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意思にて漱ぐ」(2023/08/16 (水) 17:51:56) の最新版変更点

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校舎から外に出ると、冷たい風が私を襲った。 日中は大分暖かくなってきたが、流石に夜はまだまだ寒い。思わず身震いをしてしまう。 外はすっかり暗くなっているというのに、玄関口の明かりは一つもついていなかった。 きっと生徒はもう残っていないと思われて消されてしまったのだろう。 実際のところ他に下校する生徒の姿は見当たらないのだから、それについては理にかなっている。 そんな状態で玄関に鍵がかかっていなかったのは本当に運が良かったと思う。 誰もいない暗闇の中、私はひとりこなたを待つ。 『意思にて漱ぐ』 「お待たせ、かがみ!」 五分くらい待っただろうか。ようやく玄関口からこなたがヒョコッと顔を出した。 「遅い!何してたのよ!」 「いや~、黒井先生のお小言が長くてさ~」 こなたののらりくらりとした話し方に、ついため息が出てしまう。 本当なら私だってこんな時間まで残っている気なんてなかったのに。 きっと今から帰っても私が毎週楽しみにしているドラマには間に合わないだろう。 「まったく、あんたの所為でこんな時間になっちゃったじゃない!」 「ごめんごめん。悪かったよー」 こいつ、絶対悪いと思ってないな。こうして寒空の下で待ってくれる親友……に少しは有り難味を感じてくれればいいのに。 「でもさ、そんなに言うなら課題のノート見せてくれればよかったのに。そうすればつかさやみゆきさんと一緒に帰れたのにさ」 「駄目よ!こういうのはちゃんと自分で考えないといけないの!!」 そう、これがここまで下校が遅くなった原因だ。 今日までに提出の黒井先生の課題。それをあろうことかこなたが忘れてきたのがそもそもの始まり。 当然の如く私を頼ってきた訳なのだけど、答えを写してばかりではこなたの為にならない。 という訳で、ヒントを教えつつも自分で課題の答えを考えさせたのだけど、まさかここまで時間がかかるとは…… みゆきとつかさも手伝うと言ってくれたけど、時間がかかりそうだからと先に帰ってもらった。 この読みは正確すぎるほど的中したわけで、先に帰ってもらって正解だったと思う。 こいつの犠牲になるのは私だけで十分だから…… 「む~。本当にかがみは真面目さんだな~」 「いや、あんたが不真面目すぎるだけだろ……ほら、行くわよ!」 「ほーい」 こうして私達はようやく遅い下校を向かえることとなった。 こなたと私、隣同士連れ添いながら校門へと歩いていく。 「ああ、そうだ。つかさに今日のドラマ録画してもらわなきゃ」 私はつかさにメールする為に、鞄から携帯電話を取り出した。 「駄目だなーかがみんは。こういうのは前もって予約しておかなきゃ。私なんかバッチリだもんね!」 「それって、威張れることなのか?」 メールをカチャカチャと打ちながら私は答えた。そして送信ボタンを押して携帯を鞄にしまいこんだ時、私はこなたの言葉の不自然な部分に気が付いた。 「ちょっと待て。すでに予約済みってことはなにか?帰るのが遅れるのはすでに想定済みだったってことか?!」 「いや~、実は課題を忘れてたのを気が付いたのって家を出る10分前くらいだったんだよ。だから前もって予約をね」 「こいつは……ったく、私の貴重な時間を返して欲しいわ」 なんでこういったところだけ手際が良いのか。呆れてしまって返す言葉も無い。 「でもさ、かがみにだっていいことがあったじゃん?」 「ほう?例えば?」 私の言葉を予測していたのだろう。こなたがいつものからかい顔になってこう言った。 「私と二人っきりでいられたこととか?」 「―――――っ!」 笑いながら話しかけてくるこなたの言葉に、思わず言葉が詰まった。 こいつはなんでこんな事を平然と言ってくるのだろうか? いや、答えなんて決まってる。これはこなた特有のただの冗談で、私のことを唯の友達だと思っているからだ。 そう思うと、辛くて辛くて堪らなかった。 私はこなたのことが好きだ。 友達として、親友としての好きではなく恋愛感情として好きなのだ。 だからこなたのこういう冗談やからかいには本当にドキマギさせられてしまう。 私のこの想いがこなたには分かってしまっているのかと思って…… もちろん、分かってる。それは私の希望であって、本当はそんなことはないって事ぐらいは。 この想いをこなたに告白してしまおうか? そう考えたことは一度や二度のことではない。いや、最近ではことあるごとに考えている。 だけど、それはあくまで考えるだけ。きっと私が行為に移す事は無いと思う。 いつかのこなたの言葉を思い出す。それがこなたの考えならば、当然私の想いを受け入れてはくれることはないだろう。 それに今でも十分幸せなのだ。 みゆきとつかさと私とこなた、4人で遊んだり話をしたりして…… 偶にこうしてこなたと二人で勉強したり、隣を歩く事が出来れば、それで満足。十分幸せじゃないか。 だけど、それでもこなたに想いが伝える事が出来ればと思っている私が心の中に確かに存在する。 結局のところ私は我侭なんだと思う。こなたが私の想いを受け入れてくれて、4人での関係も変わらない。 そんな理想を望んでいるんだ。そんなことはあるはずがないのに…… 「かがみ?」 こなたの言葉が私の思考を中断させる。 「ああごめん、ちょっと考え事。でも、あんたと一緒にいることなんていいことでもなんでもないな」 「ひどっ!!ちょっとはデレな台詞を期待してたのにさ」 「う・る・さ・い。で、それから?」 「それから?!」 この話題が続くとは思ってなかったのだろう。急に『あー』とか『うー』とか言って考える素振りをみせるこなた。 そんな素振りがなんだが子供っぽくて、とても可愛らしかった。 「え~っと……ほら、見てよかがみ!」 突然こなたは立ち止まると、空を見上げながら指差した。それにつられて私も空を見上げる。 「ほら、月がすごく綺麗だし」 満月だった。雲ひとつ無い夜空に、欠けたところのない無い丸い月。 周りに明かりが無いからだろうか、何時もよりも輝いているような気がした。 「いい月だな、お嬢さん」 「は?」 余りにも突拍子も無い言葉に、思わずこなたを見つめてしまう。 「むう…ネタが変化球すぎたかな。それじゃあ今度は、ああ今日は…月が綺麗だ」 「いや全然分かんねーし」 きっと漫画かアニメかゲームのネタなのだと思うけど、突っ込まないでおくことにしよう。 「でも、本当に綺麗ね」 空に浮かぶ月は本当に綺麗だった。 普段は月の事なんてなんとも思わないのに、どうして今日に限ってはそう思ってしまうのだろう? 「そうだね。こうして月を見るなんて久しぶりだよ」 「確かにそうかも……」 こうして月を見るなんて、本当に何時以来のことだろう? 記憶に無いところを考えると、ほとんど見たことがないのだろう。 昔の人は十五夜には月見をしたらしいけど、今時そんなことする人がどれだけいるのだろうか? 当然私の家でも月見どころか、月見団子すら作ったことがない。 私は気付かれないようにそっと隣にいるこなたに視線を落とした。 こなたは私になど気にもせず、真っ直ぐに空に浮かぶ月を見つめている。 月の光の所為だろうか?そんなこなたの横顔は何時もと違って綺麗だった。 それはもう、月にも負けないくらいに…… ちょっと前は可愛いと思ったのに、今は綺麗と思ってしまう。本当にこなたは不思議な子だ。 そうしてどれくらいこなたの横顔を見つめていたのだろう。ほんのちょっとだとは思うけど、ずっと見つめていたような気もする。 だからだろうか? 『想いを伝えたい、告白したい』 などという馬鹿な考えが浮かんでしまったのは…… 本当に何を考えているんだ。この関係で満足だってさっき思ったばかりじゃないか。 私は自分の考えを断ち切るかのように、もう一度空に浮かぶ月を見上げた。 そしてそれがいけなかったのだろう。私は思ってしまったのだ。 だったら…こなたに気付かれないようにすればいい。 そしてこの状況でしか言えないぴったりの言葉を私は知っている。それをこなたに言えば…… もちろん、そんなのが告白なはずが無い。それはただの独りよがりの自己満足だ。 でも、それでも…… 「ねえ、こなた?」 気が付いたら、私はこなたを呼んでいた。 「なに?」 こなたが月を見るのを止めて私を見てくれた。 ただそれだけのことなのに、心臓の鼓動が早くなっているのが分かった。 大丈夫、今から言うのは告白じゃない。だから、緊張する必要なんてない。 そう自分に言い聞かせ、そっと息を吸い込んで、私はこなたを見つめながら言った。 「月が…綺麗ね」 自然に…言えたと思う。ただの感想のように、自然に。 「本当だね」 私の言葉にこなたは笑顔で答えてくれた。 その笑顔に、その言葉に、ただでさえ早くなっている鼓動が、さらに早くなっていく。 顔が熱を帯びて赤くなっていくのが自分でも分かった。 でも、それは本当に僅かな時間。 なぜだろう?今の私には真っ直ぐなこなたの視線がつらかった。 こなたの視線から逃げるように私はもう一度月を見上げた。 何も考えず、何も思わず、ただじっと満月を見つめ続けた。 だって、そうしないと泣いてしまいそうだったから。 だけど、私は思ってしまった。 伝わらない、気付かれない、分からない、理解されない。 私がこなたに言ったその言葉が、結局のところ私の想いのすべてなんだと。 あっ…駄目だ…… そう思ってしまったら、途端に視界がぼやけてきた。満月がフニャフニャと形を変えていく。 気付かれる、涙を浮かべているところをこなたに気付かれてしまう。 「……行こう、こなた。本当に帰るのが遅くなっちゃうわよ」 私はこなたに背を向けると、校門に向けて歩き出した。 その間にそっと涙を拭う。気付かれて……ないよね? 私はそれを確認する為にこなたがいるだろう隣側をそっと見つめた。だが、そこにはこなたはいなかった。 「こなた?」 振り返って見ると、こなたは月を見ていた場所から一歩も動いていなかった。 そしてそこから、真っ直ぐに私を見つめていた。 「どうした――」 「親譲りのツンデレで子供の頃から損ばかりしている」 私の言葉を遮ったのは、某作家の作品の有名な一文だった。ちょっとだけ違うけど。 けどそんな言葉でも、私の心を揺さぶるには十分すぎる一撃だった。 なぜなら、この状況でこんな事を言う理由なんて、一つしかないのだから。 手に持っていた鞄が自然と滑り落ちた。 「んー、でもかがみのツンデレは親譲りじゃなくてかがみ自身の才能かな?どうなんだろうね?」 こなたがからかい気味に私に聞いてくる。が、今の私にはそれを答える余裕なんて無い。 「なっ……なっ……」 「やっぱり気が付かないと思ってたんだ。ごめんね、かがみ。気付いちゃったよ」 『なんで分かったのか?』そうこなたに聞こうとしたけれど、声が出なかった。 まるで見えない海で息継ぎでもしているかのようだ。息が詰まる。『なんで』の言葉が出てこない。 「なんで……」 「こう見えても小説家の娘だからね。それに、この前テレビでもやってたし」 ようやく言えたその言葉に、こなたはゆっくりと答えた。 迂闊だった。私もそのテレビを見て知ったのだから、こなただって見ていてもおかしくはない。 「後はやっぱりかがみの態度かな。かがみ真剣だったし、月じゃなくて私の目を見て言ってたしね。それに言った後はすごく辛そうだった。だから…かな…」 こなたはここまで言うと下を向いて黙りこんでしまった。 私はというと、こなたを見つめたまま何もすることができなかった。 もうどうしていいのか分からなかった。 伝わらないと思っていた気持ちが伝わってしまった。気付かれないと思っていた想いが気付かれてしまった。 でもそれは、ただそれだけのことだ。決して理解される訳でもなければ、分かってくれるはずもない。 私の想いはこなたに届くはずが無いのだ。 だとしたら、こなたとこうして話すのもお終いなんだろうか?今日のように隣を歩くこともできないのだろうか? それともせめて友達としてはいてくれるのだろうか? 否定的な考えだけが次々と浮かんでは消えていく。出来る事ならこの場所から、こなたの前からいなくなりたかった。 時間が戻ってくれるならと願ってやまない。 でも、そんなことが出来るわけがない。出来るわけがないじゃない…… 「ねえ、かがみ……」 「なに…?」 こなたの声に自然と口が動いた。意識していたらきっと声なんてでなかっただろう。 「月が……月が綺麗だね!かがみぃ!!」 叫びにも近いこなたの声があたりに響き渡る。 こんなに小さいのに、どうしてこんな声を出せるのだろうとこの状況で思ってしまう。 そんなこなたの言葉を聞いたとき、最初は訳が分からなかった。 なぜ、こなたはこんなことを言うのだろうか? なぜ、こなたはこんなにも泣きじゃくっているのだろう? なぜ、こなたは涙を流しながらも私を見つめるのだろう? 私にはこなたの言葉、仕草の意味がまるで分からなかった。 そしてようやくそれを理解できたのは、頬に涙が伝い、地面へと流れ落ちたときだった。 ああ、そうか……そうなんだ…… 喜びだか幸せだか嬉しさだかそんなことは分からなかった。ただただ感情だけが心に満ちて、そして溢れかえってくる。 拭い去ったはずの涙が次から次へと流れ出す。止まらない。まるで今の私の気持ちを表しているかのようだ。 「本当に……本当に月が…綺麗ね…こなた」 もう一度、同じ言葉をこなたに言う。だけど、この言葉はさっきと同じじゃない。 だって、言葉にこめた想いはちゃんとこなたに通じているのだから。 一歩、また一歩と私達は互いの距離を縮めていく。そしてこなたの顔が私の胸の辺りにまで近づき、私の顔を見上げた。 泣きながら私を見上げるその顔が愛しくて愛しくて、思わず抱きしめたくなってくる。 抱きしめてもいいのだろうか?こなたに触れてもいいのだろうか? 触れてしまったらこの幸せが終わってしまいそうで、思わず躊躇してしまう。 すると私の気持ちを知ってか知らずか、こなたの方から私を抱きしめてくれた。 いいんだ。私はこなたを抱きしめてもいいんだ。 私はこなたと同じように、思いっきりこなたを抱きしめた。 この夢のような状況に、私の涙が止まる事はない。 周りに他人の姿は無く、私達を照らすは空から注ぐ月明かり。 幻想的な光の中で私は抱きしめ合い、泣きながら温もりを感じ合う。 そしてどちらともなく呟いた。 私達が本当に伝えたくてやまなかった、たった二文字の言葉を…… **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - かぁー!素晴らしい!! &br() &br() &br()凄く綺麗な話しで大好きです。 &br() &br() &br() -- 名無しさん (2010-06-25 12:32:44) - 漱石…ああ、そう言うことですか… &br()そう言えば何処かで夏目漱石は[ILY]を「今宵の月は綺麗だ」と訳したと聞いた気がします。 &br()詩的で素敵です。 -- こなかがは正義ッ! (2009-03-19 01:36:18) - あえて二文字と言いますか…上手いな! -- 名無しさん (2009-03-18 20:12:41) - 漱石ですね。 &br()深い‥‥ -- 名無しさん (2009-03-18 19:38:05) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(19)
校舎から外に出ると、冷たい風が私を襲った。 日中は大分暖かくなってきたが、流石に夜はまだまだ寒い。思わず身震いをしてしまう。 外はすっかり暗くなっているというのに、玄関口の明かりは一つもついていなかった。 きっと生徒はもう残っていないと思われて消されてしまったのだろう。 実際のところ他に下校する生徒の姿は見当たらないのだから、それについては理にかなっている。 そんな状態で玄関に鍵がかかっていなかったのは本当に運が良かったと思う。 誰もいない暗闇の中、私はひとりこなたを待つ。 『意思にて漱ぐ』 「お待たせ、かがみ!」 五分くらい待っただろうか。ようやく玄関口からこなたがヒョコッと顔を出した。 「遅い!何してたのよ!」 「いや~、黒井先生のお小言が長くてさ~」 こなたののらりくらりとした話し方に、ついため息が出てしまう。 本当なら私だってこんな時間まで残っている気なんてなかったのに。 きっと今から帰っても私が毎週楽しみにしているドラマには間に合わないだろう。 「まったく、あんたの所為でこんな時間になっちゃったじゃない!」 「ごめんごめん。悪かったよー」 こいつ、絶対悪いと思ってないな。こうして寒空の下で待ってくれる親友……に少しは有り難味を感じてくれればいいのに。 「でもさ、そんなに言うなら課題のノート見せてくれればよかったのに。そうすればつかさやみゆきさんと一緒に帰れたのにさ」 「駄目よ!こういうのはちゃんと自分で考えないといけないの!!」 そう、これがここまで下校が遅くなった原因だ。 今日までに提出の黒井先生の課題。それをあろうことかこなたが忘れてきたのがそもそもの始まり。 当然の如く私を頼ってきた訳なのだけど、答えを写してばかりではこなたの為にならない。 という訳で、ヒントを教えつつも自分で課題の答えを考えさせたのだけど、まさかここまで時間がかかるとは…… みゆきとつかさも手伝うと言ってくれたけど、時間がかかりそうだからと先に帰ってもらった。 この読みは正確すぎるほど的中したわけで、先に帰ってもらって正解だったと思う。 こいつの犠牲になるのは私だけで十分だから…… 「む~。本当にかがみは真面目さんだな~」 「いや、あんたが不真面目すぎるだけだろ……ほら、行くわよ!」 「ほーい」 こうして私達はようやく遅い下校を向かえることとなった。 こなたと私、隣同士連れ添いながら校門へと歩いていく。 「ああ、そうだ。つかさに今日のドラマ録画してもらわなきゃ」 私はつかさにメールする為に、鞄から携帯電話を取り出した。 「駄目だなーかがみんは。こういうのは前もって予約しておかなきゃ。私なんかバッチリだもんね!」 「それって、威張れることなのか?」 メールをカチャカチャと打ちながら私は答えた。そして送信ボタンを押して携帯を鞄にしまいこんだ時、私はこなたの言葉の不自然な部分に気が付いた。 「ちょっと待て。すでに予約済みってことはなにか?帰るのが遅れるのはすでに想定済みだったってことか?!」 「いや~、実は課題を忘れてたのを気が付いたのって家を出る10分前くらいだったんだよ。だから前もって予約をね」 「こいつは……ったく、私の貴重な時間を返して欲しいわ」 なんでこういったところだけ手際が良いのか。呆れてしまって返す言葉も無い。 「でもさ、かがみにだっていいことがあったじゃん?」 「ほう?例えば?」 私の言葉を予測していたのだろう。こなたがいつものからかい顔になってこう言った。 「私と二人っきりでいられたこととか?」 「―――――っ!」 笑いながら話しかけてくるこなたの言葉に、思わず言葉が詰まった。 こいつはなんでこんな事を平然と言ってくるのだろうか? いや、答えなんて決まってる。これはこなた特有のただの冗談で、私のことを唯の友達だと思っているからだ。 そう思うと、辛くて辛くて堪らなかった。 私はこなたのことが好きだ。 友達として、親友としての好きではなく恋愛感情として好きなのだ。 だからこなたのこういう冗談やからかいには本当にドキマギさせられてしまう。 私のこの想いがこなたには分かってしまっているのかと思って…… もちろん、分かってる。それは私の希望であって、本当はそんなことはないって事ぐらいは。 この想いをこなたに告白してしまおうか? そう考えたことは一度や二度のことではない。いや、最近ではことあるごとに考えている。 だけど、それはあくまで考えるだけ。きっと私が行為に移す事は無いと思う。 いつかのこなたの言葉を思い出す。それがこなたの考えならば、当然私の想いを受け入れてはくれることはないだろう。 それに今でも十分幸せなのだ。 みゆきとつかさと私とこなた、4人で遊んだり話をしたりして…… 偶にこうしてこなたと二人で勉強したり、隣を歩く事が出来れば、それで満足。十分幸せじゃないか。 だけど、それでもこなたに想いが伝える事が出来ればと思っている私が心の中に確かに存在する。 結局のところ私は我侭なんだと思う。こなたが私の想いを受け入れてくれて、4人での関係も変わらない。 そんな理想を望んでいるんだ。そんなことはあるはずがないのに…… 「かがみ?」 こなたの言葉が私の思考を中断させる。 「ああごめん、ちょっと考え事。でも、あんたと一緒にいることなんていいことでもなんでもないな」 「ひどっ!!ちょっとはデレな台詞を期待してたのにさ」 「う・る・さ・い。で、それから?」 「それから?!」 この話題が続くとは思ってなかったのだろう。急に『あー』とか『うー』とか言って考える素振りをみせるこなた。 そんな素振りがなんだが子供っぽくて、とても可愛らしかった。 「え~っと……ほら、見てよかがみ!」 突然こなたは立ち止まると、空を見上げながら指差した。それにつられて私も空を見上げる。 「ほら、月がすごく綺麗だし」 満月だった。雲ひとつ無い夜空に、欠けたところのない無い丸い月。 周りに明かりが無いからだろうか、何時もよりも輝いているような気がした。 「いい月だな、お嬢さん」 「は?」 余りにも突拍子も無い言葉に、思わずこなたを見つめてしまう。 「むう…ネタが変化球すぎたかな。それじゃあ今度は、ああ今日は…月が綺麗だ」 「いや全然分かんねーし」 きっと漫画かアニメかゲームのネタなのだと思うけど、突っ込まないでおくことにしよう。 「でも、本当に綺麗ね」 空に浮かぶ月は本当に綺麗だった。 普段は月の事なんてなんとも思わないのに、どうして今日に限ってはそう思ってしまうのだろう? 「そうだね。こうして月を見るなんて久しぶりだよ」 「確かにそうかも……」 こうして月を見るなんて、本当に何時以来のことだろう? 記憶に無いところを考えると、ほとんど見たことがないのだろう。 昔の人は十五夜には月見をしたらしいけど、今時そんなことする人がどれだけいるのだろうか? 当然私の家でも月見どころか、月見団子すら作ったことがない。 私は気付かれないようにそっと隣にいるこなたに視線を落とした。 こなたは私になど気にもせず、真っ直ぐに空に浮かぶ月を見つめている。 月の光の所為だろうか?そんなこなたの横顔は何時もと違って綺麗だった。 それはもう、月にも負けないくらいに…… ちょっと前は可愛いと思ったのに、今は綺麗と思ってしまう。本当にこなたは不思議な子だ。 そうしてどれくらいこなたの横顔を見つめていたのだろう。ほんのちょっとだとは思うけど、ずっと見つめていたような気もする。 だからだろうか? 『想いを伝えたい、告白したい』 などという馬鹿な考えが浮かんでしまったのは…… 本当に何を考えているんだ。この関係で満足だってさっき思ったばかりじゃないか。 私は自分の考えを断ち切るかのように、もう一度空に浮かぶ月を見上げた。 そしてそれがいけなかったのだろう。私は思ってしまったのだ。 だったら…こなたに気付かれないようにすればいい。 そしてこの状況でしか言えないぴったりの言葉を私は知っている。それをこなたに言えば…… もちろん、そんなのが告白なはずが無い。それはただの独りよがりの自己満足だ。 でも、それでも…… 「ねえ、こなた?」 気が付いたら、私はこなたを呼んでいた。 「なに?」 こなたが月を見るのを止めて私を見てくれた。 ただそれだけのことなのに、心臓の鼓動が早くなっているのが分かった。 大丈夫、今から言うのは告白じゃない。だから、緊張する必要なんてない。 そう自分に言い聞かせ、そっと息を吸い込んで、私はこなたを見つめながら言った。 「月が…綺麗ね」 自然に…言えたと思う。ただの感想のように、自然に。 「本当だね」 私の言葉にこなたは笑顔で答えてくれた。 その笑顔に、その言葉に、ただでさえ早くなっている鼓動が、さらに早くなっていく。 顔が熱を帯びて赤くなっていくのが自分でも分かった。 でも、それは本当に僅かな時間。 なぜだろう?今の私には真っ直ぐなこなたの視線がつらかった。 こなたの視線から逃げるように私はもう一度月を見上げた。 何も考えず、何も思わず、ただじっと満月を見つめ続けた。 だって、そうしないと泣いてしまいそうだったから。 だけど、私は思ってしまった。 伝わらない、気付かれない、分からない、理解されない。 私がこなたに言ったその言葉が、結局のところ私の想いのすべてなんだと。 あっ…駄目だ…… そう思ってしまったら、途端に視界がぼやけてきた。満月がフニャフニャと形を変えていく。 気付かれる、涙を浮かべているところをこなたに気付かれてしまう。 「……行こう、こなた。本当に帰るのが遅くなっちゃうわよ」 私はこなたに背を向けると、校門に向けて歩き出した。 その間にそっと涙を拭う。気付かれて……ないよね? 私はそれを確認する為にこなたがいるだろう隣側をそっと見つめた。だが、そこにはこなたはいなかった。 「こなた?」 振り返って見ると、こなたは月を見ていた場所から一歩も動いていなかった。 そしてそこから、真っ直ぐに私を見つめていた。 「どうした――」 「親譲りのツンデレで子供の頃から損ばかりしている」 私の言葉を遮ったのは、某作家の作品の有名な一文だった。ちょっとだけ違うけど。 けどそんな言葉でも、私の心を揺さぶるには十分すぎる一撃だった。 なぜなら、この状況でこんな事を言う理由なんて、一つしかないのだから。 手に持っていた鞄が自然と滑り落ちた。 「んー、でもかがみのツンデレは親譲りじゃなくてかがみ自身の才能かな?どうなんだろうね?」 こなたがからかい気味に私に聞いてくる。が、今の私にはそれを答える余裕なんて無い。 「なっ……なっ……」 「やっぱり気が付かないと思ってたんだ。ごめんね、かがみ。気付いちゃったよ」 『なんで分かったのか?』そうこなたに聞こうとしたけれど、声が出なかった。 まるで見えない海で息継ぎでもしているかのようだ。息が詰まる。『なんで』の言葉が出てこない。 「なんで……」 「こう見えても小説家の娘だからね。それに、この前テレビでもやってたし」 ようやく言えたその言葉に、こなたはゆっくりと答えた。 迂闊だった。私もそのテレビを見て知ったのだから、こなただって見ていてもおかしくはない。 「後はやっぱりかがみの態度かな。かがみ真剣だったし、月じゃなくて私の目を見て言ってたしね。それに言った後はすごく辛そうだった。だから…かな…」 こなたはここまで言うと下を向いて黙りこんでしまった。 私はというと、こなたを見つめたまま何もすることができなかった。 もうどうしていいのか分からなかった。 伝わらないと思っていた気持ちが伝わってしまった。気付かれないと思っていた想いが気付かれてしまった。 でもそれは、ただそれだけのことだ。決して理解される訳でもなければ、分かってくれるはずもない。 私の想いはこなたに届くはずが無いのだ。 だとしたら、こなたとこうして話すのもお終いなんだろうか?今日のように隣を歩くこともできないのだろうか? それともせめて友達としてはいてくれるのだろうか? 否定的な考えだけが次々と浮かんでは消えていく。出来る事ならこの場所から、こなたの前からいなくなりたかった。 時間が戻ってくれるならと願ってやまない。 でも、そんなことが出来るわけがない。出来るわけがないじゃない…… 「ねえ、かがみ……」 「なに…?」 こなたの声に自然と口が動いた。意識していたらきっと声なんてでなかっただろう。 「月が……月が綺麗だね!かがみぃ!!」 叫びにも近いこなたの声があたりに響き渡る。 こんなに小さいのに、どうしてこんな声を出せるのだろうとこの状況で思ってしまう。 そんなこなたの言葉を聞いたとき、最初は訳が分からなかった。 なぜ、こなたはこんなことを言うのだろうか? なぜ、こなたはこんなにも泣きじゃくっているのだろう? なぜ、こなたは涙を流しながらも私を見つめるのだろう? 私にはこなたの言葉、仕草の意味がまるで分からなかった。 そしてようやくそれを理解できたのは、頬に涙が伝い、地面へと流れ落ちたときだった。 ああ、そうか……そうなんだ…… 喜びだか幸せだか嬉しさだかそんなことは分からなかった。ただただ感情だけが心に満ちて、そして溢れかえってくる。 拭い去ったはずの涙が次から次へと流れ出す。止まらない。まるで今の私の気持ちを表しているかのようだ。 「本当に……本当に月が…綺麗ね…こなた」 もう一度、同じ言葉をこなたに言う。だけど、この言葉はさっきと同じじゃない。 だって、言葉にこめた想いはちゃんとこなたに通じているのだから。 一歩、また一歩と私達は互いの距離を縮めていく。そしてこなたの顔が私の胸の辺りにまで近づき、私の顔を見上げた。 泣きながら私を見上げるその顔が愛しくて愛しくて、思わず抱きしめたくなってくる。 抱きしめてもいいのだろうか?こなたに触れてもいいのだろうか? 触れてしまったらこの幸せが終わってしまいそうで、思わず躊躇してしまう。 すると私の気持ちを知ってか知らずか、こなたの方から私を抱きしめてくれた。 いいんだ。私はこなたを抱きしめてもいいんだ。 私はこなたと同じように、思いっきりこなたを抱きしめた。 この夢のような状況に、私の涙が止まる事はない。 周りに他人の姿は無く、私達を照らすは空から注ぐ月明かり。 幻想的な光の中で私は抱きしめ合い、泣きながら温もりを感じ合う。 そしてどちらともなく呟いた。 私達が本当に伝えたくてやまなかった、たった二文字の言葉を…… **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 死んでもいいわ -- 名無しさん (2023-08-16 17:51:56) - かぁー!素晴らしい!! &br() &br() &br()凄く綺麗な話しで大好きです。 &br() &br() &br() -- 名無しさん (2010-06-25 12:32:44) - 漱石…ああ、そう言うことですか… &br()そう言えば何処かで夏目漱石は[ILY]を「今宵の月は綺麗だ」と訳したと聞いた気がします。 &br()詩的で素敵です。 -- こなかがは正義ッ! (2009-03-19 01:36:18) - あえて二文字と言いますか…上手いな! -- 名無しさん (2009-03-18 20:12:41) - 漱石ですね。 &br()深い‥‥ -- 名無しさん (2009-03-18 19:38:05) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(19)

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