かがみのいない日常

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 師走の語源は、お師匠のお坊さんがお経をあちこちであげる為に、走り回る程忙しかった所から取られたそうだ。
 みゆきさんがそれっぽい事を言っていたから、多分それで間違いないのだろう。
 実際、12月っていうのは期末試験があって、クリスマスイベントやら年末イベントやらをこなして、最後に有明と、私にとってものんびりとしていられない一ヶ月間ではある。
 来週から始まる試験さえ終わってしまえば、後は楽しいイベントを指折り数えて待つだけだ。
 それなのに…。今の私にとっては、どんなに楽しそうなイベントも、どこか色褪せたようにしか映らなかった。


    「ふとしたことで~かがみのいない日常~」


「おはよう、こなちゃん」
「あ、おはよー。つかさ」

 朝、教室で私達は今日最初の挨拶を交わす。
 私がかがみと会わないように電車を一本ずらして登校するようになってから、これが新たな日課となっている。
 あの屋上での一件の後も、つかさとみゆきさんは、それまでと変わらない態度で私に接してきてくれていた。
 だから、この教室の中だけは、今までと変わらない日常が流れ続けている。
 その事が、今の私にとっては、言葉では言い尽くせないぐらいに有難かった。

 昼休み、一つの机に三つのお弁当箱が並ぶ。
 最近は、教室の外に出るのにも神経を使うから、チョココロネを買いに購買まで行く事もやめてしまった。
 私の座席の真正面に、誰も居ない空きスペースが鎮座する。
 その不自然さを誤魔化すように、今日も私は饒舌に二人に話題を振り続ける。

「――でさ、またそのバグを直す修正パッチが4ギガバイトもあってね、あれを見た時はゲーム本編をプレイした時よりも鬱になったよ……」
「へぇ、そうだったんだ~」
「それは大変でしたね」

 数分近くに及んだ、私の悲喜劇のオチがようやく付いたものの、二人の反応は思ったよりも薄かった。
 やっぱり、この二人にエロゲの話は通じないか……。
 また別の話題を振ろうと思い、私が一呼吸を入れたその瞬間、この憩いの時間をぶち壊すかのように、携帯電話の着信メロディ鳴り響く。
 ……この着メロは、つかさの携帯メールだ。

「ごめん、こなちゃん。私、ちょっと隣のクラスまで行って来るね」

 携帯を開いて、メールの内容を確認したつかさは、申し訳無さそうに私にそう告げてきた。

「あ、うん。分かった…」

 用事の意図を理解した私が素直にそれに応じると、つかさは自分の弁当箱に一度蓋をして、教室の外へと駆け出していった。
 …とまぁ、このように、つかさとみゆきさんの二人がかがみと会う時は、私に配慮して、私の居ない場所で会うようになっていた。
 一人が抜けた事で、すっかり別の話題を振る機会を逸してしまい、残った私とみゆきさんの間に微妙な空気が流れる。

「こなたさん」

 この状況を何の話題で打開しようかと私が思案している所に、珍しくみゆきさんの方から私に話しかけてきた。

「なに?」
「…かがみさんが居ないのは、やっぱり寂しいですか?」
「……ま、まぁ、寂しくないって言ったら嘘にはなるかな…。でも、これはこれで悪くは無いなって思ってるよ」
「そうですか……」

 今の言葉は半分は本音で、残りの半分は嘘だ。
 本当はかがみと仲直りしたいし、また四人で他愛の無い話をしたり、カラオケに行ったりもしたい。
 でも、仮に私が謝って、かがみがそれを許してくれて、拗れた関係が元に戻ったとしても、あの時の事が無かった事になる訳じゃない。
 …それに、私のこの胸に秘めた感情はどうすれば良い?
 この想いの全てをさらけ出しても、あるいはこの感情を隠し続けても、私達にとって良くない結果になるのは分かり切っている。
 結局、どう足掻いたって、私が望んでいたそれまでの“日常”は戻っては来ないんだ。
 だったら、このままの状態で現状を維持していく方が良い。
 何もしなければ、もう誰も傷ついたりしないんだしさ……。

§

「――と、ここまでが今回のテスト範囲になるっちゅうわけや。今回は範囲が多いさかい、特別サービスで大まかなまとめプリントを用意したんやけど……って、あかん! プリント忘れてきてもうた。泉ぃ、授業終わったら、職員室まで取りに来い」
「ちょっ、なんで私なんですか!?」
「テスト直前の最後の授業や言うのに、一人だけ居眠りしとった罰や~。ほな、今日はここまで!」
「起立、礼っ!」

 号令が終わると同時に、これまたタイミング良くチャイムが鳴ったかと思うと、席が近いつかさが私に駆け寄ってきた。

「災難だったね、こなちゃん」
「ううっ、昼休み明けの授業はいつもこれだよ…」
「コラ、泉。ボケっとしとらんと早よ付いて来い!」
「はいはい、今行きますよ~!」

 なんや、その漫画なんかで良く見かける面倒臭そうな受け答えは、等と、今日は妙に私に絡んでくる黒井先生のツッコミを受け流しながら、私は職員室へと付いて行った。

§

 職員室で居眠りしていた事に対する軽いお説教を受け、A4サイズのプリントの束を受け取った私。
 そして、教室に戻ろうとしたその視界に飛び込んで来たのは、遠くからこちらに近づいてくる印象的な薄紫のツインテールをした少女の姿だった。

 かがみがこっちに向かって歩いてきてる――。

 遭遇を避けるために遠回りしようかと思ったけど、10分間という短い休み時間の間に、これから教室に戻ってプリントを配る時間を考慮すれば、それも出来ず、このままかがみとすれ違う事はどうしても避けられない。
 そう判断した私がとっさにとった行動は、顔を伏せ、かがみの横を気付かないフリをしながら通り過ぎる事だった。

 張り詰めた緊張感、逃げ出したい気持ちを必死で抑え、束になったプリントの内容を凝視しながら、私はゆっくりと歩を進める。
 周囲の喧騒とは裏腹に、私とかがみとを隔てた空間には、静かな足音が今にも聞こえてくるんじゃないかというくらいに何の音も跳ねてこない。
 かがみとすれ違う。
 わずか1秒にも満たない交錯。
 そして、そのまま通り過ぎるハズのかがみの足がピタリと止まった。

 …次の瞬間、私は全力で走っていた。
 後ろからかがみの声が聞こえたような気がする。
 でも、もう振り向けない。
 渡り廊下を抜け、折り返し階段の踊り場まで来たところで、ようやく私は後ろを振り返った。
 …どうやら、かがみは追って来ていないようだ。
 それを確認してようやく私は足を止めたのだった。
 捩れた跡が残ってしまったプリント用紙を抱きかかえながら、私はしばらく動く事が出来なかった。
 頭をハンマーで殴られたような気分だった…。

 ずっと私を拒絶したままだと思っていたかがみが、私に何らかの接触を試みようとして来た事に。
 その接触を私自身が拒絶した事に。
 その選択肢を選んだ事に、心のどこかで安堵をしている自分自身が居た事に――。

 あの日から、間もなく1ヶ月が経とうとしていた。



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  • 続きが気になります。このまま卒業しちゃうって事はないでしょうが…(ありえるかもしれないけど)
    2人はくっつくのか?それとも恋心を吹っ切るのか!?
    どんな事になるのか今後の展開が楽しみです。 -- 名無しさん (2009-02-25 15:48:48)


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