第8話:歯車の夜

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(管理人注:こちらの作品には鬱要素や出血等の表現がございます。そのような展開や描写が苦手な方はご注意ください。
詳しくは作者さんの発言こちらをご覧ください)

【第8話 歯車の夜】

かがみはドキンと心臓の拍動が一発大きく伝わるのを感じた。
ビニールテント越しにベクトルを向ける。
見慣れないまなざしが体を焦がしていく。

「な、なによ急に」

「……」
「ギャルゲーだと18禁でもそうでなくても必ずキスってやるじゃん。かんがえてみれば私キスってものをしたことないんだよね。一回だけやってみたかったんだ」
「……あのな……って、ななに突然脈絡もなくおかしなこと言ってんのよ。……大体そんなことしたら感染するでしょ。抵抗力弱ってるのに」
「みゆきさん……じゃなくて医者が言ってたよ。どんなに抗生物質打ったり、最新の無菌室で部屋の中の菌を殺しても、人間の体の中にいつも住んでるウイルスや細菌は隠れ方がうまくて殺せないんだって」
こなたの頭の中では医者=みゆきというイメージになっているようだった。
「最後は自分に殺されるのって嫌じゃん。それにかがみんが泣き止んで笑顔になるには、私とキスするしかないじゃない?♪」
「えっ……ちょ、ちょ、泣き止むって、な、なにいってん」涙を手で拭きながらあわてふためくかがみ。
……って、私は病原体かよ!と、ついでにつっこみかけた。
そのとき既に、こなたはビニールテントのカーテンを全開していた。
二人を隔てていた透明な境界は、波打ったファスナーとともにベッド脇でたわんでいた。

かがみは不意打ちをくらったような気分だった。
ビニール越しではなく、生身のこなたの唇が、一切の遮蔽物なしでそこにある。
心臓の強い拍動が、手足の指先まで伝わる。
一度、二度、三度、四度、……数え切れなくなる。
くわえてかつて見た事がないそのまなざしが、ブラックホールのように強い引力を生む。
その紫の目は、この世で課せられた仕事をやり終えようとしているひとりの成熟した古老のまなざしか───そしてなぜか生まれたばかりの純粋な子供のそれにも似ていた。
かがみは、人間のそのようなまなざしをかつて見た事がなかった。
そのこの世のものとも思えぬ眼差しは、氷漬けと金縛りをかがみに同時に喰らわせる。
声帯の動きも凍結させる。

「……かがみん、私を天国へ行かせてね」

こなたの呟きと同時に、体温が一瞬重なった。
表皮を通して中枢から血のもたらすぬくもり。柔らかみ。
かがみの唇にジリッと蝋燭のようにともった。
小さなビニールテントの、小さな二人、さらに小さな世界でたくさんの蝋燭がともる。
病んだ血が火を送る。
やがてこの炎は、すこしずつ大きくなっていく。
謎めいた眼差しが消させない。
こなたはまるで最初からシナリオに書いてあるかのようにかがみの肩に手をかけた。
そこにも蝋燭がたくさんともっていた。
互いのともし火がさりげなく重なる
正しい蝋燭、巨核芽球のいびつな蝋燭、すべてがかがみの肩を包む。
やがて無数のともし火は身体全体を包み込む。
病んだ火と正しい火が互いの熱を交換し合っている。
無限小が重なり、炎高が上がる。
かがみの体にちょろちょろまとわりついていた微細な火が一斉にこなたに飛び移るのを感じる。細菌だろう。
そして、炎たちに導かれるように、気付いたらかがみはこなたの唇に炎を移していた。
唾液といっしょに、大勢の微細な炎も入っていった。


「……かがみん、泣き止んだ?」
「……」

「……さよなら」

目の前のこなたが消えていくように感じて、おもわずかがみは手を伸ばした。

不意に外から足音が。
「ごめんねーこなちゃん」
つかさの声が部屋の外から近づく。

こなたはあわててビニールテントのチャックを閉め、シーツの中にもぐりこむ。

「ごめんねー」
つかさの声。ドアが開く。ラノベの山を腕に抱えている。

「……こなた」
かがみはこなたのベッドサイドに凛と立っていた。

「私はあんたを絶対に死なせないから」
宣言するように言った。

「……あんたは絶対死なない。守ってみせる」

何も知らないつかさはオロオロして、ラノベを床に落とした。
常時流されている気流でページがめくれる。
空気清浄機の轟音と、点滴の速度調節器の規則正しい電子音だけが部屋に響いていた。


月の光が木漏れ日のように真っ暗な地面を照らす。
一人の巫女服が杜の中を往復している。鳥居から神殿まで。
一歩一歩、踏みしめるように歩く。あの、プロジェクターで見た青いいびつな細胞を、ひとつひとつ潰すように。
地面に足を置くたびに、細胞が破裂して、透明な視野に消えていく。
手を合わせるたびに、断末魔の叫びとともに溶けるように一斉に消えていく。
無限ともいえる闇の中をまるで柱時計の歯車のように回り続ける。


「ねえかがみん、手、握って……」
「大丈夫よ、心配しなくていいわよ」
そうじろうはとうとう心労で別の病院に入院してしまっていた。いまはかがみだけが肉親代わりである。
かがみは母親のようにベッドに仰向けに横たわるこなたの手をぎゅっと握る。
あの「マルク」がまた行われた。
一ヶ月に一回、ときには週1回、定期的にやられる検査。
暴れるこなたは看護師に取り押さえられる。一応局所麻酔を効かせるようだが、その麻酔の注射自体が非常に痛いようだ。
「ぎゃっ!」
吼えるような叫び声とともにこなたの目から涙の筋が流れる。
「かがみん、どこ、どこ……」
苦痛に目を固くつむりながら首を振ってかがみを探す。その首も看護師に押さえられる。
「ここにいる!!大丈夫よ!!」
さらに力強く手を握る。
「かがみん……うう、ううう」
馬乗りになった医者によって全体重をかけてマルク用の針をグイグイと胸骨にねじこめられ、漫画に出てきそうな巨大な注射器が思い切り打ち込まれる。
グサリ、という効果音が本当に聞こえてきた。
グイッ、グイッと注射が引かれ、濃い茶色い液体が勢い良く吸い出される。
「!!」「!!」「!!」……
かがみはこなたの右手だけをぎゅっと握りつづける。左手は看護師達に取り押さえられていた。

【グロ注意】
「かがみん、怖い……」
「髄注」と呼ばれる新しい検査がはじまった。
背中に針で穴を開けて、脳と脊髄の周りを流れる脳脊髄液という体液を取り出して白血病細胞がないか調べる検査だ。
脳と脊髄は抗がん剤が回ってこない部位なのでこのような検査を組むのである。
ついでにその穴から直接抗がん剤を注ぎ込むのだった。

背中を丸くして丸出しでベッドに横向きに寝かされるこなた。かがみがこなたの正面でしゃがんで見守る。
「大丈夫、今度は大丈夫よ」
医者がこなたの腰の辺りの背骨と背骨の間のくぼみを目掛けて、真ん中に穴が開いて管みたいになっている特殊な針をゆっくりさしこむ。
「……?」
「見ないほうがいいわよ」
かがみも内心恐怖でいっぱいだった。マルクはビジュアル面で恐ろしいが、こっちは精神的にくる検査だ。
こなたの手前必死にこらえていた。
……少しずれて脊髄に刺さったら、こなたは一生、車椅子。
刺さったままの釘の真ん中の穴から、水道の蛇口のようにポタポタと液がこぼれ落ち、それを医者が試験管に受け止める。
さらに管柱のようなものを取り付けて目盛りを計っている。
「変な感じ、やだ、なにか出てる。怖い……なに?何やってんの?」
こなたの手が震えている。
その手をかがみは両手で握る。こなたの、そして自分の震えを止めるように。
別の注射器で、今度は同じ穴に抗がん剤を打ち込む。
こんどは人間の手じゃなくタイマーみたいなのに注射器をセットして抗がん剤を入れている。非常にゆっくりとしたスピードだ。
「これをやらないと脳に白血病が回るんだって。動いちゃダメ。我慢しなさい」
こなたの手は不安そうに震え続けていた。
医者達はいったん処置室の外へ出て、こなたとかがみは静かな部屋で二人きりになる。
すがるようにこなたはかがみの腕にしがみついている。
「ねえ、いつ終わるの?」
「まだなのかがみん?」
「こわいよ、こわいよ……」
「背中が、いたい……よお……うう……」
なかなかゼロにならないタイマー。徐々に弱弱しく涙がまじってくるこなたの声。
大丈夫、大丈夫、大丈夫……とオウムのようにしか返事できない自分。

「かが、かがみん…頭、頭が、いたいよお……目がいたくて、アニメが、みれないよお」
髄注が終わると、副作用による猛烈な頭痛がこなたを襲う。
「といて、トイレ、……どこ、どこ、もらしちゃう」
「こっち、こっちよ!」
抗がん剤の副作用による腸の粘膜障害も深刻を極めていた。
ベッドサイドにある便器すら間に合わず、ベッド上において簡易便器を使う。
「はあ、はあ、……いたい……いたい……いたい…」
息荒く再びベッドにもぐりこむ。
「かがみんが、二人に見える……つかさ、大変だなあ……かがみんが2人もいて」
そしてほどなく同じことの繰り返し。これが24時間休みなく続く。あっというまにこなたはゲッソリと痩せて、衰弱していく。
「か、かがみん、……どこ、どこ?」
まばたきするだけでも激痛が走るらしく、目を閉じたままこなたが手探りでかがみを探す。
「トイレ、といて……あたま、いたい、うー、うー……」

暗く湿った神殿の前で祈るたびに脳裏に浮かぶ記憶。再び参道へ出て、鳥居のところまで戻る。

そこに人影が並んでいた。

「お姉ちゃん」
つかさと、みゆきやゆたか、みさお、黒井先生も来ていた。
「私達もお百度参りをやろうと思いまして」
「私も、体弱くて東京まで通う体力がないから、ここでお祈りします」
「ったく柊、無理すんなよな。私も手伝ってやるからさ」
「こんな真夜中に一人でお百度参りはあぶないでー。みんなでやろや」

かがみは心強くなった気がした。

六人の人影が境内を往復し始めた。
足音は6倍になり、手を叩く音も6倍になった。
細胞が潰れる量が6倍速になるようなイメージが浮かんだ。
───あんたは、私が助けるから。絶対。

かがみは地面を強く踏みしめ、勢いよく拝殿の前で手を叩いた。
木の間の満月と、梟の二つに光る目だけがそれを見ていた。


(かがみ・つかさ以外もたくさんこなたのお見舞いに来てるけど省略してます)



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