こなた×かがみSS保管庫

黒猫とクッキー

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『黒猫とクッキー』


我輩は猫である。
根っからの野良猫である。
風の赴く方へ向かい、或いは食い物の匂いの方へ歩いてゆく。
どこから来て、どこに行くかさえ知らないただの野良猫である。
そんな街を転々とする俺に、今まで出会ってきた人間の記憶なんてものはない。ましてや記憶する必要もないことだ。
ただ、この街にたどり着いて、出会った人間の中で気になった少女が二人いる。
一人は俺を「黒ぬこ」と呼ぶ青空のような髪をもつ少女。
俺を見掛ける度に何やら甘いパンをくれる人間だ。
そしてもう一人は...

「あ、いたいた」

温かい日差しにまどろんでいた俺の耳に入ってきた、心地よい声。
高くもない、だからといって低くもない音階に億劫ながらも瞳を開けた。
二つに結ばれた長い髪が風に靡いている。
背筋を正し、しっかりとした足取りで俺に近付く少女。

「またここにいたのね、アンタは」

そう、もう一人はこの少女だ。
紫陽花の様な薄紫色の髪をもつ少女。
キリッとした顔つきは決してキツいものではなくて。
人間の感覚はいまいち分からないが、こういうのを「美人」と言うのだろう。

「はい、これ。いつものクッキーよ」


そう言って俺の顔の前に円盤の物体を置く。
どうやらこの甘くていい匂いのする円盤は「クッキー」というらしい。
二、三度匂いを嗅いでみる。
別にこの少女を疑っているわけではないのだが...
これは俺ら動物の本能というやつだ。
見るよりも嗅ぐがよし。
人間の諺にもあるだろう。
甘い匂いが鼻腔をくすぐり、クッキーを口に咥えるとサクサクした触感が口内全体に広がる。
いつもは特に味がしないこの円盤が、今日は何故か食べたことのあるような甘い食感がした。
これは最近食べたことのある味だ。

「今日はチョコチップ入れてみたんだけど...おいしい?」

チョコチップ...とはなんだろうか。
人間の言葉は難しい。
人間はよく俺に話しかけてくるが、俺ら猫からしたら興味もないし、知る必要のない話なのだ。
それは人間が俺らの鳴き声を聞き流すようなものだろう。
なんとか単語を聞き取って憶測をたてることくらいは出来るのだが、それでも猫の俺には限界がある。
差し出されたクッキーを飲み込む。
これを食べると何故か、喉が痒くなる。
水を探しに行こうと上体を起こすとこの少女は「あっ」と呟き、鞄の中から四角い箱を取り出した。


「牛乳、飲む?」


牛乳、確かミルクと同じ意味だったはずだ。
起こした上体を戻し、飲むという意思を伝えると少女が嬉しそうに笑った。

「本当はね...」

トクトクと注がれる白い液体に目を向けていると、少女がふぅと溜め息をつく。

「このクッキー、アイツにあげようと思って作ったのよ」

アイツ...とは、誰のことなのだろう。
注がれたミルクを一舐めし、そのまま少女を仰ぎ見る。
少女はどこか遠くの方、青く透き通った空を眺めていた。
そのせいか彼女の瞳はうっすらと青色を映し出している。
その瞳に、違和感があった。
いや違う。
見覚えがあった。
俺はこの瞳と同じ色をどこかで見たことがある。
悲しそうで、だけど透き通ったように無垢な色。

「でも結局今日も渡せなくて...だからアンタに食べて貰ってるってわけ」

そう言って彼女困ったように笑いながら俺の頭を撫でた。
なぜだろう、喉まででかかっているのに思い出せない。
そう、あの時もこうして頭を撫でられたのだ。
クッキーを食べた時の甘い食感も、この哀しそうな瞳の色も、俺は知っている。
違うのは微かな温もりと手のひらの大きさ。


「いつも、チョココロネばっかだから」

ふいに一人の人間が頭を掠めた。
俺を「黒ぬこ」と呼ぶ、青髪の少女だ。
彼女がくれたパン。
彼女が見せた涙の色。
あぁ、そうか。
似てるのだ。
彼女も、この少女も。

「素直じゃないのよ。私も...こなたも」

そう言って遠くの空を見上げる彼女の髪が揺れる。
何かを諦めたような、寂しそうな表情を浮かべて。

「でも...私は、こなたを」

囁く様に呟いた言葉の意味を、俺はまだ知らない。



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