チェックメイト

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 今日は午前中に宿題をやって午後は委員会に行って…。
 頭の中で今日の予定を立てる。自分の中で一つの決心がついたからか、昨日より幾分か
心が軽くなっていた。

(そして明日…こなたの家に行こう)

 私の気持ちを伝えるために。
 メールでも電話でもなく、直接会って言いたかった。アポなしで行くことに少々の
不安はあるけれど、インドア派のあいつのことだから多分平気だろう。
 …冬コミもまだだしね。


 携帯を開いて時間を確認すると、まだ八時前だった。

(つかさを起こしに行ってやらないと。友達の所に行くって言ってたし)


「ほら、つかさ。遊びに行くんでしょ?遅れるわよ?」
「んぅーーーー…あとごふん…」
「いいから起きなさいっ!!」

 最終手段、掛け布団を剥ぐと冷たい外気に晒されたつかさが、体を丸めて
恨めしそうな顔で私を見る。

「むーー午後からだからまだ大丈夫なのにー」
「じゃあそれまで勉強しなさい。最後になって泣き付いて来ても知らないわよ?」
「……わかったよぅ……」

 渋々といった感じで起き上がったつかさを見てから、居間に勉強道具を持っていった。
 ふとテレビに目を向けると“今から行ける!クリスマスイベントスポット大特集!!”
とかいう情報番組がやっていてほんの少し切ない気持ちになった。

 こなたは今日はみゆきと一緒に過ごすのかな。
 でも、なんであの時私を誘ったんだろう…?

 つらつらとそんなことを考えていると、着替えて朝ごはんを食べ終えたつかさが
テキストやら筆記用具やらを持って入って来て、お昼まで二人で勉強した。
 …つかさは最後の方にはひいひい言っていたけれど。

「じゃ、私はそろそろ行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃいお姉ちゃん。私はもう少ししたら行くね」


 太陽が出ていないせいか、今日はまた一段と寒い。
 コートの合わせ目を押さえながら、あと一枚ぐらい何か中に着て来ればよかったかな、と
思う。まあ、でも家に戻ってる時間はないし仕方ないか。


 学校に着いて、いつも委員会をしている教室に向かう。
 冬休み、さらにクリスマスとはいえ部活をしてるクラブはあるし、当直の先生も
いるはずなんだけれど、誰にも会わずに教室の前まで来た。
 ガラリと扉を開けると暖房の暖かさを感じる。


 そして窓際に、いるはずのない人物の姿を見た。


 膝の辺りまで届くスカイブルーの髪。エメラルドグリーンの瞳。
 間違えようもない。その人物は紛れも無く、私の想い人である――泉こなただった。


「かがみ」

 あまりにも訳が解らな過ぎて、どこかへ飛んでいっていた意識が名前を呼ばれたことで
戻って来る。
 一歩、こなたが私の方に近づいて来たのを見て私の足は勝手に回れ右をしていた。

「かがみっ!!」

 さっきよりも強い調子で呼ばれたけど、振り返らずに走った。


 言いたいことがあった。
 私、こなた、そしてみゆきの関係が壊れてしまったとしても、それでも伝えたい気持ちが。
 でも、それは明日だったのに。まだ本当の心の準備なんて出来ていない。

 廊下にバタバタバタと二人分の足音が響く。
 口から吐いた息が、白い筋となって後ろに流れていった。
 こなたは足が速いから下駄箱に着く前に追い付かれてしまうだろう。
 空き教室にでも入ってしまおうか。そう考えて走りながら、最初に目についた扉へと
手を掛けた瞬間。
 私の横からこなたの手が伸びてきて、バン!と派手な音を立てながら扉を押さえた。
 奇しくも、そこはこなたがみゆきに告白していた場所だった。

「……や……!!」
「聞いて!!」

 こなたが声を荒げるのを聞くなんて初めてかもしれない。
 驚いた私の体が意図せず跳ね、動けなくなってしまった。

「そのままでいいからっ…聞いて…!」

 私は扉を前にしているから、こなたの表情は見えない。
 だけどその語気の強さからこなたがとても真剣だということが解った。

「かがみは…誤解、してるんだよ…」
「な、にがよ…」

 ドアについていた左手がぎゅうと握られ、激しい呼吸を繰り返していたこなたが
はあ、と大きく息を吐いた。


「あの日、私はみゆきさんに相談してたんだよ…。『好きな人がいるんだけど
どうしたらいいか』って。」
「え……?」

 どう解釈したらいいのか図りかねている私に、こなたはなおも続ける。

「それとかがみは、日曜日みゆきさんと私が一緒に買い物をしてるのを見たんだよね?
あれはクリスマスプレゼントを買いに行ってたんだよ。……デートなんかじゃなくて」

 じゃあ、みゆきと付き合ってるっていうのは私の勘違い?
 でも、こなたに好きな人がいるのには変わりはないのか…。

 ほっとしていいのか落ち込めばいいのか複雑な気分でいると、こなたの手が引っ込んで
代わりにがさがさと何かの包みを開けるような音が聞こえ始める。

 何なのか訝しんでいるとふわり、と首に何かをかけられた。


 それは、ピンク色のマフラーだった。

「………?」
「そして、私が好きなのは目の前に居る、かがみだよ。…プレゼントをあげたいのも、全部。
……私が言いたかったのはそれだけだよ」

 びゅうう、と強い風が吹いて窓を揺らし私とこなたとの間にしばしの沈黙が訪れた。
 …な、に?こなたも、私を…?
 脳内での処理が追い付かなくて、待ち望んでいた言葉のはずなのに頭の中に染み込んでいかない。

「…じゃあ、返事は後ででいいから…」

 そう言ってこなたが離れて行くのが気配で解る。
 何やってるんだ私。こなたにばっかり言わせて、結局自分じゃ何もしてないままじゃないか。

「……っ!こな、た!!」
「わ……!?」

 振り向いて、離れ始めていた手を掴んで思いっきり引き寄せた。
 シャンプーの香りが鼻孔をくすぐって、こなたの小さな体が腕の中にすっぽり後ろ向きに納まった。

「私も…っこなたのこと、好き……大好き…!! 今まで逃げててごめん…!! この前だって
私、こなたに酷いこと…!」
「うん……うん……っ。私も好き!…それに、いいんだよ。かがみも私のこと好きって
言ってくれたから……それで……っ」

 そこまで言ったこなたがもぞもぞと180度向きを変え向かい合う形で抱き着いて来る。
 人の体温がこんなにも心地良いなんて知らなかった。嬉しさが今になって込み上げてくる。

 少しして離れたこなたの顔は、十二月だというのに湯気でも出そうなくらい上気していて。
 ……人のことは言えないんだろうけどね。
 からかうときのような笑いじゃなくて、目尻を下げた初めてみる笑顔でこなたが言葉を紡ぐ。

「ん。すっごい似合うよ」
「あ…でも私何も用意してないし…」
「ちっちっち、違うよかがみん。私が欲しいのはそんな言葉じゃないよ」

 え?あ、そっか。こんな時は…。

「ありがとう、こなた。…これからもずっと一緒に居てね?」
「うん!!」

 そうは言ったものの、本当悪いなあ…。
 何かこなたにしてあげられることはないかな。
 あ、一つだけ、あるじゃないか。今の私にあげることが出来る唯一のプレゼント。


 すうっと息を吸ってこなたの耳に唇を近づける。
 廊下には私たちしか居ないけれど、こなたにだけ聞こえるように囁く。

「――――――――」

 言い終えてこなたの顔を見ると、いいの?という表情をしていて。
 私は了承の意味をこめて目の前の体をもう一度抱きしめた。



 ぱちりと目を覚ますと、まだ七時だった。休みの日にこんなに早く起きることなんて
滅多にない。起きるのが億劫になる冬ならなおさら。
 まだぬくぬくの布団の中に入っていたいけど、伸びをしてそこから出る。

 部屋のストーブの電源を入れ、朝食を作るために台所へと向かう。
 今日は何にしよう?ご飯は炊けているはずだから、油揚げのおみそ汁と玉子焼き。それから
鮭の切り身が冷蔵庫にあるからそれを焼いて……。
 献立を考えながらエプロンを付け、手を洗い包丁を握る。エプロンの下はパジャマのままだったけれど、
とくに気にする人も居ないから問題はないだろう。


 お父さんとの朝食を終え、部屋の掃除をしていると玄関のチャイムが鳴った。

「いらっしゃーい」
「お邪魔しますね」

 みゆきさんを部屋に入れて、机の上にノートを広げた。もちろん課題をするために。
 …とにかく、何かしていたかった。
 朝目覚めた時から気が急いて早くお昼がくればいいのに、と思う。
 本当は今すぐにでも学校に行って待っていたい。…でもそれはさすがに駄目だろうと
自分でも解っているから、別のことに意識を集中させている。


「あ、そろそろお昼作って来るね」
「そうですね。私もお手伝いします」
「いいよいいよー。みゆきさんはお客様なんだから座ってて」
「…では、お言葉に甘えて待たせて頂きますね」

 私の部屋の時計はサボっているんじゃないか、と錯覚する程長かった数時間が
ようやく終わりを告げた。
 時刻は十一時半を差していて、今からお昼を作って食べればちょうどいいぐらいの
時間になるはず。


「じゃあ、行ってくるね」
「はい、…頑張って下さいね」
「ふふっ、うん。みゆきさんもね」

 ホットケーキを食べた後、私はみゆきさんに見送られて家を出た。
 お父さんは午前中の内に仕事の打ち合わせとかで、夜までどこかに出掛けてしまったから
みゆきさん一人になってしまうけれど、もうすぐつかさも来るだろうし大丈夫だよね。

 それにしても作家業はクリスマスなんて関係ないから大変だネ。…いや、一番
苦労しているのは担当さんか。
 私にまで『早く書かせて下さい!!』と電話越しに懇願してくるのを思い出して苦笑する。


 ふと空を見上げると雲が全体を覆っていて、もしかしたらホワイトクリスマスになるかも
しれないな、と考える。
 校門とかでかがみと鉢合わせないよう、十分に時間に余裕をもって出て来たから
教室には誰も居ない。
 電気と暖房を付けて廊下とは反対側にある窓へと寄り掛かる。
 カサリと、肩に掛けていた鞄から紙同士が擦れる音が聞こえた。
(ちゃんとあれも持って来たし、後はかがみを待つだけ、か)


 不意に、廊下を歩く音がして顔を上げる。
 数秒後ドアを開けたのは……かがみだった。ほとんど一週間ぶりの、かがみの姿。

「かがみ」

 名前を呟くと驚愕で丸くなっていたかがみの目がさらに大きくなる。そりゃそうだろう。委員会で
学校に来て、教室に入ってみたら私がいるなんて驚かない方がおかしい。
 私が歩き出すとかがみは後ろを向いて――一目散に走り始めた。

「かがみっ!!」

 叫んだけれど、足を止めることなくかがみは去って行く。
 ちっと舌打ちをして床に置いておいた鞄を掴み、私も走り出した。何となく予想はしてたけど
何も言わずに逃げるってのはあんまりじゃないか。
 少しの間かがみの背中を追い続けていたら、急にスピードを緩めて正面にある教室の扉に
手を伸ばすのが見えた。

 足に力を入れて私はラストスパートをかける。
 扉が開かれる直前に、左手が当たってそれを妨げることに成功した。

「……や……!!」
「聞いて!!」

 声を荒げるなんてほとんどしない私だけど、今回ばかりは違う。…それだけ必死なんだよ、かがみ。

「そのままでいいからっ…聞いて…!」

 目の前にある背中を見つめながら叫んだ。
 私とかがみの距離は30㎝もないだろう。抱きしめることも、縋り付くことも出来る距離。

(こんな予定じゃ、なかったんだけどなあ…)

 本当は、もっとゆっくりこの距離を埋めていくべきだったのに。
 でもこの擦れ違いを終わらせるにはしょうがない、か。

「かがみは…誤解、してるんだよ…」
「な、にがよ…」

 左手を握ると汗がじんわりと滲んでいるのが解った。心臓の鼓動も呼吸音もやけに
うるさく感じて、落ち着かせるために大きく息を吐いた。


 あの日のこと、この前のことを一気に喋ってかがみの顔の方を仰ぎ見る。無反応だったから、
私が言ったことにどう感じているのかは解らなかった。
 だけど、これからが本番だ。よし!と自分に気合いを入れて鞄から持って来たものを取り出す。


 リボンも包装紙も解いて出て来たものをかがみの首にかけた。
 それは、みゆきさんと一緒に買いに行ったマフラー。
 唾液を飲み込もうとしたけれど、緊張で口の中がからからで、それは叶わなかった。

「そして、私が好きなのはかがみ、あなただよ。…プレゼントをあげたいのも、全部。……私が
言いたかったのはそれだけだよ」

 一際強い北風が窓を鳴らした後はただ沈黙だけが、私とかがみのいるこの空間を支配した。

「…じゃあ、返事は後ででいいから…」

 もとより受け入れて貰えるなんて思っていない。ただ、このままかがみが誤解したまま
離れていくのは、どうしても耐えられなかった。

 くるりと向きを変えて私は歩き始める。

「……っ!こな、た!!」
「わ……!?」

 何歩も歩かないうちに急に腕が引っ張られ、その力に従って私の体は後ろに倒れそうになる。
 訪れるであろう衝撃に身を固くしたけど、背中に当たったのは床じゃなくて柔らかい、
何かだった。
 抱き、しめられてる…?

 なんで?と疑問が浮かぶ前に、肩の辺りに顔を埋めたかがみが叫ぶように言った。

「私も…っこなたのこと、好き……大好き…!! 今まで逃げててごめん…!! この前だって
私こなたに酷いこと…!」

 細かいことを気にしている余裕なんてなかった。
 お腹で交差する腕が、背中に感じる暖かさが、首筋に当たる吐息が。それら全てが
嬉しさとなって爪先から頭のてっぺんまで駆け抜け、心臓が大きく高鳴った。

「うん……うん……っ。私も好き!…それに、いいんだよ。かがみも私のこと好きって
言ってくれたから……それで……っ」

 視界がぼやけるのは目にゴミが入ったせいだよ。きっと。
 体を半回転させて自分からかがみに抱き着いた。コート越しではあったけど
全身でかがみの熱を感じる。
 一ミリの隙間もないぐらいに密着するとかがみの心臓の音が聞こえる。とくとくと
速いペースで鼓動を刻んでいるのは、走っただけだからじゃないって思ってもいいかな?



 実際にはたいした時間じゃなかったんだろうけど、永遠にも感じられるような抱擁の後、
少しだけ体を離して笑う。

「ん。すっごい似合うよ」
「あ…でも私何も用意してないし…」

 困ったように、かがみが眉をハの字にする。まったく、こんな時までそんなこと心配するかな。

「ちっちっち、違うよかがみん。私が欲しいのはそんな言葉じゃないよ」

 一瞬きょとんとしたけれどすぐに花がほころぶような微笑みに変わる。

「ありがとう、こなた。…これからもずっと一緒に居てね?」
「うん!!」

 そうだよ、かがみ。私は、その笑顔が見たかったんだ。
 かがみにはずっと笑っていて欲しいなんて、贅沢な願いだろうか。

 やがてかがみが意を決したように息を吸って顔を、というよりは唇を私の耳に近づけて来る。

「…私からのプレゼントは……私、でいいかな…? メリークリスマス、こなた」

 …ええと、かがみ? そんなものあげちゃっていいのかな?いや、すっごく嬉しいんだけど。
 かがみを見ると少しだけ頷いて、そして抱きしめられた。

 ああもう、私は世界一の幸せものだ。


 ――私たちずっとすれ違っていたね。でも、それすらも今ならよかったと思えるかもしれないよ。
 こんなに幸せな結末を、迎えることが出来たんだから。

 窓の外を見ると、まるで私たちを祝福するみたいに、ちらちらと雪が舞い始めていた。




 冬の日の入りは早い。四時ともなれば太陽の姿はほとんど見えなくなり、夕日が
街を照らす。今日のように雪の日ともなれば、なおさら足早に夜はやってくる。

 本格的に降り出した六花の中、かがみと二人手を繋いで私は薄暗い路地を歩いていた。


 かがみからの嬉しい告白の後、教室に戻って今まで話をしていた。
『プレゼントは私』と言われて、ギャルゲやエロゲで培った私の脳みそがやましい妄想を
したけれど、さすがに両想いになった当日に、しかも学校でそんなことはできない。
 …かがみもそんなに深く考えて言ったわけじゃないだろうしネ。

 だからかがみと二人きりの時間を貰うことにした。まあ、解釈としては
間違っていない気がする。
 会えなかった一週間分話したいこともあったし、…それに一度だけだけど…
キスも出来たから私としては、もう十分過ぎるくらい最高のプレゼントだと思う。


 みゆきさんの電話のことやつかさのことを話すと、かがみの中で色々と繋がったらしく
納得した顔をしていた。
 で、今はつかさを迎えに私の家に向かっている途中。


「寒くない?」

 左手にあるかがみの手を握り直しつつきいてみる。

「…大丈夫よ。…このマフラーもあるし…。…あんたこそ平気なの?」

 目線を外して素っ気ないように言うけど、耳まで赤いのが見える。
 もう、可愛過ぎだよかがみ。

「私は大丈夫だよ」

 本当にあったかいんだ。繋がっている手も、それから心も。


 連絡を入れていたから、家に着くと玄関でみゆきさんとつかさが待っていた。
 みゆきさんがすっごいいい笑顔で私を見てる。つかさは頬を染めて俯いたままだけど、
手にはしっかり真っ白な手袋がつけられていて。
 そっか、みゆきさんのところも…。
 私の方も上手くいったよ、という意味をこめてグッと親指を立てて笑みを向けた。


 私たちは明日あらためてクリスマスパーティーをすることにした。
 お互い両想いになったっていうお祝いも兼ねて。一日遅れだけど気持ちの問題だからいいよね?

「じゃにー」
「お邪魔しました」
「じゃあね、こなちゃん」
「また明日ね、こなた」

 手を振りながら三人を見送る。
 普段だったら友達――今は恋人もいるけど――と別れる時には物悲しい気持ちになるけど、
今日は満ち足りた気分で、私は玄関を後にした――。



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  • GJ! -- 名無しさん (2012-01-22 15:07:25)

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