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 七重とアンディの打ち合いはなかなか決着がついていなかった。
 否、状況を有利に進めているのは七重の方であるが、しかし決め手となる一撃をどうしても決められずにいるようだ。
 「……ちっ、面倒くさいわね。さっさと殺されなさいっての!」
 苛立ちを言葉にしながら、七重は直刀を振るい数十合目になるであろう攻撃を繰り出す。
 「むぅ……そうやすやすと殺されてやるかよ。俺には、やらなきゃならねぇことがあんだよ!」
 覚悟が違う、といった面差しで七重の攻撃をサーベルの柄で受け止めるアンディ。すでに両手は感覚がなくなるほどに痺れていて、武器にしているサーベルも大小様々な傷で覆われていた。
 傷だらけなのは武器だけではない。攻撃を受け止めているアンディ自身もまた、身体の各部に大小の傷を受けている。
 カウンターで繰り出されたサーベルの突きが左腕をかすめ、七重は苦々しい表情で攻撃する手を止めた。
 「あんた……まったく面白い奴ね。アタシの攻撃をこうも受け続ける奴なんてなかなかいないんだけどな……。気迫だけでここまで戦えるなんて、正直敬意を表するわよ」
 その額には少なくない汗をかいている。当然だろう、一時間近く本気の攻撃を繰り出し、かわし続けていたのだから。並みの使い手でもここまで長丁場の戦い、そうそう耐えられるものではない。
 あるいは――七重は気迫と評したが、すでにこの戦い、意地のぶつかり合いになっていると言っても差し支えないだろう。
 「できれば聞かせてもらえないかな? あんたが何でここまでこの革命軍に執心するのか、さ」
 唐突なその問いにアンディは怪訝な顔をしたが――構えを解かないままに、しかしその疑問に答える。
 「何でも何も……俺の家族は、【マリアスコール】の連中に殺されたのさ」
 「…………」
 「正直今でも何で俺の家族が殺されなくちゃならなかったのか、分からないが……だが、理由なんかどうでもいい。俺は、俺の家族を殺した奴らが許せない、それだけだ」
 アンディの鬼気迫る表情を見つめ、七重はため息を吐いた。
 「なるほどね……それじゃあ、アタシが戦う理由も教えてあげようか」
 「……何?」
 七重は直刀を肩に担ぐと、アンディから視線を外して語りだした。
 「そもそもあんた、アタシたち澪漂がどうして群れて戦ってるか知ってる? アタシたちはね、家族がいない、親に捨てられたり見放されたり、あるいはあんたみたいに家族が殺された子どもたちを集めて作られているのよ」
 アンディにその言葉は意外だったらしく、今まで警戒するように構えていたサーベルをゆっくりと降ろした。
 「後腐れない子どもたちを集めて作り上げられた戦闘集団――それが、澪漂交響楽団なの。千重団長は、行き場のない子どもたちに、生きる意味を与えてくれる」
 それを、アンディは残酷だとは思えない。行き場のない人間にどのような形であれ、行き場を与えてくれる存在のありがたさを、彼は身をもって知っていた。
 あまり知られていない事実だが、七重は交響楽団の中でもとくに仲間意識が強い団員である。副団長である深重はもとより、第七管弦楽団の面々―禽重、腐重、裏重――ひいては他の管弦楽団のメンバーに対しても、できるだけ友好的に関わろうとしている、珍しい人物だ。
 現在二十六歳――交響楽団のメンバーとしては一日の長がある彼女にとって、他のメンバーは皆、年長者として――姉貴分として、守るべき家族のようなものなのである。
 「あんたの目的が家族の復讐なのだとするならば、アタシの目的は、大切な仲間――家族と過ごす時間を、守るため」
 だから、と七重は再び直刀を構えなおす。
 「あんたには負けられない。家族を取り戻そうとする努力もしてないあんたに、アタシは負けられない」
 「……確かに、俺はお前みたいな努力はしてないかもしれない。革命軍の奴らだって、仲間ではあるがそれは単に俺の力を買ってのこと。本当の意味では、俺は孤独だ――お前の言葉を借りるならば、な」
 そしてアンディもまた、一度は降ろしたサーベルを再び構えなおす。
 「だが、俺が大切にしているのもまた、俺の大事な家族だった。だから、俺こそ負けられねぇよ。家族ごっこに傾倒している、ガキのお前にはな」
 不意に、アンディの存在感が増したような気がした。戦意が、ゆらゆらと身体から立ち昇るかのような。
 「ふぅん……TAOか」
 近接戦闘を主体とするグラップラーがほぼ例外なく習得しているスキル、TAO。アンディは最後の一撃に、全ての力を篭める。二撃目は必要ない。一撃で、七重を倒すための力をアンディは全身に溜めている。
 対する七重は――ソルジャーに分類される彼女はTAOを扱うことができない。おそらく一撃の威力ならば確実に競り負けるだろう。
 しかし、七重は冷静だった。そんな攻撃、今までにも何度だって受けてきたといわんばかりに。
 アンディが七重に向かって突進してきたそのとき。
 ごしゃあ、という鈍い音とともに、アンディの身体に激痛が走った。
 筋肉を潰し、骨を砕き、そして内臓をも破壊する衝撃。

 澪漂・深重が、閉じた大傘【スティールレイン】を、アンディの腹筋に叩き込んでいた。

 「ぐっ……はぁ!」
 「やーれやれ、キミはどうしていつもそう人まかせなんだい?」
 何ということもなく、最後の決戦に堂々と横槍を入れ、水を差した深重に、同じく七重はどうということもなく答えた。
 「家族なんだもの、当たり前じゃない?」
 「ははっ、随分勝手なお姉さんだねぇ。ま、それでも頼れるお姉さんだから許しちゃうけど」
 アンディは立ち上がれない。サーベルを杖に片膝を突いた状態を維持するのがやっとだ。
当然といえば当然、内臓の大部分は軒並みやられているし、身体を支える腹筋も断裂どころの騒ぎではない。
 そんなアンディに、七重は「はっ」と笑いを投げかける。
 「これが、あんたが求めなかったもの。家族の代わりとなる、新しい家族の、仲間の力ってやつよ」
 「ひ、卑怯者が……」
 アンディの怒りに燃える瞳を受け流し、七重は続ける。
 「卑怯? 二人で一人の澪漂・七重と澪漂・深重に対して? あんたこそ、ここは戦場なのよ? いつどこでどんな形で攻撃を受けるか分からないこの状況で、卑怯も何もあったもんじゃないでしょ」
 勘違いすんじゃねーよ、と七重は毒づく。
 そして七重は、大上段に構えた直刀を、立ち上がれないアンディに容赦なく、振り下ろした。

                     ♪

 「んーん、あれがゾルルの新兵器、か。思ってたより大きいね」
 四輪駆動のトラックの荷台に、澪漂・一重の姿があった。うつぶせの姿勢で、視線は手にした狙撃銃のスコープを覗いている。
 対して運転席に座っている澪漂・数重は一重の呟きを受けて不明瞭な答えを返す。
 「へぇ、私には見えないからなんともいえないけど、しかし大量破壊兵器ね。とても人間が作っていいものとは思えないよね。そこを言えば、大量破壊人間である私たち澪漂は罪深い存在かしら? まぁどうでもいいけれど」
 一重と数重は、革命軍が拠点としている岩山の頂上付近にやってきていた。ここからならば丁度革命軍の陣営を一望できる状態であり、しかも革命軍側からはこちらの様子はほとんど死角――そういう場所に、二人を乗せたトラックは陣取っている。
 互いの距離は概算、約六キロ。しこうして一重の持っている超遠距離狙撃銃の有効射程はおよそ十キロ。澪漂最高レベルの狙撃技術を持つ一重にしてみれば省略できない距離ではないが、おそらく向こうからのアプローチはほぼ不可能。
 「でも、そう長居はできないわよ? 死角とはいえ、絶対に気づかれない保障はないんだから。あと一時間以内に、ケリをつけたいわよね」
 不意にまともな口調になってそう言う数重に、一重は笑って答える。
 「大丈夫だよ。向こうが動き出したらすぐにでも、寸分の狂いなく撃ち抜いてあげるからね」
 一から十まで完膚なきまでにさ、と笑う一重に対して数重は、
 「ま、どうでもいいけれどね」
 と呟いた。

                    ♪

 「ふむ、アンディさんからも骸手さんからも連絡がありません、か。しかし、そろそろ我慢の限界――というよりは時間切れですね。残念ですが、そろそろ実験を始めないと間に合いません」
 革命軍側の陣営、そのとあるテントの中で、セドリックはそう呟いた。
 彼の言葉に対して、留守を任されている幹部の一人が語気を荒げて食ってかかる。
 「何を言ってるんだ!? アンディさんの安全が分かってないってのにそんなこと、許可するわけにはいかない!」
 「しかし、仕方がないでしょう? 私もビジネスで来ているのです。正直、あなた方が勝とうが負けようが、知ったことではありませんよ。もちろん、共倒れしようがね」
 「何だと、あんた……」
 思わず立ち上がった男に対して、セドリックは片手を挙げて制する。男は動きを止めたが、それはそのためではなく。
 セドリックの傍に控えていたゾルルの社員が、二人が二人手にした拳銃の銃口を男に向けていたからである。
 「分かったらさっさと準備をしてください。アンディさんにも言ったことですが……我々ゾルルコンツェルンがあなた方に援助をしているということ、ゆめゆめお忘れなきよう。必要とあらば、今すぐあなた方を裏切って【マリアスコール】に着くこともできるのですよ?」
 その言葉に、男は黙って腰を降ろした。
 その様子を見て、セドリックは神経質そうに眼鏡を中指で持ち上げた。

                    ♪

 「! 動いた!」
 スコープを覗いていた一重が短く、そう叫ぶ。その声を聴いて、数重はふん、と鼻を鳴らした。
 何となしにそちらを見てみるが、人はおろか建物すら点ほどにしか見えないこの場所からでは数重には様子を伺うことはできない。
 「ぎりぎりまでひきつけるのよ。手近な建物に逃げ込まれたら、それこそお話にならないわよね。ま、そんなこと言ってもあなたにとっては馬の耳に念仏ってやつかしら? まぁ念仏が無意味って点では今の時代、馬じゃなくたっていいけどね。ま、どうでもいいわよね」
 数重の言葉に、一重は小さく頷く。
 「分かってるよ。――それにしても、けっこうぞろぞろと出てきたね。どれから狙うか……とりあえずスキルの高そうな奴からかな。こっちの狙撃にいち早く対応されても困るし」
 「ま、そこはあなたに任せるわ。よりどりグリーン、好きな奴から狙えばいいじゃない」
 一重は引き金に指を掛け、狙撃の準備を整える。
 革命軍側の人間は、自分たちが狙われていることなど当然気づかず、拡散荷電粒子砲に近づいていく。
 その中の一人が装置のすぐそばまで近寄った瞬間、一重はおもむろに引き金を引いた。
 「さ、澪漂の開演だよ」

                     ♪

 最初、革命軍側の者たちは何が起こったのか分からなかった。
 セドリックの傍に控えていたボディガードの一人が何の前触れもなく吹き飛んで倒れたのだから。
 「な!?」
 ついでもう一人、屈強な男がなす術もなく地に倒れ伏せる。
 狙撃だ、と気づいたのはさらにもう二人が撃ち抜かれたときだった。
 「そ、狙撃です! 気をつけてください、この兵器だけはなんとしても守らねば……」
 しかし。セドリックがそう叫ぶ間にも次々と周囲の人間が音もなく倒れていく。
 もはや遠すぎて銃声すら聞こえない、まさに無音の襲撃。その攻撃にパニックに陥りながらも、セドリックはかろうじて背後の装置を振り返った。
 ――くそ、くそ。せめて装置さえ稼動できれば……!
 そう心中で毒づきながら装置に手を伸ばした瞬間、セドリックもまた右肩を撃ち抜かれ、地面に倒れ伏せた。

                    ♪

 先に動いたのは、どちらだったのか。
 二重は手にした大鋏を振りかざし、そして想月はその左足を鋭く突き出して。
 一瞬の交錯。
 想月の左足が膝辺りから切断され、宙を舞う。
 「ぎははは……!」
 「ふん……」
 残った右足でステップを踏むようにバランスをとる想月に、二重はその長い足で再び間合いを詰める。
 血振りをするように鋏をくるりと回転させながら、今度はその右足を「バチン」という鈍い音とともに両断。
 地に落ちた右足を確認したところで――慌てて身体を反転させ右手に握った鋏のハンドル部で防御――早くも修復していた想月の左足が、二重のわき腹を狙っていた。
 片手を軸に回し蹴りを繰り出してきた想月は、次いで修復した両の足で回転の勢いを殺すように着地する。
 「……ずいぶんと強靭な身体だな。不安定な体勢で――しかも素足の蹴りにも関わらず――かなりの衝撃だった」
 軽く痺れの走った右腕を振りながら、二重は言う。
 「そういうお前もなかなかじゃんかよ。ほんの十秒かそこらで俺の両足を切り落とした奴はお前が初めてだ。ぎははははははは!」
 豪快に笑いながらも、再び――今度は自ら距離を詰めてくる想月に、二重もまた大鋏を構えなおす。
 今度は隙の少ない拳打を連続で繰り出してくる。二重はそれを紙一重でかわしながら、大鋏を軽く開いてそれを想月の両の眼窩に突き込んだ。
 しかし。
 「……っ!」
 一際勢いを篭めた拳が二重のボディを狙う。ぎりぎりで空いた左手を使って捌いたが。
 「やりにくいな。普通なら両目に刃を叩き込んだ時点で勝ちなのだが……そういう常識はやはり通用しない、か」
 左手の損傷具合を確かめるように握ったり開いたりする二重。骨折こそしていないが、どうやら前腕の骨にひびでも入ってしまったようだ。
 「……確か貴様、ミスティックのシングルクラスだったよな?」
 唐突な二重の問いに、想月はいぶかしげな顔をする。
 「あぁ、そうだが……それがこのバトルと何か関係あんのか?」
 「そうか……では、何故貴様、TAOが使えるんだ?」
 今の攻撃の応酬で、二重は気になったことがあった。たとえいくら想月のスキルが高いからといって、生身でここまでの破壊力は望めないだろう。いわゆる内気功――筋力や瞬発力を上げるためのTAO使用を行っているとしか思えない。しかし。
 「確かにグラップラーのクラス以外でも、私や光路のようにTAOを使える者はいるが……しかし貴様のそれはそういう素人レベルではないぞ。そこまでの使い手、並みのグラップラーでもそうそういるものじゃない」
 「あぁ……? TAOだって? 俺ぁそんなもん使ってる覚えはねぇけどなぁ?」
 肩をすくめる想月。とぼけているわけではないようだ。
 「ふん……なるほど、無自覚というわけか。――才能という言葉で片付けるのは好きじゃないが、先天的にそういうスキルに長けている……否、これは天才的と評しても差し支えないかもしれん」
 ふといまいましい男の顔を浮かべ、苦い顔をする二重。
 「よぉ、そんなどーでもいいことは、どーでもいいじゃねぇか。この俺の強さに説明つけてくれなくたってよ、俺ぁ自分の強さの使い方くらいよっくわかってんだ。ぎははは、お前は黙って、俺と殺しあってくれりゃそれでいい。それが一番、楽しいじゃねぇか。ぎはははははは!」
 そんな想月に、二重は「ふん」と小さく笑った。
 「そうだな。貴様の言うことも一理あるし……それならそれで、一つ策がある」
 二重もまた、下げていた大鋏を構えなおして、想月に向かい合った。

                    ♪

 全員が地面に倒れたのを確認して、一重はスコープから顔を離した。
 「いよっし。あとは乗り込んで装置破壊ね。ゲリラ戦っぽくなっちゃうけど……蟻塚クンがいれば楽だったんだけどなぁ……」
 呟きながらも腰に差していた拳銃――S&Wの旧型を二丁取り出して銃弾を確認する一重に、数重が答える。
 「他にも残ってる奴らが出てこないとも限らないし、やるならさっさとやっちゃったほうがいいわよね」
 言いながら、すでに車のエンジンを始動させ、アクセルを踏み込んでいる。
 「ところで、二重はいったいどこに行ったのよ? ま、あいつがどこでなにしてようが、私の知ったことではないけどね」
 「んー、なんかやることがあるって言ってたよ。どうも今回、二重はけっこう秘密にしてることがあるみたいなんだよね。……私にくらいは言ってくれてもいいのにさ」
 少し寂しげな表情をする一重に、数重は「へぇ」と意外そうな声を漏らした。
 「あいつがあなたに秘密なんて持つものなのね。てっきり、以心伝心、相思相愛、何でも知ってるものだと思ってたけど。まぁ、人の考えなんてもちろん黙ってて分かるはずもないものよね。私なんてどれだけ饒舌に喋っても何一つ伝わらないこともあるけど」
 「うーん、それは仕方ないんじゃないかな……ま、多分二重はそこまで含めて何か策があるんだと思うけどね」
 冗談なのか素なのか、真顔でそんなことを言う数重に、一重は困ったような表情で答えた。すると、数重はふと、思い出したように口を開いた。
 「そうそう、万重が言ってたけど、今回の戦争、革命軍側の助っ人として、あの【スカベンジャー】が関わってるみたいよ?」
 「え?」
 「案外二重のやつ、『彼』と殺し合いに行ってたりしてね」
 「……悪い冗談、やめてよ」
 表情の曇る一重。そんな一重に数重は、
 「ふふん、だったら猶のこと急がないとね、あなたの大事なパートナーが殺されちゃう前に」
 「うん、急ごう。できるだけ早く、この戦争を、終わらせないと」
 数重に、というよりは自分自身に言い聞かせるようにそう言う一重を、バックミラー越しに見つめて、
 「ふふ、以心伝心なんてまやかしかもしれないけど……でも、相思相愛についてはこの私も、絶賛支持するところよね。それが澪漂の宿命ってやつだから、さ」
 と、一重には聞こえない程度の小声で呟いた。
 「ま、どうでもいい話だけど、ね」

                   ♪

 一重と数重が車を走らせているそのころ。
 骸手・想月は、草すらまばらな荒野に、仰向けに叩きつけられていた。
 「うぉ!?」
 「ふん、突撃しか頭にないのは【無能】の証拠だぞ」
 少なくともこの戦闘では初めて――想月の背中が地についた。それが信じられないかのような表情で二重を逆さまに睨む。二重は想月を投げ飛ばしたままの姿勢で、背中を向けて立っていた。
 「なにしやがった、てめぇ」
 その問いにようやく二重はゆっくりとした動作で振り返る。
 「なに、ちょっと投げ飛ばしてやっただけさ。言っただろう? 『それならそれで、一つ策がある』、と」
 単純に言うならば、「合気」というやつである。相手の攻撃の勢いやパワーを利用して、ダメージを与える格闘技術。しかし。
 「『合気』ねぇ……もちろんそんなせこい技の使い手、今までだって相手にしたことはあったが……そんな小手先の技術、俺には関係なかったぜ?」
 通常の「合気」ならば、まず間違いなく、想月の敵ではない。相手がカバーできない威力の攻撃を、ぶつけるだけだからだ。
 「普通の『合気』ならば、な。――あいにくこの技は特別製でな、本来ならば対グラップラー用の最終兵器……貴様ごときに使いたい技ではなかったのだが」
 「合気」とは「気を合わせる」と書く。それはもちろん本来的には比喩でしかないのだが、TAO――即ち気功を操る者にとっては別の意味として響くだろう。
 つまり。
 「相手が操るTAOの流れに合わせて、自分のTAOを『接続』する――相手の力はもとより、相手の身体までも自分の一部として、攻勢に転じる。……昔、『あの男』と対峙したときに喰らって、そこから会得した技術だ」
 相手のTAOに自分のTAOの流れを接続する――言葉で言うほど簡単ではないのはもちろんである。自分のものでさえ操るのが難しいのが気功術の特徴だ。そもそもの習得の難易度は、サイキックやミスティックの比ではない。
 しかし、二重の言うところの「あの男」――現在世界最強の気功師と謳われる、かの人物の息子である二重ならば。このレベルの技術も、不可能ごとではない。
 「貴様ごときに使いたくはなかった、と言ったが、しかしこれからまた『あの男』に挑むにあたって、貴様を突破できないようではそもそも使い物にならんしな」
 そう言う二重に対して、想月はあの笑いを以って応える。まるで戦いを心底楽しもうとするかのように。
 「ぎはははは、ぎはははははははは! やれやれ、マジで面白くなってきやがったなぁ! そこまで言うなら、破ってやろうじゃんかよ。『合気』だかなんだか知らねぇが、俺は今まで、阿頼耶と雨月以外の奴相手に勝ち逃げ許したことがねぇんだ。――お前は俺のことを『貴様ごとき』と言ったが、俺に言わせりゃその程度の小手先の技も打破できないようじゃ、俺のお先も暗いってもんだぜぇ?」
 そう言うと背筋の力を使って飛び上がるように立ち上がる想月。緩慢な動作で両手を構える目の前の男に対して、二重もまた左の掌を眼前に翳すように、そして大鋏を持った右手を上段に、中国式の拳法の構えをとった。
 一足飛びに二重の懐に飛び込む想月の拳打を、しかし二重は再び「合気」によって受け流す。無意識に形而下でTAOを駆使する想月のスキルは確かに素晴らしいが、しかしそれは同時に二重にとってその一撃が決して決まらないということを現している。
 半回転するように投げ飛ばされた想月はしかし、そのまま二重の背後に着地し、振り向きざまの回し蹴りを仕掛けてくる。
 ほぼ同時に振り返った二重に対して交作法気味に繰り出された蹴りを、二重はさらに左手で受け止めいなした。
 「学習しないな、【無能】め……何度やっても無駄だ」
 シャキン、と音を立てて大鋏の刃を開く。
 「何度やっても無駄なのは、そっちだって同じだぜぇ? 俺は何度殺されようが死なない……」
 「そんなことは分かっている――私はただ、貴様を足止めできれば、それでいい」
 大鋏【二重迷走】が閃いた。直後。
 ぼとぼとと想月の身体がばらばらになって地に落ちる。頭部が、胸部が、上腕が、手首が、腰が、大腿が、下肢が、蹴りをいなされ失ったバランスをとろうとする一瞬のうちに、ばらばらに切断されたのである。
 もちろんそこは骸手・想月のこと。おそらく数秒とは言わないだろうが十分もすれば元通り修復してしまうだろう。
 想月を解体したことを確認すると、二重は燕尾服の裾を翻して走り出した。勝ち逃げ――否、戦略的撤退である。
 走りながら左腕を確認する――腕が本来ならば向かないはずの方向に捩れていた。気が付けば額には脂汗が浮かんでおり、いまいましそうにその腕を押さえる二重。
 「ちっ……まったく、とんでもない奴だ。しかしまぁ、十分な時間稼ぎはできただろう……一重たちの方も首尾よくいっていればいいが」

                    ♪

 数重の運転するトラックは革命軍のベースキャンプを突き進んでいた。当然通用口には守衛もいたのだが、彼らは車上から一重の銃撃を受けて例外なく倒れている。
 おそらく例の兵器の周りで騒ぎが起こっていることが知れ渡ったのだろうか、ベースキャンプの敷地にはあまり人影は見られない。
 一重の姿はすでに荷台にはなかった。青いコートの裾を翻して、一重はトラックの周りを疾走しながらも正確な腕で数少ない敵の影を撃ち抜いていく。
 生体機械――ナノマシンサイボーグの手術を受けている一重はその強靭な筋力を駆使して戦場を縦横に駆け回る戦法を好む。最高時速は実に時速百二十キロにも達し、今は数重のトラックに合わせてスピードを押さえて走っていた。
 やがて目算をつけていた目当ての場所――ベースキャンプの中心付近、戦場を見渡すことのできる開けた場所に出た。
 突然の乱入者に驚愕する革命軍の人々が、一重とのすれ違いざまにS&Wの銃弾に倒れ臥す。
 周囲の人間を一掃して、ようやく一重はその足を止めた。
 「相変わらずの俊足、まさにスピードスターね。さすがは澪漂・一重ってところかしら?」
 「どうも」
 運転席から降りた数重の言葉に笑顔で答える一重。二重のスキルの高さに霞んであまり目立たないが、一重もまた単騎で十分に殺行を繰り広げることのできる人物なのである。
 「さて、これが例の兵器か……どうやって壊せばいいかな?」
 「一応爆薬も用意してきてるけど、私たちが逃げてる隙に解除されないとも限らないわよね。ここはこのベースキャンプを壊滅させてから、爆弾を仕掛けてミッションコンプリートってところかしら?」
 そう二人が何気ない会話を交わしながら兵器に近づいていったとき、彼女たちに声をかける人物が存在した。
 「無駄……ですよ…………もう装置は作動させました……からね」
 発射装置に身体を預けるようにして立っている男――肩から血を流し、元々血色のいいほうではなかった顔がすっかり蒼白になっている、セドリックだった。
 「な!?」
 「ゾルルのエージェントってところかしら? 一重の狙撃をかいくぐるなんて、随分運がよかったじゃない」
 セドリックの言葉に目を見開く一重と、いやに冷静な数重。そんな二人を睨みつけるように、セドリックは不敵に笑う。
 「既に充電は始まっています……爆破などしようものなら、このベースキャンプどころではなく…………この荒野が丸ごと消し飛びかねませんよ?」
 一重はセドリックの額に銃口を突きつける。
 「解除して」
 「お断りです」
 一重の要求に即答し、セドリックは懐から取り出した煙草に火を点けた。
 「試合に勝って勝負に負けたって奴ですか……? ククク、あなた方が何者だか存じませんが、詰めが甘かったですねぇ?」
 歯をくいしばって一重が銃口を下ろしたとき。
 「私たちは澪漂交響楽団所属。第二管弦楽団の副団長【インフィニティゼロ】澪漂・数重と、第六管弦楽団副団長【アルカディアラバー】澪漂・一重」
 一重の手から数重が拳銃を奪って再びセドリックに突きつけた。
 「ちょ、数重ちゃん、何を?」
 「相手が悪かったわね、あなた。悪いけど、こっちには澪漂屈指の【思案者】と呼ばれる万重がついてるのよ。この程度の窮地、全く以って問題ないわよね」
 いぶかしげな表情を浮かべたセドリックに対して、数重もまた不敵な笑みを浮かべた。
 「せっかくこんな荒野くんだりまで出向いたんだもの。このくらいの仕事がなけりゃ、全く以って無意味ってものよね。さあ――」
 そして、手にした一重の拳銃――その引き金を、容赦なく引き絞った。

 「澪漂を、謳歌しましょう?」