想いを言葉に(完結)

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 その話を聞いていた私は同級生であるはずのこなたが、私よりも10歳は年を
重ねているような、大人びた女性に見えていた。
 もし私が何らかの形でこなたやつかさを失うことになったら、きっと私は
悲しみから立ち直れず、いつまでもしゃがみこんだままその場から動けなくなってしまうと思う。
 だが、こなたは自分の足で歩くことができた。大切な親友と別れてしまったのに、
その悲しみに縛られること無く、目標を見つけて歩み、そして私にとっては
掛け替えのない支えになってくれている。
 私もこなたの支えになりたい。私がこなたやつかさを必要としているように、
こなたから見て、私も必要とされる人間になりたいと思った。
今のこなたには、かつてこなたを支えた少女は、もうこなたの傍にいないのだから……。
「かがみちゃん」
 私が思案に沈んでいた時、おじさんに声をかけられた私は思考の海から意識を浮上させる。
おじさんの方に首を向けた私は、おじさんが床に手をついて土下座している姿に言葉を失った。
「親バカなことなのは分かってるし、こなたが知ったら余計なことだと怒られそうだけど、
どうかこれからもこなたと仲良くしてあげて欲しいんだ。こなた自身が気づいているかは
知らないけれど、こなたは家でかがみちゃんたちの話をする時、本当に楽しそうな顔をするんだ。
今日もつかさちゃんが忘れ物をしてただとか、みゆきちゃんが壁にぶつかっていたとか、
かがみちゃんが喫茶店でケーキばかり食べてたとか、そんな他愛もない会話だけど……
きっとこなたは今の学校生活が本当に楽しいんだろうなってのがよく伝わってくるんだ。
だから、かがみちゃんが良ければ、どうかこれからもこなたと仲良くしてあげて欲しい」
 懇願するおじさんの姿に私も床に膝をつけて、おじさんに立ちあがって
もらうように説得した。
「や、辞めてください! 私こそ今回こなたに助けられて、こなたに大怪我をさせてしまったんです。
感謝したいのは私の方です。それに……」
 私はそこで一度言葉を切り今の私の正直な想いを、眠っている彼女にも
届くように祈りながらおじさんに伝えた。
「誰が何と言っても、こなたは私の一番大切な友達です。いつもアニメやゲームの話ばかりで
毎日毎日宿題見せてと私のノートを写しに来ますけど……。
それでも、そんなこなたと一緒にいると、毎日が楽しいですから」
 そう、こなたは私の一番の親友だ。誰が何と言おうとも、
私は今後もこなたと共に歩んでいく。いや、こなただけじゃない。
つかさもいる。みゆきもいる。私たちは、4人で1つなんだから。
「かがみちゃん、ありがとう! こなたの父親として心からお礼を言わせてほしい」
「いいんです。それが私自身の願いでもあるんですから」
 おじさんは頭を床につけたまま動いてくれなかった。そんなおじさんの姿に
この人はやはり、こなたのお父さんなんだなと改めて感じていた。
 初めておじさんと会った時から、この娘にしてこの親ありと感じたが、
趣味だけ無く、その内面から溢れてくる優しさ、大切な人の幸せを願う想いといった
性格面でもよく似ていると思う。
私の家族だって、素晴らしい人たちの集まりだと思っている。
だがそれとは別に、男手ひとつでここまで立派にこなたを育て上げた
その強さと優しさに、私は尊敬の念を抱いていた。

 それからしばらくして、おじさんはようやく立ち上がって申し訳なさそうに口を開いた。
「長話につき合わせてごめんね。何か飲みたい物でもあるかい?」
「そんな、お気遣いは無用ですよ」
「でもこなたのためにかがみちゃんはここにいてくれるんだ。
せめて飲み物ぐらい御馳走させてくれないかな?」
 別に飲みたいものがあるわけでも無かったが、ここまで言われて断るのは
逆に失礼に感じた私は、おじさんの気遣いに甘えさせてもらうことにした。
「そうですか? じゃあ……。眠気覚ましにホットコーヒーかお茶を頂けますか?」
「わかった。ちょっとの間、こなたのことを頼むよ」
 おじさんはそれだけ告げると、入口のドアから出て行った。
病室には私とこなただけが残っている。時刻は既に深夜3時を回っていた。
つかさはもう、とっくに寝ているころだろう。私とこなたとつかさ、3人で教室を出てから
もう4時間以上が経過してることに今更ながらに気づき、そう思うと緊張の糸が解れたのか、
物音一つしない病室の中でただ一つ、こなたの一定のリズムで聞こえる寝息が私を
夢の世界へと誘っているように感じられた。
おじさんに眠気覚ましの飲み物を頼んだのは正解だったかもしれない。
私は椅子を壁の傍に寄せてから椅子に腰かけ、そのまま上半身を壁に預けた。
「こなた……。早く、元気になりなさいよ……あんなに、いいお…さんがい…んだか……」
 一つ一つの言葉がきちんと発音できず、急激に全身から力が抜けていく。
もはや意識もはっきりとせず、自分が今立っているのか座っているのかも不明瞭だった。
そんな朦朧とした意識の中、ぼんやりとしか見えない視界の中で、大切な人の名前を口に出した。
「こ……な、た……」
 その言葉を最後に、私の意識はまどろみの中に落ちて行った。
ゆるやかに流れる時間の中で、ようやく私の長い一日が終わったのだった。

「ぅ……ん……」
 ふと気付いた時、私は壁にもたれかかっていた。夢と現実の狭間を漂っていた意識が
次第に覚醒していく。太陽の光の眩しさを感じながら、私は徐々に瞳を開いた。
「寝ちゃったのか……」
 靄がかかった様な視界の中で少しずつ記憶の糸を辿っていく。こなたが心配で
病院に残って、おじさんに眠気覚ましのコーヒーを頼んだとこまでは覚えている。
そこで急に睡魔に襲われて、少し休むつもりで壁に寄り掛かってそのまま寝てしまったというところか。
「おはよう、かがみ。今日もいい天気だねぇ」
 いつもの聞きなれた声が近くで弾ける。朝の通学時、最初にあった時に
聞こえてくるとても慣れ親しんだ声だ。
「本当ね。光がまぶ――」
 反射的に口を開いた私は声の主の姿を確認するため、未だはっきりしない
視界に意識を集中させた。
「どうしたの? そんなUFOでも見たかのような顔をして」
 こなたの瞳に私がどんな風に映っていたのかは知らない。
寝起きの顔だったのだから、決して見られたい顔ではなかったと思うが、
今の私にとってはどうでもいいことであった。
私は椅子から立ちあがって、ベットの上で上半身だけ起こして
まるで動物でも見ているかのような、無垢な顔で私を見つめているこなたの傍に駆け寄った。
「こなた! 気がついたのね、良かった……」
「そんな大袈裟だよ。生死の境をさ迷ってたわけでもないのに」
 ガーゼの隙間から見える赤く腫れあがった跡は、私が仮眠をとった程度の時間では
引いてくれなかったが、その穏やかな口調は普段のこなたそのままの口調であり、
本調子を取り戻したこなたの姿に、私は口を閉じるのも忘れていた。
 こなたが意識を取り戻したことに息をついた私は、改めて時刻を確認すると9時を超えていた。
妙に背中や肩が痛むのはおかしな体勢で寝ていたせいだろう。
窓から差し込む日差しは強く、気温も今の時間にしては少し熱く感じられた。
そう思った時、自分の着ている制服の上に私の体のサイズよりも大きい
灰色のジャケットを肩から掛けていることに気づいた。
「あれ? このジャケット……いつの間に?」
「あぁ、それ? お父さんの。風邪ひくといけないからって」
 手に取ったジャケットは普段お父さんが身につけているものより大きそうだった。
「そ、そうなんだ。おじさんは?」
「一度家に戻ったよ。仕事に使うパソコンを持ってくるんだって。
家に帰ってゆっくりしていいよって言ったんだけどねぇ」
 こなたは右手で後頭部をかいている。困ったような態度をとっているが、
それでいて優しげに聞こえるのは、私の気のせいでは無いだろう。
次におじさんに会ったらお礼を言わなければと、頭の中に刻み込んでから
ジャケットを畳んで私が先ほどまで座っていた椅子の上に置いた。
「ところで、怪我の具合はどう? 痛む?」
 こなたの元気な姿に浮かれていた私は軽い気持ちで聞いてみた。
「うん。顔や胸部はもう大丈夫だけど、やっぱり腕は痛むね。
昨日は気が張ってたからさほど気にならなかったけど、何もしてないと、ね……」
「そ、そうなんだ……」
 包帯の上から左腕を摩るこなたの姿に、私は浮かれていた自分を現実に引き戻した。
昨日腕を切りつけられた姿を目の当たりにしておきながら、一日で痛みが引くことなど
あるはずが無い。大怪我を負ったこなたへの安易な質問は、あまりにも無礼だったことに
気づき、私はなんて馬鹿なことを訊いてしまったのだろうと後悔した。
「あ――でも気にするほどのことじゃないよ! ほら、こうやって普通に動かせるし
ものすごーく左腕に神経を集中したらすこーし痛いかなー? ってぐらいだからさ!」

 私を気遣ってか、こなたは切られた腕を回したり伸ばしたりして自身の健康を
訴えているように見える。そんなこなたの振る舞いは、痛みを堪えて無理をさせてしまっている
ようにしか見えず、こなたにやせ我慢をさせてしまっていることに私は自責の念を抱いた。
「こなた、ごめんね。私のせいで、こんな大怪我をさせてしまって……」
 私はこなたに対してどんな顔で謝罪の言葉を言えば良いのか分からず、
こなたの瞳を見て言うことができない私は、俯いて口を開くのが精いっぱいだった。
「かがみのせいじゃないよ。これは私が自分でえ――」
「違うの! 私の、せいなの……。私が、私がつかさに学校に残らせずに真っ直ぐに家に帰らせていれば、
昨日の帰り道、こなたの言うとおり、安全面を考慮してタクシーを呼んでいれば、
私が近道しようなんて言わなければ、こなたも、つかさも、誰も傷付くことは無かった……」
 こなたの言葉を遮って私は自分の言葉を被せる。
「それだけじゃない。私、いままでこなたにずっと酷いこと言ってきたよね。
こなたは私のためにこんな怪我まで負ってしまったのに……。
私は何も知らなかった。こなたのこと、本当に何も知らなかった……。
気づいてあげることも、できなかった……。」
 たまらなく立っていられなくなった私はベットに両肘を付き顔を伏せて、かろうじて体を支えていた。
「……お父さんから聞いたよ。いつかは、みんなに話さなきゃって思っていたんだけどね」
「こなた、本当に、本当にごめんね……」
 私は声を震わせていた。昨日の夜から考え続けていた、こなたに対する今までの
私の接し方、そんな私でも自らの身を挺して命懸けで護ってくれたこなた。
そして私よりずっと辛い道を歩んできたこなたの過去。心の中で親友と称しておきながら、
そのことに何一つ気付けなかった不甲斐ない私。そんな思いが矢継ぎ早に頭の中を駆け抜ける。
溜まり溜まった感情が爆発し、幾多の思いが灼熱となって私の胸を焼く。
私はこれほどまでに涙もろかったのだろうか。溢れる涙は涸れることを知らず、
こみあげてくる嗚咽を止めることはできなかった。
まるで体の細胞一つ一つが泣いているかのように、人には見せられない姿で私は慟哭した。
「かがみ。かがみの考えは間違っているよ」
 こなたが優しい声で私の名前を奏でる。こなたの声が私の全身に染みわたり、
少しだけ興奮が収まったような気がした。
「もし、私たちが昨日の事件に遭遇しなかったとしても、私たち以外の誰かが
事件に巻き込まれた可能性だってあるわけだし、遅かれ早かれ、誰かが傷つく
結果になったんじゃないかな? それが今回はたまたま私たちだったってだけだよ」
 こなたは昨晩の事件で最も重症を負ったはずの人の言葉とは思えないほど穏やかな口調で答える。
「それにね、きっかけは何であれ、そこに行きつくまでにいかなる不運が重なったとしても、
事件の被害者が自分自身を傷つける必要なんて絶対に無いんだよ、かがみ」
 こなたの言葉に私は顔を上げた。普段の悪戯っぽい顔は姿を消し、
その笑顔はどこまでも慈愛に充ち溢れていた。
「私も、いじめにあっていた時に『どうして私なんだろう?』『私の何が悪いんだろう?』
って思いつめた時もあった。思いつめて、悩んで、苦しんで、私は自分の心に壁を作った。
本当は誰よりも友達が欲しかったのに、誰も信じられなくなっていた私は誰にも心を
開こうとはしなかった。そして、私の周りからは誰もいなくなって、もっと自分を苦しめることになった。
でも、そんな私でも友達になってくれた人がいた。その子から教えてもらったんだ。
自分を責めても何も変わらないってことを。かがみは責任感が強すぎるんだよ。
それはかがみの良い所でもあると思うんだ。でも、自分を追い詰めてまで
責任を背負う必要は無いんじゃないかな?」
 過去の辛い闇を背負い、それを克服してきた言葉には計り知れない重みがあった。
私よりはるかに過酷な生涯を歩んできたこなたに、私は返す言葉が無かった。
だが、この形容しがたい不快感、贖罪とも呼べる黒い感情は未だ私の胸元で燻っていた。
「でも、私は……」

 煮え切らない私の言葉に、こなたは私の手の上に自分の手のひらを重ねて
真っ直ぐに私を見据えていた。
「かがみ。私を、そしてかがみ自身を信じてあげて。かがみは何も悪いことなんかしていない。
それ以上、かがみはかがみ自身を傷つけたら駄目だよ。そんなことをしても、
誰も救われない。私も、つかさも、そしてかがみ自身も……」
 揺るぎなく言い切ったこなたの言葉は私の心の中にある全ての
悲しみの感情を貫いて私の心に届いた。
 私はこなたを信じたい。これだけ私のためにしてくれてきたこなたが私自身を信じろと
言ってくれている。私のためにも。何よりこれだけ私のためにしてくれるこなたのためにも、
これ以上こなたの前で落ち込んでいることはできない。
 涙のたまった瞳を擦ってから、精一杯の笑顔を作ってこなたに言葉を返した。
「うん、ごめんね。気を遣ってくれて。少しだけ元気が湧いてきた」
 こなたは柔らかな光を湛えた瞳で見つめながらゆっくりと首を横に振る。
「そんなことないよ。でもしおらしいかがみは貴重だから、しばらくはそのままでも良いよ?」
 こなたは悪戯な笑みでそう返した。その言葉の真意が私をからかう為の言葉ではなく、
気遣ってくれての言葉だと分かっていたから、私も立ちあがって
ベットに座るこなたを見下ろし、いつも通りに左手の拳を高く上げた。
「なんだと! 普段の私をどういう目で見ていたんだ!?」
「きゃー! かがみん凶暴! つかさ、みゆきさん、助けてー!」
 こなたはここに居もしない二人の名前を大げさに呼ぶ。そんなこなたのやり取りが
あまりにも面白く、私はこらえ切れずに笑ってしまった。そんな私の様子に
こなたもつられたのか、二人しかいない病室にはしばらくの間、私とこなたの笑い声が
響いていた。
 こんなに笑ったのは久しぶりだった様な気がして、私にはそれが嬉しかった。
笑いつかれた私は、気持ちを落ち着けるために深呼吸を繰り返して、呼吸を落ち着ける。
そして、一度大きく息を吐き出してこなたに顔を向けた。
「こなた」
「ん?」
 背筋を伸ばした私の様子にこなたも顔を向ける。
私は今までの全ての感謝の想いをこの一言に込めた。
「ありがとう」
「別に良いよ。私たちは友達じゃん」
 こなたは朗らかにそう答える。今だったら伝えられるかもしれない。
私は、自分にとって一番の親友だと自負しているこなたにこう続けた。
「……でも、あんたの言うこと、間違ってるわよ? 私たちは『友達』じゃないわ」
「――え?」
 その言葉にこなたから笑みが消えて真顔になる。励ましてもらっておいて、ちょっと
意地悪な言い方だとは分かっていたが、笑顔のこなたがあまりにも可愛らしく、
少しだけ悪戯してみたかった。
 そして私はこなたと出会ってからずっと伝えられなかった、大切な言葉を伝えた。
「私たちは、『親友』。そうでしょう?」
 本当はずっと前から伝えたかった。だが、赤面症でもあり、どうしても素直に
なれなかった私にとっては、ただそれだけを伝えることでも大きな覚悟が必要だったのだ。
自分で口にしておきながら、顔が熱くなっていくのを感じる。
だが今この時だけは、こなたになんと言われても良いと思えた。
それは紛れもなく、私が前から思っていた本心なのだから。

「親友……。そうだね……。うん、そうだよね! 私たちは親友なんだよね!?」
 親友と言う言葉を反芻するこなたは子供の様に無邪気に微笑んでくれた。
こなたが真っ直ぐに私の気持ちを受けてとめてくれたこと。同時に、こなたが
私のことを親友と認めくれたことがたまらなく嬉しかった。
「そうよ。友達と違って親友の縁は簡単には切れないわよ。高校を卒業したぐらいで
縁が切れると思ったら大間違いだからね。大学生になろうが、社会人になろうが、
どんなに遠くに離れていようが、私との縁は切れないと思っておきなさい」
「そ、それはまた随分先の話だね。でも、そうなれたらいいね。大学生になっても、
社会人になっても、それから先もずっと親友でいられたら良いよね?」
「良いよね? じゃないわよ。そうするのよ。私たちは親友なんだから」
 私はこなたに朗らかに答えた。こなたはかつてこなたを支えてくれた
大切な友達と別れてしまっている。ならば今度は、私がこなたを支えたい。
こなたはオタクで、面倒くさがりで、いい加減なところも多いけれど、
真っ直ぐで、とても優しくて、こんな私でも親友と認めてくれた……本当に良い奴なんだから。
「うん。かがみ……」
「なに?」
「ありがとう。私、かがみに出会えて、本当に良かったって思ってるよ」
「私もよ。ありがとう、こなた。それに私たちだけじゃないわよね?」
「うん。つかさも、みゆきさんもいる。これから先も、ずっと私たちは親友だからね」
「えぇ」
 私は初めて、こなたの前で正直になることができた。だけど、もしかしたらそれは
こなたも同じだったのかも知れない。大切な友人と遠く離れてしまい、会うことが
できなくなってしまったこなたもまた、自分のことを理解してくれる人を探し続けて
いたのだろう。そうでなければ、私が言った親友と言う言葉にこれほど反応するとは
思えないからだ。
 私は絶対にこなたとの繋がりを切らない。それはこなたのためでもあり
私のためでもあるのだから。
 私がそう決意を固めた時、病室のドアがノックする音が聞こえる。
私とこなたはドアの方に首を向けた。
「およ、誰だろ? 看護師さんかな?」
「私が出るわ」
 入口の前に移動し、看護師さんがいるだろうと予想して開けたドアの前には
私服に着替えたつかさが立っていた。
「つかさ!?」
「お姉ちゃん、おはよう。こなちゃんは――」
 つかさは私の横を覗き込むようにこなたの方を見遣った。こなたが起きていることを
確認したつかさは、言い終える前にこなたの元へと駆け寄った。
「こなちゃん! もう大丈夫なの!?」
「うん、おかげさまでね。つかさこそこんな時間に悪いね」
「ううん。こなちゃんは私の一番大切な友達だもん。このくらい当然だよ。
ゆきちゃんも後から来ると思うよ」
「みゆきが?」
 私もつかさと同様にこなたのベットの元へと歩みよる。
「私が今朝、ゆきちゃんに電話したの。そうしたら学校に行く前にお見舞いに行きたいから
場所を教えてほしいって」
「みんな人が良いねぇ。そこまでしてくれなくてもいいのに」
「みんな、こなたのことが心配なのよ」
「うん……。凄く嬉しいよ」
 こなたは顔を赤らめて頬をかいていた。
こなたの照れた顔は珍しい。素直じゃない人、照れ屋さん、そういう人も
ツンデレと称するならば、普段ツンデレツンデレと私に言っているこなたも
結構ツンデレとしての素質があるんじゃないかと思えた。
 私はそんな様子のこなたからつかさに向き直る。

「つかさ」
 私の問いかけにつかさも私に顔を向けた。つかさにも謝らなければならないことがあった。
「その、昨日――じゃなくて、今朝か。ごめんね。一緒にいてあげられなくて……」
 私はあの時、いかなる理由があろうとも、つかさでなくこなたの傍にいることを選んだ。
今日までずっと私を支え続けてくれた、たった一人の妹では無く、親友の傍にいることを
選んだのだ。私にとってつかさは紛れもなく一番私を慕ってくれていた人であり、
私に一番影響を与えた人でもあった。今回のことでつかさからどれだけ誹謗を
受けたとしても、私はそれを受け入れるつもりだった。
「心配しないで。私がお姉ちゃ――お姉ちゃん、泣いていたの?」
 覚悟を決めてつかさの言葉に耳を傾けていた私に届いたのは、私に対する
中傷ではなく、案じの言葉だった。その言葉に私は先ほどまで泣いていたことを
思い出して、軽く目を擦りながらやや快活に答えた。
「え――う、うん。でも今はもう、大丈夫だから心配しないで」
「そっか、辛いのは私だけじゃなかったんだよね。こなちゃんだって、お姉ちゃんだって……」
「え?」
「私もね、家に帰ってから泣いちゃったんだ。お姉ちゃんが病院に残ったのは、私たちのために
傷ついたこなちゃんを介抱するためだってわかっていたのに。
そんな時までお姉ちゃんと一緒にいたいって思っちゃった私が情けなくて……。
お姉ちゃんは、私のことを心配して帰るように諭してくれたのに、
一緒に残りたいなんてわがまま言ってごめんね」
 悲しみを湛えた静かな声で、つかさは私に対して軽く頭を下げて謝罪した。
 つかさもまた、苦しんでいたのか。私に迷惑をかけたのでは無いかと一人で悩み
思いつめてしまったのだろう。他人の視点から見て初めて気がついた。きっと先ほどの私も、
こなたから見たら今の私から見たつかさと同じように見えていたのかもしれないと思う。
 私は頭を下げたつかさ以上に腰を落として、つかさに顔を上げるように説得した。
「そんなことないよ! 私、本当はすごく嬉しかった。つかさも私と同じ気持ちなんだと
思って。でも、つかさにはゆっくり休んで欲しかったし、これ以上つかさに
迷惑かけたくなかったから」
 私の言葉につかさは俯けた姿勢を正す。つかさは私を見つめながら
「ありがとう、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんの妹で本当に良かったよ!」
 と、言って微笑んでくれた。私もそんなつかさに対して自然と笑みが零れる。
その様子を黙って見ていたこなたは薄ら笑いしているような顔を浮かべながら呟いた。
「美しい双子姉妹の禁じられた愛、良いねぇ。このネタ一つで同人誌が書けそうだよね」
「おま――そんなんじゃない! 人が真面目に話している時に!」
 こなたの言葉に私はつかさから顔を背け、こなたに向かってここが病室なのも
忘れて大声で叫んでいた。
「顔を真っ赤にして否定するその態度。そのツンデレっぷり、たまんないね。
それに最近は双子の百合も需要あるんだよ?」
「こなちゃん? ユリって何? 私たちはその、ユリ? なの?」
「おぉ、つかさも興味あるの? ではこなたお姉さんが色々教授してあげよう」
「こら! 一般人のつかさをオタクの世界に引きずり込むな!」
 私は怒号を上げながらこなたとつかさの間に割って入り、私は二人の会話を阻む。
こなたは不満げに唇を尖らせ、つかさはそんな私たちの姿を見ながら目尻を下げて微笑んでいる。
 昨晩の悪夢を微塵も感じさせないほどの快い空気が、私たちを包みこんでいるようだった。

 あれから一年の時が過ぎた。勉強も遊ぶことも精一杯楽しんできた私たちも
三年となり、これから先は受験が控えている。放課後、私たちいつもの4人は
B組のこなたの机の傍に集まっていた。
「かがみは法学部、つかさは料理関係、みゆきさんは医学部か。
みんなちゃんと目指すものがあるんだね」
 こなたは私たち3人の進路を聞きながら、記入欄に何も書かれていない
自分の進路希望書に目を落としていた。
「こなちゃんは将来何になりたいの?」
「いや、私は今を楽しめればそれで良い派だから特に何も」
 こなたは机に左肘をつき、手に持ったシャーペンをくるくると回しながら、
にこやかに答える。未だ先の見えない将来のどこにそんな余裕があるのか、
鷹揚な態度をとるこなたの姿に私はため息をついた。
「おいおい、それが受験生の台詞かよ。いい加減に将来考えないと、後で苦労するわよ」
「人それぞれですから、必ずしも夢を持つ必要は無いと思いますが、大まかにでも
どういう仕事をしたいかは考えておいた方がよいかも知れませんね」
「うーん、やりたい仕事ねぇ……」
 シャーペンを置いたこなたは、机の上に両肘を置いて指を組む。
数秒間瞑目し黙考していたこなたは、思いついたように私に顔を向けた。
「そういえば、なんでかがみは法学部なのさ?」
「うん? まぁ、大した理由じゃないんだけどね」
 私は自分の手に持っていた進路希望書に視線を落とす。私の答えを待っているのだろう。
こなただけでなく、つかさとみゆきも私に視線を向けているのが分かった。
「私はさ、肉体的にも精神的にも決して強い方じゃない。
でも、そんな私でも誰かの役に立てる仕事につけたらいいなって思ってさ」
 私は目を閉じて、一年前のことを思い返していた。普段は気が強いのに本当は凄く弱い私。
あの時、つかさは私を庇い、こなたは私たちのために戦ってくれた中で、何もできなかった私。
それからの私は幾度と無く自分自身を見つめ直そうと必死だった。

「私、みゆきには敵わないけど、昔から勉強は結構得意だったから、難しいとは思うけど
そっちの方面で頑張ってみようかなって。まだ漠然としたイメージしかないんだけどね」
 私は顔を上げてみんなにそう答えた。あの日以来、ちょっとだけ自分の心に
素直になれたような気がする。今の幸せ、みんなと分かち合う喜び、そういったものを
少しだけ……。そう、ほんの少しだけど、みんなに伝えられるようになった。
こなたは相変わらず、私のことをツンデレと言ってからかってくるけど、それでも
今まで何一つ正直に思いを伝えられなかった私にとっては大きな進歩だった。
 そして私も、誰かの役に立つ生き方をしたかった。あの時こなたが私とつかさを
助けてくれたように、みんなが、今日までの私の精神的支柱になってくれたように、
私も人の支えに成れるような人物に成りたかった。
「お、おかしい……かな……?」
 誰一人口を開かなかったみんなに私は不安げに聞き返した。
「ううん、そんなことない。かがみならきっと大丈夫だよ」
「私も、お姉ちゃんが弁護士さんに成れるように応援するよ」
「えぇ。素晴らしい夢だと思います」
 私が弁護士になれる保証など何処にも無い。それでもみんなは三者三様の言葉で
私にエールを送ってくれる。私は自分の胸が熱くなっていくのを感じた。
「ありがとう……。みんな」
「かがみは、将来弁護士か……」
 こなたはそう呟いた後に自分の腕を組む。それからこなたは椅子に座ったまま
私に体を向けると、いきなり私の前で頭を下げた。
「何よ?」
「いや、その折りには、どうぞよろしくお願いします」
「その折りってなんだ? やらかす気満々か?」
 こなたの姿につかさとみゆきが声を出して笑う。それにつられて私とこなたも
声を上げて笑ってしまった。
 受験を控えた今の私たちには、将来のことでの不安は尽きない。
弁護士の試験が難しいことは素人の私でさえ知っていたし、それ以前に
希望の大学に進学できるかどうかさえ分からない。
 でも、たとえこの先にどれほどの困難が待ち受けていたとしても、私たちの友情が途切れることは
無いと確信しているし、そのためならばいかなる努力も惜しむつもりは無い。
 日の傾きつつある空から、夕焼けの光が窓から差し込んでくる。
静まっているはずの放課後の教室には、私たちのにぎやかな声が廊下まで鳴り響いていた。


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  • ↓映像化は勘弁して下さい。 こなたが傷つくのは…(T^T) -- 名無しさん (2013-01-12 21:39:56)
  • このスレ漫画で読んでみたい -- 名無しさん (2009-09-30 10:31:08)
  • もし第2期をやるのなら、是非この話を組み込んで欲しいね。 -- 名無しさん (2008-10-26 23:23:57)
  • やべぇ!何でこんなに泣けるんだ?つーかこの作品内容なら強兄で映像化も出来るんじゃね?G.J -- kk (2008-10-23 21:45:05)

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