想いを言葉に(3)

このページを編集する    
 フラフラとこちらに戻ってくるこなたの姿からは
先ほどまでの気迫を微塵も感じさせることはなかった。私はこなたの元へ
駆け寄ったが、それより早く力尽きてしまったこなたはその場に両膝をついて倒れてしまった。
私はこなたの傍で腰を下ろし、こなたを腕の中に抱く。
「ほら……。大丈夫だったでしょ……?」
 まぶたが半分閉じ掛った瞳で私を見上げながらこなたは力なくそう呟く。
再び目頭が熱くなっていくのを私は感じていた。
「こなた……。あんたは、本当に大馬鹿よ……」
「そう、かな……?」
「そうよ! 5人も相手がいるのに、たった一人で相手をして! 刃物を持った相手にさえ
臆することなく突っ込むなんて、本当に……本当に馬鹿なんだから……」
 溢れた涙が頬を伝ってこなたの制服に落ちる。わたしはこなたの切られた左腕に
当たらないよう気遣いながら、こなたを強く抱きしめた。
「恐かったんだから。私は体が震えて動けなかったのに、死を前にしても
私たちのために戦ってくれたこなたが、死んじゃうんじゃないかって……。
本当に恐かったんだから……」
「ごめん、ね。かがみ……。そっか、心配、掛けさせちゃったね」
 こなたも右手で弱々しく私の背中に腕を回す。抱いている私の腕から感じるこなたの温かい体温。
そして抱き上げた私に必死に声をかける姿は、生きている泉こなたの存在を十分に
感じさせてくれてた。こなたは生きてくれている。その事実だけで私には十分だった。
 直後、赤色の蛍光灯を光らせながら、けたたましいサイレンを鳴らしている
一台のパトカーが視界の範囲内に停まるのが見えた。誰かが警察に通報して
くれたのだろうか。パトカーの姿を確認した私は、救急車を呼ぶことを思いつくが、
手元に携帯電話が無いことに今更ながらに気づく。とりあえず私はこなたの頭の下に
左腕を入れて、こなたが楽なようにその場に寝かせてあげると、先ほどまで溢れていた
涙を拭った。パトカーから警察官と思われる人がこちらに走ってくる。
しかしこちらにやってきた警察官の姿と第一声に私は気抜けしてしまった。
「正義を守る警察官、成美お姉さんの登場だー! さぁ、犯人は何処だー!?」
「成美さん!?」
「ねえ……さん?」
「ん――こなた! こなたじゃないか!?」
 こなたの従姉である成美さんはぐったりとしたこなたの姿に、先ほどまでの
陽気な様子から一転して苦渋に満ちた表情に変わる。
「成美さん! 救急車を! 救急車を呼んでもらえませんか!? こなたが大怪我をしているんです!」
 私が叫ぶと成美さんはこなたの元へと走ってくる。
「これは、酷い……」
 重傷を負ったこなたの姿に、成美さんは赤く腫れ上がったこなたの頬を撫でる。
成美さんを見返したこなたは、微かに目尻を下げて喜んでいるように見えた。
「ねえ、さんが、真面目に、仕事、してるところ、初めて見たよ……」
「こなた! 痛かったろうねぇ。私が来たからには、もう心配ないよ。まず止血!
それに消毒だよね!? それから、救急車! ちょっと待ってて!」
 成美さんはそれだけ答えるとパトカーの方に向かって走り出した。
応急手当の道具でもあるのだろうか? いずれにしてもここではきちんとした治療は無理だろう。
切られたこなたの左腕からは、依然として血が流れ続けている。出血量はさほどでもないが、
切り裂かれた傷は痛々しく、早く病院で治療させてあげたかった。

「かがみ。もう、大丈夫だ、よ……」
 そんな私の心配をよそにこなたは口を開く。もうまともにしゃべる力も残っていないのだろう。
それでも私のことを気遣っているこなたは、どこまでお人好しなのかと呆れる半面、
その気持ちが嬉しくもあった。
「こなた、無理にしゃべらないで良いから」
「つかさに、返してあげて……」
 こなたは震えた手でポケットから何かを取り出すと、それを私に差し出した。
それは男たちと揉み合いになった時、つかさが落としたはずの携帯電話だった。
私は握られたつかさの携帯電話ごとこなたの右腕を優しく掴み、こなたのお腹の上に
置いてあげる。既に力の入らないこなたの手から、つかさの携帯電話を受け取った。
「あれだけ、携帯を、大切にしてたつかさが、携帯、落として、かがみ、にも、電話が、
繋がらないし……。なんだか……嫌な予感が、して……」
「それで私たちを探してくれたの?」
 私の言葉にこなたは黙って頷いた。こなたの立場で考えた時、つかさがたまたま
携帯電話を落としただけかも知れない。私に電話が繋がらなかったとしても、
たまたま繋がらなかっただけで、何も不思議な話ではない。
それでも最悪の可能性を想定したこなたは、私たちのために
何一つ手がかりを持たずにこの辺りを探し回ってくれていたというのか……。
 つかさはともかく、私にはそこまでこなたに心配して貰えるほど普段から
優しく接してあげられたのだろうか? そう思うと、素直になれない私とこなたの
普段のやり取りが脳裏に浮かび、私は胸に痛みを覚えた。
「今度…そ……安…、だね……。よ……か……」
「こなた……?」
 その言葉を最後にこなたは瞳を閉じた。私の言葉にもこなたは反応を見せず、
こなたの頭を抱えている左腕に掛かっている重量が増す。
こなたの意識が無くなったことに、私の心拍数が上昇する。落ち着け。こういう時こそ冷静に、だ。
 私は右手に持ったつかさの携帯をしまい、こなたを地面に寝かせると
口元に手をかざしてこなたが息をしていることを確認する。
次にこなたの右手首を取って脈を測った。私の二本の指を伝ってこなたの血液が
全身に駆け巡っているのを感じた。
「疲れちゃっただけだよね……? ゆっくり休んで、こなた……」
 私は自分の髪を結んでいるリボンの一つを解くと、こなたの左手にある傷口より上部にリボンを
強めに巻きつける。次に私はこなたを残して先ほどから傍にいてあげられなかった
つかさの傍に足を運ぶ。つかさは眠っているように穏やかな顔をしており、そんなつかさの
顔を見た私は思わず微笑んだ。つかさを背負った私は、ダイエットに固執する私の妹だけあって
さすがに重いなと、緊張感のかけらもないことを考えながらつかさを運び、こなたの傍につかさを寝かす。
そして私たち3人分の通学カバンを集めて、二人のカバンを枕代わりにする。
地面に転がっていた私の携帯を拾ってから、私は二人の傍に腰を下ろし、
最後にもう片方のツインテールのリボンを解いてポケットにしまった。
ふと気付くと、再びサイレンの音が聞こえてくるのが分かった。
先ほどとは違い、いくつかの音が共鳴しているように聞こえる。
何かを抱えて駆け足でこちらに来る成美さんの姿と、救急車がやってくるのが
見えたのはほとんど同時のことだった。

 あれから救急車で病院に搬送された私たちは病院で治療を受けた。
 私の受けた傷自体はたいしたこと無いだろうと考えていたが、打ち付けたのが
頭部ということもあり、念のため検査を受けた方が良いと勧められ、
警察官にいくつかの質問と襲われた時の様子を簡潔に話してから、私も救急車に搭乗した。
今回の事件の前にも似たような事件がこの近辺で起こっていたらしく、
近隣の地域には注意が呼び掛けられていたらしい。それを聞いた時に、今日の放課後、
担任の先生がそれらしいことを呼びかけていたことを思い出し
話をロクに聞いていなかった自分自身を呪った。
 病院についてからは私も先程までレントゲンの検査や問診などを受けていたが、
予想通り骨に異常は無く、病院に着くころには痛みも感じなかったため、
怪我した個所を手当てするだけで治療は終わった。
 こなたが切られた左腕は20針近く縫うほどの大怪我だったが、こなたの言葉通り傷自体は浅く、
幸いにも手術の必要性までは至らなかった。出血によるショック状態に陥ることもなく、
化膿にさえ気をつければ時間経過とともに完治するらしい。殴られた顔や胸部も
骨折はしておらず、私は安堵の胸を撫で下ろした。
 つかさは目立った外傷もなく、その時の状況などから推察して気を失っただけだと判断されて、
つかさが意識を取り戻すまで様子を見ることになった。
 こなたのおじさんには警察からの連絡で今こちらに向かっていることだろう。
私も今日起こったことを伝えるために自宅に電話して、私とつかさが今病院にいること、
私たちが事件に巻き込まれたこと、こなたが私たちを助けてくれて大怪我をしたことなどを
伝えた。いのり姉さんは出張に、まつり姉さんは大学の友人の所に泊まっているはずなので
今こちらにはお母さんとお父さんが向かってきている。
 幸いにも二人用の個室が空いていたため、こなたとつかさはその部屋のベッドの中で
寝息を立てており、私は二人の様子を見守っていた。
先程まではこなたとつかさを診察してくれた先生がいたため、二人の症状やこれまでの
経緯などを話していたが、治療が落ち着いた今は病室には私たち3人しかおらず
私はこなたのおじさんにどう話せばよいか、お母さんとお父さんは心配してるだろうか、
後日警察には何を聞かれるのか、みゆきや日下部たちが今日のことを知ったら何と言うだろうかなど
纏まらない考えが頭の中を回り続け、落ち着かない悶々とした時を過ごさなければならなかった。

 しかし、耳が痛くなりそうなほどに静まり返った静寂も終わりを告げる。突然、私たちの
病室の扉が勢いよく開かれ、私は思考の渦の中から現実に引き戻された。
入口からここまで走ってこられたのだろうか? こなたのおじさんは息を切らしていた。
「こなた!」
 おじさんは私には目もくれずにこなたの傍に駆け寄った。
「こなた……。こんな姿になってしまって……」
 ガーゼや包帯で治療を受けたこなたの顔、外側からでは傷口こそ見えないが、
手首から肘まで包帯で密に巻かれた腕を見たおじさんは、身を屈めてこなたの手を握ると
こなたの横で俯きながら肩を震わせていた。おじさんの姿に、こなたが私たちを護るために
怪我をさせてしまったことを謝りたかったが、何と声をかければ良いのか分からず
その場に立ち尽くすことしかできなかった。
 おじさんは顔を上げると私に顔を向けて
「かがみちゃん。こなたは、こなたは大丈夫なのかい?」
 と、こちらより先に口を開かれてしまった。
「あ――え、えっと……。先ほどこなたは治療を受けまして、こ、こな――」
「失礼します。貴方が泉こなたさんのお父様でございますか?」
 私がしどろもどろな答弁で答えかけた時、入口からこなたたちを
見てくださったお医者様が来られた。
30代から40代ぐらいの女性で私より小柄ではあるが、眼鏡を掛け、白衣を着た姿は
威厳の様な物を漂わせている。落ち着いた口調で話される先生の言葉におじさんは
「はい。俺がこなたの父親です」
 と答えた。私ではこなたの症状をうまく伝えられる自信がなかったので
先生の登場に私は身を引いた。
「娘さんの怪我について治療をした私から説明させていただきます」
「はい。よろしくお願いします」
「それでは。まず一番重い左腕の怪我ですが――」
 二人が話し合いに入ったので私はこなたの傍を離れ、つかさの傍に移動した。
私はベットの近くに置かれた椅子に座りつかさの頬を撫でる。こなたの症状について
言葉を交わしているおじさんと先生を一瞥した後に、
「つかさも、早く元気になると良いね」
 と私自身に言い聞かせるようにそう呟いた。その直後、今度は
お母さんとお父さんが病室に入ってきた。
「お母さん! お父さん!」
 私はたまらず立ち上がった。
「かがみ!」
 お母さんが私を見ると、お母さんは真っ直ぐと私の元に駆けつけて
私を強く抱きしめてくれた。
「かがみ……。お母さん、二人のことが心配で心配で……」
「こなたが……。私とつかさを助けてくれたの」
「そう、かがみは良いお友達に巡り合えたのね」
「うん……」

 お母さんは私の髪を撫でてくれる。お母さんの言葉一つ一つに体が震え、
私は泣きそうになるのをこらえるので精一杯だった。
「つかさも見たところ大丈夫そうだな。かがみからの電話で二人とも軽症で済んだとは
聞いていたが、改めて安心したよ。かがみのほうは大丈夫かい?」
 つかさの様子に目を遣ったお父さんは、私の額の治療跡を見ながら訊いてくる。
お母さんの腕から離れ、私はお父さんとお母さんに頭を下げた。
「うん。ごめんなさい、心配を掛けて」
「かがみが気にすることじゃないわ」
 私とつかさの無事を確認できたお父さんは、お医者様と話しているおじさんの
傍に歩み寄った。お父さんの様子に先生は一度会話を中断する。お父さんは先生に
軽く会釈をすると
「泉さん。かがみとつかさのために、娘さんがこのような事態になってしまったことに
深くお詫び申し上げます」
 と、おじさんの前でお父さんは頭を下げた。お父さんの行動を見ていた私は
その光景を静観していることしかできなかった。
「あ、いや……。どうか頭を上げてください。今回の事件は柊さんに
非があるわけではないのですから」
 おじさんも意標を突かれたような顔をしており、お父さんに頭を上げるように説得していた。
 いたたまれなかった。こなたが大怪我を負ったのは私とつかさを護るためだ。
だが、私は戦っていたこなたを手伝うことはできなかったし、こなたの怪我の手当てもできない。
未成年であるが故に、社会的責任も両親が取らなければならない。
なによりも私たちが襲われた時、私は恐怖でまともな判断が一つとして下すことができなかった。
今までの私がどれだけ多くの人に支えられ、またいざという時
どれほど私自身が無力かということを今回の件で嫌というほど教えこまれた。
何もできない自分。認めざるを得ないこの現実に、私は唇を強く噛み締めた。
「かがみ、貴方のせいじゃないわ」
 私の気持ちを察したお母さんは、私の肩に手を乗せてくれた。
私は顔を上げて、お母さんにお礼を言おうとした時だった。
「う……ん……」
「つかさ!?」
 つかさの声がおぼろげに響く。私は一目散につかさの傍に駆け寄った。
つかさが目を覚ましたことにお母さんやお父さんもつかさのベッドに集まる。
「つかさ、大丈夫かい?」
「つかさ、どこか痛い所は無い? お母さんのこと分かる?」
「お姉ちゃん……。お母さんとお父さん……? ここ、どこ? 家じゃないよね?
どうしてお母さんとお父さんがいるの?」
 つかさは焦点の定まらない目で私たちを見ており、つかさなりに現状を整理しようと
している様に見える。そんなつかさの様子を前に先生が私の横までやってくると
つかさに質問を投げかける。

「こんばんは。自分の名前が分かりますか?」
「え――え?」
 突然の第三者の登場につかさは困惑する。私はつかさに質問に答えるように促した。
「つかさ、お医者様よ。自分の名前が言える?」
「あ――は、はい。柊つかさです」
「こちらの人たちのことはご存じですか?」
「はい、お姉ちゃんとお母さんとお父さんです」
「どこか痛いところはありますか?」
「え? うーん……。無いと思いますけど」
「はい、分かりました」
 それから先生はいくつか質問と診察をし、手に持った診断書らしきものに
何かを書き込んでいるようだった。
「つかささんも大丈夫そうですね。今日はこのまま退院していただいて構いませんが、
もし、具合が悪くなるようなら……」
 お父さんとお母さんは先生からの説明を受けている。とりあえずつかさが大丈夫そうなことに
安心し、上半身をベッドから起こしたつかさに向き直った。
「お姉ちゃん。ここ、病院だよね? なんで私たち病院にいるの?」
「つかさはずっと気を失っていたのよ。私たちは救急車に運ばれてここまで来たの」
「そう、なんだ。私たち、助かったの?」
「うん。こなたが……。私たちを助けてくれたんだよ」
「こなちゃんが?」
 私はつかさに今のこなたをうまく説明する言葉が見つからず、目でつかさに
こなたの方を向くように合図を送る。つかさが私の意図に気づくと、こなたを
見たつかさの瞳孔は大きく見開かれた。
「こなちゃん!?」
 つかさはベットから飛び起きると、私の横をすり抜けてこなたの傍に駆け寄った。
「こなちゃん! こなちゃん!!」
「つかさ、落ち着いて! 大丈夫、今は眠っているだけ。怪我はしてるけど命に別状は無いから」
 青ざめた表情でこなたを心配するつかさの肩に、私は静かに手を置いた。
「つかさは気を失っていたから知らないだろうけど、あの後こなたは私たちのために
たった一人であいつらと戦ってくれたの。自分の身を顧みず、命がけで私とつかさを
護ってくれたんだよ……」
 私は目覚めたつかさにこなたから託されたものをポケットから取り出すと
それをつかさに差し出した。
「これ、私の携帯……」
「こなたが拾ってくれたの。つかさに返して上げてほしいって」
「こなちゃん、ごめんね。ごめんね……」
 つかさは受け取った自分の携帯電話を胸元に当てながら両手で強く握りしめていた。
悲しみに顔を歪めて泣きじゃくるつかさの姿に、私はこみ上げる嗚咽をかろうじてかみ殺す。
肩を振るわせているつかさを、先程お母さんが私を優しく抱いてくれたように
私もつかさを抱いて、髪を優しく撫でてあげた。
「こなたが目覚めたら、二人でお礼を言わなくちゃね」
「うん……。私、いっぱいいっぱいお礼を言う。それから、こなちゃんが元気になったら
たくさん御馳走を作ってあげる……」
「そうだね。きっとこなたも喜んでくれると思うよ」
 頬を伝って溢れるつかさの涙が、私の肩を湿らせる。つかさは私の分まで
こなたのために泣いてくれているような気がして、心の中でつかさに感謝した。
ようやくつかさが落ち着きを取り戻したので、私はつかさにハンカチを渡す。
つかさは涙を拭うと、ようやく私に微笑んでくれた。

「泉さん、申し訳ありませんが娘たちも気がついたことですし、私たちは失礼させていただきます」
 つかさが落ち着いたのを見計らったのか、お父さんとお母さんは二人並んで
おじさんに会釈した。
「わざわざご丁寧にありがとうございます。柊さんもお大事に」
「さぁ、かがみ、つかさ。帰りましょう」
 お母さんの言葉につかさはおじさんに向かって一礼する。
「うん。おじさん。こなちゃんが起きたら私がありがとうっ言ってたって伝えてもらえませんか?」
「わかった。こなたが目覚めたらつかさちゃんがそう言ってたって伝えておくよ」
 おじさんに伝言を残したつかさは、こなたの姿を目に焼き付けるように見つめ
名残惜しそうにしながら、部屋を出て行こうとするお母さんたちの後を追った。
私も家に帰らなければと思い、つかさの後を追おうと考えるが、痛々しいこなたの
姿に足が止まり、その場で自問を繰り返した。
 このまま帰ってしまっていいのか? つかさは元気になったのに、未だこなたは眠ったままだ。
助けてもらったのに、一番大切な親友をこのまま放っておいて帰っていいのか?
それが今、私が本当に望んでいることなのか?
「かがみ、どうしたの? 私たちは帰りましょう?」
「お姉ちゃん、もしかして……」
 こなたを見つめ動かなくなった私につかさとお母さんの声が耳を打つ。
だが私は足を動かすことはできなかった。いや、動かそうとはしなかったのだ。
今の私が望んでいること、それは家に帰ることではない。
私とつかさのために、ボロボロになってしまったこなたの傍にいることだ。
 私は自分の中で出した答えに大きく頷く。そして私たちの様子を見守っていた
こなたのおじさんに向き直った。
「おじさん。私、こなたが目覚めるまで傍にいてあげたいんです。駄目でしょうか?」
 私の言葉にお父さんは呆然とし、お母さんは声にならない声を上げて、
つかさだけは何一つ驚いた態度を見せず、黙って私を見つめていた。
「私は、あいつらに襲われた時、こなたに何もしてあげられませんでした。
今だって何かをしてあげられるわけではありませんが、せめてこなたが目を覚ますまでは
傍にいてあげたいんです。お願いします、おじさん。こなたの傍に居させてください!」
 私は三人を見返すこと無く、おじさんに頭を下げて頼みこんだ。
その場の空気が張り詰めたように静まり返る。そして、こなたのおじさんは
柔らかな口調で静かに答えた。
「俺は別に構わないよ。こなたが目覚めた時、かがみちゃんがいてくれれば
きっとこなたも喜んでくれると思う。もちろん、かがみちゃんのご両親が
良いと言ってくれればだけど」
 私は頭を上げて、お母さんとお父さんに懇願する。
「お父さん、お母さん、お願い。私、こなたの傍にいてあげたいの。
どうか、どうか私のわがままを許してください」
 私が今までの人生でこれほど両親に頭を下げたのは陵桜学園の試験を受けたいと
言った時以来だった。傍から見れば、今回のことは私の将来に左右するほど
大きなことではないと思うだろう。それでも私にとってこなたは、つかさを除けば
初めて心の底から私の全てを預けたとしても信頼できると思える親友となり、
そんな親友に対してのせめてもの恩返しのつもりでもあった。
だからこなたのおじさんから承諾を得た今回だけは、たとえお父さんとお母さんが
駄目だと言っても私は絶対に引くつもりは無かった。
 私は頭を下げたまま動かなかった。絶対にここを動かないという意思を言葉だけで無く
行動で示したかったからだ。

「わかったわ。かがみはかがみのやりたいようにやりなさい。でも、無理だけはしちゃ駄目よ」
 お母さんの言葉に私は頭を上げた。お父さんとお母さんは私の頑なな態度を
前にしても全てを受け入れてくれるような柔和な笑みを浮かべていた。
お父さんは私の右手に何かを握らせる。右手を開くと一万円札が見えた。
「これは帰りのタクシー代だ。何か変わったことがあったらすぐに電話しなさい」
 私は本当に家族に恵まれていると思う。こんな事件が起きた直後にもかかわらず、
私を病院に一人残してくれるというのだから。私は精一杯の感謝を込めて
「ありがとう。お父さん、お母さん」
 と伝えて、受け取ったお金をポケットにしまった。その様子を見ていたつかさは
「お姉ちゃん。だったら私も一緒に残るよ」
 と私の言葉に付け足した。それはつかさにとってもこなたが心配ということであり、
あんな事件のあった私の傍にいたいという、つかさなりの私とこなたに対する
気遣いだったのだろう。だが私は、あえてそんなつかさの好意にかぶりを振った。
「ううん、つかさは家に帰って休んで。私は大丈夫だから」
「でも……」
 私の言葉につかさは眉を顰める。本来ならつかさの申し出は私にとってありがたいことだった。
だが、夜に弱いつかさには早く休ませてあげたいという気持ちもあったし、
何よりも私のわがままに付き合わせて、つかさにこれ以上の迷惑を
掛けさせるわけにはいかなかった。
 私から説得され、つかさは不満げに口を閉じる。私は俯くつかさの右手を胸の高さまで
持ち上げて両手で握った。そんな私につかさは俯けた顔を上げる。
「つかさ、私がつかさの分までこなたのことは見ているから。つかさは家でゆっくり休んで」
 可能な限り優しく声をかけ、可能な限りの笑顔で私は微笑んだ。
つかさは私が握っている右手を見つめ、わたしの瞳に視線を移した。
私が頷くと、つかさも口元を緩ませて頷き返してくれた。
「うん、わかった。でも、お姉ちゃんも無理しないでね」
「ありがとう。こなたが目覚めたらつかさにも必ず連絡するから」
 私はつかさの手をゆっくりと離した。その瞬間、今笑ってくれていたつかさの表情が
曇りかけるのを私は見逃さなかった。この時、心の底での私とつかさの気持ちは
やはり同じなのだと悟った。だが、こなたとつかさ、二人同時に一緒にいることは
できないし、私の中で完全に対等になった二人を比べた時、気を失っている
こなたの傍にいてあげたいというのが私の正直な気持ちだったのだ。
 これ以上つかさと一緒にいると、気持ちが揺らいでしまう。そう判断した私は
つかさが病室を出るように軽く背中を押しながらつかさを病室の入り口に誘導し、
そんなつかさに合わせて私の両親も部屋を出た。つかさと一緒に一度病室を出た私は
両親とつかさに別れの挨拶をする。私は病室の前の廊下で三人の帰りを見送っていた。
通路の曲がり角、3人が見えなくなる境界線となるところで最後尾を歩いていたつかさは
私の方を振り向いた。その顔は憂いを帯びており、そんなつかさに対して私は笑顔を
作って見送ることしかできなかった。
 もし、ここで私が気を緩めて寂しげな顔をしてしまえば、きっとつかさは私の元へ
駆け寄ってきてしまうだろう。つかさは誰よりも私の本当の気持ちを察することができる
一人。そんなつかさに本心を隠し通すには並大抵のことではないのだ。
つかさは既に私の視界からは見えない両親が通り過ぎた道の方に顔を向けた。
きっとお父さんかお母さんがつかさを呼んだのだろう。つかさは名残惜しそうに
私の視界から消えていった。
「ごめんね……。でも、ありがとう。つかさ……」
 私は誰もいなくなった入口でそう呟くと、こなたの眠っている病室の扉を開いた。

「もういいのかい?」
 こなたの眠る病室へと戻った時、おじさんが最初に私にかけた言葉だった。
きっとつかさの傍にいてやれなかったという、私の中にあるどうしようもない苛立ちが
知らないうちに顔に表れてしまっていたのかも知れない。
「はい、大丈夫です。私と違って、つかさは強いですから」
 私は努めて明るくそう答えた。だがそれは、おじさんへの返答以上に、
私が自分に言い聞かせるための言葉でもあったのかもしれない。
私は一つ息を吐き出してから、こなたの近くに置かれた椅子に座り、
殆ど傷の見当たらないこなたの額に手を当てた。
「こなた……。早く元気になってよね」
 私が触れてもこなたは反応ひとつ無く、深い眠りについているようだった。
私がこなたの額から手を離し、先ほど言えなかった謝罪をおじさんに伝えようと
後ろを振り向いた時、おじさんは顔を俯けて目を瞑っていた。
不思議だったのはおじさんが口元をゆるませて笑っているように見えたことだった。
「おじさん?」
 私はたまらずおじさんに声をかけた。
「ん――あぁ、すまないね。こなたも変わったなと思うと、大怪我をしてしまったのは
辛いが、父親として今回のことは嬉しくもあるんだ」
「嬉しい……。ですか?」
 おじさんの言葉が何を指しているのか見当もつかず、私は聞き返した。
「そうだね。少しだけ、昔話をしようか」
 おじさんは立ちあがり入口の近くまで歩き、私とこなたに背を向けると天井を振り仰いだ。
過去の記憶に思いを馳せているのだろうか? 私たちに背中を向けながら、
おじさんの語る昔話は始まった。
「こなたは小学校の頃いじめにあっていたんだ」
「――え?」
「こなたは物心つく前にかなたを、母親を無くしてしまっているからね。
かなたが生きていればまた違ったんだろうけど、こなたはずっと俺の背中を見て育ってきた。
俺も俺なりに必死になってやってきたと思うけど、俺の責任なんだろうな……。
こなたは女の子なのに女の子らしい趣味を持てなかったからね。
そのせいで学校では孤立した存在だったんだ」
「そう、だったんですか……。こなたが……」
 初耳だった。こなたのお母さんが他界していることは以前聞いたことがあった。
だが、遊ぶことに全エネルギーをかけ、悩みや不安といったものとは最も遠い
存在の様に見える私の中のこなたのイメージとあまりにかけ離れていて、
私はこなたがいじめられているという状況が、どうしても頭の中で形にならなかった。
「俺はこなたに学校に行くのが辛いなら無理しなくてもいいと勧めたんだが、
それでもこなたは学校に通い続けた。こなたが言うには『学校に行くのをやめたら
いじめていた奴らに負けたことになるから』らしい。俺はそうは思わなかったが、
こなたは頑として学校にだけは行き続けた。だから、せめて自分の身だけでも護れるように、
こなたに合気道を習わせることにしたんだ。まあこなたの場合、真面目に通っていたのは
最初だけで、こなたが言うには自己流に組み直したらしいけどね。
それでも昔から運動神経は良かったから、同年代の子供たちの中でも
喧嘩はかなり強い方だったと思う」

 おじさんは実の子の話とは思えないほど淡々とした口調で語り、
話を聞いているこちらが頭に血が集まっていく様に感じられる。
 私は先ほど私たちのために戦ってくれたこなたの姿が脳裏に浮かんだ。
元から面倒なことを嫌うこなたが格闘技の経験があること自体不思議だった。
私の知識に間違いが無ければ、本来合気道は流派によって程度の差はあるだろうが、
基本的には受け身や投げを中心にしており、実戦よりは形を
重んじるスポーツとしての要素が強かったように思う。
しかしこなたが私に見せた武術は打撃を主体とし、どうみても合気道には見えなかった。
おじさんの言葉通り、こなたは合気道の基礎だけを学んだ後に、より実戦的な
対複数でも相手を確実に倒し、自身の速さを最大限に生かせるよう自己流で鍛え上げたのだろう。
そうでなければ、いくらこなたが格闘技の経験があると言っても、複数を相手に、
しかも明らかにこなたより大きな体躯を持った男たちを相手に対等に渡り合えるはずが無い。
 私はおじさんからこなたに視線を移した。
 私も昔から同級生に悪口を言われてきた。その程度のことでも私にとっては
嫌な思い出だし、つかさや日下部、峰岸たちが私を支えてくれたから、私はくじけないで
自分を貫き通すことができた。だが、こなたはどうだったのだろう。
自分の身を守るために格闘技を身につけなければならない環境とはどれほど
過酷なものだったのだろう……。
以前は新聞やニュースなどで、いじめを受けた学生が自殺するという事件をよく耳にしていたが、
まさにこなたはそのような少年少女たちと同じような道を辿ってきたのかも知れない。
 こなたの強さの起源を聞かされた私は、いったいこなたは私やつかさの知らない闇を
どれだけ抱えて生きてきたのだろうと思うと、今まで何一つ気づいてあげられなかったことに
心の底から悔やみ、私は心を塞がれたような気分を味わった。
「実際、その後は直接暴力を振るわれるようなことはなくなったんだ。生半可なやつが
相手じゃこなたには勝てないほど強くなったからな。でも、今度は凶暴な女だと
見知らぬ子たちからも恐れられるようになってしまい、陰で悪口を言われたりすることは
無くならなかったんだ」
 このあたりは私と似ている。こなたもまた、口での暴力の辛さや痛みも知っている。
こなたの過去の体験談を聞いていた私は、以前私のことを悪く言っていた人たちの顔を
鮮明に思い起こさせて、無意識のうちに私は自分の肩を震えさせていた。
「こなたが変わったのは中学生になってからかな。こなたは一人の女の子に出会った。
その子はまわりがこなたを怖がっても、出会った当初、こなたがその子を何とも思って
いなくても、決してその子はこなたに話しかけるのを辞めなかった。何故だか分かるかい?」
 おじさんは振り返りながら私に疑問を投げかけてきた。今の話し方から察するに
こなたは小学校卒業までは学校ではずっと一人だったのだろう。そこまでは理解できたが、
その女の子がこなたに冷たくされても執拗にこなたにこだわり続けた理由までは分からなかった。
私が首を横に振ると、おじさんは一拍間を置いてからこう話した。
「その子も、幼いころに母親を病気で亡くしていたんだ。彼女は将来どんな病気でも
直せる魔法使いのようなお医者さんになることが夢だったらしくてね。
彼女の境遇を知ったこなたは次第にその子と話すようになっていったんだ」

 心なしか少しずつおじさんの話し方に快さのようなものが感じられる。
おじさんの話を聞いた私は妙に納得してしまい、黙って頷いていた。
 そういえば以前こなたは中学校の時に凄く仲の良かった子がいたと言っていたことがある。
その時の私はこなたと同じでゲームかアニメを通じて知り合ったオタク友達だと思っていたが
その考えは全く違っていたようだった。
 両親が健在の私には想像することしかできないが、きっとこなたとその子だけの間で
通じる何かがあったのだろう。私はあの時、何の根拠もなく類友と決めつけてしまった
自分を恥じた。
「きっかけがつかめれば打ち解けるのは早かった。彼女はクラスでも人気者だったらしいから、
こなたも彼女を通じて多くの友達ができた。こなたは中学校で初めて普通の学校生活を
送れるようになったんだ」
 おじさんは私の横に立って、こなたを見つめながら言った。
こなたにとって、その子との出会いは一生の財産になるのだろう。私がつかさに
支えられてきたように、こなたにとってはその子がこなたを支えてくれたのだろうから。
人間不信だったこなたを変え、又こなたからそれほど信頼されたその人は一体どんな人なのだろう。
私はその人に興味を抱くとともに、こなたからの信頼を得られているその人が羨ましくも思えた。
「そうだったんですか。それで、今その子とはどうしているんですか? 最近は
あまり会えていないらしいですけど」
 私はおじさんに顔を向けて、さり気無くこなたと彼女の現在の関係を聞いてみた。
もし、こなたの承諾を得られるなら彼女に会ってみたいという思いがあったからだ。
しかし、帰ってきた答えは予想外のものだった。
「彼女はもう、ここにはいないんだ」
「え?」
「お父さんの仕事の都合で県外に引っ越すことになってね。こなたとは半年程度の付き合いしかできなかったんだ」
「そう……。だったんですか。じゃあ、こなたも悲しかったでしょうね……」
 たった半年間の付き合い。それでも当時のこなたにとってはこれ以上ないぐらいの
大切な、本当に大切な友達だったに違いない。幼いころに母親を亡くし、
学校ではいじめにあい、ようやく出会えた友達とは離れ離れになってしまった少女の生い立ち。
こなたはどこまでも運命に呪われているようにしか思えず、私は苦い感慨を結んだ。
「そうだろうね。でも、彼女と別れてからも以前のこなたの様な暗い部分が再び表に出ることは
無かった。多分、彼女と通じることでこなたなりに自分を表現できるようになったんだと思う。
あれは彼女と別れてしばらく経ってからかな? 以前こなたは俺にこう言ったことがあるんだ。
『いつか私も、あの子みたいに誰かの支えになれる様な生き方をしたい』ってね。
俺は嬉しかったよ。自分の身を守ることで精いっぱいだったこなたが、誰かの
支えになって生きたいって言ってくれたことがね。だから俺は、その日以来
なるべくこなたにはこなたの思うままに生きさせてやりたいと思っているんだ。
甘い親だと周りは笑うかも知れないけど、こなたが自分の生き方を見つけたのなら
俺は父親としてそれを支持してやりたいんだ。それがどんな結果になろうともね。
だから今回のことで自分の身を大事にしろってこなたに説教しようとか
そういう考えは無い。こなたはこなたなりに、正しいと思う道を進んだんだろうし、
俺自身も友達が辛い目にあっているなら、それを助けたいと思うのは人として
とても大切なことだと思うからね」



コメントフォーム

名前:
コメント:

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。