こころのきょり

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「はぁ……」

今日何度目のため息だろうか。
今日から約一年間過ごすこの教室で、自分の居場所であるこの席で、私はため息をつく。
新しい友達もできるだろう。旧友がいるから不安もない。
なのに、どうしてもこのクラスであることに、彼女たちと違うクラスであることに不満を覚えてしまう。
『今年こそはみんなと、こなたと同じクラスになれますように』
つかさとお参りした時に自分でも気づかないほど熱心にお願いした。
あの時は、いや、今でも私は素直にこなたと一緒がよかったとは言えないけど。
それでも今、こうして一人残ってしまうほどに私はそれを望んでいた。

去年と、その前の一年の頃と何も変わらないじゃないか。
こなた、つかさ、みゆきが同じクラスで、私は休み時間に顔を出して。
朝も放課後もたいてい一緒に過ごす。休みの日だってそう。
今まで通り昼休みに一緒にご飯食べて、夜には時間も忘れて長電話したりできる。
……でも、違う。変わらないはずがない。
ちょっと前を、二年生だった私の毎日を振り返ると、一つ一つが綺麗な思い出となって光輝く。
たとえばみんなで海に行ったことや、こなたに付き合わされたアニメショップ巡りさえも。
……そんな楽しい毎日を送れるだろうか。
あと一年しかない日々を、この先に別れを気にしないで過ごすことができるだろうか。
ましてや私たちは受験生。遊んでばかりいられない、勉強ばかりのきつい毎日を送るはずだ。

「変わらないよ」

私にとって大切な存在の、一緒に楽しい日々を過ごしてきた彼女の声がした。
「こなた……なんでここに?」
振り返ればいつもと変わらない笑顔で立っているこなたがいた。
本来ならとっくに帰っているはずのこなたがここにいる。そのことに心臓がかすかにトクンとはねた。
「かがみと一緒に帰ろうと思ってね」
「何言ってるのよ。先に帰るよう言ったじゃない」
理由はクラスの子と話があるから。嘘じゃないけど正確ではない。
それくらいわかってるよ、と言うようにこなたは少し肩をすくめた。それからいつもは見せない真剣な表情になって、
「さっきは何考えてたの?」

「別に。春の陽気にでもあてられたのかしらね」
春眠暁を覚えずなんて言葉をつかさやこなたがこの時期よく使う。みゆきも暖かくなって気が緩んでしまうとか言ってたっけ。
「ふーん、めずらしいね」
自分を律するのは人よりできているつもり。だらけているのは好ましくない。
そんないつもの自分らしさを出したところでこいつが納得するとは思えない。でも追求はない。
なんだかんだいって常に周りを見て気を配る面を持つこなたは、ただ外を眺めているだけだった。
時々この横顔に不安を覚える。
大げさなリアクションを除きあまり表情を変えないこなたは何を考えているか読めないことがある。
その様子をしばしうかがってるとたいていはすぐ憎たらしい笑みを浮かべるんだけど。
でも私の視線に気づかないくらい何かに思い耽ることもある。今もそんな表情。
すごく遠く感じる。手を伸ばさないと、声をかけないとどこかに行ってしまうんじゃないかって。

「どうして変わらないって言えるのよ?」

どうせこいつは私が寂しがってるだろうとか言って。さっきの様子のこととか気づいているだろう。
誤魔化すなら答えないと言うのなら私は正直に打ち明けよう。
「あと一年しかないこの時間を、こんなにも大きな存在になったあんたたちと、どうやって過ごしたらいいのよ」
私は自分が焦っていることに気づいた。
思い出がほしい。来年も、これからもずっと一緒でいられるという確かな繋がりがほしい。
今こうして手を伸ばせば届く距離にいるこなたがいつかいなくなることを恐れているんだ。
「今まで通りでいいじゃん?まだ、一年も、あるんだよ」
やっとこっちを見てくれた。
いつもと変わらない猫口で、少しだけ口元だけで笑って見せて。いつものからかうような、でも寂しげにも見える表情。
「先のことはわからないよ。でもさ、かがみが望むなら私はいつでも会いに行くよ。私は暇人だからね」

帰ろう、とこなたは言った。
いつの間にか薄暗くなった外。暖かくなったと言えども日が落ちれば相変わらず寒い。
新しい自分の席を見つめ、隣のクラスのこなたたちの席を、そこにある私の居場所をちらり確認した。
まだまだ放課後の時間は私たちのお楽しみの時間。今日もこんなに遅くまで残っていた。
あと一年、これからもお世話になります。そう校舎に告げた。
「ね、手繋がない?」
すたすたと先を行くこなたに問いかける。
教室を出てから一つも話してない。あんなこと言ってたくせに。
いつもは鬱陶しいくらいに饒舌なのに、今はずっと前だけ見て。
「ん……」
立ち止まってすっと右手を差し出した。振り返らなかったので表情は見えない。
私は駆け寄るように横に並んでその小さな手をしっかりと握った。
お互いの顔色をうかがうことも、言葉を交わすこともない。私はずっと心の中で呟いていた。
こうしていつまでも隣に立っていられることを望む。この手を離さないと誓う。
それは私たちが三年生となった最初の日の出来事。



「柊、一緒に食べようぜ」
昼休みに日下部と峰岸が声をかけてきた。
二人とは中学時代からの腐れ縁。とはいえ私にはそれ以上の友達ができた。
「ごめん、今日は向こうで食べる約束してて」
「なんだよ、またちびっ子のとこか」
「つ、つかさのとこ行ってくる」
そそくさとC組をあとにする。少しうらめしそうにする日下部は峰岸になんとかしてもらおう。
『またちびっ子』日下部が最近よく使うこの言葉。
確かにこなたと一緒にいることは多いけど、つかさやみゆきもいるわけで。
さっきのように妹のつかさに会いに行くのは変じゃないとか誰にともなく言い訳したり。
大事な妹と親友。それだけでも十分な理由だと自分に言い聞かせながらも何かが引っかかってしまう。
みゆきは親友と呼ぶにふさわしくこなたも同じはずなのに。こなたはなぜかその枠からはみ出そうになる。
B組の扉を前にしながら考え事をしているのは不審に思われそうなのでうやむやなまま教室に入った。

「おっす、お昼にしましょ」
私が声をかけると三人は笑って迎えてくれる。
一つの机を囲みお弁当を広げて待つみんなの間にはいつも私用にスペースが開けられていた。
「今日はつかさ作か。相変わらず美味しそうなことで」
自然な流れでこなたが私に話を振り、つかさとみゆきがどこかずれた相槌をうつ。
私たち四人がこうして他愛もない話に花を咲かせるのはいつものこと。
「私が作るのは美味しそうじゃないと言いたいんだな?」
こなたのストッパー役としてつっこみを入れるのもいつものこと。
にらみを利かせるとこなたはオーバーに怯えたふりをした。
私の怒りが形だけであるように、こなたもあくまで話のネタとして以上には突っ込んでこない。たまに熱くなるけどね。
「まぁまぁ。料理は見た目だけじゃないし」
「そんなの見た目も味も完璧なつかさの前じゃなんの意味もないわよ」
つかさは褒められるのが苦手だ。えへへ、と照れ笑いをする。
悔しいんだけど、その、もっと他のことで褒められるようになってくれないかしら。
みゆき、喧嘩してるわけじゃないから会話に入ってきていいのよ。

「というかさ、私食べたことないからわかんないんだけど」
ん?そりゃ私たちのお弁当だし、わざわざお前にあげる理由もない。
「つかさ、かがみのお弁当って美味しい?」
「うん!」
こなたの問いに笑顔で答えるつかさ。不味いなんて言われたら立ち直れないところだったわ。
「つかさ、いくら大好きなお姉ちゃんだからって無理しなくていいんだよ?」
「ち、違うよ」
何言ってるのよこなた。そんなことあるわけないじゃないの。ね、つかさ?
「あ、あのね違うっていうのは嘘ついてないよってことで。そ、その、お姉ちゃんのことは大好きだからね」
いや、そこを疑ってたわけじゃないわよ。でもつかさ、ありがと。
こなたはわかってるわかってる、とつかさのことを面白そうに見ていた。どうせ萌えとか言うんでしょ。
みゆきは慌てふためくつかさや私たちのことを変わらない微笑みで見つめている。そこだけ別世界ね。
……考え方がこなたに似てきた気がする。

「というわけでかがみ」
いつの間にかこなたがキラキラと目を輝かせて私を見ていた。
なんというかこいつは無垢な子どもの表情がよく似合う。って実際にいろんな意味で子どもだったわ。
「なによ?」
表情を見る限りは聞いてあげようって思ってしまう可愛らしさがあるけれども、こなたがこういう顔をするときはたいていろくでもないことを言いだす。
ぶっきらぼうに話を促してやると、やはり爆弾を投下してきた。
「私かがみの作ったお弁当食べたいから明日よろしくね」
「はぁ?なんでそんなことしなきゃならないのよ」
「かがみ弁当の味を確かめたくてね。分けてもらうのもいいけど、全体で評価しないと」
何かぶつぶつ呟いている。しかし私にいちいちそんなことを聞きとる余裕もなく。
「絶対嫌。余計な手間かけたくないし」
「ほんとは味に自信ないだけじゃないの~?」
「ちっがう!だいたいあんたに食べてもらう必要もないじゃない」
「えぇ~?」
もう、つかさとみゆきもなんとか言ってやってよ。
「じゃあこなちゃんも作って交換したらどうかな?」
「そうですね。それだとお弁当を三つ作らなくて済みますし」
えっ?えっ?
「それじゃかがみ、いつものように二つ作ってきてね。一つは私の、もう一つはつかさの。で、かがみの分は私が」

なんだかよくわからないうちに私は明日こなた用のお弁当を作るはめになってしまった。

「つかさ、どうしたらいいと思う?」
帰り道、改めて念を押された。楽しみにしてる、と笑顔のおまけつき。
人に食べてもらうことは意識してるけどつかさは身内、ある程度甘めに見てくれていただろう。私自身時間がないと楽してた。
なので今度はこなたが食べるものを作るわけでみっともないものを出すわけにいかない。
「どうしたらって、いつものように作るしかないんじゃないかな」
一日で飛躍的に料理が上手くなるはずもない。つかさも手出し禁止とこなたが言っていた。
わかってる。つかさにすがってもどうしようもないことくらい。
でもこなたが勉強で私に泣きついてくるように、私は料理ではつかさを頼ってしまうんだ。
くっ、料理くらいできなくてもいいと言っていたのはこなたのくせに。

「お姉ちゃんはこなちゃんに美味しいって言ってほしいんだね」
「えっ?あ、いや、バカにされたくないから」
クッキーをたまにつかさと作ったらあんな反応だし。まぁつかさのクッキーと比べるのもおかしいか。
とにかく二次元のキャラにたとえられたりとか、食専門だと言われたくない。
「そうかな。ねぇお姉ちゃん、料理はやっぱり気持ちだよ」
「想いを込めてってやつ?あんまり信用ならないんだけど」
「だってね、作ったものを美味しいって言ってもらえるの嬉しいでしょ?」
月並みのアドバイスのはずなのに私にはそれが一番信ずるべきものだと思った。つかさはにこっとこう付け加えた。
「私はお姉ちゃんの笑顔が見たいからクッキー作るようになったんだよ」

正直なところ私の好きな時間の一つにご飯を食べている時が入る。
美味しいものを食べている時、お腹が満たされる食事は何よりいいものだと思う。
それからつかさが言ったクッキー、あれはとても美味しく幸せを感じる。
まぁ食欲旺盛だとかからかわれるんだけど、この際それは置いておく。
とにかく、みんな誰だって美味しいものを食べている時は笑顔になるはずだ。
こなたが私のお弁当を美味しいと言ってくれる、喜んで食べてくれる。
……嬉しいじゃないか。
こなたがからかいとかじゃなくて、新作のアニメに夢中になっている笑顔(このたとえもどうよ)を見せてくれる。
あの子の喜ぶ顔が見たいから、私はお弁当を丹精込めて作るんだ。

翌朝、いつもより早めに起きてお弁当を作り始める。
こなたがぱっちりと大きな目を開かせて「美味しいよ、かがみ」と言う。
その緩みきった頬を見ながら、「ふふ、ありがと」なんて言って口元についたご飯粒を取ってあげる。
その行動に少し赤くなるこなた。いつもと違うこなたの可愛いところに鼓動が高鳴って。
……なんて昼休みの楽しい光景を思い描きながら私はこなた弁当を作った。
寝ぼすけのつかさを叩き起こして朝食を取る。学校に行く準備もばっちし。
つかさ、早くしなさい。……ん、大丈夫よ、自信あるから。あ、かかと踏んでるわよ。よし、それじゃ、
「行ってきまーす!」



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コメント:
  • かがみん、私にも・・・私にもひとつ! -- ぷにゃねこ (2013-01-25 17:19:01)
  • 28282828282828282828
    (σ*´∀`)


    -- 名無しさん (2012-10-22 12:54:23)
  • いいな…いいよこういうの -- 名無しさん (2009-06-27 23:17:59)


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