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言葉の意味が知りたくて」(2023/07/15 (土) 11:06:16) の最新版変更点

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『言葉の意味が知りたくて』 午前11時。 学校の宿題も無事に終えた私は、ちょっと優雅なお茶の時間を楽しもうとしていた。 テーブルの上にはアールグレイの紅茶と、かなり高級なチョコレート。 ティーカップから香るベルモットの匂いに思わず顔を綻ばせる。 「音楽でもかけよう。」 CDの山からゴソゴソと適当なものを見繕っていく。 「これがいいかな。」 選んだ曲はクラシックだった。どうしてこんなものが私の部屋にあるのか皆目検討もつかないのだけど、こんな日には丁度いい。 私はケースからCDを取り出すとプレイヤーにセットした。つかさが隣で寝てるから音量はしぼって音楽を再生させる。 ベートーヴェン作、交響曲第6番「田園」。その優雅な音が部屋一面の広がった。少々音が激しい気がするが、ムード作りには十分だ。 「本…」 読みかけていたラノベに手を伸ばす。 音楽、お茶、お茶菓子、本。すべてが完璧だった。 「微妙に贅沢ね。」 さて、そろそろ紅茶も冷めてしまう頃だ。 私はティーカップを手に取り、その香りと味を楽しもうとした……ちょうどその時である。 そんな優雅な気分をぶち壊すかのように、ドタドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえた。 そしてその音は真っ直ぐに私の部屋の方へと向かっている。騒音の主が誰なのか、そんなことは分かりきっていた。 私は軽くため息を吐くと、ティーカップをテーブルに置き音楽を止めた。そして来るべき幸せに備える。 「かっがみ~~!!」 部屋の前で音が一瞬途切れたかと思うと、蒼髪の女の子が勢いよくドアを開けて入ってきた。 もちろんその女の子は私の恋人、泉こなただ。 「おお、いらっしゃい。」 「あれ、かがみ。もしかしてお茶の時間だったりした?」 こなたはそう言いながらハンガーに自分の上着をかけた。まったく、慣れた手つきである。 まあ、慣れているのも無理は無い。なにしろこなたは、毎週のごとく家に遊びに来ては泊まっていっているのだから。 お父さんやお母さんなんかは『娘がもう一人増えたみたい』などと言っている始末。 お父さん、お母さん。そうやってさっさと慣れてしまってね。近い将来『みたい』がなくなるから。 「ええ、そうよ。これからのんびり優雅なひと時を過ごそうとしていたところよ。」 「かがみんの優雅なひと時ねぇ…」 私の前に腰を下ろしたこなたがテーブルを見渡した。そして机の前のラノベを見つけるとにやりと笑った。 「かがみんの優雅なひと時にはラノベは必須アイテムですか、そうですか。」 「う、うるさいな!別にいいだろ!!」 「まっ、別にいいけどね。それにしてもラノベとはね~~」 「ああ、もういいわよ!」 いつも通りの言い合いを私達は繰り返す。恋人同士になった今でもこれだけは変わる事はない。 そしてこれからもきっと変わる事はないだろう。なにしろ変える気もないのだから、変わるはずも無い。 「ところで、つかさは?下にはいなかったんだけど。」 「つかさなら自分の部屋で熟睡中よ。あれはもう、午後にならないと起きてこないわね。」 いやまったく、つかさの睡眠欲はすさまじい。この前なんか夕飯前起きてきて『おはよう、お姉ちゃん』なんていうものだから、本当に呆れた。 「それで、今日は何しに来たのよ?」 私に会いに来てくれるのに理由なんて要らないけれど、一応理由を聞いておく。社交辞令、話題のネタ振りというやつだ。 「うん。今日はね、かがみに聞きたいことがあって来たんだよ。」 「聞きたいこと?宿題だったら自分でやらないと駄目だからね。」 「違うよ!確かに宿題も見せてもらうつもりだったけどさ……」 こなたはモジモジとしながら、私から視線を逸らした。もしかして何か聞きにくいことなのだろうか? 「あのさあ、こなた。私達の間柄で、今更恥ずかしがることなんか何もないと思うんだけど?」 本心だった。確かにこなたにだって隠したい事はあるだろう。でも、それでもやっぱり可能な限り私には話して欲しかった。相談して欲しかった。 「でも……笑ったりしないでね?」 「しない。」 こなたがここまで言うとは予想外だ。これは気を引き締めないと。 「……それじゃあ言うよ。あのね、かがみ?」 「うん。」 あたり一面に緊張が高まった。 「甘いって……どんな感じ?」 緊張があっという間に解けていった。代わりにさむーい空気が流れ込む。 「こなた。」 「なに?」 「そこにチョコレートがあるから、それを食べてみて。」 私はテーブルの上のチョコレートを指差した。こなたは言われるがままにそれを手に取ると、そのまま口の中に放り込んだ。 「どんな感じ?」 「……甘くておいしい。」 「それが甘いよ。分かった?」 飛びきりの笑顔で答えてやった。 「はい、これでこの問題は解決ね。」 まったく、まさかこなたが味覚オンチだったとは思いもよらなかったわ。 私は軽く驚きつつ、紅茶を啜った。紅茶はすっかり冷め切っていた。 「なるほどね~…って違うよ!そういう『甘い』じゃないよ!」 「じゃあ、どういう『甘い』なのよ?!」 「私が言ってるのは、『甘い生活』とか『甘い時間』とかについてくる『甘い』だよ!味なんて関係ないよ!」 こなたの言葉を反芻する。 「……ああ、なるほどね~!私はてっきりこなたが味覚オンチになったのかと思ったわ。」 「ひどっ!私が味覚オンチになんてなってるはずないじゃん!かがみと違ってちゃんと家事とかもするし、料理の時は味見だってするもん!」 また一つ、こなたはチョコレートを口に運んだ。結構気に入ったのかな?そのチョコレート。 「ごめん。私が悪かったって。で、なんで急にそんなこと疑問に思ったわけ?」 「うん、この前ネットでギャルゲーのレビューを見てたんだけど。」 また一つ、また一つとチョコレートを食べるこなた。気が付くと、一ダースの内半分を食べきっていた。私まだ食べてないのに…… 「それはまた、女子高生にあるまじき事をしてるな。ところでこなた?」 「なに?」 「あんたがヒョイヒョイ食べてるチョコレート。1個200円はするんだから、もっと味わって食べなさい。」 もう一つとチョコレートに手を伸ばそうとしていた手が止まった。 「うわっ!これ1個200円もするの!どうしてかがみがそんなチョコレート食べてるのさ!こういうのはみゆきさんが食べるものだよ!」 「さりげなくひどいこというな、あんたも。もらい物よ、もらい物。」 私はそう言うと、ようやく今回一個めのチョコレートを口に含んだ。カカオのほのかな苦味と濃厚な甘みが口全体に広がった。 …が、どうしてもその味に200円分の価値を見出せないのは、庶民ゆえの事だろうか? 「1個200円。私が食べた分だけで1200円か。同人誌が2冊買えるなぁ。」 「同人誌換算かよ。それで、話の続きは?」 こなたは釈然としない顔をしつつも、再び話し始めた。 「それでね、そこでの内容にやたら『甘い』って言葉が出てくるんだよ。『この二人の甘い生活が…』とか『甘い、とにかく甘いです』みたいに。」 「とんでもないレビューもあったものね。後のやつなんてレビューになってないじゃない。」 「いやいや、ギャルゲーのレビューなんだからそれはそれでいいんだけど。で、思ったんだよ。『甘い』ってどんな感じのことなんだろうって。」 「ふ~ん。それで私に聞いてみようと思ったわけ?」 「うん。自分でも考えてみたんだけど、どうもピンとこないんだよね。」 「ふむ……」 この場合、『甘い』という言葉に対して『行為』を説明するのは簡単だ。例えば、『恋人同士が手を繋いで歩くのが甘い』などということを言ってやればいい。 ただ、今回こなたが望んでいる答えは『行為』ではなく『感覚』なのだから、先の説明では当てはまらない。 となると、結構難しい問題ね、これは…… 「ごめん、私もよく分からないわ。」 こなたの言うとおり、確かにピンとこなかった。 「だよね~~。……というわけで、今日のお題は『甘い』だよ。」 「は?ごめん、全然ついていけてないんだけど?」 「だ・か・ら!今日は『甘い』って言われている事を全部やってみようってことだよ!」 「はぁ~~?!」 つい、声が大きくなった。いや、でも無理もないわよね。なにしろ『甘い』ことを全部やろうなんで嬉しい……いやいや、馬鹿なことを言っているのだから、声だって大きくなってしまう。ええ、なってしまいますとも! 「女は度胸!何事も実践あるのみなのだよ、かがみん!!」 「いや、でも……ねえ?」 「かがみは……私とそういうことするの、嫌かな?」 「うっ!」 「かがみが嫌なら諦めるけど。」 こなたにそう言われると滅法弱い。おまけに弱気な声&上目使いのコンボつきだ。これでこなたのお願いを聞かないやつなんてこの世界に存在するのだろうか。少なくとも私だったら二つ返事で聞いちゃうわ。 だから…… 「べ、別に嫌じゃないわよ。いいわ、付き合うわよ。」 という風に二つ返事で答えてしまう私は全然おかしくはないのだ。 というわけで、こいつがそれで満足するというなら付き合ってあげるとしよう。 それにこいつが考えてる『甘い』がどんなのか、ちょっと気になるしね。 「ふっふっふっ、かがみんそう言うと思ってたよ。」 猫口でニヤニヤと笑いながら、こなたは言った。 くっ!やはり見透かされていたか。悔しいが、事実なので我慢する事にする。 「とは言うものの、一体何すればいいのよ?『甘い』って言ったって、色々あるでしょ?」 「う~ん、そうだね。それじゃあ、まずは……」 こなたは軽く息を吸うと、私をジッと見つめた。 「抱きしめて。」 「は?!」 こなたさん、いまなんと仰りましたか?! 「抱きしめてって言ってるの!ほら、早くしてよかがみ!」 こなたが顔を真っ赤にしながら、さっきより大きな声で言った。そしてそんなこなたの姿はとても可愛らしかった。 「……分かったわよ。」 これ以上大きな声を出されて(いや、さっき私も出してたけど)、つかさに起きられでもしたら面倒だ。 私はこなたの隣に座りなおした。そしてそのまま思いっきり抱き寄せる。 こなたの温もりが体全体に広がった。 「これでいい?」 「だめ。もっとギュッってして。」 「……はいはい。」 言われるがままに、私はこなたを抱きしめる力を強くした。こなたもそれに合わせて腕を私の腰にまわしてくる。互いが互いを抱き寄せる形になった。 「頭撫でて。」 こなたの頭をゆっくりと撫でる。一撫でするごとに、香る甘い匂いが私の鼻腔をくすぐった。 今更ながらに気が付いたのだけど、言われたままにするのって結構気恥ずかしいわ。 「どう?どんな感じ?」 「すごく嬉しい……」 こなたが私の胸に顔をうずめた。 「そう。私もよ。」 「でも…」 私の胸に埋もれていたこなたが私を見上げた。 「この感じが『甘い』なのかな?『甘い』っていうのは嬉しいって事なの?」 「……」 言葉に詰まった。大体、私自身もよく分かっていないのだ。そうだ、などと言える筈が無い。 「そんなの知らないわよ。」 「そっか。それじゃあ次~」 どうやら次もあるらしい。まあ甘い事を全部してみるって言ってるんだから、当然かもしれないけど 「次って、なにするのよ?」 「キス…して?」 そう言ってこなたは恥ずかしげに私から視線を逸らした。 「なっ…キス?!」 「いいじゃん、別に!初めてってわけでもないでしょ!」 「それは確かにそうだけど……」 「ほら、早く!」 こなたは目を閉じると、ゆっくりと唇を突き出した。 さて、そうなると困るのは私だ。 最初に誤解の無いように言っておくが、私は別にこなたとキスをするのが嫌いなわけじゃない。むしろしたい。 だけれども、こんな状況で言われるがままにするのは、なんと言うか気が乗らないというか、ムードにかけるというか…… とは言うものの、この状況。こなたは目を閉じながら待ってるし、なにより腕を回されてるから逃げられない。 しなきゃいけないんだろうなぁ……キス。 私は軽くうなだれると、ゆっくりと唇を近づけた。 こなたの唇が私の唇と触れあう。こなたの息が顔にかかる。 互いの唇を触れ合わせるだけのキス。もう何回もこんなことしてるのに、なんでこんなにもドキドキするのだろう? こんなにも幸せな気分になれるのだろう? あんなに躊躇していたキスだけど、やっぱりそんな気持ちになってしまう。 このままずっと続いてくれればいい。キスをしてる間、ずっとそう思った。 ……いつまでそうしていたのだろうか? どちらともなく、私達は顔をはなしていった。こなたの唇が離れたので、ぺろりと自分の唇をなめてみる。 二人ともチョコレートを食べていたからだろう。チョコレートのように甘かった。 そしてキスをする前とは逆にゆっくり目を開けると、こなたの顔が大きく写っていた。 「どうだった?」 「さっきよりもっと嬉しくて、すごく幸せだった…」 こなたが心底うれしそうに笑いながら言った。 「そっか。」 「かがみは?」 「……聞くな。」 私もこなたと同じように、笑顔で答えた。 「で、分かったの?」 「なにが?」 私の質問にこなたがキョトンとした顔で答えた。 「お前なぁ!あんたが『甘い』っていう感覚が知りたいって言ったから、こういうことしたんだろ?!」 「ああ、そうだったね。」 「そうだったね、っておい!」 「うーんとね、やっぱよく分からないや。今度は幸せなのが甘いってことのかな?」 こなたはジッと私を見つめた。答えを求めているのだろう。だけどお生憎様。私も分からないんだから、答えようが無いわ。 「だから知らないって。自分で勝手に考えなさいよ。」 「ふーんだ。いいもん、自分で考えるもん。というわけでかがみ、この問題を解決する為に、次へ進もうよ!」 「……まだ続くの?」 いや、ホント今日は幸せいっぱいだからもう十分なんだけどな。これ以上はなんだかバチが当たりそうだ。 「当然だよ!なにしろ、今日は『甘い』って言われている事を全部やってみるんだからね!これくらいじゃ終わらないよ!」 やけにハイテンションのこなたに対して、幸せ疲れでローテンションな私がいたりする。 「じゃあ、今度はなにすればいいのよ?」 「うーんとね……」 こなたは考える素振りをしたかと思うと、すぐに何か企んだ表情になった。だけど、その表情にはどこか恥じらいがあるように私には見えた。 恥らうこなた……うん、それはとても素晴らしいわ! 「それじゃあ……」 そんな私を尻目に、こなたはスッと顔を私の耳元に動かした。そして耳元で小さく小さく呟いた。 「………して?」 「はい?!」 なんだかトンデモナイ事を聞いたような気がする。けど、それはきっと私の気のせいだ。うん、そうに違いない。よし、もう一度こなたに聞いてみよう。 「ごめん、こなた。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれない?」 「……お願いだから、そういう事二度も言わせないで。」 ああ、やっぱり… そういう事って……ソウイウコトですか、こなたさん?!! 「なっ!ななななななななななななっ!!!!!!!」 分かってしまった言葉の意味に思わず声が震えた。もちろんそれだけで済むはずがなく、声だけじゃなくて体全体が震えるし、顔もとにかく熱い。 ただひたすらに喉が渇くし、鼓動も段々と早くなっている。 「あっあああんた、自分で何言ってるか分かってんの?!」 「だってそういう事って、『甘い』の代名詞みたいなもんじゃん。じゃあやらないと。」 「いや、だからって……」 なんでそんなことをサラリということが出来るのか。ああ、時々本当にこいつの考えが分からなくなる。 「それに、いつかはするつもりだったんでしょ?それが今日になっただけじゃん。」 だけじゃんで済ませられるわけが無かった。少なくとも、私にはできない。 「私は……覚悟出来てるから。」 こなたはそれだけ言うと、私を抱きしめることもすっかり止めて、体全体でよりかかってきた。 こなたの軽い…だけど確かな重みが、私の胸に圧し掛かかる。 「おっ、おい!」 こなたの両肩を私は両手で支えた。こなたは何も言わずにジッと私を見つめていた。抵抗もしない。なすがままといった感じだ。 きっと、ベットに連れて行こうと言えば、そのまま着いてくるだろうし、押し倒そうとすれば、押し倒れるだろう。 『全部かがみが決めていいから。』……そう言っているように私は感じた。 「こなた……私……」 私はゴクッと唾を飲み込んだ。そして意を決して、ゆっくりとこなたを押し倒す。 床一面に、蒼色が広がった。 「………」 「………」 私は上から、こなたは下から互いに見つめ合った。 鼓動はゆっくりになることはない。体はさっきから震えっぱなし。顔は水蒸気でも出てるんじゃないかってくらい熱い。 それでも、私とこなたは見つめ合った。 「こなた……」 「かがみ……」 そして私は…… 私は…… …… 「ごめん、やっぱ無理……」 ソウイウコトなんて出来ませんでした、まる。 「……やっぱり、私の思ったとおりの展開になったね。」 こなたは『よっ!』と言って立ち上がると、私の前に座りなおした。 「うう、ごめん……」 「まっ、こればっかりはこうなるって分かってたからね、別に構わないよ。かがみ、ヘタレだし。」 こなたが慰めるように私の頭をポンポンと叩いた。 「ヘタレっていうな。」 「あのシーンでそういう事が出来ない者、人それをヘタレという!」 「……」 ぐうの音もでなかった。いや、まったくその通りだ。 せっかくこなたが勇気を出してくれたというのに。 余りの情けなさに思わずため息が出てしまう。 「まっ、私はそんなかがみが好きだから、気にしなくていいよ。」 「もし私がちゃんとそういう事が出来たら、どうするつもりだったのよ?」 せめてもの反撃にこんなことを聞いてみる。 「それはそれ、これはこれだよ。まっ、そんなことは絶対無理だよね、かがみん!」 こなたが猫口でニマニマと笑った。ああ、言い返せない自分が憎い! 「う~ん、けどこのままじゃ、『甘い』の感覚は分からずじまいだね。」 「ああ、そう…」 さっきの一件で、なんだかものすごくどうでもよくなった。もう勝手にすれば? 「それじゃあ、午後の部なんだけど……」 「はぁ?!午後の部なんてあるの?!」 「あるに決まってるじゃん!お昼食べたらデートだよ!!」 デート…デートかぁ…デートなんて久しぶりだな。 私も現金なものだ。デートという言葉で、すっかり先ほどの気持ちが吹き飛んだ。 「お昼食べてからっていうと、こなた一旦帰るの?それとも、二人でどこかに食べに行く?」 「いやいや、もうすでにお義母様からお昼を誘われているのだよ。」 「お義母様って?」 「かがみのお母さんだよ。だからお義母様。」 こなたが胸を張りながら答えた。胸を張るような事か?などと思ったけれど、言わないでおく。 「というわけで下にお昼を食べにいこう、かがみん!もう12時だし!」 こなたは私の手を取ると、そのまま部屋から連れ出した。 ――――― 「というわけで、アキバに来たよ!!」 「またここか……」 こなたがデートなんていうものだから、どこに連れて行ってくれるのかななんてすごく期待してたのに……ものすごく残念な気分だ。 「私が決めるデートの場所なんて、ここ以外にはありえないのだよ!」 「そうですか……」 「むー!そんな顔しないでよ、かがみん。それだったらさ、今度はかがみが私をデートに誘ってよ。それだったら、かがみの好きなところにいけるじゃん。」 どうやらよほど残念そうな顔をしていたらしい。こなたが膨れた顔で言った。 「そうね、そうするわ。それに……場所が場所でもデートには違いないものね。」 「そうだよ。楽しまなきゃ損だって!」 私が笑いながら答えると、こなたも笑いながら答えてくれた。 「それで今日はどうするの?いつも通りゲマスとか?」 「うん!けど、ゲマズは最後かな。その前にゲームを見たり、同人誌を買ったりするのだよ!あとゲーセンにも行こう!」 「はいはい。要するにいつも通りって事ね。それじゃあ、さっさと行きましょう。」 「ちょっとかがみんや!」 こなたの先を歩こうとすると、いきなりこなたに服をつかまれた。 「な、なによ?」 「かがみん、今日のお題を忘れてない?」 「甘いだっけ?」 「そうだよ!それなのに、なんで一人でスタスタと歩いて行っちゃうのさ!」 「…じゃあ、どうすればいいのよ?」 「そんなの手繋いで一緒に歩くに決まってるよ!」 「なっ!」 私は辺りを見渡した。当然ながら、周りは人でいっぱいだった。 「あんたここ部屋の中じゃないのよ?!それに……人だっていっぱいいるじゃない!」 「部屋の中では手は繋がないよ。それに、私は人前でも気にしないし。」 「気にしろよ!」 「ほら早く!さあさあさあ!!」 こなたが手を前に突き出しながら、私を急かす。はあ、まったくもって仕方が無い。 「…分かったわよ。」 仕方が無いので、私は突き出された手に自分の手を重ねる。 「かがみ!!」 「今度は何だ?!」 「そうじゃないでしょ!」 こなたが怒ったような、拗ねたような顔をした。 「……ごめん」 私は軽く謝ると指と指を絡ませた。恋人繋ぎ、きっとこなたはこう手を繋げと言っていたのだろう。 ここまですると、ようやくこなたの機嫌が戻った。表情も元に戻る。 「うん、それじゃあ行こうよ!」 びっくりするような速さでこなたは歩き出した。余りの速さに手を引かれる形になる。 そんな中、ふと私は思ってしまった。こいつ、『甘い』にかこつけて私に甘えたいだけなんじゃないかって。 こなたはすごく甘えるのがヘタだから。それとも私も甘えるのが苦手だから、そう思っちゃうだけかな。 やっぱり『甘い』って感覚が知りたいだけなのかな?どっちなんだろう? 「どうしたの、かがみ?」 気が付いたら横に並んでいたこなたが聞いてきた。 「ううん、なんでもない。」 まっ、どっちでもいいか。 ――――――― 「しかし、あんたがこんな所知ってるなんてね。正直驚いたわ。」 「まあ、ここしか知らないけどね。」 いつも通りかと思っていたら、ちょっとしたサプライズがあった。 そのサプライズがここ。万世橋を渡って少し歩いたところにあるフルーツパーラーだった。 「昔アキバに来るときはお父さんも一緒でね。こうしてよく連れてきてくれたんだ。」 「ふ~ん。」 おじさんとこなたが、今の私達のように席に座っているのを想像する。なんともほほえましい光景だった。 「昔のアキバは今と違ってパソコン街でね。食べ物やさんなんてほとんど無かったから、いっつもここに来てたのさ。」 「思い出の場所って訳ね。ところで、昔ってどれくらい昔?」 「う~ん…まっ、10年前くらいかな。」 「小学生の頃からアキバ通いかよ…」 そんなことを話していると、注文していた料理が運ばれてきた。 二人とも同じもの。ホットケーキにパフェにアップルティー。全部こなたのお勧めだった。 「それじゃあ、食べよっか。」 「そうね。それにしても、ホットケーキなんて久しぶりだわ。」 ホットケーキにメイプルシロップをかける。そしてその後に、バターを塗った。フォークとナイフで一口大に切って食べる。 「あっ…美味しい。」 ホットケーキの素からでは決して味わえないふっくっらとした歯ごたえに、メイプルシロップの甘みがよく合っていた。 「それはよかったね。ところでかがみん?」 「なに?」 「今日のお題、なに?」 嫌な予感がした。 「甘い…だっけ?」 「その通り!というわけで、食べさせてあげるよ。はいかがみ、あーんして?」 「いっいい!自分で食べられるから!」 こなたに食べさせてもらう……そんな恥ずかしい事、出来るわけないじゃない! 「もう、今更恥ずかしがらないでよ。それに、かがみ午前中に付き合うって言ってくれたよね、確か。」 「うっ……」 確かにそう言ってしまった。ああ、なんでそんなことを言ってしまったのか!ちょっと前の自分を心底憎む。 「ほら、かがみ。あーん。」 「……」 私は諦めて口を開いた。こなたはそれを見ると、一口大に切りそろえたホットケーキを私の口に運んだ。 口を閉じる。何も考えずに咀嚼する。なんでだろう?こなたから運ばれたそれは、さっきよりも甘く感じられた。 「どう?美味しい?」 「うん……」 それ以外答えられなかった。 「それじゃあ、私にお返しして?」 「なっ!私もやるのかよ!」 「……かがみ今日は付き合ってくれるんでしょ?」 こなたはそう言うと大きく口を開けた。私は軽くため息を吐くと、同じく一口大に切ったホットケーキをゆっくりとこなたの口に運んだ。 まるで、雛鳥の餌付けだと思った。 口に入れたホットケーキをモッキュモッキュと食べるこなた。その姿はとても可愛くて、ちょっとだけ気恥ずかしさが吹き飛んだ。 「美味しいね。…ねえ、かがみ?」 「今度はなに?」 「頼んだ料理って、結構量あるよね。」 「そうね。どれもカロリーが高そうだわ。」 ホットケーキにパフェ。考えただけでも体重計が恐ろしい。あっ、午前中にチョコレートも食べてたっけ? 「だから、夕飯はちょっと遅めにしようかと思うんだけど、別にいいよね?」 「別にいいけど…って何であんたの家の夕飯の時間を、私が決めないといけないのよ。」 「あれ、言ってなかったけ?今日ゆーちゃんもお父さんもいないから、かがみに泊まりにきてもらうつもりだったんだけど?」 「はああああ?!そんなの全然聞いてないわよ!」 「じゃあ今言った。ちなみにこれは決定事項だから。キャンセルはできないよ。」 おかしい…今日は絶対おかしい! 私は頭を抱えながら思った。何で今日はこんなにも……こんなにも素晴らしいことが起こるのか?! 「……そっか、泊まりか…ふふっ、二人っきりかぁ……二人っきり……だとすれば、こういうことやああいうことも出来るわけね…」 「おーい、かがみ~ん。帰ってこーい!」 「はっ!」 いけない、軽く妄想の世界にダイブしていたようだ。 「ご、ごめん。ちょっと考え事。」 「考え事は駄々漏れだったけどね。ちなみに、そういうことも出来ないかがみのこういうことやああいうことってなに?」 「何の事かしら?」 笑顔で切り返す。私の名誉と尊厳の為に言っておくが、こういうことやああいうことは決して、やましいことではないので誤解しないように。 「なんか釈然としないけど…まあ、いいや。今度はパフェだよ、かがみ。はい、あーん。」 「あーん。」 今度は言われるがままに口を開ける。せっかくこなたが食べさせてくれたパフェだけど、泊まりの事が気になって気になって……味なんて全然分からなかった。 ――――――― こなたの家についてからも、こなたの甘い行為?は止まることを知らなかった。 夕食のときはまたしても行われた『食べさせて&食べさせてあげる』攻撃を延々と繰り返し、まったりしているときはずっと抱きつかれたままだった。 そして極めつけはお風呂だ。あろう事か『一緒に入ろう、かがみん!』などと言って、いきなりお風呂場に入ってきやがった。 いや、それだけならいい。それだけなら全然構わない。なぜなら、私達は女の子同士だ。 学校で着替えだって一緒にしたこともあるし、お風呂だって海に行ったときに一緒に入った事がある。 だから普通に入ってくれれば、なんてこともない事なのだ。そう、普通に入ってくれれば… それをあいつは『なんでかな?こうしてるとすごくドキドキするね。』なんて体を密着させて、かつ上目遣いにそれでもって心底幸せそうに言うものだからもうっ!! さすがにその時ばかりは、本当にそういう事をしてしまおうかと思ったわよ。 …まあ、そう思っても結局しなかったのは、私がこなたの言うヘタレだからか、それとも意思が固いからか?お願いだから後者であって欲しいのだけど。 さて、そんなこなたの攻撃を受けながら私は考えた。いや、正確にはこなたから質問を受けたときからずっと考えていた。 結局、甘いってなんなんだろうって。私達の今日一日の行動は、果たして甘いのだろうか、と。 そして考えに考え抜いた結論がこれだ。 「甘いなんて感覚は、その行為をしている人たちには分からないんじゃないかしら。」 「どういうこと?」 隣にいるこなたが、デザートのフルーツヨーグルトをお皿に装いながら言った。 お風呂から上がった私達は、リビングでデザートを食べようとしていたところだったのだ。 「う~ん。口で説明するのは難しいんだけど。例えば……」 私は私の部屋にいた時と同じように、こなたの頭を優しく撫でた。 「どんな感じ?」 「かがみに触ってもらえて、凄く嬉しいよ。」 「それじゃあ、これが『甘い』と思う?」 「よく分からない。」 そう言ってこなたは首をかしげた。 「うん、私もよく分からないわ。頭を撫でてあげることが『甘い行為』なのか、その行為をしている人たちには分からないのよ。ちなみに、この場合は私とこなたね。  でもね、嬉しそうとか、幸せそうっていうのはなんとなく分かるじゃない?小説とかだったら文章にも書いてあるしね。  そういう本人達が感じてる嬉しいとか幸せっていうのを客観的に感じる事。  それが『甘い』って言う感覚で、それが分かる行為が総じて『甘い行為』って言われるんじゃないかな。  ほら、キスとか抱きしめるとか、いかにも幸せそうじゃない?」 「なんだかよく分からないことを、さらっと言わないでよ。」 「私説明ヘタかな~。要するに、本人達が幸せだって思ってる行動を見て、自分も幸せだって思ったのなら、それが『甘い行為』でその幸せが『甘い』っていう感覚なのよ。」 他人の不幸は蜜の味っていう言葉がある。正直なところ、どうにもこの言葉が私は好きになれない。やっぱり他人の不幸は不幸として受け取るべきだと思うのだ。 もし他人の幸せを見て同じように幸せを感じられるのだとしたら、きっとそれはいいことなんだと思う。 他人の不幸でしか甘みを感じられないんだとしたら、それこそ不幸だ。 「ちなみに、これは想い合ってる人たちがしてるっていうのが前提条件よ。例えば、こなたの頭を撫でてあげたのが私じゃなくて…  そうね、おじさんだとしたら、ほほえましいとは思うかもしれないけど、甘いとは思わないでしょ。」 「うん、ウザいだけだね。」 「…容赦ないな、あんたも。」 勝手に例に上げさせてもらったおじさんに、ちょっとだけ同情した。ごめんなさいと心の中で謝っておく。 「とまあ、これはあくまで私の意見ってことで。あんたは自分で考えて、自分の意見を持ちなさい。」 「えー!かがみの意見が私の意見でいいよ。」 こなたがめんどくさそうに言った。 「駄目よ。こういう答えのない問題こそ、ちゃんと自分で考えて、自分の答えを導き出さないといけないのよ。大体、こんな問題こなたなら楽勝よ。  なにしろ、もっと難しい問題に答えを出してるんだから。」 「難しい問題ってなに?私そんな問題解いたかな~?」 こなたが顎に手を当てて、考える素振りをした。心なしか頭のアンテナがハテナの形をしているように見える。 「だって、こなたは私を選んでくれたじゃない。ちゃんと悩んで、苦しんで、その上で女の子の私を選んでくれた。  恋愛は自由だって言うけれど、だからこそ難しい問題なんだから。それに比べたらこんなの簡単……って、どうしたの、こなた?」 こなたは私の言葉を聞いた途端、耳まで真っ赤になって下を向いてしまった。 「あ~、もしかして私なにかした?」 「……かがみってさ、時々惜しげもなく恥ずかしい台詞を言うよね。」 私は先ほどの自分の言葉を思い返した。そして思い出し終えたとき、こなたと同じように私も耳まで赤くなった。 「……確かにちょっと恥ずかしいかも。」 「恥ずかしい台詞禁止だよ……」 「ごめん……」 二人だけのリビングが途端に静かになった。 なにか言わなきゃと思うのだけど、なんて言っていいのか思いつかなかった。 「ごめん……」 何が悪いのか分からないけれど、もう一度謝っておく。 すると、こなたが優しく微笑んだ。 「今日のかがみは謝ってばっかだね。」 「ホントだ……っていうか、全部あんたのせいだろ?!あんたがアレしろ、コレしろって言うから?!」 「そうだっけ?」 「そうよ!」 そう言って、私達は笑いあった。ああ、本当にこんな時間がずっと過ごせればいいのに。いや、絶対に過ごしてみせる。 私は心の中で小さく、だけど確かにそう思った。 「デザート、食べようよ。」 こなたがヨーグルトを装ったお皿、それにスプーンを私に差し出した。 「そうね、そうしよっか。」 私はそれを受け取ると、そのまま口に入れた。 ヨーグルトの酸味と、シロップ漬けにされたフルーツのほのかな甘みが口の中に広がった。 美味しかった。部屋で食べたチョコレートよりも、アキバで食べたホットケーキやパフェよりも、私はこっちのほうがいい。 「どう、美味しい?」 こなたがそう聞いてきた。もちろん答えなんて決まってる。 だから私は笑顔で答えてあげた。 「もちろん!甘さ控えめで、とっても美味しいわ!」 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 甘い…ご馳走さまでした。 -- 名無しさん (2010-04-03 01:06:47) - かわいい。最初から最後までもう、とにかくかわいい。 -- 名無しさん (2009-02-27 21:54:31) - かがみんのヘタレ〜!! &br()だけどこなかがはそれでも &br()充分甘いから &br()気長にいきましょ &br()かがみさん。 -- 無垢無垢 (2009-02-20 22:06:12) - シーンを逐一妄想できる私に萌え死をしろと仰るか作者殿は!(爆) &br()良いでしょう覚悟完了ですよ! &br()こう言う正統的バカップルものは楽しくてしょうがないです。 &br()あとかがみはヘタレでOK。だが暴走系(爆) &br() &br() -- こなかがは正義ッ! (2009-02-19 23:50:54) - 見ているだけで血糖値が上がっていく気がするのと、にやけが止まらない。 &br()素晴らしいです! -- 名無しさん (2009-02-19 21:59:08) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(13)
『言葉の意味が知りたくて』 午前11時。 学校の宿題も無事に終えた私は、ちょっと優雅なお茶の時間を楽しもうとしていた。 テーブルの上にはアールグレイの紅茶と、かなり高級なチョコレート。 ティーカップから香るベルモットの匂いに思わず顔を綻ばせる。 「音楽でもかけよう。」 CDの山からゴソゴソと適当なものを見繕っていく。 「これがいいかな。」 選んだ曲はクラシックだった。どうしてこんなものが私の部屋にあるのか皆目検討もつかないのだけど、こんな日には丁度いい。 私はケースからCDを取り出すとプレイヤーにセットした。つかさが隣で寝てるから音量はしぼって音楽を再生させる。 ベートーヴェン作、交響曲第6番「田園」。その優雅な音が部屋一面の広がった。少々音が激しい気がするが、ムード作りには十分だ。 「本…」 読みかけていたラノベに手を伸ばす。 音楽、お茶、お茶菓子、本。すべてが完璧だった。 「微妙に贅沢ね。」 さて、そろそろ紅茶も冷めてしまう頃だ。 私はティーカップを手に取り、その香りと味を楽しもうとした……ちょうどその時である。 そんな優雅な気分をぶち壊すかのように、ドタドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえた。 そしてその音は真っ直ぐに私の部屋の方へと向かっている。騒音の主が誰なのか、そんなことは分かりきっていた。 私は軽くため息を吐くと、ティーカップをテーブルに置き音楽を止めた。そして来るべき幸せに備える。 「かっがみ~~!!」 部屋の前で音が一瞬途切れたかと思うと、蒼髪の女の子が勢いよくドアを開けて入ってきた。 もちろんその女の子は私の恋人、泉こなただ。 「おお、いらっしゃい。」 「あれ、かがみ。もしかしてお茶の時間だったりした?」 こなたはそう言いながらハンガーに自分の上着をかけた。まったく、慣れた手つきである。 まあ、慣れているのも無理は無い。なにしろこなたは、毎週のごとく家に遊びに来ては泊まっていっているのだから。 お父さんやお母さんなんかは『娘がもう一人増えたみたい』などと言っている始末。 お父さん、お母さん。そうやってさっさと慣れてしまってね。近い将来『みたい』がなくなるから。 「ええ、そうよ。これからのんびり優雅なひと時を過ごそうとしていたところよ。」 「かがみんの優雅なひと時ねぇ…」 私の前に腰を下ろしたこなたがテーブルを見渡した。そして机の前のラノベを見つけるとにやりと笑った。 「かがみんの優雅なひと時にはラノベは必須アイテムですか、そうですか。」 「う、うるさいな!別にいいだろ!!」 「まっ、別にいいけどね。それにしてもラノベとはね~~」 「ああ、もういいわよ!」 いつも通りの言い合いを私達は繰り返す。恋人同士になった今でもこれだけは変わる事はない。 そしてこれからもきっと変わる事はないだろう。なにしろ変える気もないのだから、変わるはずも無い。 「ところで、つかさは?下にはいなかったんだけど。」 「つかさなら自分の部屋で熟睡中よ。あれはもう、午後にならないと起きてこないわね。」 いやまったく、つかさの睡眠欲はすさまじい。この前なんか夕飯前起きてきて『おはよう、お姉ちゃん』なんていうものだから、本当に呆れた。 「それで、今日は何しに来たのよ?」 私に会いに来てくれるのに理由なんて要らないけれど、一応理由を聞いておく。社交辞令、話題のネタ振りというやつだ。 「うん。今日はね、かがみに聞きたいことがあって来たんだよ。」 「聞きたいこと?宿題だったら自分でやらないと駄目だからね。」 「違うよ!確かに宿題も見せてもらうつもりだったけどさ……」 こなたはモジモジとしながら、私から視線を逸らした。もしかして何か聞きにくいことなのだろうか? 「あのさあ、こなた。私達の間柄で、今更恥ずかしがることなんか何もないと思うんだけど?」 本心だった。確かにこなたにだって隠したい事はあるだろう。でも、それでもやっぱり可能な限り私には話して欲しかった。相談して欲しかった。 「でも……笑ったりしないでね?」 「しない。」 こなたがここまで言うとは予想外だ。これは気を引き締めないと。 「……それじゃあ言うよ。あのね、かがみ?」 「うん。」 あたり一面に緊張が高まった。 「甘いって……どんな感じ?」 緊張があっという間に解けていった。代わりにさむーい空気が流れ込む。 「こなた。」 「なに?」 「そこにチョコレートがあるから、それを食べてみて。」 私はテーブルの上のチョコレートを指差した。こなたは言われるがままにそれを手に取ると、そのまま口の中に放り込んだ。 「どんな感じ?」 「……甘くておいしい。」 「それが甘いよ。分かった?」 飛びきりの笑顔で答えてやった。 「はい、これでこの問題は解決ね。」 まったく、まさかこなたが味覚オンチだったとは思いもよらなかったわ。 私は軽く驚きつつ、紅茶を啜った。紅茶はすっかり冷め切っていた。 「なるほどね~…って違うよ!そういう『甘い』じゃないよ!」 「じゃあ、どういう『甘い』なのよ?!」 「私が言ってるのは、『甘い生活』とか『甘い時間』とかについてくる『甘い』だよ!味なんて関係ないよ!」 こなたの言葉を反芻する。 「……ああ、なるほどね~!私はてっきりこなたが味覚オンチになったのかと思ったわ。」 「ひどっ!私が味覚オンチになんてなってるはずないじゃん!かがみと違ってちゃんと家事とかもするし、料理の時は味見だってするもん!」 また一つ、こなたはチョコレートを口に運んだ。結構気に入ったのかな?そのチョコレート。 「ごめん。私が悪かったって。で、なんで急にそんなこと疑問に思ったわけ?」 「うん、この前ネットでギャルゲーのレビューを見てたんだけど。」 また一つ、また一つとチョコレートを食べるこなた。気が付くと、一ダースの内半分を食べきっていた。私まだ食べてないのに…… 「それはまた、女子高生にあるまじき事をしてるな。ところでこなた?」 「なに?」 「あんたがヒョイヒョイ食べてるチョコレート。1個200円はするんだから、もっと味わって食べなさい。」 もう一つとチョコレートに手を伸ばそうとしていた手が止まった。 「うわっ!これ1個200円もするの!どうしてかがみがそんなチョコレート食べてるのさ!こういうのはみゆきさんが食べるものだよ!」 「さりげなくひどいこというな、あんたも。もらい物よ、もらい物。」 私はそう言うと、ようやく今回一個めのチョコレートを口に含んだ。カカオのほのかな苦味と濃厚な甘みが口全体に広がった。 …が、どうしてもその味に200円分の価値を見出せないのは、庶民ゆえの事だろうか? 「1個200円。私が食べた分だけで1200円か。同人誌が2冊買えるなぁ。」 「同人誌換算かよ。それで、話の続きは?」 こなたは釈然としない顔をしつつも、再び話し始めた。 「それでね、そこでの内容にやたら『甘い』って言葉が出てくるんだよ。『この二人の甘い生活が…』とか『甘い、とにかく甘いです』みたいに。」 「とんでもないレビューもあったものね。後のやつなんてレビューになってないじゃない。」 「いやいや、ギャルゲーのレビューなんだからそれはそれでいいんだけど。で、思ったんだよ。『甘い』ってどんな感じのことなんだろうって。」 「ふ~ん。それで私に聞いてみようと思ったわけ?」 「うん。自分でも考えてみたんだけど、どうもピンとこないんだよね。」 「ふむ……」 この場合、『甘い』という言葉に対して『行為』を説明するのは簡単だ。例えば、『恋人同士が手を繋いで歩くのが甘い』などということを言ってやればいい。 ただ、今回こなたが望んでいる答えは『行為』ではなく『感覚』なのだから、先の説明では当てはまらない。 となると、結構難しい問題ね、これは…… 「ごめん、私もよく分からないわ。」 こなたの言うとおり、確かにピンとこなかった。 「だよね~~。……というわけで、今日のお題は『甘い』だよ。」 「は?ごめん、全然ついていけてないんだけど?」 「だ・か・ら!今日は『甘い』って言われている事を全部やってみようってことだよ!」 「はぁ~~?!」 つい、声が大きくなった。いや、でも無理もないわよね。なにしろ『甘い』ことを全部やろうなんで嬉しい……いやいや、馬鹿なことを言っているのだから、声だって大きくなってしまう。ええ、なってしまいますとも! 「女は度胸!何事も実践あるのみなのだよ、かがみん!!」 「いや、でも……ねえ?」 「かがみは……私とそういうことするの、嫌かな?」 「うっ!」 「かがみが嫌なら諦めるけど。」 こなたにそう言われると滅法弱い。おまけに弱気な声&上目使いのコンボつきだ。これでこなたのお願いを聞かないやつなんてこの世界に存在するのだろうか。少なくとも私だったら二つ返事で聞いちゃうわ。 だから…… 「べ、別に嫌じゃないわよ。いいわ、付き合うわよ。」 という風に二つ返事で答えてしまう私は全然おかしくはないのだ。 というわけで、こいつがそれで満足するというなら付き合ってあげるとしよう。 それにこいつが考えてる『甘い』がどんなのか、ちょっと気になるしね。 「ふっふっふっ、かがみんそう言うと思ってたよ。」 猫口でニヤニヤと笑いながら、こなたは言った。 くっ!やはり見透かされていたか。悔しいが、事実なので我慢する事にする。 「とは言うものの、一体何すればいいのよ?『甘い』って言ったって、色々あるでしょ?」 「う~ん、そうだね。それじゃあ、まずは……」 こなたは軽く息を吸うと、私をジッと見つめた。 「抱きしめて。」 「は?!」 こなたさん、いまなんと仰りましたか?! 「抱きしめてって言ってるの!ほら、早くしてよかがみ!」 こなたが顔を真っ赤にしながら、さっきより大きな声で言った。そしてそんなこなたの姿はとても可愛らしかった。 「……分かったわよ。」 これ以上大きな声を出されて(いや、さっき私も出してたけど)、つかさに起きられでもしたら面倒だ。 私はこなたの隣に座りなおした。そしてそのまま思いっきり抱き寄せる。 こなたの温もりが体全体に広がった。 「これでいい?」 「だめ。もっとギュッってして。」 「……はいはい。」 言われるがままに、私はこなたを抱きしめる力を強くした。こなたもそれに合わせて腕を私の腰にまわしてくる。互いが互いを抱き寄せる形になった。 「頭撫でて。」 こなたの頭をゆっくりと撫でる。一撫でするごとに、香る甘い匂いが私の鼻腔をくすぐった。 今更ながらに気が付いたのだけど、言われたままにするのって結構気恥ずかしいわ。 「どう?どんな感じ?」 「すごく嬉しい……」 こなたが私の胸に顔をうずめた。 「そう。私もよ。」 「でも…」 私の胸に埋もれていたこなたが私を見上げた。 「この感じが『甘い』なのかな?『甘い』っていうのは嬉しいって事なの?」 「……」 言葉に詰まった。大体、私自身もよく分かっていないのだ。そうだ、などと言える筈が無い。 「そんなの知らないわよ。」 「そっか。それじゃあ次~」 どうやら次もあるらしい。まあ甘い事を全部してみるって言ってるんだから、当然かもしれないけど 「次って、なにするのよ?」 「キス…して?」 そう言ってこなたは恥ずかしげに私から視線を逸らした。 「なっ…キス?!」 「いいじゃん、別に!初めてってわけでもないでしょ!」 「それは確かにそうだけど……」 「ほら、早く!」 こなたは目を閉じると、ゆっくりと唇を突き出した。 さて、そうなると困るのは私だ。 最初に誤解の無いように言っておくが、私は別にこなたとキスをするのが嫌いなわけじゃない。むしろしたい。 だけれども、こんな状況で言われるがままにするのは、なんと言うか気が乗らないというか、ムードにかけるというか…… とは言うものの、この状況。こなたは目を閉じながら待ってるし、なにより腕を回されてるから逃げられない。 しなきゃいけないんだろうなぁ……キス。 私は軽くうなだれると、ゆっくりと唇を近づけた。 こなたの唇が私の唇と触れあう。こなたの息が顔にかかる。 互いの唇を触れ合わせるだけのキス。もう何回もこんなことしてるのに、なんでこんなにもドキドキするのだろう? こんなにも幸せな気分になれるのだろう? あんなに躊躇していたキスだけど、やっぱりそんな気持ちになってしまう。 このままずっと続いてくれればいい。キスをしてる間、ずっとそう思った。 ……いつまでそうしていたのだろうか? どちらともなく、私達は顔をはなしていった。こなたの唇が離れたので、ぺろりと自分の唇をなめてみる。 二人ともチョコレートを食べていたからだろう。チョコレートのように甘かった。 そしてキスをする前とは逆にゆっくり目を開けると、こなたの顔が大きく写っていた。 「どうだった?」 「さっきよりもっと嬉しくて、すごく幸せだった…」 こなたが心底うれしそうに笑いながら言った。 「そっか。」 「かがみは?」 「……聞くな。」 私もこなたと同じように、笑顔で答えた。 「で、分かったの?」 「なにが?」 私の質問にこなたがキョトンとした顔で答えた。 「お前なぁ!あんたが『甘い』っていう感覚が知りたいって言ったから、こういうことしたんだろ?!」 「ああ、そうだったね。」 「そうだったね、っておい!」 「うーんとね、やっぱよく分からないや。今度は幸せなのが甘いってことのかな?」 こなたはジッと私を見つめた。答えを求めているのだろう。だけどお生憎様。私も分からないんだから、答えようが無いわ。 「だから知らないって。自分で勝手に考えなさいよ。」 「ふーんだ。いいもん、自分で考えるもん。というわけでかがみ、この問題を解決する為に、次へ進もうよ!」 「……まだ続くの?」 いや、ホント今日は幸せいっぱいだからもう十分なんだけどな。これ以上はなんだかバチが当たりそうだ。 「当然だよ!なにしろ、今日は『甘い』って言われている事を全部やってみるんだからね!これくらいじゃ終わらないよ!」 やけにハイテンションのこなたに対して、幸せ疲れでローテンションな私がいたりする。 「じゃあ、今度はなにすればいいのよ?」 「うーんとね……」 こなたは考える素振りをしたかと思うと、すぐに何か企んだ表情になった。だけど、その表情にはどこか恥じらいがあるように私には見えた。 恥らうこなた……うん、それはとても素晴らしいわ! 「それじゃあ……」 そんな私を尻目に、こなたはスッと顔を私の耳元に動かした。そして耳元で小さく小さく呟いた。 「………して?」 「はい?!」 なんだかトンデモナイ事を聞いたような気がする。けど、それはきっと私の気のせいだ。うん、そうに違いない。よし、もう一度こなたに聞いてみよう。 「ごめん、こなた。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれない?」 「……お願いだから、そういう事二度も言わせないで。」 ああ、やっぱり… そういう事って……ソウイウコトですか、こなたさん?!! 「なっ!ななななななななななななっ!!!!!!!」 分かってしまった言葉の意味に思わず声が震えた。もちろんそれだけで済むはずがなく、声だけじゃなくて体全体が震えるし、顔もとにかく熱い。 ただひたすらに喉が渇くし、鼓動も段々と早くなっている。 「あっあああんた、自分で何言ってるか分かってんの?!」 「だってそういう事って、『甘い』の代名詞みたいなもんじゃん。じゃあやらないと。」 「いや、だからって……」 なんでそんなことをサラリということが出来るのか。ああ、時々本当にこいつの考えが分からなくなる。 「それに、いつかはするつもりだったんでしょ?それが今日になっただけじゃん。」 だけじゃんで済ませられるわけが無かった。少なくとも、私にはできない。 「私は……覚悟出来てるから。」 こなたはそれだけ言うと、私を抱きしめることもすっかり止めて、体全体でよりかかってきた。 こなたの軽い…だけど確かな重みが、私の胸に圧し掛かかる。 「おっ、おい!」 こなたの両肩を私は両手で支えた。こなたは何も言わずにジッと私を見つめていた。抵抗もしない。なすがままといった感じだ。 きっと、ベットに連れて行こうと言えば、そのまま着いてくるだろうし、押し倒そうとすれば、押し倒れるだろう。 『全部かがみが決めていいから。』……そう言っているように私は感じた。 「こなた……私……」 私はゴクッと唾を飲み込んだ。そして意を決して、ゆっくりとこなたを押し倒す。 床一面に、蒼色が広がった。 「………」 「………」 私は上から、こなたは下から互いに見つめ合った。 鼓動はゆっくりになることはない。体はさっきから震えっぱなし。顔は水蒸気でも出てるんじゃないかってくらい熱い。 それでも、私とこなたは見つめ合った。 「こなた……」 「かがみ……」 そして私は…… 私は…… …… 「ごめん、やっぱ無理……」 ソウイウコトなんて出来ませんでした、まる。 「……やっぱり、私の思ったとおりの展開になったね。」 こなたは『よっ!』と言って立ち上がると、私の前に座りなおした。 「うう、ごめん……」 「まっ、こればっかりはこうなるって分かってたからね、別に構わないよ。かがみ、ヘタレだし。」 こなたが慰めるように私の頭をポンポンと叩いた。 「ヘタレっていうな。」 「あのシーンでそういう事が出来ない者、人それをヘタレという!」 「……」 ぐうの音もでなかった。いや、まったくその通りだ。 せっかくこなたが勇気を出してくれたというのに。 余りの情けなさに思わずため息が出てしまう。 「まっ、私はそんなかがみが好きだから、気にしなくていいよ。」 「もし私がちゃんとそういう事が出来たら、どうするつもりだったのよ?」 せめてもの反撃にこんなことを聞いてみる。 「それはそれ、これはこれだよ。まっ、そんなことは絶対無理だよね、かがみん!」 こなたが猫口でニマニマと笑った。ああ、言い返せない自分が憎い! 「う~ん、けどこのままじゃ、『甘い』の感覚は分からずじまいだね。」 「ああ、そう…」 さっきの一件で、なんだかものすごくどうでもよくなった。もう勝手にすれば? 「それじゃあ、午後の部なんだけど……」 「はぁ?!午後の部なんてあるの?!」 「あるに決まってるじゃん!お昼食べたらデートだよ!!」 デート…デートかぁ…デートなんて久しぶりだな。 私も現金なものだ。デートという言葉で、すっかり先ほどの気持ちが吹き飛んだ。 「お昼食べてからっていうと、こなた一旦帰るの?それとも、二人でどこかに食べに行く?」 「いやいや、もうすでにお義母様からお昼を誘われているのだよ。」 「お義母様って?」 「かがみのお母さんだよ。だからお義母様。」 こなたが胸を張りながら答えた。胸を張るような事か?などと思ったけれど、言わないでおく。 「というわけで下にお昼を食べにいこう、かがみん!もう12時だし!」 こなたは私の手を取ると、そのまま部屋から連れ出した。 ――――― 「というわけで、アキバに来たよ!!」 「またここか……」 こなたがデートなんていうものだから、どこに連れて行ってくれるのかななんてすごく期待してたのに……ものすごく残念な気分だ。 「私が決めるデートの場所なんて、ここ以外にはありえないのだよ!」 「そうですか……」 「むー!そんな顔しないでよ、かがみん。それだったらさ、今度はかがみが私をデートに誘ってよ。それだったら、かがみの好きなところにいけるじゃん。」 どうやらよほど残念そうな顔をしていたらしい。こなたが膨れた顔で言った。 「そうね、そうするわ。それに……場所が場所でもデートには違いないものね。」 「そうだよ。楽しまなきゃ損だって!」 私が笑いながら答えると、こなたも笑いながら答えてくれた。 「それで今日はどうするの?いつも通りゲマスとか?」 「うん!けど、ゲマズは最後かな。その前にゲームを見たり、同人誌を買ったりするのだよ!あとゲーセンにも行こう!」 「はいはい。要するにいつも通りって事ね。それじゃあ、さっさと行きましょう。」 「ちょっとかがみんや!」 こなたの先を歩こうとすると、いきなりこなたに服をつかまれた。 「な、なによ?」 「かがみん、今日のお題を忘れてない?」 「甘いだっけ?」 「そうだよ!それなのに、なんで一人でスタスタと歩いて行っちゃうのさ!」 「…じゃあ、どうすればいいのよ?」 「そんなの手繋いで一緒に歩くに決まってるよ!」 「なっ!」 私は辺りを見渡した。当然ながら、周りは人でいっぱいだった。 「あんたここ部屋の中じゃないのよ?!それに……人だっていっぱいいるじゃない!」 「部屋の中では手は繋がないよ。それに、私は人前でも気にしないし。」 「気にしろよ!」 「ほら早く!さあさあさあ!!」 こなたが手を前に突き出しながら、私を急かす。はあ、まったくもって仕方が無い。 「…分かったわよ。」 仕方が無いので、私は突き出された手に自分の手を重ねる。 「かがみ!!」 「今度は何だ?!」 「そうじゃないでしょ!」 こなたが怒ったような、拗ねたような顔をした。 「……ごめん」 私は軽く謝ると指と指を絡ませた。恋人繋ぎ、きっとこなたはこう手を繋げと言っていたのだろう。 ここまですると、ようやくこなたの機嫌が戻った。表情も元に戻る。 「うん、それじゃあ行こうよ!」 びっくりするような速さでこなたは歩き出した。余りの速さに手を引かれる形になる。 そんな中、ふと私は思ってしまった。こいつ、『甘い』にかこつけて私に甘えたいだけなんじゃないかって。 こなたはすごく甘えるのがヘタだから。それとも私も甘えるのが苦手だから、そう思っちゃうだけかな。 やっぱり『甘い』って感覚が知りたいだけなのかな?どっちなんだろう? 「どうしたの、かがみ?」 気が付いたら横に並んでいたこなたが聞いてきた。 「ううん、なんでもない。」 まっ、どっちでもいいか。 ――――――― 「しかし、あんたがこんな所知ってるなんてね。正直驚いたわ。」 「まあ、ここしか知らないけどね。」 いつも通りかと思っていたら、ちょっとしたサプライズがあった。 そのサプライズがここ。万世橋を渡って少し歩いたところにあるフルーツパーラーだった。 「昔アキバに来るときはお父さんも一緒でね。こうしてよく連れてきてくれたんだ。」 「ふ~ん。」 おじさんとこなたが、今の私達のように席に座っているのを想像する。なんともほほえましい光景だった。 「昔のアキバは今と違ってパソコン街でね。食べ物やさんなんてほとんど無かったから、いっつもここに来てたのさ。」 「思い出の場所って訳ね。ところで、昔ってどれくらい昔?」 「う~ん…まっ、10年前くらいかな。」 「小学生の頃からアキバ通いかよ…」 そんなことを話していると、注文していた料理が運ばれてきた。 二人とも同じもの。ホットケーキにパフェにアップルティー。全部こなたのお勧めだった。 「それじゃあ、食べよっか。」 「そうね。それにしても、ホットケーキなんて久しぶりだわ。」 ホットケーキにメイプルシロップをかける。そしてその後に、バターを塗った。フォークとナイフで一口大に切って食べる。 「あっ…美味しい。」 ホットケーキの素からでは決して味わえないふっくっらとした歯ごたえに、メイプルシロップの甘みがよく合っていた。 「それはよかったね。ところでかがみん?」 「なに?」 「今日のお題、なに?」 嫌な予感がした。 「甘い…だっけ?」 「その通り!というわけで、食べさせてあげるよ。はいかがみ、あーんして?」 「いっいい!自分で食べられるから!」 こなたに食べさせてもらう……そんな恥ずかしい事、出来るわけないじゃない! 「もう、今更恥ずかしがらないでよ。それに、かがみ午前中に付き合うって言ってくれたよね、確か。」 「うっ……」 確かにそう言ってしまった。ああ、なんでそんなことを言ってしまったのか!ちょっと前の自分を心底憎む。 「ほら、かがみ。あーん。」 「……」 私は諦めて口を開いた。こなたはそれを見ると、一口大に切りそろえたホットケーキを私の口に運んだ。 口を閉じる。何も考えずに咀嚼する。なんでだろう?こなたから運ばれたそれは、さっきよりも甘く感じられた。 「どう?美味しい?」 「うん……」 それ以外答えられなかった。 「それじゃあ、私にお返しして?」 「なっ!私もやるのかよ!」 「……かがみ今日は付き合ってくれるんでしょ?」 こなたはそう言うと大きく口を開けた。私は軽くため息を吐くと、同じく一口大に切ったホットケーキをゆっくりとこなたの口に運んだ。 まるで、雛鳥の餌付けだと思った。 口に入れたホットケーキをモッキュモッキュと食べるこなた。その姿はとても可愛くて、ちょっとだけ気恥ずかしさが吹き飛んだ。 「美味しいね。…ねえ、かがみ?」 「今度はなに?」 「頼んだ料理って、結構量あるよね。」 「そうね。どれもカロリーが高そうだわ。」 ホットケーキにパフェ。考えただけでも体重計が恐ろしい。あっ、午前中にチョコレートも食べてたっけ? 「だから、夕飯はちょっと遅めにしようかと思うんだけど、別にいいよね?」 「別にいいけど…って何であんたの家の夕飯の時間を、私が決めないといけないのよ。」 「あれ、言ってなかったけ?今日ゆーちゃんもお父さんもいないから、かがみに泊まりにきてもらうつもりだったんだけど?」 「はああああ?!そんなの全然聞いてないわよ!」 「じゃあ今言った。ちなみにこれは決定事項だから。キャンセルはできないよ。」 おかしい…今日は絶対おかしい! 私は頭を抱えながら思った。何で今日はこんなにも……こんなにも素晴らしいことが起こるのか?! 「……そっか、泊まりか…ふふっ、二人っきりかぁ……二人っきり……だとすれば、こういうことやああいうことも出来るわけね…」 「おーい、かがみ~ん。帰ってこーい!」 「はっ!」 いけない、軽く妄想の世界にダイブしていたようだ。 「ご、ごめん。ちょっと考え事。」 「考え事は駄々漏れだったけどね。ちなみに、そういうことも出来ないかがみのこういうことやああいうことってなに?」 「何の事かしら?」 笑顔で切り返す。私の名誉と尊厳の為に言っておくが、こういうことやああいうことは決して、やましいことではないので誤解しないように。 「なんか釈然としないけど…まあ、いいや。今度はパフェだよ、かがみ。はい、あーん。」 「あーん。」 今度は言われるがままに口を開ける。せっかくこなたが食べさせてくれたパフェだけど、泊まりの事が気になって気になって……味なんて全然分からなかった。 ――――――― こなたの家についてからも、こなたの甘い行為?は止まることを知らなかった。 夕食のときはまたしても行われた『食べさせて&食べさせてあげる』攻撃を延々と繰り返し、まったりしているときはずっと抱きつかれたままだった。 そして極めつけはお風呂だ。あろう事か『一緒に入ろう、かがみん!』などと言って、いきなりお風呂場に入ってきやがった。 いや、それだけならいい。それだけなら全然構わない。なぜなら、私達は女の子同士だ。 学校で着替えだって一緒にしたこともあるし、お風呂だって海に行ったときに一緒に入った事がある。 だから普通に入ってくれれば、なんてこともない事なのだ。そう、普通に入ってくれれば… それをあいつは『なんでかな?こうしてるとすごくドキドキするね。』なんて体を密着させて、かつ上目遣いにそれでもって心底幸せそうに言うものだからもうっ!! さすがにその時ばかりは、本当にそういう事をしてしまおうかと思ったわよ。 …まあ、そう思っても結局しなかったのは、私がこなたの言うヘタレだからか、それとも意思が固いからか?お願いだから後者であって欲しいのだけど。 さて、そんなこなたの攻撃を受けながら私は考えた。いや、正確にはこなたから質問を受けたときからずっと考えていた。 結局、甘いってなんなんだろうって。私達の今日一日の行動は、果たして甘いのだろうか、と。 そして考えに考え抜いた結論がこれだ。 「甘いなんて感覚は、その行為をしている人たちには分からないんじゃないかしら。」 「どういうこと?」 隣にいるこなたが、デザートのフルーツヨーグルトをお皿に装いながら言った。 お風呂から上がった私達は、リビングでデザートを食べようとしていたところだったのだ。 「う~ん。口で説明するのは難しいんだけど。例えば……」 私は私の部屋にいた時と同じように、こなたの頭を優しく撫でた。 「どんな感じ?」 「かがみに触ってもらえて、凄く嬉しいよ。」 「それじゃあ、これが『甘い』と思う?」 「よく分からない。」 そう言ってこなたは首をかしげた。 「うん、私もよく分からないわ。頭を撫でてあげることが『甘い行為』なのか、その行為をしている人たちには分からないのよ。ちなみに、この場合は私とこなたね。  でもね、嬉しそうとか、幸せそうっていうのはなんとなく分かるじゃない?小説とかだったら文章にも書いてあるしね。  そういう本人達が感じてる嬉しいとか幸せっていうのを客観的に感じる事。  それが『甘い』って言う感覚で、それが分かる行為が総じて『甘い行為』って言われるんじゃないかな。  ほら、キスとか抱きしめるとか、いかにも幸せそうじゃない?」 「なんだかよく分からないことを、さらっと言わないでよ。」 「私説明ヘタかな~。要するに、本人達が幸せだって思ってる行動を見て、自分も幸せだって思ったのなら、それが『甘い行為』でその幸せが『甘い』っていう感覚なのよ。」 他人の不幸は蜜の味っていう言葉がある。正直なところ、どうにもこの言葉が私は好きになれない。やっぱり他人の不幸は不幸として受け取るべきだと思うのだ。 もし他人の幸せを見て同じように幸せを感じられるのだとしたら、きっとそれはいいことなんだと思う。 他人の不幸でしか甘みを感じられないんだとしたら、それこそ不幸だ。 「ちなみに、これは想い合ってる人たちがしてるっていうのが前提条件よ。例えば、こなたの頭を撫でてあげたのが私じゃなくて…  そうね、おじさんだとしたら、ほほえましいとは思うかもしれないけど、甘いとは思わないでしょ。」 「うん、ウザいだけだね。」 「…容赦ないな、あんたも。」 勝手に例に上げさせてもらったおじさんに、ちょっとだけ同情した。ごめんなさいと心の中で謝っておく。 「とまあ、これはあくまで私の意見ってことで。あんたは自分で考えて、自分の意見を持ちなさい。」 「えー!かがみの意見が私の意見でいいよ。」 こなたがめんどくさそうに言った。 「駄目よ。こういう答えのない問題こそ、ちゃんと自分で考えて、自分の答えを導き出さないといけないのよ。大体、こんな問題こなたなら楽勝よ。  なにしろ、もっと難しい問題に答えを出してるんだから。」 「難しい問題ってなに?私そんな問題解いたかな~?」 こなたが顎に手を当てて、考える素振りをした。心なしか頭のアンテナがハテナの形をしているように見える。 「だって、こなたは私を選んでくれたじゃない。ちゃんと悩んで、苦しんで、その上で女の子の私を選んでくれた。  恋愛は自由だって言うけれど、だからこそ難しい問題なんだから。それに比べたらこんなの簡単……って、どうしたの、こなた?」 こなたは私の言葉を聞いた途端、耳まで真っ赤になって下を向いてしまった。 「あ~、もしかして私なにかした?」 「……かがみってさ、時々惜しげもなく恥ずかしい台詞を言うよね。」 私は先ほどの自分の言葉を思い返した。そして思い出し終えたとき、こなたと同じように私も耳まで赤くなった。 「……確かにちょっと恥ずかしいかも。」 「恥ずかしい台詞禁止だよ……」 「ごめん……」 二人だけのリビングが途端に静かになった。 なにか言わなきゃと思うのだけど、なんて言っていいのか思いつかなかった。 「ごめん……」 何が悪いのか分からないけれど、もう一度謝っておく。 すると、こなたが優しく微笑んだ。 「今日のかがみは謝ってばっかだね。」 「ホントだ……っていうか、全部あんたのせいだろ?!あんたがアレしろ、コレしろって言うから?!」 「そうだっけ?」 「そうよ!」 そう言って、私達は笑いあった。ああ、本当にこんな時間がずっと過ごせればいいのに。いや、絶対に過ごしてみせる。 私は心の中で小さく、だけど確かにそう思った。 「デザート、食べようよ。」 こなたがヨーグルトを装ったお皿、それにスプーンを私に差し出した。 「そうね、そうしよっか。」 私はそれを受け取ると、そのまま口に入れた。 ヨーグルトの酸味と、シロップ漬けにされたフルーツのほのかな甘みが口の中に広がった。 美味しかった。部屋で食べたチョコレートよりも、アキバで食べたホットケーキやパフェよりも、私はこっちのほうがいい。 「どう、美味しい?」 こなたがそう聞いてきた。もちろん答えなんて決まってる。 だから私は笑顔で答えてあげた。 「もちろん!甘さ控えめで、とっても美味しいわ!」 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ!!(≧∀≦)b -- 名無しさん (2023-07-15 11:06:16) - 甘い…ご馳走さまでした。 -- 名無しさん (2010-04-03 01:06:47) - かわいい。最初から最後までもう、とにかくかわいい。 -- 名無しさん (2009-02-27 21:54:31) - かがみんのヘタレ〜!! &br()だけどこなかがはそれでも &br()充分甘いから &br()気長にいきましょ &br()かがみさん。 -- 無垢無垢 (2009-02-20 22:06:12) - シーンを逐一妄想できる私に萌え死をしろと仰るか作者殿は!(爆) &br()良いでしょう覚悟完了ですよ! &br()こう言う正統的バカップルものは楽しくてしょうがないです。 &br()あとかがみはヘタレでOK。だが暴走系(爆) &br() &br() -- こなかがは正義ッ! (2009-02-19 23:50:54) - 見ているだけで血糖値が上がっていく気がするのと、にやけが止まらない。 &br()素晴らしいです! -- 名無しさん (2009-02-19 21:59:08) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(13)

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