何気ない日々:梅雨晴れ “イメージと現実”

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何気ない日々:梅雨晴れ “イメージと現実”

 事前打ち合わせをしなかった私が悪いんだけど。つかさもみゆきも予定入りかぁ。何の予定があるのかは聞かなかったけど、出かける予定があるというなら仕方ないわね。
 ないとは思うのだけれど、もしかして、みゆきが私に気を使って・・・いや、だとしたらつかさまで用事というのはおかしいわよね。
 しかし、こなたと二人で行くのは、どうなんだろう。こなたとしてはそれでいいのだろうか、そんな気持ちと二人が予定入りという事を伝える為に私は今受話器を握っている。
「と、いうわけなんだけど、どうする?こなた」
こなたはなんか小声で、ぶつぶつ言ってたけど、何て言っているのか聞こえない。
「ねぇ、どうする、こなた。明日やっぱりやめる・・・?」
それから少ししてからやっと返事が返ってきた。
「んー、つかさやみゆきさんにはおめでとうって祝ってもらったし、かがみが私と二人で嫌なら、やめてもいいよ?まぁ、どっちにしろ、私は明日映画を見に外には行くけどネー」
嫌なわけ・・・ないじゃない。ただ、気持ちが抑えられなくなって、想いの丈を口にしてしまったらと、不安を感じるだけ。
「あんたも何だかんだで用事があるのねぇ」
「かがみが一緒に映画を見てくれるなら、うれしいんだけどねー」
こなたが見たいと言った映画は、最近CMでやっている特撮物だった。映画といえば、私も見たいのがあったわね。
 でも、こなたはたぶん一緒に見てくれないだろうなぁ。
「それは構わないけど、私も見たいのあるからそれにも付き合ってくれる?」
絶対にえー、かがみが見たいのってアレでしょう?あぁいう恋愛物は私にはちょっと・・・という返事が返ってくると思ったのだけれど。
「うん、いいよ。終わったら起こしてくれるなら」
「寝る気満々か・・・それだと、こなたに悪いわね。・・・そうね、明日は全部、私がだすわ」
「へっ?いや、そこまでして頂かなくとも・・・」
「いいじゃない、誕生日を祝うのが遅れたお詫びよ。それに明日からレディースサービスデイだから、いつもより安いし、気にしなくていいわよ」
「んー・・・じゃぁ、ゴチになります、かがみ様」
「かがみ様言うのはやめい!」
「デレていても、突っ込みの鋭さは変わらないかがみ萌えー。いやーデレ分補給がはかどりなぁ」
「デレとか言うな!・・・じゃ、明日は、ちょっと集合時間早めましょ。九時に何時もの場所で。遅刻しないようにね」
「何か、かがみの声が何時もよりこー・・・あぁ、無し、今の無し!じゃ、明日は命に代えましても、泉こなた、九時にあの場所へ向かいます!じゃにー」
「な、何よ、気になるじゃな・・・って切りやがった」
私の声が何だって言うのよ・・・なんか変だったかしら。お金はおろしておいたから問題ないわね。
 まだ外から雨音が聞こえる。小雨にはなっているが、明日止むとは限らない。私の声、何かやっぱり変だったかしら。
 明日、私は大丈夫だろうか。こなたと二人きりだ・・・気持ちが暴走したらこなたに嫌われるかもしれない。
 でも、私は今日の帰り道。雨音の中で決意を固めたはずだ。もし、こなたに嫌われても気持ち悪がられても、それを受け入れることを。
 だから、きっと大丈夫、大丈夫なのよ。
 何故だか急に怖くなって、溢れてしまった涙を止めるために私は、座っていたベッドに横になって枕に顔を押し付けた。
 私には、想いが二つあった。こなたは自分の事を何時だったかノンケだと言った。だから、こなたに相応しい・・・そうね、ちゃんとした気の優しくて、しっかりした男の人が現れて、二人は恋に落ちて私の想いは胸に秘めたまま・・・。
 それは、私にとっては、胸を引き裂かれるような状況に違いない。それでも、私と同じ想いをこなたが私に感じるよりはいい。
 あの小さな体躯をしていながら私達の中では一番元気なあいつが世間から浴びせられる氷よりも冷たい視線や異形の者を見るような視線等で傷つけたくはなかった。
 だけど、私はこの想いが成就することも望んでいる。たとえ世間が認めなくても、味方が少なくても、こなたと共にいたくて。ただ二人、傍で寄り添って気持ちの通じ合った時間を共有したい願望もあった。
 そしてその願望が、私達に勘違いな亀裂を入れてしまう事を、私はまだ知らなかった。


 かがみからの電話をやや強引に切って、受話器の子機を戻して、ベッドに突っ伏した。危うく妙な事を言いそうだった。顔が熱い、みゆきさんもつかさもいないとは・・・。
もしかして、つかさはみゆきさんに相談したのかな。つかさが、こういう計略というか策略というか、気遣いというか、そういう事を考えるのは、ちょっと思い浮かべづらい。という事は、私の気持ちは、みゆきさんにも知られてしまっているというわけで・・・そう思うと、胸がこそばゆくって恥ずかしい。そして、ちょっと不安だね。もしかしたら、気持ちを知ったから明日“用事”になってしまったのかもしれない・・・ってそれだと、つかさが来ない説明がつかないか。
 ここは多少楽天的に考えたとして、みゆきさんも私がそういう想いを持っている事を受け入れたと考えるべきかもしれない。電話をかけて確認したいけど、怖くて不安でできそうにないなぁ。
 そんな不安を感じていても、私の頬は火照ったままだ。電話越しに聞こえた、かがみの声が何時もと違ってすごく優しく聞こえた時があって、胸が熱くなってしまった。
 明日、大丈夫だろうか。何時も通りでいられるかな。まだ、まだ、大丈夫だよね?目を閉じて、心の中で、少し怯えている自分の気持ちに問いかける。今にも、爆発しそうだけど、明日くらい大丈夫、そう信じるしかなかった。
 明日、気持ちが弾けて、かがみに嫌われる事になっても、私はそれを受け入れる、覚悟を決めよう。そんな気持ちを胸において、目を閉じたとき・・・私の前には鏡に映ったようにそっくりな私がいて、その私が“私らしくない事”を饒舌に語るのを聞いている夢を見た。

 人は自分が好きなモノに対して勝手な憧れや虚像といったステータスを書き加え付けるんだ。
例えば、私。かがみは絶対に私と同じ想いにならない、そう信じている。それは、今も変わらないし、そうであってほしいと願う気持ちもある。これは、私がかがみに望む勝手な虚像の一つ。この虚像に含まれているのは、かがみへの裏切りの緩和かもしれない。拒絶されて、完全に嫌われてしまえば、消えてなくなってしまう不安的要素を含んだ虚像。それで、心を深く切り込まれたような思いをしても、傷は時間が少しずつ痛みを和らげてくれる。決して完全に治るわけじゃないけれど、それでも痛みは永遠に続くわけじゃない。
 でも、その気持ちというか虚像って奴は、コインやカードの様に平面じゃないんだ、立体的なんだよね。少し視点をずらして、斜めにしてみると、かがみに同じ想いを持っていてほしいと願う気持ちもあるんだ。これはきっとかがみへの願望。かがみが私を好きでいてくれるという“現実にはありえない事を望んでいる”私の強い願望なんだ。
 だから、戸惑ってしまう、悩んでしまう。何より、立体的な気持ちを表と裏が違うコインのように思ってしまう事。確かに、“私と同じ想いであってほしくない”という気持ちと“同じ想いであってほしい”という気持ちは表と裏のように見える。けれど、斜めにしてみると、その二つの気持ちは必ずしも表と裏に描かれていると考えるのは、難しい。そう、まだ他にも気持ちや虚像、そして願望があるから。
 私はかがみが好きで堪らない。
 でも、好きで堪らないだけで、付き合いたいのか、ただ好きで想いが繋がらない未来がやって来ても受け入れていけるのか、絶望して、絶交して、気持ち悪がられる位ならいっそ・・・と、そういう風に思ってしまうのか。虚像や願望なんて物は、そうやって形作られていくから、ある意味では、六面あるサイコロで表してしまいたいけれど、とても数が足りないかもしれないネ。

 こんな風にきっちりと考えられなかった私は、まだその時が来る瞬間まで、その気持ちはコインの裏と表のような単純な物だって信じている。いや、もしかしたら、裏と表すら考えられていないのかもしれない。
 みゆきさんなら、きっと気がつけたかもしれない。でもさ、私は、そこまで頭がよくなかったんだ。勉強ができるとか出来ないとかそういう意味じゃなくて・・・ネ。

 そして、この決めたはずの覚悟がコインの裏と表のように単純であり、如何に脆く、何より、覚悟という言葉の重みを私自身が理解しきっていなかったという事を知るんだ。あの、別れ際に。


「う~ん、羊のゆきちゃんもふもふ、ウサギのお姉ちゃんふわふわ、狐のこなちゃ・・・えへへっ」
一体どういう夢を見ているのかしら。というか、私をウサギと言わないででくれ、頼む、恥ずかしいから。
「つーかーさぁ!起きないと、出かけるんでしょ。支度する時間無くなっちゃうわよ?」
いつもなら、この役目は母の役目で、慣れている母でさえつかさを起こすのは大変なのだから、私にだって十分に大変だ。
「あれ~、お姉ちゃん~耳がないよ~?」
ほとんど目の開いていない糸目で私のほうを見て、つかさが呟く。起きてないな、確かに今は、髪をセットしていないからストレートだけど、そもそも、あれは耳じゃなくて髪だから!と突っ込んでも、「耳だよ、お姉ちゃん~」と言って、また夢の中に戻ってしまうつかさ。
「えへへっ」
凄く楽しそうな笑顔で寝てる。起こすのを躊躇させるような幸せな雰囲気がつかさを中心に広がっているようで、何だかこれ以上揺さぶるのは気が引けてしまうのだけど、起こしてほしいと頼まれているし、誰かと約束をしているなら相手のことも考えて起こさねば。
 つかさの状態を起こして、首がガクガクと揺れるほど強く揺する。
「んんん・・・あ~~、お姉ちゃん・・・おはよう~」
や、やっと起きた。昨日の夜、うっかり落として目覚まし時計を壊してしまったとはいえ、もう少し起きる努力をしてもらいたいものね、全く。
 でも、こういうマイペースな所がつかさの良い所、私には無い所なんだけどね。長所と言い切れはしないけれど、決して短所ではないと思う・・・起きる努力さえしてくれれば。
「二度寝したら遅刻するわよ?約束してるんでしょ」
「あ、うん。起こしてくれてありがと、お姉ちゃん」
つかさはにっこりと微笑んでから、大きく伸びをして大きな欠伸をしていた。朝ご飯につれて降りたほうが良さそうね。このまま、放って降りたら二度寝する。賭けてもいいわ。
 朝ご飯を食べてお互いに身だしなみを整える。つかさは、この間、枕を変えたばかりで寝癖が酷かった。だから、まだ時間に余裕はお互いにあったので、彼女の髪を梳いていた。目を粒って心地良さそうな笑顔を浮かべるつかさ。どうして、つかさはそんなに素直に心の内側を出せるのだろう。もちろん、出していない部分もあるだろうけれど、感情表現、喜怒哀楽でいえば、私なんかよりもずっと出せている。
「お姉ちゃんに髪を梳いてもらうの、もう何年ぶりかなぁ」
「そんなでもないわよ、ほら中学の頃は良く梳いてあげてたじゃない」
「でも、中学の最初の頃までだったからやっぱり、結構たってるよ」
お湯で温めた布巾を寝癖の酷い場所に当てて、櫛で髪を梳く。寝癖を上手く直せないのはつかさの要領が悪いのもある。意外とすぐに直るのだ、彼女の髪は。
「ありがとう、お姉ちゃん。後は自分で出来るよ」
「そ、じゃぁ、私は・・・」
鏡に映った自分の姿を見る限り寝癖はなさそうだ。そんな事を確認していると、母が入ってきた。寝癖直しに母の鏡台を借りたから当然なのだけど。
「つかさ、ちょっとお母さん、かがみと話があるの」
「それは私がいたらダメなのかな?お母さん」
「そうね、できれば二人で話がしたいわね」
「うん、わかったよ、お姉ちゃんありがとね」
母のどこと無く凄みのある微笑がつかさを部屋から脱兎のごとく追い払った。そして、私は、立ったまま唖然として固まっていた。
 母は、部屋の鍵を閉める。何の話なのか、見当というより答えその物がわかっていた。
「かがみ、約束の時間まで、まだ大丈夫かしら?」
時計を見るとまだ十分に余裕があった。そして母の目は、時間が無いなら遅れるだろう有無を伝えろというような表情だった。微笑みを崩しているわけではないのだけれど、そんな目をしていた。
「かがみ、話があるの。まだ、お父さんとも相談して結論を出すことが出来ていないのだけれど・・」
「・・・聞きたくない」
私は耳を塞いだ。耳を塞いだまま、ドアを背に立っている母と対峙した。聞きたくなかった。否定の言葉など。どうせ、こなたが否定するんだ。それまで、私は傷つきたくなかった。その後なら好きに傷つけてくれて構わないのだ。こなたに否定される前に傷ついてしまったら、笑って、こんな私でも友達でいてくれる?なんて聞けないから。否定された時点で壊れてしまうから。もうひび割れた鏡の私をこれ以上壊さないで。
「かがみ、聞きなさい」
両手を爪が食い込むほど強く掴まれて、耳から引き剥がされる。あぁ、私は割れてしまう。割れたらどうなってしまうのだろう。
「お母さん、何が言いたいのか・・・わかってるわ。でも今は、私を壊さないで。どうせ、好きになった相手に否定されるのはわかっているんだから、お願い。私を割らないで」
両手を掴まれて、私はその言葉を口にする以外に抵抗する手段も無くて、あぁ、私はやっぱりここで、粉々に割られてしまうんだろうな、そう思った。だからなのか、母の目はとても冷たく見えた。
「かがみ、お母さんは、かがみが誰を好きになってもいいと思うの。そこの部分で、お父さんと上手く話が纏まっていないけれど、でもかがみを否定したりはしないわ」
全ては錯覚だったのか、私の体からは力が抜け、座り込んでうなだれる様に崩れる。
―否定はしない。誰を好きになってもいい。
「お母さんは、かがみの味方でいるからね。それだけ言いたかったの。つかさを追い出したから不安にさせたかもしれないけれど、つかさがまだ知らないのなら、二人のほうがいいでしょう。だからね、お母さんはずっとかがみの味方」
優しい抱擁。母は、私の味方でいてくれる。今の私の気持ちを受け入れてくれる。どうして、母が私の想いをしているのかまで頭が回らなかった。ただすがりついて一言だけ。
「本当に?」
「本当に」
このやり取りは酷く短く感じたのだが、私が母にすがり付いて泣いてしまった為に、時間ぎりぎりになってしまった。
 こなたは、もう来ているだろうか。待たせていたら悪いな、そんな事を思いながら家を出て私は、駆け出した。


 目を覚ますと、私は時計を見て悲鳴を上げる。準備時間を入れても、かなりぎりぎりだ。寝癖は幸い、何時ものアンテナみたいな奴だけだった。これはどうやっても直らない。癖っ毛というか、もう私の頭の一部分みたいになってる。中学のときに一回切った事はあるけど、同じように伸びてきたから、切ったら直るというわけでもないらしい。
 何を来て行こう。別にデートってわけじゃない、わけじゃないんだけど・・・。何だか少し緊張してる。心臓も起きてまだそんなに時間が立っていないのに大きな鼓動がうるさい位。私って、こんなに女の子っぽい所が存在していたんだね。これで相手が男の人だったら悩む事は無かったかな?・・・いや、きっと、それはそれで悩んでただろうね。
 結局何時ものラフな格好に、青いバルーンニット帽を被るだけにいたった。いやー、コスプレっぽい衣装はバイト先で貰った事もあるからあるんだけど、可愛らしい服ってのは、私のクローゼットには存在しないらしい。ゆーちゃんに借りようかとも思ったけど、想像すると何だかそれも凄く似合わない。わたしにゃー可愛いって言葉が似合わないんだね、悲しいけどそれが現実って奴さぁ。
 何て哀愁を背中に漂わせながらため息をつく。居間に下りるとコーヒーを飲んでいるお父さんに出くわした。ちょっと不安げな、曖昧な笑顔を浮かべていた。
「どしたの、お父さん」
何時もならこんな事は聞かないのに、そんな時間も無いのに・・・今日は、何故だか聞いてしまった。
「いや、別に何というわけじゃないんだが、こなたがかがみちゃんにどんなイメージを描いているのか、少し気になってな。イメージと現実は意外と違うものだからなぁ」
かなたは見事にイメージ通りだったが、何て呟いてコーヒーを口にしていた。時間ギリギリだと思ったけど、まだ余裕はあった。お洒落という言葉に無縁だったからこそかも知れないが、何だかそこは悲しくなるから考えるの止めよ。
「お父さん、私にもコーヒーお願いー」
「ミルクありの砂糖無しだったな」
私が席に着くと、コーヒーが前に置かれる。それを一口飲んで、味に違和感を感じた。あれ、うちで何時も買ってるコーヒーのメーカーの味ってこれだったっけ?
「どうした、こなた?コーヒーなんかマジマジと見つめて」
「いや、何か何時もと味が違うなって思ってさー?」
「あぁ、此間、福引で当てたんだよ。はずれのポケットティッシュよりマシだが、何時もとメーカーが違ってたんだ。まぁ、まだ三本はこれだから、そこは我慢してくれよ。もったいないしな。んーまぁなんだ・・・こなた、それがイメージっていうものだぞ。もちろん、コーヒーと人間は違うが、イメージや思っていた姿、想像していた虚像と違うという意味なんかで言えば、“思っていたのと味が違う”というのは、ある意味で同じ事なんだ」
お父さんの言っていることは大体わかる。コーヒーの味も、かがみへの思い込みも同じだって事。わかってるんだ、かがみが私を好きになるはず無いなんて事。だから、そんな事を言わなくても覚悟はある程度しているつもりだし、私はこの想いを伝えるかどうかを、まだ決めていなかった。
「わかってるよ、深く期待しすぎないほうが良いってことでしょ。かがみが私を好きになる確率なんて、ありえない事ぐらいわかってるって」
「いや、そういう事ではなくてだな・・・長くなりそうだし、出かける前の話でもないな、またにしよう」
「はは、それまで私に聞く気が残ってたらねー」
私は、コーヒーを飲み干して、笑い飛ばしてしまったけれど、本当は・・・。
 そう、本当の意味でお父さんの言葉を理解していなかったんだ。心は、コインの裏と表じゃないって、かがみが私を好きになる確率が無いって言うのは、裏と表の考えですらなかったんだ。確率なんかで人の心は考えられるわけじゃない。だから、せめてコインの表と裏の可能性分位、考えておくべきだったと思う。
 かがみが、私を好きでいるという可能性を。


 私は、待ち合わせ場所に着いたときに面食らった。あのアンテナみたいな癖っ毛が無いと普段はわからないあいつ。服装は何時もと同じだけど、髪と同じ色の青い帽子が良く似合っていた。
「オ、オッス、こなたー。私の方が遅れちゃったみたいね」
確かバルーンニットって帽子だったっけ、良く似合っている。それを軽めに被って、あの癖っ毛が少し帽子から顔を出している。
「おはよう、かがみ。かがみより早く着いてしまうとはもう少しゆっくりするべきだったかのー」
私も、もう少し何かアクセントを考えたほうが良かったかしら。でも、デートというわけじゃないし、せいぜい私がしてきたのは、此間塗っていた、薄い桜色のリップくらいだ。季節の変わり目が少し過ぎたあたりから唇がかさついてしまうから。
「いや、時間的には少し早いくらいだから、わざわざ後れて来んでもいいだろ」
大丈夫。母にすがって泣いてしまったけれど、私は何時も通りをこなせている。
「そこは、かがみにツン期を迎えて貰うために必要な時間なのだよ」
「いや、意味がわからん」
ノーテンキは何時もと変わらないのにお互い少し緊張しているような緊迫感があった。どこか互いのリズムが合わない気がする。
 そんな風に感じたのは私だけだったのかもしれない。とりあえず、私達はまず最初にこなたの見たい特撮物の映画を見るために映画館へと向かった。

「いやー熱い戦いだったねぇ。もう手に汗握る熱いオーラが凄くって」」
「いや・・・私は凄い熱気で疲れたわ。なんというか、あれって前にあんたのバイト先にいった時にあったような人達とか、つれていかれたコミックマーケットとかにいたような、熱気のある人が集まる映画だったのな・・・」
こなたは頬を高揚させながら、映画のシーンについて熱く語っている。私は、パンフを見ながら何とか内容に付いていけた感じだった。ちなみに、宣言通りこの映画のチケット代は私が出した。ちょっと度肝を抜かれて疲れたが、隣で元気良く語りはしゃぐこなたの姿を見ていると、一緒に映画を見て良かったと思える。
 私は何時、この想いを口にすればいいのだろうか。実はプレゼントはもう用意してある。あんな風に距離をおく期間がなければ、私もちゃんとこいつにプレゼントを渡せたのだ。最も、喜ぶかどうかはわからない。そして、今は・・・渡す事が怖い。あの時は何気なく買った物だった、でも、今は気持ちが違うから。想いが違うから、渡すことに躊躇してしまう。
「じゃぁ、次はかがみが言ってた方の映画に行こうか、今度は私が出すよ」
「その前にお昼にしましょ。それに、そっちは私が個人的に見たい映画だし、あんたは寝る予定なんでしょ?そっちも私が出すわよ」
「いやいや、それは流石に悪いって」
頬の高揚したこなた。まだ興奮冷め切らないという感じなのかな。こいつにはやっぱり、私なんかが余計なことを言うより、一緒にはしゃげる様な相手が相応しいんじゃないだろうか。それならこのシルバーのハートが付いたチョーカーではない違う物を、あげた方がいいのかもしれない。そうね、今の映画のグッズとか・・・ね?
「こなた、誕生日プレゼント。ここのグッズにする?」
「へっ、あー・・・でも、もう用意してあるんでしょ。つかさと一緒に買ったって聞いたよ?」
つかさの奴、余計な事を喋ったな。変に勘違いされないと良いんだけど・・・ね。これで私の想いがばれてしまわなければいいなと思う。
 お昼は、映画館内にあるマックで軽めに済ませることにした。お昼の代金も私が出そうと言ったのだけれど、顔を真っ赤にしたこなたに断られてしまった。どうして、お昼の代金で真っ赤になるのだろう。そんな反応をされたらまるでデートの様で私も気恥ずかしくなってしまう。
「んー、眠気もばっちり。では、かがみが見たい映画をやってるホールに行こうか」
「その前にチケット買いなおさないとダメでしょうがっ」
そんな何時も通のやり取りをしながら、やっぱりどこかリズムがずれたような違和感。何でだろうか、わからない。
「かがみー。終わったら起こしてねー」
ニット帽を少し深めに被って寝る準備万端ってか。見たかった映画だが席は空き放題だった。
 どこにでもあるような恋愛モノで、主人公やヒロインが苦難を乗り越えながら互いの思いを遂げていく陳腐なストーリー。今時流行らないのも当然だろう、それでも私はこなたとこの映画を見たかった。原作を見る前は、隣で眠っている、こいつに想いを馳せる様な事になるとは思わなかった。叶わぬ恋というならばせめて、この映画だけは一緒に見たかったのだけれど、その願いも叶わないらしい。
 本当に眠っているのだろうか、映画の中盤に差し掛かった時、私はこなたの手に自分の手を重ねた。起こさぬ様にそっと。気づかれてはいけない、嫌われてしまうから。


 本当は眠れなかった。ニット帽に作った僅かな隙間からずっと映画を見ていた。かがみの見たかったものを私も見たかったから。でも、本当に陳腐なストーリーで、どこにでもあるような恋愛モノのストーリーで、とても退屈だけど、とても羨ましい光景だった。
 映画の中盤で重ねられた、とても遠慮がちな手。それはとても熱くて、何故かがみが私の手にその手を重ねたのかわからなかった。起きている事を気取られないようにしなければ。もう、映画どころではなかった・・・赤くなった耳もニット帽の中に入れていたから気づかれないと思う。気づかれたら、きっと嫌われてしまう。
 かがみが手を重ねたのは、ただ映画につられてそうしてしまっただけなんだと、そうとしか思えなくて。ううん、そう以外には思いたくなかったのかもしれない。
 やはり、私の考えは一方通行で、それはかがみも同じなのかもしれない。お互いコインに表と裏くらいの気持ちは感があっていたほうが良かったんだ。
 そして斜めから見るともっと違う想いもあった事を考えて置くべきだったんだと想う。

「・・・なた、こなた。起きなさい、終わったわよ」
すぐに返事はしない。起きていた事を気取られないように。私が返事を返したのは、かがみが三度目の呼びかけをした時だった。
「ふあぁっ、熟睡してしまったよ。かがみんや、楽しめたかね?」
「そうね、あんたが一緒に見てくれないから映画の話は出来ないけど、個人的にはとても好きな作品だったわ」
「そっか、そりゃぁ良かったねぇ」
これからどうしようかと、話ながら映画館を出る。特に行く場所も決まらなかったので、近くにあった公園で二人ホットミルクティを飲む事になった。
「パンフあるし、かがみが映画の話をしても相槌くらい打てるよ」
「別に無理しなくても良いわよ」
「いやいや、せっかくだし・・・この最後のシーンとかどうだったのさ?」
「口で説明するのは難しいわね。でも、今時にしては古めかしいけれど、とてもいいシーンだったわよ。雪が舞う中で、抱きしめあって、想いを耳元で囁きあう。ありえないストーリーなのに、何故か現実味を感じさせるストーリーだったわ」
「ふーん、そうなんだ。かがみは乙女ですなぁ」
それなのに誰もかがみフラグをたてることが出来ないなんて何てうちの学校の男子は鈍感なんだろうねぇ、そう呟くと、かがみは酷く曖昧な表情を浮かべていた。
「・・・もしかして好きな人とかいるの?」
そう聞くとなんだか泣きそうな苦笑い。いるのかな、好きな人・・・。
「そうそう、これ、私からのプレゼント。ちょっと動かないでね、私も一回くらいつけてくれている所を見たいからさ」


「かがみ、顔近いよ」
こなたが言う様に顔は近い。だから、そっとずらした。一度で良いから、こなたがこのチョーカーをつけている姿を見たかった。きっとつけてはくれないだろうから・・・埃を被ってしまう前に一度だけでいいの。
 このまま、想いを告げてしまおうか。さっき見た映画の最後のシーンはまさにこんな感じで、耳元で囁くように愛の言葉を口にする。
「ねぇ、こなた。さっきの映画の最後はね、こういう風に言って終わるのよ」
「へっ?」
チョーカーをつけ終わったあと、私はそのまま背中に手を回してこなたを抱きしめる。震えが伝わってきた。きっとあまりのイレギュラーな行動に畏怖を感じたのかもしれない。このまま、言葉を続けたらきっと嫌われるだろうな。
 それでも、告げたいと想う。今のままではダメだから、親友という言葉で想いの蓋を縛っても、容易に突き破って溢れてしまう。
「あの、えっと、かがみ。ちょっと・・・」
抱きしめている。背中に手を回して、最初で最後の抱擁。全てが壊れてしまうであろう前の最後の抱擁。でも言わなければ、私はもうヒビだらけの鏡だから、想いがヒビの間から漏れてしまう。
「私は貴女のこ・・・」
最後まで言葉を口にする前に、私は思いっきり突き飛ばされた。突き飛ばされた時の鈍い衝撃と、しりもちを着いた所為だろうか、胸と腰が痛かったが、それを気にする余裕は無かった。
 突き飛ばされたことに気がついたのももっと後だ。気持ちを暴走させすぎたんだ、あれほど注意しなければいけないと想っていたのに。
「か、かがみは!かがみはそんな事を私に言わない、言わないんだよ」
何で泣いてるのよ。何で泣きながらそんな事を叫ぶのよ。
「私が、私が、知っているかがみはそんなこと言わない、言わないんだよぉ」
こなたは涙を零しながら、何度も、かがみはそんな事は言わない、そんなのかがみじゃない、と繰り返していた。そして、呆けたまま、その姿を眺めることしか出来ない私を一瞥すると、
「・・・ごめん。ごめんなさい、かがみ」
そう呟く様に言って、そのまま私をおいて、走り去ってしまった。
「・・・こなた」
ようやく言葉が出たのは、こなたの姿が見えなくなった後。ごめんなさいって、何よ。あんたが謝る事無いじゃない、悪かったのは私なんだから。
「こなた、ごめんね・・・」
頬を熱い涙が流れるのと同時に土砂降りの雨が降ってきた。夕立だろうか、でも丁度良かったかも知れない。こなたは少なくとも濡れてはいない、あいつが走っていった方向は駅で、私は、雨でこの涙を隠せるのだから。声さえ上げなければ、幾ら泣いても誰も気がつかない。
 あぁ、冗談だって謝ればまだ間に合うだろうか。携帯をポケットから取り出してディスプレイを開いて、そこで止まってしまった。拒絶されるのが怖くて、冗談じゃもうすまないのでは無いかと怖くて。
「きっと、私がこんな気持ちを持ってしまった事への罰・・・なのよね?私は、悪い事をしたんだわ」
誰が返事をくれるわけではない。雨の中、携帯を開いて呆然と立ち尽くした私を、容赦なく雨が叩きつける様に降り注ぐ。
 人の気持ちはコインの表と裏なんだと、私は思う。好きか嫌いか何だって。でも、じゃぁ、告げても叶わぬ想いは、どっち側に描かれているんだろう。
 雨が心地よかった。私の流しても流しきれぬ罪をほんの僅かでも流してくれる気がして。

 -雨音の響く中私は、考える。貴女は、私を嫌いになったかな
 -雨に打たれながら、想いを口にしようとした自分の罪を心の中で謝罪し続ける

「こなた・・・ねぇ、私を許してくれるかしら」
私は許しを請う様に呟いて、携帯をポケットに収めてフラフラと歩き始めた。どこへ向かっているのか自分でも良くわからなくて、それでも雨はどこか心地よくて。
 頬を流れる熱い涙はすぐに冷たい雨で冷やされて、それでも涙は溢れ続けて、嗚咽をこらえる事もできなくて、また、公園の中で崩れ落ちた。




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  • 別の意味で手に汗を握る展開‥‥この作品の二人にも、映画みたいなハッピーエンドを迎えてほしいですね。 -- 名無しさん (2009-03-06 00:28:46)


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