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『彼方へと続く未来』 第二章 (前編)」(2023/01/04 (水) 11:45:26) の最新版変更点

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今朝、私はこなたとケンカした。といっても、正確には 私が一方的に怒っていただけ。こなたは何も悪いことはしていない。  だけど、話しを聞いてあげられなかった。私は、最低だ。         『彼方へと続く未来』 第二章 (前編)  お昼休み。生徒達がそれぞれ自由な場所でお弁当を食べる時間。  私もいつもならB組へ出かけてみんなと昼食を食べる……ハズだった。 「珍しいよなー。柊がこっちでお昼たべるなんて。なー、あやの」 「そうよね。何かあったの、柊ちゃん?」    特大のミートボールを口に頬張る日下部と、隣にいる峰岸が 心配そうに話しかけてきている。そんな二人が見つめている中、 私はお気に入りの箸を口にくわえながら、 「別に。なんとなくよ」  不機嫌さ全開で反応し、口元にご飯を運んでいた。  いぶかしむ二人をよそに、ただ淡々とお弁当を口にする。  けれども、不思議と今日は味がしない。味覚まで不機嫌なのかしら。  くわえていた箸を一旦入れ物にしまい、頬杖をつく。  しばらくの間そうしていると、 「んあ? あれ柊の妹じゃねーのか?」  日下部が扉の方に人差し指を突き出しながら叫んでいた。  指の先を確認してみると、確かにそこにはつかさがいた。  ほんの少し不安そうな顔をしながら、私に目配せしている。 「どうしたのかな? 妹ちゃん、なんだか元気なさそうね」 「そーだなー。なんだかため息ばっかついてるしなぁ」  つかさはああ見えて時々もの凄く鋭い所がある。  きっと今回もそのパターンだということはすぐにわかった。  いわゆる、女の勘……とは少し意味は違うけど。 「ちょっと私行ってくるね。すぐに戻ってくるから」 「お~う。気をつけていってこいってヴぁ」 「頑張ってね、柊ちゃん」  ……何か微妙にツッコミを入れたくなったのは気のせいだろうか。  そんなことを頭の片隅で考えながら、私はつかさの所へ向かった。 「あ、お姉ちゃん。お昼、食べに来ないの?」  開口一番、つかさは核心を突いてきた。  とはいっても、いつもなら私の方が率先してB組に足を 運んでいたから、つかさが不思議に思うのは当然だった。  でも、どう答えたら良いんだろう。今のつかさの態度を見る限りでは、 どうやらこなたに事情を聞いたからここに来た訳ではないらしい。  扉の片側を持つ手に力がこもる。そして、私は――。 「ごめんね、つかさ。今日は日下部達とお昼食べる約束してたのよ」 「えっ、そうだったの?」  嘘をついていた。  中学時代からの親友の名前を引っ張り出してまで、 私はこなたと向き合うのを拒絶してしまった。 「てなわけだから。ごめんね、つかさ」 「ううん、それならいいんだ。じゃねー……」  後ろ髪を引かれるような感じで遠ざかっていくつかさ。  その姿を見ながら、私は一つの結論を導き出した。    ――私は、もうB組には行けないなぁ。  晴れない霧の様な答えを胸に抱えながら、 私は足早に日下部達の所へと戻った。  気付くと、お昼休みはもう半分以上過ぎていた。 ***  五時間目。机の上に世界史の教科書とノートを拡げながら小さくため息。  黒板の前では黒井先生が世界史の学習ポイントについてのまとめを していた。これから二次募集を受験する人も、もう進路が確定した人も、みんな 真剣になって授業の内容に耳を傾けている。だけど、私は上の空。 (なんで、あんなことしちゃったんだろう。こなた……)  そんな風にうつろな目を漂わせていた時、ふいに黒井先生と目があった。  ヤバい! と感じて教科書を慌てて持ち直す。しかし、不思議と先生は 私を注意することなく、チョークを握り直してポイントの説明を再開していた。  思わず肩の力が抜ける。気のせいだったのかな?  左手に持っていたシャーペンが、ことりと机の上に落ちていた。  結局、何も頭に入らないまま授業は終わった。  教科書とノートを引き出しの中にしまい、再びため息。  ……こういう時は、何か読むのが一番よね。  そう判断して、鞄からラノベを取り出そうとすると、 「お~う、柊。ちょっとええか~?」  何メートルか離れた先から私を呼ぶ声。黒井先生だった。  もう、放っておいて欲しいのに。そう思いつつ、声を絞り出す。 「なんですか、先生」  自分でもびっくりする位の低い声だった。  だけど、先生がそれを気にする素振りは無い。 「いやあ、ちょっと柊に確認したいことがあってなぁ。  ここじゃ話しにくいから、ちょっと一緒に来てくれへんか?」  右手で小さく手招きしながら私を誘導しようとする。  とりあえず、どんな内容か位は聞いてもいいかな……。  そう思った私は立ち上がって先生と一緒に廊下に出た。  連れてこられた先は、普段あまり生徒が近づかない、 屋上へと続く階段の先にある閑散とした踊り場だった。  埃っぽい空気が塵となって鼻の先をくすぐる。 「それで、なにか用ですか? 先生」 「いや~、なんか柊があんまり元気なさそうだったもんでなぁ」 「別に……普通ですよ」 「嘘ついたらあかんで~。その素っ気ない態度が何よりの証拠や」    教材を抱えていない右手をくいっとさせながらおどける黒井先生。  なんだか、いつもとは違った雰囲気がする。強烈な違和感。 「で、実際に何が原因でそうなったんや?  もしかして、また泉と口ゲンカでもしとったんか~?」 「ちっ、違います! あんな奴とは、何の関係もありません!」  しまった。ついつい普段の癖で、盛大に自爆してしまった。  開いた口を手で押さえた時には、もう手遅れだった。 「その口調に、その反応……。泉から、もう進路の話しを聞いたみたいやな?」 「……」 「どうなんや? 黙ってたら、先生怒るで」 「……はい。今日の朝に、こなたの方から」  先生には、全部お見通しだったようだ。  よく考えれば、先生はこなたの担任なのだから、 別に驚くほどのことではなかったけど。 「今日の朝、か。どうやらちゃんと守り通せたみたいやな」 「守る? どういうことですか?」  私の声を聞いた先生が、ふうっと息を吐いた。  何か大事なことを享受したかの様な顔で。 「泉はな、進路指導の時、私にこう言うたんや。『今自分が進路の事をかがみ達に  話したらきっと迷惑になる。だから、他のみんなの進路が決まるまでこの事  は伏せておきたいから、協力して下さい』ってな」 「……」  耳が痛かった。こなたが、そこまで考えていたなんて。  だけど、私は……。 「柊と泉の間に何があったのか、ウチにはわからん。  かといって、泉の方から無理に事情を聞くこともせえへん。それに……」 「……の……勝手……じゃないですか」 「ん? 柊。今なんか言うたか?」  黒井先生の話しがちょうど佳境に入り始めた時。  私は呟いていた。自分の頭のどこに存在していたのか わからないぐらい、恐ろしく冷徹でトゲのついた言葉を。 「そんなの、こなたが勝手に言い出したことじゃないですか」 「……なんやて!? もう一度言うてみい!」  先生の怒気を含んだ声。だけど、不思議と怖くはなかった。  周辺の雰囲気が、一気に張りつめていくのを肌に感じる。   「何度でも言います。それは、こなたが勝手に言い出した事です。  私には、何の関係もありません」 「――ひぃぃらぎぃ!」  廊下の空気を切り裂くかの様な声が響いていた。  同時に、金縛りにあったかの様に体が硬直する。    「適当なこと抜かすのもええかげんにせぇ! 泉が、どんな気持ちで一番  最初に、柊に進路の事を話したのか、わかっとんのか!?」  ――そんな……そんなこと、言われなくてもわかってたわよ!  いつもはおちゃらけててだらしがないけど、他人の気持ちを 理解できないまま、話しを切り出してくる様な奴じゃないってこと位!  だけど、それを認めちゃったら、私はこなたのことを……。 「……わかりません」 「なんやて?」 「急に、そんなこと言われてもわかりません。だって、私はこなたをっ!」 「柊……」  私の思考は、既に限界だった。  抑圧、合理化。そうすることだけで精一杯。 「すみません。次の授業があるので……、失礼します」 「あっ。ちょい待ちぃ! 柊! 柊ーー!」  駆け足で踊り場から離れた私の背後に響く黒井先生の声。  だけど私は振り返らない。いや、振り返れなかった。   こんな一日、早く終わらせたい。今日は、最悪の日だ。 「ただいま……」  外気で冷え切っていたドアを開け、家に入る。一人ぼっちの帰宅。  結局、朝の出来事以来、私はこなたに会うことは無かった。  そして、つかさにも一切連絡を入れず、私は逃げ帰っていた。   「おかえりー……って、珍しいねー。  かがみがつかさより先に帰ってくるなんて」  正面から声。そこに居たのは、まつり姉さんだった。 「たまたまよ。偶然そうなっただけ」 「そうかしら。なーんか怪しいわね」 「き、気のせいよ」 「まあいいけど。でも、あんまりつかさを放っておいちゃダメだからね」  ピンと私の額を弾いて、まつり姉さんは自分の部屋に帰っていった。  ……何よ、人の気も知らないで。それに、つかさはもう私が一緒に いなくても、一人で考えて行動できてるわよ。子供じゃないんだから。 (そう。つかさはもう子供じゃない。子供なのは、私の方よ)  今朝の私の行動は、子供のわがままそのものだった。  そして、今までずっとこなたに甘え続けていた私が払った代償。  こなたとの距離。こなたとの絆。こなたの笑顔……。  シンと静まり返った部屋。私はそこに侵入した。  自分の部屋に侵入というのも変だとは思うけど、 色んな考えが巡り続けている私には、ここが自分だけの 空間であるという認識が持てなかった。  だけど、その空間に飾られていた物は、紛れもなく私のものだった。  修学旅行の時に撮ったプリクラ。去年の学園祭で踊った時の衣装。  そして、満面の笑みを浮かべたこなたと一緒に写っている、私の写真。  でも、その楽しい日々を私は自ら壊してしまった。  気晴らしに、数学の教科書に載っている公式を、ひたすらノートに 書き取ろうかとも考えた。しかし、いくら鞄の中をかきまわしても 肝心の教科書は見つからなかった。理由は簡単。    ――こなたに、貸したままだったから。  考えまいとすればするほど、こなたは私の脳裏に現れる。  大学生活への準備や、読みかけのラノベの内容も全部押しのけて。  同時に、全てのやる気が体から抜け、制服のままベッドに 仰向けになって倒れ込む。時の流れから、私は切り離された。 -[[『彼方へと続く未来』 第二章 (中編)>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/469.html]]へ続く **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3)
今朝、私はこなたとケンカした。といっても、正確には 私が一方的に怒っていただけ。こなたは何も悪いことはしていない。  だけど、話しを聞いてあげられなかった。私は、最低だ。         『彼方へと続く未来』 第二章 (前編)  お昼休み。生徒達がそれぞれ自由な場所でお弁当を食べる時間。  私もいつもならB組へ出かけてみんなと昼食を食べる……ハズだった。 「珍しいよなー。柊がこっちでお昼たべるなんて。なー、あやの」 「そうよね。何かあったの、柊ちゃん?」    特大のミートボールを口に頬張る日下部と、隣にいる峰岸が 心配そうに話しかけてきている。そんな二人が見つめている中、 私はお気に入りの箸を口にくわえながら、 「別に。なんとなくよ」  不機嫌さ全開で反応し、口元にご飯を運んでいた。  いぶかしむ二人をよそに、ただ淡々とお弁当を口にする。  けれども、不思議と今日は味がしない。味覚まで不機嫌なのかしら。  くわえていた箸を一旦入れ物にしまい、頬杖をつく。  しばらくの間そうしていると、 「んあ? あれ柊の妹じゃねーのか?」  日下部が扉の方に人差し指を突き出しながら叫んでいた。  指の先を確認してみると、確かにそこにはつかさがいた。  ほんの少し不安そうな顔をしながら、私に目配せしている。 「どうしたのかな? 妹ちゃん、なんだか元気なさそうね」 「そーだなー。なんだかため息ばっかついてるしなぁ」  つかさはああ見えて時々もの凄く鋭い所がある。  きっと今回もそのパターンだということはすぐにわかった。  いわゆる、女の勘……とは少し意味は違うけど。 「ちょっと私行ってくるね。すぐに戻ってくるから」 「お~う。気をつけていってこいってヴぁ」 「頑張ってね、柊ちゃん」  ……何か微妙にツッコミを入れたくなったのは気のせいだろうか。  そんなことを頭の片隅で考えながら、私はつかさの所へ向かった。 「あ、お姉ちゃん。お昼、食べに来ないの?」  開口一番、つかさは核心を突いてきた。  とはいっても、いつもなら私の方が率先してB組に足を 運んでいたから、つかさが不思議に思うのは当然だった。  でも、どう答えたら良いんだろう。今のつかさの態度を見る限りでは、 どうやらこなたに事情を聞いたからここに来た訳ではないらしい。  扉の片側を持つ手に力がこもる。そして、私は――。 「ごめんね、つかさ。今日は日下部達とお昼食べる約束してたのよ」 「えっ、そうだったの?」  嘘をついていた。  中学時代からの親友の名前を引っ張り出してまで、 私はこなたと向き合うのを拒絶してしまった。 「てなわけだから。ごめんね、つかさ」 「ううん、それならいいんだ。じゃねー……」  後ろ髪を引かれるような感じで遠ざかっていくつかさ。  その姿を見ながら、私は一つの結論を導き出した。    ――私は、もうB組には行けないなぁ。  晴れない霧の様な答えを胸に抱えながら、 私は足早に日下部達の所へと戻った。  気付くと、お昼休みはもう半分以上過ぎていた。 ***  五時間目。机の上に世界史の教科書とノートを拡げながら小さくため息。  黒板の前では黒井先生が世界史の学習ポイントについてのまとめを していた。これから二次募集を受験する人も、もう進路が確定した人も、みんな 真剣になって授業の内容に耳を傾けている。だけど、私は上の空。 (なんで、あんなことしちゃったんだろう。こなた……)  そんな風にうつろな目を漂わせていた時、ふいに黒井先生と目があった。  ヤバい! と感じて教科書を慌てて持ち直す。しかし、不思議と先生は 私を注意することなく、チョークを握り直してポイントの説明を再開していた。  思わず肩の力が抜ける。気のせいだったのかな?  左手に持っていたシャーペンが、ことりと机の上に落ちていた。  結局、何も頭に入らないまま授業は終わった。  教科書とノートを引き出しの中にしまい、再びため息。  ……こういう時は、何か読むのが一番よね。  そう判断して、鞄からラノベを取り出そうとすると、 「お~う、柊。ちょっとええか~?」  何メートルか離れた先から私を呼ぶ声。黒井先生だった。  もう、放っておいて欲しいのに。そう思いつつ、声を絞り出す。 「なんですか、先生」  自分でもびっくりする位の低い声だった。  だけど、先生がそれを気にする素振りは無い。 「いやあ、ちょっと柊に確認したいことがあってなぁ。  ここじゃ話しにくいから、ちょっと一緒に来てくれへんか?」  右手で小さく手招きしながら私を誘導しようとする。  とりあえず、どんな内容か位は聞いてもいいかな……。  そう思った私は立ち上がって先生と一緒に廊下に出た。  連れてこられた先は、普段あまり生徒が近づかない、 屋上へと続く階段の先にある閑散とした踊り場だった。  埃っぽい空気が塵となって鼻の先をくすぐる。 「それで、なにか用ですか? 先生」 「いや~、なんか柊があんまり元気なさそうだったもんでなぁ」 「別に……普通ですよ」 「嘘ついたらあかんで~。その素っ気ない態度が何よりの証拠や」    教材を抱えていない右手をくいっとさせながらおどける黒井先生。  なんだか、いつもとは違った雰囲気がする。強烈な違和感。 「で、実際に何が原因でそうなったんや?  もしかして、また泉と口ゲンカでもしとったんか~?」 「ちっ、違います! あんな奴とは、何の関係もありません!」  しまった。ついつい普段の癖で、盛大に自爆してしまった。  開いた口を手で押さえた時には、もう手遅れだった。 「その口調に、その反応……。泉から、もう進路の話しを聞いたみたいやな?」 「……」 「どうなんや? 黙ってたら、先生怒るで」 「……はい。今日の朝に、こなたの方から」  先生には、全部お見通しだったようだ。  よく考えれば、先生はこなたの担任なのだから、 別に驚くほどのことではなかったけど。 「今日の朝、か。どうやらちゃんと守り通せたみたいやな」 「守る? どういうことですか?」  私の声を聞いた先生が、ふうっと息を吐いた。  何か大事なことを享受したかの様な顔で。 「泉はな、進路指導の時、私にこう言うたんや。『今自分が進路の事をかがみ達に  話したらきっと迷惑になる。だから、他のみんなの進路が決まるまでこの事  は伏せておきたいから、協力して下さい』ってな」 「……」  耳が痛かった。こなたが、そこまで考えていたなんて。  だけど、私は……。 「柊と泉の間に何があったのか、ウチにはわからん。  かといって、泉の方から無理に事情を聞くこともせえへん。それに……」 「……の……勝手……じゃないですか」 「ん? 柊。今なんか言うたか?」  黒井先生の話しがちょうど佳境に入り始めた時。  私は呟いていた。自分の頭のどこに存在していたのか わからないぐらい、恐ろしく冷徹でトゲのついた言葉を。 「そんなの、こなたが勝手に言い出したことじゃないですか」 「……なんやて!? もう一度言うてみい!」  先生の怒気を含んだ声。だけど、不思議と怖くはなかった。  周辺の雰囲気が、一気に張りつめていくのを肌に感じる。   「何度でも言います。それは、こなたが勝手に言い出した事です。  私には、何の関係もありません」 「――ひぃぃらぎぃ!」  廊下の空気を切り裂くかの様な声が響いていた。  同時に、金縛りにあったかの様に体が硬直する。    「適当なこと抜かすのもええかげんにせぇ! 泉が、どんな気持ちで一番  最初に、柊に進路の事を話したのか、わかっとんのか!?」  ――そんな……そんなこと、言われなくてもわかってたわよ!  いつもはおちゃらけててだらしがないけど、他人の気持ちを 理解できないまま、話しを切り出してくる様な奴じゃないってこと位!  だけど、それを認めちゃったら、私はこなたのことを……。 「……わかりません」 「なんやて?」 「急に、そんなこと言われてもわかりません。だって、私はこなたをっ!」 「柊……」  私の思考は、既に限界だった。  抑圧、合理化。そうすることだけで精一杯。 「すみません。次の授業があるので……、失礼します」 「あっ。ちょい待ちぃ! 柊! 柊ーー!」  駆け足で踊り場から離れた私の背後に響く黒井先生の声。  だけど私は振り返らない。いや、振り返れなかった。   こんな一日、早く終わらせたい。今日は、最悪の日だ。 「ただいま……」  外気で冷え切っていたドアを開け、家に入る。一人ぼっちの帰宅。  結局、朝の出来事以来、私はこなたに会うことは無かった。  そして、つかさにも一切連絡を入れず、私は逃げ帰っていた。   「おかえりー……って、珍しいねー。  かがみがつかさより先に帰ってくるなんて」  正面から声。そこに居たのは、まつり姉さんだった。 「たまたまよ。偶然そうなっただけ」 「そうかしら。なーんか怪しいわね」 「き、気のせいよ」 「まあいいけど。でも、あんまりつかさを放っておいちゃダメだからね」  ピンと私の額を弾いて、まつり姉さんは自分の部屋に帰っていった。  ……何よ、人の気も知らないで。それに、つかさはもう私が一緒に いなくても、一人で考えて行動できてるわよ。子供じゃないんだから。 (そう。つかさはもう子供じゃない。子供なのは、私の方よ)  今朝の私の行動は、子供のわがままそのものだった。  そして、今までずっとこなたに甘え続けていた私が払った代償。  こなたとの距離。こなたとの絆。こなたの笑顔……。  シンと静まり返った部屋。私はそこに侵入した。  自分の部屋に侵入というのも変だとは思うけど、 色んな考えが巡り続けている私には、ここが自分だけの 空間であるという認識が持てなかった。  だけど、その空間に飾られていた物は、紛れもなく私のものだった。  修学旅行の時に撮ったプリクラ。去年の学園祭で踊った時の衣装。  そして、満面の笑みを浮かべたこなたと一緒に写っている、私の写真。  でも、その楽しい日々を私は自ら壊してしまった。  気晴らしに、数学の教科書に載っている公式を、ひたすらノートに 書き取ろうかとも考えた。しかし、いくら鞄の中をかきまわしても 肝心の教科書は見つからなかった。理由は簡単。    ――こなたに、貸したままだったから。  考えまいとすればするほど、こなたは私の脳裏に現れる。  大学生活への準備や、読みかけのラノベの内容も全部押しのけて。  同時に、全てのやる気が体から抜け、制服のままベッドに 仰向けになって倒れ込む。時の流れから、私は切り離された。 -[[『彼方へと続く未来』 第二章 (中編)>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/469.html]]へ続く **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - (/ _ ; )b -- 名無しさん (2023-01-04 11:45:26)

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