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   「Battle (1)」

 アルフレッドとモニカは、西区画『匈奴二番街』を歩いていた。この地域は西区画の中でも特に治安の悪い辺りなので、アルフレッドはそれとなく周囲に気を配りモニカをエスコートしている。
 「なんか……雰囲気の悪い街ねぇ……」
 「まぁ仕方ないですよ。この辺はウチの団長や瞑獄さんも手を焼いていたようですし」
 現西王の澪漂・二重と先代西王の瞑獄・鞍螺。いずれもランキング超高位ランカーであるが、そんな彼らでもこの街の病巣を取り除くことはできなかったのだと知り、モニカは微妙な表情を浮かべて改めて街の風景を見回した。そんな彼女の様子にアルフレッドは苦笑して続ける。
 「力のある者からそれを奪うことは簡単ですけどね、力のない者を救うために何かを与えることは思ったより難しいんですよ。この学園都市に限ったことではないですが、旧世紀以来資本主義の最大の汚点ですね」
 道端に転がる、一瞬ゴミかと見紛うような貧相な身なりの人々。この学園都市において、市民権も持たぬような彼らは何を思って生きているのか。比較的富裕層の出身であるアルフレッドは知る由もないが、しかし彼はこの街の人々を愚かと思いこそすれ哀れとは欠片も思わない。黄道十二宮協会をはじめとする企業体が権力を持ったこの時代、働く力がない人間はおおよそ生きていくことができないのだ。もちろん社会保障などは存在するが、営利で動く企業は、少なくとも西区画に関して言えば、こういった階層に関してはそれなりにシビアである。
 この地区を管理する団体に所属する身として自虐のため息をアルフレッドが吐いたとき。
 「な、なに!?」
 轟音と共に地面が揺らいだ。
 アルフレッドはとっさにモニカを背後にかばいながら、音のした方向を振り仰いだ。土煙がもうもうと立ち昇るのは。
 「あちらは……三番街の方ですね。何があったのかは分かりませんが……行ってみましょう」
 走り出したアルフレッドに、モニカも僅かに躊躇したが続いた。どうせ一人で居ても埒が明かないし、向こうで起こっている『何か』が例の連続誘拐犯に繋がっているかもしれないからだ。


 「っと……何だぁ?」
 「くふ?」
 フォークとナイフ、普段は一緒に食卓に並ぶはずの道具を武器にして、すでに数十合打ち合っていた戒とマリアも、先の爆音にその手を止めた。正確には戦闘に没頭していた思考が爆音をきっかけに引き揚げられたわけだが。
 マリアは不意に視線を宙に彷徨わせ、鼻を動かして風の匂いを嗅いだ。
 「くふふ、昼間のおいしそうな匂いはあっちだね。くふふ、くふふ!」
 嬉しそうな声でそれだけを言うと、物騒にも両手に包丁を携えたまま、土煙の立ち昇る方へと走り出す。戒もそれを追おうとして、そこで気づいた。
 「あぁ…?副社長はどこいった?」
 振り返ると背後にいたはずのメリーの姿がどこにもない。周囲を見回しながらも、聡明な殺人鬼の思考は猛スピードで回転する。
 「さっきの様子からすると、ありゃあ正気じゃあないな。催眠能力(ピュプノシス)系のサイキッカーか?いや、副社長と同じような格好の娘が何人かいたし……サイキッカーがそれだけの人数を一度に操れるのか?とすると燃費のいいミスティックか」
 くるくると回したフォークを地面にズブリと突き刺すと、戒はいまだもうもうと土煙の立ち昇る通りの向こうをにらみつけた。
 「まぁ、何にせよ副社長は無事に帰してもらわないとな……」


 アルフレッドとモニカが三番街に駆けつけると、周囲数メートルを瓦礫の山にしたその中心には一人の少女――ウルスラの姿があった。
 「彼女は……〈ヴィランズレクイエム〉所属のウルスラ・オクトアーヴですね……?普段は地下街にいるような彼女がなぜこんなところに?状況からすると、さっきの爆発も彼女の仕業のようですが……」
 同じサイキッカーとして一応はウルスラの姿を知っているアルフレッドと違い、地下のサイキッカーなどとは全くの関わりもないモニカは首を捻る。
 「え、誰?アルフレッドの知り合い?」
 「知り合いというよりは……」
と、アルフレッドは憎憎しげな顔をした。
 「商売敵、とでも言っておきましょうかね。地下街のリンク、〈ヴィランズレクイエム〉は知ってますよね?彼女はそこに所属する幹部の一人です。クラスはサイキッカー、能力は……っ!」
 突然、アルフレッドはモニカを小脇に抱えると横跳びにその場を大きく離れた。

 次の瞬間、さっきまで二人がいた場所を含む地面が直線状に、大きくえぐれた――否、ひしゃげた。

 呆然としたモニカの耳にアルフレッドの言葉が響く。
 「見ての通り、超強力な念力……サイコキネシスの使い手ですよ」
 モニカは目を見開いた。その目はたった今、数メートルに渡って陥没した道路に向けられている。
 「サイコキネシスって……トップランカーの中にだってこんなレベルの念力を広範囲で使える人なんかいないわよ?」
 それを聴いたアルフレッドは、皮肉な笑いを漏らした。モニカを抱えたまま再び回避、背後の壁に風穴が空く音を聴きながら、アルフレッドはその答えをモニカに教える。
 「それはですね、彼女が薬物依存のPTSD患者だからですよ」

 PTSD――Psychic traumatic stress disorder、すなわち超能力ストレス障害である。己の精神力を原動力に能力を行使するサイキッカーの中には、精神鍛錬を行うものもいる。いわゆるマインドストレングスを鍛えるわけだが、その中で自身の限界を越えて精神が崩壊しかけた者をこう呼ぶのである。
 その多くが精神の安定を欠きそれを補うための投薬生活によって正常な人生を歩めなくなる中、時折強靭な精神力で自我を保ち続ける者がいる。彼らの中には投薬時の凶暴性と相まって、トップランカーすらも凌駕する実力の持ち主も多くいる。
 ウルスラもそういった患者の一人だ。普段は無気力無関心無感動で人形のようだが、一度投薬すれば現状のような凶悪な力を振るう破壊兵器となる。先ほどからアルフレッドはウルスラの見えない腕による攻撃をかいくぐり続けているが、彼女にしてみれば別段アルフレッドたちを狙っているわけではなく、投薬による破壊衝動と先の襲撃者に対する鬱憤を発散しているにすぎないのである。


 「むかつく……さっきの奴はどっちに行った?」
 ウルスラは久々に浴びる日光に目を細めながらも瓦礫に埋まりかけた周囲の通りを見回す。その目には周りを逃げ惑う一般人の姿など一人も入っていない。しかし、敵対者への怒りが時折周辺の建造物の破壊という形となって現れている。
 「むかつくむかつくむかつくむか……」
 宙をさまよっていた視線が、一つの後姿に引き寄せられた。先ほど彼女を襲撃した少女たちと同じボロ布を纏った、やはり少女と思しき小さな姿である。
 「あいつか……!殺してやる」
 八本の見えざる腕を妖しくくねらせながら、ウルスラがそちらへ向かおうとしたとき。
 「待ちなさい、これ以上西区画で暴れることは私が許しませんよ」
 上等のスーツに身を包み、白無垢の手袋に籐のステッキを突いたアルフレッドが小脇に頭にカボチャを被ったモニカを抱えたまま、ウルスラの前に立ちふさがった。
 その左手の指先は中指と人差し指、そして親指がそれぞれ直角に伸ばされていた。中指の先からはぱちぱちと小さな火花が散っている。
 「……むかつく、邪魔するな、死ね」
 もちろんそんなことで止まるようなウルスラではない。拒否の言葉と共にサイコキネシスの一撃をアルフレッドに向けて振り下ろす。しかし、同じサイキッカーとして直感でその攻撃を感じ取れるアルフレッドは当然のようにそれを回避した。同時に放たれた彼のエレキネシスを寸前で回避したウルスラもまた、対抗心を顕わにしてアルフレッドに向き合う。
 さて、事件とは無関係なところでまた戦いが勃発する。此方【ロウオブワン・ツー・スリー】アルフレッド・フレミング、彼方【8vaの死旋律】ウルスラ・オクトアーヴ。
 アルフレッドは気づいていなかった。対峙する二人の横を一人の少女と一組の男女が通りすぎたのを。