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第四楽章 終演時間

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  第四楽章  終演時間

 おろおろと周囲をうろつく一重に対して、数重は酷く冷静な様子で電話をかけていた。しかし彼女が寄りかかっている発射装置は着々と発射へ向けたエネルギーの充填をしており、そんな状況下、冷静に衛星電話のボタンを押している数重は逆に不自然だった。むしろおろおろとしているだけの一重の方がまだまともな反応である。
 「ちょっと一重、あんまりうろうろしないでよ。気が散るでしょ?」
 「数重ちゃんこそ、なんでそんなに冷静なの? 早くどうにかしないと、二重が……」
 言外に二重が助かればそれでいいというようなことを口走る一重。数重はそれを咎めない。澪漂として、それは当然の反応だからだ。しかし。
 「あなたが二重を守りたいように、私も万重をみすみす死なせるつもりはないわよ。老い先短いといっても、私にとっては大事な友達だからね。大丈夫、万重に任せなさい――」
 数回コールしたところで、相手は出たようだ。もちろん、
 『作戦はうまくいっておるか、数重?』
 【リバティコンダクター】澪漂・万重である。
 数重はやはりリラックスした様子で、発射装置の出っ張りに腰掛け、足元に転がるセドリックの死体に足を乗せた。
 「途中まではね……まったく、人生万事順風満帆とはいかないことは分かってたけど……それでもこんな形でつけが回ってくるなんて思ってなかったわ。ま、どうでもいいけど」
 時間がないにも関わらずいつものスタンスを崩さない数重に、一重は少し苛立ちを覚えた。
 「敵を殲滅しつつ兵器にたどり着くところまでは順調。でも、エンジニアを一人殺し損ねちゃってね、発射装置を作動されちゃったのよ――時間は、せいぜい十分ってところかしら?」
 『ふむ、それでワシに連絡してきたということは、破壊も無理ということか』
 「相変わらず飲み込みが早くて助かるわ。で、どうする?」
 数重の問いにしばらく沈黙し、そして万重は断言した。
 『こちらの身はこちらで守るわい。そのまま兵器を発射させてくれ。その後速やかに破壊じゃ』
 「了解」
 いやに自信たっぷりな万重に対して一片の疑問ももつことなく、数重は衛星電話の通話ボタンを切った。

                    ♪

 澪漂陣営。テントの中には万重と、そして【マリアスコール】のドームシティから舞い戻った二十重、十重、そして光路の姿があった。
 万重は黙って手にした衛星電話を卓上に置くと、数瞬何事かを思案した。
 「おい、爺さん。何があったんだ?」
 「まさか……作戦…………に、失敗……した……とか?」
 問い詰める二十重と十重に対し、万重は薄く笑って言った。
 「ふむ、どうやら誤算があったようでな。兵器の発射装置を作動されてしまったそうじゃ。破壊もできん。発射まで、あと十分……」
 「おいおい!? ってこたぁ、あと十分以内にどうにかしねぇと俺たちまで灰になっちまうってことかよ!?」
 「落ち着かんか。まだ死ぬと決まったわけではないぞ?」
 「いやいやいや、落ち着いてられるか! それとも何だ、爺さんに何か考えがあるのかよ!?」
 「ふむ、お主はワシが何と呼ばれておるか忘れたのか? 澪漂屈指の【思案者】たるワシに、考えがない瞬間なぞあるはずがないわ」
 胸倉を掴む勢いの二十重をやんわりと制しながら、万重はその指先を二十重の背後へと向けた。
 指の先には、一人の男。
 その下の瞳がうかがえないほどに分厚いレンズの眼鏡、ぼさぼさの髪の毛を後ろでくくり、中華風の軍服に右腕の腕章、その手には槍を携えた。
 「へ、俺?」
 【アンタッチャブルサイズ】の三島広・光路が、きょとんとした表情で自分の顔を指差した。

                   ♪

 数重は兵器に腰掛けたまま、踏みつけているセドリックの死体の懐から煙草とライターを取り出すと、勝手に一本咥えて火を点けた。
 「不味い。ゾルルのエージェントのくせに、やけに安物吸ってるわね」
 一重も周囲をうろつくのを辞めて今は数重の隣に並んで座っている。俯いた一重に、数重は手にした煙草の箱を差し出した。
 「いらない」
 「あら、二重が愛煙家の割にあなたは嫌煙家? 意外ね」
 「そういうわけじゃないけど……」
 言いながら、一重はしぶしぶ一本取って火を点けた。
 「別に無理に真似する必要はないじゃない? むしろ二重には辞めてほしいくらいだよ。相方として、私はそれなりに二重の健康にも気を使ってるんだ」
 一重は一口だけ煙を吸い込むと、顔をしかめてそのまままだ長いそれを投げ捨て、足でもみ消した。
 「こんな世の中だからね、できるだけ長く、一緒に暮らしたいじゃない?」
 「ま、そりゃそうかしらね」
 再び顔を伏せた一重の頭を一つ撫で、数重は唐突に語り出した。
 「私と万重は、なんていうか腐れ縁なのよね。お互いに組む相手がいなくてだらだらと何年も組んでるけど。あの人は友達としては大切だけど、それでもあなたたちみたいな相思相愛とはかけ離れてる」
 「…………」
 「私たちって特殊だからさ。そういう爪弾き者が集まってるのが第二管弦楽団だっていうのもあるけど、それでも楽しいよ。自分を理解してくれる人がいるってのは」
 「…………私たちは、別に」
 一重はふと、顔を上げると呟いた。
 「私も二重も、お互いのことは全然知らないよ? 何年も一緒にいるけど、数重ちゃんが言うほど仲がいいわけでもないし――二重が澪漂に入った理由、知ってるでしょ?」
 「……親殺し、だっけ?」
 「そう。お父さんの候(ホウ)・零(リイ)重(オン)さんを殺そうとして失敗して……で、千重団長に拾われたんだ。私は、たまたま二重と同じ学園にいて、昔の二重は今よりもっと感情的な人だったから、普通の友達として付き合ってて。で、二重の相方に選ばれたんだ」
 数重は意外そうに一重を見た。
 「へぇ、あいつにそんな時代があったなんてね。ま、誰だって最初は子どもか」
 「私と二重と、私の保証人の兎熊ちゃんと、あとはあの【エグザイルカルバリア(追放髑髏)】の娘の珠月ちゃんは結構仲良かったんだよ。今じゃ二重は全然気にしてないけど、珠月ちゃんなんかは時々遊びに来てくれるしね」
 「すごい交友関係だわ」
 数重は意外なビッグネームに苦笑しながら、煙草の火を消した。
 「今はすっかり昔の面影ないけど、それでも二重は私のことは大切にしてくれるからさ。だから、私は二重の相方でいたいんだ」
 まだ焦燥は色濃く残っているが、それでも常の彼女らしい笑顔を一重が浮かべたとき。

 一重は数重の肩を掴んで強引に横跳びに転がった。

 一瞬の後、二人が今まで座っていた当たりに無数の銃弾が兆弾して火花が散る。
 「あらあら、まだ結構な人数が残ってたわね」
 「……っ!」
 兵器の装置を盾に回り込みながら、数重はやはり苦笑交じりに、そして一重は歯を食いしばった。
 影から様子を伺うと、周囲のテントから数十名の人々が現れてこちらに機関銃の銃口を向けている。
 対するこちらは、数重はほぼ丸腰、そして一重にしても、残弾の少ない拳銃が二丁。
 「むぅ……仕方ないな。数重ちゃん、ちょっと隠れててね」
 「ん? あなたはどうするの?」
 数重の質問には答えず、一重はおもむろに露出した左肩のブラウスを掴むと――強引にそれを引き千切った。
 その下から現れたのは人間の肌ではなく――鈍色に輝く、金属製の機械の腕だった。
 サイバネティクスサイボーグ――ナノマシンサイボーグと対をなす、いわば純粋な機械化組織である。一重の左腕は九龍の特別製であり、その最大の特徴は。
 「ちょっと、暴れてくる」
 備え付けのメーターを見ると、充填率は七十パーセント。神経によって直接接続されてた内部機構にアクセスし、そのエネルギーを展開する。
 ブン、という駆動音とともに、手の甲あたりから半透明の剣が展開された。
 光路の扱う【黄天衝】と同様、二重が提供するTAOを充填することにより四種の武器を作り出すその左腕――その中の一つ、気功剣・莫耶を左に、そして右手には拳銃を携え、一重は初速から全速で走り出した。

                   ♪

 当惑する光路に対して、万重はからからと笑う。
 「お主の持っておる槍、TAOを展開する機能があるのじゃろう? その中には、TAOを盾とするものも、あったはずじゃ」
 万重の言葉に光路は初めて思い至った。なるほど、確かにあれを使えば、この場を切り抜けることもできるかもしれない。しかし。
 「いやいや、無理だろ。あれは直径五メートル範囲しかカバーできねぇし、それにそもそも俺のTAOが広域破壊兵器を防御しきるほど耐えられるとは思えねぇ」
 「そんなことはやってみなければ分からんじゃろが。防御範囲はリミッターを外せば事足りる」
 「そんな簡単に言うな。リミッターを外せば、その分TAOも大量に消費するだろ。俺を殺す気か」
 それに、と光路は続けた。
 「この場にいる人間が守れても……この場にいない奴らはどうするんだ? 二重はまだどっかで暴れてるんだろ?」
 「それに……七重と…………深重、それに……帯重と古……重もいます…………ね」
 彼らは帯重と古重がどうなったか知らない。しかし少なくともこの場にいる者を守れたところで、その三人を守れなければこちらの被害も甚大である。しかし、万重は揺るがない。
 「大丈夫じゃよ。奴らはこんなところで死ぬほどちゃちな人間じゃない。奴らの悪運の強さは、ワシもよく知っておるわ」
 何にせよ、と万重は言う。
 「何もしなければ全滅は免れん。少しでも可能性のあることに賭けるのが、最良というものじゃ」

                    ♪

 一重は装置の影から飛び出すと、一瞬で革命軍の面々の間に割って入っていった。
 両者が交錯する刹那、一重の左腕が閃き、彼らが気が付くころにはすでに十名ほどが急所を切り裂かれ絶命している。
 人々が背後を振り返るその一秒にも満たない間に、一重は片足でスピードを殺して素早く反転――右手に持った銃でさらに数名を撃ちぬいた。
 「くっ、撃て、撃てえぇええぇ!!」
 数名の、比較的早く立ち直った者たちが銃口を一重に向ける。しかし引き金を引くころにはすでに一重の姿はそこにはない。
 「遅いよ」
 そんな声が聞こえるか聞こえないかの間に、彼女に銃口を向けた者たちは地面に這いつくばっていた。
 「ふぅん……噂以上の強さだね、彼女。さすがは第六管弦楽団の副団長だ」
 装置の影から彼女の活躍を傍観していた数重がそんな感想を漏らしたとき。
 「動くな」
 彼女の後頭部に、銃口が突きつけられた。
 「あらあら、油断しちゃったかな?」
 「数重ちゃん!」
 数重が捕捉されたのを見て、一重が足を止めた。その身体にいくつもの銃口が向けられる。
 その引き金が引かれるのを見て、一重は思わず目をつぶった。

 しかし、その弾丸が一重を貫くことはなかった。

 金属質の音が幾重にもこだまして、数名の叫び声が聞こえる。一重がおそるおそる目を開けると、
 「やれやれ、危機一髪って奴かな? 大丈夫かい、一重ちゃん?」
 一重の目の前に、大傘【スティールレイン】を構えた澪漂・深重が立っていた。
 「深重……さん?」
 「っき、貴様!」
 数重に機関銃を突きつけていた男がとっさに引き金を引こうとした刹那。
 「手間かけさせるじゃないの、あんたたち。ま、何にせよ」
 機関銃を構えた男の手が肘の辺りから消失した。
 「え……」
 その状況を確認するか否かのうちに、さらに男は首から上を失っていた。
 「無事でよかったわ」
 振り抜いた動きのまま肩に直刀を担いだ澪漂・七重が、倒れゆく男の身体を乱暴に足で蹴り飛ばす。
 「さすが、出所をわきまえてるわね、七重。――とりあえず、助かったわ」
 「もうちょっと感謝を態度で表したらどうなの、数重?」
 軽口を叩きながらも、七重は装置の影から出て革命軍の群集の背後へと立った。深重と一重もそれに倣い、左右に分かれて彼らを囲むように立つ。
 一対多が三対多になっただけだというのに、革命軍の人々はそれに押されるように一歩退いた。冷静に対処すれば勝てない相手ではない、はずである。しかし彼らの視線に射られた人々は、少なからず戦慄し、焦燥に満ち溢れている。
 「アタシたちは、仲間に牙を剥いた者を許さない」
 七重が直刀を右手に構え、彼らに突きつける。
 「なぜならそれは、僕らが仲間のために死力を尽くす、澪漂――『身を尽くし』だからさ」
 深重が大傘を肩に担いで彼らを睨む。
 「二人とも、ありがとう。――それでは」
 一重が左手を前に、その切っ先を向ける。
 三分後、その場に立っているのは澪漂の冠する四名だけとなった。

                   ♪

 「ったく、何で俺はいつもこんな損な役回りなのかねぇ……?」
 澪漂が拠点としているテント、その周りには光路、二十重、十重、万重の四名の姿があった。小さく固まるように集まった彼らの先頭で、光路は愛用の槍【黄天衝】を構えながらぼやいた。
 「言っておくが、九十九パーセント無理だからな。死んでも怨むなよ?」
 光路の弱気な言葉に、彼らは笑みをもって答える。
 「何、大丈夫じゃよ。その一パーセントを実現するのが、澪漂屈指の【思案者】たるワシの仕事じゃ」
 「ま、所詮ダメもとだよな。別に怨んだりしねーよ」
 「ここで死ぬなら……それが…………私達の運命…………とでも……言うので……しょうね」
 そんな反応を見せる彼らに、光路は大きなため息を吐いた。
 「ったく、どうして澪漂の奴らってのはこうなんだ……? あーあ……」
 二重は今この戦場のどこにいるともしれない親友の顔を思い浮かべた。
 「こんなのは、あいつの役回りだろうがよ」
 拡散荷電粒子砲の発射まで、あと一分足らず。
 吉と出るか凶と出るか、いずれにせよあと一分で、この戦争は終結することとなる。

                  ♪

 周囲にごろごろと死体が転がる中、七重と深重は数重の報告を受けてため息を漏らした。
 「はぁ……随分厄介なことになってんじゃないの」
 「いやぁ、参ったね。ま、僕らにしてみればここに来て正解だったわけだけど」
 しかし思ったほどの焦りは見せない。おそらく、分かっているのだろう。残りのメンバーならばきっと上手くやるだろう、と。
 それは、仲間に対する信頼とも言えた。
 「発射まであと一分もないわよね。私達も安全な物影にでも隠れましょう?」
 数重はそう言うと、装置の傍に立っている一重の肩を叩いた。
 「大丈夫。他の皆も、もちろん二重もきっと大丈夫よ。私が保証する」
 振り返った一重の顔は、なんとも言えない表情を浮かべていた。
 「そんな顔しないの。私は万重を信じる。だからあなたも、あなたの相方を信じなさい」
 「…………うん」
 一重が小さく頷き、彼らに続いて歩き出す。
 その背後で、発射装置はより大きな稼動音を立て始めた。

                  ♪

 「くるぞ。もう一度言っておくが……怨むなよ?」
 「しつこいな、お前も。大丈夫だっつってんだろ?」
 痛いくらいの力を篭めて光路の肩を叩く――否、殴る二十重。
 そして、拡散荷電粒子砲から放たれようとする輝きが周囲を激しく照らし――

 「OOPARTS展開――認証コード・*******」

 光路の手から何者かが【黄天衝】を奪った。
 「あ…………」
 「【無能】にしては、よくやったな――お望みどおり、その役回りは私がもらってやろう」
 光路が何かを言おうとしたが、それは言葉にはならなかった。
 爆音とともに周囲が真白になり――しかしそれで彼らの意識が途絶えることはなかった。
 彼らを中心として半径十メートルほどの範囲を、半透明の傘のような壁が守っている。
 それを展開しているのは九龍の近距離戦闘用兵器【黄天衝】――そして、それを中空に向けて構えているのは。
 「ふん、やっと来よったか」
 「へっ、相変わらずの美味しいとこ取り、痛み入るね」
 「…………」
 右手に槍、左手に【ドッペルフーガ】とは違う大鋏を持った、澪漂・二重だった。
 「ふ、二重」
 リミッターが外された【黄天衝】は、本来の守備範囲を越え防御壁を作り出している。さらに破壊されそうになる部分を順次修復しているため、二重のTAOを無制限に吸収しているはずである。
 しかし、二重はいつもと変わらぬ涼しい表情で拡散荷電粒子砲の攻撃を全て受けきっていた。
 「あ……OOPARTS……」
 光路は思い至った。
 二重が左手に持っているのは、【ドッペルフーガ】より一回り大きな鋏。二枚の刃がそれぞれ漆黒と純白に染まっている。
 OOPARTS――Out Of Place Artifactsとは、古代文明の遺産、現代に失われたオーバーテクノロジーの権化である。一言で言えば、大気中のエーテルを燃料にミスティックのような奇跡を起こす道具といったところだ。
 二重の持つOOPARTS、【STORMBRINGER&MOURNBLADE】は、殺害した相手の持つエネルギー――それは生命力や精神力、エーテルはもちろんのこと、生体エネルギーであるTAOも例外ではない――を吸収し、持ち主である二重に無尽蔵に還元するという能力を持っている。
 つまり、今の二重はOOPARTSから供給されるTAOを【黄天衝】に流し込むことで拡散荷電粒子砲の攻撃を受け止めているのである。
 「ふん、この武器に頼るのはあまり好きではないのだが……今回はやむをえん」
 雨のように降り注ぐ荷電粒子で周囲がどうなっているのかは分からないが、それでもTAOの壁に守られた範囲はまったくの無傷、無事だった。
 三十秒ほどで、荷電粒子の雨は収束していった。やがて完全に攻撃が止まった段階で、二重は気功壁を解除し、【黄天衝】を傍の地面に突き刺す。
 「OOPARTS封印――」
 二重は短くそう告げると、OOPARTSに取り付けられた拘束機構『EDEN』を稼動させOOPARTSを休止させた。常時エーテルを取り込み続ける存在であるOOPARTSは稼動させ続けると周囲のエーテルを全て吸収し、最終的には所有者もろとも次元の狭間に消滅してしまうという性質を持っているため、一定の使用限界がある。それゆえに二重はもちろんのことユーザーと呼ばれる所有者たちはOOPARTSの使用には慎重だ。
 「悪ぃ……手間かけさせたな」
 そう言う光路に、二重はふん、と笑って答えた。
 「お前がやっていたら確実に死んでいただろう? 適材適所というやつだ」
 周りを見れば、守られていた範囲は円状に無事を保っていたが、その他は地面が焼け焦げ完全な焦土と化していた。それを見て二重はいまいましげな顔をする。
 「全く最悪なものを作ったものだ……これだから企業というのは……」
 「利益の追求の仕方はそれぞれじゃよ。何にせよ、助かったわい。礼を言うぞ、二重」
 「爺さん、まさかここまで計算してたんじゃねぇだろうな?」
 「相変わらず……計算高い…………方です……ね」
 危機は去り、彼らはいつものような調子で口々にそう言った。
 万重は携帯端末を取り出し、数重に指示を出す。二十重と十重は早々に帰り支度を始めた。
 光路は地面に突き立てられた槍を手に取ると、微妙な表情でその相棒を見つめた。
 「やれやれ、まだまだ俺もお前の持ち主としては半人前ってわけか」

                   ♪

 帰ってくるなり、一重は二重に向かって拳を振り上げた。それなりに勢いを乗せた拳が二重の顔面に炸裂して、二重は大きく後ろによろける。
 「ぐあ……ひ、一重?」
 「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!」
 いきなり罵倒の言葉を浴びせられ、二重は面食らった。
 「何で二重はいつもそう……しかもOOPARTS使ったんでしょ!? また人格侵食されたらどうすんのよ!?」
 「あー……しかし、今回は仕方ないじゃないか。あれがなかったら私達はきっと……」
 万重からの報告で二重がOOPARTSを使って危機を切り抜けたことを聴いていた一重は、真っ先に二重の心配をしていた。
 OOPARTSは使用者の人格――主に喜怒哀楽の感情を侵食するという性質がある。今はそれほどでもないが、多様すればその内二重も今以上に無感動な人間になってしまうだろう。一重はそれを心配していたのである。
 そこに、いつもどおりの笑顔で彼女を迎えた二重に緊張の糸が切れたのか、一重は涙交じりに二重を詰ったわけだ。
 ぎゃーぎゃーと二重を叩きまわす一重と、それを困った顔をしながらも甘んじて受ける二重。そんな二人の姿を見て、数重と万重は苦笑を漏らした。
 「やれやれ……まったく、本当に騒々しい奴らじゃの」
 「うふふ……でも、楽しそうね」
 これをもって、今回の戦争は全て終了した。
 企業軍側――【マリアスコール】の拠点は骸手・想月によって壊滅させられている。
 革命軍側の拠点は、数重たちが仕掛けた爆弾によって、拡散荷電粒子砲もろとも崩壊していた。
 新型兵器のデータは十分に取れたし、破壊にも成功した以上、今回の仕事はとりあえず成功と言えそうだ。
 まだ団長に対する報告が残っているが、二重は小さく安堵のため息を吐いた。

                   ♪

 「ぎははははは、いやぁ……参ったねぇ」
 周囲がすっかり灰燼に帰してしまった荒野の真ん中を、骸手・想月は歩いていた。あれだけの攻撃があったというのに、さも当然のように生き残っている彼は、しかしかなり拾うの滲んだ顔をしている。
 着ている服はすっかりぼろぼろでほとんど裸に近いのだが、そんなことは気にせず彼は歩く。ただ、二重に勝ち逃げを許したことを悔しがりながら。
 「油断……じゃあねぇよな。あいつの実力を読み誤ってたって感じか。ぎはははは、完全な完敗だなぁ、こりゃあ。ぎははははは! ……ん?」
 ふと、足元に転がっていた重機関銃が目に入った。
 正確には、その隣に寄り添うように転がっている焼死体が、だが。
 「あー……さっきの澪漂? か? いや、でもあのぎゃーぎゃーうるせぇ小娘は一人だったよなぁ……うーん」
 一瞬二つの死体を怪訝そうに見つめた想月だったが。
 「ま、いっか。関係ねーし。ぎはははははは!」
 あっさり視線を外して、再び歩き出す。もうこんな戦場に用はないとばかりに。次に訪れるであろう戦いを心待ちにするように、彼は立ち去った。
 焼け焦げてまるでサンダルのようになってしまった革靴の底が、焼け残った丸いサングラスを踏み潰し、乾いた音を立てた。
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