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 時間はやや遡る。  ミスティックキャッスルにて報告を終え――ついでに上司から小言と『クロムウェルとは縁を切ったほうがいい』という忠告をうけた黒雫は、にぎやかな通りから一歩入った路地を歩いていた。どこからともなく音楽が聞こえてくる。  若者の街サウスヤード。この街はどこよりも活気と生気に満ちていて、楽しいはずなのにたまに虚しい気持ちになる。 「それはきっと…………」  見上げた空は灰色のコンクリートで切り取られている。高層ビルを見て、空に突き刺さる針だと言ったのは誰だっただろうか。その時、ふと影が差した気がした。そう思ったときにはすでに雫は跳んでいた。鍛え上げられた勘が、理性が危険を察知するよりもはやく回避行動を取らせる。  乾いた音とともに何かが爆ぜる。何が起きたかを確かめる必要はない。狭い空間では狙撃ポイントなど限られている。最初の一撃でおよその位置を割り出し、死角になるだろう場所へと転がり込む。その五秒後、セオリー通りに人が現れた。勿論通行人の類ではない。通行人やそのほか関係ない人のふりをして待機していた戦闘要員だ。  遠くからの狙撃とそれを回避された場合の奇襲。典型的な暗殺の方法だ。やや手口が杜撰なのは殺す気はあっても『暗』殺する気があまりないからだろう。こんな時代とはいえ、正々堂々と人殺しができる人間の種類は限られる。  つまりは殺人免許をもっていて合法的に殺人行為に走れる民間軍事会社か、あるいは殺してもその証拠を残さず抹殺できる実力者か大規模組織。 「何者だ?」  誰何する自分の声をどこか遠くに聞きながら、考える前に身体が動いて武器を掴み、相手へ向ける。誰何が無駄なことくらい分かっている。それでも聞くのは、挨拶のようなものだ。 「…………織子はこちらにはいない」  かまをかけてみるが反応はない。本当に無関係なのか、ただのプロなのかそこまでは雫には分からない。ジェイルならきっと分かるのだろう。彼は他人の考えを見抜いてえぐることにたけている。だが、あそこまで頭がおかしい人間にならないといけないなら、分からなくていいとも思う。 「…………えーと、一応警告しておきます。私闘はうちのリンクでは歓迎されませんから」  ぽつりと雫は言った。勿論、敵の包囲網に動揺はない。 「今逃げたら、死なないで済むと思います。その――僕の能力は種類が多くてしかも強力な分応用が利かないんで、手加減がすごく難しいんです。建物も生き物も全部壊していいとかならできるんですけど、それだとたたの人災ですし」  淡々と告げる雫の言葉に、包囲する敵に緊張が走った。 「だから――できるだけ頑張って逃げてください。俺もあんまり能力使わないように気をつけるんで」  次の瞬間、雫の姿が消えた。少なくとも彼を囲んでいた刺客たちには消えたようにみえた。次の瞬間、下から雫が現れる。一瞬で身をかがめて視界から外れ、一気に距離を詰めたところで下から突き上げるような攻撃に出たのだ。  重たい音を立てて銃が弾き飛ばされる。中ほどに大きな凹みができ、あきらかに正常な発射は無理だと分かる。だが、持ち主にそれを確認する余裕などない。鞘に入ったままの雫の長剣の柄が男の首にめり込む。声もなく男は倒れた。そして、その体が床に崩れ落ちるよりもはやく、雫は振り向きざまに短刀を振るう。ぱっと鮮血が飛び散って背後の男の手から銃が滑り落ちる。一撃で筋を切られた男はもう武器を持つことができない。悲鳴を上げて距離を置こうとする。 「邪魔」  攻撃能力がなくなったものには注意を払わず、雫は倒れかけた敵を踏み台に飛ぶ。再び一瞬だけ男たちの視界から雫が消える。思わず空を見上げた男たちが見たのは、予想外のスピードで落ちてくる雫の姿だった。  驚愕からくる一瞬のためらいが決定的な差となる。跳躍の瞬間、付近のビルの壁を蹴って下へ動きを変えた雫はそのまま男たちのど真ん中に着地した。一斉に銃口が雫に向くが、流れ弾による同士撃ちを警戒してすぐには撃たない。その間に雫はすでに動いている。  弧を描くように長剣を振りまわす。ただ振りまわしているだけに見えるのに、その鉄の塊は的確に敵の急所を殴打する。さらに背後の敵に蹴りを入れ、飛び込んでくる敵には短剣で対応する。重たい剣を振りまわすだけでも大変なのに、重心を取りながら攻撃を繰り出すのは生身の人間には簡単なことではない。だが、学園のランカーともなれば話は別だ。どう動けばどう重心が移動するか知りつくしていれば、武器や自身の重さでバランスを崩すようなことはない。  瞬く間に6人が倒れた。残りは2人。そこで雫は止まった。  今のところ死人は出していない。要件は倒れている人間に聞けば済むことだ。見られて困るような技も使ってはいない。ここは逃がすほうが相手への牽制になるかもしれないという考えが、次の行動をためらわせた。  それがまずかった。 「化け物め」  男が何かを取り出す。それがゴミ箱のかげに隠してあったロケットランチャーだと気づいたときには、それは発射されていた。 ** 「だからさ、乱闘だよ、乱闘。わたし見たんだけど、なんか男が十人くらいいてそのうち一人と他の奴が喧嘩始めたの。で、一人のほうがばんばん倒してるなーと思って見てたら、残った男がロケットランチャー。信じられない。私闘で普通使う? 高いのに」  興奮した様子で少女が喋っている。話の内容を聞いていると、彼女は大勢に囲まれている男がいるのを見ていて助けなかったということになるのだが、よくある話なので誰も突っ込まない。そういうトラブルに首を突っ込んだ場合、どうなるか分からないという事情もある。 「まきまれた人は?」 「え? 巻き込まれた人? 塀が壊れたから、撃った奴とその仲間と戦ってた人とあと通行人かなぁ。何人下敷きになってるかなんて知らないよぉ。あー、何? 一人で戦ってた人? んー、私よく知らないけどすっごい強かったからランカーかも。あれだよね、二桁後半以下だとランカーでも全員の顔は知らないし。特徴あるなら話は別だけど。あ、そういえば、そのひと二流刀だったよ。格好いいよね」 「……ありがとう御座います」  野次馬でごった返す通りで、適当な通行人を捕まえたジェイルは頭を下げた。元は黒いだろう髪を金色に染め上げた少女はひらひらと手を振る。 「いいよ、いいよ。いや、マジでなんだろうね」  少女は笑う。ジェイルの存在にまったく違和感を覚えていないようだ。まるで友人に話かけられたかのように、喋らなくてもいいことまで聞かれるままに喋っていく。  少女とわかれた後、織子はほっと息をついた。 「そういう使い方もできるんですね」 「ええ。僕の能力は僕の存在を『そこにあって当たり前のもの』と誤認させるものですから。まるで星を覆う大気の一部になったかのようにまったく注意を払わせないようにするだけでなく、その場に当たり前にあるはずのものとして――つまりは仲間の一部と誤認させることも可能です。やり過ぎるとぼろが出ますが。それにすべての人に平等に効果を出せるわけではありません。まれに精神力がずば抜けて強い人や能力と相性が悪い人というのがいてそういう人にはほとんど能力が効かないんです」  ジェイルは答えた。その間も視線はあちこちを彷徨っている。珍しく喋り方が普通に近いのは、喋り過ぎるとぼろがでるという能力の特性のせいだろうか。 「篭森さんとかですか?」 「ええ。月の姫はどうやら、二つの目玉で像を結んで世界と繋がる視覚とはまた違う何かを利用して世界を観測しているようでして――――僕の能力と能力同士の相性が悪い上に、年少のころ雪の精が舞い降りる倫敦の水鏡の前で出会ったあの日からはや十年以上、長年の付き合いで耐性ができてしまっているので、まったく効果がありません。いつどんな時でも、風に紛れ人に埋没する僕の存在を見つけてくださるのは姫だけです」 「なんて不幸な……」  気付かなければいっそ幸せだろうに。織子は、今はいない珠月を思った。そしてふと気付く。 「でも私はちゃんとジェイルさんを見ていますよ?」 「貴方には制御できない最低限の効果しか能力を及ぼしていませんし、すでに『いる』と知っていますから、『いる』ことを知らない方々よりは僕の存在を認識しやすいのだと思いますよ。でも、僕と離れた後に合流するときはいつも中々見つけられないでしょう?」 「そういえばそうですね」  声をかけられるまで存在に気づかなかったり、逆にいつの間にか会話に混ざっていてぎょっとすることがここ数日で何度もあった。織子は『気配がしない人だな』くらいにしか考えていなかったが。 「待ち合わせとかはどうするの?」 「別に僕は透明人間になってるわけじゃありません。話かければ皆存在を認識してくれます。ただ、なぜ僕がその場にいるのかを疑問に思わなかったり、しばらく僕の存在を無視したりすることはありますが。誰だって空気がそこにいることは知っていても、その空気をどうにかしようとは思わないでしょう?」  話をしながらジェイルは人が集まっている方向を見上げる。新たな動きがないためか野次馬は減り、後には救助を行う南区の関係者が集まっている。瓦礫の下から引きずり出されるのは戦闘服の男たちだ。怪我はしているが死んではいない。  織子は黒雫の姿がないかと目を凝らすが、出てくるのは同じような男たちばかりだ。 「――――多分、あの下にはいないと思いますよ。黒雫君は物語の主人公のように優れた能力を持っていますから。少々性格に矛盾があるのと、性格のせいで能力を使いこなせきっていないところが玉にきずですが。哲学者のように価値観や存在意義なんて考えず、やりたいことをやればいいと思うんですけどねぇ。自分探しも大事ですが、自分を見つめすぎると彼のように死にたくなります」 「え? 自殺志願者?」  織子は顔をしかめた。しかし、ジェイルは首を横に振る。 「いいえ。破滅志願者なんですよ、彼」 「同じだよ!」  むしろさらに性質が悪くなった。ジェイルは大仰に肩をすくめて見せる。 「隙あらば、茨の道を歩き煉獄の業火に焼かれ死者の王に裁きを望み、もっとも人間らしくなく死にたがるから――困ったものです。今回もそういう感じで事故に巻き込まれたのかと思いましたが、現場を見て安心しました。この程度で彼は死にません。僕はそれくらいには彼を信頼しています」  どういう信頼なんだろう。織子は内心呆れた。どうもこの学校の生徒というものは色々と価値観がずれている気がする。愛とか友情とか信頼とか、それはもっと尊いもののはずなのに。 『「愛」というのは、仏教用語で悟りを邪魔する執着の一つのことなんですよ』  愛を悪のように言ってみたり、 『「愛」っていうのは呪いなんだよ』『一生その「愛」に縛られ呪われたいとすら思う』  愛を呪いと断言しながら、あえてそれに縛られたいなどと嘯いたり、かと思えば信頼していると言ったその口で相手を貶す。訳が分からない。狂っている。 「ああ、そうか……」  だからこの都市の名前はトランキライザーなのか。織子は妙に納得した。覚醒に至らぬ故に悩み苦しむひな鳥たちの都市。境界を越えんとするぎりぎりの場所を生きているから、誰にでもある狂気が当たり前のように表面化する。 「……雫さんは無事なんですね」  雑念を振り払って、織子は必要なことだけを聞いた。ジェイルの態度には余裕があるが、それが相手の安全に直結しているとは限らない。 「大怪我とかしてませんよね……?」 「永久の眠りについたわけではないことは保障しますよ、七夕の姫君」 「その呼び方止めてください」  織子は眉をひそめた。ジェイルは女性を呼ぶ時、必ず名前か外見に絡めた名前をつけて呼ぶ。ついでに言うと男は基本呼び捨てで、敬意をとくに払っている相手だけ女性と同じように謎の敬称で呼ぶ。どちらにしても何だか落ち着かない。 「……今更ですね」 「まあ、そうなんですけど」  離しながらジェイルは細い通りを曲がった。一歩道を入った瞬間、日光の量が減り、そこはかとなく空気も変わったような気がする。視線だけで行く先を訪ねると、ジェイルは小首をかしげて見せた。 「さあ? とりあえず、その場から離れたいときに僕だったら無数の選択肢の中から選び出すだろうルートを辿っているだけです。運が良ければ会えます」  適当だった。だが、携帯電話が繋がらず目撃証言も爆発現場で途切れていて、しかも現場にはいない可能性が高い以上、それ以外に方法はない。 「……でも、無事ならどうにか連絡してきそうなものですけど」 「まだ命の花咲き乱れる戦場をかけていらっしゃるんでしょう」  一瞬意味が分からず、遅れて彼がまだ戦闘中の可能性を示唆されたことに気づき、織子はぞっとする。それが本当なら彼は数時間単位で戦っていることになる。 「襲撃というものは最低でも二チーム以上でやるものです。拉致する相手がいるなら直のこと。逃げるターゲットを追う場合、前と後ろで二チーム。一チームだけで敵を追いかけたり、ましてやカーチェイスなんて素人のやること、とうちの学校では教えています」 「……ちょっと実戦的すぎやしないかしら」  犯罪行為すれすれの何かを学校で教えていいものだろうか。織子は視線で訴えかけるが、ジェイルには通じなかった。 「それは冗談としても、襲撃いくつかの段階に分けておくのが普通です。一つ目のシナリオが脚本家の思い通りに役者を躍らせられなかったときは、すぐに脚本を差し替えられるように代わりを用意しておくんです」 「それじゃあ……」 「現場から逃走したなら、敵も第二段階に入っているでしょう。困った後輩です。電話の一本もかければ喜んで戦場に身を投じ、死に花を咲かせる輩など学園には吐いて捨てるほどいるというのに、一人で対応するとは」 「――――それは学校としてどうなんでしょう!?」  そんなに血の気が多いひとばかりだとすれば気をつけなくては。織子は心の中で思った。 「まあ、一人でも彼が負けることはあまりありませんが」 「強いんですね」 「彼は異能者の中でもずば抜けて切り札が多い能力の持ち主ですから、よほどのことがない限りは大丈夫です。能力使えば楽勝ですよ。問題は能力制御で自滅しないかどうかだけですが、自滅したならもっと大きな騒ぎが起きているはずなので大丈夫です」 「酷い判断基準ですね」  実は彼は雫のことが嫌いなのではないだろうか。織子は疑った。にこにこ笑うジェイルの表情からは真意は読みとれない。 「ただの事実です」  軽い一言がひどく冷たい気がして、織子は嫌な気分になった。 「――――あなたは私のことを責めないんですね。私のせいでこんなことになったのに」 「貴女のせい?」  ジェイルは笑った。物語の王子様のような完璧な――完璧すぎて気持ちが悪いほどの笑顔で。 「それは違います。責任があるとすればそれは、『こうなることを選択した自分』が負うべき責任でしょう。人間という愚かしくも愛しい生き物が歩む道は、いくつも縁によって互いに絡み合い繋がり合い閉ざし合い潰し合っています。その中で、繋がるのか潰すのか無視するのかを選ぶのはそこを歩むその人だけの責任です。その結果、彼なり彼女なりの世界がどう歪もうとそれは本人の責務でしょう」 「……それは自分を責めすぎなんじゃないかしら」 「責任を自分で取りたくないなら、世界などと繋がるのは諦めたほうが良いのです。誰ともその場限りの付き合いにして、外から世界を観測すればいい。映画を見るように、ただ世界を見つめていればいいんです。代償に孤独という苦い毒を飲み干すことにはなりますが」  随分と路地の深くまで入り込んでしまった。どんどん人気がなくなっていく。 「意味が……よく分からないです」  織子は答えた。奇妙に哲学的な話だ。真理のようにもへ理屈にも聞こえる。 「つまり、僕は日本風に言うと『縁』を大事にします。能力の性質上、僕は世界と遠縁になってしまいがちですから、スフィンクスの謎かけのように厄介な物語が待っていようと僕の命を狙う宿敵だろうと、運命の女神の導きで運よく出会えてその場限り以上の運命のタペストリーが紡がれた以上は糸が切れるときまで付き合ってもいいと思うんです」  にこりとジェイルは笑った。つまり、偶然でも何でも運よく出会えて縁が出来たのだから、その人との関係は最後まで大事にしたいということだ。何箇所かよく意味が分からないところもあるが、概ねは合っているだろう。  王子という言葉が相応しい美形(ただし変人)に大真面目な顔で言われて、織子はうかつにもときめいた。そしてそんな自分に気づいて激しく落ち込む。 「――――参考までに聞きますけど、こんな感じであった人全員にそれ言うんですか?」 「いいえ」  爽やかな顔でジェイルは答えた。少しだけ照れるような笑顔を浮かべる。つくづく美形の無駄遣いだと織子は思った。 「僕と運命の歯車がかみ合う相手はとても限定的で――――ほとんどは敵として出会って五分以内に冥府の王の元へ旅立ってしまわれます。そうでない、年単位で縁が続くような方はこういう話をしようとすると『黙れ、ウザい!!』とてれて会話を打ち切ってしまうんです」 「それ……てれじゃない」  あきらかに本気でウザがられている。どきどきするような空気が一瞬で吹き飛んで、織子はちょっとだけほっとした。その時、風に乗ってかすかに最近では慣れた音が聞こえた。  サイレンサー付の銃のかすかな銃声と金属がぶつかり合う音。  織子がはっとして周囲を見渡した時には、すでにジェイルは銃を抜いている。どこから銃が出ていつ構えたのか、まったく分からなかった。 「あちらですね」  狭い路地に反響する音からは、現場の方角は読みとれないはずだ。しかし、ジェイルは迷うことなく駆けだした。慌てて織子もその後を追う。 「雫さんでしょうか……?」 「だといいんですが」  あいまいにジェイルは微笑んだ。

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