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『 花火 』

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 『 花火 』 


 遠くで雷の鳴る音が聞こえた。

 ――雨? 

 私は立ち上がり、扇風機の風でゆらゆらとゆれる部屋のカーテンをそっと開いた。

 遠雷が、もう一度鳴る。
 ガラスの窓に映った空が、ぱぁっと明るい光を放ち、どおん、と言う大きな音があたりの空気を振るわせる。

 見つめる藍色の空に咲いた、虹色の花。

 それは、ちらちらと赤や黄色の火の粉を飛ばし、緩やかに宙を舞って、やがて、空に溶けるように消えていった。

 ――あぁ、……花火だ。

 と、その光景の優美さに、私は感嘆の息を漏らした。
 私が部屋の窓を開けると、するりと、夏の湿った空気がひんやりとした風と共に私の頬を撫でる。
 瞳に映った遠い空に、つぎつぎと上がる花火の明かりは、周囲の草や木と、私の瞳とを多彩な光り色に染め上げていくのだった。

 ――綺麗……。

 私は、そうひと言呟いて、

 ――ねぇ、

 と、隣の誰かに向けて、呼びかける。
 瞳を向け、そこに映ったのは、揺れる私の影だった。

 ――あっ……そっか……。 

 何をやっているんだろうか私は。
 ここは私の部屋の中で……。
 私……一人だけしかいないというのに。
 無意識に、いつも隣にいる誰かの事を。
 いつも、一緒にいてくれる彼女の事を……。
 思い浮かべて、

 ……私は、後悔した。

 花火は、まるで私の心情を読んだかのように、そこで、ぷつりと鳴るのを止める。
 次の花火をあげる為の準備をしているのだろうか。
 ……それとも、もうこれで全部、終わってしまったのかもしれない。

 ただ……。

 ただ私は、花火の消えてしまったあとの空が、なんだかとても寂しそうに見えて。
 空を見ないようにと俯いて、じっと私は視線を落とす。 突然訪れた静寂が、私をあの空と同じ、藍の色に塗り替えていくようだった。

 ――ねぇ、聞こえるかな?

 私は心でそう呟く。
 私色の空、遠い向こうの空の下。
 あの花火が上がっていた場所から、さらにずっと向こうの街の中には、彼女の住んでいる家がある。

 ――もし……もしも……。

 もし、彼女にもこの花火の音が届いていたのなら。
 もし、私と同じように、窓を開けてあの藍色の空を見上げていてくれたなら。
 彼女は……私の事を思い出して、

 ――同じように、想っていて……くれてるかな……。

 永い永い沈黙のあと……
 再び鳴り始めた花火の音に、
 俯いていた心をもたげ、私は、もう一度瞳を開いて空を見上げる。

 ――綺麗だね。○○○。

 私が小さく囁いた彼女の名前は、すぐに次の空の火に、掻き消されて消えていく。
 花火は、空にたくさんの虹色の帯を作り出し、どぉんと大きく鳴る音は、私の奏でる胸の音と重なるように響いて聞こえた。

 あの、深い藍色の空が、私の心なら……
 まるであの花火は、私の想いのようだ。

 ――届くと、いいな。

 この音が。

 ――届けばいいな。

 この想いが。

 私はただ瞳を閉じて、空に鳴る花火の音に、祈りにも似た想いを預けた。

                                 fin





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