「唐突ですみません」
何気ないみゆきの言葉でわたしは問題集を解く手を止めた。
今日はわたしの部屋で春休み明けテストに向けての勉強会。
勉強机に向かうわたしの後ろでは、会の参加者であるみゆきとつかさ、それにこなたが受験生の名に恥じぬ姿勢でいつもの白いミニテーブルに向かっている。
…はずなのだが、実際にテスト勉強をしているのはわたしとみゆきくらいで、あとの二人は必死に春休みの宿題と戦っている。
まあ学校が始まるのは週明けでまだ一週間ほどあるのだから、以前より少しは成長しているということだろう。
しかし、こなたの場合やっていることは相変わらずわたしのノートの写経なので、成長といってもジャワ原人とネアンデルタール人くらいの差でしかないのかもしれない。
「何か分からないことでもあった?英語だったら何とか答えられると思うけど」
椅子を回転させて勉強机に背を向けると、みゆきは小さく首を降った。
どうやら勉強に詰まったというわけではなさそうだ。
まあみゆきの実力からすれば当然といったところか。とほほ…
「ゆきちゃん何か忘れ物でもしたの?」
そのまま黙り込むみゆきを不思議に思ったのか、つかさが辞書を閉じて首を傾げる。
「何々?何かのドジッ子フラグ?」
意味不明なセリフとともにこなたも漫画から嬉しそうに顔をあげた。
(ん?漫画…?)
「って、あんた何漫画なんて読んでるのよ?!」
「え?いやーなんか勉強に疲れちゃってさ。骨休み、骨休み♪」
わたしのツッコミにこなたは悪戯を見つかった子猫のように笑った。
思わず頭の中で『見つかっちゃったにゃー』というセリフがアテレコされる。
ま、まったくもう!マジメにやっていると思ったらすぐこれだ。
「あんたはわたしの宿題写しているだけでしょうが!!」
「んで、あらためてどしたのみゆきさん?」
「スルーかよ!!」
そんないつも通りのわたしとこなたのやり取りを見て、みゆきは可笑しそうに微笑んだ。
「実はですね」
あれ?わたしはいつも通りのはずのその微笑みに小さな違和感を覚えた。
例えるなら硬度38のミネラルウォーターであるクリスタルガイザーを飲もうと思ったら、実は硬度60のボルビックだったといった感じだ。

しかし、そんな僅かな違いなどみゆきが次に発した言葉によって次元の彼方に吹き飛んでしまった。

「実は私、ずっと前から泉さんのことが好きだったんです」

「へっ?」
全世界マヌケな驚きの声選手権があれば間違いなくグランプリを取れる声とともにわたしは見事に固まった。

『2分の1』

「ゆき…ちゃん?」
つかさの呆然とした声でわたしはフリーズ状態から我に返った。
どうやら衝撃で呼吸も止まっていたらしく、慌てて息を吸うと今まで忘れていたアロマオイルの香りが鼻腔をくすぐった。
集中力が高まると聞き、勉強のためにと選んだペパーミントの清涼感でぼんやりとした頭が少しだけ覚醒する。
わたしが半生解凍状態まで回復するために要した時間は5秒くらいだろうか。
その5秒感――光が地球を35周半回る間、わたしは視界がブラックアウトして平行感覚すらなくなった世界の中にいた。
まずわたしの頭に浮かんだのは(あれ?『好き』ってどういう意味だったっけ?)という疑問だ。
最初の1秒間をフルに使ってわたしはみゆきの言葉の意味を思い出そうとする。
しかし直下型大地震が起きている頭ではその意味を探し出すのに永遠と思える1秒が必要だった。
さらに次の1秒で本当にみゆきが『その意味』で言ったのかどうかを確かめ、同じ時間をかけてその確認を終える。
最後の1秒間、混乱するわたしの心の中を『サキニ』『言わ』『Letter』だの『綿霜』『こなたが』『好』といった自分でも理解できないほど断絶した言葉や気持ちの段幕がまさに光の速さで駆け抜けていった。
その凄まじさはシューティングゲームなら怒りで画面を打ち砕きたくなるほどだ。
なぜそれらを避けようと思ったかは分からない。
ただその言葉や気持ちと向き合うことが怖くてわたしはひたすらかわし続けた。
おかげで我に返った後も、わたしは筋肉痛のようにギシギシきしむ心の痛みで動くことも出来ずにいた。
それでもなんとか視線だけは無理やりこなたの方に向ける。
今自分がどんな顔をしているのかよりもこなたがどんな顔をしているのかが気になったからだ。
こなたは…
「私もみゆきさんのこと好きだよ」
こなたはみゆきの方を向いて嬉しそうに笑っていた。

「こなちゃん?!」
つかさが心底驚いたようにこなたの腕に手をかける。
そしてすがるようにしがみつき、強くゆすった。
「ど、どうしたのつかさ!?」
驚くこなたの声。
あぁ、この光景には覚えがある。
子どもの頃『お母さんを独占したいとき』につかさはよくこうやってわたしやまつりお姉ちゃんにしがみついていたっけ。
わたしはそんなことをぼんやり考える。
そういえばお母さんたちに甘えたいときわたしはどうしていただろうか。
昔から甘え下手だったわたしはつかさをうらやましく思いながらじっと我慢していた気がする。
もっと他に考えることがあるんじゃないの?という心の声を無視して、わたしはギシリと椅子を軋ませて立ち上がった。
…つかさの真似をするならば、わたしはこなたとみゆきのどちらかの腕を取らなければならない。
しかしわたしはどちらの腕を『何と言って』取ればよいのだろうか?
何の『覚悟』もないわたしは立ち上がったまま動けずにいた。

「大丈夫だよ、つかさ」
こなたがよしよしとつかさの髪を撫で、しおれてしまったリボンを延ばす。
「『わたしも』つかさのこと好きだもん」
「え?こなちゃん『も』…って?…あっ!」
つかさの小さな声とともにリボンがピンと立ち上がった。
「あれ?つかさ分かっちゃった?」
何の話かさっぱり分からないが、そのセリフを聞いた瞬間つかさは顔を赤くしてこなたから離れようとする。
それをこなたは逆につかさの腕を取り、自分の方に引き寄せた。
「こ、こなちゃん…恥ずかしいよう」
「うむ、苦しゅうない!さあさあ、みゆきさんも近うよりんしゃい!!」
「それでは…失礼します」
唖然とするわたしに申し訳なさそうな視線を送りつつ、しずしずとみゆきがこなたの横にちょこんと座る。
「ふふふ…愛い奴じゃのう」
すかさずこなたはみゆきの肩に手をまわしてぐっと引き寄せる。
「きゃっ」
などと可愛い声を出してみゆきがこなたにぴとりとくっついた。
心なしかみゆきの顔も赤い気がする。
(何?何?なんなのこの状況は?!)
混乱するわたしは『右手にみゆき、左手につかさをかき抱くこなた(しかも二人とも頬を染めて)』という今の状況が全く理解できない。
ただ一つ分かるのは先程の空気が一変したということだけだ。

「どうしたのかがみ?かがみもこっちにおいでよ」
こなたがみゆきを抱いたまま右手でわたしを手招きする。
わたしは誘われるままに進み、こなたと膝を付き合わせた。
向かい合った膝と膝との間がコブシ一つ分もない距離でこなたはわたしの顔を正面から見つめる。
さっきまでは錆び付いているかのように軋んでいた心臓がまるで油をさしたかのように軽やかに鼓動を早めていく。
ちょっとそのスピードは早過ぎるくらいだ。
こなたのエメラルドに映った像でわたしは自分の顔が真っ赤になっていることを知った。
こなたは一瞬だけ目を閉じて軽く深呼吸した後、目を開けて優しく微笑んだ。
「かがみ大好きだよ」
思わず下を向いてしまった。
さらりとこなたが言った言葉がじわじわとわたしに染み込んでいく。
(や、やだ…なんなのコレ?)
自分の中から抑えきれない感情が溢れてくるのを自覚してわたしは怖くなった。
決して不快な感情ではない。
ただその勢いによって『わたし』というダムが決壊してしまいそうで怖かった。

「わ、わたしもゆきちゃんが大好き!!」
まるで何かに宣言するかのようにつかさがいきなり声をあげた。
「ありがとうございます。
先程泉さんがおっしゃったように、私も泉さんと同じ気持ちですよ」
ちらりと視線を上げるとニコニコといつも通りの笑みでみゆきが頷くのが見えた。
ふにゃ、という音が聞こえるようにつかさが茹でダコのように真っ赤になって崩れ落ちる。
それを見てこなたはつかさとみゆきから手を離し、少しだけ羨ましそうな顔をするとわたしの右耳に囁いた。
「かがみは言ってくるないの?」
こ、こいつはわたしに何を言わせるつもりなんだ?!
ココで、つかさもみゆきもいる場所でナニを言えというんだ!
「ね…かがみ?」
うぅ…こなたの声がわたしの理性の抵抗力を奪っていく。
と同時に感情の水位はますます高まり、今にも言葉になってこぼれだしてしまいそうである。
「わ、わたし…」
「私?」
その圧力に負けてわたしが口をわすがに開くとこなたの瞳が輝いた。
「わたし…」
「わたしエイプリルフール大好き!!」
…このセリフはわたしのものでなくつかさのものだ。
コロリとみゆきの膝に頭を乗せ、コブシを空に向かって突き出し親指を立てている。

何を言うかと思えばエイプリルフールなんて…ん?エイプリルフール?
がばっと立ち上がり、勉強机の上の携帯をとって今日の日付を確認する。
『4 月 1 日』
「今日はエイプリルフールじゃない!!」
「そうですね、日本では四月馬鹿、中国では万愚節、フランスではポワソン・ダヴリル(四月の魚)と呼ばれています。
一般的には『害のない嘘をついて人をからかう』というのが4月1日の慣習ですね」
怒りの叫びを上げるわたしにみゆきが解説を加える。
「そうじゃなくって!!どういうことなのよみゆき!!」
「実はですね」
そう言ってみゆきはテーブルの上の問題集をパラパラとめくり、小さなノートの切れ端を取り出した。
それには見覚えのある汚い癖字で『エイプリルフール記念・こなた専用ハーレム建設計画指令書』とデカデカと大きく書いてある。
自分の中の乏しい言語学の知識を用いて判読すると、そのタイトルの下にはどうやら
『指令1、みゆきさんの突然の告白で場を混乱』
『指令2、私の魅力でかがみとつかさをメロメロに(要:かがみからの告白)』
『指令3、みゆきさんを含めたハーレム完成』
『指令4、みんなで秋葉原デート♪』というような4つの指令が書かれているようだ。
というより!2以降は指令じゃないし!!『かがみからの告白』には蛍光ペンで下線が引かれているし!!
「ああっ!?みゆきさん!私まだかがみから愛の告白をされていないのにぃぃぃぃ!!
あれ?!かがみ!?なんかパチパチ放電してるよ?!」
焦ったようなこなたの体内から怒りのスパークが湧き出る。
『怒髪天をつく』という言葉の意味をわたしは実感した。
今なら脱色せずとも金髪になることができそうだ。
「こなた?」
「は、はい!!なんでしょうかがみ様!」
ノーベル平和賞をもらえそうなほど優しさに満ち満ちたわたしの問いにこなたは直立不動の姿勢で答える。
「つまり全部ただの冗談だったってことよね?」
「う、うん。罪のないエスペラントジョーク(意味不明)だよ。
あ!でもハーレムを作りたかったのは本当だよ♪」
ギリギリギリ。
どこかで何かをすり潰すような軋轢音がする。
視界のすみではみゆきとつかさが青い顔で抱き合っているのが見える。
今日は春らしい暖かな陽気だというのにどうして二人は震えているのだろうか?

「そうね、すっごく可愛いウソだったわね…」
「だよね!だから全然怒る必要なんてどこ…に…も…って、あれ?かがみひょっとしてすごく怒ってる?」
「ウウン?ゼンゼンオコッテイナイワヨ?」
冷静に考えるとどうやらギリギリという音はわたしの歯ぎしりが原因らしい。
わたしは無意識に『あの言葉』を噛み砕き、すり潰そうとしているようだ。
「か、かがみ?目がマジだよ?それはもう種とか割っちゃいそうな勢いで」
冷や汗をダラダラと流しながら、こなたがぎこちなく笑う。
「ウウン?ゼンゼンオコッテイナイワヨ?」
ひきつる微笑みを浮かべるわたしにこなたは震えながら尋ねた。

「本当に?」
「だから怒ってないって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁ!!!」
「わぁぁぁぁぁかがみのウソツキィィィィィィ!!」

結局、こなたは春休みの宿題を泣きながらも自力でやることにしたそうだ。
やっぱり宿題は自分でやるものよね、うん。

それと…どんなかたちであれウソをついたら駄目よね。
ばか…




おまけ
「…ところでつかさ?どうして気付いたときにすぐ教えてくれなかったのよ?」
「だって、こなちゃんにおねえちゃんには内緒にしてって頼まれたから…」
「ほほう…(ギラリ)」
「え?わたしそんなこと言って…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ…」
「それに、わたしもウソついてみたかったし…(チラリ)」
「つかささん、どうかしたんですか?」
「う、ううん!!な、なんでもない…」
「?」

「うー…なんでみゆきまで何でこの馬鹿のこんなアホな計画にのったのよ?」
「すみません、実は泉さんに『どうしても頬を染めて告白するかがみ(さん)が見たい』と熱心に頼まれたもので…」
「だって…デレデレのかがみが見たかったんだもん…って、ふみゃぁぁぁぁ…」

「ハァハァハァ…全くもう…」
「うぅぅ…あの時のかがみはあんなに可愛かったのに…」
「もう一発くらいたいの?」
「あぁ、あの時かがみが『わたし』の後になんて言おうとしたのか考えたら気になって夜も眠れないよ…」
「あ、あれは!『わたしはあんたのことなんて何とも思ってないわ』って言おうとしたのよ!!」
「おおっ!ツンデレktkr!!いやーツンデレってツン状態の時は基本的に嘘つきだよね。
だからおあいことで……ふぎゃぁぁぁぁぁ…」

エイプリルフール。
今日は罪のない嘘をついてもよい日。
けれどもその日に発した言葉が嘘かどうかは、いつも通り2分の1の確率でしかない。
実は昔、日本では4月1日は『日ごろの不義理を詫びる日』だった。
またイスラム教においてはこの習慣はコーランに著しく反しているため、強く禁止されているという。
それを知っている少女は心の中で微笑んだ。

(時々は自分の気持ちを『言葉』にして汲み出さないと、気持ちが溢れてしまいますものね)




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  • つんでれかがみ萌え♪ -- 小谷 (2010-01-18 21:50:50)
  • 面白かった! -- ひろ (2009-07-14 06:28:17)

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