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その2、訓練開始

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tranquilizer

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2、訓練開始


『はーい、まもなく開始時間だよ★ ここからはファンキーレディオ放送局の一二三愛が中継しちゃうよ★ コメンテーターは、本日の訓練で使用される色々な機器を用意してくれた、オフィス・フォートランから【LOGO777 (喪失言語)】ユリア・パパラートちゃん、ブラックシープ商会からは建築とデザインの専門家【マジックボックス(驚異的空間)】ミヒャエル・バッハさんが搭乗だ★』
 いや、そこは「登場」だろう。聞いていた全員が思ったが、愛の変換ミスはいつものことなので誰もあえて口をはさむことはしない。
『それにしても、何かの陰謀としか思えないくらいにいい別れ方になったね★ これじゃあ、絶対に協力プレイなんてできないと思うよ』
『そうですね……こんなことは言いたくないですが、心配です。今回の訓練には、我がオフィス・フォートランが新しく開発した警備システムを投入しているのですが……あれは単独での突破は難しいと思います』
 続く落ち着いた声はユリア・パパラートのものだ。本来なら電子機器およびソフトウェア開発を仕事とするオフィス・フォートランの社長を呼びたかったのだろうが、社長のラッセル・フォートランは誰も喋っているところを見たことがないほどの無口なので――会話はメールやチャットで行っている――代わりにその相棒であるユリアが出ているのだろう。ついでにミヒャエルが出ているのは、彼がビルの内部の改装を行ったためである。
『うーん、でもまあ平気だと思うよ★ なんだかんだであの人たち、規定外に強いからね』
『これは一応避難訓練のはずなんだが……』
 つぶやくミヒャエルの声は黙殺された。
『えーと、使用される武器および警備システムは同じものが校内で手に入るみたい★ ほしいひとは直接メーカーに行くか、ブラックシープ商会のホームセンター黒羊で手に入れてね★』
 わざわざこんなもんに協賛してる理由はそれか!
 放送が聞こえる範囲にいた全員が思った。
「……奴ら、売り付ける気だ。武器を」
「さらに賭け金……いくら儲ける気だ。こいつら」
 といいつつ誰も帰らないのは、今更帰るのが癪なのとムカつくことよりこれから何が起こるか楽しみにする気持ちが強いからだ。
「でもさぁ、これ避難訓練じゃねえよな」
 誰ともなしに呟く。
「新手のモニターテストだな」
「確かに」
『あ、ここで連絡です。まもなく優勝者を予想する賭けが〆切られます! えーと、一番人気なのは……万里小路翔さんだよ★ ランキングと戦闘能力の総合評価だね★ 次は篭森珠月さんで、その次は朧寺緋葬架さん。一番ランキングが上のはずの篭森さんが二位なのは、ジェイル君効果かな。ちなみに、私は戦闘能力で緋葬架さんに賭けたよ。コメンテーターのみなさんはどうかな?』
『私は翔さんだと思いますわ。戦闘をうまく避けてはやくクリアすると思います』
『意外と空多川契や不死コンビのようなアンダーヤードの住人が、意外といい線いくかもしれない。危機管理能力は高いでだろうから』
 ユリアとミヒャエルはそれぞれの意見を言う。
『うーん、難しいね★ つまり、誰が勝手もおかしくなってことだ。賞金目指して、頑張ってもらいたいね★』
『勝っても、ですね』
 その時、大きな音でチャイムが鳴り響く。
『よおし! 訓練スタート★』




 A地点開始組。
 ベルの音が聞こえた瞬間、珠月は立ち上がった。同時に、珠月が抱えていた白い骸骨もすくっと立ち上がる。珠月のミスティック能力【アンパラレルアドベンチャー(無類の大冒険)】は対外的には周囲のものを操る能力、実際には意識の一部を物体に移して自在に操る能力である。周囲からは珠月が自前の骨格標本(多分)を操っているようにみえるが、実際は自分の腕の延長戦として骸骨と感覚を共有した状態にある。
「頑張りましょうね、月のひ」「うるさい」
 容赦のない肘がジェイルの腹に入った。だが彼は、数歩よろめいただけですぐに体勢を立て直す。腹筋だけでダメージを緩和したらしい。
「御機嫌斜めですね。僕が何かしてしまったのでしょうか」
「麗しい夜の女王は気まぐれなんだよ、ジェイル」
「ああ、そうでしたね。仕方がありません。流れる時の砂が、姫君の心を落ち着かせてくれるのを待つとしましょう」
「そんな受け身じゃなくて、積極的に許しを請うたらどうだい?」
「藤司朗」
 とても優しい顔で珠月は振り向いた。その顔をうっかり見てしまった下位ランカーは、全員が原始的な恐怖に足を止める。藤司朗も不吉なものを感じて身構えた。
「はい。何でしょう?」
「あまり――私を怒らせるな。さっちゃんの従者とはいえ手加減を間違える可能性はある」
 その珠月の背後で、骸骨が巨大な本だなをやすやすと持ち上げる。
「げっ!?」
「姫の従者は、相変わらずおとぎ話の英雄のように力持ちですね」
 その本棚は藤司朗とジェイルを狙っていた。咄嗟に頭を低くして藤司朗は前に走る。そして空中を飛来する本だなとすれ違うようにして難を避けた。ジェイルのほうは軽く前に踏み出して首をひねるだけで棚をかわす。
 だが、そのわずかな時間ですでに珠月は次の行動を起こしていた。扉に触れて異常がないことを確認すると外へ飛び出す。すでにその姿は資料室にはない。
「……逃げたか」
 藤司朗は舌打ちした。内部の構造を一番知っている可能性の高い珠月についていくのが、今回では一番よい作戦のはずだった。だが、からかい過ぎたらしい。ちらりとジェイルを見ると、何が嬉しいのかにこにこと笑っている。
「相変わらず、僕の姫は足が速いですね。まるで風の女神だ」
 すでに珠月の姿は廊下にはない。どこかの部屋に入ったのか、あるいは階段を目指したのか。トラップがあるという話だったが、それらにかかった気配もない。
「それでは、僕は彼女を追いかけますので、またいずれ」
 ジェイルは礼儀正しく、藤司朗と出鼻をくじかれて茫然とする下位ランカーたちにお辞儀をした。そして、一歩廊下へと出る。その顔に笑みが浮かんだ。
「なるほど。ここを走り抜けるとは流石は月の姫」
 そして走り出す。ただし、まっすぐにではない。数歩進んだと思うと横っ跳びに避け、窓枠を蹴ってまた元の位置に戻る。空中で身をひねったジェイルの耳元を何かが通過した。その鉛の弾は音を立てて壁にめり込む。
「トラップ!?」
「マジかよ。全部避けながら走ってるのか!?」
 資料室から外を覗いた参加者の間から、悲鳴にも似た声が上がる。
 衝撃に反応するタイプのトラップは、先に撃ち抜いて作動させる。踏んだり引っかかったりすると発動するタイプはすべて避け、赤外線タイプは飛んでくる刃物や銃弾を空中で叩き落とす。言葉にするのは簡単だが、実行するのは並大抵のことではない。
「っていうか、篭森はどうやってここ抜けて行ったんだよ!?」
「ジェイルと同じだろうよ。流石は二桁とそれに近いランカー。俺は地道に行くぜ」
「わたしもう帰りたい」
 早くも泣き言を言いだす参加者たちの中、一人の少年が廊下に踏み出した。
「おい、三本。危ないぞ」
「平気へいき。俺、こういうの得意」
 そういうと、三本と呼ばれた少年は懐からナイフを取り出して投げる。それが突き刺さった瞬間、その付近の床が爆発した。連動していくつかのトラップが作動する。
「要するに、俺がかかる前に全部作動させればいいんだろ。余裕」
「ずるーい!」
 その少年の肩を誰かが掴んだ。振り返った瞬間、笑みを浮かべた目と視線が合う。
 藤司朗の能力【ロマンゾローザ(強制擬似恋愛)】
 目を合わせた相手を一定期間恋愛状態にし、藤司朗のいうことに従順に従うようにしてしまうサイキック能力である。
「――――っ!?」
「僕のためにトラップ撤去よろしくね」
 まぶしい笑顔で、藤司朗はほほ笑んだ。





 B地点スタート組。
「ベルが鳴りましたね。行きましょうか」
 翔が立ち上がるより先に、一番ドアに近い場所にいた下位ランカーたちが扉に手をかけた。だが、かえってきたのは硬い金属音だけだった。
「おい、鍵かかってる。しかもこれ、外からしか開けられないタイプ」
「マジで!? じゃあ扉壊して」「どいて」
 ふらりと揺蘭李が立ち上がった。驚いて下位ランカーたちは扉から離れる。揺蘭李の手にはリボルバーが握られていた。その銃は、ドアのカギを狙っている。鍵をうちぬけば扉は開く。簡単な方法だ。だが、
「!?」
 鍵に当たった弾は跳ね返り、ぼんやりと突っ立っていた参加者の一人の髪をかすめて壁にめり込んだ。空気が凍った。
「は、弾いたっ!?」
「ちょっと失礼」
 翔は扉に近付くと軽く叩いた。あきらに質感は木のそれなのに叩いた硬度は鋼並みだ。翔は眉をひそめる。
「ミスティック能力で強化されているようですね」
 ミスティックの中には、物体を本来の硬さ以上に硬くしたり、物体を固定して外部からの圧力を受け付けなくする能力を持つものがいる。例えばブルーローズの毎熊匠は、自分が口づけた生物や物体の硬度を15分から12 時間ほどランダムに鋼以上に変える能力を持っている。
「困りました。ここからは出られません」
 ざわりと部屋の中がざわめく。数秒後、いっせいに壁や床に張り付く。ドアが使えないなら壁を壊すか、配線や換気のための穴を使う。基本に忠実であると言える。だが、翔と揺蘭李は顔を見合わせると窓に向かった。おもむろに窓を全開に開ける。
「――――周辺に、敵、は、三」
 ふらふらしたまま、揺蘭李は銃を構える。
「拳銃で届くかな?」
 三発銃声が響いた。遠くで悲鳴があがる。
「……無、理。流石に完全には届かない……致命傷、無理」
「じゃあ援護していただけますか? 本日は銃器を持ち込んでいないので、狙撃されると困るんです」
「交代で、おり、る……OK?」
「そうしましょう」
 翔の袖から糸巻きのように巻いたワイヤーの束が出てくる。それを翔は部屋のあちこちに巻きつけていく。
「下の階の硝子は……何とか割れそうですね。強化硝子ですから、割るのに少し時間がかかるかもしれません」
「問、題ない……それくらいなら」
 立て続けに揺蘭李は発砲する。比較的近距離での攻撃を想定して作られている拳銃では、普通ならば狙撃銃を持っている相手には届かない。しかし、ビルが密集しているオフィス街という場所柄、障害物が多すぎて確実に反撃されないほど遠いポイントからは狙撃できない。加えて、揺蘭李はサイキック能力で周囲に展開する狙撃手の位置を計測し、そちらに向かって確実に撃ちこんでいる。距離がある分弾の威力は落ちるが、牽制にはなる。
 その間に、分散してくくりつけたワイヤーを束ねて命綱にし、翔はビルの外へ身を乗り出した。階下の窓は鍵がかかった強化硝子。それに加えて強風が邪魔をする。どうにか窓の位置までは下がったが、なかなか割れない。
「……弾、余裕ある、わけじゃない。できる、だ、け……早く」
「もう少しです」
 どうにか罅が入る。強化硝子というのは、硝子の間に樹脂が流し込んである構造が多い。その層を慎重に剥離させ、手が通るほどの穴をあける。そこから解錠すると翔は中にすべりこんだ。
「揺蘭李さん、銃を!」
 投げ込むように、階を超えて銃が受け渡される。今度は降りる揺蘭李を翔が援護する。わずか数分程度で二人は下のオフィスに辿りついた。
 そして、元の部屋に取り残される下位ランカーたち。
「……どうするよ?」
「お、俺やってみる! 誰か手伝ってくれ!!」
「僕は通気口のねじを自力ではずしてみるよ」「私手伝う!!」
 B地点、早くもばらばら。




 C地点スタートチーム。
「ちっ、鍵がかかっていますわね」
「ふっ飛ばす?」
 屋上の扉を慎重に調べながら、緋葬架は首を横に振った。
「液化火薬が塗布してあります。下手に火器を使うと、他にも罠が作動する可能性が御座いますわ。ここは面倒ですが、ピッキングで鍵をこじ開けて」「ちょっと邪魔」
 後ろから来た契がぱたぱたと手を振って緋葬架とパドマバディを追い払った。考えがあるように見えたので、緋葬架はおとなしく場所を譲る。契は、肩に斜めにかけたポシェットから細い工具を取り出して鍵穴に突っ込んだ。
「あら、ピッキングが得意ですの?」「開いた」
 その間、わずか二秒。ピッキング対策をしているはずの鋼鉄の扉はあっさりと口を開けた。流石の緋葬架も目を見張る。
「……流石はデスインランド」
「用がないなら先行くね。ああ、私の蠍」「って、待ちなさいな」
 すたすたと歩き出した契の後を、手に持っていたケースから急いで武器を取り出した緋葬架が追う。手にしているのは、普段仕事で使っている狙撃銃ではなく、同じライフルでも戦場で兵士が使う突撃銃と呼ばれる類のものだ。
「むやみに一人で行くと危険ですわよ?」
「蠍…………蠍、さそり……」「まったくもって聞いておりませんわね。もう」
 突撃銃のベルトを肩にかけながら、緋葬架は契の後を追う。暫定仲間でも協力したほうがやりやすいと判断したのだろう。屋上には、パドマバディと下位ランカーが残る。
「……みんな、やる気ねぇ」
 つぶやくと、パドマバディは口の中で転がしていたチョコレートを吐き捨てた。
「私も久々に暴れてみようかな」




 D地点スタート組。
「お、始まったぜ。行くか」
 扉に手をかけた夏羽は、陽狩が横にいないことに気づいて振り向いた。陽狩は部屋の反対側の隅で、机の影に隠れていた。
「……何してるんだよ?」
「私のことはどうぞ構わずに、お先に行ってください」
「いや、気にしないとか無理だから。お前、なんで隠れてるんだよ?」
「隠れてなんかいませんよ。ただ、武器になるものを探しているだけです。それだけです」
 それを裏付けるように、陽狩は手に持った先のとがったペンやはさみを掲げて見せた。
「今回は武器なし参加なので、現地で調達できる分はしておこうかと」
「そんなもん、警備ロボの一つでも倒せば手に入るだろ。ほら、行こうぜ」
「先に行ってください。私はちょっと気になることがあるので」
 そう言って再び机をあさる陽狩に、夏羽は不吉なものを覚えた。何がどうというわけではないが、長年、一緒に行動している相手であるだけに、何か裏がある時はなんとなくわかる。今は裏がある時だ。
「おい、お前が俺と一緒に行けない理由でもあるのか?」
「何を言ってるんですか。時間の有効活動ですよ」「嘘だろ。何で隠れてるんだよ? このドアに何かある――――」
 夏羽はゆっくりとドアを振り返った。頭の中を、かつて授業で習った対テロ用訓練の内容が駆け巡る。扉を開けるときや窓を開けるとき、トップバッターが一番危険なのだ。
「おい、ドアの前で立ち止まるな。他の奴らが困ってるだろ」
「神城」
 くるりと夏羽は振り向いた。そして手を出す。
「投げナイフとか持ってないか?」
「いきなりここに放り込まれた俺が、武器を持ってるわけないだろ」
 ゆっくりと夏羽はすみで構っている下位ランカーのほうを振り向いた。視線が合ってしまった下位ランカーたちはいっせいにすくみあがる。
「ナイフ」
「は、はい!」
 出しても出さなくてもやられる。そう思ったランカーの一人が、細いナイフを差し出した。数回振って重さを確認すると、夏羽は扉から離れる。それを見て、纏もドアから距離を取った。陽狩は無言で机の下に隠れる。
「よいしょっと」
 十分距離を取ったところで、扉めがけて夏羽は思いきりナイフを投げつけた。扉が揺れ、ナイフが深々と刺さる。次の瞬間、すさまじい爆音を立てて扉がはじけ飛んだ。咄嗟に全員が机や棚の影に隠れる。オフィスに残っていた文具や書類が爆風で舞い上がる。
「なっ!?」
「やはり扉にトラップが仕掛けられていましたか…………ちっ、おしかった」
「惜しかったって何がだ!?」
 冷静に呟く陽狩に、夏羽は掴みかかる。あのまま部屋を出ようとしたら、間違いなく死ぬか重症を負っていた。
「いや、こういう脱出路に手榴弾を用いた罠を仕掛けておくのは、基礎でしょう? だから、自分ではドアを開けたくないな~と思って」
「俺はいいのか!?」
「それであなたが死んだら、それはそれで素敵な展開かだと……大丈夫。貴方の死は無駄にしないつもりでした」
「ぶっ殺す!」
「ふふふふふふ、やはり貴方をからかうのが一番楽しいですね。もっと悔しがってもいいんですよ。楽しいですから」
「――――なるほど、首と胴を引き離してほしいんだな」
「お前ら、仲いいな」
 纏のぼやきに、二対の目が同時に彼を振り返った。
「誰が、仲がいいって?」「ふざけたことをぬかさないでください。舌を引っこ抜きますよ」
「そういうところだ。そういうところ!」
 仲の良しあしは別として、息はぴったりである。
「たくっ、喧嘩はいいけど、他の連中巻き込んで殺すなら俺が許さねえぞ」
「黙れ、ロリコン」「言われなくても避難訓練で、殺人鬼なんてしませんよ」
「…………お前ら、マジでなんのために避難訓練に来てるんだよ?」
 纏はため息をついた。
「この前、逃げることの大切さを学ぶ機会があったんだよ」
「戦略的撤退が苦手分野であることに気づいたためです。プロならば、退くときは退いて次の機会を練らなくてはなりません。退くときに退けないのは、プロ失格です。ですから、いかなる相手からでも逃げ切るスキルを身につけることは重要だと思いまして」
「お前らがそこまでして逃げなくてはならないものって何だよ……」
 正解は赤いピエロ=メインヤードのドナルド・ワクダネルなのだが、纏はそんなことは知らない。
「そうそう、避難訓練でした。ちょうどドアも開いたことですし、行きましょう」
「誰が開けてやったと思ってるんだよ!?」
 ドアの残骸を踏みつけて、殺人鬼コンビは姿を消した。
「…………何だ、あいつらは」
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