐ。だが、パドマバディは根性でそれを無視した。あと数メートル。銃口が向いた。避けられない。
 銃声が響く。だが、パドマバディは倒れない。代わりに赤い花が中に舞う。動かない設定の左手を撃たせて銃弾を避けたパドマバディは、大きく踏み込んでロボの銃口に筒状のものを突っ込んだ。そのまま相手を飛び越える。直後、背後で大爆発が起きた。爆風でパドマバディ自身も吹き飛ばされた。
 突っ込んだのは火薬を詰めた筒。それに発砲時の火が燃え移って爆発したのだ。
 そのまま床をごろごろと転がり、パドマバディは壁にぶつかってようやく止まった。左手とぶつけた頭からはだらだらと血が流れ出ている。
「ふ、ふふふふふふふふふふ」
 パドマバディは笑った。自分の血を見て、笑った。
「あはははははははははははははははははははははははは」
 がれきの間から、生き残った警備ロボが現れる。ぼろぼろになったそれに、パドマバディは笑いながら腰から抜いた銃を向ける。コンクリートの破片が当たって弱くなった部分を撃ち抜かれて、ロボはあっさりと壊れた。同じように天井から狙ってくる防犯機器も撃ち抜いていく。踊るように、血まみれの少女は歩く。
「ふははははははははははははあはははは……ははは」
 そして動くものがいなくなったところで、やっと足を止めた。ロボだからよかったようなものだが、相手が人間だったらと思うと恐ろしい。
 彼女の故郷には、カーリーガードという女神がいる。カーリーとは、インドの古代信仰に登場する血の女神であり、悪魔と戦いになった際、悪魔は倒したものの血に酔い暴虐の限りを尽くしたと伝えられる。それと同じように、パドマバディもまた、気性が荒い。それを落ち着かせるための策が、過剰なまでのチョコレート中毒なのだ。チョコレートに集中することで戦闘衝動を抑えているのだ。
「……っ、危ないあぶない。街中でこれ以上はマズイ」
 血を流す腕を押さえて、パドマバディはつぶやいた。そして背中に背負ったリュックサックから予備のチョコレートを取り出そうとして――――
「……しまった」
 先ほどの爆発でチョコレートがすべて吹き飛ばされてしまったことに気づく。
「…………さて、どうするか」




 外の観覧席。
『ほええ、凄い爆発でカメラ壊れちゃったよ★ ガエクワッドさんって、あんなに戦闘力強い人だったんだったね★ びっくりだね★ えーと、結局どうなちゃったのかな?』
『そのうち、他のカメラに映るんじゃないか?』
『怪我とかしてないといいんですけど』
 心配そうにユリアがつぶやく。ひそかに「嫁にしたいランカーランキング」で常に上位を獲得している彼女の憂いを帯びた姿に、観覧席の男性陣はガッツポーズをとっている。もちろん、ユリアは気付いていない。
『あー、ちなみに今登場した警備ロボは、南アメリカ製のもので校内でも比較的安価で手に入る。ランカーにさえ傷を負わせるような一品が、今なら一体30万WCでブラックシープ商会より発売中。今日から2週間、ホームセンター黒羊では今回のもようしで使われた武器や警備用品のフェアを開催する。ランカーが使ってる、あるいはランカーに対抗できる一品を手軽に手に入れるチャンスをお見逃しなく』
 原稿を見ながら、ミヒェエルが宣伝を入れる。
「……高いのか安いのか分からねえ」
「でも気にはなる。ブラックシープの宣伝策略だと分かっていても!」
「ですよね。ところでお弁当はいかがですか?」
 観戦していた少年たちが振り向くと、白い調理服を着た少女が弁当を持って立っていた。
「一つ800WCで、ル・クルーゼの味が楽しめますよ」
「あ、村崎ちゃん」「買う買う!」
 レストラン『ル・クルーゼ』オーナーシェフ・村崎ゆき子。ユリア・パパラートと同じく、嫁にしたいランカーランキング常連組である。
「はい、お二つですね。お買い上げありがとう御座います」
「いくつでも買うからさぁ、今度の週末とか暇」「お客様、お買い上げありがとう御座います」
 笑顔のゆき子の背後に現れた巨大な鶏を見て、少年は言葉の続きを言うのを断念した。白い鶏の正体は、ゆき子の店の店員「ピヨちゃん」。鶏なのか人間なのかよく分からない、文字通り鳥人間である。この学園都市の性質状、こういうよく分からない生き物は少なからず存在しているが、言葉が喋れるのは比較的珍しい。
「……いえ、いつも美味しいです。ありがとう、御馳走様」
「いつもお買い上げありがとう御座います。お客様」
 邪魔するんじゃねえよこの鳥肉という視線と、お嬢様に色目使うんじゃねえよくそがきという視線がぶつかりあう。その間にいるゆき子はそれには気付かず、ぼんやりとリタイヤ用の入り口に目をやった。すでに数名、リタイヤが出ている。そこから独特の肌の色の女性が走り出てくる。
「あ、パディさんだ」
「ええ!?」
 ぎょっとした表情で全員が振り向く。その先にはリタイヤ用のエレベーターから出てきたパドマバディの姿があった。しかもかつて見たことがないくらいに殺気だっている。
「怪我してる……リタイヤなのかしら」
「いや。怪我程度でリタイヤするようなパーソナリティではないはず……」
 パドマバディはまっすぐこちらに向かってくる。思わず観客が身構えたその時、
「チョコレート!」
 パドマバディは叫んだ。意味が分からず、一瞬、全員が動きを止める。
「はい?」「誰か持ってないの!?」
「どうぞ。ル・クルーゼ特製のチョコレートムースです」
 プリンのような入れ物に入ったチョコレート色の物体を、ゆき子は笑顔でクーラーボックスから取り出した。ひったくるようにパドマバディはそれを取ると一気に口に流し込む。
「…………ふう、落ち着いた」
 顔をあげるといつもの気だるそうな笑みが戻っていた。
「おかわり」
「一個500WCになるけど、よろしいですか?」
「いいから全部ちょうだい。んー、やっぱり、血に酔うよりチョコに酔うべきね。うん」
 その様子を見ていた一二三愛とユリアは顔を見合わせた。
『ひょっとして、チョコレートが切れたからリタイヤしてきたのかな?』
『そのようですね。らしいというか、やる気がないというか』
 本当は、あまり人が多い所で暴れると危険なので出てきたのだが、結果的には変わらない。
『えーと、予想外の事態で上位ランカー一人脱落★ 他の人はどうなってるかな?』
『それより、彼女の手当て……』

 残り時間二時間半
 パドマバディ・ガエクワット脱落