小さな恋の話

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すごくシンプルな話。
ありふれていて、きっと誰もが心の中に持っていて、その温もりを知っている灯のこと。

「いー天気ね」

そう言いながら、かがみは長い髪を大きな風に揺らした。
舞い上がった優しい彼女の匂いに、少しだけ私は、目を丸くする。



 ―小さな恋の話―



三年生になって一ヶ月が過ぎたばかりの、五月の放課後。
ほんの少し前まで満開の花を咲かせていた桜の梢には、すっかり新緑の葉が生い茂っていて。
太陽は暖かく、空はぴんと真っ青に晴れていて、窓を開けると草の匂いでいっぱいの風が吹き込んできていた。
そんな日の放課後。
つかさとみゆきはそれぞれの用事でいそいそと先に帰ってしまって、取り残された私とかがみは顔を見合わせた。
かがみの空みたいな瞳は、「帰るのが勿体無いよね」と言っていた。かがみの瞳に映る私が、それに応えて大きく微笑った。
屋上へ行ってみようよ、と私は言った。
そうね、とかがみは言ってまんざらでもなさそうな顔をしたので、私は先立って歩き出した。
「屋上っていかにも青春って感じジャン?」
そう言って振り返り、いつものように笑ってみせる。
そうすると、かがみはいつものように目を細めてみせる。
「わからないでもないような気もするけれど……わからんな」
「それって結局どっちなのさ?」
「わからん」
連れない反応に「冷たいよー、かがみん~」と言って私が背中に飛びつくと、かがみは「ええい、うっとおしい!」と振り払うような仕草をした。
でも本気で振り払ってるわけじゃないんだ。
だって、かがみだって笑ってるもん。
それからきっと、私も笑ってる。



この話の、本当の始まりは、私にもよくわからない。
だって、私はかがみのことが始めから大好きだったから。大好きな大好きなともだちだったから。
その気持ちに、『ともだち』とは違う熱が帯びてるってことに気がついたのは、随分経ってからだった。
それは、もうそれがどうしようもなく大きくなってから。鈍い私でも間違えようが無いくらいに。

まだ二年生の頃。ストーブの匂いがしていたから、多分冬。
いつも通り四人で、机を合わせて、話しながらご飯を食べてた。
それはいつも通りのお昼の光景。私の口にはいつも通りのチョココロネの味。
全部、いつも通りだったはずなのにね。
なのに、空から羽が舞い降りてくるみたいに、突然私の中に灯ったんだ。

『私ってもしかして――かがみのことが』

そう思ったその瞬間、タイミングよく、目の前に座っていたかがみが笑った。
目が、釘付けになった。
屈託無く笑うかがみの笑顔に、私は、もう間違えようがないくらいハートに火がついてることを知った。
女の子だから、とか、友達じゃん、とか。
その時に、そういうこと考えてるスキマは無かった。

だって、目の前でつかさやみゆきさんと笑うかがみは、それはもう確実に可愛かったんだよ。


普段は行かない屋上に向かって、ふざけ合いながら私とかがみは階段を登った。
ハートの火を自覚してからは、かがみといる時間のすべてが嬉しくて仕方がなくなった。
ふたりきりだと尚更。きっとかがみは気付いてないけれど、私の気持ちはいつもより明らかにハイになる。
だからついついふざけすぎて、かがみの雷を食らっちゃうこともあるんだけれど。
私より二歩早く屋上の入り口の前に立ったかがみは、鉄のノブに手をかけてその扉を開け放った。
「おわっ」
そしたらいきなり、びゅう、と音を立てて強い風が吹き込んできて、かがみが声を上げた。
私はと言えば、かがみの舞い上がったスカートに慌てて視線を逸らした。
でもバッチリ見たけれど。
水色のストライプ。

「風がきもちいー」
屋上に出たかがみは伸びをしながらそう言った。
「うん、とてもイイ風だよね。風ぐっじょぶ」
私が力強く言うと、かがみは不思議そうな顔をした。子猫みたいに無防備に首を傾げてる。
だから教えてあげることにした。
「水色のストライプ」
そう言って、「くふふ」と口元に手を当てて笑った。
かがみは何のことかすぐには分からなかったようで「えっ?」って顔をしていたけれど、きっかり三秒後に顔を真っ赤にして、今更スカートの裾を押さえた。
「見たのか!? 見たのか!?」
「風のイタズラですよ。いや~、かがみって意外と可愛いぱんつはいてん…」
鞄が飛んで来て、私の顔面にクリーンヒットした。

五月の太陽が、私たちの身体を真っ直ぐ突き抜けるように、ぴかぴかに真新しい光を降らせる。
私とかがみは柵に寄りかかって、下界を見下ろした。
グラウンドで運動部の生徒たちが声を出しながら走り回っているのが見えた。
それから、学校の周りに広がる田んぼの畦道の緑色。
街の影は遠く、そのさらに遠くに山の稜線。
風が吹くたびに、薄荷の匂いが鼻を掠めた。
空はとても青い。
「……屋上って案外人、いないのね」
何となく降りていた沈黙を、かがみののんびりとした声が緩やかに砕く。
「そうだねー」
ふたりきりだよね、とは言わなかった。言ってもしょうがないから。
代わりにいつのも軽口。
「世間で見る屋上の青春度合いを考えたら、満員御礼でもおかしくないのにネ」
「いやそんな屋上おかしいから。てかアンタの言うその『世間』は、アニメやゲームや漫画の中のことだろ」
「まねー」
「全く……」
かがみは呆れたように頬杖をつく。
柵に足をかけて遊んでいた私は、その横顔をこっそり覗き見た。
かがみって、きれいな顎のラインしてるなあ。
私はかがみを見るのが好きだ。
そのピンとした姿勢とか歩き方とか。全体的に凛としてるのに、歩くと揺れるツインテールが尻尾みたいで可愛いくて。
モノゴトをきっぱりと言う喋り方も好きだ。キッツいときもあるけれど、かがみのそれは打ち水みたいで心地がいい。
それから、当人はツリ目なのをちょっと気にしてるけれど。
私は、かがみの眼がすごく好きだ。
パッと見は、ちょっと厳しそうに見えるんだけれど。

かがみって、瞳がすごく優しいんだ。

それはかがみのことが好きな人なら、誰もが知ってることだけれど。
でもそれ以外の人は気付かない。
かがみを大好きだと思ってる人にだけ、その瞳が教えてくれる。
かがみが、とても優しい女の子だっていうこと。

「何考えてるの?」

唐突に顔を覗き込まれて、私は変な声を上げてしまった。
「ふぇ!? えっと、ツンデレのすばらしさ? とか?」
あながち間違ってないよね。
「何それ」と、かがみは首を傾げた。まあ、当然かナ。
かがみはまた頬杖をついた。気付いてるかどうかわからないけれど、これはかがみの癖だ。そしてそれは彼女によく似合う。
「空中見て黙りこんでたから、何かと思ったわよ」
「んーとね、ほら、あんまりいい天気だからね」
と、とりあえず返してみたものものの、あんまり考えていなかったので言葉の続きが浮かばない。
さっきの、かがみの顔が急接近してきた時から、心臓の辺りがうるさくなってて。
「いい天気だから、なによ?」
かがみの突っ込みは容赦ない。
むぅ。かがみの所為なのに。
「いい天気、だからさあ……」
だから、猫口を作って、言ってやることにした。
「かがみが可愛いなって」
「はあ!?」
すぐにかがみは真っ赤になって裏返った声を上げた。
本当に期待を裏切らないなあ。
「全然関係ないじゃない!」
「関係あるよ~」
あ、語尾が少し震えた。
今のかがみにバレなかったよね? 大丈夫だよね。
冗談交じりでも、本音を言うのはスリル満点。
私は外を見る振りをして視線を外す。
「だって、いいお天気で、気持ちいい風が吹いてて、二人で景色見てて……」
柵の外の世界に向かって両手を広げ、大きく声を飛ばした。
「かがみが可愛いんだよ? 関係あるよネ!」
「全然関係ねーよ」
はい、その通りだネ。
ナイス突っ込みだ。
期待通りの突っ込みにウンウン頷いていると、隣のかがみが、はぁ、と溜め息を吐いたのが聞こえた。
その溜め息の音がいつもの『うんざり』と言うより、何だか切ない感じに聞こえたから。
私はかがみに顔を向けた。

かがみは空を見てた。
ちょっと物憂げな顔で。なんだかそれが妙に女の子っぽくて。
見とれてしまった。
屋上の柵に上体を載せるように寄りかかりながら、私はかがみをじっと見た。
私のすぐ横の柵の上に、かがみの手がある。
白くて、綺麗な指。
ハートの火が揺れた。


……手、繋ぎたいな。


手を伸ばしたら、変に思われるかな?
かがみのことだから、きっと振り払って怒るんだろうな。
そしたら、きっとかがみが真っ赤になって照れるところが見られるんだろうけれど。

…振り払われるのは、ヤだな。

そもそも、かがみって同性とか、どうなんだろ。
聞いたことないけれど、やっぱ無理かな。
わかんないな。
普段はくっついたりしても、悪い顔してないけれど。
でもそれは『ともだち』だからだよね。


『好き』なんて言ったら、かがみ、困っちゃうよね。


そう考えたら何だか鼻の奥がつんとしたから、慌てて遠くの景色を見た。
太陽は少し傾き始めてきているようで、遠くの街の輪郭がきらきらしてるのが見えた。
「こなた?」
かがみの声。
「んー」
まだちょっと鼻がつんとしてたから、視線を固定したまま生返事をした。
かがみの声が続く。
いつもより、少し優しい音で。
「どうかした?」
こんなときにばっかり鋭くならないでよ。
「……いつもは鈍感のくせに」
「え?」
「んーん、なんでもないヨ」
私はわざとかがみに聞こえないような小さな声で呟いてから、大仰な仕草で手を振った。
それから、にまっと猫口を作って、いつもと同じように笑ってみせた。
「ならいいけれど」
いつも通りに戻った私に、かがみは少しだけ緩んだ声を返す。
そして、思い出したように話を始めた。
「そうそう、昨日ね、つかさがさ――」
私は目を閉じた。
かがみの声は、空気に波紋を作る。
私にしか見えない波紋。
目を閉じると見える。かがみの声で。
優しさの輪郭が、浮かび上がる。

それはきっと誰もが知ってる灯のこと。
本当にシンプルで、ありふれた話。



私は、かがみのことが好きだ。



「――ってさ。本当、やんなっちゃうわよねー」
隣にいるかがみが笑う。すごく楽しそうに笑う。
その笑顔に胸が温かくなるのを感じる。
ハートの火が揺れてる。
結局、手は握れない。
でもふたりで話して、目を細めて笑うかがみに、笑顔を返すだけで、それだけで十分胸がいっぱいだった。

――でも、いつかそれだけじゃ、満足できなくなる日が来るのかもしれない。

そんな予感がする。
そしたら、私は手を伸ばしちゃうのかな。
『ともだち』じゃイヤだって、私は言っちゃうのかな。
そしたら、かがみはどんな顔するだろう。

その時――それでも――かがみは隣にいてくれるかな。


「本当に、いー天気ね」

そう言いながら、かがみは長い髪を大きな風に揺らす。
舞い上がった優しい彼女の匂いに、少しだけ私は、目を丸くした。



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コメント:
  • カワユスなぁ -- 名無しさん (2010-11-15 22:38:45)
  • 二人ともカワイイ
    (*´Д`) -- ハルヒ@ (2008-06-12 19:07:44)
  • 続き見たいなぁww -- 名無しさん (2008-05-15 23:11:25)
  • 切なくてイイ! -- 名無しさん (2008-05-12 19:26:36)
  • 実にシンプル
    だがそれがいい。GJ!! -- 名無しさん (2008-05-11 22:09:40)

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